第3話【幸せに】〜少年B〜

俺はあの日から人生が大きく変わった。変えられたと言った方が正しいのか...。これから先の人生で俺が受けるはずだった不幸が一気に襲って来た様に思える程の不幸のせいで。数百人分の不幸を俺が受けた様にも思える程の不幸のせいで。俺はもう立ち直れそうにない。心の底から笑える日は来るだろうか。今はどんなに好きだったお笑い番組を観ても、笑えない自信がある。この先どんな不幸が俺を襲っても、あの日の不幸を超える不幸はどんなに考えても思い浮かばない。そんな不幸に襲われたんだ。これから先の人生は幸せに溢れている。そうに決まっている。少なくとも大きな不幸はもう襲わない。もしそうでなければあまりにも不公平だ。それにしても便利な時代に生まれたものだ。行きたい場所があれば車や電車、飛行機...、分からない事があればインターネットを使えば難なく知る事が出来る。暇な時はゲームでもすれば良い。漫画でも読めば良い。テレビでも見れば良い。これでも満足出来ない人はどうかしているかの様に思える。とは言っても俺もそれらに満足出来ていないな。家族がいなくなるとなにをしても満足は出来ない。少しも満たされない。なんて世の中だ...。俺が死ねば家族に会える。もう苦しい事なんてない。今はこの苦しみを嘆くためにどんなに時間を使っても許されている。でも、こんなに辛い事が起こっても、どうせいつかは勉強をして、就職をして、お金を稼いで...けっ...。あぁ、もう駄目だ。無理だ。これから先、やっぱり普通に生きていける自信がない。死ぬか...。死んだらどうなるんだろう。もう何もかもが終わってしまうのだろうか...。それともまた、新しい何かの始まりかな...。分からないな。...結局何も分からないや。これからの人生も、死んだ後の事も。なら、何も急ぐ事はないのかもしれないな。どうせいつか死ぬんだ。もしかしたら人生は一回だけなのかもしれないし、もしそうだったら一生悔やむんだろうな...。いや、一生ってのは違うか。そうだな。違うな。そう考えると一生って短く感じるな。そうだよ。まだ生きてみる価値は有るだろう。確かに生きていく上で家族はとても大切な存在だ。でも家族が全てじゃない。別に家族がいなくなった事に対して開き直ったわけではないけど、生きる事への希望はなんとなく見つけた気がする。いや、まだ見つけてはいないか。生きる希望を見つける。これが俺がまだ死なない理由。...。なんか意味分かんなくなってきた。とにかく、自殺する事はもう考えない様にしよう。まだ少し不安だ。あぁ、もう授業が終わるな。最近はずっと勉強なんてしていない。まあ別に元々勉強を頑張っていたわけではないけど。とにかく最近は今まで以上にやる気が出ないし出そうとも思わない。なんて言うか、何をしても集中出来ない...。唯一出来るとすればこうやって考え事をする事くらいだ。帰りのバスでも、今まではスマホばっかり見てたのに。今ではボーっと窓の外を見つめている。人の死がここまで自分を変えるとは思いもよらなかったよ。家の場所はそこまで変わってないから転校する必要もなかったけど、いつも当たり前の様に喋っていた友達とはもう全く喋らなくなった。と言うか、喋りたくなくなった。いつも楽しみにしていたテレビも、インターネットでよく見ていた動画サイトの動画も、全く見なくなった。そう言えばあの日以来、一度も笑っていない気がする。今は何があっても笑える気がしないな...。まず笑いたくないや。あ、俺、今バスに乗ってたのか。学校に行ったと思えば気づいた時には帰りのバスに乗っている。なんだか以前よりも1日が早く感じる。そう言えば部活も全然行ってないや。まあ怒られるわけないか。もう考えるのもなんだか疲れた。...。

「私の親さぁ〜、マジ小遣い全然くれないの。それで財布からちょっとお金取ったらそれバレちゃってさ〜、めっちゃ怒られたんだけど。マジめっちゃムカつくよね。別にちょっとしか取ってないし、小遣いが少ないのが絶対悪いじゃん。」

「へー。私の親はね〜、父親がめっちゃ暴力的でさぁ、私のことたまに殴ってくるんだよね。もう嫌んなっちゃうよ〜。」

「え〜、何それめっちゃ最悪じゃ〜ん。大変だね〜。やり返しちゃえ‼︎」

「ハハ。今度ちょっと仕返ししてやろうかな〜......

前はこんな話しが聞こえてもスルーしていたはずだ。だが、今はとても頭に残る...。なんだろう。良い気持ちはあまりしない。確かに暴力を振るう親は良い親とは言えない。でも、今の俺とどっちがまだ幸せかと言えば、確実にあっちだ。そう言い切れる。ましてや小遣いがどうたらとかで親に文句を言っている奴はどうかしてる。あんな奴にこそ不幸が襲うべきだろう。そうすれば思い知るはずだ。親という存在の。家族という存在の大切さを...。俺じゃなくて...。あんな奴に...。なんで...。どうして幸せがこんなにも身近にある事に気付かないで過ごしているんだろう。まあ前は俺もそうだったのかもしれない。でも今なら何が幸せか分かる。もっと幸せを大切に出来る。あんな奴とは違って。幸せを無駄にはしない。絶対に...。あんな奴に幸せを持っていかれるくらいならそれを奪ってでも俺が幸せになってやるさ。そうだ。それが生きていく上での希望だ。あんな不幸が襲ったんだ。その分人から不幸を奪えばいい。そうでもしないと割に合わないだろう。幸せもろくに知らない奴には、分からせてやらないといけないだろう。幸せとはなんなのか。本当の不幸とはなんなのかを。...なんだか性格までもが悪くなった気がする。でも、幸せになりたいだなんて誰でも思っている事だろう。それで性格が悪いだとか、今更何を言ってるんだって話か。みんな幸せを求めてる。今が幸せだと言う事も知らずに...。あ、後一駅だ。もう家か...。

家に帰ると叔父さんと叔母さんが待っている。この2人がいなかったら俺は一体どうなっていたのだろう。2人がとても優しい人で良かった。もし、とても嫌な人達だったらどうなっていただろう。これが不幸中の幸いってやつか?まあこんなのは本当にとても些細な幸せ。あの不幸分の幸せがどんなものなのか、全く分からない。はぁ...。今日1日特に何かしたわけではないけど、なんだか疲れた。早く帰ろ。そう思いながら俺はバスを降り、足早に家へと向かった。

家に着くと叔父さんと叔母さんが、今日もまた笑顔で話しかけてくる。無視をするのは心が痛む。でも、正直話しかけて欲しくないんだ。俺は家に着くとすぐにイヤホンから流れる音の音量を上げた。イヤホンを付けているのは音楽が聴きたいわけではない。でも基本的に家ではイヤホンを外さない。流石に無視出来ない時はちゃんと会話はする。でも、やっぱりしんどい。最近はずっとこんな感じで日々を過ごしている。1日のほとんどは寝て起きて頭の中で考えてはまた寝ての繰り返しだ。明日は少し、幸せだと良いな。俺も...。いや、俺が...。

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フコウフク(仮) しそ @shima

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