テーマ三 映画は映画館で見るべき。是か非か

 まえがき

 11/8 担当 岬静歌みさきしずか


 はじめまして。担当の岬です。面倒ですがよろしくお願いします。



***


未来みくさん、今日の議題はどうします?」


 私の正面の席に座る二年生の先輩。古雪海菜ふるゆきかいなさんが部長に問いかけました。


「あんまり適当な話題だと、今日誌担当の静歌が地の文でふざける可能性があるんですけど」

「そんなことないです」


 私は不服さを精一杯表情に示しつつ、否定しました。

 全く、本当、失礼な人ですね。たった一人の男部員なんですから、もうちょっと気を使ってくれてもいいと思うんですけど……。古雪先輩は今日も相変わらず、美少女三人に囲まれているにも関わらず平然としています。

 でも、確かに地の文を工夫することは大切ですね。普段直接言えないことをこの日誌上は書けるのかも。


 ではでは、折角なので古雪先輩の紹介をば。 

 お喋りド変態野郎。もしくは、巨乳フェチインモラル。という感じでしょうか。もちろん口には出しませんけどね。この日誌を読まれる瞬間が楽しみです。


 一方、古雪先輩に話を振られた色條先輩はう~ん、と宙を見つめながら唸っていました。どうやら、議題を何にするかまだ明確には決めれていないようで。


「今日は皆時間通りに集まれたから時間もあるし。どうしよっか?」


 実は、私の所属するこのディベート部には暗黙の了解があります。それは、議題を决めるのは部長である色條先輩だというもの。経験や、真面目さとか諸々を考えてそうなっているらしいです。

 もちろん、全部彼女任せという訳ではなく私達も自由に話したい内容を出しますよ。ただ、最後これで行こう! と、决めるのが部長であるだけで。

 色條先輩の問いかけに、星川先輩が答えました。


「私はちょっとマジメな感じでも良いんじゃないかって思います。ここ二回と雰囲気変える意味でも」

「そうだね。じゃ……夏姫ちゃん、何かある?」


 星川先輩はしばし逡巡した後、軽く提案してみせます。


「う~ん。この休みに映画を見てきたんで、それに関する論題とかどうですか?」

「映画かぁ……確かに、色々ありそうな気がするね」


 ヒントは得られたものの流石にすぐには論題が浮かばないのか、二人共少し俯いて考え込み始めてしまいました。

 実際テーマを考えるのって難しいですからね。多少なりとも、話が何処まで膨らむかを考えなきゃダメですし。見切り発車では上手く行かないことが多いです。


「はい! こんなのどうです?」

「うん、言ってみてくれていいよ」


 古雪先輩の声。

 他にも、テーマを出すのが大変な理由はあって……。

 私は勢い良く手を上げてみせた彼に目を向けました。


「未来さんは早いとこ古雪と映画に行くべき。是か非か!」

「私的過ぎるよっ! どんなアプローチ!?」

「古雪と見に行くなら断然恋愛映画だ。是か非か」

「映画自体一緒には行かないよっ」

「それなら、遊園地とかのほうが良いですか? 是か非か」

「もうただの質問! 是か非かってつければ良いってもんじゃないよ!」

「えー…………?」

「本気で困った顔しない! 困ってるのは私だよー!」


 律儀に彼のボケに全て反応してあげる色條先輩。このように、考えてる途中に必ずと言って良いほど誰かが邪魔をしてくるのがディベート部の特徴です。

 大体被害を受けるのは彼女ですけど……。

 続いて、私も口を開きます。


「今日の活動日誌は書かなくて良い。是か非か」

「それ、静歌ちゃんがただ日誌書くの面倒なだけだよね?」

「いつだって損をするのは後輩だ。是か非か」

「さらっと不満をぶつけてこない! そもそも、私達も書くし。むしろ、最近の後輩は先輩に気遣いがなさすぎる、是か非かっていう論題でディベートしたいよっ」

「えぇ…………?」

「なんでピンと来てないの? 私のツッコミ、我ながら的確だよっ!」


 可愛らしくぱんぱんと机を叩きながらツッコミを入れてくる色條先輩。すみません。悪意は無いのです。

 こんな風に、極稀に私も話の腰を折ったりもしますが、それはもっと先輩方と仲良くなりたいが故で。……古雪先輩とは動機が違うことを理解しておいて下さいね。

 と、自然に私の魅力を記した所で。


「あっ。こんなのどうっすか?」


 私達の相手を部長に任せて、一人黙々と考え込んでいた星川先輩が顔を上げました。どうやら、論題を思いついたみたいです。


「夏姫、時間は限られてる。ふざけた意見だったら許さないからな!」

「星川先輩。もし余計なボケ挟んだら、今日の日誌当番代わりにやって貰いますからね」

「言われなくても真面目にやるよ。ってか、お前らにだけは言われたくないし」

「お、お願いだよ?」

「み、未来さん。任せて下さい……すみません幼馴染と後輩が迷惑を」

「うぅ。毎度のことだからもう慣れたけど……」

「大丈夫ですよ。私を信じて下さい」

「夏姫ちゃん……」


 机を挟んで見つめ合う二人。

 まぁ、星川先輩は姉御肌。締める所はきちんと締める方なので、余計なこはせず……。


「三度めの正直なんてウソウソ! 二度あることは三度ある。是か非か!」

「夏姫ちゃーん!!」


 前言撤回。

 やっぱりこの方も大概悪い人ですね。



 テーマ三【映画は映画館で見るべき。是か非か】



「もう。ちゃんとした案が出てるなら余計なボケ挟まなくて良いでしょ?」

「あはは、すみません。あんな切なそうな目で見られるとつい」


 ホワイトボードに書かれた星川先輩の出した案。映画は映画館で見るべき、是か非かという論題。今回はその内容でディベートを行うことに決定しました。

 どうやら、彼女も最初はさらっとその案を言おうと思っていたものの、反射的に乗っかる方へ移行してしまったらしいです。星川先輩らしい、といえばそうですね。……その分色條先輩の疲労が貯まるだけで。


