M M O

天虹 七虹

M M O

 小さな町工場の応接室で、青年はアルバイトの面接を受けていた。人事担当者が、一通り履歴書に目をやると、顔を上げて話しかけてきた。

「『ノゾム・タカミ』さん、ね。……えっと、工場で働いた経験はありますか?」

「い、いえ。ありません」

「そうですか……」

 担当者は少し含みを持たせて、そのように言うと、履歴書にまた目をやった。

「(え? 残念そう? なんで? 『未経験者歓迎』じゃなかったの?)」

 ノゾムは人事担当者の態度に内心、焦りを感じていた。

「えっと、では、タカミさんがこちらを選ばれた理由は何でしょうか?」

「(き、来たー! 困る質問その1。お約束の選んだ理由。――正直に言うのが良いって、求人雑誌とかネットに書いてあったけど、実際に『生活のため』とか『お金が欲しいから』なんて言ったら駄目なやつでしょ? ……でもさ。アルバイトや派遣とかで来る人の理由は、ほとんど、そうじゃないの?)」

「タカミさん?」

「あ、はい。えっと……。(ど、どうしよう? マニュアル通りに御社の――。と、答えるべきか、それとも正直さを打ち出すべきか……)あ、あの……。お、お金が、その……、はい」

「……なるほど、そうですか」

「(や、やっちゃった……かも)」

「――ところで、十八歳で男子校を卒業してから、二年間の『空き』がありますが、その間は何をされていましたか?」

「(うわぁ……。出ました、困る質問その2。――ありのまま、正直に言うとするならば『働いたら負けと思ってました』とか『自宅警備員をしてました』なんだけど……。そんなこと絶対に言えないよな。……結局、正直者が馬鹿を見るように出来てるんだよ。この世の中は)」

「……」

「(あ、いけね!)え、えっと。は、畑作業してました」

「ご実家は、農家ですか?」

「い、いえ。家庭菜園的なものです。(本当は、室内で作っている野菜だけど……。容器の土に栄養を与えたり、水をあげたりしてるし、嘘ではないよな)」

「――この工場は、『ミウトシティ』では小さいものですが、一部製品は世界の企業と取引しています。工場経験がないと慣れるまで大変かも知れません。畑違いの仕事になると思いますが大丈夫ですか?」

「(え? 『誰でも出来る簡単なお仕事』じゃなかったの? ……ていうか、今の笑うべきだったの?)え、えっと。はい、大丈夫です。(不安で、大丈夫じゃないけど……)」

「そうですか。ありがとうございました。では、本日はこの辺で。結果は、後ほど、ご連絡します」

「あ、はい。ありがとうございました」

 ノゾムは席を立つと一礼して応接室を後にした。工場の外に出て、しばらく歩き、駐車場にある自分の車に乗り込むと、ため息をついた。

「ふう。……まあ、無理かな。なんとなくだけど。……でも、いいか。情報となんか違う感じがしたし。こういう怪しいところはさ、どうせ社員と同じことやらせて社員が楽するんだよ。こっちは安い給料で良いから、簡単な仕事だけをしたいのに、どんどんやらせるんだよ。うん。――むしろ、ここは落ちた方が良いのかも知れない」


 ――この面接は失敗で、落ちるだろう。と、思いながら、ノゾムは車を走らせた。ただ、そう思いつつも……。生活のためにお金が必要なことは確かなので、淡い望みを抱いていた。

「……いろいろ言ったけど。なんだかんだで金はいるし。最悪、どんなところでも働かないと駄目だよなぁ」

 工場から家までの距離は、およそ五分。お金が一番の理由ではあるが、家から近いというのも面接を決めた理由として大きかった。

 誰しも、遠いところよりは近場の方が良い。それはノゾムも同じだった。しかし、家に着いてから見たメールで、その好条件は諦めた。



「オワタ……」

 ある程度の予想をしていたとはいえ、「不採用」という通知を目の当たりにするとノゾムは、うなだれてしまった。

「ふぅ。――仕方ないか。また、履歴書を書かないとな。……ていうか、履歴書返せって感じだよな。……いや、そもそも『履歴書を提出しろ』なんて古いんだよな。『Pナンバー』だけでいいだろ、常識的に考えて」


 ノゾムが独りごちた「Pナンバー」とは、正式名称を「パーソナルナンバー」と呼ぶもので、国民一人一人に割り振られた、十六桁の番号のことだ。これで、その人の住所などが分かるようになっている。

 導入前に様々な懸念があったが、政府はこの制度を強引に推し進めた。国民の多くは、「いつの間にか、やることになっていた」という印象が強く、個人情報の詰まった番号が流出する可能性に不安を抱えていた。

 実際、過去に個人情報流出の問題は、たびたびニュースで流れた。ここ最近は、そういうことも少なくなったが、このナンバーに関しては不快感を持つ者がいて、「我々は人間である。番号札のついた家畜ではない」と、主張する者や「情報が流出しないくらいの完全管理社会になってからでないと」という声が、いまだに存在する。


「……今度は、少し遠くても良いから、Pナンバーでオーケーなところにするかな」

 そう言いながら、ノゾムは自分の部屋のパソコンを起動した。それと同時にケータイの電話が鳴る。

「――母さんからか。……タイミングいいな。いや、悪いと言うべきか?」

 通話にするとノゾムの母親の声が聞こえてきた。

「ノゾム。どう? 元気にしてる?」

「ああ、うん。まあ、ね」

「なによ? 歯切れが悪いわね」

「そ、そうかな? 父さんは元気?」

「二人とも元気よ。あ、替わるわね」

「え? あ、うん」

「ノゾム、元気でやってるか?」

「あー。うん。まあ、ね」

「なんだ? 歯切れが悪いな。金に困っているのか?」

 ノゾムは図星をさされて、一瞬、焦った。

「いや、その。……でも、心配しないでいいよ。こっちのことはさ。――それより、海外ボランティアの方はどう? 生活とか慣れてきた?」

「ああ、まあな。それなりにやってるよ。……ノゾム、あまり無理はするなよ。本当に困ったとき、頼れる相手がいるうちは頼ったっていいんだぞ? まあ、相手が受け入れてくれるかは別としてな。――もちろん、父さん達はいつでも相談に乗るが」

