弔いの言葉

朝海 有人

挨拶

 本日は、お忙しいところご会葬いただきまして、誠にありがとうございます。

 こんなにも大勢の方々にお見送りいただき、恵美も喜んでいることと存じます。


 私と恵美は小学校時代からの古い付き合いでした。二十年以上経っても、お互い連絡を取りあっては忙しい時間の合間を縫って、家でランチをしたりお酒を飲んだりしていました。

 皆様もご存知かと思いますが、恵美は女優、それも、テレビで大きく取り上げられる程の有名人でした。テレビをつければ、いつも恵美は画面の向こうで綺麗な笑顔を私に向けてくれました。

 テレビやドラマの撮影等で忙しいにも関わらず、恵美は私のために時間を作ってはよく私の家に遊びに来てくれました。疲れてないか心配すると、大丈夫だよ、と画面の向こうで見せてくれたのと同じ笑顔を私に向けてくれました。

 思えば最後に会ったあの時も、私に大丈夫だよ、と言ってくれました。今思い返すと、あの時の恵美は決して大丈夫じゃなかったと思います。あの日気付けなかった自分が、今はとにかく憎くて、悔しいです。

 私はゴシップ記事があまり好きではないので、週刊誌の類は美容院の待ち時間であっても読みませんし、テレビは恵美の出ている番組以外はほとんど見ません。だから、恵美があんな事に巻き込まれていたことに気づきませんでした。

 もちろん、ここにいる皆様は知っているでしょう。連日週刊紙やワイドショーでも取り上げられていた、恵美が某アイドルグループのメンバーの一人と密会をしていたというニュースです。

 私がそれを知ったのは、恵美が自らの手で命を絶った後のことでした。

 私はアイドルに疎いのでよくわかりませんが、恵美との密会を噂されていたアイドルというのは、女子中高生に人気の男性アイドルだそうです。今回ご会葬に来ていただいた中には、その男性アイドルと共演をした事があるという人もいると思います。端正な顔立ちをした、いわゆるイケメンアイドルだそうですね。

 密会の噂が経ったのは、ちょうど恵美が主演のドラマが最終回を迎えた時でした。週刊誌では、クランクアップ後の打ち上げで仲良くなり、そのまま男女の交際が始まったと書かれていました。

 どこの記事でもそれが最有力説だとしていましたが、ここではっきりとさせておきます。それはありえません。

 何故なら、恵美はクランクアップ後の打ち上げに参加していないからです。

 あの日、恵美はいつも通り私の家で一緒にご飯を食べていました。毎週楽しみにしているのに、何かにつけてドラマのネタバレをしてこようとする恵美を、私は笑って制していました。今でも覚えている、恵美との楽しい思い出です。

 恵美が私の家にいたのは紛れもない事実です。だから、クランクアップ後の打ち上げでアイドルと交際したというのも、密会していたというのも全て虚構です。

 では、何故そんな噂が立ってしまったのでしょうか。火のないところに煙は立たない、というのは皆さんも知っていることでしょう。物事には必ず、何かしらの理由があるはずです。

 私は恵美が自殺した後、何故そんな噂が立ったのかを色々と考えてみました。しかし、私は女優でもアイドルでもありません。恵美について得られる情報なんて、たかが知れています。私が得られるのは、いつも一緒にいた恵美から聞く彼女の主観の話しかありません。

 そう思っていたのですが、色々考えていく内にある一つの可能性に気がつきました。

 それは、ドラマのクランクアップから一週間程経った日、私と恵美が珍しく外食に出た日のことでした。

 恵美はたくさんの人に顔が知られているので、極力外でご飯を食べることは避けていました。しかし、あの日は別でした。何故なら、その日は彼女の誕生日だったからです。

 一年に一回しかない誕生日ぐらい外で豪華なものを食べよう、と話していた私達は、芸能人がよく行くという隠れ家的な高級レストランを紹介してもらい、二人で行くことにしました。おそらくその高級レストランは、皆様も知っている、もしくは行ったことのあるお店だと思います。

 高級レストランに行くということで、私達は目一杯オシャレをしました。二人で普段は行かないヘアサロンや、高級な洋服ばかり売っているお店にも行きました。

 そして恵美の誕生日。一等地の高層ビルから見える夜景と共に、私達は高級レストランのディナーを堪能しました。

 それからしばらくして、私達がワインを飲みながら会話を楽しんでいた時に、私の携帯が鳴りました。見るとそれは、会社の上司からの電話でした。

 その日、私は滅多に取らない有給を取っていました。上司からは、私が滅多に有給を取らない事を知っているため「この日ばっかりは仕事を忘れてリラックスしてこい」と背中を押されていました。それなのに、上司が私に電話をしてきたのがその時はとても気になってしまいました。

