偏食家 その四(了)

「ケンジさん、やっぱもったいないことしたと思いますよ。見たでしょ、あのボインの子の内腿。ぶるぶる震えて、うまそーだったじゃないですか。お前はやっぱり黒髪?」


「まあな。ポニテは渡さねえよ。あの生意気な面をボッコボコにしてまずは一発キメる。それに少年の方はゴーレムさんのもんだし」


「いやー、レムさんにも悪いけど男につっこむのは俺理解できんわ」


「ちょっと~、オッパイは俺が先に目をつけたんスよ~」


「年上を敬え。オッパイ半分やるからそれで我慢しろ」


「ケンジさん、いまからでも遅くない。戻ってヤリませんか?」


「 やりたきゃ一人で行きな」


 ケンジはベッと唾を吐き、手持ちのどんな刃物よりも冷たく鋭利に睨め上げた。


「わかりました、わかりましたよ。だからそんな顔しないで下さいよ。だいたいアンタのことだ、実は腹ン中じゃ相当迷ってるでしょ? 図星ですよね?」


「そいつの言うとおりだ。装備もいいもん持ってた。上玉が三に男が二だ。ボーナスステージだよ。狩猟の神様のお導きに違いない」


「そうっスよ~、お仕事完了してるんでスし、ハメハメドッピュンした後みんなでゆっくりお食事にしましょうよ~」


「――この話はおしまいだ。さっさと歩け。相手が悪い。二度と言わないぞ、いいな」


「ケンジさん、あんた子ども大好きでしょう? こんなチャンス、滅多にない」


「だな。デカいのがケツについてるおかげで他がうまく隠れてる。デカいのはヘッドショット、そこから茫然としてるガキどもの足をクロスボウで撃つ。やれるさ」


「やろうぜ。俺のムスコはもう我慢できそうもねえし」


「もういい、充分だッ! 俺一人でバラバラになったお前等の肉や骨をこっそり拾って帰れってか? 見たろ、アイツは既にオレ達を警戒してる。勝てっこねぇんだよ、アイツがどんな化物なのかをお前ら知らねえからそんなのんきなこと言ってられんだッ! 恥を知れごうつくばりどもめッ!」


 ケンジはひとり歩き始めた。


「でもあのおさげの子、超好みでしょ?」


 しかしピタリと動きが止まった。


「チョー好みだよ、俺の大好物だよ! そりゃ悔しくてたまんねえよ。あんな目ぇキラキラ輝かせてさ、ほっぺたプニプニでさ、もうちょっとでかぶりつくところを『鉄魔人』が止めてくれたから良かったものの、そのままヤッてたら全員壁のシミにされちまったんだぞ……俺はリーダーなんだ……チームの命預かってンだよ……」


 両手を掲げ、身を捩り、ひとしきり地団駄踏むと、ケンジは意気消沈してがっくりと肩を落とし、あまつさえ目に涙を浮かべた。


 カズオは目をぱちくりとした。


 我らがリーダーがこんなにも自分たちのことを考えていたとは思っていなかったからだ。


 迷うことなくナイフを突き立てたり、顔の形が変わるまで殴りつけたり、肉をこそぎ取ったりと、これまでの過激な手段は意に従わせるための鞭だと思っていたが、そうではなかった。


 自分たちのような血の気の多い荒くれどもをまとめ上げるというよりも、肉体に直接訴えること――言葉のような複雑で抽象的な曖昧さを廃したシンプルでスピーディーな意思の伝達――が彼なりのやり方・コミュニケーションなのだ。


 殴打する固い拳のひとつひとつ、甘噛する歯の隙間から漏れる熱い吐息に嘘偽りはなく、訪れる死を具体的な痛みをもってイメージさせ、友情以上の感情を表現し身体に刻みつけようとしたのだった。


