第7話

 才華が九十九学園に着いたのは、始業まで一時間も前だった。

 しかし『代表』の集合時間としてはギリギリで、急いで会議室へと走る。校門から真っ直ぐにのびるレンガ通りは、早朝ということあり、まばらに学生が歩いているくらいだ。手を振る女子学生やお辞儀みたいなことをする男子学生など、多くの学生が才華に挨拶する光景は見慣れたものだ。レンガ通りの左右にある芝生の上でリラックスしている学生まで手を上げてくる。嫌でも速度は落ちる。

 ようやく校舎の中へと入るころには疲れていた。しかし、それを態度や表情に出すことはせず校舎内でも笑顔を振りまく。

 階段を上り、会議室の階で向かいから来る男子学生と目が合った。

 ドクンと跳ねた心臓。


「あら、おはよう。夜斗」


 さも平然を装って才華がそう言うと、彼――夜斗は心底嫌そうな顔で、


「おはようございます。黒須先輩」


 と、しぶしぶ返した。


「今日はとても良い日ね。天気も良いようだし」

「そうですか。俺はとても悪い日になりそうで、今から早退したい気持ちです」


 周りに誰も居ないのをいいことにそう言うやり取りをして、夜斗が会議室へと先に入る。少し遅れて才華も中へと続く。

 才華は夜斗の横へと座った。会議室の一番後ろ。夜斗が好んで座る場所だ。


「……何で、横に座ってるんですか?」

「ペアだからよ?」

「そんなの――」

「おーし、お前らペアできてんなー」


 今しがた会議室へと入ってきた長身の男――今回の総代表、四月朔日宗二郎がそう言った。


「それじゃ、会議を始めるぞ」


 ――そういえば、こんなに後ろに座ったのは初めてね。

 才華は基本的に前に立つことが多く、会議や集会で席に座る場合には前の方を選ぶようにしている。そのためこうやって学生を後ろから見るのは中々に新鮮で面白い光景だった。

 頬杖をついて寝る態勢に入る男子や携帯端末をいじる女子、机の下で手を繋ぎ合っている男女など。

 夜斗が注意深くそれらを観察していることに気付いたのは才華も同じように部屋を目睹している中で視界に入ったからだ。彼も頬杖をついて興味なさげに欠伸をかき、眠たげな表情をしているが、眼自体はしっかりと動いていた。


「何か面白いものでも?」


 才華は声を掛けると夜斗が少し驚いたように目を彼女の方へと動かした。


「いえ、ただの人間観察です」


 四月朔日が説明をしているが、それよりも才華は夜斗の行動に意識が強く惹かれていた。


「もしかして、後ろの席を好んで座るのはそういった理由で?」

「そうですね・・・・・・好んでと言うには変な言い方ですが、俺の数少ない趣味や娯楽といった方が適当な気がします」


 改めて才華.は、周囲の観察をする。今度は注意深くそうすると、さっきまでとは違い彼ら彼女らの小さな行動すら窺えてきた。些細な点で言えば、手を繋ぎあっているカップルはお互いに絡ませた手でリズムをとっている。


「フフ。これは確かに面白いわね」


 笑顔で同意を求める才華を、夜斗が横目で一瞥するだけに留めた。

 学園の高嶺の花として才華は笑顔を振り撒くのは至極当然なことだが、それは中身のない空虚な笑みだ。しかし、今。この光景を眺めているときに限ればそう言ったしがらみを感じないで居られた。

 夜斗が答えずにいても才華は別段気にしなかったが、ふと、悪戯心が生まれた。


「小悪、先輩……あなたが口を開く前に一言いってもいいですか?」


 夜斗の左奥、窓ガラスに映った自分の顔は楽しげな表情だった。そのまま、才華は彼に小首を嗅げるように問う。


「なにかしら?」

「俺の純情を返してくれ……」

「そう? なら、こうやっても問題ないわね。純情が無いんだもの」

「ッ!」


 才華は夜斗の空いていた左手を絡め取り、指をきつく結ぶ。所謂、恋人繋ぎとも呼べるやつだ。

 誰も見ていない、いや見えない位置でだからこその絶対的破壊力――が生まれるのは両者が恋仲だった時の場合に限るわけで……才華と夜斗にあるのは先輩後輩程度の関係しかない。