 何か大変な事でもあったのだろうか、と不安に思い、私は恵美に断ってお手洗いに行き、電話に出ることにしました。今思えば、最低限のテーブルマナーとして携帯電話の電源を切っておけば、もしくはプライベートを優先して電話に出なければ、と後悔しています。

 電話の内容は大したことではありませんでしたが、私の上司は間違っても有能な上司ではありません。リラックスしてこい、と言ったのに私に電話をしてきたところからも、それが窺えると思います。電話の内容も、緊急でも重要な用事でもありませんでしたし、別に電話してきたのが私じゃなくてもよかった内容でした。

 だからと言って見過ごすわけにはいかないと思った私は、懇切丁寧に対応しました。上司の飲み込みが遅いのもあってか、大した要件ではなかったのに十分程の時間を要してしまいました。

 電話を切り、私はすぐさま恵美のところに戻りました。十分も待たせてしまったことを謝ると、恵美は笑って、いつものように大丈夫だよ、と言ってくれました。それからまた、私達はワインと共に会話を楽しみました。その後は何事もなく時間が過ぎていき、楽しい気分のまま私達は高級レストランを後にしました。

 この時はまだ、私が退席していたこの十分の間に、恵美を自殺に追い込んだきっかけが起きていたなんて、全く知りませんでした。

 皆様は、SNSをご存じでしょうか? 私は利用していないのでよくわからないのですが、皆様の中には活用している人もいることと思います。自分が体験したこと、感じたことをすぐに文章にして世界中の人と共有できるということで、今や若者の大半が利用しているそうですね。

 あの日、SNSに一つの書き込みがされていました。書き込みをしたのは件のアイドルで、某高級レストランで食事をした、という内容の文章が写真付きで書き込まれていました。

 その写真は、間違いなく私と恵美が食事をした高級レストランでした。私と恵美が食事をしたあの日、高級レストランには件のアイドルも食事をしていたのです。

 しかし、その書き込みには恵美のことは何も書かれていませんでした。書かれていたのは、高級レストランで食事をしたということと、とても美味しかったというごく普通の感想だけでした。

 アイドルがあの日の事を書いたのはそれだけです。これだけでは恵美が自殺に追い込まれたきっかけはまだわかりません。

 しかし、あの日の事を書いたのはアイドルだけではなかったのです。

 その書き込みをしたのは、顔も名前も知らない赤の他人でした。内容は、ドラマに出演している恵美とアイドルが二人でレストランに来ている、というものでした。ご丁寧に、恵美とアイドルが話をしている写真も一緒に添えられていました。

 書き込みがされた時間は、私がちょうどお手洗いで上司に対応していた時間でした。私が席を外していた十分の間に、恵美とアイドルは顔を合わせていたのです。

 しかし、この書き込みには誤りがあります。書き込みには、恵美とアイドルが二人でレストランに来ている、と書いていますが、恵美は私と二人でレストランに来たので、アイドルと二人で来たというのは事実とは異なっています。書き込んだ人はきっと、勘違いをしてしまったのでしょう。

 しかし、その勘違いが世間に大きな誤解を与えてしまったのです。

 先程も言いましたが、SNSは世界中の人と発言を共有する場です。言い換えるとそれは、自分の発言が誰の目にも留まってしまうということ、そしてそれが広く世界に拡散されてしまうということです。勘違いは誤解を生み、誤解は広がってさらに大きな誤解を生んでしまうのです。

 この書き込みがなされてから数日後、週刊誌は一斉にこの書き込みを取り上げました。内容は、恵美とアイドルが人目を忍んで密会デートをしている、という内容でした。確か煽り文句は、『演技の恋から真剣の恋へ、主演女優とアイドル禁断の後日譚』だったと思います。

 恵美が主演だったドラマというのが、アイドルが演じる上流企業のエリート社員に恋をして、なんやかんやあって最終話で結ばれる、という内容だったので、この煽り文句はそれに懸けたものだったのでしょう。

 先程も言った通り、これは間違いなく誤解です。しかし、真実を知らない人達はこの事を面白おかしく取り上げ続けました。いつしかそれは尾びれ背びれをつけて大きくなっていき、最終的に行き着いた場所は、笑ってしまうほどの大きな誤解でした。

 皆様の中には、信じていたという人もいると思います。そう、恵美とアイドルが既に籍を入れているのではないか、という話です。

 週刊誌のバックナンバーを読んでいて、私も思わず笑ってしまいました。まさか、ここまで誤解が大きくなるとは、SNSがもたらす影響力と、記者やライターの方々の想像力は本当にすごいですね。

