テーマ二 バナナはおやつに入る。是か非か
まえがき
11/7 担当 星川夏姫(ほしかわなつき)
ジャンケンで負けたせいで二番目に書くことに。これ、読むの楽しいけど書くの超めんどくさい!
てか、今日の論題至上最高レベルで下らないんだよなぁ。私的には結構楽しかったけど。とりあえず。ま、どーぞ。
***
***
午後四時。私はいつもの様に部室に直行。指定の位置に腰を下ろしてカバンの中をまさぐっていた。女の子とはいえあまりマメに整理整頓しないタイプなので、いつ貰ったのか分からない折れたプリントが指先に当たる。
うー、そういえば今日はお菓子持ってきてないんだっけ。昨日、きのこたけのこ論争聞いたせいで久々に食べたかったんだけど。
「何探してんの?」
声につられて顔を上げると、見慣れた面が目に入った。
少し釣り目がちな目と、それを威圧感に変えない柔和な表情。
「海菜。いや、お菓子持ってきて無かったかなって」
「はぁ? 昨日たらふくトッポ食べてただろ。安売りでまとめ買いしてたなら余ってるんじゃ……」
「昨日全部食べた」
「ペース配分ヘタクソか。お前、カレー食ってても先にルー平らげてご飯残るタイプだもんな」
心底呆れた、という表情でこちらを見つめてくる幼馴染。彼はわざとらしく首を振る。その挙動に合わせて、一応、といった感じで整えられた短髪が揺れた。
「海菜、何かないの?」
「ふふふ。よくぞ聞いてくれた」
ぱちん、と指を鳴らし海菜はにやりと笑う。
顔はどちらかと言うと精悍な方だし、ふざけた言動とは似つかず澄んだ瞳をしている幼馴染。どうやら、こんな容姿に心揺らされる女の子は多少なりとも居るらしいけど……。
「あるなら勿体ぶらずさっさと出せ」
「態度でかすぎだろ!」
「はよ」
「恩を貰う前に仇を返すなんて……やっぱりお前は一筋縄じゃいかないな」
彼は悔しそうに唇を噛み、何故か感心してみせる。
私はまぁ、幼稚園から一緒だし今更ときめいたりはしない。まぁ、不思議と見飽きたりもしないけどな。十七にもなって未だにつるみ続けてる事から、私はこいつのこと嫌いでは無いんだろう。
彼はぶつくさと文句を言いながらもカバンに手を伸ばした。
そして、がさごそと何やら探しものをすること二〇秒ほど。
「ほら。今日朝コンビニで買ってきたんだよ」
「おお! さすが海菜!」
ことん。と、見慣れたパッケージが海菜が取り出したのはきのこの山とたけのこの里。
どうやら考えることは同じだったらしい。彼は皆がつまめるように真ん中から銀紙を開けると、机の真ん中に置いてくれた。ラッキー。もーらおっ。
遠慮無く手を伸ばし――たけのこときのこを同時に頬張った。
「ちょ、ちょっと待て! お前何やってんの!?」
「ほぇ? はにが?」
「いやいや、今きのことたけのこ同時食いしただろ! デリカシーゼロか!」
「デリカシーって……」
「せめて初めの一個くらい味わえよ。昨日のディベートの意味無いじゃん」
「昨日の結論は結局、やっぱトッポは凄いっていう」
「それはお前だけ!!」
海菜はぷりぷりと怒りながら、ちらりと横に目を向けた。
視線の先には静歌の姿。なんだかんだで気遣いの出来る彼のこと。後輩から私も分けて下さいとは言い辛い。それが分かるから、適当につまんでいいぞ、とでも声をかけるつもりだろう。
それを素早く察した私は、間髪入れずに口を開いた。
「静歌、好きに取ってくれて良いぞ」
「それ俺が言う台詞!」
「ありがとうございます、星川先輩」
「それ俺に言う台詞ぅ」
「いやいや、遠慮すんな。つまらないものですが」
「それ俺が言う台詞ぅ~」
少し内気な所がある後輩は、表情に特別な何かを浮かべること無く白磁のように綺麗な指をお菓子へと伸ばした。少し可愛げがないこともあるけど、根はいい娘。最近では私に対しては結構素直に慕ってくれるようになって来たんだよ。
