00-10.回復

【語り部:偉大なる先輩・加藤保憲やすのり



 絵美子が神社に到着し、事態は展開を見せた。


 絵美子が眠っている女性の額に手を当てるのをキッカケに、女性が瞼を動かした。

四半時(30分)ほど経過した今もまだ意識ははっきりしていないようだが、壁に背をつけて座り、絵美子の手により水を口に含まされている。


 そして、先ほどの豊島からの電話。賀陽かやが襲われた。こちらは、絵美子に話してしまうと、事務所に駆けつけてしまう恐れがあるため、彼女には伝えていない。


 眠りから覚めた女性の介抱もあるので、ここを離れる事はないような気もするが、我が妹ながら、絵美子の行動は予測できない所がある。


 ひとまず、今、警察に介入されるとやりずらくなる。故に、豊島には覆面の男はそのまま事務所に拘束するよう指示をだした。賀陽は冗談じゃないと喚いていたようだが、まあ、彼もわかっている事であろう。単なる彼のパフォーマンスだ。


 覆面の男の正体は豊島経由で本庁のデータベースとの照合を進めている。運がよければなにか手がかりを得られるだろう。


「兄さん。彼女、落ち着いたわ」


 私は覆面を被っていたという男の写真が表示された携帯から、視線を女性に移す。


「お名前は、天野京子さん、ですね?お話できますか?」

「……ええ」

「お体は大丈夫ですか?」

「はい。ありがとうございます」

「私は加藤保憲やすのりといいます。警視庁捜査一課の刑事です」


 刑事という単語を聞き、彼女に安堵の表情が見える。何事にも肩書は大切だ。


「なにが起こったか、お話できますか?」

「それが、よくわからないのですが……」

「ゆっくりで結構です。思い出せるところからいきましょう。なぜここへ来たかわかりますか?」


「えっと……声が聞こえて」

「声?」

「はい。桜の木へ向かえ、と」


「誰の声でした?」

「わかりません。男の人の声…」

「知ってる人の声ではない?」

「わかりません」


 ……催眠術、か?


「そうですか。桜の木と言われて、なぜここへ来たかわかりますか?」

「えっと… 私、昔ここの境内で開かれたイベントで踊った事があって。あ、私大学生の頃、ダンスをやってたんです。それでイベントがあって、ここで踊って」


 ゆっくりと、一つ一つ確かめるように口を開く。


「その時、階段の下のところに桜が咲いてて、それが綺麗で。それ以降、えっと、歌舞伎町で働いてるんですけど、嫌なことがあるとここに来るようになって。それで、桜と言われてここに来たんだと思います」


 無意識下で一番に思い立つ桜の場所。やはり催眠術の類、か。


「なるほど。では、その声はいつ頃から聞こえましたか?」

「さっき……というか、声が聞こえたと思ったら……気づいたらここにいたので……」


「そうですか。では質問を変えましょう。どのタイミングで聞こえましたか?何をしているとき?」

「えっと……出かけようと思って、準備をしていて……その時です」


「どこへ出かけようとしていたのですか?」

あや。綾と約束してて……綾、綾は?」


 天野京子は、自身のそばにたたんであったコートを手繰り寄せると、慌てえポケットを探り、スマートフォンをとりだす。


「あ、電池……」


 綾という子の情報を得るため、スマートフォンを確認しようとしたのだろう。だがスマホの体力はとうに尽きていたらしい。私は職業柄携帯の充電器を持ち歩いているが、生憎あいにくガラケーだ。


「私、事務所に充電器あります。とってきます」

「!、絵美子、まて」


 私は慌てて妹を制す。今事務所に行かれては都合が悪い。コンビニまで走るか……


「ありますぞ」


 意外なところから声があがった。傍らで様子を眺めていた神主だ。


「iPhoneでいいかな?ちょっとまっててな。今とってこよう」


 75歳の神主。いろいろツッコミたいところだが、今はそんな状況ではない。が……、


「おじいちゃん、スマホ使ってるの?凄いわね!」


 私の気持ちは絵美子が代弁してくれた。

 私と妹とではTPOに関する線の引き方が多少異なっているようだ。


 神主はピースサインを残し、社務所への扉へと姿をけした。妹は私に視線を向けると、私のガラパゴス携帯をあざ笑うかのような笑みを見せた。


 話を本題に戻す。


「その綾さんとはどんなご関係?」

「綾は、友達です。職場の同僚で、私と綾と美紀。プライベートでもよく三人で遊びます」


 美紀……河野辺美紀。戸山公園で発見された一人目の犠牲者。しかし、その事は今は伏せておこう。今パニックに陥られては困る。

 しかし、となると、その綾という子も事件に巻き込まれている可能性が高い。


「その日も美紀さんと三人で?」

「いえ、その日は綾と二人であう約束でした。綾に渡すものがあって……」


 賀陽の情報だと、この子たちが務めているクラブでの行方不明者は、この子と河野辺美紀の二人のみ。綾という子は含まれていない。とはいえ、賀陽に知らせる必要はあるだろう。


