第14章ガルド隊長

ルイザの容態が落ち着くと、三人はすぐに王のいる町エイシャムへと旅立った。健康を取り戻したルイザは一緒にアイリス達と旅をするのだと言ってついこようとしたが、それは強く断った。

「これから何が起こるか分からないの。そこにあなたを連れていくわけには行かないわ」

「それなら、アイリス達だって同じことじゃない。あなた達だって行くべきじゃないの」

「それは…」

アイリスは言葉に詰まった。それは確かにそうなのだ。何も好き好んで危険に飛びこんでいく必要はないのだ。

「君はアイリスと違って剣を使えないだろ。僕は剣を使える剣士としてアイリスを連れて行くんだ。これは観光とは違うんだよ」

困っているアイリスに代わって、アレックスがきつい口調でそう言った。

「まあ、私が遊びで行くと思ってるのね」

「これは仕事なんだよ。僕だって好きで実の妹を連れて行こうなんて思わないよ。君と同じようにおいて行きたいところなんだよ」

「じゃあ、アイリスをおいて行けばいいわ。私はその間アイリスと遊ぶから」

ルイザは頬をふくらませて、むっとした様子でアレックスを見た。

「そういうわけにはいかないんだよ」

「ねえ、お願いだからルイザ、言うことを聞いてくれない?」

「私は女神の前で言ったのよ。生きて旅をしたいって。アイリス達みたいに旅をしたいって」

ルイザはいやいやする子供のように口をとがらした。アイリスは肩を落としてため息をついた。どうしたら分かってもらえるのだろうか、ルイザに。

「いいかげんにしろ。僕らには使命があって旅をしているんだ。君とは違うんだ」

アレックスは怒って側のテーブルをどんと叩いた。突然のことでルイザはびくりとして彼を見た。

「ねえ、ルイザ。この旅は本当に危険なの。城で何が起こっているのか分からないの。命を落とすこともあるかもしれないわ。せっかくもらった命を無駄にしないで欲しいの」

そう言いつつも、自分もジェラルダインに助けられたことがよぎった。自分はどうなのだろうか…。無駄にしていないだろうかと。

「分かったわ。そんなに言うなら今はやめておくわ」

口ではそう言ったが、まだ納得いってなさそうな顔をしながらルイザは続けた。

「その代わり城の方が落ち着いたら、私と一緒に旅に出てくれるアイリス?」

「ええ、もちろん約束するわ」

アイリスはこくりと頷いた。それを聞いたルイザはようやく満足した表情を浮かべた。

「アイリスの言葉に嘘はないものね。絶対よ」

「ええ、必ず」

アイリスもほっとした様子で答えた。


 ルイザとそんなやり取りをしつつ、アイリスはまた旅の人となった。しかし今度は薬草の旅ではなく、いかに早く城に駆けつけることができるかに的を絞った旅となった。アレックスはパニーラが追いつけなくなると彼女を背負って歩いた。そんな時はアイリスがアレックスの荷物を持ってやった。常にアレックスの眉間には深くしわがより、何かを考えている様子が見てとれた。

「そんなに思いつめていてもしかたないんじゃないの」

兄の身体を気遣ったアイリスは彼を見つめた。

「それはそうだけど。僕は騎士なんだ。騎士は王を守らなければいけない。それなのに僕は真逆のことをしなければいけないかもしれないんだ」

苦悩に満ちた目でアレックスはアイリスに呟いた。

「だとしたら、それが正しいことなら悩む必要はないじゃない」

「王に対して謀反を企てろというのか」

「そんなこと言ったってしょうがないじゃない。あなたも見聞きしてきたでしょ。王のやったことを」

一瞬アイリスの脳裏に焼き打ちにあったパニーラの村の情景が浮かんできた。鼻の奥にあの時かいだ異臭が、ふっと蘇るような気がした。そしてぞっとした。あんなことを平気でやれる王などいるだろうか。


そんな王などいない方がいいに決まっている。けど王に歯向かうことなどできるのだろうか。自分で言っておきながら、アイリスは身震いした。そしてアレックスが悩むのも分かるのだった。