「でも、俺もいい案だと思うぞ。明確な答えは無いけど、意見はハッキリ別れる感じが。因みに俺は映画館派」

「おっ。さんきゅ。私は断然、映画館だな」

「私も映画館で見るのが好きだよ」


 今はディベート開始前の自由に話せる時間。先輩方は口々に各々の立場を示します。意外にこの情報を聞いておくのが楽しくて。反対意見に回されて、それでも一生懸命勝とうと頭を悩ませている様子とか。ジャッジやネタ要員からするとすごく面白いのです。


「静歌ちゃんはどう?」

「私は……レンタルして家で見る方が好きですね」


 そして、私たちはいつもの様に役割分けの箱に手を伸ばしました。


【肯定派】星川夏姫ほしかわなつき

【否定派】岬静歌みさきしずか

【ネタ要員】古雪海菜ふるゆきかいな

【ジャッジ】色條未来しきじょうみく


「それじゃ、今日も楽しく優しく面白く! ディベート頑張ろうね!」



***肯定派の意見***


「おぉ、今回は珍しく希望通りに別れたなー」


 星川先輩が手元に握った、役割分けの紙を眺めながらにこりと笑いました。

 私たちディベート部員は、考え方や性格が大きく違っているせいか全員が同じ意見を持つことはまずありません。そのせいか、毎回一人は本来の持論とは別の立場に立って議論を行う場合が多いです。

 しかし、今回は映画館で見るのが好きだという星川先輩がそのまま肯定派に。レンタルをよくする私が否定派に決まりました。

 確かに、違った立場の考えを一生懸命考えるのも楽しいですが、持論を有効に展開するのもまた面白いので……今回はラッキーです。


「ふふ。よりにもよって海菜くんがネタ要員だもんね?」

「まぁ、我ながらこの役割に適正はあると思いますねー」

「あはは。適性もそうだけど、他の二人がキミ相手だといきいきするから」

「そうですか?」

「うん! 二人共いつも海菜くんとの掛け合いは楽しそうだよ」

「おぉ。そーゆー第三者からの意見は嬉しいですね!」


 今回のネタ要員は古雪さん。

 私や星川先輩が彼に懐いているかのような言い方はかなり腹が立つものの、確かにこの人は野次を飛ばすのが得意なようです。加えて私達も遠慮なく言い返すことが出来るので、そういう意味では適正があるのかもしれません。

 それに、ジャッジが色條先輩というのもありがたいですね。一番公正で客観的に結果を示してくれる方なので。……付け加えると、彼女は根が真面目なせいかネタ要員になってもあたふたしたり当り障りのない話だけで終わったり。結局私たちにイジり返されて終わることが多いですので。

 今回の役割分担はかなりディベートのし易い形に落ち着いたと思います。


「じゃ、早速私からだな!」


 ニカッと快活そうに笑って、彼女は話し始めました。


「私は映画は映画館で見るべきだと思います!」

「夏姫はちょくちょく映画見に行ってるもんな」

「おう! こういう所に隠し切れない女子力が出ちゃうぜ」

「よく言う。アクション映画ばっかりなクセに」

「クレヨンしんちゃんとコナンも見るぞ!」

「女子力ねぇな!」

「ラブストーリーって基本的にイライラする」

「女子力ねぇな……」


 相変わらずの彼女らしい意見に、古雪さんは呆れた様子で幼馴染を見つめながら溜息をつきます。一番身近な女の子がこのような感じだと、色々と思う所があるのかもしれません。


「そもそも、お前毎回見てきた映画に影響受けすぎるから鬱陶しいんだよ」

「そうかー?」

「スターウォーズ見てきたかと思えば新聞紙丸めて殴りかかってくるし」

「あぁ、私の和製ライトセーバーか」

「アレをよくライトセーバーと呼べたな」

「威力は高かっただろ?」

「威力が高かった→×腕力が強かった◯、な」


 あまりいい思い出が無いのか、顔を盛大にしかめながら古雪さんは苦情を並べます。


「小学校の頃、少林サッカー見た時なんか凄かったからな」

「私、なんかしたっけ?」

「バク転で吹っ飛べとか、服破れろとか……」

「あっはっはっは! 昔の私面白いな」

「馬乗りされて服に手かけられた時は貞操の危機を感じたっつの」


 毎度のことですが、どうしてこうも二人の思い出話は豊富なのでしょうか。特に羨ましいエピソードが無いのもまた不思議です。

 そんなことを考えながら、私は、ところで……と会話に混ざりました。


「お二人は一緒に映画見に行ったりしないんですか?」

「あー。海菜があんまり見に行きたがらないんだよな。毎回誘っては居るんだけど」

「いや、だって面白いかどうか分からないのに千円ちょい払うのは嫌じゃないか? だから、俺は話題になった映画か。よっぽど気になるのしか見に行かないんだよなー」

「それは……何となく分かります」


 珍しく意見が合った私たちに星川先輩が反論を唱えます。


「えぇ? 面白いか面白く無いか、それさえも分からないのがまた良いじゃんか! 世間の評価に流されたくないの、私は!」

「評論家っぽいこと言ってるけど、お前から『面白かった』以外の感想聞かないぞ」

「私、面白く無さ過ぎるって理由で面白がれるタイプだから」

「良い客だなっ」


 けらけらと笑い声をあげながら星川先輩はそう答えました。サバサバして大らかな彼女っぽい意見についつい笑みが溢れてしまいます。

 私は面白いものは面白い。つまらないものは時間のムダだったとしか思えないタイプなので中々彼女のような考え方をするのは難しいです。星川先輩のような人がとっつきやすくて皆から好かれるだろうことは分かってるんですけどね……。

 

