第16章ドミニクスの魔法

ガルドは三人の騎士が持ち場を離れると王とドミニクスの前に跪いた。

「王様。少しの間私めが護衛につきます」

「護衛につくのは構わないが戦闘の準備は進んでいるのだろうなあ」

王はじろりとガルドを睨んだ。

「はい、事は順調に進んでおります」

「ふん。順調にか。順調にだったら今頃はもう戦の渦中にいるところだろうよ」

王は鼻を鳴らすと薄ら笑いを浮かべた。その横ではくつくつとドミニクスが笑った。フードの奥の素顔をまともに見たことのないガルドは歯がみした。王の前に平気で笑える態度が気に入らなかった。しかしこんな王、どうでもいいではないかと思うようになっていた。何しろ、計画では幽閉するのだから。

 その時侍女がやって来て、ドミニクスに告げた。

「昼食の時間になりました。準備ができましたので食堂の間へお越しください」

するとドミニクスはしっかりとした太い声で王に伝えた。

「王様。食事の用意ができたとのこと。食堂の間へ参りましょう」

その声からは若々しさが感じられた。あまりドミニクスの声を聞いたことのないガルドはぎょっとした。こいつはひょっとして若者なのか。そのフードをはいで、確認した衝動に駆られた。しかし王とドミニクスはガルドのそんな気持ちなどお構いなしに玉座から歩き出した。


彼らは金色の刺繍がほどこされた赤い絨毯の上をゆっくりと歩き出した。その後からガルドがやはりゆっくりとついて行った。そして柱の物陰に隠れていたパニーラも更にその後ろをこっそりとついて行った。


 予定ではこの食事の移動の時間中にアレックスとアイリスが駆けつける手はずだった。全員が揃った時に王を襲う予定だった。食堂の間へ行くまでの回廊は長いので、なんとか間に合うだろう。そうたかを括っていたガルドだったが、なかなか二人は現れなかった。


一つ二つと回廊を渡りながら、ガルドの手には冷や汗が滲んできた。後ろを振り返ると、パニーラの姿だけだ。王とドミニクスは特に何もしゃべらず二人並んで歩いている。まだか、まだか。ついに回廊も一つとなった時、ガルドは覚悟を決めた。彼は剣をさっと抜くと、王の後ろ姿に突進した。


 突然走りだしたガルドの足音に何事かと思った王は後ろを振り返った。ガルドはその王の頭に鋭い突きを打ち込むつもりだった。だが、王の頭に剣が触れる前にドミニクスが手に持っていた魔法の杖でそれを防御した。

「コンッ」

杖の鈍い音とともに、剣はたちまちのうちに凍りつき、あっという間に砕け散った。

「あははは!」

王は高らかに笑った。

「何をやってるんだ、ガルド隊長。私を亡き者にしようというのか。しかし残念ながらドミニクスの前では剣など役に立たぬわ」

 その時だった。辺りが一面眩しい光に包まれた。王もドミニクスもガルドも目をつぶったが、眩しさが目に慣れるとガルドの隣には背の高い金髪の女性が立っていた。彼女は空中に手を伸ばして、一心に何かを祈った。祈り終わるとその手には突如一振りの剣が姿を現した。

「ガルド隊長、さあ、この剣で戦うのです」

見ると銀色の剣の刀身には炎が宿り、ちろちろと赤い火を出していた。

「しかし奴には剣は通用しません」

「そんなことはないです。普通の剣では通用しませんが、これは魔法剣です。そしてこの剣には村で無残に焼き討ちされた人々の心が宿っています。彼らと一緒に戦ってください」

それを聞いたガルドは渡された剣を大事そうに抱えこんだ。

 ずっしりと重い剣の柄を握りしめるとちろちろと出ていた火が、一気に吹きあがり猛烈な炎へと変わった。それはまるでガルドの気合いがのり移ったかのようだった。彼は剣を一振りするとドミニクスに構えた。

フードの奥でドミニクスは不気味に笑ったような気がした。彼は杖を振り上げ、何事かを呟いた。するとどうだろう。彼の持った杖がたちまちのうちに輝くばかりの黄金の剣へと変わった。ドミニクスはその剣を持ち替えるとすぐさまガルドに向けて振りかざした。

