湯煙温泉大事件
上
到着、温泉旅館
「探し物はなんですか?」
「見つけにくいものですか?」
「カバンの中も」
「机の中も」
「「探したけれど見つからないのに~」」
「お前ら、随分仲良くなったな……?」
バスに揺られながら、彼の名曲『夢の中へ』をなぜかデュエットしている柚葉と奏杖さん。
っていうかなんでそのチョイス?
あれって確か七十年代の曲だろ?
「別に仲良くないですよ!ただ私もこの曲が好きなだけです。先輩に「僕と踊りませんか?」なんて言われた日には……もう死んでも構いません!」
俺からしてみれば、あれは堕落へ誘う弱さとそれに対抗する人間の心を表した深い曲にしか思えないんだけど……。
なにかを成し遂げようとするとき必ず堕落の誘惑が襲ってくる。
それでも必死に成し遂げようとする……そんな歌だと俺は思っている。
昔俺もこの歌を聞いて、自分の弱さを自覚させられた。
「そんなことないですよ。私から言わせてもらえば出会った当初に比べて随分仲良くなったと思いますよ?」
「自意識過剰もそこまでいくと清々しいものですね。私とあなたの仲がいい?やめてください。敵と仲良くするつもりはマイコプラズマほどにもありません!」
またよく分からない例え方をする……。
※マイコプラズマとは、簡単に言うと非常に小さい細菌の一種である。
「それでも柚葉がここまで話せる相手っていうのも珍しいんだ。正直それだけで驚きだ」
「そうなんですか?」
「あぁ、俺は柚葉が俺以外の人とこんなに話したところを見たことがない」
「ということは、私も柚葉ファミリーの仲間入り……」
「なんですか柚葉ファミリーって!?」
「この世にはびこる悪を片っ端からやっつけて…………」
「世直し隊ですか!?柚葉ファミリーって世直し隊なんですか!?」
「荒ぶる魑魅魍魎を薙ぎ倒し…………」
「まさかの陰陽師!?」
「世界を牛耳るその正体は…………柚葉ファミリー!!!」
「もう死んでください!お願いします!」
奏杖さんが絶好調だ。
あの柚葉をもってしてもツッこまざるを得ないとは…………。
出会った当時のまともな奏杖さん、カムバック…………。
「お、そろそろ着くんじゃないか?」
機械的なアナウンスの声は、目的地を読み上げる。
「うわぁぁ!!雪ですよ!雪麗さん!」
「雪程度で興奮しすぎです。子供ですか?」
カーテンをフルオープンにして騒ぐ奏杖さんに大して、外に全く関心を持たない柚葉。
柚葉はホントに冷めてるなぁ。
つうか凍えてないか?
「奏杖叶!早くそのカーテンを閉めてください!広い景色は苦手です!」
あー、凍えて震えてたんじゃなく、恐怖で震えてたのね……。
「柚葉ちゃんってもしかして重症ですか?雪麗さんが倒れた時もちょっと震えてましたし」
「あぁ、なんというか引きこもり歴が長いといろんな弊害が出てくるんだ。今回の場合は多分
「高所恐怖症ですか?」
「『高い』じゃなくて『広い』だけどね。これに陥ると、外が怖くて、尚出られなくなる。いわゆる悪循環だ」
「雪麗さんも元は引きこもりだったんですよね?どうやって克服したんですか?」
「俺か?俺もまだ克服なんてできてない。ただ恐怖の対象から逃げてきただけだ。正直まだ、外を歩くのは怖いんだよ」
だからこそ柚葉の世話役を兼ねてリハビリしてるわけだし。
「治すためには結局慣れるしかないんだよ」
そうこうしている内にバスは旅館前で停まった。
「柚葉、降りるぞ?」
「無理です。やっぱり私帰ります……」
目が死んでた。
それはもう、長江並に濁ってしまっている。
「帰るって言っても、このバス家まで送ってくれないぞ?」
「大丈夫です。世の中金でどうにもならない事なんてありませんから…………」
「なら、お前の精神状況も金の力でどうにかしてくれよ!」
「残念なことに私の周りには、聖なるバリアマネーフォースが張られているため、私に対して効果はありません」
「なんだよそのある意味強そうなうえに、どこかで聞いたことのあるバリア!?」
「ちなみに、私の化身は福沢ユッキーです」