 しかし、才華は自分の心拍が上がったことに否応にでも気づかされた。


「どう? 私はドキドキして心臓が破裂しそうだわ」 


 夜斗の表情は、困惑したものと、ドキドキしている感じの、両方が入り混じっている。


「ええ、そうですね。俺もドキドキはします。ハラハラに近いものですけど」

「と言うことは、吊り橋効果ね」

「……どうしてそうなる」


 夜斗の溜息に紛れて、会議は順調に進んでいた……。




 代表の仕事など高が知れている。

 会議を終えて自らの仕事内容を確認した学生達が真っ先に思ったことだった。

 蓋を開ければ陳腐なものなんていうオチはよくあることで、見回りや、監視なんて雑務は他の一般学生に任せればいいなんて意見もでてしまうくらいだ。

 しかし、仮に学生の暴動、暴走が起きた際にそれらを抑えることのできる学生は限られるし、実力者を目につくところに配置することで、未然に防ぐこともできる。きちんとした意味を持っている。


「――だから、こぞって異能者なんて言う兵器を持つんだよな……」


 巡回を始めてはや二時間以上。時刻は十二時を過ぎていた。集中力が切れかけていた夜斗は独り、考え事に没頭していた。

 核は抑止力。持っているだけで意味がある。それと同じように異能者も居るだけで意味がある。

 沈んだ顔の夜斗を才華が心配になり覗き込むように顔を窺った。


「大丈夫? 顔色が優れないようだけれど?」


 階段の踊り場でそう声を掛けた。

 濡れ羽色の髪が鼻に触れる。それだけの接近を許していた。夜斗が凄まじい勢いで身を引き、距離を取ると、

「大丈夫です。問題ありません」

 と、言い顔を逸らした。


「ならいいのだけれど……」


 有無を言わさない夜斗に、不安な表情のまま先導するように才華は階段を上っていく。それを払拭するように、見回りのルートを脳内で確認する。巡回する場所は各々の班で決められており、二人は一号棟と二号棟となっていた。

 それに外部からの人間として、医療関係や報道陣などが来ているが、今のところは会ってはいない。

 それもそのはず。メインとなる異能の実技はこんな講義室しかない棟ではなく、模擬戦場、アリーナで行われるからだ。それでも、こんな場所を見回りするのは迷子が居ないかを探すためだったり、サボっている学生を注意したり。と、何とも些細な仕事なため、気は自然と緩んでしまう。


