終 章 パースート(追撃)
隣市ツォレス。
ルゴから千五百キロ以上離れている。
あの日。
地下からなんとか這い出してみると、私の赴任日から数えて七日目を過ぎるところだった。
レッキイたちのペイシェントパックを荷物車に載せ、ロミリオンの遺した黒いライナーホースで牽引したまま、この街にたどり着いたのはそれから三日後。
いまはさらにもう十日経っている。
クラッフワースと彼の娘リタを一緒に乗せてきていた。
ツォレスではルゴ消失の報を受け、調査隊と救出隊を出してくれた。
ルゴの住人たちは、他の都市に親戚や友人を訪ねた者を除けば、まだその大半がツォレスに寄留している。
もともとそう大きくもない都市なので、五千人近くもの人間が押し寄せれば、たちまち人口過多になると思いきや、意外にも避難民を受け入れてなお、余裕を感じさせる程だ。
基本人口の少ない都市だったらしい。
レッキイとホープの経過はやや良好で、まだ意識は戻らないものの、生命に別状ないと診断されている。
クラッフワースは脱臼をした後の無理がたたり、右手の機能は完全には戻らないと医者に言われたらしい。
目にもとまらぬ早撃ちを自慢としていただけに、当初はかなり落ち込んでいたが、ルゴ避難民によるルゴ再建委員会の結成で委員長に選ばれてからは、病院の会議室を借り、精力的に会合を重ねている。
嫌われ者の自警団団長であり、実は犯罪者の自分が市民に受け入れられたということにたいそう驚きつつ、実務を取り仕切るいまでは、その立場もまんざらではない様子に見えた。
私自身はと言えば、身体のあちこちに相当数の傷を負い、気づかぬうちに骨にヒビの入っている箇所やら、切り傷やら、裂傷やらで、外傷であれば全治二週間。
骨折部分は三ヶ月と言われている。
医者に一番驚かれたのは身体の色素異常で、先天的でないなら、原因不明の奇病だと宣告された。
外見上の変化も著しく、肌は血管が透き通るほど青白くなってしまっていた。
むろん、そうなった原因を話すつもりはない。
「ねえ、保安官。またルゴの保安官?」
病院の外庭で私はベンチに座っていた。
隣にいるのはクラッフワースの愛娘、リタだ。
「残念だけど、今度はちゃんとした保安官が来るだろうね」
期待に応えられないことを話す。
彼女は悲しげな様子に、落胆の気持ちを表現する。
「そっかあ、パパとお友だちになってくれるかと思っていたの」
「お友だちか」
「パパ、お友だちいないの」
私は彼女の頭に手を置くと、ゆっくり、小さな子にも理解できるように説明した。
「そんなことはないよ。リタのパパは、みんなに頼りにされている。みんなパパのことを立派な人だと思って、尊敬しているんだよ」
「そんけいって?」
それは難しい言葉だったか。私を見上げるリタの瞳は、きらきら輝き、私の顔がその中にごく小さく、丸く映っていた。
「その……えらいひとってことだよ」
「えらくなくてもいいなあ……わたしはお友だちの方がいい」
やつは武器マニアの犯罪者だ。
たしかに友だちはいないかも知れない。
しかし少なくとも、非常時に街を救おうとした男だった。
不正に得たものとはいえ、その地位と役職にふさわしい行動をとり、私財をなげうち尽力した。
命がけで都市の苦境と闘った。
君のパパは本当に立派な人間だよ。
そう彼女に伝えたくもあった。
「ねえ、保安官。それじゃ、リタとお友だちになってくれる?」
「もう、友だちじゃないか」
「違うわ。本当のお友だちは、お互いに生帯の番号を交換するの」
レッキイとホープの眠る病室を見舞う。
昨日やっと生命維持装置を外したばかりだ。
ふたりとも、静かに寝息を立てている。
結局、クローンかどうかは明らかにならなかった。
人間との間に生まれたのだとすれば、ハーフとでも言えばいいのか。
ともかく、彼女たちには、まだ居場所はある。
完治すればきっとルゴ再建の力になれるに違いない。
私はホープの枕元に最新式の暗視ゴーグルを置いた。
遅い見舞いの品のつもりだ。
ベッドを回りこみ、レッキイのもとへ近づく。
彼女は目をつぶっていても美しかった。
私は保留した結論のひとつにカタをつけるため、その唇にそっと口づけした。
「レッキイ、君を愛してる」
そうつぶやき、病室を出た。