「そうだ、思い出しました、ペンダント。綾に渡すペンダントを見ていたら、声が聞こえてきて」


 それだ。どうやらそれが催眠術のカギらしい。


「そのペンダントはお持ちですか?」

「まってください」


 天野京子はジャケットのポケットを探る。


「これの事かな?」


 またしても意外なところからの声。振り返ると、神主がスマートフォンの充電器とともに、ペンダントを手にしている。


「そう、それです!」

「いやいや、忘れておったわ。あんたが倒れているとき、これを握っておってな。大事なもんかと思っての。わしのデスクにしまっておった。充電器をとる時に思い出してな、もってきた次第じゃ」


 神主はスマホの充電器とペンダントを差し出す。私はポケットからハンカチを取り出すと、それでペンダントを包み込むように受け取り、充電器を絵美子に渡す。


 このペンダント、私は記憶している。最初の犠牲者、河野辺美紀が身に着けていた。先ほど新宿御苑で見た遺体はつけていなかったが……おそらくどこかに所持していた可能性もある。


「すまないが、ペンダントは預からせてもらう」


 また、催眠状態になってしまったら元も子もない。それに重要な手がかりだ。天野は頷く。絵美子は天野京子にスマホを渡すように促し、受け取ると壁のコンセントにつないだ。


「このペンダントはどこで手に入れたのかな?」

「……」


 天野は俯き、沈黙を守る。彼女の傍らに置かれた、まだ起動するには十分な蓄電がなされていないスマートフォンの画面をじっとみつめる。


 しばらくして、決意した顔を見せると恥ずかしそうに口を開いた。


「ホストクラブ。Fascinationファシネーションっていうホストクラブでもらいました」


 絵美子がハッとした表情かおで私を見る。Fascination?賀陽が張っていたホストクラブだ。


「あ、でも、私がもらったんじゃないんです。綾と美紀がもらって。二人は前から通っていました。私は初めてだったので。でもあの日、綾はシフト入ってたから、先にホストクラブを出たんです。で、そこにペンダント忘れちゃってて、私が預かってたんです」


 智樹、といったか?あそこのナンバーワン。


「そのホストクラブの誰にもらったいましたか?」

「たしか、トモキ、という人」


 賀陽かやが情報収集の為に聞き込みをかけようとしていた人物。そちらがまさかの本命だったようだ。どちらにせよ……いろいろと繋がりだした。


「どんな人でしたか?」

「まだ若くて……20歳はたち前後だと思います。やさしい人でしたけど、それは仕事だから当たり前で……でもなんか、私はあんまり好きじゃない感じだったな。なんか暗い感じがして。綾と美紀はそこがいいって言ってましたけど」


「お二人は、いつ頃から通っていたんですか?」

「オープンした時からです。あのお店、わりと最近オープンしたんですよ。2月くらい前だったかな」


 天野京子は、綾という子の事を思い出したのか、スマートフォンに視線を落とす。


「どうぞ、スマートフォン、確認してください」


 彼女は、スマートフォンを起動し、画面を見つめる。


「どうですか?」


「着信……いっぱいきてます」


 それはそうだろう。彼女はまた黙って画面を見つめる。おそらく、メール画面を確認しているのだろう。


「あっ。智樹くんに会いに行くって」


 彼女はスマホの画面を私に向けてくれた。


『もーーキョーコ、なんで連絡くれないの(怒マーク)ドタキャンならまだしも、連絡なしのブッチなんてありえない(怒りマーク×5)今日はもうなしね。今、智樹くんから(携帯マーク)きたから、会ってくるね(ハートマーク)初めてお店じゃないとこで誘ってもらった(音符)いいことあったから今日のことは許す(ニコニコマーク)後で報告するね(音符)』


 綾という子の身が気になる。


「いつのメールですか?」

「昨日です」

「他には?」

「この後はメール来てないです」


 天野京子の表情が曇る。


「綾、大丈夫ですか?」

「わかりません。全力で探します」


 彼女の瞳に涙が浮かぶ……


「絵美子、天野さんを頼む」


 早急に賀陽かやと合流する必要がありそうだ。

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桜花物語【K-魔人転生】 あきない @akinai

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