第18章心の声

王を捕らえたアイリスと聖女ジェラルダインはアレックスとガルドの下へと駆け寄った。二人はドミニクスの剣技に翻弄されていた。二対一だというのに、ドミニクスの額には汗一つ見当たらなかった。それどころか、不気味な笑いを口元に浮かべる余裕さえあった。

「カンガキッ、カンガキッ」

「ガキッ、ガキッ」

アレックスとガルドの刃が、立て続けにドミニクスの身体に食い込もうとするが、彼はひらりとひらりとそれを交わしていく。まるで剣戟を楽しんでいるようにも見えた。

「アレックス、ガルド隊長。私達も加わります」

アイリスは気迫のこもった目でドミニクスを睨みつけた。すると彼はにやりと笑った。

「どうやら、本丸がご登場のようだな」

彼はそう言うと、黄金の剣を持ち直し、そこから手をかけ、何かを引き抜いた。見ると、彼の左手には最初に持っていた杖が現れ、右手には先ほどの黄金の剣を持っていた。ドミニクスは杖を空中にかかげ、大音声で呪文を唱えた。彼の恐ろしい声が城の中に轟くのと同時にアイリス、アレックス、ガルド隊長の周りにはたくさんの鉄の鎧の騎士がひしめいていた。

「おまえらはそいつらと遊んでいればいい。私の狙いは聖女ジェラルダインだけだ。まあ、楽しんでくれたまえ」

ドミニクスは面白そうに叫ぶと、鉄の鎧の騎士団の向こう側に姿を消してしまった。気がつけば、聖女ジェラルダインの姿もどこにもなかった。

「パニーラ!」

慌てて叫ぶアイリスとは裏腹に、騎士達が一歩一歩こちらへと押し寄せてくる。

「今はパニーラどころじゃないぞ、アイリス」

アレックスは厳しい表情を浮かべ、目の前の敵の一団にじりじりと近寄って行こうとしていた。それでもアイリスはパニーラの名を呼んだ。

「パニーラ!」

と、耳の奥でかすかに何かが答えるのが聞こえた。

「パニーラはここにいる」

それは聖女ジェラルダインの大人の声ではなく、子供の時のパニーラの声だった。

「パニーラ、大丈夫なの?」

アイリスの心配な声とは反対に、パニーラの声は明るかった。

「パニーラは大丈夫。だからアイリス安心」

パニーラの声はそう言うと、すーっと消えてしまった。

「パニーラ!」

不安な面持ちで声をかけ続けるアイリスに、アレックスは苛立ったように声をあげた。

「いったいさっきから誰と話しているんだ」

「アレックスには聞こえなかったの? 私はパニーラと話していたのよ」

「僕には聞こえなかった。さあ、そんなことより、この鉄の塊達との対決法を考えてくれよ。僕らが生きてなければ、パニーラにも会えないんだから」

アレックスはそう言い切ると、剣を大きく振りかざし、鉄の鎧の一団の中へ気合いとともになだれこんだ。

「いやーっ」

彼のかけ声とともに、ガルドもそれに続いて、騎士どもの剣戟の中へと身を投じていった。二人の勇ましい姿に鼓舞され、アイリスもまた剣を握り返した。

「私達も行くわよ、パニーラ!」

アイリスは自らの持てる力で、その一団へと立ち向かって行った。


 一方、聖女ジェラルダインは物凄い力で、腕を捕まれ、ドミニクスに深い森の中へと連れて行かれているところだった。もちろん、この森もドミニクスの魔力によって生み出されたものだということは彼女にも分かっていた。しかしその魔力を解く術を聖女ジェラルダインは知らなかった。けれども彼女はドミニクスに抵抗し、捕まれていた腕を振りほどき、叫んだ。