病院のエントランスホールでクラッフワースに捕まった。
私を待っていたのだ。
「会議中じゃないのか?」
その質問には答えず、恐い目でやつは言った。
「リタに聞いた。……残ってくれねえんだな」
「ああ。残念だが」
「事情は理解しているつもりだが、……せめて目覚めるまで待ってやれねえのか?」
統合移民局の調査団がこちらに向かっているという情報を、クラッフワースの持つ非公式ルートで得ていた。しかし、やつの言う『事情』とは、それとは別のことを指している。
「実際に目覚めたふたりと会えば決心も鈍る。私は腰抜けだからな」
へっへっへと軽く声を出し、クラッフワースは笑う。
不思議なことに、この都市に来てから、あの凄みある笑顔ではなくなっていた。
「根に持つ野郎だ。次に会ったときは、セルバーボンの原液をぶっかけてやる」
私も軽く笑った。
ふたり並んで病院の建物を出る。
「次も茶色のベストで揃えるつもりか?」
「いや。……もう自警団はやらねえ。おれはカタギになるぜ。今度あんなことになりゃ、リタを守れねえ。まともに古物商でも営むさ」
今後再建されるだろう新たなルゴには、レックシステムは存在しない。
その心配はない。
それに、いずれ、また繰り返すことになるだろう。
そう簡単に人間は変われない。だからこそ人間なのだとも言える。
そんな懸念は表に出さず、素直にその決心をほめた。
「そうか、リタもよろこぶな」
「そうだといいがな。……なあ、マッケイ」
「なんだ?」
「保安官! 団長!」
突然私を呼ぶ声にふり返ると、病院前の小径で手を振っている若い男を見つけた。こちらに近づいてくる。クラッフワースは大声で挨拶した。
「おお、ダン!」
見覚えのある若者だ。
乱暴な運転をする入出管理事務所の若い職員。
いままでその名前さえ記憶にはなかった。
ダンは私たちのそばに来ると、破顔一笑のまましゃべりはじめた。
「ああ良かった! こんなところでお会いできるとは。実は伝言を頼まれてたんです。これを渡してくれって」
若者は上着の右ポケットから、小さな紙包みを取り出し、私はそれを受け取る。
中身は想像もつかない。
「誰からだ?」
クラッフワースは訊ねた。
「それは……」
ダンの返答は途中で止まった。
「ゆっくり手を出せ。そっとだ」
彼の腹部に火薬式拳銃の銃口を押しつけていた。
「マッケイ!」
くぐもった声を出すクラッフワースの脇で、ダンはゆっくり両手を挙げた。
右手にニードルガンを持ち、人なつっこそうな笑顔は見事な悪相に変貌していた。
元自警団団長は、驚きの表情を隠せない。
「……なぜわかった?」
「滅多に人の来ない都市の入出管理事務所に、係官は二人もいらないと思ったのさ。相棒が手練れの尾行者なら、この男だって何らかの協力をしているはずだ。……尾行者はふたりいた。でなければ私の全ての行動を監視しきれないはずだ」
ニードルガンをダンの手からもぎ取るようにして取り上げると、クラッフワースは自分のベルトを外し、手慣れた様子に突き転ばせた被疑者を後ろ手に縛る。
その背中へ片足を乗せると、続きを促すように質問する。
「それだけで?」
「もちろんそれだけじゃない。チョ・ナイス殺害の被疑者なのに、すぐ釈放されたのは、最初から私は犯人ではないと知っていたからだ。外から戻ってきた私は、緑色のライナーホースのことを調べさせ、他の出入り口についてこの男に尋ねた。ジェイスンは街にいると言っていた。行き先さえ分かれば、先回りもできる。おおかたジェイスンは私を先回りして、おそらくそこでナイスの死体を発見したんだと思う」
「……そう言えば、たしかにあのとき市長からすぐに釈放命令が来た。おれは直感的にあんたが犯人じゃないと分かったが、どうしてか不審に思っていた」
「おそらく、ふたりのどちらかが連絡したんだろうな」
クラッフワースに言いつつ、病院の警備員を呼んだ。
「おまえはジェイスンの仇だ。どこまでも追いかけていくぞ!」
連行されながら、ダンは紅潮した顔でいつまでも、叫び続けた。
その姿が建物の中に消えると、クラッフワースはあきれたように感想を述べる。
「逆恨みもいいとこだな」
ダンとジェイスンとは、いったいどんな関係だったのか。