 山を越え、丘を越え、そのうちなだらかな道へと変わってくると周りの風景も変わり、人の手が加えられた畑が多くみられるようになってきた。畑を耕す人々はたまに手を止めて、アイリス達一行を、不思議なものでも見るようにじっと見ていた。少年が子供を背負い、しかも駆け足で走り、後ろからは王の紋章が描かれている盾を持った少女が同じく駆け足で走り去っていくのは、なんとも奇妙に見えた。なぜあんな少女が王の盾を持っているのだろうといささか疑問であったが、村人達はただただ見送るだけであった。


 三人は昼だけでなく真夜中も走り続けた。少し仮眠はとったが、それ以外は走り続けた。幾つもの森を抜け、谷を越え、彼らは何日も疾風のように駆け抜けた。そしてようやく三人は王の住む町エイシャムにたどり着いた。エイシャムはどこの町よりも大きく、様々な人種が入り乱れ、商売をするために多くの人々が露店を構えていた。恰幅のよさそうなおばさんが、アイリスの姿を見つけると、近づいてきた。

「そこの娘さん。このショールなんてあんたにぴったしだと思うんだけどどうかね」

そう言って、アイリスの肩に薄紅色の細糸で編まれているショールをふわりとかけた。

「ほら、どうだい素敵だろ」

「そ、そうですね」

アイリスが戸惑っていると、アレックスが横から割って入るとこう言った。

「おばちゃん、今それどころじゃないんだよ。後にしてよ、後にして」

「そういうあんたはアレックスじゃないかい、いったいどこへ行ってたんだい。あんたが剣の修行を怠けるとはとても思えないけどね」

「僕は騎士の務めを果たして戻って来たところなんだ」

「あんた、いつのまに騎士になってたのかい。そりゃ、お祝いしなくちゃ」

「待っておばちゃん。まだ仕事が残っているんだ。お祝いしてくれるなら、その後にしてくれる」

「そうかい、それならいいけど。それにしてもそちらの連れのお嬢さんは誰なのさ」

おばさんは、なんだいといった表情を浮かべた。

「僕の妹だよ」

アレックスはにやりと笑った。

「妹?! あんたに妹がいたなんて初耳だね」

「そのことも今度の時に話すさ。とりあえず今日はこれくらいで。おばちゃん」

「分かったよ。あんたもいっぱしの大人になったってことだね。じゃあ、お祝いはまた今度にするよ。ちゃんと顔出すんだよ」

「分かってるって。じゃ」

アレックスが片手を振って、おばさんと別れると、アイリスはアレックスに訊いた。

「とても親しそうね」

「そりゃそうだ。子供の頃からのつきあいなんだ、あのおばちゃんとは」

「それはよかったわ」

「えっ、何が?」

「ううん、なんでもない」

アイリスは自分だけ叔母夫婦に大切に育てられ、アレックスは寂しい思いを強いられたのではないかと思った。しかし今のやり取りにおいてアレックスの周りにも優しい人達がいたことが分かり安心したのだ。

「それより町の住人よりも兵士や騎士が多いのに気がついたか、アイリス」

「え、ええ」

「言われてみれば」 

そう言って辺りを見回すと、武装した兵士や騎士が、町人達の間を行ったり来たりしている。

「招集命令でも出たんだろうか。ともかく騎士養成所に行こう」

アレックスはアイリスやパニーラを引き連れて、ごったがえしている道を急いで通り抜けて行った。露店は日用品だけでなくて食べ物もおいていたので、脂ののった肉を焼く匂いや、お菓子を焼く甘ったるい匂いが三人のお腹を刺激した。

「お腹空いたわね」

たまらず呟くアイリスに対してアレックスも頷いた。

「騎士養成所に着いたら何か食事をとろう。よく考えたら最近はろくなもの食べてなかったしな」

城を目指して走るだけ走ってきたので、途中町や村に寄ることがなく、三人の食糧はぱさぱさのパンと木の実だけだった。お腹が空くのも当たり前である。食事が目的というわけではないが、三人の足は自然と速くなった。

