プロローグ

ここから始まる物語

「できましたぁぁぁぁああ!!」

「うわっ!なんだよ急に?」

まあ柚葉の奇行は今に始まったものでもないのでそこまで気にはしないけれど。

「先輩、今何気に失礼な事考えませんでしたか?」

「いや、柚葉は天才だなぁとしみじみ思ってたところだ」

「そうですか。それなら良いです」

へ、天才のくせにちょろい女だな。

「やっぱり失礼な事考えてますよね!?」

なんでこんなに無駄に鋭いんだよ!

「そ、そんな事より何ができたんだ?」

「あらか様に話を逸らしたようにしか見えませんけど、まあいいでしょう。実はとうとうできたんですよ!」

「だから何が?」

「聞いて驚いてください!人間の身体を少女化させる薬ができたんです!」

「……は?」

少女化?そんなの何に必要なんだよ?

またか!?また才能の無駄遣いか!?

そろそろ国の偉い人に怒られるんじゃないのか?

「この間『少年サ●デー』を読んでたんですが、その中の作品の一つに薬で幼児化してしまった高校生探偵の話があったんですよ。で、そこからヒントを得て作ってみました!」

俺の心配をよそに、豊満な胸を張って自慢する。

ホントに、なんでそんな無駄な開発ばかりするのだろうか?

「というわけで先輩、薬の臨床試験に協力してください!」

「嫌だよ!?なんで少女化とかしないといけないんだよ!それにあれって厚生労働省の承認が必要だろ?勝手にやっていいのか?」

「バレなきゃいいんですよ、バレなきゃ」

「ダメに決まってるだろ!?どうしてもやりたいんだったら自分でやれ!」

「先輩、それじゃ意味がないじゃないですか。私だってまだ、薬を使うまでもなく少女なんですよ?失敗する確率の方が高いじゃないですか!……ふふふ、これで先輩は私だけの____」

「逆に俺でやって成功したらどうするつもりなんだよ!?某漫画では二十年以上たっても一向に高校生に戻る気配がありませんけど!?っていうか、最後なんつった!?」

「安心してください_____」

なんだ?あの漫画とは違って既に解毒薬があるとか?

かすかな期待を抱いたのが間違いだっただろうか?

「____私はたとえ先輩が少女になっても愛し抜く自信がありますから!」

「いい笑顔でなに言ってんの!?」

まあ、こうなるわな!

「というわけで、ググッとどうぞ!」

「ビールを進めるが如く言うんじゃない!やめろ!近づけるな!」

誰か助けて!

って言っても助けてくれる友人なんていないんだけどね!

「分かりました……そこまで先輩が嫌がるならもう無理強いはしません」

「柚葉……」

少女化は絶対に嫌だけど、あんなに悲しそうな顔をされるとこっちとしても罪悪感が生まれてしまう。

「柚葉、その_______」

「えいっ!」

「むぐっ!?」

油断した!

俺の口が開いたのを見計らって柚葉が俺の口に薬を投げ込んできた。

口に含むと、カプセルは自然に溶けていき、口内に薬の苦みが走る。

しかし、

「なにも起こらないな?」

身体に何の異常もない。

これはもしかして。

「そんな……失敗……」

落ち込む柚葉に、俺は満面の笑みで近づく。

「まああれだ。天才と言えど失敗はあるということだな。これに懲りたらもうあんな謎の薬作ろうとしないことだ……な………」

急に頭に靄がかかった。

「せ、先輩?どうしました?先輩!?」

頭がくらくらする。

体中が熱い。

まるで骨が溶けていくみたいだ。

ヤバい……いしき………が……。

闇に飲み込まれた。


見慣れた天井。

ここは……アパートか?

「先輩?目が覚めましたか?」

「あぁ、まだ頭はちゃんと回ってないみたいだけど」

「みたいですね。取り合えず水をどうぞ」

「サンキュ」

コップ越しとはいえ、水の冷たさが気持ちいい。

水を一気に飲み干すと、冷たさで頭がだんだん冴えてきた。

「先輩、お腹は空いてませんか?一応コンビニでお粥を買ってきました」

あの柚葉が?それも一人で?

そんなバカな。

あの根っからの引きこもりが一人で外に出られるはずがない。

「今先輩が考えていることは大体わかります。私が一人で外に出られるはずがないと思ったのでしょう?」

素直に頷く俺を見て、柚葉は自虐的な笑みを浮かべる。

「半分正解です。先輩が急に倒れて、パニックになった時にあの女から電話がきたので先輩が倒れたことを伝えました。そしたら飛んできて私に指示したり、買い物に同行してもらったりしました。多分私一人だったらどうしようもなかったでしょう。ですから今日だけはあの女にもお礼を言いました」

そうか、奏杖さんか。

って今日普通に平日だよな?

俺が倒れたのが午前中だったから……奏杖さん大丈夫なのか?

「あ、雪羅さん。目が覚めたんですね」

「なっ!まだいたのですか!?もう帰ってもいいと言ったじゃないですか!」

「私ももう少しいると言ったと思うんだけど?」

「あなたに選択権なんてないですよ!」

「そうなんだ。柚葉ちゃんが涙声で助けを求めるから三年間の皆勤をなげうってまで駆けつけたというのに、私には選択権はないんですか」

「うっ……それはできれば言わないでほしいです」

すんませんすんませんすんません!

「それに、雪羅さんを、こんな姿にした張本人と一緒にいさせるなんて怖くてできないよ?」

「こ、これは新薬の臨床試験で……」

「無断で?」

「……はい」

ちょっと待って!

ちょっと何!?こんな姿って!?

何なんだよ!

「先輩、すみません。どうやら成功していたようです」

嫌な予感。

嫌だ!聞きたくない!

