第4話 そして夜は更け


使用お題:「○○が眠るまで(○○は変更可)」「月だけが見てた」「当然の結果」

ジャンル:頭の軽い異世界FT





『そして夜は更け』





 天空の湖 水面映す星屑

 さやかなりし月光 寄せ合う頬に

 君の吐息甘く

 

 絡め合う指先 ぬくもり分かちて

 愛を紡ぐ二人を 月だけが見てた

 

 水草は揺れて さざ波は煌めき

 旋律は続く 星々が眠るまで







 店内に清冽な月光を導くように、彼方へと通るような歌声が響く。


 落ち着いたボルドーの壁紙に、黒く艶めく板材の床。


 上質なテーブルに瀟洒な燭台の明かりが灯り、落ち着きのあるその店内を柔らかく照らしていた。


 裕福な年長者ばかりが集う、そのシックで高級感のあるビストロ。竪琴の音にあわせて、壇上でベルベットのドレスをまとい、鮮やかな紅い髪を結いあげて歌うのは豊満な肉体の美女だ。剥き出しの腕は美しく筋肉を浮かせてしなやかに、大きく開いた胸元は豊かにふくらみ白く眩しい。情感を込める旋律が高まり、美女が肢体を揺らせば深いスリットから完璧な脚線美が覗く。


 一月前からこの店で毎夜歌うこの歌手の名はエアカナ。竪琴をつま弾く褐色の肌をした銀髪美女と共に、ふらりふらりと諸国を旅する流浪のシンガーだ。






「どう、今どんくらい儲かった?」


 ぐしゃりと髪を解き、乱暴にドレスを脱ぎ捨てながらエアカナは相方に尋ねた。安い宿屋の一室、小卓に積んだコインを数えていた相方、ティナがあー、と返す。


「アトこの倍くらい稼がないと駄目ネ。キリキリ働く良いヨ」


 非常に異国訛りの強い口調で、おざなりに言ったティナにエアカナの眉がきりりと上がる。


「だぁっ! 何だってこんなあくせくしなきゃなんないのよっ! 腹減った! 疲れたっ!!」


「ガタガタ言わないヨロシ。自業自得ネ、当然の結果ヨ」


 ばすん! と脱ぎ捨てたドレスをベッドに叩き付けてがなるエアカナに、冷めた口調でティナが返した。残り物のバケットを放られて下着姿で豪快にそれを食いちぎり、エアカナは布団の上に突っ伏す。


「アタシは悪くないわよー。何よ、ケツ触った野郎蹴り飛ばしたくらいでさぁ。何で捕まるのよ! 普通アッチが捕まるもんじゃないの!?」


「オ前がタダの民間人ならナ。軍人崩れが貴族のボンボン蹴り折る無いヨ。おかげでアト一月はこの街に縫い止めネ」


 さっくり言い返されて、うつ伏せのままエアカナは唸った。そうなのだ。彼女は退役軍人、元々白兵戦の得意な元女将校である。旅費の足しにと小金を稼ぐため歌わせてもらったバーで、酔って絡んで来た貴族の坊ちゃまを蹴り飛ばしたのが運の尽き。しょっ引かれて保釈金を支払うために相棒とも呼べる己の得物を質に入れ、それを取り戻すために必死に働いて今に至る。


「あんな鼻下伸ばして尻揉まれてみなさいよ! アンタならなますに刻んでたんじゃないの!?」


 ちなみに相方のティナも武芸に秀でている。彼女は南方出身、褐色の肢体を露出と貴金属装飾の多いエキゾチックな衣装で包んで、魔力の籠った糸を自在に操る。糸は細く強靭で、敵に巻き付けて強く引けば相手を切り刻む事ができた。


「当然ヨ、私に触る資格、何人たりとも無いネ。私なら捕まる馬鹿しないダケ」


 殺って逃げる気かコイツ。さも当然とばかりに胸を張る相方に、エアカナは脱力して布団に潜った。流石にそこまで過激にはなれない。


「昼は昼で大道芸、夜は夜で酒場で歌い……あー、スターになれるんじゃないかしら、アタシ」


「ああ、そう言えばファンレタ来てたヨ。花束と一緒にナ。ホレ」


 ごそごそと足元から花束を取り出し、ティナがそれをエアカナのベッドに放った。ああん、もっと早く言いなさいよとブツクサ言いながらエアカナはそれを拾う。花束に添えられた手紙の差出人を見て、彼女ははしばみ色の眼をこれ以上ないくらい見開いた。


「ちょっ、何コイツ! 何でコイツっ!!?」


 差出人の名は忘れもしない。エアカナのケツを揉んで左脚を蹴り折られた男だ。コレさえ居なければ、こんな苦労は無かったというのに。


「マゾだロ。ちょっと家まで出張して稼いでくるカ?」


「死んでもやるかああぁァァァ!!!」


 そんな男趣味ではない。というか、愛しの婚約者は別に居る。


 怒りに任せて大輪の薔薇を頭からむしり取り、ブン投げれば花吹雪が舞った。鮮やかに花の香が広がる。


「掃除は誰がするネ」


 ティナの呆れ声と共に、今日も一日が終わった。

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