「いったいどこへ連れて行くというの。私と戦うというのなら、今ここで戦えばいい」

険しい表情で彼女は彼を睨みつけた。

「おまえなんぞと戦っても意味はない」

「それはどういう意味」

「私と王はおまえの心が欲しいだけだ」

「私の心は私だけのものです。誰にも渡せるものではない」

「ははっ。そういう意味ではない」

彼は高らかに笑った。その笑いはまるで王そっくりだった。ぎょっとした彼女は彼をびっくりして見つめた。

「あなたは誰」

「私はドミニクスでもあり、コンラッド王でもあるのだ」

彼は謎めいた瞳で、くくっと笑った。

「そんなに知りたきゃ、そこに大きな水かめがある。あの水かめに入れば全てが分かるさ」

ドミニクスが指さした先には緑のつる草に覆われた人一人が入ってしまうような大きな水かめがあった。彼女は恐る恐るその水かめに近づいた。と、突如、後ろからドミニクスが彼女の身体を強く押した。聖女ジェラルダインは、あっというまに水かめの中へと落ちてしまった。

『い、息ができない…』

彼女が必死に水中でもがいているうちに、水かめの底に一筋の淡い光が差し込んでくるのが分かった。あそこに行けば息ができるかもしれない。そう思った彼女は夢中で水をかきわけ、その光へと向かった。と、突如彼女は急に息ができるようになり、気が付けば、見知らぬ貧しい小屋の中に自分がいることに気がついた。


見るとそこはちょうど出産をおえたばかりの母親と赤ちゃんが部屋の中にいた。そしてフードを被った中年の男がその側に立っていた。

「その子は王の子だ。決しておまえのような身分の低い女の子供ではない」

「でも産んだのは私だ。その子は私の子だ」

「何を言ってるんだ。この子は王の子。それ以上言うと」

彼はそう言うと、持っていた大剣で母親を突き刺した。母親は呻きながら言った。

「その子の名はコンラッド。私はその子に呪いをかける。青年になり、今の王を殺し、自ら必ず王位に就くという呪いを。この子は黒魔法を使ってそれを成し得るだろう」

母親の顔は瞬く間に蒼白となり、力尽きてこと切れた。

「この女め。呪いなどかけよって。これでは無下にこの子供を殺せなくなった。呪いのせいでとばっちりを食うのはごめんだからな」

中年の男は深々とフードを被り直すと、その場を立ち去った。

 その後場面は一転し、一人の少年が地面に不思議な円陣を描いて遊んでいる姿が見えてきた。そこに他の少年達がやってきて、その薄汚れた少年を、こづいたり、殴ったりし出した。

「おまえはあの魔女の子供だろ。俺らの家の召使になれるだけ幸せだと思え」

一番上の子に当たる少年が、にやりと笑うと思い切り蹴り飛ばした。

蹴飛ばされた少年は、射抜くような暗い目つきで、その大きな少年を睨みつけた。

「なんだ、おまえ俺に文句するっていうのか。どうせ何もできないくせに」

彼はからからと笑うと、拳を握りしめ、少年の腹や背を打った。たまりかねた少年の口からは血がぽたりと滴り落ちた。その時だった。彼は急に凶暴な顔つきになると、ぞっとするような声で呪文を唱え、地面に描いていた円陣に向かって、木の枝をつきつけた。

 するとどうだろう。殴っていた少年は突如、見えない何者かの手によって、空中に放り上げられ、突然の業火が少年の身体に燃え広がった。

「熱い、熱い。誰か、誰か助けて」

少年が呻いて苦しむ様子に他の少年達は驚き、その場をすぐに離れ逃げ出した。円陣を描いた少年こそ、後のコンラッド王だった。彼は燃えて朽ちていく少年の身体を見ながら、笑い出した。