「ありがとう、父さん」

「――あ、母さんに替わるな」

「うん」

「ノゾム。生活の方、大丈夫なの?」

「あ、ははは。平気だよ、今のところはね。だから心配しないで」

「そう? 本当に困ったら連絡しなさいね?」

「うん、ありがとう。……で、何か用事だった?」

「ううん。声を聞きたかっただけよ」

「そっか」

「そう。じゃあ、特になければ、これで切るわね」

「うん、またね」

「じゃあね」

 通話が終わると、ノゾムはケータイをしまった。母親のミユナと父親のカケルは、今年の正月から海外ボランティアに出かけていた。

 そのため、ノゾムは一人だけで生活している。そして、これを機に自分で生計を立てることを決意して両親にもその意思を伝えていた。

「……自分で決めておいて、助けてくれなんて言えないよな――。少なくとも、もう少し手を尽くしてからでないと」

 あと数日で、二月になるが、遅くても春までには何かしらの収入を得るようにしようとノゾムは考えていた。

 すると、突然テレビがつき、甲高い音が鳴り響いた――。


「うわ! 勝手についた。何コレ? え、緊急放送?」

 黒い画面には、大きな白い文字で「緊急放送」とあり、その下に「しばらくお待ち下さい」という白い文字が、横に流れながら表示されていた。

 テレビから継続的に聞こえる「ピンポン、パンポン」という音が、外の方からも聞こえてくることにノゾムは気付いた。

「何だ? いったい、何なんだ?」

 ――その状態が、一分ほど続いた後。テレビの画面に変化があった。映し出されたのは、会見場で、そこには総理大臣「ハート・ベア」の姿があった。

 四十歳という若き総理大臣は、真剣な表情でカメラの前に立っていた。甲高い音が止み、今度は一転して沈黙が続いた。

 多くの国民は「緊急放送」なのに、「なぜ情報を出さないのか?」と思っていた。ベア総理が映ってから約一分。この妙な静けさが国民の不安を高まらせた。


「――それでは、これより緊急放送を始めます。……総理、お願いします」

 進行役の言葉を受けて、総理が口を開いた。


「……このような突然の放送で、国民の皆様におきましては大変、不安に感じられていることかと存じます」

 低い声で、落ち着いて話しているように思えたが、その声は若干震えていた。

「これから、お話しすることは全て事実であり、嘘でも……、ましてや冗談でもないことをあらかじめ明言するものでございます」

 甲高い音のときと同じく、町内放送のスピーカーから、総理の声は響いていた。この国のあらゆる媒体を利用して伝えられていることは、多くの国民が勘づいていた。


「到底、信じることは出来ないかも知れませんが……。この星は、他の星より宣戦布告を受けました。そして現在、開戦準備期間でありますことを国民の皆様に、謹んでご報告致します」

 この放送を聞いて、ほとんどの人は驚きの声をあげたが、中には、一笑に付する者や混乱する者もいた。

「――皆様の胸中、察するに余りあるわけでございますが、先ほども、伝えました通り、これは回避出来ない事実でございます。……証拠、といっては何ですが、これから映像を皆様に見て頂きたいと思います。これも、CGや映画といった創作のものではないことを明言致します」

 総理が言い終えると、進行役が録画された映像を流すことを告げた。しばらくすると、テレビの画面は暗くなり、放送を開始するカウントダウンが映し出された。



 ――カウントが終わり、映像が始まると多くの人が驚いた。見たことも聞いたこともない生物が映っていたからだ。


 大きな卵の形をした黒い顔に、目や鼻や口などは、ぱっと見では見当たらず……。ライオンのたてがみのように見えた黒い髪の毛は触手みたいにうねっていた。

 顔や上半身だけで、それから下は映らなかったが、ときおり見える黒い尻尾が全身の色を黒だと想像させた。

 姿形も不気味だったが、多くの国民を一番ゾクリとさせたのは、片言ながらも、こちらの言語で宣戦布告をしたことだった。話すときに見える小さな口らしきもの。それが白く見え隠れするのが妙に現実味を帯びていた。

 この映像で国民の大半は、総理のこれまでの発言が、嘘では無いことを実感した。だが、それでも疑う者や信じられない者は多く、「国を挙げての盛大な『ドッキリ』ではないか?」という声や、「税金を使って素敵な映画を作りましたねw」という皮肉も、ネットなどではあがっていた。

 ――そんな中、映像は切り替わり、今度は別の生物が現れた。それは、微力な光を放つ宇宙人らしき生命体だった。

 全体は白く、頭部は楕円形で、胴体は円筒形をしていた。多くの人が「こけし」を連想したが、こけしというよりは、白色の短いロウソクに火を灯(とも)したような状態という方が姿としては近かった。

 さっそく、ネット上では「光るこけし現るw」や「急にクオリティーが落ちたな」といった不謹慎な声があがった。しかし、同じくらいに「現実を直視しろよ」や「お前ら、ふざけすぎだろ(怒)」と真摯に受け止めようとする言葉も出てきていた。


 この生命体は、光の状態で感情を表すタイプらしく、顔の部分や手足などは完全に無かった。発光の強弱と共に語られる流暢(りゅうちょう)な言葉は、この戦争のあらましを説明した。



 最初に、こちらの言語で挨拶すると、そのまま宇宙人は話を続けた。性別は不明だが、柔らかな口調は女性のような印象を与えた。

 宇宙人は、自分のことを「ラトニ星」から来た「ラトニ」という種族だと伝えた。個人の名ではないが、明かす必要も無いのでラトニと呼んでくれて構わないという。


 ――ラトニは続けて、自分達の役割を説明した。それによると、ラトニの星は、「永世中立星」(えいせいちゅうりつぼし)というものであり、完全な中立を遵守する星だという。

 自分達から攻めることはないし、逆に攻められることもないらしい――。それは、この銀河における絶対的な公平さと中立を維持するため守られており、「星際法」(せいさいほう)というもので保障されているとのこと。


 星際法というのは、この銀河にある星と星との関係を規律する法のことで、秩序を維持するための約束事のようなものらしい。

 今回の宣戦布告も、その法の下に行われている。仮に、宣言しないで攻めたり、強引に攻めたりした場合は侵略戦争と見なされ、星際法に準じた星々から非難される。……最悪の場合、淘汰(とうた)されることもあるという。


