門出

三十七話

 西暦二〇〇八年一二月二八日。世間ではクリスマス商戦も終わり、大晦日――そして正月を迎える準備が着々と進んでいた。


 本殿横の寂れた社務所の外装は変わらない。


 しかしその内装は非常に現代的に変わりつつある。まず壁に断熱材が入り、壁紙が新しくなった。


 壁には文明の利器であるエアコンが備え付けられ、この時期には部屋を暖かく保っている。


 床の畳は新しいのに張り替えられ、その上にはこぢんまりとしたこたつが稼働している。


 テレビが必要かについての議論は混迷を極めたが、皆で一緒に団欒だんらんしたいという澪の提案により可決された。


 そんな社務所内で、「ふぅ――」と疲れをこぼしながら俺はこたつに潜り込んだ。


 テレビのような俗物には興味がないと言っていた四縁だったが、こたつの魔力に負けそうな気配を感じる。なぜなら社殿ではなく、よくこたつの中にいるからだ。


「そういえば四縁」


「ん?」


 かんの皮をむきながら、俺は問いかける。


「ふと思い出したんだけど、澪は毎年新しい教科書やら制服やらが用意されているって言ってた――けど、あれは結局何なんだ?」


 当時の事を思い返しながら、懐かしい気持ちに駆られる。


 まだ半年も経っていないのに、ずいぶんと長くここで生活しているように感じる。


「あの頃は儂の力が澪に流れていたからな。その作用だろう」


「そんなピンポイントでことわりを曲げられるのか?」


「澪は神の力を制御できていなかった。だがしかし、己に課した『しょくざいを全うする』という強い意志によってくさびが反応していたと考えられるな」


「じゃあ、もしも澪が本気で『ここから出たい』と願えば出られたのだろうか?」


「理論上はそうだな。だがまぁ。難しいな。あの子の心が折れなかったのは、贖罪に対する使命感だ。その軸がなければ、心が耐えられんかったろう」


 なるほどな――と思いながら蜜柑を口にする。


「じゃあなんで澪が認識されるのが、夏の前後だけだったんだ?」


「盆と夏祭りのおかげだな。神や仏に関する関心が高まる時期というのは、多くの信仰心を得られる。すなわち澪に流れる力もまた増していた」


「じゃあ初詣はどうなんだ?」


「夏祭りは一種の娯楽としての楽しみがあるが、こんな寂れた神社に初詣に来る者など一握りだ。誤差の範囲だな」


「――ああ、だから澪はあんなに張り切って初詣の準備してるのか」


「おぬしも手伝ってやれ」


「澪に断られるんだよ。『今は受験勉強しなさい!』って」


「それにしてはずいぶんと余裕そうだな。結局、東大とやらを受けるのだろう? 最難関と聞いたぞ」


「変に気負いすぎても失敗するからな。勉強と休憩のメリハリが大事なんだよ」


「神使になってまで人として生きる必要はない――と儂は思うがな」


「けど今のご時世、無知ではやっていけないからな。肩書きというのも重要になると思うし。それに今後の神社の運営を考えると経済学部に行っておいて損はない」


 それに――と、四縁よりも優れている数少ない点をこれでもかと主張する。


「俺は、戸籍上はまだ人として生きているからな。だからこそ銀行口座も凍結せず、いろいろ買えただろう?」


 周囲の文明の利器である家電を見渡しながら鼻を高くする。


 それは、それらは両親の残してくれた保険金のたまものだ。自分の分の保険金は伯父どもにくれてやったが、妹からの相続分が残っていた。


「そうだな。だがな……おぬしは力の使い方が下手すぎだぞ。少しは澪を見習ったらどうだ」


「それに関してはまだ神歴半年の若造なんだけど……。澪は六〇年もその力の中で過ごしていたから馴染んでるし、四縁は神としてかくあるべきと生まれたんだろう。こっちは平凡な出自の元一般庶民なんだよ」


「言い訳なんぞする時間あったら努力しろ。また後から悔やむことになるぞ」


 それを言われたら何も言い返せない。


 ふぅ――と溜め息を一つ吐いて、一言だけ返す。


「ああ」






「たっだいまーっ!」


 社務所に活気に溢れた挨拶を響かせ澪が戻ってくる。


 その足取りはここが実家だと言わんばかりだ。


「いや~初めての年越しだね~」


 買い出しから帰ってきた澪は冷蔵庫に諸々を入れている。


 その仕草や表情は、年越しを待ちきれないといった面持ちだ。


「そういえば除夜の鐘を鳴らしてみたいんだけど、ここにはないの?」


 神妙な顔をして聞いてくる澪に対し、四縁は呆れた表情を浮かべる。


「ここは神社だ。寺ではない」


「えっ! 除夜の鐘ってお寺だけなの!?」


 わざとボケているのだという澪から流れてくる感情を受け取りつつ、大真面目に受け答えする四縁に苦笑いを送っておく。


 ――で? と四縁はげんそうな表情を続けて問いかける。


「その頭の奴は何だ?」


 澪の頭を見ると、金髪の上に白と黒の――まんじゅうのような塊が鎮座していた。


すずめ?」


 俺が首を傾げると、澪はその鳥を両手で包み込み机の上に移す。


「えっとね、種類でいうとなんて言うんだったかな。そうそう。シマエナガっていう鳥さんなんだけどね。この子も神様なんだって」


「何!?」


 四縁が怪訝そうな顔をさらに際立たせながら顔を近づける。


 ――よぅ! とでも言いたげにシマエナガは片方の黒い翼を広げる。


「これでか?」


 四縁の言葉はまるで、神の気配を感じぬ――とでも言いたげな声音だ。


「でねでね! 信仰を増やすにはどうしたら良いかなーって相談してみたんだけど、面白いアイディアがあったんだよっ!」


「――アイディア?」


 俺と四縁が首を傾げると、澪は楽しそうに教えてくれる。


「そう! 『私たちのお話を小説にしてみたらどうか』。そしたら私たちのことを知ってくれる人が増えるんじゃないか――って!」


 その提案に、四縁は懐疑的な表情を浮かべる。


「信仰されるのと認識されるのは真逆だと――」


 その反応は想定済みだったようで、澪はアイディアの核心部分を声高に告げる。


「うんっ! だからノンフィクションでは書かないの! それで、『この物語は実在の人物、団体などとは関係ありません』ってとこに合わせてこう書いておくの。『この物語がフィクションかどうか決めるのは、あなた次第です』――って!」



 ――完。

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Atheist 澪標廻廊 はちゃち @hatyati

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