第19章新たな希望

聖女ジェラルダインは三日三晩寝続けた。アイリスはこのまま彼女が目を覚まさなかったらどうしようかと心配していたが、物事はそんなこととはお構いなしに新しく変わっていった。

 まず最初に王の不在にどうしたらよいかということが話し合われた。しかしこれは生まれ変わったコンラッドがうまくやることになった。顔も姿も同じ彼が王であると言ったところで、誰もが疑わないのだから、まさにうってつけだった。

ただ本人が、

「そんな恐れ多いことは私にはできません」

と、その一点張りだったのだが、なんとか説得してそれらしく振舞ってもらうことにした。それと王の護衛であった三人の騎士にだけは事情を話し、協力してもらうことになった。その話を聞いた三人は、ガルド隊長にぶーぶーと文句を言ったが、それでも暴君の君主がいなくなったことは彼らにとっても重要なことであった。


「ガルド隊長もひどい! そんな計画があったなら、事前に私らに言ってくだされば、何もアレックスやアイリス達と戦わなくてもよかったはず」

「何を言うか、これはれっきとした謀反なんだ。事が失敗したら、せっかくの要職についてるおまえらも追われる身になるところだったんだ。犠牲者は最小限でたくさんだからな」

ガルドはレイモンドにそう諭した。彼はそれを聞くとそれもそうだと頷いた。

「それで私達は何をすればいいんですか」

「いつもと同じで、王を護衛していればいい。これから王は戦争の中止を申し渡すのだから、それにかかった費用を取り立てにくる連中もいるだろう。よい輩ばかりとは限らないのだから気をつけねばな」

「はっ、了解です」

レイモンドと他の騎士達は新たな気持ちで、任務に励み出した。

 その頃、聖女ジェラルダインはようやく目を覚ました。

「ああ、パニーラ、よかった。このまま眠り続けたままだったらどうしようかと思ってたのよ」

アイリスは涙ぐみながら、聖女ジェラルダインの寝ているベッドカバーを握りしめた。その隣にはアレックスもいて彼女の様子を見守っていた。彼女はアイリスから三日寝ているうちに政局が動き出していることを知って、喜んだ。

「それなら私は用済みね」

「そんなことはないわ。コンラッドは本当の王じゃないもの。国を豊かにする知識を持っているわけでもないし、指導力もないもの」

「そうなんだ。いったいこれからどうしらいいんだ」

アレックスも塞ぎ込んだ調子で言った。

「それならふさわしい王を探せばいいのです」

「探すって誰が探してくるの?」

「それはあなた達二人のどちらが探して来ればいいのよ。二人一緒に旅に出て探すのも悪くないけど、二手に別れた方が早く探せるんじゃないかしら」

聖女ジェラルダインがいとも簡単に言うものだから、アイリスはただただ目を丸くした。

「探すって、なぜ私達がその役割なの」

「それはあなた達が剣豪オーベリクの血筋の者だからよ」

「剣豪オーベリク」

アイリスは口の中で呟いた。自分の家系の名前とはいえ、剣豪と付くとなぜだかこそばゆい。

「本当にうちの家が剣豪オーベリクの家系なの」

「それは間違いないわ。そのペンダントが物語っている。それにあなた達はあの人に似ているわ」

「あの人って?」

「その昔竜を倒したという剣豪オーベリク。ジャンクリ・オーベリクに」

「ジャンクリ・オーベリクっていうのが、僕達の父なの? アイリス」

「いいえ、違うわ。私達の父の名はダンプト・オーベリクよ。パニーラの言ってる剣豪の血筋とはやっぱり違うんじゃないかしら」

「いいえ」

彼女はきっぱりと威厳に満ちた態度で言った。

「ジャンクリ・オーベリクは、それはそれは昔の人よ。あなた達の何代も前の祖先の人よ」

「そんな古い人なんだ。私伝承とかには詳しくないから」

「僕もそうだ。てっきりオーベリクの血筋っていうから、自分の父親が剣豪オーベリクなのかと思ったよ」

「その辺りのことはあなた達の叔母さんに訊いた方が詳しいんじゃないかしら」

「そうねえ。きっとそうだわ…。でも今までそんな話一度もしてくれたことなかったわ」

「彼は言ってたわ。昔から王を守る血筋なのだと、王の身の上に何かあれば、身代わりにもなるし、ふさわしい王がいなければ探す家系なのだと。ある意味呪われた家系だって、彼笑ってたわ」

聖女ジェラルダインは、朗らかに笑った。

「でもそれっておかしくない。だって私らの祖先は、とってもとっても前の人のことでしょ。なのにパニーラが、その剣豪と話しているなんて」

「普通の人間なら、そうなんでしょうけど、私は呪いを受けた身だし、聖女でもあるから、何百歳も生きてるのよ、アイリス」

その言葉に、アイリスは目をみはった。

「パニーラって、そんな歳なの?」

「そう、そんな歳なの」

笑い出しそうな声で、聖女ジェラルダインは告げた。こんな美しい人が、何百歳にもなるおばあさんだなんて、誰が思うだろうか…。ただただびっくりして、アイリスは口をぽかんと開けた。

「そうすると僕らの血筋は、代々、王を守り、ふさわしい王を探す役目を仰せつかってきたのか」

アレックスも毅然とした調子で言った。

「ええ、そういうことね。なぜ、あなた達がこの場にいるのか、それはきっと宿命なのかもしれないわね。そして私とあなた達がこうして出会えたことも宿命」

「でも私、困るわ。薬草を見つけたら、商売しようとしていたマイクにも会わないといけないし、ルイザとも一緒に旅に出るという約束もしてきたし」

「それならアレックスが探してくれるでしょう」

「僕はそのつもりだよ。いつまでも聖女ジェラルダインの力に頼るわけにもいかないしね」

「そう言ってくれると助かるわ。アレックス」

彼女はにこやかに目を細めながら笑った。

「あなた達も呪われた身なのかもしれないわね」

「え? どういうこと」

アイリスはきょとんとした。

「私には魔女の呪いが、あなた達には血筋の呪いがかかっているのかもしれないわね」

「呪い?」

アイリスがちょっと曇った表情をしたが、それを見て聖女ジェラルダインは明るく言った。

「でもそのおかげで私はあなた達に会えて幸せだわ、アイリス」

「それはそうだわ。私もパニーラやアレックス、ルイザやマイク、いろんな人に出会えてほんと幸せだわ。呪いも悪くないってことね」

「ほんとそうね」

二人は窓から差し込む穏やかな日の光の中で微笑んだ。(完)

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アイリス はやぶさ @markbeet

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