テーマ一 優れてるのはきのこの山。是か非か

 まえがき 

 11/6 担当 古雪海菜ふるゆきかいな 


 記念すべき第一回目の活動日誌。

 前の注意書きから続きで書いてるけど、コレ結構大変だから! 因みに日誌当番は交代で変わってきます。……てか、何で俺からなんだよ。



***


***


「さーて、今日も張り切って行くよ!」


 開口一番、未来みくさんは威勢のよい声で俺たちの注目を集める。

 何度も言ってるように部室は狭いし人数も四人しか居ないんだから、もうちょっとボリューム落としてくれれば良いのに……。最早恒例となった無駄にデカイ挨拶を経て、俺達の部活は今日も始まりを迎えた。


「おぉ。未来さんが燃えてる! 良いですね! 行きましょう!」

「夏姫、無責任に未来さん炊きつけるの止めろって」


 盛り上がるのが好きなだけの幼馴染が、調子に乗って野次を飛ばし始める。俺は彼女を軽く諌めておいた。未来さんテンションが上がり過ぎると後が大変だから、ちょい落ち込んでるくらいが丁度良いんだよ。

 あんまりエキサイトさせ過ぎると議題が出る前に疲れ果てるからこの人。

 無駄に一生懸命な性格のせいか上手くペース配分が出来ないらしい。ただでさえ唯一の三年生部長らしいところを見せようと必死なのに……。


「普段から色條しきじょう先輩はうるさ……元気な方ですけど、今日は一段とうるさ……元気ですね」

静歌しずかちゃん!? 全然隠せてないよ!? 本音が全面に出てるから!」


 いや、後輩よ。乗せ過ぎちゃいけないとはいえ、さすがに一年生が三年生にそこまで言うのはどうかと思うぞ。

 それに静歌からのこういう絡みも、年上ぶろうとする動機の一部になっているに違いない。夏姫なつきにせよ静歌しずかにせよ、イマイチ未来みくさんを敬っていないみたいだ。懐いてはいるんだけど。


「すみません。でも、そんな所も含めて私は色條先輩が大好きです」

「静歌ちゃん……」 

「……ちょろい」

「静歌ちゃん!?」

「でも、元気なのはとても良いことだと思います。私はこの性格のせいか、中々色條先輩のようにはなれませんから」

「静歌ちゃん……」

「もっとも、なるつもりも無いのですが」

「静歌ちゃん!?」

「でも、それは私の思い描く理想では無いというだけで、一つの憧れではあります」

「静歌ちゃん……」

「嘘です」

「静歌ちゃん!?」


 俺は頬杖をついて彼女達のやり取りを見守る。

 ホント、上下関係もあったもんじゃないな。

 静歌の感情の篭っていないただ先輩を振り回したいがためだけの言葉に一喜一憂してリアクションを取ってみせる未来さん。人がいいのか、それとも天然なのか。恐らく両方だと思うけど。

 このままでは上げて落とす無限ループに入りそうなので軽く口を挟む。


「未来さん、今日の議題はなんですか? そろそろ本題に入りましょ」

「あっ、うん、そうだね! 海菜かいなくん。でも、その前に……」

「活動日誌のことですか? 今回から記録はつけるつもりです。その準備はできてますし……というか、だからそんなにテンション高いんでしょ」

「えへへっ。そうなんだよ。今回するディベートが、記念すべき一回目の記録に残るんだよね? 当然気合も入るよー」

「そういうものですかね」


 豊満な胸の前でぐっと握りこぶしを作ると、彼女は満面の笑みを浮かべて見せる。ほとんど思いつきのようなものだが、議論の様子を改めて活字に起こすという企画は彼女にとってかなり楽しみなものであるらしい。

 手入れの行き届いた長い睫毛の先に覗く大きく丸い瞳。彼女はキラキラと子供のように輝かせていた。


「でも、私も結構楽しみだけどな。活動日誌」


 夏姫がニヤリと口の端を歪めて俺に話しかけてくる。


「夏姫もか?」

「旅行の写真を残したりするのと同じようなもんだろ。後々見返してみると案外楽しかったりするし」

「ふーん。楽しかった当時を振り返る、みたいなもんか」

「そうそう。例えば……子供の頃の、海菜かいなが私に泣かされてる写真とか」

「お前にとってそれは、楽しかった当時の出来事か」

「私のかける逆エビ固めに半泣きでタップする顔とか……。うぷぷ」


 ぐ。そういえばそんなこともあったような……。

 俺は精一杯の非難を込めて幼馴染を睨むが、当然のごとく効果はない。未来さんには幼馴染コンビ、と一括りにされることが多いものの……それが不服でしか無いんだよな。コイツには辛酸を舐めさせられた記憶しかない気がする。


「星川先輩。その写真、私に譲ってくれませんか?」

「静歌? 何でお前が欲しがる……ってか、まず俺に確認取るべきだろ」

「枕の下に敷いて寝ようかな、と」

「エロ本枕に仕込む中学生と同じ発想か。悪夢しか見れねぇよ!」

「先輩にとっては悪夢なのかもしれませんね。そう、先輩にとっては……ね?」

「俺の不幸が後輩の幸せに繋が……」

「あ、静歌。丁度持ちあわせあるからあげるぞ。はい」


 何やらゴソゴソとカバンの中を弄っていた夏姫が、ぱぁっと顔を輝かせながら名刺入れのような直方体の容器を取り出した。彼女はその中から一枚写真を取り出すと、俺の目の前で後輩に渡す。


「ありがとうございます」

「夏姫!? おま、常備してんのかよ!?」

「観賞用、保存用、配布用にな!」

「誇らしげにすんな!」

「辛いことがあった時、いつもこれを見たら頑張ろうって思えるんだ」

「お役に立てて光栄だわ、ホント。くそったれ」


 腹が立つくらい屈託無く笑う夏姫の頭を取り敢えずはたいておく。何度も繰り返したやり取りの賜物か、ぺしんと綺麗な音が出た。

 すると、じぃっと俺達の様子を伺っていた静歌が夏姫に再び声をかける。


「たくさんあるならもう一枚頂けませんか?」

「お。いいぞ。はい」

「ありがとうございます。では、こっちが観賞用。こっちが廃棄用」

「捨てるためだけに人の写真貰うんじゃねぇえ!!!」

「はっ! 落書き用が足りない!?」

「先輩の写真を何だと思ってる!?」


 あぁ、もう!