 しかし、何故このような誤解を生んでしまったのか。根拠となったのは、恵美とアイドルの二人が写っている写真でした。あの写真の恵美は、薬指に指輪をはめていました。目を凝らさなければ確認できないようなそれが、この誤解に繋がったのですが、ここにも大きな勘違いがあります。

 実はあの時、私は恵美にプレゼントをしていました。高級レストランに行く前に、二人で目一杯オシャレをした、というのは先程も話しましたが、その時に私は恵美に内緒でプレゼントを買いました。

 買ったのは、シルバーのペアリングです。高級レストランに着いた時に、サプライズで恵美に渡しました。これからも一緒にいようね、という意味を込めてプレゼントしたら、恵美はとても喜んでペアリングをはめてくれました。

 そのペアリングが、今私がつけているこれです。エッジコネクト、といえば週刊誌を読んでいる人はわかりますね。どういう手を使ったのかは知りませんが、あの写真だけでブランドまで突き止められていましたから。

 さて、ここにいる皆様には今まで騒がれていた事が全て誤解であった事はわかっていただけたと思います。しかし、あの日からずっと、誤解は誤解のまま訂正されることなく、世間に浸透していきました。

 とりわけ酷かったのは、アイドルのファンの方々です。

 私はSNSをやっていなかったので、その時の状況は後で知りました。その発言の数々は極めて凄惨なものばかりで、人はこんなにも酷いことを言えるのかと、読んでいた私は怒りよりも恐怖を覚えました。

 その時はまだ、私はもちろんのこと恵美もSNSを利用していませんでした。だから恵美は、知らないところで自分がどれだけ罵詈雑言を受けているか、その時はまだ知りませんでした。

 今、私がまだという言葉を使った理由はわかりますね。一連の騒動で、この出来事が最も世間の目を引いたのですから。

 恵美は騒ぎの渦中にSNSの利用を開始したのです。どうやらSNSでの騒ぎが現実にも及び始めたようで、その鎮圧が目的だったそうです。

 そこで初めて、恵美は自分に向けられた罵詈雑言の数々を目にしたのです。その凄惨で醜い状況を目にした時の衝撃は、私が見た時よりも計り知れないものだったでしょう。何せ、それらは全て恵美に向けられたものなのですから。

 恵美がSNSを始めてから、その凄惨さには拍車がかかったようですね。当然と言えば当然でしょう、何せ罵詈雑言の対象が現れたのですから。顔も名前も知らないが故に好き放題に言える、SNSの怖いところですね。

 事態はいつまで経っても収束せず、とうとう殺人予告にまで発展してしまったというのは皆様もご存知ですね? 書き込んだのは顔も知らないどこかの女子中学生で、軽い気持ちで書いた、アイドルを取られたのが許せなかった、という理由だそうです。

 この話を聞いた時、呆れるよりも先に笑ってしまいました。件のアイドルが自分のものだったとでも言いたかったのでしょうか。現代教育は、そんなことも分からせることができないのですね。

 もちろん、これは立派な犯罪です。書き込んだのが女子中学生だったため、保護観察処分で済んだそうです。おかしいですね、それが恵美を殺した要因であることに変わりはないのに。軽い気持ちで書いた彼女が、恵美を殺したと言っても過言ではありません。

 もちろん、それは彼女だけではありません。軽い気持ちで誹謗中傷を書いた他の方々も同様です。私としては、全員逮捕して牢屋に入って欲しいと思っています。

 恵美が自殺をしたのは、殺人予告を書いた女子中学生が逮捕された三日後のことでした。自宅で首を吊っているのをマネージャーが発見し、警察に通報したそうです。

 足元には、恵美が書いた遺書が置かれていたそうです。ワイドショーではその一部を抜粋していましたが、具体的な内容は全てカットされ、生きるのに疲れたという一文だけが取り上げられていましたね。

 あの遺書は今、私の手元にあります。週刊誌の記者が恵美の遺書を巡って争っていたようですが、それよりも前、恵美が自殺しているのが発見された日に、警察の方が私に届けてくれました。それ以降、私はずっと遺書を隠し続けていました。

 恵美が書いたあの遺書には、恵美が自ら命を絶とうと思った理由が克明に書かれていました。小さな勘違いから始まった誤解が、徐々に自分を蝕む毒のように広がっていったことに、恵美は恐怖していました。SNSから始まり、日常生活にも波及したたくさんの誹謗中傷は、恵美の精神に大きなダメージを与えていました。毎日のように送られてくる言葉が実体化し、本当に私は殺そうと襲ってくる夢を何度も見たそうです。

