エピローグ「月光」
第二十四話「エピローグ」
「——妙なこと言っていい?」
「え。アケミっち急に何?」
やたら深刻な顔をしていたらしい。本題の「ほ」の字すら言っていない段階で、大親友の
「いやさ、私も何言ってんのかわかんなくなりそうなんだけどさ」
「あんたがそれなのにウチがわかんのそれ?」サキちゃんは、きれいな銀髪をファサファサと手ではためかせる。雑な手櫛とも言う。
「うーん、ま、とりま聞いてほしい」「おけおけ」
サキちゃんはスマホをスリープモードにしてこちらへ視線を移した。真面目モードがわかりやすくて、こういうところ良いよねとなる。
「うん。意味わかんないと思うんだけど……」「勿体ぶんなって」
「うん。まあそのね、なんか――昨日見た夢の中に、一年ぐらいいた気がするのよ」マジのトーンでそう言った。
「いや夢でしょそれ」「なんだけどぉ~~!」
すかさずもっともな指摘を受けるが、それでも何とも言えないもどかしさが残り、反論の成り損ないの叫びが教室に木霊した。
「いやわかってんの。わかってんのよサキちゃんの言ってること。でもなんかやたらと生々しくてさぁ……」
「えー何? 殺される夢とか? そういうの案外吉夢らしいよ」
「……いやむしろ逆。なんか私、吸血鬼になっててさ。夜な夜な吸血して敵キャラみたいになってたのよ」
「いや無理でしょアケミっちにそういうの! 笑かすなよもー!」
お腹を抱えて爆笑するサキちゃん。全開の窓際にいるので、外にも笑い声が丸聞こえ説がある。
「あのねぇー、私これ結構真剣に悩んでんのよ。いや現実感ないのも実際そうなんだけどさぁ……」
私はため息交じりで口にした。嫌にリアルな夢だったから、自分でも非現実的とはわかっていても話さずにはいられなかったとも言う。要は妙な不安感を緩和させたかったのだ。
「うーん。ごめんごめん。アケミっちがこんな話するのも珍しいからさ。ウチも戸惑っちゃった」
両手を合わせて謝ってくるサキちゃん。こっちこそ気を使わせてしまった。
「いいよいいよ、気にしないで。私もとりあえず誰かに話してスッキリしたかっただけみたいなところあるからさ」
「それでウチを選んでくれたん? きゃー嬉し~~!」
急転直下ってぐらいの勢いでノリが動きまくるサキちゃん。たまに酔いそうになる。
そしてそれは一度だけではなく――
「……でもウチ、それマジな気がしてきたよ」
そう言って、サキちゃんはスマホで誰かに電話をかけ始めた。
「あ、もしもし~~? アルくん? あのさー、今日ウチ来れる? 会わせたい人いてさー。……は? 仕事? いや連れて来なって。拒否ってないなら危険はないってことじゃん。ていうかウチが会いたいまである。お願いだって~~。——―うん、うんうん。……お、いいねぇ~~。じゃ、そゆことで。16時半にウチ集合ね。そんじゃねー」
どえらい捲し立ての末、何らかの約束をサキちゃんは取り付けた。
「つーわけで。アケミっちも放課後ウチに来てね。
——―同業者、来るからさ」
……思ったよりも面倒なことになってしまった。昨日見た夢、やっぱただの夢じゃなかったっぽい。
◇
——放課後。場所は喫茶「つきみね」。駅前アーケード街に昔からある、由緒正しい喫茶店であり、サキちゃんの実家でもある。そんなわけでなじみ深い店なのだけれど、今日は全然なじみ深くない謎の男が来ていた。机を挟んですぐ前に。要は同席というわけである。誰なんだよこのロン毛グラサン男は。
「アケミっち、この人はアルくん。知り合いの超能力者」
「アルくんじゃない、アルファルド・リゲルゼンだ」
アルくんもとい、アルファルドさんは指でグラサンをくいッとやりながらコーヒーにフレッシュをドバドバ入れていた。十個入れた。多すぎんだろ。
「で、その。サキちゃん。この人が
「あらアケミさん。本当に忘れちゃったの? ちょっと寂しいな」
振り返るとそこには、私よりいくつか年下らしき金髪の女の子がいた。あれ、黒髪じゃなかったっけ……? ——ん? なんでそんな違和感を?
「あ、ちょっと思い出してくれたんだね。嬉しいな。実際に会ったのはキリカさんの一件だけだったけど、私ずっと覚えてたからさ」
そこまで具体的な話が聞こえてきたことで、おぼろげながらも彼女の名前が浮かび始める。この子は確か、今過去未来を見透す眼を持つ少女——
「あ! アカリちゃん!? 思い出した……」
「わー、嬉しいわアケミさん! 吸血鬼治ってよかったね」
いや治る治らないみたいなそういうやつなのあれって?