 俺はバンバンと荒っぽく机を叩いて強引に幼馴染と生意気な後輩を黙らせた。これ以上喋らせてもロクな事にならない。


「さっさとディベート始めようって! 俺の写真のくだりはもう良いだろ!」

「もうあと五分位は引っ張れたかと思うんですが」

「活動日誌書く俺の身にもなれ! 何が楽しくて自分が弄られてる話を永遠と書かなきゃいけないんだよ。未来さんも、そろそろこの二人怒ってもいいですよ!」


 何が楽しいのか、ニコニコと俺たち三人の会話を見守っていた最年長に話を振る。この人も悪いぞ。今日のディベートに気合入ってるんだったら、夏姫と静歌の暴走を止めてくれないと。

 俺の必死のアイコンタクトが通じたのか、未来さんは力強く頷くとすっくと立ち上がる。

 そして……。


「夏姫ちゃん! 活動記録に貼る用の写真もよろしくね!」


 んな写真、貼ってたまるか!




 テーマ一【優れてるのはきのこの山。是か非か】




「今日のテーマはこちら! わんつっすりー!」


 未来さんはホワイトボードに何やら可愛らしい丸文字を書き込んで、楽しげに本日の論題を発表した。俺は目に飛び込んできたテーマを口に出して読んでみる。


「優れてるのはきのこの山。是か非か?」

「そうです!! えへへ~、盛り上がりそうでしょ?」

「まぁ、話しやすい内容ではありますけど」


 これまた分かりやすい王道な論題を持ってきたな。

 それがシンプルな感想だ。この話題なら、ディベート部でなくても日常会話レベルで議論されてそうなものだけどな。実際、俺も何度か友達と口論したことがあるし。……無論、決着は付かなかったけど。


「にしても、私達、この話題でディベートしたこと無いんだな。一度くらいテーマに上げられてても良かったと思うんだけど」


 頬杖をつきながら夏姫が意外そうに零す。

 うん。それに関しては全面的に同意だ。


「多分、王道過ぎて逆に避けて来てたんじゃないですか? 皆さんが持ってくるテーマっていつもどこか捻くれてますし」

「お前には言われたくないけどな」

「むぅ。私そんな捻くれてないですよ」


 俺は不服そうに唇を尖らせる静歌に言葉を返した。


「そうか。じゃ、前回お前が提案した論題はなんだっけ?」

「若者の邪魔をするのはいつだって大人である。是か非か」

「メッセージ性強いわ! いや、強いのは良いんだけど問題なのはその後。俺らが折角後輩が持ってきたテーマだから、それにしようって話に纏めかけたタイミングでお前が言った衝撃の一言だよ。自分がなんて言ったか覚えてるか?」

「今のようにに先輩が後輩に気を使えるのに、どうして大人は子供の障害になってしまうのでしょうね……」

「メッセージ性強いわ! さすがの俺らもお前に何かあったんじゃないかと心配になって聞いたよな。どうした、静歌。先生や親に嫌なことでもされたのか? って。その時の返事は一体何だった!?」

「ふふ。……ありがとうございます」

「メッセージ性強いわ! お礼の後何にも言わないし! より影が深くなった様子に、先輩たちおっかなびっくり。どうお前に接していいか分からなくなったわ!」


 結局、静歌に何かがあったわけではなく、ただの悪ふざけだったことがすぐに判明したんだけどな。彼女はすみません、悪乗りしました……とはにかみながら言ってのけた。


「……それで、未来さん。どうして今日はこのテーマで?」


 俺のそんな質問に、未来さんは至って簡潔に答えてくれた。


「活動日誌一回目でしょう? 分かりやすいのが良いかなって」

「あー、それもそうですね」


 なるほど。

 原点回帰、とまではいかないまでも話しやすい話題で一回目を飾ろうということか。俺は軽く頷いて、同意を示した。

 他の二人も何の問題も無いのだろう、静かに未来さんの号令を待っている。


「それじゃ、役割を決めよっか!」

「今回は別にどれでも良いな。私、特にこだわり無いし」

「夏姫はどっちが好きとか無かったっけ」

「あぁ。チョコ系なら私の中でトッポが一強だから」

「海菜くんと静歌ちゃんはどっち派なの? わたしはたけのこー」

「俺も断然たけのこ派ですね」

「じゃあ、きのこ派です」

「お前、俺と同じ意見にしたくなかっただけだろ……」


 雑談を交えながら、俺達は改めて姿勢を正して始まるディベートに備える。

 どっこいしょ、と未来さんが女子高生らしからぬ声を上げながら中くらいの箱を取り出した。中に入っているのは役職名が書かれた棒。外からは何処に目当ての役職が入っているのかは分からないようになっている。

 

「それじゃ、私から引いて良い?」

「良いですよ、確率は変わりませんし」


 俺はそう返事をしながら、出来れば【ギャグ要員】か【否定派】が良いなぁと考えていた。理由は単純、たけのこ派だから。

 ディベートの難しい所は、実際とは違う立場に立って弁論を行わなければいけないという点にある。もちろん、それが醍醐味ではあるものの、やはり元より賛成していた方の立場で議論する方が楽ではあるからな。


