第238話 名実147 (349~350 伊坂恐喝犯に迫る3 捜査メモを調べ直す)
「そうですね。そこは実際違和感がありますよね……」
吉村も西田に同調し、運転しながら考えていた様だったが、突然、
「あ!」
と大声を張り上げたので、西田は思わず助手席でビクッと反応した。
「ビックリするじゃないか! 何か思い出したのか!?」
ちょっと怒りを込めつつ、問い詰めようとする。
「佐田の行方不明の後、大島側の圧力もあって警察に捜査の進展が無かったのと、新たに徹からの手紙や証文が見つかったことで、佐田家の人達が自分達で、遠軽とか生田原に佐田のポスターを撒いたのは、確か事件から4年後の年末って話でしたよね? 志野山のオヤジもそれ見て連絡したって言ってたはずです。そうなると、それは91年の年末ってことになります。タイムラグはそれでもまだあるにせよ、少なくとも5年のうち4年と
吉村の推理は、タイムラグの全てを完璧に説明出来るものではなかった一方、その大部分を説明出来る具体性があった(伏線後述)。
「そうだな。残りの1年弱をどう見るかはともかく、それまで佐田が行方不明になっていたことを知らなかったが、そのポスターで初めて把握したってのはあり得ない話じゃない。それに、相手が行方不明になっていたからと言って、すぐに殺害されたとして伊坂を脅迫するってのも、逆に不自然ではある。うん、確かに吉村の推理は面白いかもしれんな」
西田は再び吉村の推理に助けられた形になったが、正直少し嫉妬するぐらい、なかなかのモノで、部下の成長を感じて嬉しくもあった。
「そう言ってもらえるのは嬉しいんですが、しかし、まさか大将が恐喝犯だったとなると、正直どうしていいのか……。今でも頭が混乱してるんですよ……。『事実は小説より奇なり』なんて言いますけど、これはないでしょ、幾ら何でも……」
吉村はそう言った後、深く嘆息した。
吉村と大将との付き合いは、西田と大将のそれより深かったが、まさか米田青年が殺害されたことに、意図せずとは言え大きな責任があるとは、吉村としても考えられなかったし、考えたくもない結末ではあったのは間違いない。無論、西田も同じ立場だった。
「本当にな……。あの監視カメラの画像を見た瞬間、似てるとは思ったが、まさかな……」
西田もそう言ったまま流れる車窓に目をやり、一時活発になった会話は再び途切れてしまった。
車が
「それにしても、余りに皮肉過ぎやしませんかね、今回の件は……」
「皮肉?」
「ええ……。考えてもみてくださいよ……。米田の家は、父親が亡くなって、母一人子一人の家庭だった訳でしょ? 父親が居ないという点で、まさに大将の家と同じ境遇ですよ。実際のところ大将も、俺達が大阪での捜査から戻ってみんなで湧泉で宴会やった時に、大まかな話を俺達から聞いて、その売上全額を、『その米田って被害者の母親に香典としてやってくれ』って俺達に託したでしょ? 同情してたんですよ大将も……。ところが、実際には自分の行為が、結果的にそういう状況に
そこまで喋った吉村だったが、思わず右手でハンドルを軽く叩いていた。西田が見ていなかったら、もっと強く叩きたかったかもしれない。
「そうか。そんなこともあったな……。ホント皮肉な話だな、そうなると。うむ……」
西田も思わず唸ったが、篠田が米田青年を殺害したと思われる件について、当時、部外者である大将に詳細までは話していなかった以上は、当然そこまで考えが及んでいなかったろう。
「しかし、佐田の遺体を俺達が見つけた話は、それ程大袈裟には報道されなかったが、少なくとも本橋が大阪で、本橋の犯行だとは露も思われてなかった佐田殺害をゲロったのは、かなり報道でも騒ぎになった訳で、それについて大将はどう思っていたんだろうな?」
西田は、佐田の遺体発見や、時間を置かずに佐田を殺したのが本橋だと表沙汰になったことについて思いが至ったのをついでに、吉村に尋ねてみた。
「どうですかねえ。恐喝問題もあったせいでしょうが、佐田の遺体が発見された後もずっと、俺達に黙っていた訳ですし……。それを思うと、何か親しい間柄だと思ってたのが、今となってはとっても虚しいですよ……」
吉村は嘆くというよりは、悲嘆に暮れるという方がふさわしい程の落胆ぶりだった。