「映画館で見ることのメリットを話したほうが良いよな」


 しばし逡巡した後、彼女は顔を上げます。肩より上で切りそろえられた艶やかな黒髪がサラサラと揺れました。


「やっぱり、臨場感だな」


 おおげさな身振りで星川先輩は力説します。


「音や映像の迫力がテレビで見るのと比べると全く違うぜ? 物語に入り込みやすいって言うか、心に響くっていうか」

「確かに。音って大事だよな」

「そうそう。どの映画も心揺さぶる音楽が織り込まれてるから!」

「AVをイヤホンで見たくなるのと同じか」

けがらわしいお前の趣味と一緒にすんな!」

「それに、映像の迫力だって重要だし」

「……だろ? 大画面の迫り来る感じとか、今では3D映画ってのも出てるし」

「俺はいつかパソコンで3DのAVが見れる日を……」

「下ネタを被せてくるな!」


 星川先輩は慣れたもので、然程気にせずツッコミを入れているものの……。

 いや、本当に最低です。不潔です。


「死ねばいいのに……」

「し、静歌!?」

「…………」

「ご、ごめんなさい。さ……流石にアウトだったか」

「サイアクです」

「うぐ」

「……この短小」

「ひぐっ」

「……早漏」

「がはぁっ……って、短小でもないし早漏でもないわっ! ……多分」


 我ながら先輩に対して失礼な物言いですが、古雪先輩は反省したのか軽く俯いて冷や汗を流していました。女の子の前であろうと、下ネタを言いたければ躊躇いなく言う人なのですが、その都度反省の色は見せるあたり……デリカシーが無いのかあるのか分からない方です。

 女の子の気遣いより、ボケたい気持ちのほうが強いのでしょう。ホント、変わった人です。まぁ、だからこそ色條先輩に入部を認められて今に至るんでしょうけど……。


「ま、とりあえずは臨場感大事って話。全身で音を感じて、大画面の迫力溢れる映像を見たいんだ私は!」


 あとは……、と彼女は一瞬考えこむ素振りを見せた後、話を続けます。


「話題性とかも大きいと思う。はやりの映画は実際見に行かなきゃ、レンタルが始まってからじゃ遅いし」

「流行のネタも映画発なこと多いしな」

「それと、外せないのは映画館で食べるポップコーンの素晴らしさだよな!」


 元気よくそう言い切る星川先輩。

 しかし、他のメンバーはそれに対しては渋い反応を返しました。


「私は映画見ながらポップコーン食べないタイプかなぁ」

「俺もです。なんとなく気が逸れる気がするし、何より高いし」

「えぇー。海菜が買わないのは知ってたけど、未来さんもですか?」


 同意が得られなかったせいか、不満そうに口をとがらす彼女。

 確かに、映画館が好きな人の中でも意見の割れる話ではありますね。


「うん。でも、夏姫ちゃんの説得次第では次回からポップコーン買うようになるかもだよ?」

「マジっすか。俺バイトしてないので出費はキツイですけど、未来さんの為なら……」

「どうして次回、キミと一緒に映画行くことになってるの?」


 そうかー、私の周りでも結構ポップコーン買わない友達多いんだよな……。そう、星川先輩は零します。でも、確かに高校生は自由に使えるお金が無い所為か、あんまり食べ物に手を出さないイメージですね。


「確かに、値段が高いのは認める。でも、コーラにポップコーン。このコンボは一度試せば病みつきになるぜ」

「そんなに良いものか?」

「一回試して見れば分かるって!」

「ふーん。美味しいし、映画館来てるって雰囲気を味わえるからか」

「いや、そうじゃない」


 ぴしっと彼女は人差し指を立て、至ってシンプルな答えを口にしました。


「ポップコーン食べたら喉乾いてコーラ飲むだろ? で、コーラのんだらしょっぱいもの食べたくなってポップコーン食べるじゃん。そしたら今度はまた喉が乾いてきて……以下無限ループ」