海菜は未来さんに対しては未だに照れくさいのか、ボケを通じてしか話を振れないみたいだけど。
「あ、古雪先輩もおひとつどうですか?」
「これ、俺が持ってき……はいはい、いただきます」
ほら、やっぱり。
海菜はそれに気が付いているのかいないのか、諦めたようにたけのこの里を口に含んだ。
「それにしても、未来さん遅くないか。海菜なんか聞いてる?」
「いや、何も。三年生は色々あるんじゃないか?」
「そうですね、色條先輩は真面目な方ですから放課後の任意の集まりにもちゃんと出席してるでしょうし」
そう言いながら、静歌はぱくりと器用にきのこの傘部分だけを外して咀嚼してみせる。例のチョコレート分離法ってやつか。私はそういうことせずにすぐ口に放り込むタイプだから、今までやったことが無い。
彼女は残ったスナック部分だけを海菜に差し出して真剣な顔で言う。
「古雪先輩、お礼にいります?」
「ケンカ売ってんのか、後輩」
「可愛い後輩の唾液付きですよ?」
「………………………いるか、ばーっか!」
仲睦まじく? 話をする幼馴染と後輩をぼんやりと眺めながらふと思う。
この調子だと今日のディベートは短くなりそうだなぁ。未来さんが居ないと部活が始まらない以上、しばらくは何もすることがない。ま、私がここに来るのは放課後の時間に楽しく駄弁りたいってだけだから何の問題ないんだけど。
「結構迷いましたね、先輩」
「ふんっ。……でも、需要はありそうだよな。静歌、それ同級生男子とかに売れるんじゃないの?」
「どうでしょう。そういうことなら、色條先輩の方が儲かるような」
「あー、それいいな! チョコレート分離法実演販売とか!」
「ないすあいでぃあ。です」
「原価の倍以上の値はかたいな」
「海菜、静歌。お前ら仮にも先輩を何だと……」
こんな風にくだらない雑談を続けること十五分。
やっと
「ごめんね! 遅れちゃった!」
「未来さん」
本当に申し訳無さそうに、つまづきそうなくらいの早足で部長が自分の席にやって来る。ふわり、と同性の私でさえドギマギしてしまうような甘い香りが鼻孔をくすぐった。
相変わらず可憐な顔立ちに、メリハリの取れた体つき。
別段みてくれにコンプレックスのない私でも、ふとした瞬間にこの人を羨ましく思ってしまう。それほどまでに未来さんの容姿は完成されていた。
もっとも――。
「お疲れ様です、未来さん。たけのこの里をどうぞ」
「ありがと……って、空だよ!?」
「古雪先輩、流石にベタすぎ、最早失礼です。色條先輩、きのこの山をどうぞ」
「うん、ありが……スナック部分しか残ってないぃ!?」
「すみません、未来さん。私は未来さんの分残そうって言ったんですけど」
「夏姫ちゃん! ほっぺにチョコつけながら言われても説得力無いからね!」
中身はただのイジられ専門の愛されキャラなんだけどな。
彼女が来たことで、部内の雰囲気が一気に柔らかくなるのを感じた。
「もう。謝って損した気分だよ」
ぷくりと頬を膨らませて、彼女は怒ってみせる。
「なにか用事でもあったんですか?」
「うん。推薦入試の小論文を先生に見てもらっててね」
手で何やら書くジャスチャーをして見せながら未来さんは頷く。
なるほど。やっぱり三年生だけあって色々と忙しいらしい。私も海菜もまだ一年あるからのんびり勉強したり遊んだりしてるけど、来年はどうなっていることやら。
とりあえずは忙しい中顔を出してくれる未来さんに感謝しないとな。
未来さんはよーっし、と気合を入れなおすと勢い良く立ち上がり毎度恒例。論題をホワイトボードに書き始めた。右手に合わせて、リズミカルに揺れるお尻が可愛らしい。
「さっ。今日も楽しく優しく面白く! 時間は短いけど、頑張っていこうね!」
テーマ二【バナナはおやつに入る。是か非か】
「昨日に引き続き王道ですね」
海菜がホワイトボードを眺めながら口を開く。
たしかに、昨日今日とよくある話だけど……やっぱり活動報告を気にしてのことなのかな?