 ラトニは、宣戦布告した宇宙人「ビジタ星」の「ビジタ」と、この星の人間との戦争を「宇宙協定」(うちゅうきょうてい)に則(のっと)り、行く末を見届けるらしい。

 宇宙協定とは、星と星との間に結ばれた各種取り決めのことで、その内容は協定を結んだ星によって変わり、同じものもあれば、違うのもあるという。


 星際法との違いに混乱しそうだが、要は、この銀河(少なくともノゾムの住む星の銀河)全体の決まり事が星際法。そして、星々がそれぞれにした、様々な約束事を宇宙協定と呼ぶとラトニは伝えた。


 今回の戦争では、その協定により、ラトニが舞台を用意して審判や管理をするという。その際、ビジタとこの星の戦力バランスを考慮すると、戦力アップするサポートが必要と判明するのだが、その役目は、「銀河安全保障条約」(ぎんがあんぜんほしょうじょうやく)を結んでいる宇宙人「トラベ星」の「トラベ」がすると打診があり、ラトニはこれを受諾したと述べた。


 銀河安全保障条約とは、星と星が個別に結んだ平和や安全を守るための約束で、この星は他にもいくつかの星と結んでいるが今回はトラベに決まったようだ。

 この星の人間、どこの国のどんな人が戦うかは、サポートするトラベに一任したとラトニが伝え終わったところで映像は止まった。



「――引き続き、映像をお送りしますが、心してご覧下さい」

 進行役の声が、少しだけ震えていたが気付いた人はあまりいなかった。おそらく、映像を見て動揺したり、情報の整理に頭を使ったりしていたからだろう……。

 しばらくして、映像が再生されるとラトニの手前に小さな箱が運ばれてきた。先ほど、トラベに一任したと伝えたが、この箱の中に選出された結果が紙に書かれて入っているのだという。細かい選出の基準は知らないが、受諾してから決まるまでは早かったらしい。


 選出され、戦う人達。それは「人類の代表」を意味していた。ラトニも前置きとして、この選出した人々が負けたときが、この星の負けとなることを明言した。

 はっきりと言い終わると、光を少し落として数秒間だけ沈黙した。それから箱の中の紙を出すことを告げると、光を放ちながら紙を空中に浮かび上がらせた。

 白紙の紙は、ふわふわと浮いて、ラトニの胸辺りでピタリと止まった。少し間を置いた後、そこに書いてある言葉を発しながら、紙をこちらに見えるようにひっくり返した。


「MIUTO」


 すぐに口頭で発表せず、こうしてワンクッションを置いたのは、ラトニなりの配慮と思われるが、なんとなく既視感のある光景に人々は戸惑った。

 ネットでは「オリ○ピックの発表かよw」という声もあがったが、それをいさめる人は、しばらく現れなかった……。



 この映像は、最後に紙のアップになって、ラトニが挨拶して終わった。大きく書かれたMIUTO(ミウト)の文字の下には、小さめに他の情報も書かれていた。



  MIUTO


  チキウ

  ニポン

  ミウトシティ



 ラトニの映像が終わってから少しして、総理の会見が再開された。

「……繰り返しになりますが、これらのことは全て現実でございます。この星、この国のミウトシティの皆様におかれましては、寝耳に水の話でありまして、受け入れがたい事実であることは想像に難くありません」

 ベア総理は、口を真一文字に結んで間を置くと、話を続けた。

「しかしながら、この戦争は『人類の存亡を懸けた戦い』とも言える事態でございまして、不可避でございます……」

 額の汗をハンカチで拭うと、改めて姿勢を正し、まっすぐ前を向いた。

「……選出されました、我が国。ミウトシティの皆様にかかる重責や負担を考えますと、大変、心苦しく思います。むろん、政府と致しましては負担を軽減するように全力で支援することをお約束しますが――。その際、戦地に向かわない、国民の皆様の協力も必要不可欠でありますことを先に明言させて頂きます」

 そこまで述べると、ベア総理の隣に大きなパネルが運ばれてきた。

「これは、戦争をサポートするという宇宙人。トラベから受け取ったメッセージを書き出し、拡大したものです。戦争への『参加条件』が書かれております。先ほど、ラトニが、『この星の人間、どこの国のどんな人が戦うかはサポートするトラベに一任した』とありましたが、その主な内容となります」

 総理がパネルに手をやると、カメラはズームアップして文字を拡大させた。



  *参加可能

   [前提として、無職であること]

   住所がミウトシティ

   十八歳以上の人間

   無職、未婚者

   無職、既婚者

   (専業主婦・専業主夫、含む)

   基本的に、世帯につき一人が参加


  *参加不可

   [有職(ゆうしょく)している者]

   住所がミウトシティ以外

   (住所変更せずに住んでいる者)

   六十歳以上の人間

   犯罪者

   精神状態や健康状態が著しく悪い者

   条件を満たしているが、よそにいる者



「――詳細は、特設サイトをオープン致しますので、そちらで確認して下さい」

 三分ほど映った後、進行役がそう告げると画面は切り替わり、総理を映し出した。


「この情報を受け取る際の映像はありません。――いえ。あるには、あるのですが……。トラベの姿は映っていないため、あまり意味が無いと申すべきでしょうか。つまり、このメッセージは、いわゆるテレパシーで送られてきたものであります。厳密には違うらしいのですが、分かりやすく言うと、そういうことのようです」

 進行役が、その様子も一応サイトに用意すると述べた。その間に、ベア総理は用意された水を一口含んで喉を潤していた。


「……お気づきになった方も、いらっしゃるかも知れませんが、この戦争への参加は義務ではありません。――我が国が選ばれ、ミウトシティをベースに、用意された舞台……。異空間の舞台へ赴くわけでありますが、基本的には任意となっております。むろん、状況次第では、強制的に戦地へ向かうことをお願いすることになるかと存じますが……。ひとまずは、そのようになっております」

 ミウトシティの住人だけが戦うわけではないと知り、義務ではないが、状況次第で強制もあり得ると聞いた国民は少しざわついた。

「トラベの方が仰るには、戦地に赴く人数には限りがあるとのことでして、参加可能な人数は決まっているそうです。……つまり、ミウトシティでの戦力が切れた際は、ニポンの他の県から移住し、参加して頂く、ということです。――ちなみにですが、数に違いはあれど、定員に関しましては敵側にもあるようでございます」

