第四話 二人の離反者

 トウキョウの郊外にある工業団地一帯が、白百合らレジスタンスの拠点となっている。

 本来はとある企業が工業集積を図り発展を促すべく立地した場所なのだが、機械天使の襲来に基づき放棄されることとなったため、企業の監督者と同朋であったレジスタンスのリーダーが条件付きで譲り受けたのだった。

 その条件とは、「全権は譲るため、今後この工業団地で何が起ころうとも我が企業は一切の責任を負わない」というもの。要するに、企業はまったくの無関係であるとすることだ。至って単純な話である。


「それで、ルシファーと言ったか。お前は何を知っている?」


 手錠を掛けられた少年は鷹野によってこの工業団地で一番大きな10階建てのビルの一室に連れて行かれ、そこで詰問されることとなった。

 椅子に座らされた少年と机を挟んで正面にいるのが鷹野だ。そして彼らを取り囲むように四人の男が立ち会っている。内一人は角に座して発言をメモする役割。まるで刑事の取り調べの様子だ。残りの三人が、いつでも拳銃を取り出せる状態であることを除けば。


「……随分と漠然とした質問だな。もっと具体的に言え」


 しかしそんな環境でなお、少年は堂々とした態度だった。

 この程度の戦力を相手に負けるはずがない。

 真っ直ぐに鷹野を見つめる彼の目はそう物語っていた。

 少年の底の知れなさを目の当たりにした鷹野も、それは理解していた。だからこそ面倒事を起こさないよう、穏便に問いかけてみる。


「……なら、単刀直入に聞こう。お前は人間か? それとも機械天使か?」

「機械天使は向こうの方、俺は列記とした人間だよ」


 「向こう」で左の壁に首を傾げながら、少年ははっきりとそう言った。左隣の部屋では、同じように女性への詰問が行われている。


「人間なら、何故機械天使と行動を共にしている?」

「……その様子だと、何も知らねえようだな」

「……なに?」

「お前ら……機械天使が本当にただの機械だと思っているのか?」


 少年はにやりと口元を歪ませた。


「ジャンクと同じさ。機械天使は操縦者がいて初めて動く。そしてその操縦者は、お前らと同じ人間だ」


 そんな馬鹿な! その場にいる全員が息を呑んだ。今まで機械だと思って戦ってきた相手が、本当は人間だったなどと、とてもじゃないが信じられない。


「お前、いい加減なことを……!」

「いい加減? そんなんで叛逆者を名乗っているのか、お笑いだな」


 鷹野を鼻で笑った少年は、ふと表情を引き締めた。


「……ま、その辺の事情を知ることはできなかったんだから、それも仕方ないか。だから教えてやる。神や機械天使、そして天兵てんぺいがどんな存在なのか、な。まず、神や機械天使はこの世界とは異なる……いわば異世界の存在だ。そして―――」


 そこまでで、一呼吸置き。


「そして神ゼウスは、この世界を一から創り上げた存在だ」


 そう、はっきりと告げた。

 つまり、敵は神を名乗る不届きモノではなく。

 この世界を、自分たちを創造した、正真正銘の神だということになる。

 呆気に取られる鷹野たちを余所に、少年は続けた。


「この世界より何万年もの月日を歩んできた世界で、ゼウスは『世界創造』の研究を重ねてきた。そして成功。この世界が誕生し、ゼウスは神として君臨した。機械天使は、その果てしない月日を経て完成された戦闘兵器。それを操縦する者は天兵と呼ばれる」

「何故そんなことを知っている。お前も異世界人なのか?」


 鷹野の問いに、少年は一瞬だけ彼から目を逸らし、口を閉ざした。だがすぐに顔を上げて、答える。


「……天兵には、異世界人とこの世界の人間の二種類がいる。俺は、機械天使操縦の素質を見出されて奴らに拉致された、この世界の人間だ」

「拉致……!?」

「ああ。拉致の手段は、機械天使が直接誘拐するものと、機械天使が破壊された際に生じる火柱『ヘブンズゲート』による転送の二種類がある。俺は前者だった。そして神に忠誠を誓わされた俺は天兵へと仕立て上げられ、ラストの操縦者となった。人類屈服の戦力として、多くの人間を殺した」