「うん。今日は時間もないからやりやすいのが良いかなって」
「そうですね。昨日のテーマは結構長引いたので……すっきりして良いんじゃないですか?」
「ふふ。良かった! それじゃ、早速役割分担しよっか」
未来さんの取り出した、おなじみの分担分けの箱。
特にこだわりは無いので無心で引く。その結果は……。
【肯定派】
【否定派】
【ネタ要員】
【ジャッジ】
***肯定派の意見***
「わわ。早速私が喋る番だね」
「私がネタ要員か。結構久しぶりかも」
どちらかというと、私はひたすら楽なジャッジ。もしくは喋る内容が明確な肯定派や否定派が好きで、ネタ要員は苦手なんだけど……。今回のテーマは自由度高そうだし、茶々も入れやすいかな?
「昨日のは意見の分かれる論題だったけど、今回はどちらでも良いって人が多そうな感じですよねー」
「うん。だからむしろ私は苦手かな。ディベートのセオリーが中々反映できないでしょ?」
根が真面目なせいか、誰よりもディベートっぽい話の進め方をする未来さん。でも、この部活は今回のように答えの出しようがないお遊びのようなテーマでディベートを行うことがよくある。
こういう場合は、未来さんはどうしていいか分からなくなるらしい。逆に、海菜なんかは喜々として喋り始めるんだけどな。
「論理的に説明ってのも難しそうです」
「そうだね。でも、だからこそ頑張りがいがあるよ。よーっし! 頑張ろう」
彼女はぱんぱんと頬を叩くと、にっこりと笑って話し始めた。そして定石通り、結論からはっきりと口にする。
「私は、バナナはおやつに入ると思います」
「その心は?」
「記憶が正しければなんだけど。おやつって間食の事を差すんだよ」
ちょっと得意気に、彼女は自身の知識をひけらかす。それでも、嫌味な部分を感じさせない辺りが未来さんの人柄で。私は素直に感心しながら相槌を打った。
「へぇ。私はずっとおやつ=お菓子って思ってきたんですけど、そうじゃないんですね」
「一応言葉の意味はそうらしいよ」
そうだったんだ。毎度のことながら、ディベートやってると妙な知識が増えていく。未来さんも他の二人も、意外に色んな事を知っているので面白い。
「じゃ、未来さんはバナナを遠足に持って行ったことあります?」
「えぇっ。流石に無いよ。金額決められてるから下手なもの買えないし……」
「あー。確かに。未来さん三〇〇円上限とかきっちり守りそうですね」
「当たり前だよ! ルールは守らなきゃ」
さすが真面目女子。この調子だと修学旅行のお小遣いも上限守って持っていってるタイプなのかもしれない。
ま、私も結構そういう決まりに従う方なんだけど……いや、本当に。
「夏姫ちゃんはあんまり守って無さそうだね」
じとっとした目でこちらを見てくる彼女。
失礼な! 確かにガサツな所はありますけど、ルールは守りますよっ。
そう口をとがらせ言い返そうとした矢先、その問いに先に返事をしたのは私ではなく海菜だった。
「意外なことに、コイツその上限守るんですよ」
お。たまには良いフォローしてくれるじゃん。
意外なことに、は余計だけど。
「へへ。そうなんですよ、私、真面目なんで」
「現地で強奪しまくるからわざわざ買っていかないんですよね。一番恐ろしい女です」
「なっ!」
「コイツが歩いた後にはひとつたりともお菓子が残らないと……。祟り神みたいなヤツです」
「誰がもののけ姫に出てくるって!? 私はちゃんと交換を……」
「交換? ハイチュウ一個とチョコパイ強引にトレードされた俺の気持ち考えたことあるか!?」
「ハイチュウにはそれほどの価値があるだろ!」
「ねぇよ! なんならバスの熱で溶けかけてたからな、アレ」
「私はチョコパイお腹いっぱいで食べれなかったような」
「せめて食べてくれないとチョコパイも浮かばれないって……」
懐かしいな、たしか小学校の頃だっけか。私自身男勝りだったせいか、好き放題やった記憶しか無い。ま、主にコイツに対してだけだけど。
「でも、お菓子の交換って楽しいよね。私も好きだったなー」
「未来さんは幸せなトレードしてそうですよね。私と同じで」
「夏姫ちゃんと一緒にされるのは心外だけど、でも……ただで貰うことも多かったよ? 主に男の子に」
『あぁ……』
彼女の何気ない一言に残り三人が納得して頷いた。まぁ、そうだろうな。この人今でも容姿端麗スタイル抜群。幼少期はさぞ可愛かったことだろう。その上良い人だし……そりゃ男子も放っとかない。
「私も似たようなものでしたけど」
「お前の場合は相手の男子が泣いてるからな」
流石に私でもそこまではしてない!