 定員が決められていることへの不満を抱く者もいたが、敵側にも制限があると分かると、それほど大きな声にはならなかった。

「――そもそも。なぜ、我々の国が選ばれたのか? と思うわけでありますが、そのことにつきましては、メッセージを受け取る際に判明致しましたので要約してお伝えします」

 総理は、数秒ほど下に視線をやると、壇上に用意しておいたメモを確認した。


「それによりますと、『ラトニの用意した、異空間の舞台[戦争フィールド]でサポートする際は、戦闘能力の向上や相性の良い相手が選出の基準となる。――それを基にして、この星……。チキウ全体で算出した結果、該当する者が多数いるニポンを選出。さらに、平均よりも優れている人々が多く住むミウトシティをベース(基地)にした』とのことであります」

 選出の経緯が明らかになり、勝手に決まったことではないと一応の理由は説明された。しかし、それで納得が得られるかどうかは別の話で、その辺はベア総理も承知していた。

「……加えまして。先ほどの参加条件は、これらと密接な関係があるため『例外は無い』そうであります。――これらの件をふまえまして。負担の中心となるミウトシティに対し、政府は『ベーシックインカム』を特例措置として、適用することを急遽(きゅうきょ)、決定致しました。これは、本日ただいまより『特区』(特別区域)に指定するものであります。……厳密に申しますと、正確な開始時刻は、この放送が終了次第となります」

 あまり聞き慣れない言葉が続き、国民の大半は困惑していたが、ベア総理はさらに話を進めた。

「ベーシックインカムとは、簡単に申しますと『最低限の生活保障』のことであります。参加条件が職の無い方でありますから、その支援や援助……。端的に言えば、お金の支給をするものでございます。――施行するに当たりまして、先に明言致しましたが『戦地に向かわない国民』の皆様には協力をして頂くことになります」


 ――必要不可欠の「協力」という言葉の裏に「負担」があることを文脈から感じ取っていた国民はそれなりにいた。しかし、ベア総理の語った具体的な内容は、予想した者も、しなかった者も驚かせた。

 それは、大幅な「増税」だった。……現在、国民が負担している「消費税」この消費税に、まず十パーセントが加算された。そして、酒やタバコといった嗜好品(しこうひん)。これらの税も増え、その値段は跳ね上がった。

 特に、タバコは「ヘビースモーカーくらいでないと買わないのではないか?」と思えるほどに高くなった。

 増税に対し、ほとんどの国民が反感を抱くのは当然で、そこかしこで落胆や怒りの声が上がり始めていた。――しかし、このような反応が出ることは、ベア総理も想定の範囲内だったらしく、次のように述べた。


「……おそらく。不満の声が上がっていることと存じます。……しかしながら、申し上げたいのですが――。これは『戦地に向かわない方々』が出来る唯一の協力となります。この支援が向かう方の助けとなるのです。……万が一。どこかまだ、他人事(ひとごと)のように感じている方が、いらっしゃいましたら……。ぜひ、その認識を改めて頂きたいと思います」

 柔らかく、それでいて力強く語った総理の言葉に、反感を示していた人々の声は鎮まっていった。もちろん、完全にとまではいかないが、多くの人は気持ちを切り換えたようだ。そしてそれは、総理の次の言葉で確実のものとなった。


「当然、国民の皆様だけに負担を強いるわけではございません。今回の戦争が終わるまで私の給与は半分にカット致します。――それ以外の国家公務員の給与は、希望者のみ任意の数字をカットすることに決定しています」

 ベア総理の給与を半分にするという発言は、多くの人に好評だった。……その一方で、他の人達は任意ということに不満を抱く国民もいた。「半分」とは言わないが、ある程度のカットは一律でするべきではないかと思っていたからだ。

 しかし、実際のところは任意であっても希望する者は多数いたため、国家公務員に対する不満はさほど出なかった。

 希望者が多数という、その背景にあるのは、端的に言えば「アピール」だった。それは、次期政権を狙う政治家に多く見られた。いわゆる「人気取り」の行為にしか過ぎない――。もちろん、中には純粋に支援のつもりで希望する人達もいたが数は少ない。


 ベア総理の一通りの発言が終わると、進行役が緊急放送の終了を告げた。

「これにて、緊急放送を終了します――」


 緊急放送が終了する際。進行役は、今回の件についての詳細は特設サイトなどで各自、確認するように促した。

 その発言と同時に、テレビの画面には特設サイトの「URL」や「QR」(高速読み取り)ができる二次元バーコードが映し出され、しばらく表示されていた。――また、放送終了後には特設サイトのURLを記載したメールを一斉に配信するとも伝えた。

 加えて、ネットが利用できない人は、市役所に窓口を設けるので直接行って確認するか、国営放送のチャンネルでテレビのリモコンのデジタルボタンを押せば情報が見られるようにするので、それらで確認するようにとも伝えた。

 そして、最後。特設サイトには、ミウトシティに住む人だけが行ける「特別なリンク先」があることを進行役は伝えた。そこから先は「戦地へ向かうことを決断する重要な場所」になるらしいと言い終えると、緊急放送は終了した。


 放送が終わると、様々な反応が、さらにたくさん現れた――。ぼんやりする者。詳細を知ろうとする者。相談し合う者。全く信じない者。ネットで呟く者。真実か嘘かを論じる者。言い争いをしている掲示板の祭り状態を楽しむ者。宇宙人を美少女に擬人化する者。風刺画を描いて小馬鹿にする者。終末論を語る者。真剣に世の中のことを思う者。

 ――数限りない、考えや思いがニポンを駆け巡っていた。



「……なにがなにやら、わからない」

 ノゾムは、降って湧いた突然の出来事に、どのように対処してよいのか困惑していた。


 確かに、近隣での戦争ならまだ現実味があるのだが、いきなり他の星と言われてもピンとこないだろう。それは、ノゾムに限らず多くの人の感想だった。

 ――そんな状態の中、しばらくするとノゾムのケータイにメールが届いた。


「ん? メール? ……あ、さっき言ってたサイトのやつか。……ふう。どうやら本当に起きていることみたいだな」

 ノゾムは、メールのリンクから確認した後、立ち上げておいたパソコンでも特設サイトがあるかどうか確認した。

「――うん。念のため調べたけど、やっぱり存在するな……。夢や白昼夢とかだったら良かったのに……」

 マウスをいじりながら、そう呟くとパソコンから離れてトイレに行った。用を足した後、ノゾムは洗面所の冷たい水で顔を何回も洗った。

「うー、冷たい。(――この感覚は、間違いなく現実だ。俺、わりと明晰夢(めいせきむ)を見るけど、ここまでリアルに感じられないもんな。……まあ、本当は夢かどうかなんて分かってるけどさ。なんていうか、最終確認的なやつはしておかないとね)」