「はは。面白いなあ。黒魔法というものは。こんな僕にもこんなことができる」

「そんなに言うなら、少年よ。私と一緒になろう」

気が付くと円陣の側にはねっとりとした黒い液体があった。目も口もないその液体は、なぜか人の言葉が話せた。

「なぜ、おまえが僕なんかと一緒になりたいという」

「おまえには魔女の呪いがかかっている。私はその呪いそのものだ。おまえにその気があれば、何人もの人々を業火で焼き尽くすことができる」

「ふん。そんなことをして何になる」

コンラッドは鼻で笑った。

「おまえを散々なじってきた連中をすぐさま葬れるぞ」

「悪いが、僕は魔法より剣の道を歩きたいんだ。知ってるか、その昔竜を倒したという剣豪オーベリクを」

一瞬、彼の目は光り輝いた。

「僕はそれくらい強い剣士になりたいんだ」

「そんなに戦いたいんなら、おまえは王になれ」

「王だって?」

彼はなんだってそんなことを言うんだという表情をした。

「王になれば、どんな国とも戦えるぞ。そして世界をおまえの剣の力で統一するんだ。なっ、なかなかすごいだろ」

「はっ、すごいも何もないだろ。王様になるなんて、無理だろ」

「それが無理じゃないんだ。おまえは今の王の子なんだ」

「何言ってるんだ。そんなわけないだろ」

さすがにコンラッドはむくれたが、聖女ジェラルダインにも見せたあの状況を黒魔法で伝えると、少し考えだした。

「へえ~。それが本当だとして、おまえはその呪いだというんだな。僕に黒魔法を使わせて、王にしてくれるっていうんだな」

「しかしタダとは言わない」

「何か僕がしなくちゃ、おまえは黒魔法を使えないというんだな。それは何だ」

コンラッドは挑む調子で訊いてきた。

「それはおまえが、私に名前をつけることだ。そしておまえの命が亡くなる時、私は死に、私が死ぬ時はおまえも死ぬという代償を支払わなければいけない」

「なるほど、僕がおまえでもあり、おまえが僕でもあるのか…」

彼はしばらく考えていたが、こう告げた。

「おまえの名前はドミニクスだ。おまえは僕のために黒魔法を使い、僕を王にするのだ。僕の前に世界がひれ伏すその時まで」

「御意に」

黒い液体はみるみるうちに中肉中背の人の姿に変わっていき、今のドミニクスの服装へと変わっていった。目深にかぶったフードからは、怪しげな笑いが漏れた。

「これで契約は終了です。全てはうまくいくでしょう」

コンラッドと、ドミニクスの笑い合う声が辺りに響き、気が付けば、聖女ジェラルダインは、水かめの中から外へと抜け出していた。


「こんなことを私が知って、いったいどうするというのです」

聖女ジェラルダインは、厳しい視線をドミニクスに投げつけた。

「我らに同情するかと思ってなあ」

「同情?」

「そうだ。同情だ! おまえの炎の魔法は魔女の呪いを受け、できるようになったものだ」

彼は威厳に満ちた声でそう言った。ドミニクスの言葉に、聖女ジェラルダインは震えた。

「なぜそれを」

思わず唾を呑みこみながら、彼女は怯えるような目で彼を見た。

「おまえの過去の全てを魔法を使って見てきたのさ」

「それは禁断の魔法のはず」

「代償は払ったさ」

「そこまでして私にこだわるのはなぜ」

「コンラッドと境遇が似ているからだ。そしておまえには世界を統治する能力がある。似ている我らでこの世界を変えればよい」

「何を変えると言うの?」

「人の心の妬みや嫉みや恐怖、人への偏見のない世の中だ」

一瞬、ドミニクスの顔は穏やかに輝いた。

「おまえもそう思うだろ」

聖女ジェラルダインの心に、ふと子供の頃の記憶が蘇る。魔女の呪いを受けただけだとい

うのに、皆から恐れられ、蔑まれ、かわいがられた記憶がまるでない。人の優しさなど皆無。ただ唯一の救いは村人のあの青年だけだった。彼だけは私を助けようとした。それから、それから

