第15章三人の騎士

「ということで王には三人の騎士が常についている。私の命だといえば、きっと彼らは持ち場を離れて休憩をとりに行くだろう。その間に彼らを捕えろ。そうすれば王の側には魔法使いのドミニクスだけになる」

ガルドの部屋には軽めの食事が運ばれ、アイリス達はそれをつまみながら、ガルドの計画を聞いていた。

アレックスは野菜をはさんだパンを頬張りながら、ガルドに質問した。

「大臣とかはいないんですか」

「大臣は失脚した。今ではドミニクスが大臣の役割を担っている。王はドミニクスの言いなりだ」

「そのドミニクスというのはどんな人なんでしょうか」

アイリスはコーンスープを一さじ飲むと、その温かさにふと叔母達のことを思い出した。今頃叔母達はどうしているだろうか。私のことを心配しているだろうか。

「何を考えてるか分からぬ輩だ。今思えば、王が聖女ジェラルダインを探しだせと言いだしたのは奴が来てからだっだ」

ガルドは不満そうにフォークを肉につきたてた。

「昔からのお抱え魔法使いではないんですね」

「それは違う。奴はある日突然遠方からやって来たんだ。最初は単なる客人かと思ったが、いつのまにか王にとりいれ、居座るようになった。今では国政にも口を出すようになった」


暗くなってきた部屋の中で燭台だけが、明々と辺りを照らし、皆の話す顔には微妙な影が揺れていた。静まった席ではナイフとフォークの鳴る音だけが小気味よく聞こえていた。

「それで三人の騎士を離した後、そのドミニクスという魔法使いも王から引き離すんですか」

「それが問題なんだ。ドミニクスは王が寝る時もすぐ側に付き添い、片時も離れないときている」

ガルドは無精ひげをなでまわしながら、さも困ったように呟いた。

「それは困りますね」

アイリスも相槌を打ちながらそう言った。

「王だけを幽閉するという計画は無理そうですかね」

アレックスは顔をしかめて、ガルドを見やった。

「しかしこれは聞いた話なのだが、ドミニクスは良からぬ魔法を使うらしい。王を幽閉しようとすれば、奴も黙ってはいまい」

「反撃してくるかもしれないということですか」

「おそらくは…」

彼は目をつぶり、考え込んだ。

「魔法での反撃でしたら、私でもお手伝いできるかもしれません」

そう言ったのは聖女ジェラルダインだった。

「一緒に来てくださるか」

「その者が私の住んでいた村を焼き打ちさせた張本人かもしれませんからね。そう考えると私はその者と向き合わなければなりません」

「それは助かる。あなたが戦いに参加してくれれば、この計画はうまく運ぶでしょう」

ガルドは、ほっとした様子で聖女ジェラルダインに感謝の意を表明した。

「とにかくアレックスとアイリスは三人の騎士を捕えたら、すぐに私らの元へ来てくれ。そこには王とドミニクスもいるはずだ」

「それでは幽閉するのは王とドミニクスもということですね」

「幽閉が無理そうな時は命をとるんだ。よいな」

その言葉にアイリスはぎくりとした。森の中で死にかけた記憶が蘇えってきた。胸元の血だまりを思い出しながら、今はもうない傷がどこか痛むような気がした。


 計画は翌日の昼に決行されることとなった。

ラングード国王、コンラッドは面白くない表情を浮かべていた。まだ二十代半ばの年若い王は早く戦がしたくてたまらなかった。しかし周りの家来達は思うように事を運ぼうとしなかった。

「王様、隣国とは今までうまくやってきたのです。どうかそれだけはおやめください」

そう言って止めに入ったのは大臣だった。なぜ今戦なのですか。そんなことをしてどうするのですかと勇気を持って進言したのは彼だった。

「だったら聖女ジェラルダインを早く連れてこい。そしたら戦をやめてやる」

コンラッドは狡猾に笑い飛ばすと、自分の隣にいる魔法使いドミニクスを意味ありげに見やった。しかしドミニクスは目深にかぶったフードの奥から不気味に笑みをもらすだけだった。


 それから数ヶ月の間聖女ジェラルダイン狩りが始まった。けれども彼女は見つからなかった。結果が出なかったということで、大臣は失脚させられた。邪魔者がいなくなったと思ったコンラッドだったが、戦には莫大の費用がかかり、準備にも時間がかかった。費用の方は民衆からたくさんの取り立てをし、裏では麻薬を売りさばき膨大な資金を集めることに成功した。


 いよいよ戦ができると思ったコンラッドだったが、それでもまだ準備が整っていないという報告を受け、いらいらいしているところだった。玉座に座り、とんとんとんと人指し指で片腿を叩き、思い通りにならない気持ちをどうにかしようとしているところだった。コンラッドの側で護衛についている三人の騎士、レイモンド、ランディ、スコットはそんな王の危うい気持ちに敏感になっていた。また無茶なことを言われやしないかと彼らはひやひやしていた。この間などは、むしゃくしゃするから、おまえら俺の馬になれ!と言うので、しかたなく地面にひれ伏して四つん這いになったのだ。