 顔を拭き、部屋に戻ると、脇目もふらずにパソコンの画面を見た。


「……はは、だよね」

 画面は、部屋を出たときと変わらず、特設サイトのトップページのままだった。意図的に動かして止めておいたマウスカーソルの位置も全く一緒だったので、ノゾムは、これを素直に受け入れることにした。


「――さて、この事態を受け入れるとして……。とりあえず、どうしよう? うーん……。そういえば、進行役の人が各自、詳細は確認してくださいとか言ってたな。……確かに、こんな特殊な内容、覚えている人の方が少ないよな。精神的にも普段と違う状態でみんな聞いてたと思うし……。よし、情報を整理するためにもサイトを見てみるか」

 ノゾムは、特設サイトの情報をじっくりと読むことにした。



 特設サイトは、緊急放送のときよりも分かりやすく、詳しく書かれていた。……それは、もちろん当然のことだが、それ以外にも語られていない部分や、新たなこともサイトには記載されていた。

 そのひとつに、緊急放送は国内だけで放送されたもので、世界への放送は後でするというものがあった。

 一斉に放送しなかった理由は、「まず、ニポン国民に広く知らせてから――」ということらしい。……そのため、国内から海外への情報発信などの規制は密かにかけられていたのだが、それらをやろうとした者しか気付かなかったため、それほど騒がれなかった。

 つまり、緊急放送という特殊な情報を受け、それを海外へ報(しら)せようと思ったのは少数だけだったということだ。少数の理由としては、「それどころじゃなかった」か、あるいは、チキウ全体にかかわることなので、「世界放送だと思っていた」と、いったところだろう。


 特設サイトには「FAQ」があり、多くの人が知りたいこと。聞かれるであろうことの回答が用意されていた。――その中で、もっとも多くの人が閲覧したのが「なぜ、『自国防衛隊』(じこくぼうえいたい)が戦地に行かないの?」という内容だった。

 国の危機なのに、護る人達が真っ先に動かないのは、なぜなのか――。という心情が働くのは当然なのだが、これの回答は実にシンプルだった。

 それは、「異空間で行われる戦争で、いわゆる国と国との戦争では無いから。(宇宙協定に則った)」というものだった。

 捕捉として、所属している者が個人的に辞めて、ミウトシティに住所を移して参加するのは可能とあったが、あくまで一例としてのようだ。


 国は、こうして公に認めているが、あまり参加して欲しくないのが本音だった。それは、人数が減ることで、近隣諸国への警戒が弱まるのを懸念したからだ。――それと並んで、もうひとつは、平均よりも優れていると算出されたミウトシティの人々に、まず行ってもらうのが上策。と、考えていたからだった。


 次いで多かったのが、「星際法とかは、誰が決めたの? いつ結んだの?」というものだったが、それに対する回答は「古くから、あるモノ」と不明瞭なものだった。

 このように、明確にされることのない問答もあったが、回答満足度は、それほど悪くなかった。少なくとも、特設サイトに対する悪評は立たなかったので、おおむね納得のいく内容を載せたサイト。と、多くの人が認めたことになる――。



 ノゾムが特設サイトを読み始めてから、およそ一時間。残すは、ミウトシティの住人が進むことの出来るという「特別なリンク先」のみとなった。

 そのリンク先が含まれた「アイコン」は、サイトの上部に置かれ。四角いボタンのような形で点滅しており、他とは違うことを一目で分かるようにデザインされていた。

 これをクリックすると、リンク先の入り口である「Pナンバーを入力する画面」へ行く。そこで、Pナンバーを入力すると、住人かどうかが判別され、参加条件を満たしている者は先へ進めるが、それ以外は特設サイトに戻される。


 リンクを踏み、Pナンバーを入力するところまでは誰でも出来るが、確実に振り分けされるので、その先にある「特別な場所」へ行くことはないし、間違って参加してしまうこともない。

 これらは「特別なリンク先へ行く、アイコンをクリックしたらどうなる?」という項目でも回答されている。――ちなみに、参加条件を満たしている者も、最終確認を承認しない限りは、いつでもアクセス可能と記載されている。

 また、参加は条件を満たしている「現在、ミウトシティにいる者」なので、他県や海外などのよそからアクセスしても、特設サイトのトップページに戻される。

 ――あくまで「ベース」であるミウトシティからでないと、条件に当てはまっていても、参加は出来ない仕組みとなっているようだ。



 ノゾムは、点滅するボタンの付近をマウスカーソルでグルグルと回していた。それは、一通り読み終わり、いろいろと考えながらだったので、ほぼ無意識の行動だった。

「……」

 一番に考えたのは、参加条件のことだった……。世帯に該当する者が複数いる場合は、最低でも一人が参加すれば良いのだが、ノゾムの家の場合は二人いたからだ。

 父親は六十歳だからセーフなのだが、いわゆる、年の差婚だったため、母親は四十五歳と若い。そして、「専業主婦」なので条件は満たしている。

 つまり、二人とも参加するか、無職のノゾムか、母親が行くことになる。……もちろん、拒否することも可能だが、高い税金を払う生活が待っている。ベーシックインカムは「戦地へ向かう者」を対象としているからだ。しかも、ノゾムの場合、両親が海外に行っているため、負担はさらに増えることになる。

 特設サイトの詳細によると、住所がミウトシティのままで、長期旅行していたり、行方不明だったりした場合。(参加条件を満たしていながら、不在の場合)その該当者の分も負担することになっている。

 後日、全国的に世帯調査をするので、「黙っていれば、分からないだろう」などは通用しないらしい。――不在の場合の負担額は、日数によって一定金額が決まっており。半年を目処(めど)に請求される。

 ただし、状況次第では、手続きすれば免除になる場合もあるという。主に、行方不明の場合は免除になりやすいとサイトには記載されている。


 ノゾムは、マウスを動かすのをやめて呟いた。

「……とりあえず、世帯に該当する者が複数いる場合は、誰か一人が参加すれば、基本的に他の人は行かなくて済み、ベーシックインカムも適用されるわけか。――家の場合だと、俺が行くか、働いて、高い税金を払いながら生きていくかの二択ってことになるな……。母さんに行かせるなんて、あり得ないからな」

