第5話 ベイビー・ステップ

【使用お題】

終わりははじまり

寝ても覚めても

ビタミン足りてる?

柘榴石


【ジャンル】

とある遠い未来の、普通の女の子の日常。





『ベイビー・ステップ』




『試合終了――! マーズ・ガーネッツ勝利!! シーズン終盤にきて怒涛の11連勝で、ついにガーネット、優勝マジック12を点灯させました――!!!』


 ぶらりと出歩いたショッピングモールの中央広場から、実況中継の音声が聞こえてくる。


「ったく、どこに行ってもガーネット、ガーネット。ばっかじゃないの五月蝿いのよ」


 吐き捨てるように呟いてバッグを抱え直すと、隣の友人が呆れた溜息を吐いた。


「あんた、ビタミン足りてる? それとも生理前? この星じゃどこに行ったってガーネット見るのは当たり前じゃん」


 わかってるけど、と口を尖らせる。だが、見たくないし聞きたくない。響く実況の声とヒロインインタビューから逃げるように、私はコスメコーナーへ足を向けた。


 西暦も三千年を超えた現在、人類の生活圏は地球を飛び出し太陽系広範囲に広がっている。月、火星、外部太陽系の衛星たち。様々な場所に移住した人々は、おのおの民族的なルーツを大切にしながらも、同一地域植民者としてのアイデンティティを築きつつあった。


 彼等の団結に一役買っている『興業』――プロスポーツがある。


『小惑星上疑似戦争(アステロイド・ウォー)』


 読んで字の如く、小惑星上をフィールドとしたチーム戦の疑似戦争である。ルールはチェスを下敷きにしたもので、指揮官がコマンドを出し、駒である選手が実際に戦う。無論疑似戦争なので殺し合いではなく、あくまでスポーツだ。


 アステロイド・ウォーの各プロチームは母星である地球、初の植民地である月をはじめ、各々の植民宙域を本拠地にひとつずつ存在する。年間百数十試合で勝率を競うペナントレースがあり、チームは本拠地開催するゲームの興行収入を主な財源にしていた。


 決して、各植民宙域の政府が関わっているわけではない。


 だが、アステロイドウォーのプロチームは、各々の宙域住民にとって「誇り」であり「我が子」であり「代表」だ。ペナントレースは、まさに「代理戦争」の側面も持っている。


 色とりどりのマニキュアが並ぶ一角で足を止める。まるで色鉛筆のようにたくさんの色と、メタリックやラメ、パールの輝き。優雅に爪を整えて塗り重ね、ラインストーンをあしらえば気が晴れるだろうか。


 そう見下ろした自分の爪は、とても華やかなマニキュアが似合うとは思えないほど短く切られ、削り整えられている。未だに抜けないクセのひとつだ。


「付け爪にしちゃえば?」


 隣の友人が、私の心中を察したように言った。うん、と小さく頷く。


 アステロイドウォーの選手は、女性に限られる。


 小惑星上のフィールドで、全被覆型のスーツを着込んで戦えるのが女性のみのためだ。詳しい理屈は知らないが、体の構造上男性には耐えられないという。


 私は小さなころから、このスポーツの選手だった。もう、過去の話だ。


 寝ても覚めても、アステロイドウォーのことばかり。絶対にプロ選手になるのだと心に決めていた。名門校に入りたくて、地球からわざわざ火星にスポーツ留学までしたのだ。だけど。


「爪、やっぱ長いと邪魔だし、マニキュア重たくて気になるんだよね……」


 ふーん? わっかんないけどなー、と気のない返事を友人がする。指先の感覚は、命だった。


「ファンデも、つい拭っちゃうし……なんていうか、邪魔」


「アンタなにしにココ来たの?」


 ぐずる私に、心底呆れたツッコミを入れてくれる友人は、今ではもっとも気の置けない相手だ。彼女はスポーツ経験はない。私がプロを諦めて、OLとして就職してから知り合った。選手としての私も知らないし、興味もないらしい。それが居心地よかった。


「お化粧、覚えるため」


「覚える気なくない?」


 見るのは楽しい。憧れても、いた。だが自分には向きそうにもない。


「…………プロになって、何億も稼いで、整形したかった」


「おっ、いいねー億万長者。けどさあ、歳取ると崩れるっていうじゃん?」


 母も有名なプロ選手だったとか。スポーツ特待生だったとか。膝の故障で選手生命を断たれたとか。人生を、賭けていたつもりだったとか。


 そんな一切合切を捨てて、別の人生を歩みたいのに。まだ何かを捨てきれない。


 捨てきれないことと向き合うのが嫌で、着飾ってみたり、遊び歩いてみたり。俗っぽいことに夢中になろうとする私を素直に受け入れてくれる、有り難い友人だ。当人は私より断然遊び慣れてて、飾り慣れている。


「自分で稼がなくても、億万長者の男つかまえればよくない?」


 強気に笑う、しっかりメイクされた美貌。そういう「強さ」に憧れる部分もある。


「そんなに美人じゃないし」


「じゃあ、稼げ」


「ムリ」


 ぐだぐだと喋りながら、今度はフードコートへ。ポップカラーのアイスクリームが四段重ねでお値段半額。体脂肪は敵だった。昔の話だ。


「アイス食べよう!」


「アンタ、食べるのは得意よね」


「いつかさー、ホテルビュッフェ行ってみたいなー」


「給料日の後でね」


 終わりは、はじまり。そんないつか聞いた慰めの言葉を、飲み込める日はきっとまだ先だろう。今はただ一つずつ、「昔の小さな憧れ」を消化していく。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る