全国高校生一発ギャグ大会

小笠原寿夫

第1話

「今日、集まってもらったのは、他でもない。今回の大会、優勝候補の三高の芝。負ける相手ではないと、先生は思っとる。」

土屋は、目を輝かせている。

「ハイ!」

「今から教えることを身につければ、必ず勝てる。」

「ハイ! お願いします、先生!」

顧問の柳先生は、両手を鍵の字に結び、「ガウダマ・シッダールダ君!」と叫び始めた。生徒は、ジッとその光景を見つめている。

「ぴよろろろ~ん。」と、体を左右に揺らしたかと思うと、生徒は、それを真剣に見ている。

「ガウダマ・シッダールダ君! ぴよろろろ~ん。」

と、土屋がそれを真似た。

「違う。体のキレが足りない。もっとこうや。で、ぴよろろろ~んの時は、もっと腰をしなやかに。ガウダマ・シッダールダ君! ぴよろろろ~ん。サンキュー。ハイ!」

柳は、厳しい目つきで、土屋に教える。

「ガウダマ・シッダールダ君! ぴよろろろ~ん。」

「全然、違う。それでは、名工の関にも勝たれへんで。トーマス・ワトソン君! ぴよろろろ~ん。」

「トーマス・ワトソン君! ぴよろろろ~ん。」

「ヨハン・セバスティアン君! ごろ~ん。」

「ヨハン・セバスティアン君! ごろ~ん。」

「もっと肝から声出せ!」

「ヨハン・セバスティアン君!! ごろ~ん。」

「もっと!」

「ヨハン・セバスティアン君!!! ごろ~ん。」

柳は、土屋をキッと睨み付けた。土屋は、気をつけの姿勢を、辞めない。

「勝てる。」

一言、そう言って、柳は、部室を後にした。土屋は、遅練を繰り返す。夜通し、それが続いた。


 翌朝、部室で寝ている土屋を、柳は、揺さぶり起こした。

「おい、土屋。もう朝やぞ。こんな時間までレッスンしとったんか。」

土屋は、眠い目をこすりながら、

「あっ、先生。おはようございます!」

と、叫んだ。

「いよいよ大会当日や。ええか? 自分をかなぐり捨ててでも、審査員を納得させろ。それが出来たら、この大会は、お前のもんや。」

「ハイ! 先生、ご指導ご鞭撻ありがとうございました。」

 会場には、スルメイカを全身にぶら下げている男子学生。フルートを小脇に抱えた女子学生。太鼓を背負い、作務衣姿で歩く男子学生。そのさまざまな様相が、この会場を賑わすと同時に、「全国高校生一発ギャグ大会」の横断幕が、幅を利かせていた。

「ええか? 土屋。ここにいる人間、みんな面白そうにみえるやろ。確かにみんな面白い。ただな、小道具を使ったギャグよりも、内側から湧き出てくるギャグが、どれだけ凄いかっていうことを、お前は、今日、証明するんや。気合入れて行って来い。」

「ハイ! 行ってきます!」

「最後に、これだけは、教えておいてやる。審査員が、笑ってないから、自分は面白くないんや、と思わんことや。やり切った先には、審査員の心を鷲掴みにしているはずや。それだけは、忘れるな。」

 体育館には、淀んだ空気と、やるせない緊張感が、渦巻いていた。土屋は、三高の芝と出くわした。

「おぅ、土屋やんけ。また、去年みたいな、サブいやつ頼むわ。」

「芝さん、あんまりハードル下げんといてくださいよ。ほんまに僕がサブいやつみたいですやん。」

「まぁ、実際そうやからな。」

と言い残し、芝は、くるりと振り返り、行ってしまった。

あいつ調子こいとんな。そう思った。


「ギャグ一本、よろしくお願いします!」

それが、本大会の実践に入る前の挨拶になっているのが、隠れたルールだった。

「しめ縄っ! しめ縄っ! フワッフワッ!」

そう言って、タンバリン代わりにしめ縄を使うギャグをしている男がいた。しめ縄は、タンバリンほど、音が鳴らずに、縄のこすれる音だけが、会場を谺した。尚も続けようとする男に、審査員は、

