第2話【不幸になれば】〜少年A〜

僕は事件後、かなりの精神的ダメージを負っていた。それに、今の環境に全く慣れない。慣れようと思えばすぐに慣れるのかもしれない。でも、慣れる気はないし、むしろ慣れたくはない。家族と暮らしていたあの時の方が僕には合っている。そう思っていたいんだ。あんなに辛い出来事、忘れてしまいたいと思う時もある。でも、どうしても忘れられる気がしない。「辛」に棒を1本加えるだけで「幸」になる。本当に辛い時は棒を加えても幸せになんてなれる気がしない。というか、幸せがこの世から消えたみたいだ。幸せを幸せと思えないような気がする。そんな感じだ。それにしても親戚の叔父さんと叔母さんはほとんど会った事もなかったのにとても優しく迎え入れてくれた。良い人達だ。そこに嫌気がさす事もよくあるのだが...、取り敢えず学校に行かないと...。僕はまた、学校へ行く為に家を出た。当たり前な行為だが、僕にとってはなんだか不安が過る。だが、あれ以上の不幸がこの先来るだろうかと考えると、それは有り得ないと思う。でも、どんな幸せが訪れても、あれがあったと思うと、なんだか幸せと思えない。これからの人生、なんだかしんどい。何か、生きる希望みたいなものが欲しいな。何かないかな...。そんなことを考えながら、今日もバスに揺られている。学校に行っても、友達は出来ない。出来ないというかまずあまり要らない。前の学校の奴等とも、あまり会いたいとは思わない。事情を知っている学校の奴等は気を遣ってあまり話を掛けてこない。僕がそんな雰囲気を出しているからかもしれないな。まあそれはありがたいし、先生まで気を遣って、授業中ボーっとしていてもあまり何も言ってこない。それか優しく注意される程度だ。もしかしたら叔父さんと叔母さんも、事情を知っているからあんなに優しくしているのかもしれない。いや、そうなんだろうな。授業中はこんな感じでいろいろ考えている。授業中も、か。

.....。

「ノート。しっかり写さないとテストで良い点取れないぞ。頑張って書いてみなさい。」

...こんな感じだ。

別に元々勉強が出来なかったわけではない。どっちかと言うとまだ出来る方だ。今まで勉強は嫌だったけど、今はそんなもんじゃない。やろうと思えない。人生で一番今が勉強をやる気がない。そう断言出来る。別にそこまで嫌ではない。でも、誰に何を言われても、やる気が出ないだろう。だから、もう寝る事にする。寝ても起こされないし。別に眠たくはない。でも、もう考えるのも疲れた...。

学校が終わって帰りのバスでもどうでもいい事を考える。あれの前はそんなに頭の中で色々考える事はなかったと思う。学校では友達と喋ったり、普通に勉強したり、バスの中ではスマホばっかり触ってた。そうだ。色々考える様になったのは、あれの後からなのか。そういえばスマホ、家に忘れてる。前はそんな事有り得なかったのに...。そういえばあれの後、一番よく考えてる事は幸せが何だとか不幸が何だとか、そんなのを考える事が多い気がする。生きる希望か...。あっ...、女子高校生の2人組が親に愚痴を言っている。平和だな。

「私の親さぁ〜、マジ小遣い全然くれないの。それで財布からちょっとお金取ったらそれバレちゃってさ〜、めっちゃ怒られたんだけど。マジめっちゃムカつくよね。別にちょっとしか取ってないし、小遣いが少ないのが絶対悪いじゃん。」

「へー。私の親はね〜、父親がめっちゃ暴力的でさぁ、私のことたまに殴ってくるんだよね。もう嫌んなっちゃうよ〜。」

「え〜、何それめっちゃ最悪じゃ〜ん。大変だね〜。やり返しちゃえ‼︎」

「ハハ。今度ちょっと仕返ししてやろうかな〜......

可哀想な人だな。親に暴力を振るわれるなんて。...いや、何を考えてるんだ。僕はそんな親すらいないのに、他人に同情するなんて。いや、あの人は家族がいなくなったら悲しむだろうか...。悲しまないかもしれない。もし、本当に仕返しが出来る様な関係なら悲しむかもしれない。でも、それが少し暗くなった空気を明るくする為の嘘だったら、その暴力が、想像を超える程酷いものだったら、彼女は悲しむだろうか。もしかしたら少し。ほんの少し、ホッとするかもしれない。それでとても優しい親戚に引き取られれば、今までよりも良い日々を送る事が出来るのかもしれない。...想像が膨らみ過ぎたかな。でも、僕の考えが正しかったら、あの不幸が、代わりに彼女の所に行っていれば、僕も彼女も幸せだったのに...。誰かに代わって欲しいな。...そんな事思ってたからあんな想像したのかな。それともあんな想像したからそんな事思ったのかな。誰かに代わって欲しいなんて、無理な事は分かってるのに。なんだか無駄な事を考えたなぁ。生きる希望...。そんなもの、家族を亡くし友達も失くした僕には。あるはずがないんだ。でも、僕みたいな目に遭った人を助けたいなぁ。まあそんな事出来るわけがないしなぁ。ってか何でだろう?僕に不幸が襲ったのは。あれに意味はあったんだろうか。もしかしたら、あれが起こる事によって、僕等家族が不幸を受ける事によって、他の人が幸せを受ける事が出来たのかもしれない。きっとそうだ。この世にある不幸を僕が少し受け取ってしまった。だから、他の人が幸福を受け取る事が出来るんだ。人が不幸を受ける事により、また別の人が幸福を受ける事が出来る。人が幸福を受ける事により、また別の人が不幸を受ける事になる。それがこの世界の仕組みなのかもしれない。この考えが正しいのなら、僕にはまだ、希望があるのかもしれない。俺が不幸になるから他の人が幸せになれるんだ。俺はもうこの先、どんな幸福が来たって幸せと感じる事はないだろう。どんな不幸が来たって、何も感じない。そんな気がする。それならいっその事とことん不幸になって、他人を幸せにしてやるさ。それが僕の生きる理由。生きる希望になるかもしれない。それで良いんだ。それなら僕は自殺でもした方が良いのか。1回の自殺と何回ものちょっとした不幸は、どっちが多くの人を幸せに出来るんだろう。んー...でも自殺は不幸とは少し違う気がするな。自分が楽になる為に死ぬんだもんな。まあ僕の場合はそれとも違うけど。とにかく自殺とかはあまり考えないでおこう。こんな事考えてたら、本当にやっちゃいそうだ。でも、他人を幸せにするにはどうすれば良いんだろう。もちろん努力は必要か。それとお金が有れば色々な事が出来るから自分が生きていく為のお金はもちろん、他人の為に使う分のお金も必要かな。まあお金なんて無くても他人を幸せにするくらい出来るか。いやいや、お金はあった方が良いか。その方が多くの他人を幸せに出来る。僕がお金を稼げばその分稼げない他人が出てくるかもしれない。でも、自分の為だけにお金を使う奴に稼がれるより僕が稼いで他人を幸せにする為に使う方が良い。なら勉強を頑張って、良い大学に行って...。なんだかもう考えるのは疲れた。取り敢えず、家に帰ったら何か家事でも手伝おうかな。

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