切なさ

ルナに想いを伝えてから一週間、私はルナのアトリエに行っていない。


ルナの顔を見たら、私の決心が簡単に崩れさってしまう気がする。

しかし、決心とは裏腹に、ルナに会えないと思えば思うほど、私の胸は強く締めつけられた。

ルナは今、どうしているだろう。アトリエで変わらず絵を描き続けているだろうか。

ルナのことが気になって勉強に集中できない私は、学校終わりにルナの絵が展示されているいつもの美術館に行ってみることにした。

久しぶりに見るルナが描いた絵は、私の心にじんわりと温かく染み渡る。

一人で絵を見ながら、あまりの懐かしさに涙で視界がにじんだ。

たった一週間会っていないだけなのに、

こんなにも悲しくて切ない気持ちになるなんて思っていなかった。

私はいつのまにか、ルナに初めて会った時よりもルナに恋していたのだと気がついた。


「……もしかして、莉緒さんですか?」

ふいに後ろから美術館のスタッフに声をかけられた。

慌てて涙を拭いて振り向く。

「えっと、そうですけど……なんで私の名前?」

私が聞くと、スタッフの女性はルナの絵を指差しながら言った。

「この絵を描いた画家さんに、もしあなたが来たら渡してほしいって頼まれていたものがあるんです。俺の絵だけを見に来る変わった女性がいたら、その人が莉緒さんだからって」

そう言ってスタッフが差し出した手には、見覚えのある小さな鍵が握られていた。

私は震える手で鍵をそっと受け取った。


小さくて色あせた鍵を見た瞬間、これはルナのアトリエの鍵だとすぐに分かった。

私は急いで走ってルナのアトリエに向かう。風でなびく自分の髪がたまに顔に当たってもどかしい。

アトリエに着き、受け取った鍵で中に入る。

ルナはいなかった。テーブルにはついさっき描きあげたかのような、紙のデッサンが置いてある。

テーブルに近づきその絵を手に取ると、ヒラリと小さなメモ用紙が宙に舞った。

慌ててメモを拾い、書いてある文字を読む。

「月野智紀……もしかして」

ルナの本名かもしれない。

初めて会った日、「仲良くなったら教えてあげる」と言ったルナの顔を思い出す。


そのメモには続きがあった。名前の下にメッセージが書かれている。

『莉緒へ、フランスに行ってきます。話したいことがある。アトリエで待っていてほしい』

ルナの連絡先は知らない。

今、フランスのどこにいるのかも分からない。


なのに、なぜだろうか。

今の私は、こんなに心が温かくて、優しい気持ちになっている。

この小さな紙切れだけで、ルナを好きだと強く思う私は、おかしいのかもしれない。でも、それでも良いと思える。

「……ずっと待ってるよ、智紀」


ルナが今よりも素敵な画家に成長して、いつかここに帰ってきますように。

窓を少し開けたら、温かい風が吹いた。

デッサンの中の私が笑っているかのように、紙がパタパタと心地よい音を鳴らしていた。

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アトリエの恋 桜田美結 @miyurintori

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