「何そのスパイラル! まぁ、なんとなく分かるけど……」

「ポップコーンとコーラの為に映画見に来る人も居る位だから」

「本来の目的は!?」

「映画館で見かけるマシュマロ系男子の人は大体ソレ」

「いや、断言はマズイだろ。確かにその二つを抱えてるイメージはあるけど」

「で、なぜかプリキュア見てたりする」

「それはお前の偏見でしか無いから!」

「自分の意思では抜け出せないのだ……ポップコーラシンドロームって奴はな」

「んで、勝手にちょっと可愛い名前つけんな」


 結局、魅力的な部分があんまり伝わってこなかったと思うのは私だけでしょうか……。ただ、星川先輩はなぜか満足気なのでこれで良いのかもしれません。

 まぁ。ポップコーラを魅力的に思うかなんてのはそれぞれの主観でしか無いですもんね。


「あと、映画館でなきゃ得られないものが一つあるんだよ」

「へぇ。それは結構大事な意見だな」

「そうそう。レンタルじゃ絶対手に入らないモノ――入場者プレゼントだ!」


 先ほどの話よりも、少し自信ありげな顔で肯定派の彼女が強い口調で言い切りました。

 あぁ~。と、全員の口から納得の声が漏れます。

 確かにその通りですね。こればかりは映画館でしか得られないメリットです。


「最近有名だもんな。アニメとか毎週入場者プレゼントが変わるらしいし」

「そうそう。私はマメにコレクターするタイプじゃないけど、そういうの好きな人は本気で好きだしな。だからこの要素は外せないと思って」

「でも、今までのはメリットだった訳だけど、コレに関してはそうとも言い切れなく無いか? ネタ要員だからコレ以上は言わないでおくけど」


 と、古雪先輩は首を傾げました。

 ちょっとだけマジメな表情。


「あぁ。海菜が言いたいのはいわゆる特典商法ってヤツだろ?」

「そうそう。別に法に触れてるわけじゃないんだろうけど、特典の為に映画に行くってちょっと違和感は感じるかな」

「うん。私も海菜くんと同じ意見だよ。本末転倒って感じがする」


 と、少しだけ会話の雰囲気が真剣なものに変わりました。

 時折あるんです。議論の最中に何故か真剣な話し合いになるタイミングが。……それもまた、興味深くて楽しい瞬間なんですけど。


「そうですね。でも、私は入場者プレゼント自体は良いシステムだと思いますよ。問題なのは、最近その悪い点ばかりが目立ってしまってるだけで」

「悪い点? 流石に夏姫はその辺り詳しそうだな」

「私、映画館好きだからさー。それこそ、有名になったアニメ映画も覗きに行くんだよ」

「守備範囲広いな……。原作知らないのに?」

「もち! 私、そのアニメについて全然知らなくても、それについて知らなさ過ぎる自分に対して笑えるから」

「良い客だなっ」


 もとい、と彼女は続けます。


「本来は特典は来てくれたファンへのお礼って意味合いが強かったと思うんだよ。それほど豪華じゃないけど、せめてもの記念品……みたいな」

「分かる分かる。俺らが小さいころ見に行った戦隊モノとか子供向けアニメはそんな感じだった気がする」

「そうそう。特典もらえてラッキー位の感覚だっただろ? 私もそう」

「最近は様子が違うよなぁ」


 少し遠い目をして過去を思い出していたらしい古雪先輩が小さく溜息をつきました。

 おそらく星川先輩も彼と同じ気持ちなのでしょう。ちょっとだけ残念そうな表情を浮かべました。


「不思議と、その特典の価値が大きくなりすぎてるってのが現状らしくてさ。ファンにとっては非売品とか限定品っていうのが魅力的らしくて……作り手もそれをわかってるから、そこでしか手にはいらない物を小分けにして出すようになっちゃったんだよな」

「それが特典商法かー」

「おまけがいつのまにか目的に変わってしまって。特典は入場者を増やすため、リピーターを増やすための道具になった感じかなぁ」


 へぇ。今の映画館ではそんなことが起きてるのですね。


「でも、それってダメなことですか?」


 折角なので会話に混ざります。

 確かに、あまり褒められたことではありませんが、別に悪いことをしていない以上こういう手法もあって良いのではと。


「私は、ビジネスの形としては間違っていないかと」

「まぁ、客観的に見たら静歌の意見に落ち着くんだけどな。私もその意見に反論する気はないし。お金が勿体無いなら行かなければ良いことだし、特典集めきろうとする方が悪いんだって」

「……そうですね。でも、もしかしたら通ってる人たちからすると違うんでしょうか」

「そうだなー、俺は通っちゃう人の気持ち分かる方だと思う。好きなら行っちゃうんじゃないのかなぁ。映画なんて高すぎる訳じゃないし、頑張れば通えるから」

「いや、静歌に海菜。問題はそこじゃないんだよ」


 大事なのはお金とか、システムとか。そういう部分ではない。

 そう、星川先輩は断言しました。


「静歌の言ったようにビジネスの形しては間違ってないし、海菜の言うようにバカみたいに高値じゃない以上、通う通わないは自己責任の範疇。一番問題なのは、その特典だけを手に入れて帰る客や転売を行う人達なんだよ」

「帰っちゃうんですか? 映画館に来てお金も払ってるのに?」

「いや、信じられないけどそうらしいぜ? 実際、私も話題のアニメ見に行ってたんだけど不自然に席が空いてたし」

「何度も同じ内容を繰り返し見れないって事なんでしょうか」

「そうだと思う。もしくは、そもそも作品自体には興味ないかだな。未来さんが言ったように、それじゃ本末転倒だし……作り手としても来場者を増やす工夫が、映画を見られなくする原因に変わってしまうのは不本意じゃないのかなー」

「確かに。問題ですね。映画の持つ本来の意味が失われてるなら……」


 私自身あまり映画を見に行かないのでカルチャーショックです。いま、そんなことが起きてるのですね。自分に関係のないこととはいえ……。映画好きな星川先輩は色々と思う所があるのか、あまり明るい表情はしていません。


「転売も金になるんだろうな。夏姫が言うように、非売品の価値が高くなってるのが原因なんだろうけど」

「うん。まぁ、詳しくは分からないから何も言えないけど。私としては、映画を楽しむって理由が無いままに映画館に来て特典貰って帰る……っていうことが当たり前に起こってるのが寂しいかな」

「だなー。でも、収益自体は上がってるし、言ってしまえば特典をどう扱おうとその人の勝手みたいな所はあるから。解決は難しそうだけど……」

「やるせなくはなるだろ」

「ちょっと気に食わないな」


 ふむぅ。

 と、幼馴染コンビ二人が考え込んでしまいました。どうやら完全に思考がそちら側に移ってしまったらしいです。なんでも真面目に考えこむのは良いところですけど、今はディベート中ですよ!

 なんとか論議に戻そうと思案していたその時、色條先輩がいいタイミングで一声かけてくれました。


「こらこら、ちょっと脱線してるよー? また今度、特典商法は良いものである。是か非かってディベートすれば良いから、今は元の論題に戻るっ」

「あ。はーい。すみません」

「すみません、ネタ要員なのに」

「いいよっ。それじゃ仕切りなおそっか」


 先輩らしくおおらかな態度で後輩の暴走を止めると、彼女はふわりと微笑みました。こういう所はやっぱりどこか大人なんですよね。ふわふわとしているようで、実はちゃんとしている所とか。

 古雪先輩が彼女の意図を


「それじゃ、仕切りなおして。……未来さんは早いとこ古雪と映画に行くべき。是か非か!」

「そこからやり直すの!?」

「ていうか、入籍したらどうですか。是か非か」

「そんなくだり無かったし、絶対しないよ! 是か非か関係ないし!」


 ちゃんとしてる所とか……。

 少しいじられるまでのスパンが短すぎますけど。


「じゃ、とりあえず入場者プレゼントの纏めですけど」

「はい、言っちゃって下さい。あの二人は置いといて」

「実際に映画館に行かなきゃ手に入らないモノが貰えるって言う点で、やっぱり魅力的だと私は思います。……そんな感じかな。私の話は」


 そう言って、星川先輩は話を締めくくりました。



***否定派による質疑***


「星川先輩が言ったのは迫力云々、話題性云々、ポップコーン云々、来場者特典云々の話でしたから……どうしましょうか」

「この、『云々』ってつけられたら感じる、雑に扱われてる感って何なんだろうな」


 質問の時間です。私は、この自分のターンが一番難しい部分でもあると思います。いかに相手の論理の穴をついて、自分の話に繋げられるかが肝になって来るので……。私も頭が回る方ではありますが、他の先輩方と比べてディベート経験に劣る分よく考えなければいけません。