「ガッ」

ガルドの炎の剣が黄金の剣をしっかりと受け止めた。しかし炎の剣が黄金の剣をなめるように包み込んでも黄金の剣はびくともしなかった。

「ガルド隊長、敵の剣も魔法剣です」

聖女ジェラルダインの呼び声にガルドもはっとした。ここからは対等の勝負だということに改めて気づくと、ガルドは気をひきしめた。

「はっ」

思い切り剣を振り上げて、相手の懐まで深く入り込むと、相手も素早く反応して切り返してきた。剣と剣がぶつかり合い、せめぎ合っていく。ガルドの力強い剣に対してもドミニクスはうまくかわしていく。相手は魔法だけではなく、剣の腕もそれなりにあることにガルドは舌を巻いた。予想外のこととは言え、この場をおさめなければいけない。ドミニクスの後ろでは余裕そうな顔をした王の姿があった。

「馬鹿め。ドミニクスは剣の腕も一流なんだ。おまえなんぞに太刀打ちできるわけがない」

王は声高に叫ぶと面白そうに笑った。ガルドはむっとしながらも、ドミニクスの剣の応酬に応えていった。

「カンッ、ガキッ、カンッ、ガキッ」

小気味よく互いの剣が鳴り響く。時折、ドミニクスの剣のきっ先がガルドの頬をかすめていき、一瞬ならずともひやりとした。そんな時ドミニクスは続けて猛攻撃をしかけてきた。息もつかせぬぐらい素早い剣さばきで強力な一打を連続で繰り出してきた。ガルドは必死にそれに耐えながらも、次第に手がしびれてきた。何度目かの猛攻撃の時、ガルドの腕は感覚がなくなり、危うく剣を落としてしまいそうになった。その時、聖女ジェラルダインが叫んだ

「ガルド隊長。あなたは今、あなた一人で戦っているわけではありません。たくさんの村人達の心がその剣に集結しています。その声を聞くのです」

言われたガルドはとっさに耳の奥で村人達の悲鳴を聞いたような気がした。

『助けて、助けて』

『私達は何も知りません』

『あいつらが火を放ったんだ』

『大変だ。辺りは火の海だ』

『助けて、助けて』

『この子だけは守らなくては。聖女ジェラルダイン様生きのびてください』

たくさんの村人達の声と焼き打ちされていく様が、なぜかガルドの頭にふっと浮かんだ。そして見えない何かがガルドの腕にそっと触れ、瞬時に腕の疲れが癒された。ガルドは落としそうになった剣を握り返し、凄まじい勢いでドミニクスの剣をはね返した。ドミニクスは一瞬よろめいた。そしてガルドの持つ剣は強烈な炎を放出し、輝き出した。

「貴様が聖女ジェラルダインだな。人の心を操る魔性の女」

フードの奥からドミニクスは確信を得たように、聖女ジェラルダインをぎろりと睨みつけた。

「なんだと。多くの兵や騎士を遣っても見つからなかった魔法使いの女だと」

ドミニクスの後ろにさがっていた王が皮肉のこもった声で言った。

「貴様がいると厄介だ。まずはおまえの動きからとめてやる」

ドミニクスは右手に持っている剣はそのままガルドに向けたまま、左手をさっとあげ、その手のひらを聖女ジェラルダインに向けた。するとドミニクスの手のひらから細い蜘蛛の糸のようなものが幾千本も現れ、その糸は一瞬にして聖女ジェラルダインの身体にまとわりついた。彼女の身体はがんじがらめにからめとられ、声を出すことも手を動かすこともできなくなってしまった。

「聖女ジェラルダイン! 大丈夫ですか」

ガルドは驚き、彼女に声をかけた。

『だ、大丈夫です。それより早く…』

口も封じられ、声も出すことのできない聖女ジェラルダインの声がなぜかガルドの頭にふと浮かんだ。しかしその声はとても弱々しいものだった。

「そこのおまえ、その女にかまっている暇はないぞ」

ドミニクスは下卑た笑いを浮かべると、ガルドにまた向かっていった。


 気がつくと聖女ジェラルダインは見覚えのある村の中に一人立っていた。そこは焼けたはずのスワンダ村だった。馬小屋に畑にとそして井戸が見える。その周りに村人達が集まりひそひそと話している。近づいてみるとこんな話が聞こえてきた。