「馴れ馴れしいな!おい!」
「必殺シュートは《
「もうやめろ!これ以上は危険だ!いろんな意味で危険だから!」
「そして未来人が襲ってきたら叫ぶのです。アームどわはっ!」
これ以上はホントにダメだと思って、ひっぱたきました。
部屋に着いて早々柚葉が大声で言った。
「温泉旅館といえば密室殺人事件です!」
「不吉なことを口走るな!」
「痛いです……。叩かれました。最近先輩が荒れてます」
「誰のせいだと思ってるんだ?」
「だって名探偵コ●ンではテッパンですよ?旅館で密室殺人。題して『相模柚葉湯煙密室殺人事件!part1』」
「どこからツッコンでいいのか分からんが、取り敢えずコ●ンくんネタ多すぎないか?お前」
俺が少女化した理由も確かコ●ンくんネタのせいだよな。
「マジリスペクトっすです」
「『っす』すがついてる時点で『です』は要らないんだが?」
なんとなくだが、柚葉も温泉に来てはしゃいでいるらしい。
いつにも増して面倒臭いから間違いないだろう。
「さて、旅館についたことですし、まずは」
「温泉に入ろー!」
「寝ましょう!」
「「え?」」
なんというか、これがリア充と引きこもりの発想の違いなのだろうか?
「えっ!?せっかく温泉に来たのに寝ちゃうの!?」
「むしろせっかくゆっくり休めるというのに寝ないんですか!?」
確かに奏杖さんの言うことも一理ある。
しかし、今日は朝が早かったせいでとてつもなく眠い。
休めるのなら今すぐ寝てしまいたいほどに眠い。
それに、六泊もするのだから温泉に入る時間はいくらでもある。
それにしても、六泊はしすぎだろ?
いくら柚葉が旅館を全額払ってくれると言っても、流石に七日間も旅館にいると飽きそうだ。
「じゃあ多数決で決めよ。雪麗さんもそれでいいですか?」
「あぁ、いいけど…………」
流石クラス委員。
仕切りたがりな性格が露見している。
「愚かですね。結果の決まっている勝負を挑むとは」
「それじゃあ、まず温泉に入るべきだと思う人、挙手をしてください。はい!…………あれ?」
挙手したのは奏杖さん一人。
柚葉はまるでこの結果が最初から分かっていたが如く、勝ち誇った笑みを浮かべる。
俺はといえば、気不味さから奏杖さんを直視できずにいた。
「あ、あれ?まあいっか。次、このまま寝てしまいたい人は挙手してください」
「「はいっ!」」
「雪麗さん!?」
ごめんよ奏杖さん。
俺はどちらかといえば柚葉側の人間なんだ。
「決まりですね。さて先輩、一緒に寝ましょう!」
「なんで?二部屋取ったんだよな?俺は違う部屋で寝るぞ?」
「何を言ってるんです?元より部屋分けは私と先輩のペアと決まってるんですよ!」
「いや、男女で同室とか問題あるだろ?」
「今更それを言いますか?この三ヶ月ずっと同じ部屋に住んでたんですよ?今更何が起こるとも思えません。それに、危険と言うのなら小さな女の子を一人で居させる方が危険です。とはいえ奏杖叶と一緒というのは不安が残りますが、私ならば今までの実績からして何の問題もないでしょう。更に言うのなら、先輩は私の世話役なんですよ?ならば食べるも一緒、寝るも一緒、死ぬも一緒です。なにか異論はありますか?」
「うっ…………」
せ、正論……。
まさかの全部正論。
「一つだけ異論を唱えるのなら、死ぬのが一緒なのは嫌だなぁ〜」
「ま、まぁいいでしょう。先輩は了解しました。あなたはどう思いますか?クラス委員奏杖叶」
「ここまで正論を並べられると反論のしようがないよ…………」
「決まりですね。というわけですからさっさと出て行ってください。ここは既に私と先輩の愛の巣なんですから!」
「いや、それは違うから」
ここ大事。
「別にゆっくりしててもいいぞ?」
「いえ、ここからは自由行動にしましょう。私、ちょっと温泉に入って来ますね」
「そ、そっか」
俺は部屋を出ていく奏杖さんの背中をただ見つめているだけだった。
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