 特設サイトから少し目を離して、ノゾムはさらに考えた。

「(――でも、今は選択権があるからいいけどさ。もし、誰も参加しないままでいたら、いつかは強制になるんだよな? そのときは、ミウトシティを優先的に……。そうすると母さんだって高い確率で行かされることになるよな? ……っていうか、これって人類の危機なんだよな? 下手すれば滅亡するんだろ? それなのに、本当に何もしなくていいのか? 平均より優れているって選ばれたのに――。いわば、世界の代表なのに。戦わなくていいのか? 確かに、高い税金を払うことで間接的な協力をすることも、それはそれでアリなのかも知れないけどさ。……本当の意味で、日常生活をしたいのなら、根本的な解決をするべきじゃないのか? ……とするなら、俺は――。ん? 何だ?)」

 今、置かれている状況と、今後のことを長考しながら画面を再び見ていると、ノゾムのケータイが鳴った。それは、緊急放送を見終わった両親からだった。

 世界に向けて、後で放送すると書いてあった緊急放送は、ノゾムが特設サイトを見ている間に配信されていた。――内容はフルサイズではなく、編集されたものだったが要点は押さえられていた。

 その配信の前後に、テレビやラジオでも騒がれたが、それらを消していたため、ノゾムは知らなかった。……もちろん、特設サイトでも告知はされたが、トップページに小さい文字で表示するくらいだったのと、考え事に集中していたこともあって、気付かなかった。


「――あ、ノゾム? さっき緊急放送を見たんだけど、これって本当なの? 一応サイトも見たけど、にわかには信じられなくて……」

「本当だよ、母さん」

「そんな……」

「俺も驚いてるよ。いや、ほとんどの人は、そうなんじゃないかな……」

「そう、なの……。あなた、本当らしいわよ。……あ、ちょっと替わるわね」

「ノゾム」

「父さん」

 母親に替わり、父親がノゾムに話しかけた。

「父さん達、今すぐ戻ろうと思ったんだが……。同じことを考えている人が多かったのか、世界が混乱しているだけなのかは分からないが、飛行機のチケットが全然、取れないんだ。だから、いつ戻れるか……」

「そうなんだ。少なからず、影響が出てるんだね……」

「ノゾム。まさかとは思うが、参加しようなんて考えていないだろうな? そんなこと、しなくても良いんだぞ? 高い税金とかがなんだ。母さんとお前の生活費くらい、父さん何とでもなるからな? 早まるんじゃないぞ?」

「……ありがとう、父さん」

 父親に替わり、今度は母親が心配の声を上げた。

「――父さんの言う通りよ、ノゾム。これって『戦争』なんでしょ? しかも、わけの分からない場所でするらしいじゃない。仮に行ったとして、戻ってこられなくなったら、どうするの? だから、駄目よ。絶対にね」

「ありがとう、母さん……」

 ノゾムは、両親からの温かい言葉に目頭が熱くなった。――それと同時に、いろいろと考えていた中で、一番大事にするべきは、やはり「コレ」だと再確認できた。

「ねえ、母さん。『スピーカーモード』にしてくれる? 父さんにも聞こえるようにさ」

「? ええ、良いわよ。……はい、したわ」

「うん。――あのさ。俺、実は今日。面接、落ちたんだよね。たぶん、察していたかも知れないけどさ。……高校を卒業してから二年間も何もしないで、すぐに上手く行くなんて思ってはいなかったけど、それでも内心は少しショックだったんだ。……ああ、働くことのスタートラインにすら俺は立てないのか。……ってね。『誰でも出来る簡単なお仕事』という内容のところで落とされるって、どれだけ無能なオーラ出してるんだよ? ってさ」

「ノゾム……」

「もちろん、これで嫌になったわけじゃ無いよ? 次の働き先のことを考えていたんだけどさ……。突然、こんなことになったでしょ? 働くってことは、始めるのも続けるのも難しいものなんだ。って、ほんの少し肌で感じた矢先にさ……。でね、思ったんだ。そんな難しいことを定年まで続けた父さんはすごいなぁ。って。……毎日、食事を作ってくれた母さんはすごいなぁ。って……。自分が、いかに大切にされて守られていたのか――。父さんと母さんがいてくれたから、今の自分があるんだってことを強く感じたんだ。正直、それまでは、なんとなくにしか感じていなかった気持ちが明確になった気分だよ」

「……」

「とても感謝してる。――だから、俺は。……生意気かも知れないけど、守る側になりたいんだ。……何の取り柄も無い。世間から見たら、ただの甘やかされたガキかも知れないけどさ」

「――ノゾムの気持ちは分かった」

「あなた……」

「だが、親として、子を危険なところへやるなんて考えられないんだ。――お前もいつか、親になったら分かると思うが……」

「父さん。その気持ちは、なんとなく分かるよ。……それってさ、俺が父さんと母さんのことを思うのと同じでしょ? 全く同じ。とまでは言わないまでも、近いものでしょ?」

「ん、まあ……」

「――いつか、強制がかかったら、母さんが行くことになる可能性があるんだ。そのときは金ではどうにもならない。俺は、そんなのは嫌なんだ」

「しかし、な」

「父さん。それに母さん。この戦争はさ……。いわゆる地上の戦争とは違うんだよ」

「ああ、人類の存亡を懸けた戦争。だろ? なおさら行かせるわけにはいかない」

「この戦争で、もし、人類が滅んだら?」

「……それは。――なるようにしか、ならなかった。と、天命だと思うしかないな」

「母さんは?」

「そうね、父さんと同じかしら……」

「だよね……。相手は得体の知れない宇宙人だからね。――でも」

「でも?」

「――二人とも、勝利する可能性があることを忘れていない?」

「え?」

 ノゾムの発言に、二人は同時に声を上げた。

「この戦争は、サポートする宇宙人がいるでしょ?」

「ああ、そう言ってたな」

「つまり、相手が圧倒的な力を持っていても、それに対抗出来るくらい……。少なくとも即死しない程度の力が参加者に与えられると考えられるんだ」

「いや、確かに、協力とか、そんなようなことを言っていたが……。どんなものかも分からんし、本当かどうかすら――」

「父さんの言う通り。確認する手段は、実際に行くしかないけど。……俺は、真実だと思ってる。だから、簡単には人類はやられない」

「ノゾム……」

「家族を守りたい――。出来れば、小さい家族だけじゃなくて、人類という大きな家族も。自分が、それを成し遂げる! ……っていうのは、さすがにオーバーだけど。……でも、そういった気持ちは強くあるよ。その気持ちは嘘じゃない」