 しかし、当然そう上手くはいかないもので……。

 最終的に役割分担は次のように決まった。


 【肯定派(きのこ派)】古雪海菜ふるゆきかいな

 【否定派(たけのこ派)】色條未来しきじょうみく

 【ジャッジ】星川夏姫ほしかわなつき

 【ネタ要因】岬静歌みさきしずか


「楽しく優しく面白く! 今日もディベート頑張っていきましょう!」



***肯定派の意見***


「それじゃ、俺から行きますね」

「私はそもそも中立だから、ちゃんとジャッジ出来そうだ。……もぐもぐ」

「ふふふ。楽しみにしてるよ海菜クンっ! 夏姫ちゃん、一本頂戴」


 基本的に話を聞いて楽しむだけのジャッジは面白そうにこちらを見ながら、なぜかトッポを口に運んでいた。いや、大好物なのは知ってるけどな。

 ジャッジは基本審判的なポジションなので、喋る機会は殆ど無い。よって暇といえば暇なのだが……、だからといって堂々とお菓子食べるなよ!

 その横では可愛らしくファイティングポーズを取ってみせた未来さんが、両手を夏姫の方に差し出してお菓子をねだっていた。


 もとい。ディベートは肯定派と否定派の勝負。

 もともとたけのこ派ではあるものの、こうなってしまったからには全力で勝ちにいかなければ。我が部のルールは楽しく優しく面白く。手を抜いたら楽しくないからな!

 まずは定石通りに――ホールパート法に基づいて議論を組み立ててみよう。

 ふふん。俄然、ディベート部っぽいだろ? もっとも、ホールパート法なんて格好いいことを言っては見たものの、実際は結論の根拠となる理由を三つ挙げるといった良く知られた手法でしか無いんだけど。


「俺が肯定派である理由――つまりきのこ派である理由ワケは三つあります」

「相変わらずホールパート法が好きな先輩ですね。バカのなんとやらでしょうか」

「おいこらネタ要員。一応俺が先輩だってことは忘れるなよ。せめてなんとやらの一つ覚えって言え。バカって言うな」


 ビシっと静歌に釘を刺した所で話の続きと行こう。事ある毎にネタ要員がちょっかいを挟んでくるから論理展開に苦労させられる。


「その三つというのは、食感、チョコの量、形です!」


 おぉ~、と相変わらずトッポをかじりながら夏姫が手を叩いた。ちょっと雑な盛り上げ方だが、ないよりはマシ。俺は機嫌よく話を続けた。


「まずは食感、に関してです」

「結構個人差のある項目をチョイスしたんですね。客観的な話をするには不向きだと思いますけど?」

「確かにそうだな。でも、味で議論するよりはいくらかマシかなと」

「なるほど、生意気にも一捻り加えた訳ですね。生意気にも」

「ネタ要員さっきから煽りにしか来てないんだけど!?」


 色々と言いたいことはあるものの、とりあえずは意見を述べてしまわなければ! 今回のテーマは食べ物に関するものであり、どう頑張っても主観的な部分を取り除くことは出来ない。

 そのため、説得力のある説明が出来るか否かは、どこまで客観的事実や一般論を織り交ぜて話していけるかに尽きるわけだ。そのため、今回は味ではなく食感を選び取った訳で。


「きのこの山の特徴はあのスナック部分と、チョコが綺麗に分かれている所ですよね。あれによって、スナック本来のさくさく感を楽しめるんです」

「なるほど、何となく分かります。あの心地良いきめ細やかな……砂利のような? 食感ですね」

「う~ん。食べ物を砂利で表現するのはどうだろうな?」

「ポッキーの柄のような?」

「お菓子をお菓子で例えるのも止めようか!」

「骨粗しょう症の骨のような」

「なんか的を得てそうで嫌だわ!」


 食レポが苦手そうな後輩に全力でツッコミながら、ちらりとジャッジを見ると、彼女は何が嬉しいのか満面の笑みでサムズ・アップしてきた。――一体何を……。


「でも、やっぱり食感という観点で言えばトッポに勝るお菓子は無いわな!」

「知るか! ジャッジの主観は今いらねぇ!!」


 お前は普通に大人しく話を聞いてろよ!

 俺が噛みつくように言うと、夏姫はひらひらと片手を振りながら再び聞く体制に戻った。もちろん口の端をニヤリといたずらっぽく歪めている。


「まぁ、とにかく、たけのこの里と違ってスナック部分はクラッカーなんですよ。因みにたけのこの里はクッキーに分類されてます。なので、きのこの山はいわば心地の良い食感に特化したお菓子。クラッカー部分が、素朴な薄味になってるのもその為です」


 我ながらなんでこんなこと知ってるんだろうな? 一度ネットかテレビで見た知識が残っていて良かった。

 静歌も少し驚いたのか、素直に感嘆の声をあげていた。


「へぇ、それは初耳でした。何となく味が違うのは感じてましたけど」

「だろ? 味っていう観点で話を進めなかったのもそのせいなんだよな。むしろ味がない所が長所、みたいなとこあるし」

「なるほど。中身が無いという点では私の部活の先輩によく似ています」

「オイ、未来さんの悪口はそこまでだ」

「わ、私!? 今の静歌ちゃんの話に出てきた先輩、絶対海菜くんの事だったよね!?」


 次の自分のターンまで出番のなかったハズの未来さんが急に会話に引きずり込まれる。もちろん、反論を探す必要があるため話を聞き漏らしては居なかっただろうけど、まさか急に振られるとは思ってなかったのだろう。慌てて背筋を伸ばしてみせた。

