シークエル

 非日常の夜が明け、また日常の朝がやってきた。これからは、フェガロペトラがいない日々を過ごさねばならない。昨日、別れを告げられたからだ。フェガロペトラは、七年という時間を心配していたが、大したことじゃない。七年という数字は高校生にとっては計り知れない長い時だ。だけど、その程度で揺らぐ思いじゃないことは、フェガロペトラが一度死んでからの日々で確認できている。

 正直、七年は途方もなく感じるが、高校に三年通い、大学に四年通えば、終わる長さでもある。もしかしたらあっという間かも知れない。

 そんな遠い未来の再会のときの心配よりも今、フェガロペトラがいないことの方が苦痛だ。確かに、この一週間、会わずに過ごした。それで、慣れただろうと言われても寂しさが募った以外の変化はない。

 学校の方は、多賀谷が復帰した。少しやつれたかも知れないが、恒夜を見て、静かに笑うのだ。それを見てると安心できた。でも、小声で「諦めないから」と呟かれたのには苦笑するほかない。

 高山たちともの関係も良好。七沢とだっていつも通りだ。さて、これから、どんな馬鹿をしようか。

 こんな感じで日々を過ごしていれば、七年は遠くないのかも知れない。だけど、一人になったりすると、その寂しさはなにごとにも代え難く恒夜を苛む。

 昼間はあっという間に過ぎた。これからの七年もそうなのかも知れない。今晩は、月がきれいだ。見上げる夜空に、淡く光って幻想的である。忠別市を包む山々を仄りと浮かび上がらせていた。こんな風景を見たときには隣が涼しいと切なくなる。

 一ヶ月があっという間に過ぎた。やっぱり、一日一日が短い。この一ヶ月の間になにをしたのか思い出せないくらいあっさり流れていった。覚えてるのは、フェガロペトラを捜して歩いていたことくらいだろうか。

 でも、足跡の一つも見つけることすら叶わなかった。

 なんでフェガロペトラは任を解かれたのだろう。自分が生きている限り、また同じ様な輩を呼び寄せる可能性は高い。後任でもいるというのだろうか。

 そんなことを考えながら、雪の積もった町内を散歩していた。

 そもそも、決まりを破るのが、フェガロペトラという少女の得意技だったはずだ。そんな決まり事、笑って知らないと言える存在だったはず。それを見せるのが今だと思う。

「なんなんだよ。見せ場だろうに」

 しんしんと舞い落ちる雪の華を見て、空を仰いだ。声は、雪に吸われ消えていった。

「なにが、見せ場なんだい?」

「出たな守銭奴」

 なんの用かはわからないが、また会うような気がしてた。

「もう驚いてももらえないのか。順応力高過ぎじゃないかな」

 細目の人懐っこい顔の暗殺者は残念そうに言った。今日も某アニメ会社のネクタイだ。

「オレの彼女は、吸血鬼なんだぜ」

「そうだったね」

「なあ、人飼。いや、人飼さん。人飼さんの力で彼女に会わせてもらえないだろうか?」

「僕に、『さん』付けか。切羽詰まっているね。いくら出す?」

「せいぜい、二万円かな」

 安い額だと思った。気持ちに比例した金額などでないのが学生の悲哀だ。

「いいよ。請け負おうじゃないか」

「え、マジで?」

「ご紹介しましょう。君の新しい、護衛のフェガロ……なんとかくんです!」

 人飼は、出てきたときと同じように、暗闇から赤髪碧眼の少女を引っ張り出してきた。つーか、名前くらい覚えてくれよ。

「や、やあ。新しく護衛の任に付きました、第七十二代鮮血の戦乙女、フェガロペトラ・アスィミコラキです。よろしく!」

 赤いくせっ毛に、蒼い空のような瞳。母性に溢れた胸。向日葵のような笑顔。

「七十二代? そうか。そういうことか」

 簡単な話だ。この前の戦いの後の、魔女のワルプルギスノアプトゥで、一度負けたのだろう。それ故に、もう一度護衛に帰ってくる権力を失った。

「でも、なんであんなに大げさに別れを言ったんだよ?」

「正直、もう帰ってこれるとは思ってなかったから」

「なんで?」

「導師マレフィクスは、人間から見れば悪かも知れないけど、吸血鬼から見れば位が高い吸血鬼だった。それは、例えば奇跡の血を独り占めにできるくらい」

 恒夜は呆気にとられた。ならば、フェガロペトラのしていたことは、かなりの無茶だったのではないだろうか。それならば、帰って来られないと考えるのは自然だ。

「あいつが現れなきゃ、恒夜とあんなことやこんなこと。ラブラブな生活が待っていたのに! わたしの苦労はなんだったのよ!」

 急に吼える。恒夜は、目を丸くした。でも、これがフェガロペトラ・アスィミコラキだ。

「なあ?」

「なに? ちょっと黙ってて。失った青春についてグチッてんだから」

「いや、いろいろと嬉しいことを言ってくれてるのはいいんだけど、オレとのことだろ? なんで、オレがすごまれなきゃいけないわけ?」

「知らないわよ!」

 理不尽なお言葉。フェガロペトラが帰ってきた証だ。内容とは裏腹に頬が緩んでしまう。

「なに、にやけてるの?」

「幸せを噛みしめてるだけさ」

「恒夜?」

「なんだよ」

「わたしのこと、どう思ってる?」

「ああ、良い感じに嫌いだよ」

「ひどっ」

 こうなったら、意地でも七年後まで「好き」「愛してる」は言わないでやろうと思う。

 七年後、また恋をすればいいさ。フェガロペトラがいてくれるならそれくらいは待てる。


<了>

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ストリゴイカは七年後に恋をする 終夜 大翔 @Hiroto5121

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