『パニーラ』

どこか遠くで呼ぶ声がする。飴玉を買ってくれるアイリス。薬草を血眼になって探しているアイリス。優しく笑うアイリス。   

『ああ、アイリス』

突如穏やかな静寂が、聖女ジェラルダインの心に舞い落ちてきた。そうして彼女は言った。

「変えなくても大丈夫です。今のままでも世界は優しさに包まれているのです」

彼女の平和な表情に、ドミニクスは毒気を帯びた声で呟いた。

「もしそれが本当なら、今のコンラッドも、私もいなかったろう」

「あなた達は大事な人達に出会えていないだけです」

「コンラッドがそれを聞いたら、どう思うだろうか」

「私があなた達にとって、大事な人になれればいいのに。それに関しては同情します」

「同情するなら、力を貸してくれ」

ドミニクスは最期の頼みとばかりにすがるような目つきで彼女を見た。

「力を貸すとするなら、あなた達の心に巣くった闇を砕くのみです」

「おまえにも巣くった闇はあるだろ。そんなおまえに何ができる。聖女なんて名をつけられておきながら、実は呪いを受けた者だ」

「呪いを受けても、闇があっても、私は正々堂々といたいのです。あなた達だって、そうなっておかしくないのです」

「ふっ。今更遅い」

ドミニクスの顔がコンラッドの顔へと変化していく。

「実の父親である王を黒魔法で殺し、隣国への戦いを進め、皆から憎まれるような私だ。しかしそんな私にも力さえあれば、誰もがついくるのだ。世界の王になりさえすれば、本当に力あるものになりさえすれば、誰もがついてくるのだ」

「それは嘘です。人の心が分からぬ者が上に立つことなどあり得ません」

「ふん、ならおまえならできるというのか」

見下した顔つきで、コンラッドは辺りをぐるぐると回り歩きながら、ぼやいた。

「私は王になりません。本当の王を見つけるまでの仮の統治者です。あなたの言うように私にも巣くった闇があり、人の優しさに触れる機会がとても少なかった者です。王の器になる人はもっとふさわしい人がいるはずです。その誰かを探そうと思います」

「誰かを探したところで、そいつは偽善者さ。そんなたいそうな奴がいるのだというなら、私がそいつを倒して世界の王になってやる」

下卑た笑いを浮かべながら、コンラッドは杖を剣へと変えると、その剣を聖女ジェラルダインへと突きつけた。

「さあ、今度こそおまえを刺し殺してやる」

「あなたはつくづく可哀想な人だ。悔い改めることこを知らぬ人だ。けれども私はあなたに同情する。せめてもの同情として、剣豪オーベリクの子孫と戦える場を設けてあげるわ」

「剣豪オーベリクだって?!」

コンラッドは血相を変えて叫んだ。

「そんな奴どこにいるんだ」

「今会わしてあげるわ」

聖女ジェラルダインは、両手を上の方へとさしあげると、目を閉じた。そうして呪文を呟いた。

と、突如、コンラッドと聖女ジェラルダインの前に一つの大きな光の輪が、ぼうっと浮かんできたかと思うと、その光の輪から、二人の剣士が現れた。見るとそれは

「パニーラ!」

叫んで出てきたのは、アイリスとアレックスだった。

「なんであいつらが出てくるんだ」

幾分期待していたのか、コンラッドはがっかりとした声を出した。

「いいえ、出てくるのは間違いなく彼らなんです。彼らは剣豪オーベリクの子孫。その証拠に二人の剣は魔法剣。彼らの胸には剣豪オーベリクの血筋の者が受け継ぐ剣のペンダントが輝いている」

「剣豪オーベリクって言ったら、竜を倒した伝説の人よね。確かに我が家の家系はオーベリクだけど。でもそれってほんとなんの、パニーラ」

「詳しいことは後で話すは、アイリス。そんなことより、今はコンラッド王を全力で倒すのよ」

「コンラッド王なら、さっき二人で捕らえたじゃない」

「あのコンラッド王はカモフラージュよ。本当のコンラッド王とドミニクスは今ここにいるのよ」

「あれは魔法だって言うの?」


「アイリス、もういいだろう。とにかく戦おう」

アイリスと聖女ジェラルダインのやりとりを聞くうちに、アレックスはうんざりしたように言った。

「そうだ。その男の言う通りだ。私はただひたすら強い剣士になりたかっただけなんだから。剣豪オーベリクの血筋か。胸が高鳴るぜ」

彼は笑ったが、その目にはなぜか少年のような純粋な光が満ちていた。

「アレックス、アイリス、あなた達の剣で彼を呪いから解き放ってあげて」

聖女ジェラルダインの願いとともに、アレックスとアイリスには、聖女ジェラルダインがドミニクスから見せられた寂しい少年の過去が、なぜか伝わってきた。同情すべきは誰なのか。そんな疑問がアイリスの脳裏をよぎったが、しかし目の前の敵はそんなことなんどおかまいなしに剣を向けてきた。

