第14話 狂乱
徳山達はニタニタと笑いながら拍手を続けた。僕は彼等を睨み付ける。
「さぁ・・・約束は果たした。家族を返してくれ」
「あぁ、そうだったな」
徳山は睨む僕など気にもしないように答えた。だけど、その言葉を聞いた途端、僕は知らずに涙が零れ落とした。一粒、零れ落ちたと思ったら、まるで堰を切ったように溢れ出していく。
同級生の全てを失った。
この呪縛から、逃れるために僕は多くの命を奪った。
全ては目の前に居るこの鬼畜の所業だ。僕は絶対に彼等を許さない。
「さて・・・お前の家族は今頃、パックに詰められて、店に並んでいるんじゃないかなぁ?まぁ、他の奴等の家族もだけどなぁ。みんなごちゃ混ぜで、分けるのは無理だけどな。ははは」
徳山が笑いながらそう告げると、彼の仲間たちも大笑いした。僕には言葉の意味が解らなかった。ただ、泣きながら、呆然とするだけだ。
「意味がわからないかね?」
僕はコクリと頷く。
「お前等にさっき渡した弁当。あのハンバーグさぁ・・・」
僕の背筋が凍る。全身が寒気で震える。
「お前等の家族をミンチにした肉で作ったんだよ」
その言葉を聞くまでに頭の中は最悪をイメージしたはずだ。だが、その言葉を聞いた瞬間、僕の腹の奥底から何かが込み上げる。怒り、恐怖、悲しみ。それらは絶望という単語になって、僕を深く沈める。
うぇええぇ
咄嗟に僕は吐き出した。食べたわけじゃないのに、ミンチになった家族の肉を体内から吐き出すように。
「ははは。食ってもいないのに、吐いているぜ?腹が減っているなら、食べても良いんだぜ。まぁ、全員の肉をゴッチャ混ぜだから、どれがお前の家族のかはわからないけどな・・・しかし、お前らは本当に面白いぜ。居もしない家族の為に殺し合いをやっているんだから。まぁ、あの弁当を食べて、共食いしてからやってくれたら、もっと面白かったけどなぁ」
徳山は僕を見下し、大笑いをする。最初から奴等はこうするつもりだったんだ。
「これを見ろ。お前の姉ちゃんをお前の両親の前で散々、輪姦してやった。そして、ギチョギチョに虐めてやったら、簡単に死んでしまうんだぜ?この動画はしっかりとネットにアップしてやるからな。ははは」
徳山を睨み付け、僕は立ち上がる。涙を右腕で払った。
「おっ?怖い目をして・・・俺らに逆らう気か?」
「俺ら?・・・糞みたいな潰れ掛けの国家崩れのアレの事か?ふん。豚みたいなお前等の頭はちょうど良いかもな」
僕はニヤリと笑う。それが彼等には屈辱的だったようだ。
「おい・・・てめぇ・・・どの口で言ってやがる?」
徳山はさっきまでの余裕のある表情では無かった。目を血走らせて、怒りを露わにしている。
「どの口?あぁ、てめぇらの豚みたいな頭の事か?ふん、屑みたいな連中だが、すぐにカッカする所はサルみたいだな。少しは知能を養ったらどうだ?」
そう言って、僕は腹の底から笑った。空気は明らかに逆転した。奴等から笑みが消える。あるのは怒りだけだ。
「てめぇも、ここで死ぬんだが・・・ただ、殺すのもアレだな。しっかりと、自分の立場って奴を教えてやる。あの世まで、しっかりと覚えていくんだな」
徳山は工場の端にあった鉄パイプを拾う。他の奴等は拳銃やナイフを手にした。
「一人で大丈夫か?」
仲間の一人がついと口にした言葉は徳山を苛立たせたのだろう。裏拳で彼の鼻を叩いた。叩かれた男は鼻血を流しながら床に転がる。
「あんなガキ・・・俺がヘマすると思っているのか?」
「い、いや・・・すまん。同志」
徳山は苛立ちながら、僕の前に近付いて来た。僕は奴を睨んだままだ。
「日本人のくせに生意気な目だ。お前等はいつもそうだ。俺らを下に見ている。だから、殺してやるんだ。男は殺し、女は犯す。てめぇら日本人は俺らの奴隷なんだ。その事をしっかりと教えてやるよ」
徳山はいきなり腹に蹴りを入れた。その鋭い蹴りは目にも止まらず、僕の腹を深く抉り、僕の体は浮き上がる。まるで座布団を蹴り上げたようにフワリと浮いた身体はそのまま堅いコンクリートの床に落ちた。堅いコンクリートに叩き付けられた身体は全身に激痛を走らせる。
「だせぇな。これぐらいでヘバるなよ。〇△✕」
徳山は何処かの国の言葉を吐きながら、地面に叩き付けられた僕の身体を何度も蹴る。それも笑いながらだ。彼の自尊心は暴力によってでしか満たされないのだろう。僕はそんな屑にこんな地獄へと突き落とされたのか。燃え上がった怒りの炎は僕の心を真っ黒に焦がす。
徳山は蹴るのに飽きたのか、今度は狂ったように鉄パイプで倒れた僕を叩きのめす。何度も叩かれ、身体から嫌な音がした。多分、左腕が折れた気がする。
だが、痛みなど・・・怒りと悲しみで、何も感じない。僕はただ、叩きのめされながら、怒りを凝縮した。胸の中に憎しみの炎が渦巻く。それは僕の理性から何から、奪って、燃え上がる。
散々、叩き終えた徳山は息を切らせながら、僕を見下ろす。
「ちっ、こいつを嬲っている映像を全世界に流してやる。カメラを用意しろ」
徳山はそれでも飽き足らないのか、僕を陵辱しようとする。彼の仲間がカメラを取りに行っている間に服を脱がそうと、手を伸ばした。その時だ。僕の右手は彼の首を捕らえた。指が皮膚に食い込むほどに僕は力を込めた。爪は皮膚を裂き、指が皮膚を貫き、肉を押し退ける。指はそのまま第二関節まで埋まった。
徳山は悲鳴を上げて、僕を引き離そうと右腕を掴んだ。だが、深く食い込んだ右手を引き抜くことが出来ない。引き剥がそうとすれば、それは喉の全てが引き千切られるほどの激痛を徳山に与える。彼はとにかく僕を蹴り飛ばし、離そうとするが、この手は絶対に離さない。こいつを地獄へと連れて行くためにだ。
周りの男達はあまりの事に見ているしか無かった。激痛と怒りで暴れ回る徳山。僕は折れた左腕を伸ばし、その顔に叩き付ける。指は彼の両目を貫いた。
ぎゃあああああああ!