「……それが、お前が連中を裏切った理由か」

「……ああ。許せないんだ、あいつらも、俺自身も。だから俺は、を取り戻さなければならない」


 ギリギリと、歯が軋む音が微かに聞こえてきた。悲しみか、怒りか、はたまた憎しみか。今まで冷徹な態度を取ってきた彼が初めて見せた、人間らしい姿だった。

 それに気づいた鷹野はバツが悪そうに頭を掻くと、


「……死ねる身体、ね。だがお前は、ヘブンズゲートとやらで連れ去られそうになった堂島を助けてくれた、そうだろう?」


 敢えて深くは踏み込まずに、そう切り出した。


「……奴らは、死体でさえも戦力にする。だからお前らはこれまでにも、かつての仲間と戦っていたかもしれない」

「そうか……。それならなおのこと、堂島を救ってくれて、ありがとう」


 鷹野は立ち上がると、しっかりと頭を下げた。他の三人も彼のその様子に動揺しながらもそれに続く。


「俺が勝手にやったことだ」


 頭を下げる彼らを目の当たりにし、面食らった少年はため息を吐いた。彼の言葉を聞いた鷹野は顔を上げると、再び椅子に腰を下ろした。


「……で、お前さん自身の事情は大体わかった。だがお前がこの世界の人間だったとして、どうやって神の忠誠から逃れた? 一度でも神に忠誠を誓った者が、神に対する不信を口にすれば即脳死のはずだ」

「それは簡単な話だ。俺の肉体はさっきの戦闘で見た通り。肉体が『死』を認識した瞬間に全身が再構築される、文字通り不死身の身体だ。ラストと契約を結んだ際にこうなってしまった。神もそれを知っているから、いちいち殺さないんだろう。労力の無駄だからな」

「なるほど……だからさっきは白百合シラユリにお前自身を殺すよう仕向けたのか。……しかしだ、今まで話したことはすべて嘘で、お前は俺たちを潰すために送られてきたスパイっていうことも考えられるよな?」


 鷹野の憶測を耳にした三人の男はハッと息を詰めると、弾かれたように取り出した拳銃を少年に向けた。

 そんな彼らに、少年は苦笑する。そして三人を面白がるように眺めながら軽い調子で言葉を紡いだ。


「その可能性を捨てなかっただけ利口だな。……だが、証明のしようがない。だから俺から言えるのはただひとつだけだ―――」


「どうか、信じてほしい」


 突きつけられた三丁の拳銃に臆することも、鷹野から一瞬たりとも目を逸らすこともなく、少年ははっきりと言った。


「お前さん、本当の名前は?」


 そんな彼の心の内に秘められた揺るぎのない決意を垣間見た鷹野は、頭を掻きながら一言問うたのだった。

 すると少年は一瞬だけ言葉を閉ざし、そして答えた。


草葉琥珀くさばコハク




◆ ◆ ◆


 ビルの地下には工場があり、現在はアーマードジャンクの整備に使用されている。空間にゆとりを持って配置されたアーマードジャンクたちが整備士たちの手によって修理・調整を施されていく。

