第2話

 その日は霧が濃かった。

 早朝で人気のない街。霧なんて滅多にでないので、いつもとは違う雰囲気に少しだけ高揚する。例えばスキップでもしてしまいそうな程。

 そんなはしゃぎ方をしないのは、一人ではないからだ。

『すごい霧……なにもいないといいんだけれど』

 猫のような耳と尻尾のある半透明の幽体。……本人は虎だと言い張っているが。

(いるじゃない、ここに、幽霊)

『え、どこに?!』

 慌て始める幽体に対し、結姫ゆうきは平然と幽体を指さす。

(あんたよ)

『もう、ふざけないでよ!』

 巫女姿の幽体は涙目で訴える。

「……白虎びゃっこ、静かにして」

 脈絡なく、しかも珍しく結姫が肉声で幽体──白虎というらしい──に話しかけてきた。

「あんたが変なこと言うから、実際に何か出てきたじゃない」

『わ、私のせいにするの~?!』

 白虎は再び涙目になった。結姫は唇に人差し指を当て、再び霊体に静かにしろと呼びかける。

 結姫は周囲の気配を探り始める。ほどなくして、突如正面に『何か』が現れた。

「……犬?」

 半透明の小型犬が居た。結姫は犬に詳しくはないので、その種類がなにかは分からない。

『……ひっさしぶりー≪白玉はくぎょく≫! ちょっと相談があるんだけど!』

 犬が喋った。しかもやたら元気だ。こういう犬には残念ながら心当たりがあった。

嵐狼らんろうじゃない……現世ではじゃあ、≪緑玉≫と時間軸が被ってるの?」

『それはよく分からないや! あたし実は≪緑玉≫に飛ばされてきただけだから、時間がどうなってんのかはよくわかんない。ていうか今の≪緑玉≫がいつにいるのか自体分からないんだ』

「……はぁ?」

 それはなんとも妙な話だった。嵐狼が言っていた『相談』という科白せりふに嫌な予感を感じる。

『ちょっとだけでいいから、力を貸してほしいの! ≪緑玉≫ちょー困ってるんだ』

「ほんとにちょっとだけ?」

 結姫はジトリとした目で嵐狼を見つめる。

『うん、ちょっとだけ!』

 人懐っこく明るく言い切る嵐狼を据わった目で見つめながら、結姫は返した。

「断るよ」

『えー!?』

 嵐狼がこの世の終わりのような悲鳴を上げた。

「なんかめんどくさそうだし、私今受験生だし」

 結姫は中三で、しかも入試はもう一か月先に迫っている。

 じゃあね、とその場を去ろうとするが。

『じゃあ、強制だよー!!』

 焦りの色濃い嵐狼の絶叫とともに、結姫の足元に若葉色の光を発する魔法陣が展開された。

「な──白虎、その姿を変じよ!」

 結姫の言葉に従い白虎が一振りの刀となって実体化する。

 魔法陣の術式を破壊しようとして気づいた。

 

「……ウソ」

 ──≪緑玉≫、何に巻き込まれてるの……?

 急激な落下にも似た感覚に、結姫の意識は暗転した。

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僕らの異世界冒険記 千里亭希遊 @syl8pb313

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