第6話

四月も残すところ数日。

一〇畳ほどの落ち着きのある部屋。ベッドに、勉強机、部屋の中央にある足の低い机とセットのソファー。その対面の壁には四〇インチのテレビが掛けられている。部屋の一角には観葉植物があるくらいの簡素な部屋。

 その簡素な部屋の住人、才華は、定時にカーテンが目覚ましの音と共に開くよう設定してある。しかし、今日はそれよりも早くに目が覚めた。ん~、と伸びをしてベッドから起き上がり、自らの手でカーテンをバッと開け放つ。ぽかぽかとした太陽の光を全身に浴びる。この心地良さが奥に引っ込んだ眠気という悪魔を呼び起こそうとするが、そこは我慢して勉強机の横。サイドテーブルに置いてあるコーヒーメーカーから朝の一杯をつくると、ベビードールのまま近くのソファーに腰かけた。

 ブラックコーヒーの苦さが口から身体に回り、意識を覚醒させた。


「ふぅ」


 朝食にはまだ早い時間だということもあり、くつろぎながら時間を潰すことにした才華は、壁にかけられたテレビの電源をつけた。

 放送していたのはニュース番組。巷では何が人気だとか、流行はこれだとか、普通の女子高生なら食いつく、要素を取り上げている。だが、才華は殊更、興味がないように映像を見つめているだけだった。

「彼はこういうのに興味があるのかしら……」


 退屈な時間が流れ、ある程度時間が経ったころ。ぬるくなったコーヒーを一口嚥下し、今日の日程を確認するため携帯端末を起動する。

 午前は機材の搬入や、監視員、教師との打ち合わせを行い、その後身体測定に移る。それから学生達の大本命と言ってもいい実力検査だ。

 その間は『代表』が、校内の見回りをすることになっている。


「とりあえず、このくらいかしら」


 自室から出て、才華以外誰も居ない――一人暮らしには広すぎる1LDK。キッチンで朝食を手際よく作り静かな朝の食事を開始する。

 ――少し、太っているのが原因なのかしら……。

 才華の悩み、最近気になる相手への接し方やアプローチ方法だ。ここ半年前までなら、言いよる男子をあしらう側だったのが、今ではあしらわれる側となっている。

 ――でも、スタイルには自信がある……はず、なんだけど。

 しかし、言葉が心中できちんとした形にならないのは、彼の周りにいる女性が大きく原因していた。


「紅ノ木さんは私より胸が大きいし、八柳さんは私より身長が高くてモデルみたいよね……ハァ」


 溜息がこぼれ、マグカップのコーヒーを揺らし波紋を生んだ。その水面に映る自らの顔は憂いに沈んでいる。しかし、それでも整った顔立ちは同世代では抜きん出ていることを自覚はしていた。

 綺麗な二重。鼻も高すぎず低すぎず、唇も艶やかで薄くも厚くない。美少女と美女の丁度中間だろう、と自分では判断しているが……彼のタイプではないのかもしれない。それを言ってしまえば元もこうもないが、ここまで十六年とちょっと生きてきた中で、まさか自分が追う立場となる日が来るとは思いもよらなかった。


「実はホモ、ゲイ、BLとかはないわよね? で、でもいつも鳳君と居るイメージが強いのだけれど、そこのところは……」


 疑問が浮かぶが、すぐさま頭を振り、脳の中から放り棄てる。

 彼の影響で前よりも色々な本を読むようになった。その中に同性愛者という、昔にはそんなものがあったのかと驚きの内容だったわけで、現代では考えられない思考をしているなと才華は感じていた。


「夜斗に限ってそれは無いから大丈夫よ、私ッ」


 食事を再開し、ポジティブな考えへとシフトするようにする。

 ――今日は、二人きりなのよ。邪魔も入らないのよ。いくらでもチャンスはあるわ。


 才華と夜斗は今日の見回りで二人一組のペアとなっていた。つい、一週間ほどまえに脅しと言えば語弊があるが、約束を取り付けたのだ。

 その日の放課後に代表会議でペア決めがあり、代表の男子学生はどうにかして才華と組むように前々から奔走していた。だが、それらが無駄に終わった時の彼らの顔はこの世の終わりでも見たようになり、次にはマグマのような感情を爆発させ、憤怒の目を夜斗に向けていた。せわしなく変わる彼らの表情がおかしくて笑いそうになっていると、夜斗は不服そうに才華を一瞥して小さく息をついていた。

 才華は朝食を食べ終えるとシンクに置き水につけておく。その間に自室の向かい、廊下を挟む形である扉をくぐり洗面所へと入ると、ベビードールを脱ぎシャワー室へと移動する。鏡に映る自分の肢体はモデルのように細く、それでいて出るとこは出ている、女性特有の柔らかさは失われていない体型。

 水を弾く肌は白く透き通っており、シミ一つない白磁のような美しさ。

 性格はともかく、やはり見た目だけならば女子なら誰もが羨み、男子ならば欲情をそそるだろうプロポーションだ。


「相性は……別段悪くは無いわよね?」


 向かい合わせの自身に問うがその答えが返ってくるはずもない。

 才華は諦めて、全身をくまなく洗いシャワー室を後にした。

 ここまでは何ら日頃の行動と変わらない。ただ、自室に来るまでの時間が迫るたびに胸がどきどきしていた。

 バスローブに身を包んだ身体でそそくさとクローゼットまで行き、制服を取り出す。その下にある収納ケースから下着を取る瞬間に固まった。

 ――…………何が良いのかしら。

 見せるわけでもないのに迷ったのだ。普通に考えて、見せるなどとなったら痴女かビッチに間違われるのは明白。夜斗にゴミをみるような冷たい目で睨まれるのもそれそれでありだと思いつつ……。ともかくそれでも戸惑うのが乙女というものだろう。

 ――黒……は無いわね。白? ――あざといなんて言われそうね。

 夜斗の半眼で「うわぁ」と擬音が出そうな顔が浮かびすぐさま、仕舞いなおす。

 ――そう言えば紅ノ木さんの下着は淡い水色だったわね。ああいうのが好みなのかしら?

 急いで下着を探していく…………が、これまでの自分に後悔せざるを得なかった。

 俗に言えば、「大人っぽい」しかなかった。レースやフリルが付いていても肌を覆う面積が少なかったり、柄ではないにしても派手な色だったり。


「ええい、こうなれば、ままよッ」


 この前読んだライトノベルなる本に書かれていた、諦めの時に使う言葉が口から盛大に出た。

 選んだのは黒のレースフリルが付いた紫の下着だった。

 ベッドの横に置いてある時計を確認すると時間も時間で、すぐに着替え始めた。

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