「はい、わかりました。」

と、落ち着いた声で制し、長テーブルの上のメモ用紙に、ボールペンで、何かを書いている。

恐怖とも緊張とも言えない異様な空気が、その場を席巻していた。男子トイレの奥のほうから、嗚咽のようなものが聞こえてくる。

次に、登場したのが、先ほど、会場外で出くわした、フルートを持った女子学生だった。

「ギャグ一本、よろしくお願いします! 鼻でフルートを奏でます!」

そう言うと、彼女は、鼻にフルートを宛がい、見事にドレミの歌を奏で始めた。途中で、ピーッと鳴る不協和音に、審査員から、失笑が漏れた。

「はい、わかりました。」

審査員は、ちょっと笑っている。土屋は、少し額から汗が出た。

「負けるかもしれない。」

そう思った。その時、顧問の先生の言葉が蘇った。

「小道具を使ったギャグよりも、内側から湧き上がってくるギャグがどれだけ凄いかをお前は、今日、証明するんや。」

そして、土屋の順番が来た。

「ギャグ一本! よろしくお願いします!」

緊張から、吹っ切れたせいか、腹から声が出た。審査員は、何も道具を持たない土屋にか、その気合の入った声にか、「おっ!」という顔をした。

「セバ! セバ! セバ! セバスティアン君!!!」

両手を鍵の字に結び、土屋はそう叫んだ。

「ごろ~ん。」

土屋は、その場に前回り前転をした。スッと立ち上がると、

「ガウダマ! ガウダマ・シッダールダ君!! 起立!!」

思いっきり大きな声で叫んだ。

「礼!! ぴよろろろ~ん。」

思いっきり、腰を回した。審査員の一人が、くしゃみをした。

「はい、わかりました。」

と、審査員が言うよりも先に、「トーマス・ワトソン君!!」と叫んだ。

「君には、礼言うとくわ。スーッスックスースックスースックスー。」

全てをなげうった。

「君、土屋君って言うの?」

目を落とした審査員が、初めて、土屋の名を呼んだ。

「はい!」

「今朝の食事覚えてる?」

「忘れました!」

審査員の一人が、

「いい。」

と言った。

「これ、どこで練習したの?」

「学校の部室です!」

土屋は真っ直ぐな目で、そう答えた。聞いた審査員の左唇が上がった。

「はい、わかりました。」

淡々と、審査員は、メモ用紙に何かを書き込んでいる。

「手応えあったか。」

「全くわかりません。」

「そうか。それやったら、大丈夫や。」

顧問の柳先生は、そう言って、土屋を安心させた。

「芝の演技でも見てから帰るか。」

二階のロビーから、芝の様子が覗える。漫談をしている最中のようだが、何を話しているのかわからない。審査員は、俯いて聞き入っている者。ジッと芝の演技を見ている者。たまにクスッと笑う者。様々な反応があった。

 ただ、演技は長く続いた。

 素人目にも、間延びしているのは、一目瞭然だった。去年の優勝から、練り直した演技を、分断に盛り込んだことが伺える。ただ、長い。落ちを見たとき、目の前にある光景が、土屋にとって灰色へと変わった。

 ウケている。審査員全員が、一斉に笑い出した 。

「あれが、優勝候補の演技や。来年頑張れ。」

そう言った顧問の柳先生は、肩を落とした土屋を慰めた。

 結果は、準優勝。土屋は、歴然とした差で、三高の芝に敗れた。

 今年卒業の芝は、プロに行くという。プロという世界が、どれほど厳しいものなのか、土屋には、想像もつかなかった。

「ひとつだけ言うことがある。」

芝は、そう言って、土屋に近づいてきた。

「お前も、プロの世界に来い。単独でライブするよりは、テレビでお前と活躍してみたい。こんな臭い台詞お前に言いたくなかったけどな。」

「芝さん。こんな大会に何の意味があるっていうんですか? 人笑わせるために、凌ぎを削って、誰かを傷つけて。」

「お前もわかるやろ。笑いの難しさ。それが、飽きられない為の日々の鍛錬、勉強。全ては笑いの為や。」

「ありがとうございます。」

「鼻でフルート吹いてた子、お前のタイプやろ。」

「あんなん嫌ですわ。」

「お前が、審査員制して、トーマス・ワトソンに礼言うギャグ、ちょっとおもろかったぞ。」

見ていてくれたんだ、と思った。

「まぁ、お前とは、コンビ組まれへんけどな。」

土屋は、なんでやねん、を噛み殺した。仕切りをやらせたら、この人は、日本一になるかもしれない。あの日やったネタの内容が、知りたくてしょうがなかった。

「審査員笑わせるって、凄いことですよね。」

「ただのシモネタや。」

照れながら、芝は、そう言った。吹きすさぶ風と、暗い太陽が、それでも尚、笑いに取り憑かれた男を、鼓舞しているようにも思えた。

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