「あの女はどうみても魔性の女だ」

「あいつは何もないところから火を出したりする」

「きっと悪魔と契約した魔法使いに違いないんだよ」

「我々の目を盗んで何をするか分からぬぞ」

「何かをする前に奴を捕えて殺してしまおう」

「そうだ、そうだ。そうしよう」

「それがいいわ」

一瞬にして聖女ジェラルダインの心は冷たくなった。

『ここは昔のあの村だわ』

村人達には聖女ジェラルダインの姿が見えないらしく、敵意に満ちた顔で村人達は執拗に聖女ジェラルダインをいかにとらえ、殺すかについて話し込んでいた。

彼女はうすら寒い思いを抱えるのと同時に怒りを感じた。

『どうだ。おまえが言っている村人達の心とはこんなものなのだ』

突如聖女ジェラルダインの隣にはドミニクスが立ち独特の声音で彼女の耳元に囁いた。

『ここにいるのは大昔の村人達よ。この間殺された村人達ではない』

彼女は目をしばたたきながら、自分の心を納得させようと静かに呟いた。

『しかしおまえは疑問に思ったろ。なぜその昔の村人達は自分を亡き者にしようと思ったかを』

ドミニクスは彼女の怒りをあおるようにのらりくらりと言った。

『おまえは何もしてないのに、奴らはおまえを殺そうとしたんだ』

『それは昔の話です』

『今も昔も人の心なんてそうそう変わらぬさ』

『いいえ、人の心は変わるものです』

聖女ジェラルダインはきっぱりと言い切った。そしてドラゴンの薬草で村人を助けてから、村人の心が徐々に変わっていったことを思い出した。

『人の心はより良いものへと変わっていくのです』

『それはどうかなあ。おまえはガルドに村人の心を伝えたろ。しかし村人の心はあれだけではなかった。おまえの目でしっかり見てみろ』

そう言われた聖女ジェラルダインの前には、焼けただれた肌に、血まみれの服を着た幾人もの村人達がずらりと並んでいた。

「おまえのせいで、私達は殺されたんだ」

「おまえがほんとに聖女なら私達をいとも簡単に助けたろ」

「そうよ。私達があんたを守ったのに、おまえは本来の姿に戻らず私達を皆殺しにした」

「何が聖女ジェラルダインだ」

「おまえを王につき出せば私達は助かった」

村人達は聖女ジェラルダインをじろりと睨みつけ、彼女の周りを取り囲んだ。

『見ろ。おまえに向ける敵意は今も昔も変わらぬのだ』

ドミニクスは笑って言った。

『おまえは聖女でもなんでもない。人の心を集めて統治する能力などないのだ』

「違う、違う」

彼女はかぶりを振りながらも声が震えていた。村人達の責める声が聖女ジェラルダインの心を苦しめ、彼女は顔を手で覆うとそのまま地面にしゃがみこんだ。

『そうだ。おまえは統治などできる器ではない。そのまま村人達に殺されてしまえ』

ドミニクスの声とともに村人達の手が幾本も伸びてきて、聖女ジェラルダインの身体を引き裂こうとしたその時

「パニーラ!」

一瞬聖女ジェラルダインの目に鋭い光が射し込んできた。

「もう大丈夫。私が来たから」

見ると周りには村人の姿はあっという間にいなくなり、目の前にはドミニクスの蜘蛛の糸を引き裂いているアイリスの姿があった。そしてその向こうにはガルドとアレックスがドミニクスと剣で戦っている姿があった。

「息できる?」

アイリスの問いに聖女ジェラルダインはこくりと頷いた。

「あれはドミニクスの魔法だったのね」

「魔法? なんのこと」

「蜘蛛の糸の中で私の心はドミニクスに捕らわれたの。あいつは私の心を殺そうとしたわ。ひどい魔法だわ」

「なら、ガルド隊長とアレックスがきっと剣であいつをやっつけてくれるわ。私達はその間に王を捕えましょう。それから、パニーラ。私はさっきあなたに助けられたわ。ありがとう」

「なんのこと、アイリス?」

聖女ジェラルダインは不思議な顔をした。

「ううん、なんでもない。気にしないで。さあ、私達も戦闘開始よ」

アイリスは気合いを入れてそう言った。

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