 落ち着きないそんな態度がまた可愛らしい。


「色條先輩の事じゃないですよ、先輩、胸凄く詰まってるので」

って何!? ちゃんと他の中身も詰まってるよ! 今は肯定派の海菜くんとネタ要員の静歌ちゃんの会話なんだから、否定派の私を巻き込まないで!」

「すみません、つい。っていうか、静歌。俺がスッカスカだとでも言いたいのか!」

「はい、BSEに感染した牛の脳くらいには」

「牛海綿状脳症!? さっきから例えが怖いわ!」

「それに比べてトッポってすげぇよな、だって、最後までチョコたっぷりなんだもん」

「ジャッジうるせぇ!!」


 ぜぇぜぇ、と荒い息をつきながら俺は夏姫と静歌をじろりと見つめた。このやろう、喜々としてボケやがって。お陰で三つある理由の内、まだ一つ目しか終わってないぞ。

 確かに楽しいのだが、一応論理構成とか考えながらやってるのでリズムを乱されると普段の倍疲れてしまう。


「二つ目、チョコの量です!」


 量に関する議論。これは先ほどの食感云々よりもより、定量的な話が出来る。一番説得力のある話ができる部分だと俺は考えていた。


「結論を言いましょう。きのこの山とたけのこの里、一個あたりのチョコの量が多いのはきのこの山です!」


 そう。詳しいグラム数は分かんないけど、実際この通りなんだよ。ま、両方食べたことある人なら何となく分かると思うけどな。


「しかも、これらのお菓子の名称――パッケージ裏に書いてある名前は【チョコレート菓子】な訳です。どうですか! 仮にもチョコレート菓子と名に持ったお菓子が、チョコの量で負けて良いものか! 俺はそう考えます」

「なるほど。……かーらーのー?」

「いや、もう結論言ったから! 雑ないじりは止めろっ」

「確かに。それじゃ次の理由をどうぞ」

「ん。それじゃ、次は形についてです」


 そう言い切って、俺はにやりと笑う。今までは色々と気を使ってなんとか主観が入らないよう客観的なデータや情報を提示するようにしていた。

――だが。

 最後くらいゴリゴリの主観の話をしてやろう。


「形ですか。古雪先輩の中では重要な要素なんですね」

「もちろん、お菓子において形は大きな長所になる要素だぞ!」


 俺は熱弁を振るう。

 夏姫が心底楽しそうにこちらを見ていた。付き合いが長いせいか、俺がこれから好き勝手に喋るだろう事を察したに違いない。ふっふっふ、夏姫に静歌。無責任なヤジ飛ばしてきやがって……今度は俺が自由に話す番だっ!


「とんがりコーン然り、カール然り。指にはまる形のお菓子はそれだけで楽しい! よく分からんけどテンションが上がる!」

「十七歳の台詞とは思えないほど幼いですね」

「おっとっと然り、ポイフル然り! 見た目が違うだけでワクワク感が大きく変化する!」

「マメにポイフルのハート探すタイプですか……」

「ねるねるねるね! もはや食べる為には買ってない!」

「それは何となく同意です」


 俺は不敵な笑みを浮かべて静歌に問いかけた。


「お菓子においてはもちろん、味も大事だが見た目も大事。それは伝わったか?」

「はい。人間、中身が大事とはいえ、見てくれも気にするべきである事と似てますね」

「や、それは違うぞ。人間は中身が全てです。見た目じゃありません。中身が良ければ彼女だって出来るはずです」

「自分に言い聞かせるように……」

「もとい!! きのこの山の形の素敵さを解説してやろう!」


 若干、周りの三人との温度差を感じるがそんなのは関係ない。俺は俺の論理を示すだけ!


「やはり、スナックとチョコが分かれてるのがミソなんだよ。そのおかげで、チョコレート分離法が扱えるようになったのだ!」

「えっと、それはいわゆるチョコとスナックを別々に食べる……」

「そう! チョコだけ上手くかじり取った時に感じる爽快感、カタルシスはけっしてたけのこの里では味わえない快楽! しかもかじるのに飽きたら、ペロペロとまるで柄も食べられるチュパチャップスのように楽しんでも良い。あるいは、おしゃぶりのようにチョコ部だけを咥えて満喫してもよい! 数多の遊び方を彷彿とさせる可能性に満ち溢れたフォルム! それがきのこの山なのです!」

「…………」


 次第に、場が白けていくが実感できてきた。

 しかし誰がなんと言おうと今は俺のターン。


「ここまではあくまで子供の楽しみ方。大人ともなればもっと多様な食べ方が出来るようになる!」

「…………」

「俺のテンションに引いてても仕方ないからな!」


 何故か椅子を僅かに引いて、俺から距離を取る静歌。彼女は助けを求めるように夏姫の名を呼んだ。


「……星川先輩」

「まーまー。本人楽しそうだから聞いてやってくれ」


 俺扱いに慣れている、というか処理することを諦めているらしい幼馴染は生暖かい目でこちらを眺める。そして指についた僅かなチョコを舌先で舐め取ると、再び見慣れたパッケージに手を伸ばした


「チョコだけ食べてスナックを捨てるちょいワル食べ! 残ったスナックは嫌いな上司の引き出しあたりに入れることが出来る訳だ! ふふん。それだけじゃないぞ、もっと大人な楽しみ方もある」


 我ながら饒舌に、きのこの山の形に関する自分の考えを話すことが出来ている気がする。普段から口は達者なタイプだが、今みたいに心底楽しく好き勝手喋る機会なんて早々訪れるものでは無い。

 うん。なんだかノってきたぞ!

 口もうまい具合に回るし、このまま言っちゃえ!