 騎士養成所の前まで来ると、多くの若者が剣の修練を積んでいるのが見えた。

「いやーっ」

「はっ」

凄まじい気合いの声に、アイリスとパニーラはびくりとした。小さな闘技場の中で何人もの若者がひしめき、汗と埃まみれになりながら、剣の試合を行っていた。

アレックスは懐かしい目でそれを眺めながら、試合の監督である教官に近寄って行った。

「教官。只今戻りました」

試合に気をとられていた教官はふと振り返り、しばらく誰だろうという目でアレックスを眺めた。そして数秒後に

「おお! アレックスじゃないか。よく戻って来たな」

教官は満面の笑みを浮かべながら、アレックスの肩を叩いた。

「たくさんの騎士が探索の旅に出たが、未だ魔女は見つけられていないらしい。しかし今はそれどころじゃないぞ。隣国のカレリア国に戦をしかけることになったんだ」

「今、なんて言いました?」

「カレリア国への戦の準備をしているところだと言ったんだ」

「なぜ、そんなことを」

アレックスは顔を曇らせ、教官を見た。カレリア国とは今までよい友好関係を結んでいた国だ。それなのになぜ戦をしかけるというのか、彼には理解できなかった。

「おいおい。おまえは今騎士を名乗っているのだろう。騎士は王様の言うことはなんでも聞き入れないと駄目なんだぞ。いったいどうしたんだ」

教官は不思議そうな目でアレックスを見やった。

「ガルド隊長にお会いしたいのですが」

「報告ということだな。まあ、今は戦の準備に追われていてガルド隊長もお忙しいとは思うが、報告は騎士としての務めだからな。よし、使いを出すからしばらく待っていろ」

「それとお腹が腹ペコなんですが、食事はまだでしょうか」

「食事の時間まで、もう少しだな。少し我慢してくれ。ところでおまえと一緒にいるご婦人方は誰なんだ」

「僕の妹達です」

「妹? おまえに家族がいたなんて初耳だな」

教官はひどく驚いた表情を浮かべた。

「旅の途中偶然出会ったのです」

「ほう、そんなことがあったのか。とりあえずおまえの部屋で休んでもらえ。あとで使いがおまえの部屋に行くからな」

教官はそれだけ言うと、騎士見習いの修練生に檄をとばした。

「そんなことでどうする! 戦になったらおまえらも借り出されるんだぞ。もっと真剣にやれ」

修練生達は威勢のいい返事をした。そうしてまた剣の修練に集中していった。

 アイリスは物々しい闘技場の雰囲気に圧倒されていた。パニーラもきょろきょろと辺りを見回している。

「アレックスはいつもあんな修行を積んでいたの」

「そうさ」

「それだったら、私アレックスの力にはなれそうもないわ」

アイリスは自分も旅の前に多くの男達を相手に剣の修練を積んだが、ここまで殺気だってはいなかった。そう考えると自分の剣など全く通じないのではないかと思うのだった。

「そんなことはない。君は僕を打ち負かしたんだ。間違いなく戦力になる」

アレックスは力強くそう言うと、アイリスの肩を叩いた。

「まあ、今はともかく休もう」

彼はアイリスとパニーラを自分の部屋へと案内した。


 アレックスの部屋は簡素なベッドが一つあるだけの殺風景な部屋だった。座る場所もないので、三人はベッドの上に腰を下ろした。背丈の低いパニーラは足をぶらぶらさせながら、その部屋を見回していた。

「この部屋で寝起きしてたの」

アイリスは何もない部屋を、興味深げに見つめながらアレックスに訊いた。

「そうだ」

「机も何もないのね」

「剣の修行だけが僕の務めだったからね。物書きは必要ない」

「そう」

アイリスは叔母夫婦の暖かい家を思い出した。叔母が一針ごとに愛情を込めて縫ってくれた色とりどりのベッドカバーや壁掛け、叔父の作ってくれたテーブル、居心地のいい暖炉に心慰めてくれる小さな本達。ここにはそういったものが全くなかった。彼女は兄が不憫に思えた。