 そして遺書の最後、自殺を決意した恵美は、私に向けてメッセージを残してくれました。あの時、恵美は心の底では私を恨んでいるのではないか、と本気で考えていました。一連の騒動のきっかけは、私が恵美にエッジコネクトのペアリングをプレゼントしたからです。私を恨んでいても、不思議ではありません。

 震える手で、私は遺書を読み続けました。しかし、いくら読んでも恨み言は何一つ書かれていませんでした。代わりに書いてあったのは、ペアリングをもらったことがすごい嬉しかったということ、それがきっかけではあったけど恨んではいないということ、そして、今まで楽しい時間を共有してくれたことへの感謝でした。

 最後に恵美は、もらったペアリングは黄泉の国まで大切に持っていきたいから絶対に外さないで欲しい、そして喪主は私に努めて欲しいという二つのお願いをしました。皆さん不思議に思ったことと思いますが、テレビ関係者でも家族でもない私が今この場で喪主の挨拶をしているのは、これが理由です。

 恵美が私を喪主に指名したのは、死んでも尚、私の側にいたかったからだと思います。それほどまでに恵美は私を愛しているということが、私はとても嬉しく思います。

 だからこそ、私は今でも恵美を自殺に追い込んだ人達を許すことが出来ません。どんな人であろうとも、恵美と同じ苦しみを味わってもらわなければ気が済まない、と私はずっと思っていました。

 そうです。思っていました、です。

 不思議に思いますよね。大事な人を殺した人達への恨みが、そんな簡単に消えるものなのかと。

 転機となったのは、恵美の遺書を読み、喪主として準備を進めていた時でした。まだ殺した人達への恨みを持っていた私は、恵美が利用していたSNSに登録しました。そして、恵美に対して誹謗中傷していた人達の書き込みを昼夜ずっと見続けていました。何か復讐のきっかけになることはないか、私も躍起になっていたんだと思います。

 それからしばらくして、恵美が自殺したことがニュースに流れました。

 その途端、SNSへの書き込みの内容が変化しました。恵美の自殺のニュースが報道された瞬間、SNSへ一斉に恵美への弔いの言葉が書き込まれたのです。

 あまりに突然の変化に、あの時の私は頭が追いついていませんでした。質の夢を見ているんじゃないか、と本気で考えもしました。

 そんな私をよそに、SNSに書き込まれる恵美への弔いの言葉は数を増していきます。中には、恵美に対して誹謗中傷を書いていた人達までもが恵美を弔っていました。

 頭を強く叩かれたような衝撃を受けました。今まで散々誹謗中傷し、自殺という選択を恵美にさせた人達に、恵美を弔う権利があるのでしょうか。彼等が、恵美に対して弔いの言葉を言う権利はあるのでしょうか。

 もしも、現世での弔いの言葉が天国にいる恵美に届けられるとしたら、その量はきっと途方もない数になると思います。しかしその殆どは、顔も名前も知らない、出会ったこともない人間の言葉。書き込まれた凄惨な言葉と同じ軽い気持ちで書かれた言葉。

 恵美はきっと困惑するでしょう。自分宛に、こんなにもたくさんの人間が弔いの言葉を述べていること。そのほとんどがとても軽いものだということ。途方もない言葉を前に、恵美は何を思うのでしょうね。

 それを見て、私はある決意をしました。

 私は恵美に対して、まだ弔いの言葉を述べていません。しかし、述べるだけ無駄だと思います。きっと私の言葉は、たくさんある空虚な弔いの言葉達を前に、きっと埋もれてしまうでしょうから。

 今、このお葬式は後ろにいるテレビ局のカメラマンさんによって撮影され、生放送されているそうです。それを見た人達が、またたくさんの弔いの言葉を書き込むことでしょう。天国の恵美は、未だ増え続けている自分宛の言葉に困惑しきっていることだと思います。

 しかし、私は恵美に届けなければいけないことがたくさんあります。恵美が私にくれた言葉のお返しや、今回の騒動についての謝罪、そして何より、私も恵美のことが大好きだということ。私は恵美に、たくさんの言葉を届けなければいけません。

 だからこそ私は、直接恵美に言葉を渡しに行く事を決意しました。天国へ送られる言葉に埋もれさせないためにも、直接恵美の元へ向かって素直な気持ちをぶつけに行こうと思います。

 それに伴って一つ、ご会葬いただいた皆様にお願いがございます。決して、私に対して弔いの言葉を送らないでください。私が恵美に会った時、私の元に一つも弔いの言葉が届いていないことを、心より願っています。


 本日は皆様、お忙しいところをご会葬いただきありがとうございました。

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弔いの言葉 朝海 有人 @oboromituki

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