 整備士の数は少ないが、アーマードジャンクそのものの数もドウジマ機が破壊されたことにより4機に減少。お世辞にも多いとは言い難かった。


「まったく……こっぴどくやったな」


 作業服を着た小太りの男、津田栄助つだエイスケは回収されたナガレ機の損傷具合を確認すると深くため息を吐いた。


「スラスター、バーニア、ブースターの駆動許容値を遥かに超えた運用。おまけにコンパクトアサルトライフルによる接射。ったく、これだけで修理費がかさむかさむ」

「………………」


 メディカルチェックを終えて、栄養ドリンクのチューブを吸いながらその報告を静かに聴いていた流麗ナガレは眠たそうな目でナガレ機を見上げた。

 二人が横に並ぶと、歳の離れた親子にしか見えないだろう。


電磁弾丸スタンバレットも高級品なんだぞ。それを全部使いやがってまったく……」

「……ごめん。でも、そうしなきゃ守り切れなかった。ユリちゃんも鷹野も、あたし自身も」

「ああ。よく、生きて帰ってきてくれた」


 津田の太くガサガサと荒れた大きな掌が流麗の頭を鷲掴みにすると、髪をくしゃくしゃにかき乱した。

 多くの整備士たちの手によって修理されていく愛機。それを見ていると、自分が生きて帰ることができたのだという実感が湧いてくる。


「……どーじまも、守りたかった」


 だが同時に、犠牲となってしまった者に対する冷たいやり切れなさや、重い後悔の念が募ってくる。

 それは「戦い」という世界から決して切り離すことのできない事象であることを、流麗はここしばらくの戦闘で理解していた。


「……葬儀には行かなくてよかったのか?」

「葬儀と言っても簡略的なモノだし……それに、弔いはすでにすませた、から……」

「……そうか」

「……あたしのジャンク、直せる?」

「ああ、問題ない」

「安心した。……じゃあ、あたしはユリちゃんのところに行ってくるから、後はよろしくね」


 頭上にある津田の手を振り払った流麗はそう言い残すとその場を離れてエレベーターに乗り込み、狭い箱状の空間ごと引っ張られるような錯覚と共に上階へと昇って行った。

 チンッと軽快な音が鳴り、扉が左右に開く。殺風景な廊下が視界に飛び込んできた。

 廊下を歩く流麗の足取りはどこか荒かった。どうにも落ち着かない気持ちをぶつけるかのように、すでに空になったボトルを壁沿いのゴミ箱に投げ入れる。ゴミ箱の縁に当たったボトルは跳ね返るとカランと音を立ててその中へと落ちて行った。

 するとふっ……と、気持ちが落ち着いてくる。イライラしたり、気分が落ち込んだ時にはこれか拳銃の試し撃ちに限るものだ。

 静かな廊下に足音を響かせながら歩き続ける流麗の足は、とある一室の扉の前で止まった。

 その中では白百合を含む数人の構成員が、ルシファーを名乗る謎の女性の詰問を行っているはずだ。いくらなんでも、正面から詰問を行っているのは白百合ではないだろうが。

 正直、女性の素性などどうでもいい。ユリちゃんが心配だ。ただそれだけの理由で流麗はドアノブに手を掛けて扉を開いた。すると―――


「―――でですね、私のバイト先のお店なのですが、そこの黒蜜が美味しくて!」

「あら、そうなの? 和食スイーツって食べたことがなかったから、いいこと聞いちゃったわね」

「はい! 是非、是非ともお立ち寄りください!」


 ―――取り調べ相手と楽しげにガールズトークを交わす白百合の姿が真っ先に映り込んできた。


「何やってんの……」

「あ、流麗さん」


 マイペースな流麗も流石に面を食らったようで、戸惑いを隠せずにいた。

 そしてその戸惑いをぶつける行き先は、白百合の背後で待機している男たちへと向けられたのだった。


「ていうか、なんでユリちゃんに取り調べさせてるのさ! キミたちの仕事だろう!」

「いや、それが……」

「私がお願いしたのよ。『この子になら話す』って」


 自分よりも遥かに背の高い男にぐいぐいと詰め寄り、男はたじろいだ。すると白百合の正面に手錠を掛けられて座っている金髪の女性、ルシファーがそんな彼に代わって流麗の問いに答えた。その声はとても穏やかで、見た目通りの落ち着いた大人の女性の雰囲気を感じさせる。