「次は……二号棟の方ですね」

「そうね」


 最上階に着き、そのまま閑散とした長い廊下を歩いていき反対側の階段で降りていく。


「ねえ。どうして、一号と二号は離れているのかしら? 一と三は渡り廊下で繋がっているのに」


 ふと、振り返って才華が夜斗に尋ねてきた。階段を下りているからか、自然と上目づかいとなっていた。遠くで聞こえる学生の気合いの声が霞んで聞こえる。


「俺より一年ここに居るんですから、それくらい分かると思いますが?」

「私の意見もあるけれど、貴方の意見も聞きたいのよ。それに、たった一年しか変わらないわ。私にも知らないことくらいあるのよ? ――貴方の事とか」


 言い終わらない内に才華が、向き直り階段を降りていく。


「? 俺の意見ですか? ……単に実技棟と教室棟で分けてあるくらいとしか答えられないですよ。それだけのことをわざわざ?」


 才華が不満をぶつけたいような表情だが、それをなんとか年上の体裁を保つために、我慢した様子だった。

彼女の容姿は男なら誰でも満足するような美貌だ。それに、成績、運動神経も学園内でトップクラス。文句のつけようが無い才女である。

当然、言い寄る男性は年上年下関係なく数多いるだろうが、更級夜斗はそういったことをする素振りすらない。むしろ、黒須才華からアプローチをしかけている。


「ねぇ、夜斗。よく察しろ、みたいなこと言われない?」

「悠霧に言われることがたまにあるくらいですかね」


 才華が落胆のあまり、肩を落とすしかなかった。

「もういいわ。行きま――」


 静寂に支配された廊下に何かが反響する。

 その音を確かめるべく、咄嗟に二人は廊下へと戻り、出所を探ると……下、中庭の方からだった。

 窓を開け、視線を合わせる。


「――って、小競り合いかよ……」

 呆れた声音で夜斗は呟いた。

 男子学生二人の喧噪。それによってスキルとスキルが衝突した際に生じる破裂音が原因だった。

 通常ならば口喧嘩程度で収まる事も、今日に限ってはそれよりも面倒くさいことに発展してしまうケースが稀にある。

 そのための代表の仕事だが、騒ぎに駆けつけた学生が輪を作り、さらに彼らを煽っている。誰も止める様子が無い。


「他の代表は・・・・・・居ないの? どういうことッ」

「おそらく、巡回ルートに入っていないからとか、面倒な事したくないで見て見ぬふりしてるってところでしょう」

「なら、急いで止めに行かないと」

「あん――あなたの手段だと止まる事は無い。かえって彼らを躍起にさせるだけだ」


 少し言葉が砕けたのは、切羽詰っている状況だからだろう。才華もいまさら、それを咎めることもしない。

 呆れていた口調から焦りに変わったのはこのままの状態が続けば少なからずの被害がでると予想したからだった。今はまだ報道陣や医療関係の人間がアリーナに集中しているから良いものの、騒ぎにかけつけてしまった場合、彼らは一般人だ。異能を直接くらうことは無くとも二次被害を受ける可能性が無いわけではない。


「どういうことなの?」

「今日は学生にとって大事な日だ。自分の実力を推し量る機会の。そんな時にあなたほど実力者が介入すれば、自ずとあなたを倒そうとする者も出てくる。それくらいの価値があなたにはあるんだ」


 更なる激化を恐れてか、夜斗の表情はいくらか険しいものへと変貌していた。


「なら――ッ」

「俺が行く」


 そのまま夜斗は窓をさも扉かの様にくぐり出た。

 俯瞰での光景よりも、降り立って間近での方がよほど危険なのが伺える。張り詰めた空気に、漂う殺気を帯びたオーラ。


「おい、お前らッ」


 まずは、監視員の仕事としての注意勧告をする。夜斗のその声にその場に居た一同は驚いたように振り向く。

 しかし、それが『学園の出来損ない』、『『身贔屓特待生』、落ちこぼれ技術者』、学内での最悪の肩書き所持者だと解るや否や、あいつかよ、などと口にし、すぐさま喧嘩の方へと意識は傾いた。


「ハァ……だよな」


 人とは元来より、強者の意見を聞くものだ。この場に置いて、更級夜斗という存在はカーストの最底辺の住人。それよりも上の立場を持つ者がそんな奴の意見に耳を貸すかと問われれば全員がノーだろう。特に興奮している状態に置いては無関心ではなく苛立ちを覚える。それが今だ。

 だがこれは『強者であることを示せば良い』だけの話。

 そうした結果だけのことを言えば簡単な話だが、いかんせん夜斗にそれは難しい事だった。


「取り合えず、てめぇはここでつぶす」

「ああ? なに言ってんだてめぇ?」


 空気は下り坂を転がる岩のように、止まる事がなく悪い方向へと進み続ける。


「殺すぞ」

「やってみろよ!」


 両者のオーラの高まりが頂点にまで来たとき、三人が動いた。二人は紛れもなく喧騒とした雰囲気をつくっている学生。残り一人はその間に割り込むように移動していた夜斗だ。

 誰にも気付かれる事もなく、人垣をくぐり抜けた乱入者は安堵のため息を吐く。


「良かったよ。お前たちが【強化】系の術式を使用してくれて……」


【強化】系の異能の特徴は自らの身体を起点に展開するところだ。それを応用した、接近用白兵戦スキルをこの二人はわざわざ用いた。

 お互いの拳が触れ合う寸前に、夜斗は二人の腕を掴み遠心力を利用して投げ飛ばす。


「お、おい今なにがあったんだ?」

「わかんない」

「でもよ、でもよ。あいつがしたのには間違いねーよな」


 吹っ飛ばされた学生が植木の中にダイブしたのを皮切りに、口々にそう言った会話が始まった。

 夜斗は一応の収拾がついたなと思い、静かに誰にも感づかれることなくその場を立ち去ろうとした時。


「おい、てめぇ。待てよッ」

「こんだけのことして帰れるとか思ってないよなぁ。なぁッ!」


 歩みを止めて、嫌そうな顔で乱入者は二人を一瞥した。




「いったいどうやったの……」


 最初、才華は何が起きたか解らなかった。喧嘩する学生がお互いにぶつかり合うと疑っていなかった。それがどうだろうか。寸前で止まり、さらには不自然に軌道を変えて植木に飛び込む始末だ。