王の命令には絶対服従とはいえ、こればかりは三人とも怒り心頭だった。しかし逆らうわけにもいかず、わなわな震えながらも、その命に従ったのだった。


 そんなこともあってか、自分らの直属の上司であるガルド隊長が、今日はおまえら三人とも早めの休憩をとっていいぞと言った時は、かなり安堵したのだった。

 しかし三人とも玉座の間を出るまでは厳かな表情を崩さず、しずしずと退出した。そうして、王宮の外へと出ると、昼の眩しい光と風に当たり、大きな伸びをひとつした。

「やれやれ、危ないところだったな」

一番身長の高いレイモンドが、若々しい顔を空に向けながら言った。

「ほんとだよな」

レイモンドとは対照的に小柄のランディが腕を後ろに組みながら答えた。

「また馬になれとか言われたらかなわないもんな」

恰幅のいいスコットが笑いながら相槌を打った。

三人ともひと段落ついたと思い、町の方へと歩き出したその時だった。

「そこの三人、俺達と勝負しろ」

いきなり目の前に少年と少女の二人が立ちふさがった。

「見たことない顔だな」

「名を名乗れ」

レイモンドが厳しい表情で二人を見やった。

「私はアイリス・オーベリク」

「僕はアレックス・オーベリクだ」

「二人は兄妹か」

「おまえら俺らが王様の護衛の騎士だと分かって刃を向ける気なのか」

スコットは太い腕を鳴らしながら二人に訊いた。

「もちろんです」

「その意味が分かっているのか、それはつまり」

「王にも刃を向けているということです」

アレックスはすらりと剣を抜き、構えた。それに続いてアイリスも剣を抜いた。

「どうやら本気らしいな」

「手荒なことはしたくはないが、しかたない」

そう言ってレイモンドが長身の身体に合った細身の長い剣を抜刀した。続いてランディとスコットも剣を抜き放った。

五人が一斉にそれぞれ身構えると辺りには息を呑むような沈黙がとりまいた。お互いに鋭い目で見合い、少しの隙も与えてなるものかと、慎重に剣の柄を握りしめる。数秒の時間がじりじりとした時間へと変わっていく。と、最初に刃が閃いたのはアレックスの剣だった。流れるような素早さで腰をかがめ、レイモンドの足を狙った。

「はっ」

アレックスの剣をはじくように、レイモンドの剣が足の手前で翻った。

「カーンッ」

二人の剣がぶつかり合い、それを合図に残ったランディとスコットがレイモンドに加勢しようと割って入ってきた。

「カンッ、カンッ、カンッ、カンッ、」

アレックスとレイモンドの二人の激しい打ち合いが始まった。ひゅんと唸り声をあげながら、細身の剣はアレックスの顔を横切っていく。彼は絶妙に交わしながらその剣を叩き落とそうと、腕を振り絞って渾身の力を込めていく。

アレックスの背後からはランディとスコットが隙を狙って彼の剣を奪おうと躍り込んできた。と見る間に風のようにアイリスが二人の前へと滑り込んだ。

「あなた達の相手は私です」

アイリスはきっと見据えると、スコットにずばっと切りつけた。

「女一人で、俺らを食い止めるだと、生意気いうなっ」

彼は言うが早いが、大ぶりの剣をぶるんっとアイリスの頭上に振りかざした。

「はっ」

アイリスは気合いとともにその巨大な剣を受け止めると、とてつもない力で跳ね飛ばした。スコットは一瞬よろめきながら立ち上がった。

「女のくせに随分と力はあるようだな」

「しかし男二人とは歩が悪いだろう。今なら許してやるぞ」

「結構です!」

むっとしたアイリスは剣を逆手に持つと、二人の間合いに影のように忍びこむとざっと切り込んだ。

驚いた二人はぱっと後ろへと飛び退いた。

「どうやら、本気でやらないと駄目みたいだな」

「ああ」

二人は相槌を打つと、戦闘開始とばかりに走り込んできた。

「いやーっ、はっ」

「とりゃあ」

二人の剣が同時に降り注いでくるのを、アイリスは瞬時に交わすと、踊るように足を動かし、次と次と相手の剣をなぎはらった。

くるり、くるりと舞うようにアイリスは二人の剣を受け止めながらも、目にもとまらぬ速さで鋭い剣を繰り出していった。

 一方アレックスはというと、レイモンドと一進一退の攻防を繰り広げていた。

「カンッ、ガキッ、カンッ、ガキッ」

剣と剣の打ち鳴らす音が小気味よく響いてはいたが、二人はいつも皮一枚のところでせめぎ合っていた。

「はっ」

「いやあーっ」

気合いの張った声が空を切り裂き、二人の剣が激しく激突する。

「ガキッ、ガキッ」

アレックスは満身の力を込めて、相手の剣をなぎはらっていく。相手も同じくアレックスの力強い剣を受け止め、押しのけていく。どちらが強いか、それはどうみても互角だった。しかしいつまでもこの戦いをしているわけにはいかない。ガルド隊長が待っているのだ。本当の敵は王とドミニクス。それならば、この戦い一気に蹴りをつける。