単なる仕事仲間では、あそこまで私を憎むことはないだろうとも思った。
「あながち逆恨みでもないさ。直接手を下さなかっただけで、ジェイスンは私が殺したようなものだ。……ところで、さっき、なにか言いかけてたな?」
その問いに、クラッフワースはためらいがちに口を開く。
「その」
「どうかしたか?」
「……生帯の番号を交換しちゃくれねえか」
心なしか、やつの頬が紅く色づいたように見えた。
ツォレスの入出口で黒人女性の係官に都市の退去を申告する。
ここは南アフリカ系の市民が多い。
「お名前は」
「スルト・マッケイ」
「お待ちを……えと、ルゴ避難民の方ですね。ツォレスにはお戻りになりますか?」
答えるのに、少しだけ息をついだ。
「いや。あちこち回るから」
「またどうぞ来てくださいね」
ルゴの住民台帳は消滅して、自己申告の登録制で新しいものが作られつつある。
都市の再建にも意欲的に取り組もうと計画されている。
私も一応、そこに名を入れることにした。
もう、新しいルゴへ戻ることはないだろう。
でも、私にだってふるさとのひとつくらいあってもいい。
昔の誰かは、ふるさとは遠くにあるほうがいい、とも言っていたからだ。
生帯を使えなくなっていることは、クラッフワース父娘には黙っていた。右腕の端末から脳髄に接続をかけると、頭痛がするだけで、その先のプロセスに進展しない。
生帯基盤の故障か、もしかすると、私の肉体からテレパシー機能が消失しているのかも知れない……そんな予感もあった。
自分の生帯番号をメモ書きで渡し、相手の画像を記録した振りだけしておいた。
時間もないという理由で通話確認はさせなかった。
いずれにせよ、これもニーゼイのテレパシーに消されかけ、抵抗した影響だろう。
今のところ不便は感じないし、統合移民局にサイボックス経由で連絡されたり、追跡される可能性も低くなる。
これはこれでいいことなのだと、自分を納得させている。
出庫用のハンガーから吊り降ろされた六輪の黒いライナーホースに乗り込み、そのまま外に出た。
仕込まれていた追尾用の発信装置はクラッフワースの手により取り外されている。
係員の指示で、ゆっくり車輌を前に出した。
――ニーゼイは、寂しかったのかな
ふと、そんな気もした。
クローン人間として非情な使命を持たされていても、一度はそれを忘れ、家族や友人たちに囲まれ、人間らしい生活に馴染んだ身だ。
レックシステムと同化してからは、他者に対する怨恨を持ちながらも、彼の人間としての部分は、いつ来るかも分からない起動キーをひとり待ち続けることに耐えられなかったのではないか。
それゆえ自分の使命にこと寄せ、その使命を理解し、苦楽を分かち合う仲間を募ったとは考えられないだろうか。
ひょっとすると、いつか自分の肉親、自分の分身……クローンたちとの家族的共同体でも築き、ひとつの集落……都市を作ろうと考えたのかも知れない。
そんな、飛躍し過ぎた考えを巡らしつつ、私は自機をドーム入出口のプラットフォームへ載せた。
ランダム・レッカーの残骸はルゴ跡のシェルター奥に封印した。
ニーゼイによって解放されたもうひとりの私の姿は、どこにも見当たらなかった。
何を考え、どこに行ったのか、全く見当もつかない。
言えるのは、復活したレックシステムの連鎖は、いまだ途切れていないということだけだ。
【さばき】の鎖は、つぎはいつ、どこに繋がってしまうのか。
――それを探り、たぐり寄せ、断ち切る
それは、不当なさばきを創りだした誰かに押しつけられたものではなく、さばきの力を欲する誰かに与えられたものでもない。
むろん、さばく使命自体に強要されたものでもない。
それは、たとえ人為的にだとしても、この地上に生命持つ者として生まれた私自身の選択によるものだ。
だからこの先どのような結末を迎えようとも悔いはない。
ツォレスの外壁ゲートは大きく開いた。
先に広がるのは見渡す限りの平地だった。
その、どこか一点目指し、私はライナーホースを発進させる。
ゆるやかに、しっかりと。
もう迷わずに。
<了>
六日目のランダム・レッカー 九北マキリ @Makiri
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