 そんな光景を起こした張本人は夜斗だった。二人の方に意識が集中していたせいで、彼が動いたことに反応できなかったのだ。

 彼への好奇心が高まるのと同時に異能者として驚異さを覚えてしまう。

 まず、その気配とでもいうべきものがなかった。着地の際にもどうやったのか。さらっと着地を決めていたが、それはこの際脇に置いておくとしても彼ら二人を止めるときだ。

 人垣を通り両者のそばまで行く過程の夜斗を捉えることができなかった。目視でもそうだが、オーラを用いた捕捉手段ですら彼を捕まえれなかったのだ。

 ――でもそんなところは些細なことなのよね……。

 才華が一番の問題視にしているのは、彼らの軌道を変えた手段の方だった。それこそ、目で捉えることなど必要ない。異能が発動している中で、生身であれを止めようとするなど無謀もいいところだ。必ず、微量でもオーラの痕跡が残る……はずだった。結果を先に言えば、何も捉えられなかった。どうやって、方向を変えたのか全くもって解らない。

 と、料簡している時。


「おい、てめぇ。待てよ」

「これだけのことして帰れるとか思ってないよなぁ。なぁッ!」


 夜斗によって悶着を無理やり絶たれた二人は親の仇でも見るように彼をねめつける。

 オーラの濃度が、密度が断然増している。彼らの怒りが頂点を抜け、もはや暴走寸前だ。

 これはさすがの夜斗でも危ないだろうと感じ、割り込こもうかと才華の脳裏をよぎったが、夜斗が一瞬、ほんの一瞬だけ、こちらに目線を寄越した。その瞳は揺れることなく「大丈夫」とでも言っているようだった。


「くそ雑魚の分際調子に乗りやがって……」

 男二人がゆっくりと植木をこする様に立ち上がる。


「知ってんだぜ、お前。解樹先生のコネで特待生とってんだろ。実力もないくせに特待生になれるわけないだろ」

 ――違う。

「そもそも、ここにまともに能力が使えない奴が居るのがおかしいんだよ。てめぇどっかに消えろよ」

「そう思えば解樹先生も酷いよなぁ。こんな奴も学園に置いとくなんてよ」


 夜斗は嘲笑の渦に囲まれた。誰もが知っているが、衆人の前でそれは侮蔑として口に出すことはしなかった。彼の交友関係には特待生の中でも、秀でた存在『有道十二家』、『無道十家』に名を連ねる鳳空御、紅ノ木悠霧、八柳七瀬がいるのだから、彼らの反感を買うことはこの学園で孤立という死を迎えることになる。危険を冒してまで、底辺を苛める趣味は持ち合わせていない。

 ――違うわッ。

 才華はひたすら繰り返す。心中で同じ言葉を叫び続ける。

 どれだけ夜斗が異能者として恵まれていないとしても、知っている。彼が昔、異能者であったことを。

 その実力は誰もが認める程のものだったということも。

 ――……だった?


「どうして?」


 才華は何か頭につっかえ棒がありそれが邪魔をしている。それでも栓の隙間から漏れだす水のように、断片的ではあるが、確信的な何かを自分に訴えていた。

 経緯はどうあれ、夜斗は二年ほど前からか異能を使わなくなった。いや、それでは少し語弊がある。若干ながらのオーラの放出と高速移動か、はたまた瞬間移動か、そういった小さな能力しか使わなくなった。それも、その移動距離は十メートルがいいところ。

 それと同じころから学園の学生の夜斗への態度は手の平を返したように変貌していた。


「それでも、この強さなのよ……あなた達が敵うわけないじゃない」


 自分の実力は大よそ把握しているし、学生の間で勝手につくられたランキングでも一桁台なのだ。その黒須才華が、認める相手となれば実力など語る必要がない。

 不安や立腹などはもうとうに無くなった。

 今まで隠していたその実力が観られそうなのだから――。


「ハァ」


 夜斗が一つ溜息をこぼす。

 これはもう彼が呼吸するのと同じくらいの癖だ。


「俺が弱いのは認めるし、能力がまともに使えないのも認めるが……あまり解樹璃音のことで、馬鹿にはするなよ」

 何か私情の含まれる物言いだった。


 解樹璃音と更級夜斗の関係は親権持ちのいわゆる養子、養母の関係である。それでも、そこにあるのはただの親子関係だけでは言い尽くせないようなものを感じた。


「何言ってんだ? 馬鹿にはしてねぇだろ。目る目がねぇって言って――」

「無拍子」 

「――ング……オエェッ」


 胃の中のものを男は盛大にぶちまけた。

 突然のことに周囲の嘲笑は鎮まった。そこにいた者達は何が起きたのか理解するまで脳が冷静なっていない中、唯一目で追うことができなくても、事の端々だけなら掴んだ者がいた。

