第三話 戦闘の火柱

 漆黒の機械天使「ラストルシファー」の中は庭園のように広く、緑の草木で生い茂っており、その中心には実を付けることのないリンゴの樹があった。

 リンゴの樹に背を向けて立つ少年の肢体には地面から伸びた無数の蔦が絡まり、一本一本が彼の全神経とダイレクトに接続している。その蔦を介して、ラストルシファーの持つすべての情報が彼の脳裏に押し寄せてくる。

 今、少年とラストルシファーは一心同体となっているのだ。彼の指の動きひとつひとつが機械天使のソレとなり、機械天使の認識するモノすべてが彼の認識となる。


<ヘブンズゲートの自然消滅まで、残り14秒>

「普段より時間はあるな、余裕だ」


 身を屈め、背中の黒い双翼を大きく広げて大地を蹴る。その巨体で風を切り、砂塵を巻き上げるのもお構いなしに、薄れ消え往く火柱へと一直線に


「ドウ・エマンス」


 火柱が眼前に迫り、左の手甲を扇子のように展開。露出された白玉のリアクター光の粒子が解放される。その光は飛行機雲の如き線を空気中に描いていた。そして左手を貫手の形にして、引く。そして正面に揺らぐ一閃の炎の中へと突き出した。


 天へ天へと昇ろうとする炎の流動を妨げながら、堕天使はその内に未だ存在している微かな反応をしっかりと掴み取った。炎の勢いに負けぬように力を込めて、左手を抜く。その手中に収められていたのは、ぐにゃぐにゃに歪んだ鋼鉄の箱―――先の戦いで犠牲となった、堂島一雅の乗っていたコックピットだ。それから間もなくして、薄れていた火柱は忽然とその姿を消した。


<ヘブンズゲート、完全消滅確認>

「こいつの生体反応は?」

<……生体反応、未確認。よって、死亡していると判断される>

「まあ、向こうに転送されなかっただけマシだな」


 箱の中を瞬時に分析するも、生体反応は確認できない。判り切っていたことだ。興味を失ったかのように手から落ちたその箱は地面にぶつかるとぐしゃりと音を上げた。


<ジャンク乗りの死体は回収しておいた。後はそちらで何とかしろ>


 後方にいる白百合と鷹野の脳裏に少年の声が響き渡る。二人はハッと目を見張って彼が回収したと思われるモノに注目した。そして慌ててソレに駆け寄ろうとすると、ラストルシファーはすでにその場を離れていたのだった。




◆ ◆ ◆


 ナガレ機は戦闘区域からの離脱を試みるべく、背中のスラスターを可能な限りの高出力で噴かして移動していた。

 散々に妨害してきたツケが回って来たのか、四機の機械天使は揃いも揃って彼女を狙い、広げた翼で土煙を上げながら滑空して急速接近している。それから必死に逃れようとしているのだが、アサルトカスタムとは異なり機動性の芳しくないスナイパーカスタムの出力などたかが知れている。

 モニターのアラームが点滅する。真後ろ、距離を積めた敵が右腕にエネルギーを集束させている。撃たれてしまえば、光の矢でコックピットを串刺しにされて即死。

 サブマシンガンを構えたナガレ機は全身で振り返った。電磁弾丸スタンバレットを用意する時間も、ターゲットを絞る余裕もない。通常弾を目星で撃つのみだ。機械天使は何らかのエネルギーを変換するリアクターを四肢に備えており、エネルギーを利用する際にのみそれらは露出される。ゆえに、チャージ中のこの一瞬が反撃の好機である。しかし逆に言えば、反撃を試みる場合の失敗は許されない。

 背中のスラスターを噴かしてバランスを保ちつつ後退。サブマシンガンの銃口を敵の右手に向ける。そして一切の躊躇いもなく引き金を引く。鋼鉄の手の中で短機関銃は暴れ出し、マガジンに込められていた弾丸を絶え間なく射出する。吐き出された空薬莢がバラバラと足元に落ちていく。

 空気中で炸裂して細かく点滅する無数の光は、敵の右腕のリアクターを直撃した。ひとつひとつの威力は毛ほどにもないだろう。だが、何十発と一点に集中させれば確実にダメージを与えられる。

 危険と判断したのか、そのリアクターはチャージもそこそこに再びシャッターへ閉ざされた。

 一機の動きを止めた。だがそれも一瞬。さらに未だ三機健在。気を抜いてはいけない。

 こいつらをユリちゃんの許に向かわせてはいけない。どうにかして彼女たちの逃げる時間を稼がなければならない。それが今の自分に出来る最善策。

 しかしどうすればいい。立ち止っていてはただの的。今は背中に固定している主力武装スナイパーライフルを準備した瞬間に敗北が決する。電磁弾丸スタンバレットも確実に命中させなければ効果がない。そもそも、スタンは残弾数が心許ない。