「とりあえず、星川先輩。一人で映画館に行く時の気持ちを教えて下さい」

「しょっぱなその質問かよ!!」


 先輩らしく、悠々と構えていた星川先輩が机に乗り出して叫びます。


「別にどうとも思ってねーよっ! 寂しくもないし!」

「ですけど、カップルとかよく居るんじゃないですか? 羨ましいとか無いんですか?」


 私のそんな、からかい混じり……というか、からかう気持ちしか無い問いかけに答えたのは彼女ではなく、古雪先輩でした。


「無い無い。この男勝りにそんな乙女心あるわけ無いだろ」

「はぁ?」


 じろっと、かなりの量の非難を含んだ視線。

 しかし、幼馴染故の気楽さか。古雪先輩は気にもとめずに言い返します。


「事実じゃん。二人揃ってクレヨンしんちゃんの下ネタで爆笑したのほんの数カ月前だぞ」

「ぐっ。それはそうだけどさー」

「何だよ」

「そうハッキリ言われたらムカつく」

「でも、昨日お前俺に何した?」

「水曜日のダウンタウンで見たロメロスペシャル(プロレス技)かけに行った」

「……で、乙女心は?」

「……返す言葉がございません」


 何故か逆に古雪先輩に頭を下げることになっていた星川先輩。

 彼女は顔を上げると、憮然とした表情で私の方を向いた。


「正直なにも感じない!」

「そうだと思いました」


 分かってて聞いたんですけどね。


「では、私からはそうですね……星川先輩は映画館に行くことで得られるメリットを並べたという印象でしたが」

「うん。そうだな」

「ただ、一つ理解できなかったのはポップコーンの下りの話です」


 ディベートにおける質問は、相手を追い詰めるもの――例えばクローズドクエッションなども存在しますが、全てがその為に行われるものではありません。

 例えば、自身の理論に繋げるための質問、より詳しい解説を求めるもの。そして今回私がするような、


「ある種、食べ物はどこでも手に入るので、映画館に限らないと思うのですが」


 相手の話の中でこちらが理解できなかった部分を再度説明してもらうものがあります。これはよくとられる手法であり、自身が理解出来なかった部分は、相手が意図的にぼかした部分であることも多く、結果として有効な問いかけへと変わったりもします。

 何より、ディベートを行う意味――論題に対する理解を深めることに繋がりますから。


「あぁ。それは簡単!」

「簡単……ですか?」

「映画館で食べるポップコーンは市販のそれとはまた別物だ!」


 ドン。

 と、少年漫画ばりの効果音が聞こえてきそうなテンション。星川先輩は堂々と言い切ると、自信ありげに頷いて見せました。


「あの。もっと詳しく……」

「ふっ。全く……この感覚が分からないのか、静歌」

「……はい」

「コイツメ☆」

「知りたくなかった感覚だけが渦巻いてます、今。これが殺意ですか……」


 いいかー? っと、彼女は私の返事をロクに聞かずに語り始めます。


「もう一度言うわよ!」

「急になんだその口調。乙女心無いって言われたの気にしてるのか」

「映画館で食べるポップコーンはただのポップコーンではないの。ていうか、もう、もはやポップコーンではないんだよ! じゃあ何だと思う!? 海菜!」

「急な無茶振り! し、知るか!」

「ギャグセンスねぇな!」

「今ので判断されてたまるか!」

「ま、面白くない幼馴染は置いといて。ポップコーンの話をしよう」

「マジで何で巻き込まれたのかが分からない」


 おそらく、先ほどの仕返しが済んだからでしょう。一層晴れやかな表情で星川先輩は、前のめりで私と向かい合います。目鼻立ちのくっきりとした綺麗な方ですが、この時は少年の様にくしゃっと微笑んでいました。


「やっぱり、食べ物っていうのは物自体も大事だけど、食べる場所も大事なんだよ」

「どういうことですか?」

「たとえば、ウェディングケーキ。これも言ってみればただのケーキだろ? でも、普段食べるものより数百倍も価値があるじゃんか」

「確かに」

「それと同じだって」

「そういうものでしょうか……」

「映画館でつまむからこそ風情があるんだよ! じゃなきゃあんなパサパサした大して美味しくも……いや、美味しいけど!」

「今、さらっとディスりそうになりましたよね?」


 えらく感覚的なことですが、ここまで当然のように語られてしまうと思わず納得してしまいそうになります……。


「と、言うことは、逆にポップコーンで無くても良いんですよね?」

「どういうこと?」

「いえ、偶然、映画館にポップコーンが根付いただけで。もしかしたら他のお菓子が一般的になったのかもしれないじゃないですか」

「そうだな! もし他のお菓子が代わりになっても私は良いと思う」

「なるほど。じゃあ、ポップコーンに変わる映画館向きのお菓子って何でしょうか? 古雪先輩」

「お前も無茶ぶ……」

「先輩のギャグセンスの欠如を確認した所で、私の質疑を終わります」

「食い気味に切り捨てられた!?」



***否定派の意見***


 では。早速私の意見を発表しましょう。

 一応普段の私の考えと同じなので話しやすそうです。


「私は映画は必ずし映画館で見る必要は無いと考えます」

「静歌のイメージそのまんまだわ」

「ですか?」

「あぁ。そもそも、映画とか借りて見ることすらしなさそう」


 古雪先輩は私を改めて観察しながら素直にそう評価してみせました。確かに、他の人から見たらそういうものに興味が無さそうに見えるのかもしれません。

 一応、人並みには色んな物に感心を持ってはいるんですけど。


「私だって、有名所の映画くらい見ますよ」

「へぇ。何となく、読書してそうな感じ。自宅三階の窓際あたりで、白いワンピース着ながら、ちょっと古いくたびれた本を片手に物悲しそうな瞳をしつつ」

「…………」


 なんとなく、面倒なモードに入られそうな感じがして一旦相槌をやめました。

 しかし、彼は止まりません。


「彼女は決まったリズムでページめくるる。彼女自身の置かれている閉じられた世界。古い紙に綴られた文字列の先に、その出口があるような気がして……。みたいな」

「…………」

「でも、結局はそれは現実逃避。待っているのは辛い現実だけ。……そんな彼女の、変わらぬ苦しさだけが彩った日常に差す一筋の光」

「…………」


 ごめん、静歌。ちょっと付き合ってやってくれ。と、机を挟んだ右向かいに座る星川先輩が軽くアイコンタクトを飛ばしてきてくれた。付き合ってくれと言われても……この人喋りたいこと永遠喋り続けるだけじゃないですか。


