第3話 ガラクチック・オーシャン

お題:語らう夜に・瞳に夢を映して・恋は罪悪・世界一の〇〇(裏切り者)・静寂(しじま)

ジャンル:軽いノリの遠未来超ライトSF




『ガラクチック・オーシャン』





「駄目だ。アンタの想いにはこたえられない。俺は世界一の裏切り者、恋は――罪悪だ」


 旅も終盤。フロントスクリーンに映った母星を背負い、我が人生初の告白を彼はそう蹴った。






「――ってえええええ!!! 何でっ! あそこでっ!! ぽろっと漏らしちゃうかな私っ!!!」


 自室に帰った私は、力の限り枕を殴りつけた。


 儚い恋だ……などと黄昏るにしたって派手な玉砕である。私は現在、この宇宙船のオーナー。ウッカリ告白してしまった相手はこの船の雇われ船長だ。つまり、私が雇った。この船と一緒に。


 大学を卒業し、そこそこの企業に事務職として入って三年。ぶっちゃけ事務は向いていないと悟った私は、そこそこ貯まっていた金で何となく個人投資家の真似ごとをしてみた。これが、大当たり。いや完全なまぐれだけど。一夜にして……とは言わないが、一か月そこそこで一生くらい遊んで暮らせそうな金を手に入れた私は、当然会社を辞めた。


 そしてついでに宇宙船を買って乗組員を雇った。一生に一度はやってみたかった宇宙旅行、これ以上の機会はもう訪れないだろう。しょせんあぶく銭、宵越しの金は持たない主義だ。派手にぱーっと使って終わりにするつもりで、私はこの宇宙船にて母星アキツから人類の故郷・地球を目指す旅に出た。


 とまあ、それで旅の途中なんだかんだ色々とあって、雇われ船長殿を好きになった。


 ひとしきり枕を殴りつけて体力が尽きたので、今度は枕を抱いてベッドに転がる。既にアキツは目視できる位置にある。明後日くらいには人工月であるツクヨミの外宇宙港へ接岸し、外洋宇宙船であるこの船とはお別れだ。今は一応オーナーだが、維持管理の自信が無いので既に譲渡先は見つけてある。というか、さっき見事玉砕した相手の雇われ船長殿に譲渡するのだが。


 船長殿の名前はコウ。正式名不明。胡散臭い推定年齢三十代前半。東アジア系出身。多分アキツ人の私と同じく日系人なのだろうが、一切過去を語らない不愛想な男だった。なんでこれに惚れたのかと問われると話は長くなるのだが、貧乏なフリーの船乗りにして腕前は一級品。多くを語らない背中に惚れる趣味はなかったが、言動の端々に零れる人柄とか、宇宙船操縦の腕、あと何かやたらと世情に詳しいらしく、たまに漏らす深い洞察に尊敬の念を抱いたのが始まりだ。多分。


 オーナーゆえ、私の部屋はこの船で最も広く調度品も良い。リモコンを操作して照明を落とし、天井スクリーンに現在のフロントカメラ映像を移せば見事な碧い星、アキツが映る。帰ったらまた就活だ。


(……一緒に、色んな星を巡って……なんて妄想)


 現実になることは無かったか。漆黒の虚空に浮かぶ母星アキツ。宙の静寂に浮かぶ蒼い宝石を眺めながら私は溜息をついた。






 翌々日。しょんぼりと船を降りる私を、見送りに出た何人ものクルーたちが励ましてくれた。乗務員たちの衆人環視の中で玉砕したのだから当然、皆この件を知っていたのである。乗務員たちはコウと共に私が船ごと雇った。今後はコウをオーナーにして輸送船として働くらしい。私だけツクヨミに降ろしてすぐに出発するという、なんとも忙しいスケジュールだそうだ。


「アキちゃん、また何処か行きたい時は呼んでね! 何処にでも連れてってあげるから」


 一回り上の女性乗務員がそう言って花束をくれた。お土産を詰めたスーツケースの山が荷降ろしされて、いよいよ船とお別れだ。そこに、コウの姿はない。


「船長どこ行っちまったんだかなァ……最後くらいオーナーの見送りはしろよ全く……」


 別の男性乗務員が呆れる。それに苦笑いを返して、いよいよ乗務員たちが船に引き揚げようとした時だった。


 突然、サイレンを鳴らして港湾警察が船を取り囲んだ。


 呆然とする私を保護するように包囲網の外に押し出し、武装した警官が船へ迫る。投降を迫られ、見送りに出ていた乗務員たちも呆然としながら手を挙げた。全員何が起きているのか分からない顔だ。しかし。