 来る。正面から二機―――速い。数秒で追いつかれた。さては今まで手を抜いていたのか。機械のくせして舐めた真似を。後でユリちゃんを舐めよう。もう一丁のサブマシンガンのロックを解除。左手で持つ。距離を詰められたらこれに限る。遠距離射撃には遠く及ばないが、近接射撃の心得もそれなりにはある。

 スラスター、バーニア、ブースター、全力稼働フルスロットル。情報入力後、半自動操縦セミオートに切り換え。回避を最優先にして、自分は射撃に集中。

 今にも眠ってしまいそうな半開きの眼でモニターと睨めっこをしながら、流麗の頭はいつもの十倍近い速度で思考を駆け巡らせていた。操縦桿の射撃ボタンに親指を掛かて、タイミングで押す。

 二体の機械天使の巨腕がうねりを上げて振り下ろされた。それを瞬時に認識したコンピューターがナガレ機に回避運動をさせる。身を翻して拳を躱し、ソレが砂埃舞う地面を打ち砕いた瞬間に、それぞれの機械天使の顔面に向けられた銃口から眩い閃光の嵐が吹き荒れる。

 通常弾が装甲に弾かれてしまうのは百も承知。だが、目くらましが通用する相手であることも確かだ。

 一回り大きな敵機の周囲を、硝煙と火花に紛れて急速旋回。弱点の関節部分に狙いを定める余裕は一切ないが、数撃ちゃ当たるの精神でとにかく撃ち込む。一機に一通り撃ち終え、もう一機に移行。するとその一機の赤い瞳から放たれた同じ色の光線が真下に落ちた。このまま前進していればソレに貫かれてしまう。だが回避行動の全てを任された半自動操縦のコンピューターがナガレ機の移動速度を一瞬だけさらに加速。赤い光の剣はスラスターの青い光と交差すると落下し、地面を焼き焦がした。

 コンピューターの判断に感心した流麗はひゅぅ~、と口笛を吹いて称賛した。自分も負けてはいられないと、機体の動きに合わせて短機関銃の引き金を引く。そして機械天使の白銀の装甲に向けて、撃つ、撃つ、撃つ。

 ダメージは明らかに微小。今はそれで問題ない。

 敵機の背後で瞬時に右の短機関銃の銃床を取り外す。そして開放された円形の穴に左の短機関銃の先端を挿入し、レバーを引いて固定させることで疑似的なアサルトライフルが完成した。

 右手で前方の、左手で後方のグリップをそれぞれ構え、機械天使の背中に銃口を押し付ける。

 電磁弾丸スタンバレット、レディ。


「シュート!」


 目標との距離は皆無に等しい接触状態からの発砲。その接射は疑似アサルトライフルが誇る単発の破壊力を最大限に底上げし、機械天使の特殊装甲をも容易く打ち砕いた。体内に撃ち込まれた弾丸は電磁波を放ち、機械天使の回路全般を次々に破壊していく。接射により生じた過大な反動で疑似アサルトライフルの銃口は焼け落ちてしまい、ナガレ機は形勢の立て直しも兼ねてその場から素早く後退した。

 すると当にその直後に、全身の動力を破壊され尽くした機械天使は熱暴走を上げて、自身を中心とした巨大な火柱を発生させた。もう一機の機械天使もそれに巻き込まれ、敢え無く消滅する。

 天に昇る火柱は、ドウジマ機を巻き込んだソレとは異なりすぐに消失していった。


「……二機撃墜。これで残るは―――うわぁっ!?」


 一息ついて、残りの敵機の位置を確認しようとした時、機体に突如として生じた衝撃でコックピット全体が激しく揺さぶられた。


【左腕喪失。機体損傷度48%】

「ッ、一体何が……!」


 モニターを見た瞬間、ソレは飛来してきた。音にも勝る速度で風を切り、この機体の心臓を穿つべく一直線に突進してくる光の矢。認識した時にはすでに、ソレはナガレ機の右胸を貫いていた。断絶された基盤が爆発を起こし、コックピット内に警報を打ち鳴らす。


