*終章*
深緑色のベストとズボン、ベレー帽には
晴れて正式な『想伝局広域配達員』となったサミルは、すでに今日の分の配達を終え、ある場所へ向かっていた。
名もなき霧深い森にかつてあった、
やがて、陽が沈みかけた頃、ようやく辿り着いたそこは、焼け崩れた家の
馬から下り、かつて両親とよく遊んだ川を眺めながら、思い出を踏みしめるように道なき道を辿る。数ヶ月前、サミルが家の柱の残骸から作った小さな
それをまた一人で立て直し終わると、その場にしゃがみこんで、
「母さんも父さんも、どこかで見てる? 私、ちゃんと想伝局員になれたんだよ」
どこへともなく呼びかけると、それに応えるかのように優しい風が吹いた。
焼け焦げ倒れた柱の隙間から顔を出していた新芽が、微笑むようにゆらゆら揺れる。
思わず溢れそうになった涙をこらえ、サミルは胸元の空色のペンダントを握りしめた。
「……笑顔、笑顔っと!」
二週間前、リゼオスの名が
すると、古代詩樹語で『サミル』という言葉には『笑顔』という意味があるとわかった。
そしてセオも持っていたこの空色の種は、サミルたちの母親、ラエルとシエルが別れ際に互いの幸せを願って交換しあったものだったのだと、ガイアに教えられた。
しかし『無理をするな、泣いたっていい』と言ってくれたセオはもう隣にはいない。
彼は結局、身分も名も
一緒に想伝局員になれなかったのは悔しかったけれど、どうしようもなかった。
そこでサミルは、想伝局から移動用に支給された馬に『セオ』と名付けて共に仕事をすることにし、自分「納得させることにした。
「さて、じゃあ、そろそろ次の村に行こうか、セオ?」
ヒヒィンと元気よく
(こんなところに、誰が?)
振り返ったサミルは、馬上の人物の姿に我が目を疑った。
「……セオ!? シェルスさん!」
こんなところで偶然会うわけのない二人に、サミルは一瞬、自分が幻でも見たのではないかと目をこする。が、まぎれもなく二人は本物だった。
「よお、道に迷って配達に遅れたりしてねぇか?」
相変わらずの嫌味っぷりに、サミルは腹を立てる前に笑ってしまった。
「遅れてないわよ……今のところ。それより、なんであんたたち、こんなとこに?」
「こんなとこって言うけど、ココはお前の故郷だった場所なんだろ? せっかく『
「……城出?」
また何かあったのだろうかと
「リゼオス様、城出ではなく、これはれっきとした公務です! 北部の
「ああ、あの
秋頃に大雨が予想されているウェール国北部地域といえば、たしかにこの地も含まれる。なるほどそういうことか、と納得した様子のサミルに、しかしセオは不満そうな表情を浮かべた。
「ちょっと、なんでそんな不満そうなのよ?」
「……俺はその……そうだ、フィラナからの伝言を伝えにだな……」
「伝言?」
「ああ、『リルカたちのことは、私に任せといて』と言っていたんだが……なんのことだ?」
その内容に、サミルは口元を
実を言えば、リルカは常連客になったグランディに一目ぼれしてしまったんだそうで、ユウファにいた頃、あれこれと背中を押してみたものの、なかなか進展しないままだったのが気になっていたのだ。
しかし、サミルよりもずっと恋愛に詳しそうなフィラナがついていれば、良い結果が期待できそうだ。
フィラナはといえば、リルカの店で働きながら、来年の想伝局員試験合格を目指すことにしたと、王都を出る時に決意を語ってくれていた。
「なるほどねぇ……じゃあ、私からもフィラナに伝言。『楽しみにしてるわ』って、今度会ったら伝えておいてくれる?」
「……自分で言えよ。というか、ユウファにはもう戻ってこないつもりか?」
「帰るわよ。でも、いつになるかわからないもの」
広域配達員は、基本的に国内外のあらゆる村や街を
審査に受かった後、サミルには二つの選択肢が与えられた。
業務員としてユウファに残るか、広域配達員になるか。そのどちらもなれる能力があると、グランディに認められたのだ。
ロードンと裏で悪さをしていることが公となったユウファ想伝局長が
業務員の方が絶対向いているし大歓迎すると言ってくれたピナス業務主任には少し悪い気もしたが、サミルはやはり、広域配達員の道を選んだ。
そして、王都ユウファはサミルにとって新たにできた帰る場所――故郷となった。
色んな地を巡って疲れても、帰る場所がある。待っていてくれて、温かく迎えてくれる友人や、優しい祖父の存在が、何よりも嬉しかった。
「サミルさん、リゼオス様は寂し……」
「シェルス! お前はちょっと黙ってろ。いいか、サミル。俺は、これからしばらくお前の配達についていくことにした。治水のための情報収集なら、たくさんの場所を巡って、色んな人の意見を聞くことが大事だからな」
「……えっ!?」
「それから俺は、ウェール国の専属彩逢使になったお前が逃げ出さないよう、監視しろと兄上に命じられていてだな……」
セオは相変わらず不器用なようで、しかしサミルについていこうと必死に色々な理由を説明しはじめた。
「もう……わかったわよ」
言葉に出さなくても伝わってくる『想い』があることに、サミルは気がついた。そしてその想いを今、確かに受け取った。
「そんなに私についてきたいなら勝手にどうぞ。貴方は『自由』な人なんだから……」
そう言いながら、サミルは彼にとびきりの『笑顔』を向けるのだった――。
彩逢使~想いの花を咲かす者~ やなぎ @neko_yanagi
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