偏食家 その一

 鉄兵さん曰く、第四階層は『ふるい』だ。


 砂金採りをイメージしてもらえればわかりやすい。


 うまく網の目を通ることができれば次のステップへ、駄目であるならば通ることができるところを探すまでの簡単な事柄だ。


 通り抜けられないことには理由がある。


 ひとつはゲームでいうところのレベルの概念――四階層に出現する異形たちに手こずり負傷者が出るようであれば、次の階層に行っても死を待つばかりだ。


 ひとつは探索継続能力の不足または低下――水・食糧・回復薬等の見積もり誤りのほか、雪山に遭難したような予想もしない事態に陥ることで探索を諦めざるを得ない状況に追い込む。


 様々ある内のひとつとして、迷宮というシチュエーションそのものが、迷宮探索者の進退を阻み、生き死にを左右する。


 探索に必要な値の張る武器・防具・道具。


 戦い生き延びる力。


 観衆も目撃者もいない迷宮という閉鎖空間。


 『ふるい』の上の小石が――望むと望まぬとに関わらず――必然的にぶつかり合ってしまうように、人間同士がぶつかり合うのも自然なことだった。


 迷宮探索者は『欲』で動いているのだから。





「ここのところ四階層で止まっちゃいますね、なんででしょ?」


 しばしの小休止、緑茶とにぎり飯で英気を養っていたところ、千登勢は顎の下でペコペコとボールペンをノックし、お手製のマップの再確認をしながらパーティー共通の疑問を口にした。


 雪緒が親指についた米粒を舐めとって言った。


「簡単は話だ。五教科の内ひとつでも赤点を取れば平均点はぐっと下がる。迷宮がどう判断しているのかは皆目不明だが、つまりそういうことだろう」


「なるほど、つまり誰かさんが足を引っぱってると? なるほどなるほど」


 凛は熱い緑茶をフーフー冷ました。


「年齢制限だろ。こっから先は子ども料金用意してませんので悪しからず~的な?」


「誰が子ども料金だ?! とっくに大人の仲間入りですぅ~」


 じゃあ下の口におヒゲが生えているのかな、とは死んでも言えない一言。


 場は盛り上がるかもしれないが、命の保証はない。


 命あっての物種、酸いも甘いもあっての人生、押して駄目なら引いてみなが迷宮探索――だから途中で帰還するのも同じ階層を何度も挑戦するのも悪くはない。


「別にいいじゃないか、最下層を目指してるわけじゃないんだし。なあ、鋼太郎君?」


「え? ええ、そうですね」


「殿がそれでは困る。シャキッとしろシャキッと」


 雪緒が不機嫌にへの字口になったのは、うわの空といった感じの鋼太郎にではなく、別なところに原因があったがそれを口に出すことはなかった。


 右手にショットガン・左手ににぎり飯、じっと後方の警戒にあたっていた鋼太郎は左手のものを思い出したかのようにむさぼり食いはじめた。


「今日の四階層もヘンなとこですね。白砂と松林の迷路をどんどん進んでいくと、いつもの見慣れたタイル張り通路だなんて……」


「そりゃあのまま海に行けてたら最高だよなーとは思うが、行けたら行けたでひと波乱起きそうで俺は胃が痛くなるよ」


「海! それは盲点。むむむ、やっぱりヤキソバは外せないよね? むむ、かき氷?」


「海でも山でもいいけど、もっとガバッと大きく稼ぎたーい」


「……鉄兵、このまま進むなら『お土産』の整理が必要だ。帰るなら話は別だが」


「さてと今日の戦利品は――」


 ダンボール詰めの備長炭・桃・さくらんぼ、桐箱入りのそうめん、スイカ一玉、戦槌、水平二連式の散弾銃、それからこの休憩場所としている通路に鎮座ましますH&Kグレネードマシンガン。


 高級さくらんぼ・紅秀峰はすでに半分以上が三人娘の腹に消えた。


 しかも貴重な水を使って洗ってから食べている――確かにうまかったが……うーん。


 海が待ってるかもしれないから! と千登勢ちゃんが大事に抱えていたスイカは諦めてくれるだろう、諦めてもらわねば困る――水分補給に役立つだろうが……うーん。


 グレネードマシンガンは論外――こんなクソでかいものを人の手で持ち運ぶのは不可能、桜子の姐さんのところへ持っていけば高値で引き取ってもらえるかもしれないが今日の探索を諦めることになる。


「よし、備長炭・桃・散弾銃を持って行くぞ。そうめんは桐箱捨てて中身半分をジップロックにインだ」


「そんな?! スイカさんを置いていくなんて……ひどい……こんなにポンポンいい音するのに……鉄兵さんの鬼、悪魔の天魔のこんこんちき!」


 千登勢は抱くなり目に涙を浮かべながらもスイカに頬ずりした。


「千登勢ちゃん、俺だってこんな立派なスイカを置いてくだなんて……嫌だよ。桃かスイカで迷ったんだが、断腸の思いで決めたことなんだ。だから代わりにそうめんを持って行こう」