「でも、俺だったら絶対未来さんにお菓子献上してますね。絶対小学校時代の未来さん、可愛いじゃないですか」
「そうかな。静歌ちゃんや夏姫ちゃんも可愛かったでしょ?」
「顔はそうでしょうけど、子供って意外と敏感ですからね。こいつらが美少女の面被ったヤクザとヒトラーだってことはすぐに……」
「おい海菜」
「私もそこまで冷血じゃないですよ!」
酷い言われようだが、非難の声を上げる私達を無視して海菜は喋り続ける。
「未来さんになら、わざわざ持って行ったバナナ。あげちゃいます」
「えへへ。バナナ貰っても困っちゃうけどね」
「あはははは。そこは食べて貰わないと、俺のバナナ。何なら咥えるだけでも良いですよ、俺のバナナ」
「え? 咥えるだけじゃ勿体無いよ」
「ですよね。因みに、剥いて欲しいって言ったらそうしてくれます?」
「うん……。だって、別に剥くの難しくないよね」
「ふむ。ちょっと、一度で良いんで海菜くんのバナナ食べたいって言ってもらっても……」
顎に右手を当て、真剣な顔つきでアホ幼馴染は未来さんに迫った。
最低だな、コイツ。
「海菜。それ以上未来さんにセクハラしたら◯すぞ?」
「……ヤクザこえぇ」
このバカは油断も隙も無いな……。
私は身を乗り出して未来さんにセクハラをかけていた彼の脇腹に拳を当てる。
よく、夏姫に迷惑をかけられてきたみたいな話をするけど、実際は私がコイツの面倒を見ていることも多いんだよ。なんなら私の方が被害にあってる気がするけどな。
私は、完全に調子に乗りかけていた海菜を制止して、未来さんに続きを促した。
「それで、おやつは間食って意味なんでしたっけ?」
「あっ。そうそう。だから、言葉の意味だけで捉えるなら間食のタイミングでバナナを食べても何の問題もないんだよ。だから、バナナはおやつに含まれます……っていうのが私の意見かな」
「結構シンプルですね」
「うん。話題が話題だからねー。もうちょっと何か喋ろっか?」
喋ろっかって……。
ディベートをする上で、追加で雑談しようか? と、提案するなんてウチくらいだよな。私は思わず吹き出しそうになったのを堪えて、ネタ要員らしく話題を振る。
「はい。じゃあ……未来さんが貰って嬉しかったお菓子ってなんですか?」
「貰って嬉しかった……うーん、なんだろう」
「きのこの山のスナック部分とか?」
「至上最も要らないお菓子だよ! ……静歌ちゃんも取り出さなくていいから。ちゃんとそれ後で自分で食べなきゃダメだよ?」
「色條先輩。好き嫌いは良くないと思います」
「好き嫌いの問題じゃないよ! 寿司に行ってシャリ部分だけ強引に食べさせられる状況と同じだからね!? 一度ちゃんと私の気持ち、想像してみてよ!」
静歌は何故か残念そうにチョコを失ったきのこを口に運び始めた。あれ、絶対美味しくないだろ。やってる最中は楽しいのかもしれないけど。
そんな事を考えていると、ふと、横から気配を感じた。
海菜が満面の笑みで机に身を乗り出し、未来さんに話しかけた。
……なんかいやな予感がする。こう、満を持して的なテンションで話に絡んでくる時のコイツは毎度余計な一言を……。
「じゃあ、俺のバナ……ぎゃああ!!」
私は迷わず、きのこの山のスナックを彼の鼻にねじ込んだ。
「さっきから海菜くんは何を言おうとしてるの?」
「未来さんの知らなくて良いことですよ」
「血、血ぃ出るから! 俺の粘膜そんな強くないから!」
***否定派による質疑***
「そうですね。何を聞きましょうか」
「ふふ。静歌ちゃん、先輩の胸を借りる勢いでドーンとおいでっ」
未来さんは恐らく無意識にだろう、豊満なバストを揺らして可愛らしく両手を伸ばしてみせた。その仕草に反応したのは私以外の二人。
「……それは胸の小さい私への当て付けですか」
「ちっ、違うよ……違います」