「本気、なんだな?」

「うん」

「母さん。……ミユナは、どう思う?」

「あなた――。そんなの、カケルさんと同じで、反対に決まっているわよ。……参加は、何も戦闘行為だけじゃないらしいから。ここから行けるなら、私が行きたい気分よ――。もちろん、二人に止められるのは分かってるけど……」

「……」


 母親の言う通り、戦地への参加は戦闘行為をする者だけではない。――例えば、音楽の生演奏をして癒やしの空間を演出したり、手作りのお菓子を提供したりと「慰安する者」としての参加。「非戦闘員」としての参加が一定数、可能とされているからだ。

 異空間にも、それらの娯楽する施設などはあるのだが、人の手によるものが欲しいときには、そういう人材も重宝されるだろうと、特設サイトには載っている。


「母さん。分かっているとは思うけど、非戦闘員だから『安全』ということは保証してないよ。――だから、行かせることになる可能性を無くすため……。いつか、来るかも知れない強制参加なんか、絶対にさせないために、俺は行くよ」

「ノゾム……」

「安心してよ母さん。――何も、死にに行くわけじゃ無いんだからさ」

「でも、どんな形であれ『戦争』なのよ?」

「……過去の歴史を見ても、生還者はいるよ。大丈夫」

「詭弁(きべん)だわ……。あなたが助かるとは限らない――。そうでしょ?」

「まあ、正直。そんなのは分からないけどね……。でも、今やれることをやらないと俺は一生後悔すると思う」

「なぁ、ノゾム」

「なに? 父さん」

「人は確かに、いつかは死ぬ。……だが、それを早めなくても良いだろう? お前には、もう行くことしか選択肢はないのか?」

「うん。……別に、命を軽視するつもりもないし、死ぬことが怖くないとも言わないよ。でもさ、可能性はあるんだ。この世界を救う可能性が。それが俺だなんて、傲慢なことはもちろん言わないけど……。戦うことで開ける道があるなら、この星が救われる未来を勝ち取れる可能性があるなら、やるべきじゃない?」

「……父さんが、もう少し若かったら、お前を行かせることなんて『絶対』にしなかったのにな」

「あなた……」

「ノゾムと話していて思ったよ。もし、自分が同じ立場になったら、俺は周りの反対を押し切って戦地に行くだろうなって。……そんなところは親子だなって思ったよ」

「父さん」

「ノゾム、もう止めはしない。――お前も二十歳で、大人だしな。だから、一つだけ約束してくれないか?」

「なに?」

「勝った暁には、三人で勝利の酒でも飲もう。――ミウトシティの家で待ってるぞ」

「うん――」

「……二人で盛り上がってるところ悪いけど――。カケルさんは禁酒中でしょ?」

「なんだよ。ミユナ……。水を差すなよ――。良いだろ? その時くらい」

「駄目です。『その時』は、私がお酒なんか飲めないくらいの料理を出しますからね」

「母さん……」

「ノゾム。母さんは、完全に納得はしてないけど……。決心が揺るがないのなら、せめて前向きに見送りたいと思ったの。けんか別れみたいな真似だけは、したくなかったから。……必ず、戻ってくるのよ?」

「うん。約束する。――絶対に戻ってくるよ。……だから、それまで元気でね」

「ええ、またね」

「またな、ノゾム」

「――じゃあね」


 両親と、しばしの別れを済ませるとノゾムは通話を終了させた。充電の残量が少なくなったケータイを机の上の充電器スタンドに置くと、目を閉じて、深く息を吸い込んだ。

「……」

 しばらく、ためてから息をゆっくりと吐き出すと、目を開けてパソコンの画面を見た。特設サイトの点滅するボタンに、マウスカーソルを近づけると迷わずクリックした。

「――よし、行くか」



  Pナンバーを入力して下さい。

  [    ]―[    ]―[    ]―[    ]


   参加条件に該当しない方は入力しても、

   トップページに自動で戻ります。

   該当していても「ベース」以外のエリアからの入力は、

   同様にトップページに戻ります。



「……なるほど。情報通り、か。……えーと、俺のは――」

 ノゾムは、財布から「Pナンバーカード」を取り出した。一応、覚えてはいるが、念のためにナンバーの書かれたカードを確認しながら打ち込んだ。



  Pナンバーを入力して下さい。

  [1707]―[1707]―[0721]―[1919]


   参加条件に該当しない方は入力しても、

   トップページに自動で戻ります。

   該当していても「ベース」以外のエリアからの入力は、

   同様にトップページに戻ります。



「うん、間違いないな。……じゃあ、これで入力完了」

 Pナンバーを打ち込むと、ノゾムは決定ボタンを押した。しばらくすると、画面が切り替わった。

「お、替わった」



  ――ようこそ! 

  あなたは参加条件を満たしています。


  *異空間へ行くための確認ページへ行きますか?

  [ はい ]

  [ いいえ ]


  行く場合は、選択肢の

  「はい」を選んで下さい。


  まだ、行かない場合や

  キャンセルしたい場合は

  「いいえ」を選んで下さい


  *重要*

  ここで「はい」を選んでも最終確認ではないので

  次の画面でキャンセル可能です。

  ですが、間違いが無いようにするため

  決心のついていない方は、

  ここでひとまず「いいえ」にすることをお薦めします。

  つまり、

  次ページ以降の最終確認を承認すると、異空間へ飛び

  自由に行き来することは出来ないということです。



「……ということは、いつ、こっちへ戻れるか分からないってことか。とりあえず、絶対に戻れないとは書いてないな――」

 ノゾムは、パソコンから離れて部屋を出ると家の中を見て回った。冷蔵庫や風呂場など、身の回りをきれいにすると戻ってきた。

「これで、しばらく帰って来られなくても良いな。……仮に、俺が戻れなかったとしても、父さんや母さんが戻ってくるから、いいだろう――」

 そう言うと、「はい」を選択した。



  ――ここは、異空間へ行くかの確認のページです。

  ここで、「異空間へ行く」をクリックして

  「承認する」を選択すると、異空間へ飛びます。

  「承認しない」を選択するとキャンセルします。


  「行きません、キャンセルします」をクリックすると

  トップページへ戻ります。


  *異空間へ行きますか?