 どこかしらに存在するスイッチが、完全にオンとなったのを実感した。

 俺はテンションに任せたまま、超えてはいけない一線をするりと飛び越える。


「大人の楽しみ方とは何か? 教えましょう。それはつまり、きのこの山をち◯こに見立てて好きな女の子にプレゼ……ぶべらっ!」


 左隣から聞こえる唐突な風切り音。

 そこで、俺の記憶は一時ブラックアウトした。




***否定派による質疑***


「よ~っし。次は私から海菜くんへ質問だね」

「遠慮無くどうぞ」

「お前はもっと遠慮しろよ。下ネタは最低だぞ」

「だから謝ったじゃんか。久々に夏姫の本気パンチ食らったし」


 俺は未だにズキズキと痛むこめかみを押さえて非難の目を向ける。そりゃ、エキサイトしすぎた俺も悪いけどさ、一瞬意識を失うレベルのパンチを容赦なく打てる幼馴染の胆力にびっくりだわ。

 しかし、彼女は悪びれる様子もなくじとりと睨み返してくる。


「折角途中まではいい感じだったのに。詰めが甘い」

「はいはい」

「少しはトッポを見習え。なんにせ最後までチョコたっぷりだからな」

「マジでジャッジもう二度と喋るな」


 それ言いたいだけだろ。最も身近な残念美少女に手刀をお見舞い。次いで盛大に溜息をつくと未来さんへと視線を向けた。

 彼女は目が合うとにこりと微笑んでくれる。ホント、可愛らしい方だなぁ。ただのトッポ厨と生意気な後輩に挟まれた過酷な状況も、彼女が居るだけで癒される。


「それじゃ、改めて。軽く質問していくね?」


 彼女は少しだけ表情を真剣なモノに変えて、俺の目を見つめる。

 おふざけが多いとはいえ、ディベートをルールに従って正々堂々行うという点に関しては絶対守らなければいけないというのが我が部の決まり。俺もきちんと居住まいを正して未来さんの問いかけを待った。


「そうだねー。今の話だときのこの山は食感を楽しむお菓子なんだね?」

「うーん、そうですね……」


 俺は少しの間逡巡する。

 ディベートにおいて、質疑応答というのはかなり重要で、この受け答えによってジャッジの感じる印象というのは大きく変わってくる。しどろもどろになれば論理の正当性を疑われるし、逆にそつ無く返せれば自身の主張をより強固に出来るわけだ。

 そして、未来さんは普段はヌけた性格をしているものの、ディベート中はきちんとセオリーに則った質問。言い換えればいやらしい問いかけをしてくる。


「早速クローズドクエッションですか。色條先輩とディベートすると、いつも困らされます」

「えへへ。常套手段ではあるけど、やっぱり大事だよねっ」


 クローズドクエッション。簡単に言うとYes/Noどちらかで答えなくてはならない問いかけのことだ。質疑応答は時間制なので、5W1Hを解答に含まなくてはいけない質問をしてしまうと、相手に大きく時間を稼がせてしまう。

 そのため、ワザと答えが単純になりやすい問いかけで詰めていくのだ。


 ま、ウチのディベートは時間制限が曖昧なのでそれほど気にする事ではないんだけど。ただ、未来さんは真面目な人で、そういうセオリーに則って話を進めようとしているわけで。


「質問の答えは、どちらかと言えばはいです。でも、厳密に言うと違います。食感楽しむお菓子ではなく、食感楽しめるお菓子です。数ある魅力のうちの特筆すべきが食感なだけで」


 一応俺も真剣に答える。

 こういうのもまた大切だ。


「先程もらった古雪先輩の写真が、色んな用途に使えるけれど、結局はバカにして笑うのが一番有用な使い方だってことと繋がりますね」

「さすが夏姫。良いところに気が付いたな。点と点がつながったぜ」

「そう考えると古雪先輩凄いですね。全てを見越してあれだけイジられたのでしょうか」


 イジりに関してはお前らのさじ加減だろうが……。

 どうやらあっちはあっちで真剣に野次を飛ばしてきているようだ。


「それじゃ、次はチョコの量に関してだね!」


 うぐ。やっぱり来たか。何気ない風を装って未来さんを見ると、彼女にしては珍しく意地悪そうに瞳を光らせていた。チョコの量に対して言及したことに関しては後悔しては居ないものの、少し穴のある論理だということは理解している。

 だって、チョコレート菓子はチョコが多いほうが優れてる! なんてなんの根拠もない話だから。なんというか、量という概念自体は定量的で客観的なモノだけど、それに対して抱く印象は主観が多く含まれるんだよな。

 だから、彼女がその事に関してツッコもうとしているのは良く分かった。


「二つ目の質問だけど……」

「未来さん、二つ目からは有料ですよ」

「えぇっ!? いつの間にそんなシステムが」

「質問を送るのに百円、帰ってきた答えを聞くのに百円です」

「どこかの出合い系サイトみたいだよっ」

「つべこべ言うんじゃねぇ! 小銭くらい持ってんだろ! ちょっとジャンプしてみろ!」

「えぇ~!? 私いま後輩にカツアゲされてるの?」


 健気にリアクションを取りながらも、一応立ち上がる未来さん。ノリがいいのか、それとも流されやすいだけなのか。これでも最年長で部長なんだからもう少し威厳というものを持って欲しい。

 まぁ、やらせてるのは俺なんだけど。


「ほら、いいから跳べ!」

「なんで私が……」


 不服そうに文句をこぼしながらもぴょんぴょんと跳びはねる部長。

 彼女がふわりと飛び上がり、着地する度に心地よい女性特有の甘い香りが漂ってくる。そして何より特筆すべきが……。


「色條先輩、胸が……」

「おい、海菜。お前これが見たかっただけだろ」

「想像以上に眼福だわ」


 リズミカルに揺れるその豊かな双丘。子供っぽい愛らしい言動とは対極的に、成熟しつつあるメリハリの付いた体つき。このアンバランスさもまた俺の中の何かを掻き立てる魅力だ。