「さあ、戦え。私の本気の剣を受け止めてみろ、いやーっ!」

突如振り上げてきた剣にアレックスが食い止めた。

「ぎぎぎぎっ」

物凄い力が剣にかかってくる。歯を食いしばって、アレックスは相手の剣をえいやっと押し返した。アレックスの力技にコンラッドは一瞬よろめいたが、その顔には生き生きとした表情が窺えた。

 戦えたかった相手と戦えるなんてこんな本望なことはない。彼の顔には喜びがあふれていた。その姿を見たアレックスは胸中複雑だった。彼の中には憧れの剣豪オーベリクがいるのだ。自分はそれに応えられるだろうか。そして自分も剣豪オーベリクに憧れを抱いている。剣士だったら誰もがそう思うだろう。その代理人に自分が選ばれてることに、少なからず息苦しさを感じ、重い責任が肩にかかってくるような気がした。

 一方、アイリスは早くこの戦いを終わらせようと思っていた。見ていると、聖女ジェラルダインの様子がおかしいのだ。


この魔法の空間に私達を呼び出すのにたくさんの力を使い切ってしまったかもしれないのだ。青白い顔をした聖女ジェラルダインはぼうっと立ったまま、アレックスとコンラッドの戦いを見つめていた。そこには彼女なりの祈りのようなものが見え隠れしていた。


アイリスは悟った。全力で戦う以外、コンラッドも聖女ジェラルダインも救えないのだということを。見えない呪いが二人の間で絡み合っているような気がして、アイリスはすぐにでもその呪いを断ち切りたかったのだった。そうして二人を明るい光の中へと連れだしてあげたい、そんな気持ちが沸き上がってきた。

コンラッドがアレックスと戦っているのを見て、アイリスは王から、さっきのような恐ろしい憎しみを感じることはなかった。むしろ今は、彼はまるで子供のように無邪気に遊んでいるような気がした。それならばと、アイリスも相手に応えるかのように風のように無心な気持ちでアレックスとコンラッドの戦いの間に割って入った。

「いや、はっ」

アイリスの突然の切りつけにも、コンラッドは冷静に対処すると、剣を切り返し、やり返してきた。

「ガキッ、ガキッ、ガキッ」

剣と剣とのぶつかり合いが、素早く交互に行われていく。その合間にアレックスの剣もコンラッドの頭上を飛んでいく。

コンラッドはひょいと交わすと、喜びに満ちた瞳で、えいやと二人の剣士に向かってきた。

(面白い、面白い。なんだこの胸の高鳴りは。王になった時よりも面白い。そう私は剣士なんだ。それだけだったんだ)

「カン、ガキッ、カン、ガキッ」

上、下、斜め、突く、あらゆるところから、二人の剣が伸びてくる。それに応えながら、コンラッドは必死になって戦い尽くした。額からは汗がしたたり落ち、顔は怒ったように真っ赤になったが、しかし彼は笑いながら、泣いていた。なぜか涙が溢れ、視界は徐々に曇っていた。それでも剣の腕は狂わず、二人の剣士に正々堂々と立ち向かっていた。

 三人の戦いは長期戦に及んだ。風のように舞いながら剣をふるうアイリスに、同じく軽やかな剣技の持ち主のアレックスに、翻弄されながらも、コンラッドはよく耐えた。しかしアレックスとの剣とのやり取りの中で、彼は一瞬よろめいた。恐らく、集中力がこときれたのだろう、よたよたとした足取りで歩いたその隙に、アイリスは彼の胸元に深々と剣を突きつけた。

