第237話 名実146 (347~348 伊坂恐喝犯に迫る2 架空口座名義の意味)

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作者注・これより相当前の話が伏線として出て来ることになります。推理小説としては異様な長さのため、伏線が記憶の中から完全に飛んでいることも当然なので、あえて伏線を明示してソースを示しておくことにさせていただきます。やや野暮なことではありますが、当小説の事情からすると仕方ないことと思い、ご了承ください

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 ソファーに座ったまま、何を調べているかも敢えて聞かずに、ただ様子を見ていた吉村は、上司の状況にさすがに何かあったと思い、

「どうかしたんですか?」

と、立ち上がって支店長席の方へと歩み寄った。


 そして、項垂うなだれたままの西田を尻目に、ノートパソコンの画面を覗き込んだ。そこには、検索サイトのページが表示されていて、既に何か検索した結果が羅列されている様だったが、検索した文字をしかと見ると、架空口座の名義である「福田房次郎」の文字を確認出来た。そして、それを踏まえた上で、検索結果を改めて見て数秒考えた後、「あっ」と小さく叫び、西田を問い質す。

「この福田房次郎ってのは、本当に……こいつなんですか?」

「ああ……。一時期、福田姓だったことがあるのは知っていたが……。まさかな……」

西田が何とか発した回答を以て、吉村は机に両手を付いて、ガクッと肩を落とした。


 2人の刑事の「異変」に、さすがの鈴原支店長も何かあったと勘付き、

「どうかしましたか?」

と尋ねてきた。さすがに項垂れたままだった西田も、無視している訳にも行かず、

「ちょっと、気になることがありまして。……でもご心配なく」

と、顔を上げ、何とか気丈に返してみせた。ただ、吉村の方は相変わらずショックを受けていた様で、肩を落としたままだった。


 何とか気を取り直した西田は、吉村の肩に軽く手を置いて席に戻る様に促し、吉村もそれに応じて、2人は席へと戻った。鈴原もその後からソファーへと戻ったが、相変わらず気を落としている2人相手に、どうやって話を切り出すか、考えあぐねている風だった。だが、西田達は当然それにも気付かず、しばらく3人の間には会話は一切無かった。


 しかし、さすがにそのままで居ることも出来ず、西田が、

「この防犯カメラの人物は、その後は北網さんの方には?」

と口を開くと、

「少なくとも、直接的に怒鳴り込んで来るということはなかったはずですね。私共の支店の方には、それ以降文句も無ければ、一切の問い合わせもありませんでした」

と返答した。

「こちらの防犯カメラの画像は、網走支店さんに最初で最後に怒鳴り込んできた時のものなんですね」

「ええ。まず遠軽支店のATMで下ろせず、あっちの支店の職員に確認したところ、口座管理してる網走支店で凍結してるって説明を聞き、網走支店の方に怒鳴り込んで来たって話を、うちの窓口職員にしていたそうでした。その後、私が居なかったものですから、今は転勤で居ない次長が対応して、そのまま諦めて出て行ったという顛末だったそうです」

西田の質問に対する鈴原の回答を以て、2人は最後通牒を受け取った形になった。


 西田が架空口座名義の「福田房次郎」と検索した結果、パソコンの画面に羅列されていたのは、「北大路魯山人」の名前だった。そして防犯カメラの画像に映っていたのは、小料理居酒屋「湧泉」の大将である、相田泉だったのだ。


 まさか、そこに大将が映っているとは、にわかには、2人は信じられなかったが、西田がインターネットで検索した結果で99%確信し、ATMで下ろそうとしたのが遠軽支店だったことで、100%否定しようがない結論に達したというものだった。


 西田と吉村が画像を見た直後には、不鮮明とは言え、大将にそっくりの人物が映っていると思ったものの、さすがに本人ではなく別人だろうという思いが交錯していた。しかし、その時西田の脳裏に、7年前、辺境の墓標で佐田実らしき遺骨を発見した後のことがよぎっていた。正式な鑑定結果が出るまでの間、取れなかった夏休みを消化する為、札幌の自宅に急遽戻っていた際のことを思い出していたのだ。