——アカリちゃんのことを思い出したからか、連鎖的に夢の内容を思い出していく。……そうだ。私はあの世界に確かにいて、そしてそこで——
「アケミさん。落ち着いて。私たちのいるこの世界では、二崎市は健在だよ。荒野になってない。能力者で実験をする怖い組織もあんなにいない。あの世界のカイさんは、私たちのいるこの世界をベースに理想郷を作ったんだよ」
アカリちゃんの言葉によって、我に返る。……夢と現が混ざりそうになっていたので、実際助かった。——でも、となると彼は、神崎くんは、
「……今も、黒咲さんと一緒に、逃げ回っているのかな」
楽園を抜け出して、あの二人は今も―——
私の言葉に、二人を知っているアカリちゃんはやや伏し目がちになり、どういうわけかアルファルドまでコーヒーを飲む手を止めた。え? あなたも二人をご存じで?
「神崎カイ……お前はいつも、私を光の道へ引き込む一因になるのだな。この世界だけでなく、夢のようなあの世界においても――」
なんなんだこの人のテンションは……と思いつつ、やや引っかかる文言があったことに気づく。いやまあ、ありえない話ではないんだけど――
「あ、やっぱこの世界にも神崎くんいるんだよね?」
私の発言に、アカリちゃんがさらに伏し目を強くさせた。え?
「うん。……いたんだよ、カイさんと黒咲さん。でも、もういないんだ」
「え――?」
どういうことか、よくわからない。頭がよく、まわらない。
「あの二人は並行世界に干渉しすぎたの。その影響を強く受けてしまって……それで、基盤としたこの世界の二人から、物語を吸い取ってしまったの」
「え――――――」
言っていることがわからない、物語を吸い取る? 一体、何を言っているの?
「アケミっちにわかりやすく言うとね、私たちの世界からは『神崎カイくんが主人公の物語』が消える――というか、『本編後の主人公』みたいになっちゃったんだ」
サキちゃんがさらっと怖いことを言った。それ、どういう状況なの……?
「わかってなさそうだから私が補足してやろう」アルファルドが口をはさむ。
「別に奴は死んだわけでも記憶を失ったわけでもない。……だが、『神崎カイ』ではなくなったんだ。違う『だれか』として、今もこの世界で生きている。そして」
そして——
「そして、それは奴自身が望んだことだったのだ」
アルファルドは、いっとう意味の分からないことを言い放った。
「別の誰かになることを、神崎くんが?」
あの世界とは状況は違うのかもしれないけれど、それでもにわかには信じられなかった。そこまでする理由が、思いつかなかった。
「うん。カイさんはああ見えて自己犠牲的だからね。……フェイク・ユートピアを作ろうとした方のカイさんに、自分の物語力を譲ったの。『これが
「——―――」なに、それ。
「何よ……それ……」なんだ、それ。
なによ、その理由。はっきりとは言わなかったにしろ、ずっと私に「人として生きろ」って言ってたやつが……何なのよ、それ。
「でもさー」
目の前にサキちゃんが首を突っ込んでくる。
「人って案外、自分に対しては結果的にダブスタなことあるからね。アケミっちだってそうじゃん?」
「え?」
こっちにそういう振り方をしてくるとは思っていなかったので、声が裏返る。サキちゃんはサキちゃんで、神崎くんぐらい私のペースを乱すことがあるなと、少しだけ冷静になれた。
「アケミっちだってさぁ、本当は吸血鬼能力なんてなかったわけじゃん。でも、どこの誰とも知らない、吸血鬼能力が発現してしまった誰かを助けるために、自分の能力で吸収したわけじゃん。それって同じことじゃない?」
「——――」
見抜かれていた。誰にも言っていなかったのに、言うつもりなんてなかったのに。ただほっとけなかったから助けた。それだけの出来事を――
「そうやって回ってんのかもね、世界ってさ。私にはそこまでの自己犠牲はできないけどさ~~」
「そういうレイさんも、案外どこかで人助けしてたりして」
「レイからそんな光景が見えるとは思えんがな」
「もー、アルファルド! あんまりレイさんを悪く言っちゃだめよ」
「ごめんなさい」
などと、私の行動すら「もう過ぎたこと」として流れていく。
あらゆる行動に意味は伴うのか。その感情に理由はあるのか。この懊悩は何かの鍵になるのか。そして、起こした物事は、誰かの何かに繋がっていくのか。
従業員の足音が近づいてくる。それはどことなく聞き覚えのある歩幅だった。
「お待たせしました
フェイク・ユートピア 澄岡京樹 @TapiokanotC
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます