旅館の夜

「…………風呂行こ」

いつの間にか外は真っ暗になっていた。

かなりの時間寝ていたようだ。

そういえば温泉に来るのってこれが初めてだっけ?

なにせ、家族で行く機会があっても俺は当時超がつく引きこもりだったから当然行けていない。

だから、残念なことに作法とかそういうのはマイクロプラズマほどもわかっていない。

「お嬢さん?こっちは男湯だよ?」

「え?」

あ、そうか。

「ありがとうございます」

出っ腹のおじさんに言われて、自分が今少女の身体だということに気付いた。

はぁ、やっぱりまだこの身体には慣れないな。

って待て。

なんか自然に女子風呂の更衣室に入ってきたけど、俺って中身は男なわけだからこれって不味いのでは?

そりゃ、男の象徴がないとは言っても、こっちの精神的にはいろいろとヤバイぞ?

だって、見てみろよ。

この肌色一色の空間を。

ここは女の聖域にして、男が決して足を踏み入れてはいけない禁断の楽園 エデン

「やっぱり男湯行こ」

この身体年齢なら男湯に入ってもおかしくはないよな?

「ダメだよ。あなたみたいな可愛い女の子が男湯なんて行っちゃダメだよ?何されるか分からないから」

「へ?」

聞き覚えのある声に振り返ると、よく見覚えのある、元同級生の顔があった。

「み、佳穂…………!?」

「ん?あれ?どこかで会ったことあったかな?」

ヤバっ!

気付かれたら不味い。

しょうがない。恥ずかしいが、バレてタコ殴りに遭うよりはマシだろう。

「い、いえ。初対面です。知ってるお姉さんに似ていたので間違えちゃいました」

「そうなの?」

ふぅ、なんとか誤魔化した。

あとはここからは逃げ切れれば…………。

「あ、雪麗さん」

………………ややこしいことしてくれるなよ。

奏杖さん…………。

「雪麗さんも温泉ですか?」

「う、うん。そうなんだ〜」

あんまり名前で呼ぶな!

瑞希がすっごい不審そうにこっち見てるんだけど!

「あなた雪麗ちゃんっていうの?」

ほら!喰いつた!

ここは誤魔化しても仕方ない。

「はい、相模雪麗です」

「なんで柚葉ちゃんの苗字で名乗ってるんです?雪麗さんの苗字って確か小羽根でしたよね?」

「おい、バカ!」

瑞希がぶつぶつとなにか言ってる。

いや、大丈夫だ。

見た目が全然違うんだ。

バレるはずがない。

「小羽根雪羅……。偶然……だよね?」

ほっ……。

「実は私の知り合いにも同じ名前の人がいるんだよ。ホントはその人も誘おうと思ったんだけど、絶対に行かないっていうと思うからやめたんだ」

「そ、そうなんですか……?ちなみに今日はお一人で?」

「ううん、サークルだよ。星空研究会」

なのに俺を誘おうと思ったと!?

バカなの!?バカなの!?

俺の人見知りを知らないわけでもないくせに!

「星空研究会ですか?ちなみに何をしてるんですか?」

ウチのリア充が喰いついた。

「メンバーは男三人の女三人と少ないんだけど、少ないなりに身軽だから山とか登ったりして星を見るんだぁ」

「ほうほう、三対三……これは恋愛の匂いがしますね」

「まあ、男三人女三人ならぴったりですしね」

そうかそうか。

あの浮いた話のなかった佳穂にもとうとう春が来たのか。

ここは元同級生として祝ってやらねば。

「な、ないない!そういう話は無いから!全然!」

「またまたぁ、ホントのところはどうなんですか?」

「ホントに無いんだってばぁ~」

え?無いの?

リア充どもは、とりあえず男と女が集まれば頭に花を咲かせるはずなんだけど。

そんな事より、最近奏杖さんのキャラがどんどん変わっていってしまっているような気がする……。

あの礼儀正しかった奏杖さんは一体どこへ行ってしまったのか……?

「そういえば、雪羅さん。柚葉ちゃんはどうしてるんですか?」

「ん?柚葉ならまだ寝てるけど?」

出てくるとき、捲れていた服を直してやったから間違いない。

「……柚葉?」

「「あっ」」

しまった。

そういえばさっき奏杖さんが柚葉の苗字は相模とか口走ったんだった!

あの相模柚葉がこの旅館にいるなんてバレたら大変なことになるぞ!

「あ、ごめんね。その名前にはいい思い出がないからつい……」

ついってなんだよ!

ビビらせるなよ!

でもそうだよな。

あんな雑談みたいな会話いちいち覚えてるわけないわな。

奏杖さんも同じことを思っているのか、ホッとしている。

「ところで、相模柚葉ちゃんだっけ?一人にしちゃっていいの?」

「「ぶふぅ!!」」

覚えてらっしゃった!?

っていうかこの名前に無反応とかどんだけ鈍いんだよ!

「は、はい。あれでも一応は高校生なので大丈夫だと思います」

「そもそも部屋を出ないし。あいつは」

「へ、へぇ。……そういえば相模柚葉ってどこかで聞いたことのある名前なんだけど……」

「「気のせいです!」」

お願いだから気のせいということにしておいてください。

「そ、そうだよね……うん」

俺と奏杖さんは二人して息を吐いた。

「じゃあ温泉入ろっか?ユキちゃん」

「えっ!?」

「あれ?温泉入りに来たんじゃなかったの?」

「そうですけど……」

奏杖さん!助けて!

「私はもういいですけど、明日は一緒に入りましょうね♪」

助けを求める視線は完璧にスルーされた。

つまり、見捨てられた……?

「そう?それじゃあまた明日ね?じゃあ行こっか、ユキちゃん」

「いや、ダメだって!後悔しますよ!後悔するぞ!?奏杖さん助けて!」

「行ってらっしゃい」

しかし伸ばす手をつかむ者はだれ一人いなかった。

「ユキちゃん、背中流してあげるね」

「いやぁぁぁぁあ!!!!」

そして俺は楽園という名の地獄に引きずり込まれていった……。

ちなみに、佳穂さんの胸はかなり大きかったです…。


「夜ですよ!」

「夜だな」

「ふぁ~。夜だねぇ~」

ついさっきまで爆睡をしていた柚葉は、もう夜の二時だというのにとにかく元気だった。

そして、到着早々温泉に直行し、出た後もレトロゲームで遊びまくっていた奏杖さんは凄く眠そうだ。

「旅行の夜と言ったら怪談です!というわけで百物語をやりましょう!」

「嫌だよ面倒くさい。それに百物語って夏の定番だろ?今は冬も冬、真冬ちゃんだぞ?そんな事より、奏杖さんが今にも落ちそうだしもう寝ないか?」

「嫌です!せっかく旅行に来たというのにそれでは面白くありません!」

「せっかく旅行に来たのに、半日ずっと部屋で眠りこけてたのはどこのどなただったかな?」

「先輩だって似たようなものじゃないですか!」

「悪いけど、俺は六時に起きて温泉に入ってきてるよ。だから俺も眠いんだよ」

「お願いです!寝ないでください!実は寝すぎで全然眠くないんです!一人で起きているなんてどんな拷問ですか!?」

「お前が悪い。ほら、奏杖さん、自分の部屋に戻りなさいな」

「ふぁ~い」

気の抜けた返事を残して奏杖さんは部屋を去っていった。

さて、次はこの大馬鹿を何とかしなければいけないな。

「先輩先輩先輩!やりましょうよ百物語!まず私から行きますよ?昔々あるところに……」

「ちょっと待て、お前百物語ってなにか知ってるか?」

明らかに柚葉が語ろうとしているのは日本昔話だ。

しかもあれっていろいろセットが必要じゃなかったっけ?