それと同時にコンラッドはどさりと倒れ込んだ。慌てたアイリスは彼の側に駆け寄った。見ると、彼の身体からは血ではなく、べっとりとした黒い液体があふれ出ていた。

「アイリス、それが呪いの正体です。彼を呪いから解き放つのです」

聖女ジェラルダインは震えながら言った。

「それは彼を刺せということ」

アイリスは涙目になりながら、彼女に問うた。

「彼を呪いから解き放つには死しかないのです。彼はそういう契約を結んでいるのです。この呪いの連鎖を断つにはあなた達しかいないのです」

気が付けば、側にはアレックスも寄り添っていた。

「奴は本望だった。もう思い残すことはないはずだ。おまえができないなら、僕がやる」

アレックスは妹の代わりにコンラッドの胸に最期の止めを刺そうとした。

「いいえ、私もやるわ。アレックス」

「いいのか」

「いいのよ。私が剣豪オーベリクの血筋だっていうなら、彼は私やアレックスに敗れたことを無念には思わないはずよ」

「そうか、なら一緒に剣を突き立てるぞ」

そう言うと二人は二人の剣をコンラッドの胸へと突き立てた。

するとコンラッドの身体から溢れていた黒い液体は、断末魔の悲鳴をあげた。

「うぎゃああああああ」

恐ろしい声が辺りに轟き、アイリスとアレックスの背筋はぞっとした。それと同時に黒い液体は煙のような形状になって四方をさまよい、いつのまにか消えてしまった。

と、見ると辺りは突然、鉄の鎧の騎士の残骸があちらこちらあることに気がついた。魔法の空間から戻ってきたことを、アイリスとアレックスは知ると、遠くの方からガルドの声がした。

「おーい、二人ともどこにいるんだ」

「ガルド隊長ここです」

アレックスが叫ぶと、ガルドは二人の下へやってきた。

「いや~、二人とも無事だったか」

「これ、全部ガルド隊長がやったんですか」

「ははは。そう言いたいところだが、半分は魔法で動いていたせいか、魔法が効かなくなって、自ら崩れていったよ」

「アレックス、そう言えばパニーラがいない!」

「え」

アレックスが眉間に皺を寄せるのと同時に、ガルドがのんびりと答えた。

「それなら、心配ない。あっちにいるよ」

そう言われて、アイリスとアレックスが連れて来られたのは、アイリスと聖女ジェラルダインがコンラッドを捕らえて縛っておいた場所だった。見ると驚いたことに、死んだはずのコンラッドが聖女ジェラルダインの側に座っていた。

「これはどういうことパニーラ」

疲れ切り、弱々しい表情を浮かべていた聖女ジェラルダインは真っすぐな瞳で言った。

「さっき死んだのは呪いと彼の魂。悲しい悲しい彼の魂だけが死んだのよ。今ここにいるのは彼の身体と生まれ変わった新しいコンラッドという人。今までのコンラッド王とは全くの別人よ」

コンラッドと呼ばれた人は笑って言った。

「私が王だって。そんな馬鹿な。私はしがない剣士。ただそれだけだ」

アイリスとアレックスは狐に包まれたような表情を浮かべていたが、余計、訳が分からんといった表情でガルドがあごをなでていた。

「まあ、よくは分からんが、無事終わったということだな」

ガルドの言葉に聖女ジェラルダインは薄く微笑んだ。と、とたんに彼女の身体はがっくりと倒れ込み、意識がなくなった。

「大変、パニーラ」

慌てるアイリスにガルドが止めた。

「いや、よく聞いてごらん」

聖女ジェラルダインの側によって聞いてみると静かな寝息が漏れてきた。

「よかった。ほっとした」

「僕達も少し休もう」

「それはそうだな。とりあえず彼女を安全な場所に運ぼう」

そう言うと、ガルドは聖女ジェラルダインを抱き上げ、アイリスとアレックスとコンラッドを引き連れて歩き出した。

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