第6話 結局、れんあいいぞんしょーってなんだっけ?
使用お題:小指の糸 恋愛依存症 空涙 戦争の英雄と平時の悪魔 ダークファイバ
ジャンル:異世界学園青春モノ。恋愛は……入れれませんでした。
「それはね。恋愛依存症っていうのよ」
今年二人目の彼氏にフラれ、べそべそと泣く私の頬をふにっと抓ってリリィは言った。
「だって! 寂しいよう!! なんでリリィは平気なのよぅ!」
場所は魔道士学校の教室、ガタン! と机を鳴らして私は憤慨する。
「別に。彼氏なんか居なくたって死にゃしないでしょ。それより、ミリア。あんた明日の実技試験、準備してるの?」
「えっ? あれっ?? 実技試験って……?」
ぽかん、と目を丸くして止まった私に、ひとつ前の席に椅子の背もたれを跨いで座っていたリリィが思いっ切り溜息を吐いて額を押さえた。
「……っ、こんの、おバカっ!! この綺麗な頭の中には何が入ってるの!? ピンク色のフワフワしか入ってないんじゃないのっ!?」
ぐわしっ、と頭を掴まれて、ぐりぐり回される。
「っとに! 明日は、具象化魔術の実技試験だって一か月前から散々言われてるじゃないの! 何を具象化するのか……その分じゃまだ決めてないわね……」
私の頭を手離したリリィが、その細い指で乱れた私の髪を軽く梳いた。長袖になったセーラーのカフスが額に触れる。ふわん、とハーブの香りがした。
「リリィ。何か香水つけてるの?」
その手首を捕まえて、ふんふん嗅ぎながら尋ねると、何か堪えきれない風に唸ったリリィが椅子を蹴立てて立ち上がった。
「言ってる場合かっ! ……たぶん、午前の魔薬草学の実習の時に浸出液が付いたんでしょ」
っとに、もう。そう顔を赤らめながら言いつつ、自分の鼻に袖口を近付けるリリィは可愛い。普段、学校でもご近所でも、『可愛い』と言われるのは私だけれど。金の巻毛も、青色の目も、物心ついた時から褒めそやされてきたけれど。
「あたし、リリィみたいな真っ直ぐな髪が好きだなぁ。色も赤とか綺麗よね」
立ち上がったままのリリィが思い切り眉根を寄せた。くるくる変わる表情、きりっとした目元、ちょっと厚めの唇。クラスの秀才、勝気系。女子に好かれて友達の多いリリィ。いーなー。
「褒めても何も出ないわよ」
「そんなぁ。リリィさまぁ! うるうる」
うるうる、ってアンタね。空涙を浮かべ胸元で手を組んでお祈りポーズで見上げれば、リリィがボブカットの真っ直ぐな朱い髪をがしゃがしゃ掻き回した。伸ばせばいいのになぁ。
「図書館。あと一時間開いてるから、とりあえず何作るかだけ決めましょ。あんた筆記はともかく実技得意なんだし、それでなんとかなるんじゃない?」
はぁい、と筆記学年トップのお達しに従って席を立つ。置き勉ばっかでスッカスカのカバンを持ちあげ、私のとは対照的に、図録まできっちり持って行き来していそうなリリィの後に続いた。
「ねえねえ。リリィは何を作るか決めてるの?」
背筋を伸ばしてしゃきしゃき歩くリリィを小走りに追う。少し歩調を緩めて、リリィがちらりと振り返った。ちょっと眉根が寄って、何を言うか迷うように唇が尖った。
「…………べつに、何でもいいでしょ」
「よくない!」
即答する。具象化は、その名の通り大気からエーテルを集めて具象化する魔術のことだ。術者の思い入れが強いものほど、それは成功しやすく出来も良い。あたま空っぽだけど実技はなんとなく上手く行く私とちがって、頭の回路は整然としてる代わりに「感覚で」物事を行うのが苦手なリリィは、たぶん一等思い入れのあるものを選ぶはずだ。だって負けん気強いから。
あたま空っぽの私に、なんでそんなことが分かるかって? 簡単、ずっとずっとリリィを観察してるから。いーな、いーな、って、一年生の時、最初に隣の席になった時からずっとコッソリ観察してる。ノートの端っこにはメモもあったりして。だから、教科書も図録も置きっぱだけど、ノートだけはカバンに入れて帰ってる。
「リリィはあたしの作るもの知ってて、あたしがリリィの知らないのはふこーへいだよぅ!」
フコーヘイ、ねぇ。呆れた顔でリリィが返す。場所はもう図書館前。ここから先は騒げない。
「ねっ? ねっ?? 教えてよぉ。ねーえー! あっ、そうだ。教えてくれたら、あたしアレ作る! リリィの好きな、えーと、何だっけ?『戦争の英雄と平時の悪魔』のアスティラさまのフィギュア! ちょう頑張ってつくる!!」
ぐぎっ、と音を立ててリリィが固まった。リリィは読書家だ。と、言えば聞こえはよいけど二次元の男子に恋できるタイプだ。目線が迷う。うん、私の明日作るものは決まった。
「本気?」
具象化実技は集中のため、誰もいない部屋で作って結果を先生だけが確認する。だから、基本何を作ってもクラスメートに知られることはない。
「うん。作って、持って帰ってきちゃう」
迷うようにふらふら揺れる指先を掴んで、誓うように見つめる。男女問わず大体みんな、こうして私が見つめると何でも言うことを聞いてくれるけど、リリィ相手じゃあまり効果はない。でも、アスティラさまが味方なら大丈夫。
「――――っ、秘密よ? 絶対よ?」
「うん、うんっ!」
当然。誰にも言わないよ。リリィとの秘密、いっこでも多い方が嬉しい。
「……ツイン・ピンキーリング。アストラル・ダークファイバ接続用のデバイス…………作れるかどうか知らないけど……」
あすとらるだーくふぁいば。なんだっけ。と、やっぱり顔に書いてあったらしく、リリィが恥ずかしそうに説明した。
「精神の未使用回路から星辰世界に接続して、特定の相手とテレパシー回路を作るやつ。どうしても……やってみたくて」
「それって、つまりピンキーリングしてる人同士でテレパシー使えるってやつ?」
何か凄い高度そう。そう言うと、じつはそうでもないと返された。そういう胡散臭い魔道具よりも、生々しいリアルな物の方が具象化は難しいらしい。実感はないけど、まあいいや。それより。
「じゃあ、じゃあ! それ出来たら片っぽあたしにちょうだい!? ねっ、ねっ?」
そうすれば、いつでもどこでもお喋りし放題! これは譲れないぞ、っていうか、他の誰かに渡したくないぞ。そう迫る私に、リリィが小さく「うん」と頷いた。
「……まあ。一応、もし出来たらそうしようかなって…………」
ひゃっほう、やった! 喜んで跳ねた私を、リリィの背後から突然出てきた司書が叱る。きゃーお、と逃げた私は、でももう図書館にご用なんてない。
「じゃあ! 決まりね!! アスティラさま作るから本貸して!」
用事があるのは、リリィの部屋だ。
『結局、れんあいいぞんしょーってなんだっけ?』(題名)
ガールズコレクション 歌峰由子 @althlod
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