 だから偶にこうして堪能させて貰ってる。


「わわ! 海菜くん!? そういうのは良くないよっ」

「サーセン」

「敬意! 静歌ちゃんに怒る前に君は私に敬意を持ちなさい!」


 彼女はぷくっと頬をふくらませながら席につくと、二度手を叩いた。


「もー。それじゃ、本題に戻るよっ」

「はい。ありがとうございます、付き合ってくださって」

「もう被せてきちゃダメだからね?」

「…………」

「その感じだとディベート終わるまでにもう一回私を跳ばせる気だよね……」


 天丼はチャンスがあればやりたいし。なにより目の保養がしたい。

 根が正直者の俺は決して彼女の言葉に首を縦に振らなかった。

 ま、それはいっか。と未来さんは零して、再び口を開く。


「改めて、きのこの山のほうがチョコが多くて、君はチョコが多いほうが良い! みたいな話をしていたけど、その根拠はなんなのかな?」


 ま、そう聞いてきますよねー。

 それが俺の抱いた素直な感想だった。今回の問いはクローズドクエッションではなく、説明させるもの。俺が上手く解説できないと踏んでぶつけてきた攻撃的な質問だ。


「それは、今回のテーマに根拠があります」

「テーマ?」

「【きのこの山とたけのこの里。優れているのはきのこの山である】。これが今回のテーマですよね。美味しいのはどっち、ではなく優れている、としたのは味意外の要素も議論に組み込めるようにした工夫だと思いますけど」

「うん、そうだね」


 出来るだけ賢そうに、動揺を見せないように話を続ける。


「優れたのがどちらか、っていう観点で言えば、チョコの量が多いほうが優れていると言えると考えます」

「海菜くんはチョコが多ければ多いほど優れてるって考えた訳だ?」


 うわ。このタイミングでクローズドクエッションか……。


「それは……」

「クッキーとの比率とかは関係ないんだね? チョコが多ければ優れてるってことは」

「うぐ……」

「ふっふっふー」


 これはしてやられたな。

 俺は大きく溜息をついた。




***否定派の意見***


「よーっし。やっと私のターンだね!」

「ここまで来るのに長過ぎませんか」

「静歌。大体お前の所為でもあるぞ」

「古雪先輩も人のこと言えないと思いますけど」


 ネタ要員というシステムは確かに居ると凄く楽しいんだけど、その弊害として時間は伸びる。居るのと居ないのとでは下手すりゃ三倍くらい時間長くなるんじゃないのかな。


「私もついにトッポ二箱目突入したから」

「持って来過ぎだろ」

「薬局で安売りしててさ」

「あー、あるある。やたら安い時あるよな」

「さすがにコンビニとかでは高くてたくさんは買えないから」

「下手すりゃ五〇円くらい変わる時とか……」

「うん。私、あの価格の幅にはどうしても納得いかなくてさ」

「もー、そこの幼馴染コンビ! 雑談せずに私の意見を聞いてよ~」


 未来さんの困った声が響き、俺は一応彼女の方へ身体を向けた。一応肯定派からの質疑の時間が残されてるから。ちゃんと聞いて穴を見つけ出さなきゃいけない。


「せっかくだから私も海菜くんと似た方向で話を進めてみるね。私が推したいのは味、と戦績。……かな」

「古雪先輩は三つでしたけど、色條先輩は二つに絞るんですね」

「うん! それに、海菜くんも実質二つみたいなものだったし」


 むむ。失礼なことを言ってくれる。


「形と……もう一つはどっちだろう?」

「海菜、違う違う。形の話が除外されて、食感とチョコの量の話が残ったんだろー」

「あれま。こりゃウッカリ」

「全く、お前は昔っからそうだよな~」

『あっはっは』


 流れる生ぬるい雰囲気。


「先輩方、惰性でボケ・ツッコミ挟むの止めてくれませんか」


 じろっと静歌がこちらを見てくる。ついでに未来さんから冷たい眼差しを貰ってしまったので、夏姫と揃ってトッポを齧りながら高校一年生と三年生の会話を見守った。


「まずは味について話すね」

「古雪先輩は主観が強すぎる観点だからという理由でワザと避けてましたけど」

「うん。それも分かるんだけど、食べ物である以上最も重要な観点は味だと思うんだ。食感や匂い、色合い、見てくれ。もちろん色んなことが大事だけど、それはあくまで全部美味しいに付属するものにしか過ぎないの」

「なるほど。美味しさありきって事ですね」

「うん!」


 なるほど。もっともらしい話ではある。

 でも、味の表現っていうのはなかなか難しい。なぜなら何を美味しいとするかなんてのは人それぞれだから。結局、上手くそのあたりを説明しきれないと思って俺は味に関する言及を諦めたんだけど。

