偏食家 その二
男達は、どこからどうみても異様だった。
黒い革のつなぎやジャケットに金属製の胸当て、アサルトライフルにクロスボウ、いくつものナイフだけを見ればどこにでもいる迷宮探索者――剣を背負うものもいた。
全員ドラッグでもやっているような不健康そうな荒れた肌をしているが、皆一様に愛想よく笑顔をふりまくもののやはりどこか卑しさは拭えず、あからさまに裏がありますといった具合に歪んで見えた。
顎を引きジロリ睨めあげるリーダー格の後ろで、値踏みをするように、鉄兵たちを順々に見ては肘で小突き合いヒソヒソ話をする。
とくに凛・雪緒・千登勢を見る目つきは舐め回すという表現がぴったりながらも、頭の中でめまぐるしく計算しイメージを形にしていく仕立屋のような落ち着きと深みがあった。
かと思えば子供のようにキャッキャと笑い声をあげる。
しかし黒々とした瞳の奥は底が知れない。
鉄兵はそんな彼らの視線を集めるように、わざと大きな背伸びをし、
「いやいやスマンね。お次はどんなバケモノの登場かと思って身構えてたら緊張で固くなっちまって。あんた達が人間で良かったよ、ホント」
ニコニコと笑い大袈裟に安堵のため息をつく。
リーダー格の男が同じようにニコニコと笑って手を差し出すと、鉄兵は刺青だらけのその手をとってごく自然に挨拶を交わした。
「ケンジだ。悪いな臭くて。オレたちはハンター、『肝掘り』をやってる。しっかし驚いたぜ、角を曲がったらニンゲン様が待ち構えてるんだもんよ。あんたらが悪党なら俺達はミンチになってたな」
違ぇねぇと後ろで控える男達はバカ笑いしてお互いの肩を叩いたりした。
そのリーダー格の男は細面で頬骨が出でいるが顔立ちは整っており、笑顔を絶やさぬものの目つきは鋭く酷薄、緑色に染めたショートモヒカンのヘアスタイルもあって爬虫類のような印象があり、いまにも二股にわかれた舌がチロチロと薄い唇の間から出てきそうだった。
「それで、狩人さんたちの景気どうだい? 俺たちは今日に限って言えば食い物ばかりで少しうんざりしてる」
「そうだなぁ『お土産』目的じゃないからなぁ~、バケモンとぶつかってなんぼ、実際に売れてなんぼの商売だからなぁ~。ま、量だけで言えばなかなかのモンだ。幸いにして怪我人もナシだ」
親指で男達が背負うバックパックを示した。
「いつも世話になってる、感謝してるよ。おかげで何度か命を救われてる」
「ハッ! そんなこと言われんのは初めてだ。大抵のやつは隣のボウズみたいな目を向けるか、鼻をつまんで舌打ちするかだ。慣れっこだし、そのぶん稼いでるから気にしちゃいないがな」
鋼太郎は憚ることなくじっと見据えたまま、左手でショットガンを持ち、さりげなく右手を腰に当てて不測の事態に備えていた。
彼らの姿は、雪緒においても同様、犯罪者としか映っていなかった。
「いや~重ね重ねスマンね。この子は愛想がないうえに人見知りで、目つきが悪いのは生まれつきだ、許してくれ。それにここに来て日が浅いからどんな仕事してるかを知らないんだ」
「問題ない。臭い奴ってのは、今も昔もイジメの対象だからな。いいかボーイ? オレ達が臭いのには理由がある、『肝掘り』だ。別にキモい奴等の尻にぶちこんだりするから臭いわけじゃない。迷宮に住むバケモンの腹をかっさばいて内臓をゲットするのが仕事だ。大昔に『熊の胆』が重宝されてたのと一緒だ」
「彼らが持ち帰る異形の爪や骨や皮を材料に防具や傷薬が作られる。極力傷をつけずに異形を狩る技術と胆力は相当のものだ。彼らなくして装備の充実はありえない。薬草や苔なんかの採集も彼らの仕事だ」
「褒めすぎだよニイサン。商売にしては野蛮すぎる。それに異形つってもニンゲン様と大して変わりはない。ドバドバと血が出て脈打ち、心臓があって肺があって色とりどりの内臓、下手にナイフを入れればクソまみれの小便まみれ。薬師どもは俺たちがクーラボックスから取ってくるか迷宮の奥で営業している肉屋から仕入れてるもんだと思ってる……すまし顔のくそったれめ。だが稼ぎは悪くない、それだけが救いだ」
「えっと……その、すみません」
「気にすんなよ、言っただろ、慣れてる。せっかくだから仲直りの握手をしよう」
ケンジは刺青だらけの右手を差し出した。
鋼太郎はしっかりと目を見て、しっかりと手を握った。
