第17章王との闘い
アイリスと聖女ジェラルダインは、ガルドとアレックスがドミニクスと戦っているのを横目で見ながら、後ろに下がっている王を捕らえようとした。すると王は身につけていた長剣をすらりと抜き放ち、アイリスと聖女ジェラルダインに剣を突きつけた。
「王様。どうか私達におとなしく捕まってください」
アイリスは切実な思いでそう言った。それを聞いた王は笑い飛ばした。
「なぜ私がおまえらごときに捕まらなくちゃいけないんだ」
「村を焼き討ちしたり、民から多額のお金を取り立てたり、統治者としてはあるまじき行為をしたからです」
「それは全てこの国を大きくする為にやったことだ」
「大きくするってどういうことですか」
アイリスは眉をひそめた。
「よその国と戦をして勝つ。領土を広げて強大な国を作り上げる。その為には資金が必要だからな」
王は狡猾な笑みを浮かべていた。
「でもなぜ、聖女ジェラルダインのいる村を焼き討ちしたのです」
「その女には世界を統治する能力があるという。なら、捕らえて私の言うことをきかせれば戦わずして私は世界の王になる。しかし村人達はかたくなにその女のことを隠した。今後私のように考える者があの村を訪れる可能性がある。世界を統治するのは、この私だけでたくさんだ。その女を利用できないなら、その秘密を知っている者を殺す。危険な芽は最初につみとっておかねばな」
アイリスはわなわなと震え出した。そしてきっとした目で睨みつけた。
「そんな理由で村人達は殺されたのですか」
「大きなものを得るには些細な犠牲は必要さ。それが王の判断力というものさ」
「違う。それは違う」
激しい怒りがこみあげてくるのを抑えながらも、アイリスは首を横に振った。
「王よ。あなたは間違っている」
二人の間に割って入るように聖女ジェラルダインが、凛とした声で発した。王は、じろりと彼女を見やると、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「偽善者め。おまえだって、今私を捕らえようとしているではないか。そしておまえがこの世界を統治しようとしている。どこが違うというのだ」
「私はあなたのように人の命を奪ったりしません」
聖女ジェラルダインは凍りつくような鋭い視線を王に投げかけた。
「だからそれが偽善だというのだ。人の心などやましいものだ。誰もが金と権力にとびついてくる。そこには争いが耐えない。争いには必ず血がつきものなのさ。さあもう、無駄なおしゃべりは終わりだ。私もおまえらのような女子供に負けるわけにはいかないからな」
王はそう言って改めて剣を握り返した。
アイリスは大きなため息をついた。このような考えの持ち主が、なぜ一国の主なのかと。こんな人が統治者では国は、世界は、豊かにはならないだろう。もっとあたたかな気持ちを持った人でなければ統治者にはなれないだろう。やはりこの人には権力の座から下りてもらわなければならない。アイリスは気持ちが定まると、剣を王へと向けた。
二人の睨み合いが始まり、そろりそろりと相手の剣の出方を察知するかのように足を動かせていく。つかみかかっていきそうな気迫が、王の身体からは滲み出ていた。ぴりぴりとした緊張感の中、アイリスは王の剣の切っ先をとらえようとわずかな動きも見逃すものかと必死で目で追った。
と、とたんに王が剣を大きく振りかざしてきた。
「いやーっ」
アイリスを頭から叩き割りかねない情け容赦ない強烈な一打を彼女は一瞬にして受け止めた。
「ぐぐぐぐっ」
アイリスの剣には、王からの物凄い腕の力が加わっていく。王はまがまがしい形相を浮かべながら、アイリスを力でねじふせようとやっきになった。彼女はその暴力的な力に耐えながらも、剣に伝わってくるとてつもない憎しみを感じた。人の心を信じない大きな闇がアイリスの前に立ちはだかった。
彼女は持てる力をつぎ込み、一気に王の剣を突き放した。王は少しよろめいたが、きっと睨みつけ、アイリスへの攻撃の手を緩めなかった。
「ガキッガキッ、ガキッガギッ」
まるで野獣のように怒りを剣に込め、連打で打ち込んでくる。恐ろしいエネルギーの前に、アイリスは一方的に打ち込まれるばかりだった。次第に腕がしびれてきて、剣を持つ手も痛くてなってきた。しかしそれよりも何よりも、王のぎんとした目が嫌だった。ただ戦うだけの、憎しみに満ちた人の心を失った狂気の目が、アイリスには耐えがたかった。見守っていた聖女ジェラルダインが声をかけた。
「アイリス、あなたの心を失ってはならない。そして旅で出会った人々の心を思い出して」
旅で出会った人々。その言葉を聞いた時、アイリスの心に柔らかな一陣の風が吹いた。そうだ。旅で出会った人々はとても優しい人々だった。
皆がそれぞれのことで生きようとしていた。私も薬草を探すために旅に出たのだ。こんな破壊的な野心を持つ人はいなかった。これは本当の力ではない。本当の力とは、生きることだ。生きるために力が発揮されるのだ。この目の前にいる人は生きてはいない。ただ倒そうとしているだけだ。今の私の方が、きっと生きる力は強いはず。そして旅で出会った人々が、豊かに暮らせるように私は今、がんばらなくてはならない。
そう思ったアイリスは、王の激しい攻撃を交わしながら、徐々に自分のペースで剣を振るい始めた。叩きつけるような王の剣術をあざ笑うかのように、彼女は風のように剣で舞った。くるりくるりと剣を閃かせながら、隙あらば、王の脇腹を狙った。
「カンガキッ、カンガキッ」
王の額からはたくさんの汗がしたたり落ちていた。凶暴なまでの力技も、長期戦には向いてなかったのだ。ただ彼の目からは野生のような光が消えることはなかった。
「いやっ」
「はっ」
二人のかけ声が飛び交い合い、剣の打ちならす音が延々と続く中、アイリスは一瞬の隙を逃さなかった。王の剣の力が弱まった時、アイリスはありったけの力を込めて、王の剣に叩きつけた。すると
「パキッ」
鈍い音ともに剣の刀身は真っ二つに割れたのだ。あまりのことに目を丸くした王は息を呑んで、立ち尽くした。アイリスと聖女ジェラルダインは、すぐさま王を捕らえると、彼を縄で縛りつけた。王は屈辱に満ちた表情を浮かべていたが、暗闇に沈みこむような鋭い目の光だけは消え失せることはなかった。
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