 そっと、未来さんの表情を伺うとその視線に気付いた彼女が軽く微笑んでみせた。どうやら自信があるらしい。

 勝負している以上、あんまり説得力のある話はしてもらいたくはないものの、元がたけのこ派である俺は彼女の持論を楽しみにしていた。


「やっぱり、鍵になるのはスナック部分なんだよ」

「チョコの方は特に無いんですか?」

「うん。実はどちらもミルクとビターの二層構造でね。そこにあんまり差は無いの」

「へぇ。きのこの山の方は見た目で知ってましたけど、たけのこの里も二層構造だったんですね」


 静歌が素直に驚きの声をあげる。たしかに、意外に知られていない事かもしれないな。きのこの方だって、よく見なきゃ分からない位の色の違いだし。


「海菜、チョコの量の話をした時に何も言わなかったって事は、これも知ってたのか?」


 ジャッジが暇つぶしがてら問いかけてくる。


「あぁ。知ってたよ」

「へー。そういう知識は何処で仕入れるんだよ。今日この話題だって予め知っては居ないわけだし」

「チョコの量はテレビでやってたような気がする」

「二層構造の話もか?」

「いや、俺。きのこだけじゃなくたけのこもチョコレート分離法使ったことあるから。その途中で気付いた」

「は? いやいや、たけのこは無理だろ」


 ふっふっふ。甘いな夏姫。

 俺はお菓子を全力で楽しみながら食べる男だぞ。


「チョコ全部剥がれるまで一生懸命ペロペロしてた」

「キモッ!!」


 ガタン。と大きな音を立てて夏姫が椅子ごと俺から距離を取った。


「ふふん。たけのこの山だけじゃないぞ。お前の好きなトッポも、なんとかチョコ部分だけ残せないかと周りのスナックだけを一生懸命剥がしてたこともある」

「えぇ~、ひく」

「コロンもクリーム部だけ残すし、チョコボールも周りのチョコを剥がすこと十二年!」

「……想像以上にウチの幼馴染がキモかった件について。みたいなスレ立てたくなって来た」


 結構楽しいと思うし、やってる人多いと思うんだけど。

 ……まさかホントに少数派なのか?


「想像以上に私の先輩がキモかったので死んで欲しい件について。っていうスレ立ては後に回すとして」

「俺の後輩が失礼過ぎる件について!」

「色條先輩もよくご存知でしたね」

「えっ? ……あぁ、うん。ぐーぜんねっ。友達から聞いて~」


 視線が泳ぎ、口調はなぜかしどろもどろ。


――おや、これは……。


 俺たち三人の目がキラリと光った。


「なるほど、お友達ですか。確かに、色條先輩がたけのこを念入りに舐め回すなんてね? まさか」

「も、も、も……もちろんだよ!」


 未来さん、目が……。

 それを見逃さず確認した俺と夏姫は、聞こえるか聞こえないかの声でヒソヒソと会話する。


「海菜。なんだか未来さん、怪しくないか?」

「あぁ。俺もそんな気がする」

「だよな。もしかしたらホントにたけのこペロペロを……」

「そこっ! ナイショ話しないで! ホントにやってないよ!!」

「うん。そこはかとなく俺と同じペロリストの匂いが……」

「ペロリストって何!? 勝手に仲間にしないでっ」


 話が相変わらず脱線していっているが、この際良いだろう。やることやった上で楽しければいいから、うちの部活は。


「まぁまぁ。ペロ條せんぱ……色條先輩。続きを」

「静歌ちゃん!? 今なんて? 一応私、最上級生だからね!」

「そうだぞ、静歌。目上の人には敬意を払え!」

「海菜くんも人のこと言えないから! なんなら君が一番私の事舐めてるよっ」

「やだなー。舐めたのは未来さんの方でしょう? たけのこを」

「だから舐めてないって! あと、夏姫ちゃん笑い過ぎ!!」


 良いオチついたな、お前最高、お前こそ最高。と、幼馴染とハイタッチ。

 俺たちはにこやかな表情で席に戻った。


「もう……まだ一個目の理由すら言えてないよ」

「皆さん気合入ってますね。活動日誌一日目だからでしょうか?」

「うわっ! そうだった! 俺がこれ文字におこすのか! めんどくさぁ」

「頑張れ海菜。私は結構楽しみにしてるから」


 一応、次回は俺意外が担当だからしばらく休めはするものの……調子に乗って喋りすぎたかも。ぐぬぬ。ちょっと黙っとこう。


「そ・れ・で! 味の話だよっ」

「スナック部分が鍵だって話でしたよね?」

「そうそう。さっき、海菜くんが言っていたようにきのこの山はクラッカー。たけのこの里はクッキーなんだよ。二つの違いは簡単に言うと、クッキーの方が糖分と油脂が多く含まれてるの」


 俺はそこまで聞いて、未来さんの作戦を理解した。


「もちろん、味には好みがあるけれど、クッキーとクラッカーを比べてどちらがお菓子として優秀かとなるとクッキーに軍配があがると私は思う。絶妙な甘さ加減は、大人から子供までどの層にも支持されるよ!」


 本来主観的なものであるはずの味覚。

 彼女はそれを、敵対するお菓子を原材料、しかも菓子において重要な砂糖や油分の分量で比較して客観的に表現してみせた。

 ぐぬぬ。これによって、ジャッジが次のように判断する可能性がある。俺が食感を推したのは、味という面で、きのこがたけのこに劣っていると考えたから。

 うまいな。素直に感心してしまう。


「次は、戦績。だね」

「戦績、ですか?」

「ちょっと漠然とした言い方だけどね。厳密に言うと、個数差と売上についてなんだ」


 一呼吸。

 未来さんはぐるりと俺たち一人一人の顔を見回すと、自信ありげに頷いてみせた。どうやらこれから話す内容には大層自身があるらしい。


「一パッケージあたりに入ってる、きのことたけのこの量はなんと……たけのこの方が五つくらい多いんだよっ!」


 …………。

 俺は思わず絶句する。


「海菜、そうなの?」


 そうだったぁあ!!

 流石たけのこの里! 心はたけのこ派の俺が舞い上がる。でも、今はマズイ、これはかなりのディスアドバンテージだ。


「そうなんですか?」

「うん、記憶が定かならね。チョコの量では確かにたけのこの分が悪いけど、そもそも!! チョコが食べたいなら板チョコ買えば良いんだよっ!」

「ぐう正論っ!」

「大事なのはチョコとクッキーのバランスだし、そんなことよりも個数が多いほうが大事でしょう? 私はそう思うな」

「私もそう思います!」

「おいこらネタ要員、片方の意見に傾倒すんな」


 苦し紛れに未来さんの話の腰を折ろうとキレの悪いツッコミを挟む。

 だが。


「次は売上についてだね! これは製造元が発表している結果だよ!」

「ま、まさか」

「なんと、たけのこの里のほうが売上が大きいんだよー!」


 くっそおおお!

