狭霧(さぎり)は、出雲国の武王・穴持(なもち)と、その妻・須勢里(すせり)の娘だ。愛妻・須勢里の遺した娘を穴持は溺愛しているが、狭霧自身は、自分に大した能力のないことを引け目に感じていた。
出雲国には、敵国・伊邪那(いさな)から人質として差し出されている王子・輝矢(かぐや)がいた。彼の許に通う狭霧の心には、いつしか幼い恋が芽生えていた。
精霊と語る能力をもって産まれたため、実の両親と村人達に忌み嫌われて育っていた少年・高比古(たかひこ)は、穴持にその素質を見込まれ、引き取られる。事代〈ことしろ〉として力を発揮する彼は、狭霧を嫌っていた。
大八嶋に大乱の兆しが現われ始めた時代、少年と少女たちの切ない恋と成長の物語ーー。
舞台は古代日本の出雲地方ですが、主人公たちが移動するため、九州、瀬戸、大和も登場します。倭奴、隼人、宗像の名も。古代史や考古学、記紀神話、『出雲国風土記』に興味のある方には、嬉しい内容と思います。
物語の中心は、狭霧と高比古の成長譚です。国同士の争いやそれに伴う駆け引き、大人の野望と葛藤、人だけでなく神霊や精霊たちの意図なども重なって主人公たちの運命を揺さぶるさまは、読み応えがありました。
十代後半〜青年期の恋と心理的な葛藤を描く物語がお好きな方には、たまらない内容と思います。また、考古学・民俗学好きの一読者としましては、十代の方がこの作品を読んで『出雲国風土記』に興味をもってくれたら嬉しいなぁ、と思います。
「狭霧にとって一番安心できる場所は、いつでも輝矢のそばだった。」
この自然な冒頭から、すうっと古代日本の世界に入り込むことができました。さすが、古代日本マニアという作者様。台詞や景色の細部に至るまで、まるで見たものを綴ったようにすべてが自然で完成されています。それらに連れられ、夢中で読みふけり、どっぷり浸らせていただきました。
出雲の武王、支配者の血を引く狭霧と、実力だけで高位にのし上がった高比古。様々な意味で正反対な二人が、出雲の国を守るため、時に衝突し時に励まし合いながら、少しずつしなやかな強さを身につけていきます。
それぞれ国の最高権力に近い立場にいる上、時代は倭国大乱。彼らの身には壮絶とも言える出来事が次々に起こります。その中で恋を知り、自身の未熟さを歯がゆく思いながら少しずつ前に進む姿は、胸をかきむしりたくなるほど切ないものがあります。
特に後半「生命の淵」では涙が止まりませんでした。理性を飲み込む愛の奔流ともいうようなものに怯えながらも相手を手放したくない。そういった感情が痛いほど伝わってきて。
成長物語、恋物語だけではない読み応えと面白さがあります。
荻原規子さんの勾玉三部作が大好きな私に、これ以上のものはありませんでした。同じく古代日本を舞台にした作者様の別の作品「雲神様の箱」も面白く読ませていただきましたが、個人的にはこちらの方がより好きです。ぜひとも書籍として手元に置いておきたい…!
狭霧と高比古、また二人に会いに来ます。これほど素晴らしい作品に出会えたこと、とてもうれしく思っています。
倭国大乱を舞台にした小説は未見でしたので、とても楽しく拝読いたしました。
気どりのない素直な文体が好きです。
狭霧姫と敵国の王子輝矢の恋物語も興味深いけれど、私が一番気に入っているのはクセ者の高比古と狭霧姫の成長物語です。
大国主や須佐乃男など、食えない大人達からヘコまされ折られながらも強く立ち上がり、自分の責任を果たそうとする高比古、その一方で純粋無垢で無知な箱入り娘の狭霧が徐々に自分の立場を自覚し、一歩、二歩と前に進んでいく様などは読みごたえ抜群です。桐瑚の行く末もとても気になります。
天つ神対国つ神ということなのか?とか、天照=〇〇〇なのか?など、記紀や倭国大乱頃の時代背景を少しでも知ってると、より楽しめますよ。歴女、古代史マニア必見。