第13章正体
アレックスは押し殺したように黙っていた。それを心配そうに、アイリスは少し彼から離れた椅子に座って見つめていた。そんな二人の様子をパニーラが、不安そうな顔をしながら交互に眺めていた。
三人はルイザの容態が落ち着くと村長夫婦と医者を呼びに行った。駆けつけて来た彼らだったが、急に元気になったルイザを見てこれは奇跡に違いないとおおいに喜んだ。そしてすっかり容態のよくなったルイザに、医者はまたぶり返すこともあるかもしれないからしばらくは安静にしているようにと指示を出した。しかしそんな医者もこんなおかしなことがあるのだろうかと当惑した様子で頭を振りながら、家へと帰って行った。
そんなこんなで三人はルイザの部屋から出ると、三人に用意された部屋へと戻った。真実を知っているのはアイリス達だけだったが、三人の空気は張りつめていた。
アイリスはアレックスにパニーラの正体を明かさなければならないと思ったが、こうも頑なな態度をとられると話を切り出すのがつらかった。
気がつくと部屋の中が暗くなってきていた。夜になって気温が下がったせいか、たまに口を開くと息が白く、手がかじかんできた。アイリスは部屋の中にある暖炉に火を入れた。側に置いてある暖炉用の牧をくべると、炎がぱっと燃え広がり、部屋の中に明るさが灯った。それと同時に今まで黙り続けていたアレックスが乾いた声で呟いた。
「なぜ黙っていた」
アイリスはびくりと首をすくめると暖炉の側に座っているアレックスに視線を投げた。ちろちろと燃え広がる暖炉の火とは対照的に彼の顔には影が伸び縮みし、灰色の感情がまとわりついているように見えた。
「パニーラが聖女ジェラルダインだろ」
まるで刃物のように鋭い言葉で、アレックスは叫んだ。
「なぜそう思うの」
アイリスはごくりとつばを呑みこみながら訊いた。
「聖女ジェラルダインは星型の大きな銀細工のペンダントをしてるって話だ。パニーラの胸にあるのがそのペンダントだろ。それに僕はさっき魔術を目撃したぞ。大人の女に変身し、不思議な葉でルイザの命を救った」
「そうよ。パニーラが聖女ジェラルダインなの」
彼女は泣きそうになりながら答えた。
「じゃあ、なぜ僕に黙っていた。実の兄だっていうのに」
「そんなこと言ったってしょうがないじゃない。聖女ジェラルダインは命を狙われているのよ。いくら兄でも言えないものは言えないわ」
「僕がどんな思いで旅をしてきたか知ってるか。ずっと小さな頃から騎士を目指し、もうそれしかなる道を知らない僕にとってこの旅はまさに命がけの大仕事だった。僕が僕である理由そのものなんだ。それがなくなったら僕はどう生きていったらいいか分からない。それが君に分かるかい、アイリス」
アイリスは分かると言いたかったが、彼の迫力に何も言えなかった。
「僕が必死な思いで探していたのを知っていながら見て見ぬ振りをして、どういうつもりなんだ」
顔を真っ赤にしながらアレックスは怒鳴った。彼は拳を握りしめながら体を震わせていた。アイリスはアレックスの内からこみあげてくるような怒りに身をすくめた。
その時だった。真っ白な光が再び二人を照らし、金髪の女性が彼らの前に現れた。
「聖女ジェラルダイン」
アイリスは泣きたいのを堪えながら彼女の名を呼んだ。
「私のせいであなた方が仲たがいするのを見てはいられません。アレックス。アイリスは私の身を案じ、あなたにも私のことを秘密にしていたのです。責めるなら、私を責めなさい」
聖女ジェラルダインは心をとかすような優しい声でアレックスに言った。
「それはそうかもしれないが。二人して秘密にしておくなんてひどいじゃないか」
彼は傷ついた様子でアイリスと聖女ジェラルダインを見た。
「それは謝ります。けれどもあなたの心の内までは私達にも分からなかったのです。あなたは私を探している王の家来です。何としても私を王の前につき出すというならば身を隠しておくしかなかったのです」
それを聞いたアレックスは高らかに笑った。
「僕が王の前にあなたをつき出すと思ったんですか。アイリス、君もそう思ったのかい」
そう言われたアイリスは抑揚のない声で呟いた。
「そうは思わないけど、でも大事なことだし…」
「困るな。アイリスまでそんなこと思っていたなんて。何のために一緒に王のことを調べたと思っているんだい」
「それは…。じゃあ、聖女ジェラルダインをつき出したりしないのね」
アイリスはとたんにはっきりとした口調でアレックスに訊いた。
「当たり前だよ。人の命を救う人に悪い人はいないだろ。何かあるとしたら王の方だ。こうして一緒に旅をした僕が言うんだから間違いないさ」
「それならよかったわ」
アイリスはほっとして胸をなでおろした。急に気が抜けて彼女は疲れがどっと出てくるのを感じた。
「それでは私はまたパニーラの姿に戻るわ」
「その前にお礼を言いたいわ。ルイザの命を救ってくれてありがとう」
アイリスが喜びの気持ちを一杯にして心からそう言うと、聖女ジェラルダインは不思議そうな顔をした。
「私は何もしてないわ。あなたのルイザを助けたいという思いが、あの薬草の中には溢れていたわ。私の魔法は心なの。あなたのその心がなければあの葉は出てこなかったでしょう。あなたがルイザを助けたのよ。もっと自分を誇るといいわ。あなたは万能の薬草を見つけたのよ。ルイザのために」
言われたアイリスはぽかんとしてしまった。
『私が万能の薬草を見つけた!それは本当、それとも嘘…』
そうして今まであったことをアイリスは振り返っていた。両親や兄を助けたかった自分、そのために剣の腕を磨き、薬草を探し歩いた日々、念願の薬草探しの旅、いろいろな人との出会い…。
数えきれない出来事があった。そして今ようやく一つの結果にたどりついたのだ。万能の薬草は私の心の中にあったのだ。それに気がついた時、アイリスの両の目からは堰を切ったように涙があふれ、その場に突っ伏し彼女は泣いた。
側にはアレックスが寄り添い、実の妹を見つめていた。
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