 たしかにその通りだ。この人この事実を知ってたのか!


「海菜、これキツそうだな」


 同情混じりに夏姫が言う。


「うー。性質上、客観的なデータが物を言うからなぁ」

「ふふっ。これで私の意見はおしまい」


 なんとか質問で巻き返さなければ。

 このままじゃ負けそうだ。



***肯定派による質疑***


「さあ、覚悟して下さいね未来さん。容赦なく質問していきますよ!」

「ど~んとこ~い。先輩らしく受け止めてあげるよっ」


 まずは一つ目。

 味に関して。未来さんはクラッカーよりビスケットのほうがあらゆる年齢層で人気がある、みたいな話をしていたよな。うーん、何処から攻めようか?

 俺自身たけのこ派なせいか中々解決の糸口が見えない。

 …………。

 俺は動きを止めて考えこむ。

 思いつかない。というか、あれだけ雑談したにも関わらず、未来さんの話は毎度簡潔でほとんどツッコミどころが無いのだ。それがディベートの巧妙うまさといえばそうなんだけど。


――このまま、ただで負けるのは悔しいなぁ。


 ふと、そんな考えが湧いてきた。

 そして俺は話し始める。


「確かに、クラッカーとビスケットで比べたら後者の人気が高いかもしれません」

「そうだね」

「でも、今回はチョコありきの話です!」

「確かにそうだけど、スナック部分に着目したのは海菜くんも同じだよ?」

「はい! ですから別の角度から」


 俺はびしっと彼女を指差して声を張った。

 出来るだけ勢い良く、相手を飲み込めるくらいハイテンポかつ自信満々に。


「未来さんはたけのこの里のチョコとクッキーのバランスはご存じですか!?」

「ば、ばらんす?」

「はい。きのこのバランスの良さは目で見て確認できます。でも、たけのこはコーティングされている」

「その通りだね……」

「つまり!!」


 ごくり。

 未来さんは音を立てて唾を飲み込むと、俺の顔を真剣な眼差しで見つめた。


「見た目ではバランスが分からない! アンバランスかもしれない!」

「くっ……。確かに」

「そこも説明していただかなくてはいささか説得力にかけますねぇ。ふっふっふ」


 ふぁさっ。

 俺は目に僅かにかかる前髪を右に流すとニヒルな笑みを浮かべてみせた。

 ……なぜかジャッジとネタ要員は覚めた様子で顔を見合わせているけれど。


「よくあの議題であれだけノリノリになれますよね」

「うん。あいつは昔からそうだった。役になりきるのが好きなんだよ。私よりママゴトに積極的だったし」

「うわぁ」


 お前らも同じ穴のムジナだろ……。それに、夏姫。俺の介入がない所で後輩の俺に対する印象下げるの止めろ。

 一発づつ小突いてやろうと思ったが、今は未来さんの返答を待つのが先決だ。


 じっ、と未来さんの動向を見守る。

 彼女は机に突っ伏したまま動かない。


 おっと、これは反論が出来ないのかもしれないな。だとしたら、質疑応答ではリード出来る。少しでも巻き返せたなら敗色濃厚な空気も少しはマシになるはず。

 一旦の勝利を確信し、幼馴染にトッポを分けて貰おうとしたその時。


「残念だったね、海菜くん」


 ふわり、と彼女は身体を起こすと口の端を歪めた。

 彼女らしくない、獰猛な笑み。


「ま、まさか」

「そのまさかよっ」


 びしぃっ、と彼女は先程俺にやられたのと同じ勢いでこちらを指差すと、自信満々に言い切った。


「たけのこの里のクッキーとチョコのバランスは完璧だよ!! 何故なら!!」


 そして未来さんは紡ぎだす。

 彼女の勝利を決定づける一言を!!


「先週食べた時、この目でしっかと確認したから!!」

「この目でしっかり? どうやってですか?」

「それはもちろんチョコの部分を……」

「……ほう?」


 あ……、と切なげな声が未来さんの口から漏れた。


――ペロリスト発見。


 ふふん。ただでは負けないですよ? 未来さん。



***判決***


 ふわあ。と、特に緊張感なさそうに夏姫が欠伸を零す。


「ジャッジの私から結果発表です。勝者はー」


 一瞬の間。

 割と予想がつくせいか、特に溜めることは無かった。


「未来さん。つまり否定派です。今日のディベート上ではたけのこのほうが優秀でした。客観的事実も未来さんの方が多かったし、質疑応答でも隙がなかったし」


 さすが! でも、負けず劣らずトッポも凄いぜ? なんてったって、最後までチョコたっぷりだもん。と、最早誰も聞こうとすらしない一言を一人満足気に口にする幼馴染をスルー。

 俺はぺこりと未来さんに頭を下げた。


「今回はやられちゃいました」

「…………」


 何故か黙りこむ未来さん。

 俺たちは帰り支度を整えて、席を立つ。


 ぽん。俺は彼女の肩に手を乗せて囁きかけた。


「帰りましょう。負けちゃったので途中、たけのこの里おごりますよ」

「…………」

「よければ一緒に食べましょう。同じ……」


 忘れず紡ぐ、トドメの言葉。


「ペロリスト同士、ね?」

「うわあああああああああああん。違うんだってばー!!」



 ***


 ***

 

 一言コメント


 試合に負けて、勝負に勝ちました(古雪海菜ふるゆきかいな)

 勝負にも負けてると思うのは私だけでしょうか(岬静歌みさきしずか)

 私、振り返ってみると、トッポの話しかしてなかった件(星川夏姫ほしかわなつき)

 冤罪だよ、冤罪! (色條未来しきじょうみく)

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