蝋燭とか鏡とかその他もろもろ。

しかも今日は新月どころか綺麗な満月だし。

まぁ最悪、遊びでやる程度ならその辺はどうでもいいんだろうけれど、流石に昔話は無いだろ?

「百物語って複数人で何でもいいから物語を百個言えばいいんじゃないんですか?」

「違う、百物語は怪談を百個語るんだよ。なんでそんな中途半端な知識なの?天才じゃなかったの?」

「失礼な。私はれっきとした天才ですよ!ただ、そういう友達とやる遊びを私はしたことがなかったので勘違いしただけなんです!むしろ、なんで私と同じく友達がいないはずの先輩が知ってるんですか?」

「おい、失礼はどっちだ?まぁ事実だから強くは否定できないけど……。俺の場合はアニメでやってたのを憶えてただけだ」

「アニメですか。なるほど、先輩の無駄に詳しい知識はすべてアニメで仕入れたということですか?」

「そう言っても過言ではないと思う」

最近のアニメは雑学やら屁理屈を多く使ってくるからな。

嫌でも覚えてしまうんだよ。

「では先輩、ババ抜きをしましょう!」

「あれ?百物語はどうした?」

「私、実は結構霊感が強いらしんです」

「ほう」

普通は信じないけれど、柚葉ならもしかすると本当かもしれないと思えるから辛い。

「なぜか怖い話を聞くと、全身の毛が逆立って、体が震えだすんです」

「ビビってるだけじゃねぇか!」

相模柚葉、霊感なしっと。

「ちなみに、この間PCの画面に私のドッペルゲンガーが映ってました」

「単に自分の姿が反射しただけだ!」

「PCで珍しく仕事をしていたら、足に何かが引っかかったんです。それからしばらくすると、いきなりPCの電源が落ちてびっくりしました。あれはきっと霊の仕業です」

「それ、単にコードを足で引っ掛けて抜いただけだろ!?」

「実は最近体重が少し増えまして……」

「運動しろや!」

なんでもかんでも幽霊にするって、あれか?妖怪●ォッチですか?

幽霊のせいなのね、そうなのね!

黙らっしゃい!

「で、なんでまた、よりにもよってババ抜きなんだ?二人でやるババ抜きはトランプゲーム一つまらんぞ?」

「私、トランプなんてほとんどやったことがなくて、家族でババ抜きをしたのが最初で最後でした。それ以外のゲームはルールすらわかりません」

「やめてくれ!お前が一つトラウマを話すごとに俺もまた傷ついていく……」

生きてきた状況はホントにほとんど一緒だった。

実は俺も妹様とババ抜きをしたのが最初で最後で、他のゲームのルールは漫画で覚えた。

思えば修学旅行の時、みんなはトランプに誘われていたのに俺だけ誘われなかったんだよなぁ。

まるで俺はいないもの。

というか、彼らの世界には小羽根雪麗という人物は存在していないのだ。

いや、別に俺はそれについて怒るつもりはない。

今だって世界のどこかで誰かの命が失われているが、俺は全く悲しくない。

それは、その人が俺の世界の中にいなかったからだ。

結局人間は、自分の身内のことにしか関心がなく、身内以外がどうなろうと知ったことではない。

例えば、俺があるビッチを泣かせたとしよう。

そうなると、向こうに百パーセントの非があったとしても、そのビッチの友人達は一斉に俺を責め立てる。

学校あるあるの内の一つ、ビッチ共による『ちょっとぉ、早く○○に謝んなさいよ!』現象こそ、身内贔屓のいい見本である。

「む〜。トランプがダメだというのなら仕方ありません。王様ゲームをしましょうか」

「どうしてお前はそう二人でやるゲームじゃないものばかり挙げるんだ!?」

「そんなの、一人でやるゲームでもないからに決まってるじゃないですか?」

確かに!

その後約四時間、俺達はババ抜きと王様ゲームをたった二人で続けた。

感想を言うと、_____________普通につまらなかったです……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

未題 サトウタロウ @sin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