フコウフク(仮)

しそ

第1話 【不幸と幸福】

少年Aと少年Bは逆の道を進んだ。

少年Aは、自分はごく普通の生活を送っている。特別幸せというわけではないが、特別不幸というわけでもない。ただの高校生だ。そう思っていた。 実際、お金に困る程の家庭で育ってはいないし、学校では虐められているなんてこともなく、それなりに友達もいる。 だからと言って、お金が有り余る程の家庭でもなく、学校ではみんなの人気者というわけでもない。おそらく現代の日本人の多くにとってはそれがいわゆる普通で、少年Aは自分が普通の生活を送っていると思うのは当然の事なのだ。そんな少年Aはいつも通りの良く晴れている朝を、いつも通り過ごしていたし、過ごそうとしていた。いつもと同じようにちょっとした幸せやちょっとした不幸とともに時を過ごそうと、それが当たり前だと、そう思っていた。いつも通りに過ごそうとしなくても、勝手に時はいつも通り流れ、大した変化は無い。この日の出来事はすぐに忘れてしまう様に思えるくらい普段とは何も変わらないそんな1日のはずだった。誰がこの日がいつもと違う日になると分かっただろうか。少年Aには3人の家族がいた。そして、同じ様に少年Bにも3人の家族がいた。少年Bもまた、少年Aと同じく普通の生活していた。少年Bにも家族がいて、少年Aと変わらないくらいの幸せと不幸。年も同じ。少年Bも、この日はいつもと何も変わらない。そのはずだった。2人の少年はどちらも人によれば幸せ、また、人によれば普通。これを不幸と言う奴は余程の捻くれ者か、なかなか裕福な家庭で育った人くらいだろう。そんな家庭で育った。そんな2人。不幸が人を襲うのに、理由はあるのだろうか。ただ一つ言えるとすれば、受け取り方は人によって全く違うことがあると言うことだ。2人は当たり前の様に朝ご飯を食べ、当たり前の様に服を着替え、当たり前の様に家を出た。少年Aの家族は午前8時半には皆まだ家に居た。妹は前日が日曜参観だった為に学校は休み。母親は仕事をしていない。父親は仕事上朝はあまり早くない。そう。その日は少年A以外は皆まだ家に居たのだ。少年Bの家族も、その日の午後4時半には、皆家に居た。父親はその日は仕事が休みだった。弟はもう学校から帰宅していた。母親はいつも通り家で家事をしている。その日は少年B以外は皆家に居た。2人の少年はまだ高校生だ。何の前触れもなく、特に悪い事をしたわけでもない。ただ一つあると言えば幸せを普通と思っていた事だろうか。


殺人。少年A、少年B。この2人の少年の家族は皆、同じ日に命を落とした。殺人なんて今の世の中当たり前の様に起こっている。当たり前なのだ。ただ、身近に感じていなかっただけで。2人の少年の心は、普通の生活を過ごす人にとっては有り得ない程にボロボロになっていた。どんなに時が経っても、この2人の心の傷が完全に治る事はないだろう。きっとどんなにこの先が幸せでも、心の隅で、この痛みを忘れさせてはくれないのだろう。この、似た環境で育ってきた2人の少年でも、やはり考え方は違っている。絶望の捉え方。幸せへの考え方が...。この事件の後、2人の少年はともに絶望している事に変わりはないが、時には全く考えが異なるものだ。家族に対して文句を言っている奴を見ると、少年Aは

『なんて幸せな奴等なんだろう。』

そう思うのだ。それに対し少年Bは

『何であんな奴等がこんなに幸せなそうなんだ⁉︎』

と、そう思う。家族で仲良く歩いているのを見ると少年Aは

『俺はこんなにも不幸なんだ。こんなに幸せな人達がいてもおかしくはないか。』

少年Bは

『こいつらは幸せなそうなのに、なんで俺はこんなにも不幸なんだ...。』

そう思う。しかし、考えが綺麗に一致することもある。

『この世にある不幸を俺が少し受け取ってしまった。だから、他の人が幸福を受け取る事が出来るんだ。人が不幸を受ける事により、また別の人が幸福を受ける事が出来る。人が幸福を受ける事により、また別の人が不幸を受ける事になる。』

2人の少年は、家族を亡くし、今まで以上に色々な事を頭の中で考えるようになった。その結果、この考えに行き着いたのだ。これが正しいとか間違えだとか、そんな事は分からない。いや、正しいとか間違えだとか言う方が間違えているのかもしれない。にしても、まだ所詮高校生の考えだ。そんな考えが、この2人の少年を完全に変える事になる。この2人の少年は計り知れない程の痛みを味わい、2人が思っていた普通を取り去られ、人生で一番であろう程の不幸が、高校生でやって来た。この先のことはもうどうでもよかった。犯人がどうとか、殺された理由とか、そんな事は考える気にもなれない。事件後は、2人とも親族に引き取られた。どちらの親族も、とても優しく良い人達だ。だか、今はその優しさにすらストレス感じる。この2人の少年が、同じ日に同じ様に家族を亡くした。そして、元々似た様な環境、事故の後もまた、似た様な環境で育つ事となった。これは偶然なのだろうか。いや、そんな事はどうでもいいのだ。ただ、2人の少年の中で涙を堪えながら日々を過ごすうちに似ている様でそれぞれに全く別の考えが生まれた。

「こんなに不幸な俺に幸福がないのは変じゃないか。他人の幸福を奪ってでも、他人を不幸にしてでも、幸せになってやる。」

「俺が不幸になるから他の人が幸せになれるんだ。俺はもうこの先、どんな幸福が来たって幸せと感じる事はないだろう。どんな不幸が来たって、何も感じない。そんな気がする。それならいっその事とことん不幸になって、他人を幸せにしてやるさ。」

この2つの想いは、とても強かった。この想いが強すぎるあまりか、少年A、少年Bは、少し特別な人間になる。いや、元々特別だったのかもしれない。気がついていなかっただけで...。この特別さが、本物だったのか、偶然だったのか、誰も分からない。だが、偶然と思う人はおそらく少数だろう。2人の少年はそれぞれに違った特別な能力が備わる。この特別な能力に、少年A.また、少年Bが気づくのはまだ少し先になる。その特別な能力とは、

“他人の幸福を自分のものにする”

というものと、

“他人の不幸を自分のものにする”

というものだ。自分のものにするという事は、自分が幸福を、または不幸を受ける事になるということだ。普通の人ならば、もちろん幸福を自分のものに出来る能力があれば良いと思うだろう。普通の人ならば不幸を自分のものに出来る能力があれば良いとは思わないだろう。しかし、少年は違うのだ。高校生で家族を亡くしてしまった人なら、他にもいるだろう。だが、2人の少年はそれ以前に、普通とは違ってたという事なのかもしれない。もし、家族を亡くしていなかったのならば、この能力にも気づかないで、普通の生活を過ごしていたかもしれない。もしかしたらまた別に普通とは違う道を歩んでいたのかもしれない。それでも、その道の先にあるのが何かは誰にも分からない。2人の少年とその家族を襲った事件が2人の少年にとっての幸せを得る為に必要な事だったのかもしれない。ただ、それを理解した上での幸せ。それも幸せ。

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