 丁度、妻子と共に訪れたデパートで、「北大路魯山人展」が開かれていた。北大路魯山人については、その直前に、美食家としての彼に心酔している大将から、彼の製作した器などを見せてもらっていたこともあり、時間潰しに丁度良いと見学していた。


 食器としての陶器を始めとした様々な彼の製作物と共に、北大路魯山人が家庭人としては不遇の人生を送っていたこと、並びに北大路魯山人が家庭崩壊から、幼くして北大路家から養子として幾つかの家庭をたらい回しされた後、6歳で福田家に養子として入って、33歳までその名字で生活を送っていたことを知った(伏線・後述)。因みに北大路魯山人の本名は北大路房次郎であった。


 そして、画像に映った、福田房次郎名義の架空口座の持ち主である、大将らしき人物を確認した後、突然その時の記憶が蘇り、気になって「福田房次郎」で検索してみたのだった。その結果が今、2人を失意の底へと押しやっていた。


※※※※※※※伏線後述


https://kakuyomu.jp/works/4852201425154922648/episodes/4852201425154980060


※※※※※※※


 それから後のことは、正直言ってほとんど記憶に残らないまま、鈴原からの事情聴取を終え、西田と吉村は車で帰路に着いていた。


 言うまでもなく、2人の間に会話はほぼ無いまま、西田は助手席で架空口座の取引履歴を改めて眺めていた。様々な福祉団体に対する定期的な寄付の振込は勿論、恐喝初期に、増山石材店という口座に200万円振り込んでいるのを確認していた。


※※※※※※※


 昭和52年に、身元不明の3遺体が、常紋トンネルの生田原側出口周辺で発見されていた事案を、95年の夏に奥田老人から聴いて知った際、喜多川と篠田に加え、もう1人の国鉄保線区職員だった種村という人物が、その発見に関わっていたことを知った。


 更に種村がその後、それらの遺体が、自身らが収集していたタコ部屋労働の犠牲者の遺骨と共に、辺境の墓標に埋葬されたことを、当時生田原の弘安寺で僧侶をしていて、1995年時点では既に遠軽の弘恩寺の住職だった岡田氏に確認していたことも知った。


 その面通しをする為、種村から本人の昭和52年近辺の写真を送ってもらい、弘恩寺の岡田氏を竹下と共に訪ねた(伏線1後述)。そしてその時、丁度月命日で、母親の墓参りに来ていた大将と遭遇していたのだ。


 大将は3名とは別れて先に帰宅したが、岡田住職が、「(大将が母親の)墓も数年前に立派なものに作り変えましたからね。その上、母子家庭や親のいない子供達に援助している様な団体に寄付したりもしているそうです。若い頃のご自身の苦労故の行動ではないでしょうか」と発言していたことを、西田は今まさに思い出した。この石材店への200万の振込は、95年の「数年前」という符合からして、おそらく母親の墓の新調に使ったのだろうと、西田は推測していた。


 それにしても寄付と言い、母親思いな面と言い、実際に大将に接した印象と言い、到底このような悪質な恐喝に関わる様な人物には思えなかった。勿論、吉村も西田以上にそう感じていただろうし、今、無言で運転し続けているのは、その感情故だろうことは容易に想像出来た。


 そもそも、一体大将はどうやって、佐田実が伊坂大吉らによって殺害されたことを知ったのだろうか。否、初期段階では「生きているかのような形」で脅迫したか、或いは悪ふざけをしたかだったと見られることから、その時点では、佐田が殺害されたことを知らなかったのかもしれないが……。到底、92年当時警察ですら知らなかった情報や佐田との接点が思い浮かばなかった。