ひんやりとした温かみのないその手はまさしく爬虫類のよう、しかも握り返してくる指は蛇のようにからみつく。
異質な感覚に総毛立った。
しかしケンジの人差し指の第二関節に刻まれた刺青に惹きつけられた。
首や袖からのぞく腕にところ狭しとある彫り物の中で、それだけが妙にひっかかった。
ゲームかアニメにでも出てくるような、M型のギザギザした弓に矢がつがえてあるシンボル――人差し指をまっすぐ伸ばせば、その鋭い二等辺三角形の矢尻がお前の心臓を捉えているぞと宣言するような、シンプルながらも際立ったイメージを彷彿とさせるデザインだった。
「わー、ヘンな落書き!」
凛の驚きの声が全員の視線を集めた。
千登勢とコショコショと話をしては指をさしていた。
「へっへっへっ、ミスターゴーレム君だ。デカい図体だが女のような気配りをするうちの紅一点だ。なんなら近くで見てみるかいお嬢ちゃん?」
その大男は逞しい筋肉を模したブレストプレートを身に着けており、むき出しの肩と上部僧帽筋は腫瘍のように盛り上がって並々ならぬ筋力を見せつけ、ケンジと同じく隙間なく刺青に覆われていた。
ゴーレムというあだ名の原因であろう、スキンヘッドの額に黒字で『Emeth』とあり、『E』の部分にはバツ印がしてあった。
「なんでバッテンしてあんの?」
大男が困っていると、ケンジはしゃがんで目線を合わせた。
「『真実』を意味する単語なんだが、お話に出てくるゴーレムは『E』の部分を削られると死んじまうんだ。『meth』は死を表すからな。だけどあらかじめ『E』を消してるからコイツを殺すことはできない。逆に死を与えるんだ。カッコイイだろう?」
「へー、哲学的~。ていうか中二病ぽいね」
ミスターゴーレムは柄にもなく照れているようで困った顔をしていた。
「オレのも見てくれよ」
ケンジはわざわざ金属製の胸当てをはずし、つなぎのチャックを下ろした。
顔色の悪さからは想像もつかないような、鍛えぬかれた筋肉が姿を現した。
タンクトップに遮られている部分以外すべて刺青に彩られていた。
「職人さんの魂がこめられてるんだぜ。イカすだろ?」
「んー、デザインはまあまあかな」
「和彫の方がいいってか? 年のわりにシブいねぇ」
「そうじゃなくて、なんか絵柄が下品ていうか」
「こらこら、そんなこというんじゃない。すまない、どうにも口が悪くて」
「子供の言うことさ。それに他人がどう言おうとオレはこの刺青に信念もってる。それで十分だ。それにな、お嬢ちゃん。これはちょっと趣味悪いかもしれんが、単なるファッションじゃあない。魔除けとしても機能してる。強力なやつだ。おかげで迷宮をどんなに徘徊しても大して危ない目にあっていない」
「えー、ホントに?」
「ホントさ、誓ってもいい。お嬢ちゃんの腕、肩、太もも、手の甲そして指――力が欲しい所に思いと文様を刻み込むんだ。ここでは『満たされない心』『喉から手が出るほど欲しい』っていう思いが人を強くする。それをカタチにすることで願いは力となって具現化する――それが刺青だ。ココだけの話……オレ欲張りだからさ、あれもこれもってやってるうちにいつの間にかこんな風にスペースがなくなっちまった。残るは……どこだと思う?」
凛がクスクスと笑うと、ケンジはにっこりと笑顔をみせ、
「なんならお嬢ちゃんにも――」
うっとりとした表情で刺青だらけの手を伸ばした。
が、その手は半ばにして止まった。
凛が切り揃えた前髪パッツンをさっと押さえたからではなく、がっしと肩を掴まれたからだ。
別に強く掴まれたわけでもなく、痛くもない。
ただ肩に置かれた鉄兵のぶ厚く大きな手から発せられる力の予兆、たぎる熱、万力のような重量感に、動きを止めざるを得なかった。
革つなぎの男達に緊張が走った。
革製品独特の擦過音が鳴って大男ゴーレムの組んでいた両腕はそっと解かれ、背負う剣の柄に向かってゆっくりと動いた。
雪緒は、千登勢を庇うように前に進み出で、そっと腰を落として刀の鍔を押した。
鋼太郎は、肋骨からはみ出そうな心臓の高鳴りを鎮め、グロックの銃把を握る。
見上げる凛の表情に怯えを見て取ると、ケンジはネコ科の肉食獣のように全身の筋肉をたわめ、深く静かに息を吸い吐いた。
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