「しかし、そうは言っても、捜査には部分的には協力してくれてたところもあるからな。大将からのJRの運転士の人魂目撃情報や、北見屯田タイムスの記事の情報がなかったら、米田青年の遺体は発見出来なかったし、
「言われてみればそうでしたね。……そうなると、その時にはそういう情報が、佐田の遺体発見や殺害発覚に至るとは思ってなかったってことなんでしょ……」
部下の投げやりな言い方に、
「だがな、佐田の遺体が発見されて、更に本橋の自白騒ぎがあってからは、『既に亡くなっている、北見の建設業経営者の依頼で』なんて、大将なら、伊坂大吉とわかる様な報道がはっきりとされる様になってた。伊坂を恐喝してた自分の方にも、絶対に飛び火して来ないなんて心境じゃなかったと思うぞ? 勿論、すぐにバレる様なレベルの話じゃなかったし、俺達が実際に暴いたのも、あくまで結果論だとしてもだ……。その割に落ち着いてたんだよな、俺達との会話でも……。捜査状況について、色々探りを入れるって程のことはなかったし。大将の最初の方の情報提供が、佐田が殺害されたのがバレることまで考えてなかったからこそなされたってのは、そりゃ事実ではあるかもしれんが、色々バレてからも、何か慌てていた様な感じもなかったんだよな……」
と、西田はやや懐疑的だった。
「うーん……。まあ、人間の心理なんてよくわからんってのが本当のところとしか……。ああ! 何も考えたくないですよ!」
吉村はキレ気味だったが、運転中と言うこともあり、ギリギリで何とか踏み止まっている様子だ。西田は敢えて宥めず、
「(方面)本部に戻る前に、俺の
とだけ伝えた。
「何か忘れ物でも?」
ぶっきらぼうに社交辞令的に聞いてきたが、
「当時の捜査について色々書いた手帳が取ってあるから、逐一チェックして、どうしてこうなったか考えたい」
とだけ答えた。
「どうしてもこうしても、恐喝で立件するしかないんでしょ、結局は?」
尚も突っかかり気味な口調だったが、
「まあ、それはそうなるだろうが……」
と冷静に返した。それにしても、吉村の問い掛けは、西田にとっても近い将来の重い現実に向き合わせるものだったことは間違いない。
「通常なら、監視カメラの画像だけでも参考人として引っ張って、そこから逮捕という形になるんだろうが、どうしてあの大将がこんなことを仕出かしたのか気になって仕方ない。逮捕だろうが参考人聴取だろうが、実際に動き出す前に、まず俺達で出来る限りその理由を考えてからにしたいんだ」
西田の考えを聞いた吉村は、
「課長補佐の気持ちは俺もよくわかります。しかし、それをやったところで何か変わるのか考えると……。大体それは、聴取した時に聞きゃいい話じゃないですかね?」
と言って、その行動にどれだけの意味があるかについては、やや疑問であることを隠さなかった。
※※※※※※※伏線後述
ポスター配布は、4年後に徹からの手紙と証文を金庫から佐田実の遺族が発見したことが発端
そのことについて、西田と吉村は最初の佐田家訪問で確認
https://kakuyomu.jp/works/4852201425154922648/episodes/4852201425154983599
以下 なろう版のため当小説とは無関係
本編・明暗44 https://ncode.syosetu.com/n7099ca/196/
修正版・明暗7(ほぼ最後の方)https://ncode.syosetu.com/n5921df/28/
※※※※※※※
官舎のアパートに寄って、自分の手帳が何冊も入った紙袋ごと方面本部に持ち込んだ西田は、それから一心不乱に95年当時の捜査日記メモを読み返し始めた。当時思っていたこと、考えていたことが徐々に蘇り、当初推理していたことがズバリ当たっていたり、はたまた全く逆に見当違いだったり、色々と複雑な心境になることもあった。また、竹下の推理はかなり的確だったことも再確認出来た。ただ、ページをめくって記憶が鮮明になる度に、多くの幸運に恵まれたとは言え、よくここまで辿り着いたものだと、改めて感慨に