「ねえ、今度のことが片付いたら叔母夫婦と私と一緒に暮らさない」

アレックスはぽかんとした顔をした。

「何を言ってるんだい。僕は騎士だ。城から離れるわけにはいかないさ」

「それはそうかもしれないけど」

「アイリスは僕が寂しいと思っているのかい」

「そんなことはないけど…」

「ここは何もないけれど、僕の思いがいっぱい詰まっているんだ」

彼はベッドの柱を指差した。そこには刃がぐさりと刺したような跡が残っていた。

「剣の修練でうまくいかなかった時、この部屋に戻ってから練習した跡だよ。悔しくて、悔しくてまだまだ修練が足りないと練習したんだ」

それから彼は立ちあがると唯一壁にかかっているぼろぼろの世界地図を仰ぎ見た。

「そしてここには僕の知らない世界がある。騎士ともなれば王のためにたくさんの使いに出されるだろうと思って、場所ぐらいは知っておこうと思って手に入れた地図だ」

彼は地図の上をゆっくりと指でなぞった。そして今回旅した道をじっと眺めた。

「あとこのペンダントが僕をいつも守ってくれていた。それだけで十分なんだ」

彼はアイリスと同じ剣型のペンダントを掲げた。

「それは私もそうだわ」

アイリスも改めてペンダントを見直した。窓からの夕方の日を受けて、真っ赤なルビーはますます炎のように揺らめいた。

「それなら分かってくれるね」

アイリスはペンダントを握りしめると

「ええ」

と一言答えた。

叔母夫婦はとても優しくしてはくれたけど、それでも本当の父と母というわけにはいかなかった。そんな時この形見のペンダントだけは信用のおけるものだった。兄もまたこのペンダントに救われていたのだろうと思うと寂しさは変わらないのかもしれないと悟った。

それからしばらくしてドアを叩く音がした。開けてみると使いの者で、ガルド隊長が呼んでいるということだった。アレックスは自分の妹達がとても重要な証言をガルド隊長にしたいと言っているので、一緒に彼女達も同行させていいだろうかと話を持ちかけた。すると使いの者は少しの間考えていたが、いいだろうと返事をした。これにより、アイリスとパニーラもガルド隊長に会うことが決まった。三人は使いに連れられ、宮殿にあるガルド隊長の部屋へと向かった。


 ガルドは戦の準備に追われていて、武器の手配や騎士の人数の配分やいろいろなことに頭をめぐらせなければならず、自分の部屋に戻ることがなかなかなかった。しかしそんな時使いがきて、アレックスが帰還したことを告げられ、いったん自分の部屋へ戻ることにしたのだ。皆、聖女ジェラルダインの手掛かりをつかめず、がっかりした様子で報告する者ばかりだったが、騎士見習いだった者の報告とはどんなものか、じっくり聞いてみたいと思うのだった。

 部屋に戻るとまもなくしないうちに、使いの者がアレックス達を連れて来た。ガルドは小さな子供と一人の少女を興味深げに見つめた。

「ガルド隊長。アレックス只今戻りました」

「その者達がおまえの妹達なのか」

「はい、そうです」

アレックスは胸を張って答えた。気のせいか手には汗がにじんでいた。

「それよりガルド隊長。とても重要な報告を持ってきたのですが…」

そう言って、アレックスは使いの者の方を見た。それに気づいたガルドは、使いの者に外に出るようにいいつけた。使いの者が外に出るのを確認するとガルドは人のよさそうな顔で三人を見回した。

「さっ、遠慮なくしゃべってください。お嬢さん方も私に言いたいことがあるならば、気にせず言ってください」

アレックスはガルドの心意気に感謝しながらもこれから述べなくてはいけないことに躊躇した。

「何やら大変な報告になりそうだな」

「はい、それはそうなのですが…」

「そう言う時ほどあっさり言うべきものだ。気にせず報告してみなさい」

ガルドの言葉に押され、アレックスはしゃべり出した。町や村で聞いた王の厳しい取り立てや騎士達による拷問や麻薬の取引のことなど、全て洗いざらい彼は話した。

「王の行いは絶対だとは思いますが、これは正しいことなのでしょうか。僕はそうは思わないのですが…」

ガルドは報告の間眉一つ動かさず、じっくりと聞いていたが、アレックスが言い終えると深いため息をついた。

「そうか。いつのまにそんなことになっていたのか…。今の王は先代の王と違って横暴なところのある方だ。いろんなところでひずみがでてきているのだな」

「それからガルド隊長。実は聖女ジェラルダインを見つけました」

「なんだと!」

ガルドは目をぐうんと大きく見開くと、アレックスを揺さぶった。

「それでどこにいるんだ」

「それは…」

アレックスが答えにつまっていると、アイリスが静かに語り出した。聖女ジェラルダインのいる村で焼き討ちが行われ、村人達が全滅したことを告げると、ガルドは顔を曇らせた。

