エピローグ
ユスティーナの墓がそこにあった。
エトルシアの皇子であるジシュカが愛した女とはいえ、身分としては、一介の騎士にすぎない。ゆえにその墓は、上流貴族のような豪奢なつくりではなく、ごくささやかなものだった。万事控えめだった彼女には、むしろ似つかわしいものかもしれない、とジシュカは思った。
妹であるジョフィエの遺体も一緒に葬りたいところだが、彼女の遺体は見つからなかった、とフィリップから報告を受けている。ゆえに、実際に埋葬されているのはユスティーナのみである。
鎮魂の祈りを捧げて、ジシュカは閉じていた目を見開いた。いつまでも過去に浸っていることは、彼には許されなかった。ユスティーナの忠節に報いるためにも、彼には戦って勝つ義務があるのだった。
「ディヴァ城を奪って勢いに乗る反徒どもに、どう対応するべきか」
ゲディミナス伯がディヴァ城をむざむざと敵の手に渡してしまったことは、彼にとって痛恨の極みだった。
ディヴァ城は、風前の灯火だ。兄ステファンには、そう強く忠告をした。陥落を防ぐ手立てを、いくつも献策した。それらのいずれもが、兄に却下されたのである。結果として、リヴィアの裏切りにより、ほとんど無血のうちにディヴァ城は敵の手に落ちた。
こうなることは、自明であった。もしリヴィアが敵に寝返ってしまっているのであれば、ディヴァ城を手土産とするために、すでに手は打ってあるに決まっている。一方、そうでないならば、行方不明のリヴィアは敵に囚われたに違いなく、それはディヴァ城を陥落させるために敵が打った布石なのであろう。どちらであっても、ディヴァ城には危機が迫っている。そう口を酸っぱくして説いても、兄は動かなかった。ジシュカの進言を、嫌っているようだった。
「自分が倒せなかったネフスキーを私が打倒したことで、兄は私を疎ましく思っている」
明らかに彼は、ジシュカがこれ以上の功を立てることを望んでいなかった。それがジシュカには腹立たしい。今は、とにかく反徒どもを撃滅することが何よりも大事ではないか。誰が成し遂げたか、などは二の次だ。それが兄には分からないのだ。
「やはり兄上では、反徒どもを討ち果たすことはかなわぬ」
それはつまり、彼は次の皇帝にはふさわしくない、ということでもある。では、誰が次の皇帝になるべきか。考えるまでもない。
「私が政府軍の全権を握らねば。兄でも、他の誰でもなく、この私が。ユスティーナの仇を討つためにも、一刻も早くそうしなければ」
彼は自らに誓った。ユスティーナを殺したあの褐色の肌の女戦士。それにシルバー。二人を自分の前に引きずり出させ、必ずユスティーナの仇は取る。自由革命軍を名乗る反徒どもを討ち滅ぼして乱世を収束させ、私がエトルシアの皇帝になる。
自分になら、できる。いや、自分以外の誰に、それができるというのか。
ディヴァ城の陥落に関して、一つだけよいことがあった。城内に反徒どもを導き入れたのは、リヴィアの手の者であったという。やはりリヴィアは政府軍を裏切っていたのだ。彼女がシルバーの正体であるのかはまだ分からないが、いずれにせよ、将来の帝位を巡るライバルの一人である彼女が、ジシュカの敵に回ったのである。
「これでリヴィアは、私が滅ぼすべき敵であることがはっきりした。ありがたいことではないか」
味方のふりをして牙を磨いているような敵が、一番厄介なのである。ジシュカとしては、今後の戦略が立てやすくなった。
奇策を立てて、ディヴァ城を奪い返すか。持久戦に持ち込んで、東方諸州の平定に乗り出した友軍が戻るのを待つか。いくつかの候補の中から、次に取るべき一手を絞り込んでいく。
「うむ、これにしよう」
その中から、最善の一手を見つけて、彼は頷いた。
「自分がやりたいことをやるというより、相手がやられたら嫌であろうことをするのが、チェスで勝つ秘訣。そうだったな、ユスティーナ……」
今は亡き恋人に、彼は呼びかけた。やはり当面は、この想いを引きずったまま生きていくことになりそうだ。
「ジシュカよ……」
突然の声が、ジシュカを現実に引き戻した。
驚いて振り返ると、白いローブを着た女が立っていた。風にあおられて、深く被ったフードがゆらゆらと揺れた。
ぎょっとして、灰色の髪の貴公子はその女に釘付けになった。フードからこぼれ出たその女の美貌に、彼は見覚えがあったのだ。
「まさか……」ジシュカの頬を、冷や汗が流れ落ちる。「お前は、死んだはずでは……?」
「思い出すのです、ジシュカ」女は、厳かに命令した。「あなたは、『
戦乱怒涛のエトルシア 高橋 祐一 @Yu1_Takahashi
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