 才華は刹那の間に、夜斗が男に近づき腹部に掌打を決めたのが視えた。その後はまたもとの位置へと戻っていた。これが、瞬間移動、高速移動の部類だとすれば、いささかおかしな点がある。

 オーラが全く放たれていないのだ。

 誰もが、結果に目を奪われ、その過程が疎かになっている。


「ふ、不意、打ち……とか、き、ったねぇぞ」

「汚いのはお前だよ。そんなものを中庭にぶちまけて。清掃業者の人に多大な迷惑だ」

「『燃えろ・燃え盛れ・燃やし尽くせ』!」


 三節詠唱が響き渡る。

 嘔吐した学生とは別に植木から立ち上がった学生の方のものだった。

 不意打ちには不意打ちと言わんばかりの絶妙なタイミングでの術式展開――スキル発動。

 彼の前方に小さな火が出たかと思うとそれは瞬く間もなく炎へと増し、劫火へと変貌する。その威力に怯えた表情をしていた学生の顔は悲鳴へと移っていく。


「あんたさ。ゲロを燃やせばどうにかなるとか思ってないか? 中庭が燃えるんだぞ。この場合は…………――専門の業者ってなんだ……?」


 後始末の事だけを考えて口にする彼の異常さはともかく、この場を収めないことには学生の命が危ない。今はまだその規模は、小さいがじょじょに広がっているのは明白な事実。


「水系の代表は」


 才華はこのスキル、炎属性【強化】系術式『星炎』の対応方法の一つとして、同等もしくはそれ以上の水属性のスキルをぶつけて沈静化しようと思いつく。

 しかし、代表に今、水属性を使う学生がいなかったことに気付くと才華は苦悶の表情をつくるしかなかった。

 眼下で劫火に包まれる無能力者の夜斗の佇まいは至って冷静だった。

 発動まではオーラを消費し、この世に顕現するスキルではあるが、その先は普通の炎と変わらず酸素を消費して燃え続ける。


「なあ、あんた豪雨に晒されるのと、夢の世界にダイブ。どっちがいい?」

「だ、黙れよ」


 疲弊しきった顔でまだ悪態をつく元気があることに夜斗が苦笑する。が、それよりも不可解な点でも発見したように夜斗は思案顔を作っていた。

 彼と同じように才華もまた『星炎』程度の三節詠唱術式ならばここまで疲労するのはおかしい。と考えていた。

 もし、これの他になにか条件発動系――【付与】や【拡張】による空間に設置系統が張られていれば、まだ対応は簡単に済んだ。

 ただ。

 ――オーラの消費が尋常じゃないわ。余剰に流したとしてもこの量は頭の狂った異能者でもやらない量よ。

 となれば、下手に手を出せば暴走する見込みもある。

 それでも、いやだからこそ。夜斗が冷静に、彼を自分に集中させるよう、煽っているのだ。それは嘔吐した学生が近くで倒れているためだ。もどした後、突如として倒れ意識を失った。簡易的に様子を窺えば倒れる寸前にだろう、そのタイミングでオーラの使われた痕跡が残っていた。


「とか何とか言ってる内に酸欠になりかけてきたか」


 夜斗が呟き、事実確認をする。

 眩む視界で、彼が懐から一枚紙切れを取り出した。 


「強引だけど、許せよ――『封殺』」

 厳かに綴られた簡易詠唱。

 刹那だった。劫火が空間ごと切り取られるように消え失せた。


「な、んだよ、それ」

「お前は知らなくていい」


 夜斗と対面する男子学生が疲弊しきった顔で驚愕しているが、そんなことはお構いなしに彼は接近し、鳩尾に拳を落とし意識を奪った。


「――、暴走はなかったな」


 夜斗が最後の懸念が払拭されてか、安堵の息をついた。

 才華は夜斗と同じように窓から飛び降り、彼の元へと歩み寄った。声を掛けられた夜斗が振り向くと、


「問題ないです」


 そういつもと同じように不愛想な表情で報告した。


「……なら良かったわ」

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異能を使わない異能者!?  天城 枢 @amagi

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