静歌は少しだけ慎ましやかな胸に手を当てて、底冷えするような視線を二年先輩の未来さんへ向ける。あまりコンプレックスを主張することは無いものの、意外に気にしてる部分なのかもしれない。
未来さん、迫力に負けて敬語になっちゃってるし。
「えぇ!? 言ったら借りれるんですか!?」
「海菜くんには貸さないよ!」
なぜか部外者の癖にテンションの上がった海菜をじろりと見つめる。いつまでたっても変わらないな、コイツ。
「出た。巨乳好き。ホント思考が中学生のままだよな、お前」
「ふん。仕方ないだろ。どうしたって……好きなんだから」
「恋愛モノっぽく言うな!」
「やっぱり、デカイほうが良いんだよなぁ。みつを」
「相田さんに今すぐ土下座しろ!」
私達のやり取りを未来さんは苦笑いで見守る。海菜は巨乳好きを公言しており、尚且つ未来さんに冗談交じりではあるが愛を叫ぶこともあるせいか、彼女としては複雑らしい。
因みに静歌は絶対零度の視線をこの部唯一の男の先輩に向けて飛ばしている。
「中学生的思考。変わらぬ嗜好。それこそ至高♪」
「唐突なラップ!? 別に上手くはないからな? 面白くもないし……」
「巨乳女性を志向。アピールを試行。その為取るぜ歯垢♪」
『…………』
「イエ~イ!」
「海菜……お前ハートえげつないな」
「我ながら
私は軽く軽蔑の眼差しを海菜に向けて送った後、視線を質疑応答を担当する二人に戻した。まぁ、主張自体がシンプルだったから、問いも簡単なモノになるんじゃないのかな? どこに着目するかなんてのもだいぶ限られるし。
大方の予想通り、静歌の質問も分かりやすくそして的確なものだった。
「言葉の意味の上では……って話でしたけど、一般常識の上でもバナナっておやつに含まれると思いますか?」
「あはは……だよねぇ」
そして、未来さんは困ったように笑った。
彼女もまたそう問いかけられる事が分かっていたんだろう。もちろん、言葉の定義というのは重要なものではあるけど、その通りいかないのが世の中というもので。
「間違った使われ方してる言葉とかよくあるもんな」
「あぁ。一回夏姫と話したことあったっけ。ことわざとか」
「情けは人のためならず、とかだろ? 私、ずっと余計な親切心は相手のためにならない! って意味だと思ってたからさ」
「俺も。実際は、いいコトすると巡り巡って自分に返ってくるからやりなさいって事なんだっけ。おやつも結構似た所あるからなぁ」
「最初私が言った、おやつ=お菓子って割と一般的な感覚だと思わないか」
「確かに。ビニール袋からバナナ出されたら流石に笑うって」
これが、ディベートの面白いところで、ただの純粋な『バナナはおやつに入るのか?』という問いであれば、定義上入る! で片が付く。でも、この競技ではそうとは限らないのだ。
結局はジャッジに卒のない説明を出来た方が勝つ。
もちろん、定義云々の話は重要な説得材料にはなるけれど。それを示せば勝ち、とはならないのが難しい所でもあり、楽しい所でもあるんだよ。
そして、未来さんは質問者の問いに答える。
「私も、一般常識としてはあんまり浸透していないとは思うよ」
「そうですか」
「でも、この議論において一般的な共通認識は論点にあげる必要のない部分だと考えます。あくまで重要なのは、バナナがおやつに入るかという質問に対する答えが何なのか。少なくとも私はそう解釈したから」
未来さんは釘を差す。あくまで純粋な問いに関する解答として、自分は今の論理展開を行ったのだと。
「分かりました。次は私の番ですね」
そういうと、静歌は無表情な彼女にしては珍しくニッコリと微笑んだ。
***否定派の意見***
静歌の番か。未来さんが言葉の定義っていう観点で話を進めた以上、自動的に彼女は一般的な話を軸に進めていくことになるとは思うけど……。