「夏姫、その一筋の光って一体何だと思う?」

「うわっ。飛び火してきたっ!」

「…………」

「そう、古雪海菜オレだ」


 ニヒルな笑みとともに自信を指差す彼。


「はいはい。もう気が済んだか? そろそろ静歌の話に戻って……」

「最初はなれない優しさに戸惑う彼女しずか。しかし、次第に暖かな光が彼女の心に張った氷を……」

「まだ続くのかよ!!」


 はぁ。古雪先輩の相手は幼馴染の方に任せるとして……私はジャッジの色條先輩に語りかけます。


「話を戻しますけど……。映画館意外で映画を見るとなると、基本的に自宅が多いと考えます。ですので、今回はそれに絞ってメリットを話したいと思います」


 自宅で映画。

 インドア派な私としてはとても魅力的な響きです。


「まず第一に、お金の問題は大きいです。映画館で見るとなると私達高校生にはちょっと痛い出費になるので……」

「レンタルは安いもんなー」


 さらっと何事も無かったかのように会話に戻ってくる古雪先輩。


「最近だと新作も安く借りられたりしますから」

「じゃあ、静歌はマメにビデオ屋通ったりするのか?」

「マメ……とは言いませんが、ちょくちょくなら」

「へぇ……」


 何故か、複雑そうに彼は私の方を見てきます。


「……どうして不服そうなんですか」

「いや、やっぱり、お前はそういう世の流行りに疎いキャラでいるべきだと思ってさ」

「勝手なイメージを押し付けないで下さい」

「じゃあ、どんな映画借りてみたりすんの?」

「……ホームアローンとか」

「うわぁ。キャラじゃないぞ」

「モンスターズインク」

「全然違う」

「悪魔のいけにえ」

「グロいやつ!? 急にどえらいのぶっこんできたな!」


 流石に冗談ですよ。噂には聞いたことはありますが、見る気にはなれません。


「古雪先輩はどんな映画を借りたりするんですか?」

「そうだな……例えば」

「あっ。えっちなのは省いてください」

「借りてねえよ! 勝手なイメージ押し付けんな!」

「そもそも、まだ先輩十八歳未満でしたね」

「そ。だから借りるなら未来さんに頼まないと。……すみません、未来さん。スタイル抜群、タレ目で茶色かかった長髪。お姉さんキャラと見せかけてどこか癒やされる雰囲気を持った巨乳の女優さんの出てるAVを……」

「自分の事を褒めているみたいでイヤだけど、それ、私の事だよね? やだよ! 自分似の人が出てるえっちなDVDを探させるなんて発想が悪魔じみてるよ!」


 机をぱんぱんと叩きながら本気で抗議の声を上げる色條先輩と、それを満面の笑みで受け流す古雪先輩。一応、この部活は部長である彼女の許可がなければ入部出来ないはずなんですけど……どうして彼の参加を許可したのでしょうか?

 こういう光景を見ていると本当に不思議に思います。

 そもそも、肝心のツッコミが『先輩にいかがわしいビデオ借りに行かせること』に関して入らない辺り感覚が麻痺してるような気がしますけど。


「まぁ、ツタヤへは帰りに行くとして」

「行かないよ!」

「はいはい。静歌、続きを。未来さん、今後輩が喋ってるんで静かに」

「先輩をイジっておいてよく言えたねっ」


 ほら、続き。と、両の掌を向ける仕草。

 この調子だと私の話を終えるまで何度茶々が入るか……。


「レンタルだと、周りを気にすること無く映画に浸れると思います。映画館だと、大きい声出したりするのももちろん、笑ったりも制限されることがあるじゃないですか。家族や友達と喋り合いながらくつろいで楽しみたい人は否定派に回ると思いますので」


 これは私が常々考えていたことです。どうしても、映画館だと他人に気を使う必要が出てきてしまって。移動する時は他の人の前を通らなきゃダメですし、肘置きを右左どっち使ったら良いのかとか。