「ちょっ、船がっ!!」


 彼らの背後で宇宙船の昇降口が勝手に閉じ始めた。船長のコウ以外は全員外に出ている。全くメンテナンスも受けず、私を降ろしただけでアキツを離れるという今回の予定は元々不審だったが、どうやら何か裏事情があるらしい。


 ぶぅん、と低い音を立てて宇宙船が動き始める。鋭い制止を上げながら、港湾警察の小型艇がそれを止めようとする。呆気にとられる私達の前で、元々貨物船のため図体がやたらにデカい私の船は、小型艇を蹴散らして離陸した。


「……えっ。一体なんなのよっ!?」


 一拍置いて正気に戻り、頭を掻きむしった私に警官が問うた。


「貴女の雇っていた船長はこの男で間違いありませんか」


 見せられた薄型端末に映るのは、間違いなくコウだ。しかし私の見慣れた、落ち着きの悪いボサボサ頭に草臥れたファストファッションの三十路男ではなく、短く整えた髪と糊の効いた軍服姿の将校だった。


「えっ。あ、ハイ……」


 隣から、一応拘束された体の乗務員が端末を覗き込む。


「……卯佐国空軍将校、仁科厚輝(にしなこうき)……ウサ国って、あの卯佐か!」


「あの男は、卯佐国を破壊した第一級テロリストとして、惑連より手配が回っている犯罪者です。これより事情を聴取させて頂きますが、宜しいですね?」


 乗務員の悲鳴のような言葉に、淡々と警官が頷く。そのまま乗務員全員と私は港湾警察の建物に引っ立てられた。一応私は騙された被害者という扱いらしく多少丁寧だが、あまりの超展開にくわんくわんと地面が揺れる。これ、ホントに重力発生パネル動いてる?


 卯佐国。それはたった一人の空軍将校によって滅ぼされた国だ。惑星全体をテラフォーミングしているアキツと違い、コロニー国家だった卯佐はいとも簡単に壊滅したという。方法は色々噂が流れているが、一説ではブラックホールを引っ張って来たなどと言われるくらい、物凄い勢いで粉砕されたらしい。それをやったのが、コウだという。


『俺は世界一の裏切り者だ』


 その言葉は確かに真実だろう。だけど、その続きは……? 色恋にのぼせて国を亡ぼしたとでもいうのだろうか。あのコウが? 全くキャラじゃない。


「そういえば……」


 混乱していた私の隣で誰かが呟いた。


「船長前に言ってたな……大義を妄信して、一番大切なものを喪っただとか何とか……ウサはかなりの軍事国家だったらしいしなァ」


 そう漏らして警官に窘められた航海士も、コウを信じたいのだろう。その思いは多分、あの船に乗っていた人間全員共通のものだ。何かの間違いだ。のっぴきならない事情の中でされた勘違いの類だ。そう信じたいのは私だけじゃない。


 しっかりしろ。自分を叱咤して拳を握った私の隣で、警官が引っ張っていたスーツケースから何かが転がり落ちた。


 咄嗟にそれを拾う。多分怒られて取り上げられるだろう。そう思いながら視線を落とした手の中で、見慣れぬぬいぐるみが何かメモを持っていた。素早く抜き取り、ぬいぐるみだけ警官に渡す。事情聴取のため待たされた部屋で、私はコッソリとメモを見た。


『地球の居酒屋で語らう夜、瞳に夢を映して本物の「月」を見上げるアンタは綺麗だった。元気にやってくれ。ありがとう。 コウ』


 ぐしゃりとメモを握りつぶす。


「…………そう言われて、ハイハイじゃあね、って言える性格なら私、多分まだ無職になんてなってないと思うのよね……?」


 覚悟は決まった。


 親には申し訳ないが、アキツの土を踏むのはもう少し後だ。

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