「鉄兵さん……」


「ねーねー、その小芝居いつ終わんの?」


 凛は見つめ合う二人を面白くなさそうに眺め残り僅かとなったさくらんぼの種を遠くに飛ばし、雪緒はやれやれという具合に音を立てて緑茶をすすった。


「あのー、鉄兵さんは戦鎚使わないんですか?」


「俺が? 冗談はよしてくれよ。こんなデカい盾を持つだけで一苦労なのに」


 納得のいかない鋼太郎をよそに、鉄兵はそうめんを移す用意にかかった。





 第四階層へのチャレンジはこれで何度目だろうか。


 不思議と三階層まではすんなりと驚くほどの短時間で進むことができるのに、第四階層については下り階段が見つからなかったり、右往左往しているうちに『風』が吹いて進退窮まったり、大群による消耗戦などで踏破に至ることはなかった。


 訓練場や飯屋で話を聞いてみると、みんなそんなもんだと言う者もあれば、誰かのレベルが足りないからだ、迷宮に嫌われてるからだ、条件を満たしていないからだ、オマエみたいな間抜けがいるからだと答えは様々で、ようするに誰もはっきりとしたことが分らないのだった。


 ひとつわかったことは、一度踏破すれば四階層は時々つまずく程度になるそうだ。


「まあ運次第だよ。俺なんて連続五回も二階層で詰まったことがあるぞガハハハハ」


 と、鉄兵さんは言った。


 最高でどこまで行ったことがあるか聞いてみると、


「俺と千登勢ちゃんは六だ。雪緒ちゃんは?」


「……七階層への階段を見つけたがそこで引き返した」


「俺と同じか。賢明な判断だな」


 という答えが返ってきたが、殿として後方に集中するフリをしてリンコさんは終始黙りこくっていたのはなんとなく予想できる理由、なにも言わないのが吉であるのは過去の実績と経験からだ。


「ちなみにリンコも五階層は経験していない。鋼太郎君と同じだ」


「場数がちーがーいーまーすぅ~!」


 鉄兵さんがガハハと笑って頭を撫でようとするのを、リンコさんはげっ歯類の頬袋のように膨らませてその手を払った。


 鉄兵さんと雪緒さんで六階層か……。


 千登勢さんが言っていた、『七階層を越えてさらに深い奥底へ』か。


 なにが待ち受けているのか想像もつかない。


 そして『願望機』とは一体――


「鋼太郎」


 雪緒の、短刀を額に突き立てるような、研ぎ澄まされたその声に自然と足が止まり、KBP・RMO-93リンクスが肩付けされた。


 ぼうっとするなという注意ではなく、ハスキーボイスを一オクターブ低くした短いその一言で、全員に緊張が走り戦闘態勢へと移行させた。



 なんだ――――音――声?



 通路に反響して聞こえてくるぼんやりとした鐘の音の余韻のような音が、はっきりと、そして形をもって、だんだんと近づいてくる。


 親指で鍔を押し出す雪緒が一歩前に出るかと思いきや、わずかに浮かせた足を後退させて千登勢の横についたのは、鉄兵が前に進み出たからだった。


 鉄兵は構えるショットガンを隠すようにして更に進み出るや大きく手を振った。


 遠く前方の曲がり角より現れた黒い影のゆらめきが一瞬止まるもすぐに動き出した。


 声は止んでいた。


「よう!」


 鉄兵がはっきりと声に出し、ゆっくり大きく手を振り続けた。


「撃つなよ」


 口で弧を描くのであるが、声はこれまで聞いたこともないほど緊張に満ち満ちていた。


 その理由はすぐに分かった。


 黒い影から発するドライアイスの冷気のように気だるく渦を巻くものが、しかし蛇のように素早く這いより脚にからみよじ登り、鋼太郎の心臓にゆっくりと牙を立てようとしていた。


 だがそれはお前の勘違いだよと言わんばかりの陽気な声が前方より返ってきた。


 長いものを両手に掲げバンザイとも降参ともとれるポーズをしながら近寄ってきた。


 一、二、三――合計六人の人間――薄汚れた格好の男達。


 袖や襟からのぞく肌が黒ずんでいるのは、汚れているからではなく、呪詛をはりつけたような刺青の侵食によって肌色の面積が極端に少なくなっていたからだった。


 黒い革のつなぎ、刺青、アサルトライフル、クロスボウ。


 そして身体中いたるところに大小のナイフがあった。


 品定めするように忙しなく動く目は充血。


 一様に顔色悪く、生乾きの髪、そして異臭。


「オイーッス! 景気はどうだいニイサン? そして坊っちゃん嬢ちゃんたち?」


 濁った瞳の目つきはとにかく悪い、だがリーダー格の男は気持ち悪いほ陽気で、親しげに笑うその顔に作為的なものは感じられない。


「まあボチボチだね」


 鉄兵も親しげに答えた。


 声はしっかり届き、相手の顔もしっかり認識できる。


 が、タダではすまない距離。


 さすがの雪緒も一息では詰められない距離。


 だがアサルトライフルとクロスボウを構え放つには十分な距離だ。


「チョー奇遇。まさかこんなとこで人間と会うだなんてサ。これもなにかの運命?」


 リーダー格の男はへっへっへっと笑い、両手をあげて大袈裟に身振り手振りを交えるが、その濁った目は古井戸のように底が見えなかった。

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