 それはちょっと考え過ぎかもですが。


「俺は、逆に自分が気を使うことよりも、デリカシーのない他の客に腹が立つことが多いかも」

「迷惑な人はたまに居ますよね」

「あぁ。話し声が聞こえたりするとやっぱりイラってしちゃうし、その点では確かに映画館は不快に感じることもあるかも。夏姫とかもたまに愚痴って無かったか?」


 もちろん、肯定派であることは一旦置いて雑談の形で彼女は混ざります。


「んー。確かに、たまにマナーが悪い人は居るけど……最近は映画が始まる前の注意映像とかが増えたからそう多くは無いかなぁ」

「撮影禁止とか違法ダウンロードの抑制を促すギャグ寄りの映像とか有名ですよね」

「あれ面白いよな、見てて飽きないし」


 あまり映画館に足を運ぶことは無いものの、カメラの被り物をしたダンサーが奇怪なステップを踏む映像は、結構衝撃的でよく覚えています。


「でも、私も笑い声の大きさとかは結構気を使ってるかも」

「それは分かる。一応シーンに合わせて笑うのは大丈夫みたいだけど、流石に家にいる時みたいな爆笑は出来ないよな」


 どう考えても笑い声がうるさそうな二年生二人が顔を見合わせて頷き合います。私はテレビとか見て面白いと思ってもあんまり笑わないタイプなのでその気持ちは分かりません。


「ですから、リラックスして見たいなら映画館は不向きです」

「だとしたら、見る映画の内容にもよるのかもしれないな」


 私の意見に、ふむふむと頷きながら古雪先輩がそう零しました。


「映画の種類って何があるっけ?」

「そうだなー、私が見たことあるのは……アクション、ホラー、コメディ、SF、恋愛とかかな」

「パっと思い浮かぶのはそれくらいだよな。映画館向きとか自宅向きとかはどうなだろ?」


 なるほど、映画を一括りにするのではなくジャンル分けですか。少しだけ面白いかもしれません。

 ネタ要員として悪ふざけしかしていなかった古雪先輩がやっとまともに話が膨らみそうな話題を提供してくれました。


「アクションは……これは満場一致かな。一応、夏姫は?」

「もちろん! 私は絶対映画館で見るべきだと思う!」

「私も……アクションは大画面で見たいかなぁ」


 私はどうでしょうか……。


「一般的にはそうでしょうね」

「お。静歌は違う意見か?」

「そもそも、アクション映画と古雪先輩は騒がしいので苦手です」

「俺を並べる必要ある!?」


 そもそも、好き嫌いの話ではないだろ。と、ブツブツと文句を言いながらも彼は話を続けます。


「ホラーはどうかなぁ。俺は友達とワイワイ部屋で見たい」

「私も海菜と同じでそういうのも好きだけど……、映画館だとスリルが段違いだぜ?」

「そもそもホラー苦手だから……」


 そんな、色條先輩らしい意見。

 腕を胸元によせて縮こまる様子が可愛らしいです。


「俺と見たら平気ですよ!」

「ホラーよりキミのほうが怖いって!」

「私は……ホラー映画と古雪先輩は気味が悪いので苦手です」

「また並べてきた! 気味は悪く無い!」


 会話は続行。


「コメディも俺は家で友達と見たいかな」

「もちろん映画館!」

「私も家で家族と見たいかなぁ」

「つまり……未来さんは俺と家族に」

「ヤダ」

「せめて最後まで言わせて下さいよ」

「ヤだよっ」

「コメディ映画と古雪先輩はしょうもない所が……」

「もういい最後まで言うな!」


 もう、言ってることがくるくる変わる人ですね。


「SFはどうだろ。俺はシリーズ物家で一気見したい派かも」

「何言ってる、海菜。SFも迫力大事だろ」

「夏姫ちゃんの意見に賛成! 私もスクリーン派だねっ」

「私はどっちでしょう……」

「静歌は家派じゃないのか?」

「SF映画と古雪先輩は非現実的な所が苦手で……」

「非現実的なところって何!? 俺にSF感ないだろ」

「S(先輩)F(ファック)」

「マジかよ。後輩に中指立てられた……」


 戦々恐々とした表情で彼は私を見つめます。


「恋愛映画はやっぱりしかるべき人と一緒に映画館で見たいなぁ。ね?」


 バチコンと、破壊的なアイコンタクトを色情先輩に届ける古雪先輩。


「ね、じゃないよ。ウィンク飛ばしてこないで……。確かに、映画館で見たいとは私も思うけどね。これから出会う然るべき人と!」

「ふふふ」

「全てわかってますから、みたいな含み笑いを止めなさい!」

「私はあんまり見ないな。さっさとくっつけよ! ってヤキモキするから」


 軽口のやり取りを続ける二人と、さらっとスルーしていかにも男勝りな星川先輩らしい彼女の意見。


「私も古雪先輩が嫌いです」

「もう並べてすらこねぇな!」


 各々が書くジャンルについて簡単な意見を言い終わりました。こうして聞いてみると、何となく皆さんの言い分も分かるような気がします。確かに一概に映画館がよくて、とか自宅が良くて、と言い切るのは難しそうですね。

 まあ、ディベートである以上答えは出さなきゃいけないのですが。


「というわけで、私の意見は以上です。一応纏めておきますと、一つはお金の問題。もう一つは気を使ったり使われたりが映画館だと煩わしいという内容でした」



***肯定派の質疑応答***


「うーん、質問かぁ。お金に関しては一応学割があるとはいえ、人によっては高いって思うだろうし……」


 自分も学生故か、理解できてしまう部分もあるのでしょう。星川先輩はすらっと長い人差し指を顎にあてて唇を尖らせました。纏うどこかしっかりとしてそうなオーラのせいか、出来る女社長のような雰囲気を醸し出しています。

 男勝りな性格が災いして、口調や話す内容に可愛げが無いものの、本当に綺麗な人なのですけどね。


「そもそも、夏姫お小遣い貰い過ぎなんだよ」

「いや、私の家族がそもそも映画好きだからさ。先遣隊的な意味合いで派遣されたりしてるんだよ」

「あー。そういえばおばさんもおじさんもやたら映画関連詳しいもんな」


 そんな、美人な先輩に気安く話しかける古雪先輩。この人は……。顔面偏差値は高めですけど、どこか普通の男の人とは感じが違います。もちろん、プラスの意味ではないですよ。マイナスでもないですが……。

 こんな人だから、このディベート部で好き放題キャラを発揮できるのだとは思います。


「んー……。そうだなぁ……。質問!」

「はい。お願いします」

「気を使ったり、使われたり……って話があったけど。気を使ってしまう原因ってどこにあると思う?」


 しばらく考えこんだ後、星川先輩はそう問いかけてきました。

――気を使う原因?