「なんとひどいことを…」

「あなたはそれでも王様のいいつけを守るのでしょうか。聖女ジェラルダインを王に差し出すのでしょうか」

アイリスはガルドを試す様な口調で、そう問うた。

「やれやれ、私もずいぶんとみくびられたものだな。私も私で聖女ジェラルダインに会ってそんなに危険な人なのか判断してみたいだけなんだよ」

「私は死にかけた時、聖女ジェラルダインに助けられました。彼女は決して危険人物ではありません」

「それと」

アレックスは旅の荷物の中から『聖人の書』を取り出し、聖女ジェラルダインの項目を開いた。そうしてガルドに見えるようにした。

「ここに彼女には世界を一つにする統治能力も備わっているとあります。王が狙っているのはこの力ではないでしょうか」

そこでガルドはようやく合点がいったような気がした。聖女ジェラルダインを探し出しこの世界のすべてを自分のものにしようと目論んでいることが、ようやく分かったのだ。隣国への戦も世界征服への第一歩ということなのだろう。

 ガルドは口に手をやり、考え込んだ。自分の思い通りにならないと部下を激しく殴ったり、高額な宝石類を貢物として差し出すようによその国へ使いをやったりと、王の日頃の態度を知っていると、このような王に国を治めることができるのだろうかと思うことがしばしあった。しかし自分は王を守ることに徹する親衛隊の隊長にすぎない。国事に対してまで言うことはできない。それならば、世界を一つにする統治能力を持つという聖人にこの国を託すことはできないだろうかと、ふと彼は思った。

「とにかく聖女ジェラルダインに会わせてもらえないだろうか。決して王に彼女を差し出したりはしないから」

「その言葉本当でしょうか」

アイリスが疑り深い目でガルドを見た。

「ああ、本当だ。嘘はつかない」

ガルドは胸に手をやり、剣をはずした。アイリスとアレックスは目を合わせると頷いた。そうしてパニーラをガルドの前へと出させた。

「ガルド隊長、彼女が聖女ジェラルダインです」

彼は驚いて言葉を失った。目の前にいるのは年端もまだいかぬ、おさげをした子供ではないか。そんな子供に皆が目の色を変えて探していたなどなんということだろうか。

「このような子供が聖女だというのか」

ガルドは頭を抱え込みたい衝動にかられながらもその真偽を確かめようとした。

「そうです。彼女は星型の大きなペンダントをしています。これが動かぬ証拠です」

アレックスはそう言って、パニーラが身に着けているペンダントを見せた。ガルドも近づいてそれをよくよく見た。ペンダントの真ん中には星があり、その星は水色で、周りには螺旋になったわっかが渦を巻いていた。かなり精巧に造られた銀細工のペンダントだ。そのペンダントは実に見事な出来栄えだったが、ガルドの悩みは払拭できなかった。

「はあ~っ」

部下の前では決して見せない落胆ぶりを彼はアレックス達の前で見せた。そんな隊長の様子にアレックスはびっくりした。こんな上の人でも悩むのかと目を疑った。

「聖女ジェラルイダインは子供ではありません」

ガルドが誤解したのを感じて、アレックスは慌てて言った。

「子供じゃないだと」

彼は目をしばたたきながら、またパニーラを見やった。しかしそこには子供の姿のパニーラしかなかった。パニーラも困ったような表情を浮かべながら、ガルドをじっと見た。

 そこでアレックスとアイリスは聖女ジェラルダインのことを話した。聖女ジェラルダインは本当は大人の女性だが、自らの身を守るために普段は子供の姿をしていることを話した。ガルドは真剣に話を聞いていたが、最後には眉をしかめた。

「そんなおとぎ話のようなことがあるのだろうか。おまえ達は悪い魔法使いに魔法でもかけられたのではないか」

「そんなことはないです!」

アレックスとアイリスは同時に叫んだ。間違いなくパニーラは聖女ジェラルダインであり、魔法を使う聖女なのだ。


アイリスも知らなかった世界を統治する能力というのも彼女の中には備わっているかもしれないのだ。

「しかしなあ、目の前にいるのは子供だからな。さて困ったな…」

二人の真剣さに圧倒され、ガルドはぐうの音もでなかった。けれども目の前の現実をどうしたものかと彼は悩んだ。王にこのまま隣国への戦をさせるわけにはいかなかった。それどころか、このまま今の王にこの国を統治させるのもどうかと思うのだった。今の王に代わる誰かがいるのだとしたならば、その人に従い、今の王を王位から引きずり落とすことも可能ではないかと思うのだった。ガルドが熟慮を重ねている最中、アイリスはパニーラにささやいた。