彼女は、割とこの手の自由度の高い話が得意なイメージがある。
うちの幼馴染と静歌は、縛られなくなると途端に本領発揮するタイプ。なので結構楽しみだ。
「今回は、バナナをおやつと認めてしまった時の弊害を話したいと思います」
「へぇ。直接おやつに入らないって理由を説明するわけじゃ無いんだな」
「はい。その方が楽しそうなので」
「そかそか。それじゃ、続けてくれ」
すぅ。
静歌はゆっくりと息を吸う。深窓の令嬢を思わせる雰囲気、容姿。肩まで伸びた絹糸のように細く艶やかな黒髪がサラサラと揺れた。将来有望……というよりは、もう既に完成されつつある美少女。
中身は、考えていることが掴めない変わった娘なんだけどな。
私たちは静かに彼女を見守る。
「皆さんは、バナナの恐ろしさを分かって無さ過ぎます」
澄ました顔で静歌はそう言い切った。
しかし、すぐに察する。間違いない……この後輩、ふざける気満々だ。
「恐ろしさって……ただの
「そんな
「お前が何言ってるんだ」
「
「よくそんな無表情で二回目言えたな……」
「場数が違いますから。なんとなく言いたかっただけなので」
「もしかして今、あいうえお作文した!? バナナで!」
まぁ、面白くない下りはここまでにして。と、彼女は話を続ける。どうやら、ただ単に言いたかっただけらしい。
「小・中学生にバナナを渡すと大変な事になりますよ。特に男の子は」
「まぁ、それはなんとなく分かるかも。いい遊び道具になりそうだもんな」
「滑って遊んだり、捨てたり」
「そうなるだろ。屋外出てるわけだし」
「ホント、小・中男子なんてサルと同じですからね」
「いきなり口わるっ」
「可愛くない分サルにも劣ります」
「口わるっ!」
「一部、未だに同レベルの高校生も居ますが」
「口わ……。いや、分かるかも」
「今なんで俺を見た後輩アンド幼馴染ーー!?」
「まぁ、それは冗談として」
何やら海菜が怒っているが一旦スルー。
「もとい、遠足にバナナを持って行くとしましょう」
「まぁ、食べるくらいは良いんじゃないか?」
「総勢一〇〇人以上が一斉にバナナを取り出して食べる景色見たいですか?」
「それは……見たくは無いけど、別に文句は無いって」
「いいですか、星川先輩。肝心なのは絵面だけじゃありません」
「というと?」
「本来、遠足のおやつを食べるタイミングというのは、和気あいあいとお菓子交換をする時間。それがバナナによって一体どう変わってしまうのか、想像してみてください」
どうなるかって言われてもな……。
静歌は、特に私の解答を聞かぬまま続けた。
「バナナがおやつとして認められてしまうと。
『あっ、これあまい。流石フィリピン産。お前のはどこ産?』
『俺はインド。そういえば知ってたか? 生産量が一番多いのはインドなんだぜ』
『へっへーん。お前らバカだな~。産地なんて関係ないんだよ。エチレンガスと温度、湿度調整によってバナナの熟成をきちんと促してるかどうかが鍵。結局その管理をしている高いバナナが旨いのさっ』
『日本じゃ植物防疫法の定めから、熟した状態で輸入出来ないからな』
……みたいな会話が繰り広げられるハズです」
「確かに嫌だ!」
「『本当は三五度のお湯に五分間浸けて置いてから引き上げ、余熱を持ったまま数時間放置すると、その間にバナナ中の酵素であるアミラーゼの働きが活発になりデンプンが分解され、糖度が格段に上がるんだけどなぁ。今日は遠足の準備があるから出来なかったんだよ』
……みたいな」
「てか、小学生がバナナについて詳しすぎる!」
バナナが許されると小学生にそこまでの知識が!? いやいや、本来ポッキー一本あげるからそのポテチちょっとちょーだいよ~。だとか、一個だけ酸っぱいガムが入ってる奴、皆でやろう! みたいな心温まる光景が広がるはずなのに!