徳山は目玉に指が突き刺さる痛みに絶叫した。どれだけ鍛え抜かれた男でも目玉に指が突き刺さる感覚は初めてのようだ。まるで、断末魔のように叫ぶ。その悲鳴が僕の心を躍らせる。体の芯から何かが、溢れてきそうだ。
僕はとにかく目に突っ込んだ指をグリグリと奥へ、奥へと突っ込んだ。
あがあああ!助けてくれぇええええ!
徳山の叫びに男達が慌てた。彼等はあまりに恐ろしい光景を前に銃を構えた。
ブヂュ
その時、僕の右手は徳山の喉を破った。徳山は首からはヒューと言う空気の漏れる音と、ブシューと言う血が噴き出す音がしている。僕は彼の血に染まりながら、その身体を蹴り飛ばした。
うああああああああ!
僕は声にならない叫びを上げて、次の男に飛び掛る。
銃声が鳴り響く。
体に強い衝撃と熱さ、痛みが奔る。だが、それでも僕は新しい獲物に襲い掛かる。その鋭い一撃は男の顔面を潰し、その手にした銃を奪う。
次々と銃声が鳴り響き、僕の体は彼方此方に穴が開いた。血が噴き出て、何故、何も感じぬように立っていられるか。それさえもわからない。
ただ、撃った。
僕は撃つだけしか無かった。
奴等はパニックになっていた。逃げ出そうとする奴も居る。その背中を撃った。僕は何故か、冷静だった。
あぁ・・・興奮する。
僕は興奮するんだ。
僕は一匹の狂った獣になった。
この二度と、昇らぬ太陽がくれた暗闇こそ、僕の生きる道だ。
さぁ、残り少ない命の灯を燃やそうぞ。
僕は狂った世界を彷徨うように、何かに導かれながら、ただ、その肉塊を動かし続けた。これは夢なのか現実なのか。その境目を失くして、ただ、太陽の昇らぬ闇の中を彷徨うように。
天皇襲撃事件で射殺されたのは拉致された子どもの一人だった。すぐに他の子ども達についても捜査がされたが、これ以後、家族も含めて、消息不明となってしまった。この事件はテレビなどでも大きく取り上げられたが、依然として、その行方はわからないままだった。
数日後、廃工場に一人の老刑事がやって来た。
「ここで事件当日、何やら、五月蠅かったという話だ・・・やけに綺麗過ぎるな」
彼と一緒に来た若い刑事は工場の中を見た。
「別におかしな所は何も無いですが・・・」
「そうか?・・・俺には臭うな」
老刑事は鼻をヒクヒクさせる。
「臭う?」
「あぁ・・・硝煙の臭いだよ。この工場の臭いじゃない」
「銃って事ですか?」
「それと、血の臭い。ここに鑑識を入れる。綺麗に掃除はされているが、すぐにここで何が行われていたか、解るよ」
若い刑事はゴクリと唾を飲み込んだ。
老刑事の勘は当たった。
工場の床にはルミノール反応が出て、大量の血がこの床にぶち撒けられていた事が解った。さらに工場の壁や柱などにも銃弾によって出来た傷や穴が発見され、ここで、銃撃戦があったと思われる。
「この近くには防犯カメラなどもありませんからねぇ。家も疎らで、農作業をしていた人が数人、音だけを聞いたぐらいしかありませんから」
若い刑事はそう呟く。
「町の方の防犯カメラでこちら方面に向かっただろう車を全部調べるだな」
「そんな、結構の数に登りますよ?」
老刑事の発案に若い刑事が驚く。
「ガキはビビるなよ。この事件で死んだ奴が居たら、成仏出来ずに居るんだよ。俺らがやらねぇでどうする?」
老刑事は工場から出て、空を見た。太陽がギラギラと照り付ける。
「ちっ・・・今日も暑くなるな」
捜査は数カ月後にとある食品工場に辿り着く。それは犯罪に使われたであろう車がここの所有の物だったからだ。そして、車からは血液反応が出る。
ここの社長の身元が洗われ、長年に渡って、某国に送金をしている事実などが発覚。社長が緊急逮捕された。そして、彼の口から、悍ましい真実が語られた時、深く沈んだ闇が露わになるのだった。
深く・・・沈む・・・太陽 三八式物書機 @Mpochi
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