「リーダー、腹減ったスね……」


「確かに。どーします? さっき仕留めたので我慢します? 食うなら用意しますけど――リーダーはミディアム? いつも通りにレアですか?」


「やっぱり生が一番だよな! ――とくに子どもを食うならさ」


「でた~、まじパないっス! 煮ても焼いても炙っても美味いっス、けどいくら新鮮だからって子ども食うのに生食はあり得ないっスよ! 火はちゃんと通さないと~」


「好物はどんな食い方しても腹を壊さないんだよ!」


 京浜急行・青物横丁駅の第四階層に男たちの楽しそうな声が響き渡った。





 蛍光灯がさんさんと輝く迷宮内をぶらぶらと練り歩き、物怖じせず歌をうたう。


 戦闘音を聞きつけたならすぐさま駆けつけ、迷宮探索者に加勢し、圧倒的戦力で異形どもを蹴散らしていく。


 戦闘が終われば各自状態をチェックし乾きを潤す。


「チョー奇遇。まさかこんなとこで人間と会うだなんてサ。これもなにかの運命?」


 高い戦闘力を賞賛され、顔色の悪い男たちは卑下た笑みを浮かべ、謙遜する。


 そして手持ちの弾薬・食糧・水・情報を交換しながら会話に花が咲く。


「冷えてなくて恐縮なんだがー、スイカ一玉と肉を交換しないか?」


「肉? ベーコンとガッチガチの干し肉でよければ――」


 ケンジは受け取った干し肉の塊に鼻を近づけてスンスン臭いを嗅ぐと、心底馬鹿にしたような笑みを漏らしそれを床に落とした。


 そして怪訝な顔をする迷宮探索者に突如抱きつくなり、ガチッと前歯が鳴るほど強く喉笛に噛みついた。


 男はなにが起きたのか理解できないといった様子で立ちすくみ、ゴボゴボと鳴る喉の息苦しさよりも、全身に広がる恐怖に心奪われていた。


「あ、いいっスねえその表情。はい、そのまま――」


 パシャッという音とフラッシュに男はビクンと震えた。


 革つなぎの男の一人がポラロイドカメラで恐怖に青ざめる一瞬を切り取り、吐き出されたフィルムを満足そうに振って現像されるのを待った。


 ケンジにしがみつく男はズルズルと崩れ落ちると背を弓なりに反らし仰向けになると、黒っぽい血を口と傷から溢れさせながらいっぱいに開いた目で仲間に助けを求めた。


 しかし彼の仲間は熱病にでもかかったように震え、手に持つ剣や銃を忘れて逃げ出した。


 クチャクチャと湿った咀嚼音がゴクンという音に変わると、カツッ・カツッ・カツッという乾いた音が通路に鳴り響いた。


 ゆったりとした足取りでケンジは小刻みに痙攣する迷宮探索者に近づき、喉から飛び出たボルトの先端に人差し指を当て、その鋭さに眉を上げた。


 そして腰のナイフを抜き、人差し指に唾を付けて刃に映る薄い眉を整えながら言った。


「オレたち肉食系男子、とにかく肉には目がない。いまは好みよりも、この飢餓感をどうにかしないと気が狂って死んじまいそうだ。ものすごいゴチソウをおあずけされたらさ、ジャンクフードでも口に入れたくなる……それが人間だ、わかるだろ?」


 迷宮探索者は、道に迷った女の子のように涙を浮かべ、喉を貫くボルトを押し出したら良いのか引き抜いたら良いのか迷っていたが、やがて痰がからんだような声で血とともに憎悪を吐き出した。


「そ――ギ、ギザギザ弓……マンハンター?! 変態じ、じ、人肉売りめ――ゴボッ」


 ケンジは顎にナイフをあてて無精髭を少し剃って切れ味を確かめた。


「オレはお前みたいな汚らわしいのと違う。スパスパと切れるナイフに魅入られた単純な男、趣味と実益を兼ねたニッチ産業の奉仕員、動物好きのこども好きがこじれて食事が偏っちまっただけの憐れな――おーい、写真の用意できてる? 『肝掘り』はこいつからだ。解体作業の様子の何が楽しいんだろうな? オレには理解できねーよ、写真見ながらシコシコやってんのかね? そうだ! クズ夫、レバ刺し食べるだろ?」


「だからカズオですって。つーかせめて火ぃ通して下さいっスよ~」


「臭いからするとタバコは吸ってないな。おい、お前、酒はどれくらい飲む? あん?」


 ケンジは迷宮探索者の口許へ耳を持っていった。


 そうでもしなければゴボゴボという排水口が鳴るような音で声が聞き取れなかったからだ。


「ぐ、狂っでる……」


「食事バランス以外はまともだよ」

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迷宮探索苦労裸図 シーモア・ハーク・ロッチ @S_HERC_Rotch

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