偏食家 その三

「スマン! 謝る! このとーりだ!」


 ケンジは急に立ち上がるや鉄兵に向き直ると、拝むように両手を合わせてパンと鳴らし、深く頭を下げた。


「……冗談でも、子供に刺青なんてよしてくれ」


 鉄兵は無防備にさらす頭頂部の緑色のモヒカンには目もくれず、凛の頭に手を置くと、背後に隠すようにしてうしろへ下がるようにと促した。


「ほんとーにスマン! なあ許してくれよ」


 にへっと笑うケンジは愛想笑いが効かぬと察するや、ひたすらに神妙な顔をして許しを請うものの、鉄兵は目をそらし相手にせず雪緒たちに無言で頷き出発する旨を示した。


「そうだ! コイツを受け取ってくれ、最高級品だ! 美味くてほっぺた落っこちるぞ!」


 ケンジはやおら荷物を解き、中からラップに包んだ冷凍肉を差し出した。


「待て、待ってくれ。仲直りしよう。お、疑ってるな? 大丈夫だ、バケモンの肉じゃない、安全だ。オレ達はこう見えても美食家で食い物にはうるさいんだ、ゼッタイ美味いから! それに身体は資本っていうだろ? もらっといて損はないって。こんなマズイ顔してるけどケッコー子ども好きなんぜ、オレ。その子たちに美味いもん食わせてやりたいんだよ」


 鉄兵は冷凍肉とケンジを交互に見たが「すまない」とひとこと言って背を向けた。


 これに仲間の一人が怒りに身を乗り出したところ、


「交換ならどうですか? そのお肉とこちらの桃です!」


 千登勢が遮るようにして言った。


「マジか?! サンキュー、サンキュー、サンキュー! 恩に着るよお嬢ちゃん!」


 ケンジとしては手をとって感謝の気持ちを伝えたかったが、鉄兵の突き刺さる視線に思いとどまり、冷凍肉を両手で捧げ頭を下げた。


 千登勢が大容量バックパックを下ろし中身を探っていると、


「俺はデカパイちゃんの桃が食いてえなぁ」


 髪の長いチャラチャラとした見た目の若者が、その後ろ姿ではなく、チェックスカートに遮られた肉付きの良い尻に呟いた。


「ゴーレム」


「――ぐぇっ?!」


 ケンジが言い終える前には、スキンヘッドの大男が片手で若者の首を締めていた。


「ニイサン、ほんとーにすまない。肉と桃を交換したら俺達は退散するオーケー?」


「……わかった。それでお互いなにもなしだ」


「それでいい、十分だ。俺たちは桃を食う、あんたらは肉を食う、オーケー?」


「オーケーだ」


 若者が四つん這いになって咳き込んでいると、ケンジが脇腹に蹴りを入れた。


 仲間たちはそれを見てニヤニヤしているだけで助け起こそうともしなかった。


 鉄兵はゴーレムに桃を手渡し、受け取った冷凍肉を鋼太郎に持たせた。


 別れ際、ケンジは申し訳なさそうに肩をすくめ、後方を見て言った。


「この先ずーーと東に進むと階段がある。ただし上り階段だ。探索するなら北か西だ」


 鉄兵は黒ずんで汚れたケンジのブーツを見つめたまま言った。


「……この先進むとスイカ・そうめん・グレネードマシンガンを見つけるかもしれない。俺達が見つけたものだが好きにしてくれ。迷宮ではなんであれ拾った者に所有者がある」


「それがルールだ」


 ケンジは恨みっこなしだぞと念を押すように立てた人差し指を振った。


「幸運を祈るよ」


「ニイサンたちにも幸運を。それから腹一杯食わせてやってくれ。そうだ、名前教えてくれよ」


 鉄兵は厳つい眉の下の双眸にはっきりと拒否を示し、ゆっくりと首を横に振った。


 ぶるりと震えるケンジは通り過ぎる一行の背中をただただ見送るしかなかった。





「モリモリ食べて大っきくなれよー!」


 遠くでバンザイして手を振る大小の女の子の姿に、ケンジは頬をゆるめ、同じようにして大きく手を振って返した。


「リーダー、どのタイミングでやるんスか?」


 髪の長いチャラ男がAKMSアサルトライフルの折りたたみ式ストックを引き伸ばし、派手に弾倉を叩き入れコッキングレバーを鳴らした。


「あ、馬鹿野郎……」


「え、なんスか?」


 ケンジはチャラ男の前に立って大きく手を振って笑顔のままにささやいた。


「よく見ろクズ夫、あのデカいニイサンがこっちを睨んでる」


「いい加減名前覚えて下さいよ~、『カズオ』っス、カ・ズ・オ。ヒュー、あのでかいのヤル気マンマンじゃないっスか! こっちも負けねーぞ、と」


 カズオは舌なめずりしてAKMSを構え、巨体と大盾を活かして仲間を覆い隠す、仁王立ちの鉄兵の顔の中心に狙いをつけた。


 遠くからでもはっきりと眉間に走る地割れのような深い亀裂を見て取ることができた。


 叩きつけるような、ぶ厚い殺気に当てられたカズオは、へへへと笑いながらも冷や汗を垂らし、トリガーにかける指に力を込めていった。


「馬鹿やってねーで、ほら、行くぞ」


 ケンジは動こうとしないカズオの後襟をつかみ強引に引っ張るも、それに抵抗したので、腰のククリナイフに手を添えた。


「なぜやらない?」


 ゴーレムはスキンヘッドを撫で上げて言った。


 数も戦闘力もこちらの方が優位、せっかくの獲物をみすみす逃がそうとしていることへの抗議を添えた、重苦しい溜息を漏らして。


「オレは現代アートの素材になる気はさらさらない」


「はあ? なんスかそれ? あのデカいのだけやればあとは楽勝っしょ?」


「仕掛けたらこっちは壁のシミにされちまう。オマエが囮になるっていうならありがたい、オレは喜んでこの場から逃げる。おっと荷物は置いてけよ」


「リーダーなんでブルってんのさ? ゴムさんだっているのに」


「その略し方はやめてくれ」


「相手は『鉄魔人』だ。行くぞ」


「あれが、そうなのか……話に聞いていたのとだいぶ違うな」


「間違いない。肉渡したときにボウズが名前を呼んだ」


「なんで二人だけで納得してんスか? お願いしまスよ、俺にもその昔懐かしエピソード語って下さいよ~、先っぽだけでいいスから~」


「スースースースーうるせえんだよ、クズ夫!」


 仲間のひとりが火のついた煙草を投げつけた。


「ニイサンのあの目を見ただろ? あれは『人殺しの目』だ、ブルって当然つーの! 以前にオレらの仲間をぶっ潰し回ってた殺人マシーンなんだよ! 野郎、ガイキチのくせに子供なんかはべらせやがって……」


 ケンジが苛立たしげに頭を掻くと、モヒカンは踏み荒らされた芝生のようになって乱れに乱れた。

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