「理解できてきましたか? バナナの恐ろしさが……」
「く……そう言われると、私も段々怖くなってきたぜ」
「バナナが支配する世界。さっき私がやったそんな
「それは嫌だ……」
「日曜会話で皆スベり倒します、バナナだけに」
「うわぁ。その上手いこと言った感じもスベってるけど、バナナに合わせてワザとスベったとも解釈できてより気持ちが悪い……」
「それだけじゃないですよ。星川先輩にも直接弊害が降りかかります」
「ま、マジか!」
「星川先輩の好きなラジオ番組」
「ANN……オールナイトニッポンがどうかしたのか?」
「BNNに変わります」
「そんなバナナ!!!」
あれ。
何やら海菜と未来さんの視線が痛いけど、どうしたんだろう?
「夏姫の悪いクセ出始めましたね」
「確かに。夏姫ちゃん、ツッコミより乗っかる方が好きだから」
「ネタ要員の時は一応ツッコミとボケやろうと心がけては居るみたいですけど、終盤毎回集中力切れますからね、アイツ」
「静歌ちゃんもボケだすと止まらないし」
「
好き勝手言ってくれてるようだけど、楽しく優しく面白く。そのルールは守ってるんだから何の問題もないだろ!
「そもそも、バナナをおやつに限定するのが間違いなんです」
「実際、アフリカの方では主食なんだろ?」
「えぇ。全く、バナナを……甘く見て貰いたくはないですね」
「バナナだけに?」
「えぇ。怒りのあまり目を……剥きますね」
「バナナだけに!?」
「皆さん、本質を見る力が足りないんです。……もう一皮剥けてもらわなきゃ」
「おぉーー! それはつまり?」
『バナナだけに』
決まった!
後輩との即席漫才がぴったりハマったと確信したその直後。
「もうええわ」
バシッ!
後頭部に懐かしい衝撃を感じた。
――さすが海菜。いいオチついた……ぜ。
***肯定派の質疑***
「わ、私、質問しなきゃだめかな?」
「…………」
若干表情の引きつった未来さんの問いかけに、静歌は申し訳無さそうな素振り一つ見せず堂々と頷いた。いや、私が言うのも何だけど、お前も反省した方が良いぞ。
「うーん。そうだね……。静歌ちゃんの意見を要約すると……」
「はい」
「仮にバナナがおやつだとすると、小学校や中学校時代、当たり前のように経験してたハズのお菓子交換の機会が無くなって友達とコミュニケーションを図る機会が減ってしまう。それに、一般的におやつはお菓子と同じ風に見なされてて、主食になるくらい栄養価の高いバナナがおやつとされるのはおかしい。……みたいな感じかな?」
「その通りです!」
静歌。よく自信満々で頷けるな……。
「強いて言うと『安易にバナナをおやつに入れてしまうのは危険。気をつけなきゃいけない。つまり黄色信号だぜ。……バナナだけにな』を含んで貰えると尚良かったです」
「ご、ごめんね」
しかも追加注文!?