「……何もされてない、ユリちゃん?」

「はい、むしろ親切なくらいですよ!」

「……ちゃんと取り調べた?」

「むっ……やって時間があまったからお喋りしていたんです! 子ども扱いしないでください!」


 白百合は頬を膨らませ、ぷりぷりと反論した。

 小柄な体型にも依らずに彼女よりも四つほど年上の流麗はその言葉を信じてか否か、片隅の机に座している男から会話の履歴を半ば強引に受け取り、ぶつぶつと読み始めた。流麗が知ることではないが、その内容は隣の部屋で琥珀が鷹野たちに話したモノとほぼ一致する。


「……確かに、ちゃんと聴取したみたいだね。……ルシファー、キミは機械天使のようだけれど、今この場で変化することはできないの?」

「やったらこの建物が崩壊するわよ?」

「あたしはあくまで手段を聴きたいだけ。……それで、どうなの?」

「心配せずとも、私が機械天使の姿に変化するには彼……草葉琥珀の言葉が必要なの。だから、単独では不可能よ」

「そう。……機械天使は皆、キミのようにヒトの姿になれるの?」

「それも違うわ。私ともう一体は神に造られた天使だから」

「神に造られた天使……?」

「……神が初めて造った、ヒトの姿を象りし天使。通称『神造天使じんぞうてんし』。それが私たちよ。他の機械天使とは異なって、契約者の意志とは別に自らの意志で思考判断が行える」

「なら、隣の部屋の彼がキミを起動すれば、キミはいくらでも暴れられるということか」

「いくつかの制限はあるけどね」

「そっかそっか。……あたしからの質問は以上」


 聞くだけ聴いた流麗は履歴を男に返すと白百合の側へと歩み寄り、そのまま彼女の肩に抱き着いた。


「あぁ……ユリちゃん気持ちいい……」

「え、えっと、他に質問とかしなくて良かったのですか?」

「えー? だってユリちゃんがちゃんと聴いてくれたみたいだし、そもそもあたしは暇つぶしに来ただけだしー……」


 今にも眠ってしまいそうな目をさらに細め、まるで猫のように白百合に頬ずりをする流麗。彼女のその行動に対しては白百合もすでに慣れているのだが、人前というのもあってどこか気恥ずかしかった。


「あらあら、仲が良いのねぇ」


 そんな二人の様子を真正面から見ていたルシファーは茶化してみた。


「ユリちゃんはあたしの妹だからね!」

「あ、あはは……」


 もちろん実際に姉妹なのではなく、流麗がほぼ一方的に言い寄っているだけだ。だが白百合自身も彼女に対して厚い信頼を寄せていることは間違いなかった。

 するとルシファーはにんまりと唇の角を上げ、どこか妖艶な笑みを浮かべた。


「あらそうなの? でもそれにしては、白百合ちゃん、さっき私のことを『ルシ姉さん』って呼んでいたわよね?」

「な、なんだとぅ!? どういうことだいユリちゃん!」

「だ、だって『ルシファーさん』って呼びにくいじゃないですか! だから、その、流れで!」

「ユリちゃんのお姉さんはあたしなのにぃい!!」

「うふふふ」


 ギャーギャーと騒ぎ立てる流麗と白百合を、ルシファーはくすくすと笑いながら眺めていた。


「取り調べ中にはしゃぐんじゃねえ!!」


 だが乱暴に開かれた扉から入ってきた鷹野の怒号によって、その場は治められたのだった。

 二人が静かになったのを確認すると、鷹野は咳払いをしてから白百合に声を掛けた。


「ちゃんと聴き出したか?」

「は、はい!」

「わかった、内容は後で確認する。そしてお前には次の作戦まで、こいつの監視を任せる」


 鷹野の隣にいた琥珀が一歩前に出た。両手を手錠によって後ろで縛られているはずなのに、相も変わらず彼の態度は堂々としていた。


「え、ちょ、ま、監視って、え?」


 白百合は突然のその指示に対し、動揺せざるを得なかった。




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死にたがりと神造天使<ラストルシファー> 藤咲悠多 @zakira753

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