アレックスは覚悟が決まると相手を撹乱させるためにあっちに走りこっちに走りと、動きを速くして、レイモンドの剣さばきに迷いを生じさせた。長身のレイモンドならば、一歩の大きさも広かったが、それよりもアレックスの足の方が速かった。すばしっこいアレックスの動きについていけなくなった時、アレックスはついにレイモンドの脇腹に強打の一撃を与えた。

「ドガッ」

レイモンドはたまらず地面に片膝をついた。その隙にアレックスはレイモンドの首に剣を突き立てた。

「命が惜しければしばらくじっとしていろ」

「殺すなら、一思いにやってくれ」

「殺しはしない」

アレックスはそう言うと、身に着けている小さな鞄の中から長い紐を取り出しレイモンドの手を後ろ手に縛りつけた。

「今、おまえの仲間も連れて来るからな」

それだけ言うと、アレックスは戦っているアイリスの元へと駆けつけた。

 行ってみると、アイリスは息切れしていて、スタミナが切れかかっていた。

「アイリス、大丈夫か」

「ええ、大丈夫よ、アレックス」

額には汗がびっしょりで、髪も乱れ切っていた。

「ふん、話している場合じゃないぞ」

スコットが面白くないといった表情で、じろりとアレックスを見やった。

「レイモンドのようには俺らはいかないぞ」

「やってみないと分からないさ」

アレックスがそう呟くのと同時に、二対二の戦いが始まった。

「いやあっ」

「とりゃあ」

「はっ」

大ぶりの剣を持つスコットがアレックスに食いついてきた。ぶんぶんと剣を振り、彼の剣を振るい落とそうする。

そこにアイリスの剣が鋭く切り込んでいく。

「お嬢ちゃんは、黙って見学してろよ」

むっとした様子のスコットはその剣を受け止めながも、身体の周りには汗が異様に浮き出ていた。

「そうはいかないわ。あなたの相手は私よ」

そう言うとアイリスは最後の力を振り絞って、いきなり大きく跳躍した。突然の跳躍にスコットは一寸剣を振る手が出遅れた。と、その瞬間にアイリスの剣がぐさりとスコットの肩に突き刺さった。スコットの肩に激痛が走り、彼は呻いた。それと同時にアレックスがもう一打彼の足にお見舞いし、スコットは地面に倒れ込んだ。

「アレックス、後は頼んだわ」

「ああ、分かった」

アレックスはそう言うと、レイモンド同様彼もぐるぐる巻きにした。

「さあ、後はあなただけね。降参するなら今のうちよ」

「何言ってるんだ。俺は騎士だぞ。騎士が降参するわけないだろ」

「それもそうね」

アイリスは乱れ切った髪を直しながらも、じっと相手を見据えた。

「いくぞっ」

ランディが勇ましい声をあげた。

「カンッ、ガキッ、カンッ、ガキッ」

叩く、突く、はらう。

相手も相手で最後の力を振り絞り、負けてなるものかと食い下がって来る。

「ガシッ、ガキッ」

ものすごい勢いで剣を叩きこんでくる。アイリスの手が一瞬しびれていく。命を賭けた最後の力は凄まじかった。

相手の歯をくいしばっての形相はたとえようもなかった。ランディの剣が右に左に横切っていく。

「はっ」

「やっ」

呼応する気合いの声もどこかやつれ、それでも生きなければならない必死さが二人の身体からにじみ出ていた。

そう生きなければならない。この戦いを制して生きなければならない。アイリスの脳裏に死にかけた記憶が再び蘇る。

『駄目、駄目!』

パニーラの声が一瞬聞こえたような気がした。

アイリスは我に返った。気がつくと相手の剣の切っ先がすぐ目の前にあった。彼女はすぐさまそれを避けると、身を翻して、相手に猛烈な一打を与えた。それは相手の脳天に当たり、騎士は地面に倒れ込んだ。

「ドサッ」

アレックスはすぐにランディを捕えると仲間の二人と同じようにぐるぐる巻きにした。

「お疲れ様」

アレックスが気さくにアイリスの肩をとんと叩くと、彼女は落ち着きを失ったよう辺りを見回した。

「どうしたんだ」

「今、パニーラの声がしたような気がしたんだけど…」

「パニーラはガルド隊長と一緒だろ」

「そ、そうね。おかしいわよね」

アイリスは不思議そうな顔をしながら呟いた。

「いいから、この人達を早くあの小屋に隠そう。誰かに見つかったら、すぐばれちゃうぞ」

アレックスは手近な物置き小屋を見つけると、彼らをそこに隠した。

「さあ、行こうアイリス。ガルド隊長とパニーラのところへ」

「ええ、行きましょう」

二人は急いで、ガルド隊長とパニーラの元へと走った。

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