一個下の後輩の末恐ろしい態度を前にして、私は口を閉じるのを忘れていた。海菜は逆に面白かったのか、けらけらと笑いながら静歌を見ている。
「う、う~ん。じゃ、質問だけど。終始、バナナをおやつにするとダメな理由。つまり、肯定派の否定。って形で話を進めていたけど、バナナがおやつに入らない直接の理由は無いのかな?」
「……そうですね。ないです」
「そっか」
「でも、ある必要もないと思います。今回、私はバナナはおやつに入らないことの証明をする立場です」
「うん。そうだね」
「ない事の証明は、ある事の証明とは違って反例を一つ示すだけで行えるんです。バナナがおやつに入るって事になると不都合が生じる一つの例をあげればそのまま、入らない事の正しさに繋がりますから。なので、直接の理由が必要だとは思いません」
彼女はそう、最後だけは真面目に締めくくった。
少し難しい話ではあるが、数学が得意な人ならよく分かる話だと思う。~であることの証明は一般的にそれが成り立つという結果をなんとか直接示さなくてはいけない。文字とか定義とかを気にしてゴチャゴチャと……考えるだけでイライラしてくる!
でも、逆に~でない事の証明は~である事の否定。つまり、一つの例さえ見つかれば終わってしまうのだ。こういう場合は~じゃないから、つまり~じゃない。
だからこそ今回静歌は、バナナがおやつに入ると仮定したら~の点でダメ! だからおやつには入らない! というシンプルな論理展開を行ったわけだ。
……結構ふざけてたけどな。
ま、いずれにせよこれで全て終わり。
あとはジャッジの判断を仰ぐだけだ。
***ジャッジの判決***
「それでは、結果の発表です!」
うーん。どっちが勝つだろう?
私の判断では未来さんなんだけど……。静歌の可能性は無いことも無い。あくまで、ふざけた部分を未来さんの要約のような形で受け止めた場合だけれど。
「勝者は……」
一瞬の間。――そして。
「未来さんです!」
「わーい! やったぁっ。二連勝!」
「判断した根拠は、おやつっていう言葉の定義の話が強かったのと、静歌がふざけすぎたことですかね」
一応、ジャッジである私の判断基準を語る。
やはり、静歌の話でバナナはおやつに入らない! と、結論付けることは出来なかった。もちろん、彼女の言い分も分かるけど。
「信じられません」
「俺は自分の勝ちを疑ってなかったお前が信じられないけどな」
「あぅ」
海菜は静歌に手刀を落とし、未来さんの健闘を称える。
「やっぱり、未来さん強いですね。客観的事実をちゃんと組み込んでくる辺りが」
「ふふっ。面白みは無いかもだけどね?」
「いえいえ、面白くするのはネタ要員の仕事ですから」
「なんだよ~。一応ちゃんと仕事はしてただろ」
私は唇をとがらせて不満の意を示してみせる。途中、静歌に乗っかるのが楽しくて仕事放棄した瞬間はあったけど、全体通して頑張ったと思うぞ? むしろ私だって頑張ったなって褒められたい。
「改めて、おめでとうございます!」
海菜は何故か再び未来さんを持ち上げる。
「ありがとうっ」
「てなわけで、優勝賞品をご用意しましたよ」
「えっ? 本当に?」
ぱぁっと、顔を輝かせる彼女。
海菜はキメ顔を作ると、正面に座る静かに声をかけた。
「もちろんホントです。さ、静歌。例のものを」
「はい。分かりました」
そして静歌は珍しく素直に頷き、恭しく賞品を差し出した。
もちろん手渡されたのは……きのこの山(チョコ無し)。
「……やったぁ! やっぱりきのこの山はこの食感がたまらないよねっ。サクサク~って、ばかっ!」
***
***
一言コメント
次回も勝たせて貰うよー!(
一体何が敗因だったのでしょうか。読み返して振り返っても分かりません(
上の後輩は一体何を言ってんの? (
活動報告の当番、相当メンドクサイ! (
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