「ねえ、パニーラ。今あなたの中で聖女ジェラルダインはどうしてる? 彼女に言ってこっちに出てきてもらうことはできないかな。ここなら今安全だから姿を現してくれないかな」

「大事なこと?」

パニーラは首をかしげながらアイリスに尋ねた。

「ええ、とっても重大なことなの」

「分かった。パニーラ、聖女ジェラルダインに声かける」

そう言うと彼女はすっと目を閉じた。何やらぶつぶつ呟いていたが、急に眠くなったのか、その場にぱたんと座り込んだ。

「パニーラ大丈夫」

突然座り込んだパニーラにアイリスは気遣わし気に声をかけた。

と、とたんに真っ白な光が部屋全体を包んだ。ガルドは何が起きたのかと、顔をあげたが、眩しさのあまり、一瞬目を閉じてしまった。そして次に目を開いた時、彼の前には背の高い金髪の女性が立っていた。青い瞳が印象的な彼女はじっとガルドを見つめた。彼はアレックスやアイリスから何も言われずとも、その人が聖女ジェラルダインであることを肌で感じ取った。それくらい彼女の様子は高貴に威厳に満ち溢れていた。

「どうやら、私は君らに謝らないといけないようだ」

彼はアレックスとアイリスの方へと振り向いた。二人はかぶりを振って、黙って聖女ジェラルダインの次の言葉を待った。

「どうやら私を必要としているようですね、ガルド隊長」

聖女ジェラルダインは、部屋の中に置いてある椅子に腰かけると、ガルドに尋ねた。

「どうして私の名を」

彼は目を見張って、彼女に問うた。

「あなたの心を少し覗かせて頂きました」

彼女はにこりともせずに厳しい視線をガルドに投げた。

「あなたは私にこの国を統治してもらいたいと思っているようですね」

「それも分かっているのですか」

ガルドはびっくりしながらも感服した様子で彼女を見つめ返した。その言葉を聞いて驚いたのはアレックスとアイリスだった。

「本気で考えてるんですか、ガルド隊長」

アレックスはのどをごくりと鳴らしながら、口が渇いていくのを感じた。

「ああ、そのつもりだ」

今までの迷いを全て解いたガルドの声はしっかりとした口調だった。

「それはつまり王に逆らうということですか」

「あの方は今からもう王ではない。少なくとも我らの中では」

「我らって、僕達のことですか」

アレックスはつばを呑みこみながら訊いた。彼の脳裏に謀反という言葉がよぎった。

「そうだ。私達だけで王を捕えるのだ。そして彼女に女王になってもらう」

「待って下さい。私は女王にはなりません」

聖女ジェラルダインの意外な言葉にガルドは問うた。

「なぜです」

「私は単なるつなぎです。本当の王が在位に就くまでの代わりの者。その間だけの統治者となるのです」

「つなぎでよろしいのですか」

「私は本来外に出てはいけない者なのです。しかし今は緊急の時。それならばしかたのないことです」

「そうですか。それもお分かりならば、そのお言葉に従いましょう」

ガルドは聖女ジェラルダインに頭を下げた。

「アレックス。おまえは腕が立つ。この計画は私とおまえとだけで肩をつかねばならぬが、もう一人は剣の立つ人が必要だ。二人ではあまりにも人数が足りぬ」

「それならアイリスがいます」

「アイリス?」

ガルドは不思議そうな顔をしてアレックスの隣にいるアイリスを見やった。そこでアレックスはアイリスと手合わせして打ち負かされた話をした。それを訊いたガルドはにわかには信じられないといった表情をした。

「それは本当なのか?」

「はい、本当です」

「女だからといって手加減したのではないか」

「それは一切ありません。あれは真剣勝負でした」

アレックスの嘘偽りのない目を見て、ガルドはしばらく考えていたが、最後にはこう告げた。

「分かった。アイリス。君にも手伝ってもらいたい」

「私なんかで大丈夫でしょうか」

「君の兄がそう言うんだから、間違いない。彼を打ち負かしたんなら、自信を持ちなさい」

「はい、分かりました」

アイリスはおずおずと返事をした。話がとんでもなく大きなことへと変わり始めたことにアイリスは危機感を感じていたが、この国が争わなくてもよい戦を止めることができるならば、微力ながらも手伝いたいと強く思うのだった。

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