そして吉村の言う通り、東京、大阪や倉敷への出張から遠軽に戻った、西田と竹下と吉村が、他の仲間と共に湧泉で飲食した際に、初期の捜査で重要な証言をしてくれ、大いに世話になったJRの運転士である高宮と偶然出会って奢ったり、最終的に大将が売上を、米田の母親に香典として渡す様に西田達に預けた話も、確かに記述されていた。
それにしても、高宮が西田達に証言した後、皮肉にも常紋トンネル付近を運転中、久しぶりに本物の人魂を目撃したという話は、西田の記憶の中からスッポリと抜け落ちていた。喜多川の夜の行動から発生した心霊現象話が、「嘘から出た真」で本当の怪奇現象をもたらしていた可能性すらあったのだなと、今になって改めて驚くことでもあった。(ここまで伏線後述)
また、北村が北見共立病院で銃撃されて亡くなった11月11日には、さすがに日記を付ける精神的な余裕がなく、1日分丸々抜けていたのも、当時の強いショックを受けた心境を思い出させた。あの日は北村も参加して、遠軽署刑事課の仲間とのカラオケを楽しむ予定が、まず北村からの、松島元道議聴取によるキャンセルの電話があり、その後、突然の事件発生という緊急連絡で情勢が一変した日だった。
※※※※※※※
西田は、そのまま北見方面本部には深夜まで居たものの、それでも全部を読み終えられることはなく、
翌日の10月17日も、西田は北見に留置されている被疑者の取り調べ状況をチェックしつつ、手帳を見返していたが何も得られず、どうにも袋小路に入り込んでしまっていた。
言うまでもなく、大将が佐田実と何を話し、そこからどんな情報を得て、更に失踪を知ってから何故伊坂大吉を脅迫したか(無論ここまでの推理が合っているという前提だが)、仮に正確な経緯を把握出来たところで、大将が犯した罪の内容も重さも、多少の情状酌量などの要素が、もしあったにせよ、大きく変わる訳ではない。
ただ、その状況を知れば、佐田が伊坂を脅迫した更なる経緯を知ることが出来る可能性が高いことに加え、あの人の良い陽気な大将が、とんでもないことを仕出かしていたことに、明確な
※※※※※※※
「結局、87年のお盆に、佐田実と大将の2人はおそらく初接触し、その際、佐田は兄の徹が遺した証文や手紙に信憑性があると確信し、一方の大将は、佐田が伊坂と何かあると知った可能性がある。そしてその後、4年経った91年の年末に、佐田が行方不明になっていることを知った大将が、それに対する伊坂の関与を疑って、色々と探りを入れて、その結果として最後には恐喝に及んだということ以上については、読めないままですね……」
そう切り出した吉村に、
「残念だが、吉村の当初の推理以上のことは、今のところさっぱりわからんのは間違いない」
そう言って、西田もほぼ白旗を上げている状態だと白状した。
吉村は苦虫を噛み潰した様な表情のまま、
「それでこの後ですが、いずれにせよ立件はしなくちゃならんでしょう。これだけの金額……、おそらく総額で2000万近く動いているんですから……。政光が告訴しないとしても、恐喝が親告罪ではない以上は、こっちも動かなくちゃなりませんし……」
かなり苦しそうに言った。吉村の心情を考えれば、苦悶にあえぐのも当然のことだ。
「そうだな。立件はせざるを得ないな……」
網走からの車中で交わした会話と同じ様なことを、西田も繰り返した。
「問題はその上で、こちらから逮捕するのか、自首を促すのかということです。現実には犯罪事実も被疑者が誰かも、既に俺達で把握してしまっていますから、自首は成立しないのは道理としても、まあそこは裁量の範囲内で許されるでしょ?」
西田を窺う様な素振りに、
「まあ、自首を促す程度なら、それはそれで有りだろうな……」
と西田も渋々ながら頷いた。
※※※※※※※伏線後述
https://kakuyomu.jp/works/4852201425154922648/episodes/1177354054880320860
以下なろう版のため当小説とは無関係
本編・明暗151~152
https://ncode.syosetu.com/n7099ca/303/
修正版・明暗27(中段付近)
https://ncode.syosetu.com/n5921df/48/
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