 私は質問の意図が分からずに困惑してしまいます。


「原因って言われても……、そうですね。静かにすべきだとか、座席の背もたれを蹴ってはいけないとか、立ち歩いてはいけないとか。ルールが多いのは一つの要因かと思います」

「なるほど。静歌は気を使うことが苦になるって考えだと思うけど。じゃあ、逆に、気を使うことが苦にならなくなるってことはありえると思う?」

「苦にならなくなること、ですか?」

「ん! そもそも気を使わなくなったり、その気配りが自然に出来るようになれば静歌の言った映画館を否定する意見は解決できるわけじゃん?」

「それはそうですけど……。性格にもよるでしょうから中々難しいかと」


 気を使う使わないは人柄が一番出る部分ですし。ルールが多ければ多いほど窮屈に感じる人は少なく無いでしょう。だからこそ、私も一つの意見として取り入れたわけなので……。

 私には答えが見つけ出せず戸惑っていると、古雪先輩が自然に会話に混ざってきてくれました。


「夏姫、何か方法があるのか?」

「ふふん。簡単な事だって。例えば、慣れないスポーツとかやってると『ルール多いなー、紛らわしいなー』とか感じるだろ? でも、慣れた競技なら自然にこなせるじゃんか」

「確かに。普段バスケしてる人がサッカーするとわけわからなくなるもんな。バスケだって、二十四秒とか歩数制限とか色々縛りは多いのに」

「そ! つまりはそれと一緒なんだよ」


 彼女は自信満々に指を立てると、軽く振ってみせた。こういう、すぐに調子のいい仕草を見せる所は古雪先輩にも通じる所で、似た者同士が小さい頃から一緒に過ごして来たんだなと感じます。


「つまりはさ。映画館に言った経験の少ない人ほど周りに気を使っちゃうんだよ。要は慣れの問題で、映画館で映画を見ることを何度も経験すればきっと静歌が言ったデメリットもなくなるんじゃないかってな」

「なるほど、一応理解は出来るな」


 そうですね。確かに、星川先輩も本来は周りをよく見る気を使うタイプの方ですし、そんな人が映画館を楽しめるのは他でもなく慣れによって余計な気遣いを克服したからなのでしょう。

 経験談である以上確かに正しい意見であるとは思います。


「確かに、克服することは出来るのかもしれません。ただ……」


 否定派である以上、このまま引き下がると勝敗に響いてしまいます。多少なりとも足掻かなければ。


「そもそも、慣れるまで行かなければ克服できない点というのは明らかにウィークポイントです。それに、通えば誰でも克服できるかと言われると、それは個人に依存します。行く度に煩わしさが増したと感じる人も居るでしょうから。ですから、私の意見は充分に意味を持つと考えます」

「あぁ、そうだなっ」


 返ってきたのは楽しげな笑顔。

 真っ向から対立する意見をぶつけあって尚、楽しく居られるのはきっとこの競技の魅力なのでしょう。



***判決***


「ふーむぅ。今回はちょっと難しいね」


 色條先輩は困ったように笑いながら、交互に論者二人の顔を見ました。何かの客観的データが物を言う論題では無かったせいか、どちらも決定力に欠ける意見だったとは思います。

 だからこそ、ジャッジとしては判断が決めづらいのかも。


「うーん」


 可愛らしく小首を傾げて悩む色條先輩。

 確かに見た目はおっとりとした大人の女性ですが、一つ一つの仕草が幼くて母性本能がくすぐられてしまいます。先輩じゃなければ抱きしめてナデナデしてあげたいのですが。


「よしっ。決めたよ!」

「おっ。俺も楽しみです」

「どこを決め手にするかは難しかったからね」


 彼女はそう言い終わると、一瞬無言になりました。

 部室内に緊張感が満ちます。勝負である以上は勝ちたいですから。


「勝者は……肯定派。夏姫ちゃんです!」

 

 はぁ。軽い脱力感。


「やったぜ!!」

「…………」


 すぐに古雪先輩が部長に問いかけます。


「理由を聞いていいですか?」

「うん。今回の議論は、主観や個人差ある話を盛り込まざるを得なかった内容だったよね。だから論理性も一応重要視して聞いていたんだけど、突き詰めて質問しても、結局は感じ取る側の性格云々の話に行き着いちゃうって思うの」

「そうですね。フルスクリーンに対する感想も各々でしたし」

「静歌ちゃんのお金の話はすごく良かったと思うんだけどねっ。ただ、夏姫ちゃんが言ったように、学割とかあくまで個人差レベルに落ち着く価格だと私もディベート聞いて思っちゃったから」


 優しい性格のせいか、私の意見の良かった点も交えつつ彼女は自身の判断の根拠を説明してくれた。


「だから、決め手っていう意見が両方になかった以上。映画を映画館で見ることのメリット。見ないことのメリット。両方の数を私は今回のポイントにしたんだ」

「なるほど、上げることが出来た魅力の数……ですか」

「うん。ひとつひとつの意見が持つ価値に大きな差がない以上、その数が大事になってくる。ジャッジとして公平に判断するならそうするかなぁ」


 確かに。

 星川先輩の話は穴は多かったものの、映画館で見ることによって得られるメリットや楽しさを量という観点では強力にアウトプットしていたと思います。

 対して、私が出せたのはたかだか二個。それが結果に反映されたようです。


「それが理由だよ。ってことで、今回は夏姫ちゃん勝ちっ! おめでとー!」

「ありがとうございます! なんだか嬉しいぜ。映画好きだからさー」

「静歌ちゃんもお疲れ様っ」


 色條先輩はふわりと微笑みながら、私にも労いの言葉をくれました。


「いえ。今回も楽しかったです。ありがとうございます。ちょっとだけ映画館に行こうかなって思えましたし」


 私はそう言って頭を下げます。

 すると、そんな私を意外に思ったのか古雪先輩が首を傾げました。


「なんだよ、やけに素直じゃん」

「私だって、真っ直ぐな思いやりには真面目に答えます」


 全く、この人は人を一体何だと思っているのでしょうか。


「そっか、じゃあ俺からも」

「なんですか?」


 古雪先輩はばちこん、とウィンクをかまして言いました。


「静歌、お疲れ!」

「……やっぱり、映画館は好きに慣れても古雪先輩はキライです」

「なんでやねん」


 なぜだか、彼に対してはまだまだ素直になれそうにありません。



***


***


 ひと言コメント


 我ながらS(先輩)F(ファック)は良い感じでしたね(岬静歌みさきしずか)

 やっぱり俺なめられてるよな……。先輩ファックは良くない。S(色條先輩)F(ファック)なんてどうだろう(古雪海菜ふるゆきかいな)

 どうしてこのディベート部はこう、先輩に対する敬いというものが無いのかな!?(色條未来しきじょうみく)

 皆、映画館へ行こうぜ! (星川夏姫ほしかわなつき)

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面白ければ良いんです! ~ディベート部活動日誌~ ふちたか @hutitaka

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