「実は、少女化の薬の効果はばっちりでその……先輩は少女化しました!すみません!」

ど、土下座!?

あの無駄にプライドの高い柚葉さんが土下座したよ!?

って違う!そこじゃない!

少女化したとは!?

「どうやら、効果が表れるまでに多少時間があり、効き始めると発熱等の重い風に類似した症状が出るみたいです。そしてそれが治まるとこうなるようです」

俺に手鏡を貸してくれる奏杖さん。

ありがたく受け取り覗き込むと、そこには少女の顔があった。

それも、柚葉や奏杖さんにも劣らない美少女。

「誰?これ?」

涙声になりながら、一応確認するが、

「残念ながら先輩です……」

髪の色は変わらず黒で腰まで伸びており、身長は大体百四十そこそこ。

肌は絹のように真っ白でシミ一つない。

妹様に似てはいるけれど、全く違う女の子の姿がそこにはあった。

「死んでいかな?」

「お願いです、それだけはやめてください。私個人としてはこれでも十分に愛することはできますが、今の先輩を見ていると可哀そうで見ていられません」

「俺が一番現実を見ていられないんですけど!?」

「はい、何とか解毒薬を開発中なのですが、少なくとも二週間はこのままで生活することになりますね」

「ふざけるな!俺の大人の楽しみを返せ!酒飲んでエロ漫画読む生活を返せ!」

「雪羅さん……」

なんだ?

なんで奏杖さんは俺を悲しそうな目で見るの?

別に普通だよね?

成人した男のすることって大抵酒飲んでエロ本読む生活だよね?

「はい、当然こうなった責任は取るつもりです。ですが二週間だけ待ってもらえませんか?二週間で何とか解毒薬を作ってみます」

そう言う柚葉の目はいつになく真剣なもので、俺もつい頷いてしまう。

「ありがとうございます。ですが、二週間ただ待つのでは退屈だと思うので、何かその姿でないとできないことをやってきたらどうですか?」

この姿でしかできないこと。

そう言われて思いつくものなんて全くない。

むしろ子供になったことで合法的に働かなくてもよくなったわけで。

「いつも通り柚葉の世話をするよ。別にやりたいこともないし」

「先輩……やっぱり先輩はツンデレですね」

「黙れ」

頬染めるんじゃない!

「えっと、雪羅さんってツンデレなんですか?」

「黙れ!」

そうやって実在する人物に属性添付するのやめてくれませんかね?

だいたい俺程度でツンデレなんて言ってたら、ウチの妹様は超ツンデレだ。

「取り敢えず、明日から冬休みなのでどこかに遊びに行きませんか?」

「「はぁ?」」

珍しいこともあるもんだな。

まさか俺と柚葉がハモるだなんて……。

「奏杖叶!あなたはバカなんですか?私は外に出る気はないと何度言えば分かるんですか!」

「それにこの時期外は寒いじゃないか!風邪を引いたらどうするんだ!」

「二人とも大袈裟過ぎませんか?今年はまだ暖かい方ですよ?」

大袈裟だ?

何を言っているんだ?

今は十二月、つまり真冬だ。

俺たち引きこもりの冬は暖房の効いた部屋で快適に過ごすもの。

そんな引きこもりに寒さへの耐性なんてあるはずもない。

「それに、外に出ないから余計風邪になるんです。というわけで温泉旅行に行きましょう!」

「「なんで!?」」

「楽しいですよ?みんなで旅行」

「いや、そういう問題じゃなくて、明日からって旅館の予約もしてないし、足もないしどうやって行くつもりなんだよ?」

「そこは柚葉ちゃんに頼めば何とかなると思います」

「なんで私が____!」

「無断臨床試験。流石の柚葉ちゃんでもバレたらいろいろ不都合があるんじゃないかな?」

「脅すんですか?」

「まさか。柚葉ちゃんなら脅さなくても快くやってくれるでしょうから。なにせこれは柚葉ちゃんにも有益な話なんですよ?」

「私に?」

「はい、旅行といえば男女の関係が進歩すると言われる重要イベント。この旅行をきっかけに雪羅さんとの距離もぐっと縮まって……」

「やります!」

「即答!?」

思わずツッコんでしまったけど、何だろう?今の会話は。

あの、人を乗せるテクニック……奏杖さんは詐欺師に向いている性格だな。

柚葉が落ちた今、抵抗できるのは俺のみ。

柚葉が行くのなら、世話役の俺も必然的に行かなければならない。

なんとしてでも止めなければ。

「いや、よく考えてみろ。男と一緒に旅行なんて何か間違いがあったらどうするつもりだ!?」

「なにを言ってるんですか?雪羅さん。間違いなんて起こり得ませんよ?だって_____男なんていませんから」

「いや、俺だって一応男なんだ……けど………はっ!」

そうだった!

旅行を止めることで頭がいっぱいだったからすっかり忘れてたけど、俺って今柚葉のせいで少女化してるんだった!

「だったら尚旅行なんて行ってる暇ないだろ!?ここで解毒薬作れよ!」

「先輩、解毒薬は一か月ほど待ってください」

「ふざけんな!」

「大丈夫ですよ雪羅さん。可愛いですから!」

「なにが大丈夫なの!?可愛いとか男として大丈夫じゃないでしょ!?」

「可愛いければすべてが許されます!」

「お願い!初対面の時のまともな奏杖さんを返して!」

「バスの予約と旅館の予約取れました!」

「「はやっ!?」」

もう……ダメだ……。

何を言ってもこの決定が覆りそうにはない。

「分かったよ!分かりました!行きます!行けばいいんでしょ!?」

「「はいっ!」」

俺は嫌々旅行計画を承諾したのだった………。

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