 車は女満別町(2006年より合併で大空町)に入って信号で停まっていたので、思い切って吉村に、

「それにしても、大将はどうして、佐田の件を知ったんだろうな?」

と喋り掛けてみた。すると想定していた以上に早く、

「それはあれしかないと思いますよ」

と無愛想だがすぐに言い返してきた。


「あれってのは何だ?」

すぐさま西田も、吉村を一瞥もせずに問い返した。

「憶えてますか? 佐田実が殺害される1ヶ月ちょっと前のお盆に、死んだ兄の佐田徹の手紙の内容が真実かどうか、常紋トンネル付近を確認しに行ったって話。その時、遠軽の志野山旅館に宿泊していたでしょ?」(伏線2・後述)


 言われてみれば、確かに佐田実は95年のお盆の時期に、遠軽の旅館・志野山に宿泊しており、その旅館は、大将の湧泉からかなり近い場所に立地していた。


「ああ、確かにそういう話があったな……。そうか、なるほど! 時期的にもそれが初めての接点だった可能性は十分にあるな」

西田もその話を思い出した。その上で吉村は、

「あの時、佐田は2泊3日で泊まっていて、それまでは生田原の元教師の夫妻……、えっと、確か前田さんだったかに、常紋トンネルの手前まで連れて行ってもらったけど、突然の豪雨で諦めたことがあって、札幌に戻る前日の夜まで浮かない顔してたって奴です。ところが、夕食後に外出して、翌日発つ朝には、『来てよかった』って話を旅館のオヤジにして、そのまま帰札したはずですよ」

と当時の記憶を手繰った。


「うむ。確かにそんな話だったな……。それにしても、よく憶えてるな! その時の話は、そこまで印象に残ってないから、捜査日記代わりの当時の手帳見ないと、到底詳細には思い出せんわ」

西田は素直に感心したが、

「なあに、あの時旅館のオヤジにぞんざいに扱われて、頭に来たんでよく憶えてるだけの話ですよ」

と吐き捨てる様に言って、青信号を視認するとアクセルを踏んだ。


 言われてみれば、年が吉村より上の自分に対しては、旅館主の篠山は説明をしっかりしていたが、若手だった吉村は明らかに軽んじられており、聴き込みの後で憤慨していて、西田が宥めたのを思い出した。


「そうなるとだぞ。大将に帰札前日の夜に湧泉で会って、大将は何かを佐田実から聴いたということになって、しかも佐田の方にとっても喜ばしい情報を得た……、おそらくは伊坂を脅迫するのに都合が良いことに繋がったということになるのか?」

西田は吉村の推理を前提にして、新しい展開予想を口にしたが、

「そこら辺ははっきり断定は出来ませんが、兄貴の徹の手紙に書いてあることが本当か確認する為、常紋トンネル付近に行くのに、再訪を約束していた前田夫妻の元には、その後一切訪れることが無かったってことは、兄貴の手紙の話が本当だったと、別の形で確信出来たという可能性は高いんじゃないかって話です。だとすれば、満足して帰札した話と合わせ、その可能性は十分あるんじゃないですかね? 同時に大将も、佐田実と伊坂大吉の間に、何か因縁があると知った可能性が高い様に思えます。まあ、佐田の件と違って、その時にいきなり知ったかどうかは読めませんけど」

そう言って吉村は、運転しながらシートに深く座り直した。


「うんうん。確かに話の筋は大分だいぶ通るようにはなった。しかし、大将が佐田から何か聞いていたとなるとだぞ。佐田の87年の行方不明から、脅迫や恐喝する92年までの、タイムラグが5年もあることが不思議だな。佐田が殺害されたことは、結局俺達が見つけた95年の秋までは、公には発覚してないが、その3年前の92年の秋には、大将による脅迫や恐喝が始まったとすると、やけに時間が掛かり過ぎているように思えるんだ」

西田は吉村の推理に納得しつつも、新たな疑問を呈した。


※※※※※※※伏線後述


伏線1

https://kakuyomu.jp/works/4852201425154922648/episodes/4852201425154975898



伏線2

https://kakuyomu.jp/works/4852201425154922648/episodes/4852201425154990306





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