「きゃああああああああああ!!」

『な、流麗さん!?』


 下腹部にあるコックピットには直撃しなかったものの、機体の右胸部に開いた空洞では火花が飛び交っていた。


【胸部損傷。損傷度74%。警告。危険領域に突入】

「ッ、く、このあたしに、狙撃で挑んで、くる、なんて……!」

『早く逃げてください、流麗さん!!』

「ユリ、ちゃ……」


 警報に交じって聴こえてくる白百合からの通信に応えようとした。だが、三度飛来してきた光の矢が機体の右脚の付け根を撃ち抜き、破壊した。バランスを保てなくなったナガレ機は地に伏してしまう。


【右脚損傷。損傷度86%。戦闘続行不能】

「ッ! まだ、まだだ……」


 残っている右手を地に着けて上体を起こす。頭部を動かして正面の敵を視認する。この機体はスナイパーカスタム、捕捉さえできれば後はどうとでもなる。

 背中のスナイパーライフルのロックを解除し、右手と地面で支えて構える。ターゲット、捕捉。十分狙える距離だ。電磁弾丸スタンバレット、レディ……。


「撃ち抜けェェェエエエ!!」


 弾丸は軸をぶらすことなく、目標に向かって一直線に突き進んだ。その行く先にいる機械天使は微動だもせず、伸ばした右腕のリアクターから光の矢を射出する。光の矢は弾丸に正面からぶつかり合い、そして弾丸を空中で爆破させると、勢いを落とすことなくナガレ機に迫る。


「う、そ……」


 死が迫り来る。光速の矢がやけに遅く感じられた。それなのに身体はまったく動かない。ただ呆然と光に呑まれるのを見つめていた。

 ふと、ひらりひらりと空中を漂う黒い羽が光を消し去った。そしてモニターを覆い尽くすように、巨大な黒鋼が映る。


「黒い…機械天使……?」


 何が起きたのか、流麗にはすぐに理解できなかった。だが、目の前に現れた機械天使が光の矢から自分を庇ったのだと、ぼんやりと考えていた。

 漆黒の機械天使、ラストルシファーはナガレ機を顧みることなく、右腕を正面の機械天使に向けて突き出した。


「オン・エマンス」


 右腕のリアクターが展開され、青い輝きの粒子を放出させる。そして光は大きく開かれた右手の中に積み重なり、集束していく。


<目標、設定しました>

「消し飛べ。エルカノン!」


 その言葉と同時に、集束された光は塊となって解き放たれた。光速の弾丸は着弾した機械天使の胴体を消し飛ばし、ゆっくりと崩壊させていく。機械天使が自らを撃たれたことに気づいた時になってようやく、その全身は火柱となって燃やし尽くされた。


『流麗さん、大丈夫ですか! 流麗さん!!』

「機械天使が、機械天使を……? 一体、どうして……?」


 白百合の通信に応える余裕もないほどに、流麗はモニター越しに見ていた光景を前にただ戸惑っていた。彼女の無事を確認できた白百合はホッとするも、その疑問の答えに詰まり、口を噤んだ。


<残り一機。北東の方角から、刀剣類を装備しています>

「ならば……エルブレイド!」


 報告された方角を向いたラストルシファーの左腕のリアクターから放つ粒子は空中で積み重なると一振りの剣を構築し、手中に収めた。光の刀身を持つ剣を構えた堕天使は翼を広げて大地を蹴り飛ばして飛び出す。

 右手に剣を持った機械天使が対面に迫る。

 そして、互いの距離が近くなっていく。機械天使はラストルシファーを斬るべく剣を構えた。

 だが、斬るどころか近づくことさえできなかった。

 斬り合えるほどには距離が狭まった時には、機械天使の頭部がラストルシファーの投擲した剣によってすでに貫かれており、その動きを止めていた。


「お前も俺たちを殺すことはできない。だから、消えろ」


 機械天使に詰め寄ったラストルシファーは敵の頭部から自分の剣を引き抜いた。両腕のリアクターの輝きが両手で構えたその刀身に移ろい往く。


「オン・ドウ……デルブレイク!」


 明暗点滅する刃で、袈裟懸けに一閃、斬る。……手応えあり。確実に仕留めた。

 堕天使は静かに機械天使に背を向けた。

 そして斬り裂かれた機械天使は間もなくして爆発し、火柱を引き起こして天に消えて往く。


<敵性反応はなし>

「そうか。なら、ひとまずは大丈夫か」

<お疲れ様>


 敵機を全滅させたことを確認したラストルシファーの全身が光を放ち、その姿を消した。

 そしてそれと入れ替わりに、少年と女性がその場に降り立つ。


「……お前たちは、何者なんだ」


 茫然と立ち尽くしていた鷹野が、拳銃を構えて警戒をしながら二人に問いかけた。

 すると少年は仏頂面でそれに答えた。


「ルシファー……つまり、堕天使だ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る