  [ 異空間へ行く ]

  [ 行きません、キャンセルします ]


  *重要*

  異空間へ行くと、しばらく戻ることは出来なくなります。

  決して、興味本位でクリックしないで下さい。

  その先にあるのは「戦争」です。

  それを心に刻み、熟考した上で決断して下さい。


  ベーシックインカムは、

  このページに来た時点で適用されています。

  (お持ちの口座にお金が振り込まれています)

  この画面は、いつまでも待機しておりますので

  確認したい方は、確認して下さい。

  出かけているときに、第三者が来た場合は

  自動でキャンセル致します。

  ご了承ください。

  ここで、キャンセルを選択した場合は

  入金した分を戻させて頂きます。


  この金額は基本、変動しません。

  異空間に行くことを確定した日から

  毎月、支給致します。



「――うわ、本当に入ってる。……え? こんなに貰えるの?」

 ノゾムは、充電中のケータイから自分の口座を確認した。あと少ししか無かった残高が一気に、一般的なサラリーマンより少し上の月給になっていた。

「しかも、毎月? これは、すごい! これなら現在の支払いは余裕――。それどころか、この戦いが終わって平和になったとき、かなりの貯金も出来てることになる。……まあ、どれくらいで決着がつくかは分かんないけど。――でも、あれだな。人によっては『命をかけてるのに少ない』って文句言う人もいるかもな。……どう思うかは、人それぞれだから別に良いけどさ」

 ノゾムは、さらに進むことにして「異空間へ行く」をクリックした。

「……平和になったとき、か。――うん。まずは、そこだよな。参加するほとんどの人は、それを実現するために行くんだものな。気を引き締めないと……」



  *本当に行きますか? (最終確認です)

  [ 承認する ]

  [ 承認しない ]


  *重要*

  これが「最終確認」です。

  「承認する」を押すと、

  異空間へ行くことが「確定」されます。

  「承認しない」を押すとトップページに行きます。



「しかし、本当に異空間に行くのかな? ……はは、いまさら疑っても仕方ないか。よし、行こう――」

 最終確認の「承認する」をクリックして、異空間に行くことを確定すると、ノゾムの体は瞬間的に移動した。

 それは、確定した後に「まばたき」をしたのと、ほぼ同時。一瞬で、ノゾムは異空間の個室部屋に来ていた。


「え? 嘘だろ? クリックしたと思ったら、知らない場所に――。いや、ここが異空間ってことか……」

 部屋を見回すと、広さは二畳くらいの個室で、周囲には何もなく。壁も天井も真っ白だった。イスやテーブルどころか、窓や入り口のドアすら無かった。

「――でも、どういうことだ? まさか。閉じ込められた? 罠だったのか? それとも、転送装置的な物の不具合とかか? ……とにかく、もう少し様子を見てみよう」

 ノゾムは、壁などに触れたりノックしてみたりしながら、部屋の中を歩き回った。一分ほど調べたが、隠し扉が現れるとか、壁をすり抜けて別の部屋に行くことも無かった。


「……とりあえず、分かったことは『完全な密室』のはずなのに、酸素があること、か。少なくとも、殺すつもりがないことは間違いないな」

「――ほう、なかなか冷静じゃのう」

 ノゾムの後ろの方から、声が聞こえた。

「誰だ!」

 ノゾムは、慌てて振り返ったが、そこには誰もいなかった。急なことに背中が、ぞくりとしたが、そんなことは構っていられなかった。

「――すまん、すまん。脅かすつもりは、なかったのじゃが……」

 今度は、右手側から声が聞こえたので、すぐに振り向いた。しかし、誰もいない。

「……誰かは、知らないけど。充分、驚くだろ。実際――」

「ふむ。確かに、そうじゃな。すまんかった。……あと、こうして『コンタクト』を取るのも遅れて、すまなかった。代理への手続きに少し手間取ってのう――」

 声は正面から聞こえてきたが、その姿は見えない。プライバシー保護のために加工されたような声の主は、どこにもいなかった……。

 ノゾムは、ふと、あることを思い出した。

「透明人間。……的な存在。って思ったけど。もしかして、テレパシーかな? 緊急放送で言ってたやつ」

「おお! 察しが良いのう。その通りじゃ。まあ、厳密には違うがのう――」

「どう違うんだ?」

「知りたいのか?」

「そりゃ、気になるだろ……」

「ふむ……。では、遅れた詫びとして説明するかのう。――この声は、『母船』から伝えておるものでな、脳に直接電波を送っておるのじゃ。特殊能力とか超能力ではない。まあ、進化したケータイでの通話ってところじゃな。『見えない糸電話』といった方が、わかりやすいかのう?」

「ん、まあ。……それとなくは、わかった」

「そうか、そうか。なかなかに理解力があるのう。ちなみに、この声は異空間では機能せんのじゃ」

「へー。……ん? ここは異空間じゃないのか?」

「広義では異空間じゃが……。正確には、狭間(はざま)じゃな。待機室ってところじゃのう」

「なんで、ワンクッション置くんだ?」

「それは、こうして――。あ、そういえば自己紹介が、まだじゃったな……。今、そっちへ行くから待っておれ」

「え? ここに来るの?」

「うむ。――来たぞ」

「うわ」

 背中を「棒のような物」で軽くポンとつつかれ、声をかけられたので、ノゾムは一瞬、ビックリした。

「――すまん、すまん。また、驚かせてしまったかのう? 初めましてじゃな、ノゾム」



 振り返ったノゾムの目に映ったのは、背の小さい金髪の幼女だった。くりっとした瞳とふんわりとしたセミロング。口角を少しだけ上げた自然の笑みは、幼さの中にも気品を感じさせた。



「わらわの名は、『トラル=マクベリア』トラベ星の女王。いわゆる、クイーンじゃな。年齢は十八歳。おぬしより二歳ほど下じゃが、よろしくのう。まあ、パートナーになるのじゃから、お互い、畏(かしこ)まらずにいこうではないか」

「――えーと、いろいろと聞きたいことはあるけど……。ひとまず、よろしく。俺は」

「『ノゾム・タカミ』で『一メートル七十七センチ』そして『二十歳』じゃろ? 身長はわらわより三十二センチも高い。少し、うらやましいのう。体重は、標準じゃな」

「……あー、Pナンバーで知ってるのか。――でも、身長や体重までは載っていないはずだけど?」

「それは、この部屋で、もろもろ身体検査したからじゃ」

「なるほど、ただの待機室ではなかったわけか……」

「うむ、そうじゃ。ここは、ある程度お互いを知ったり、説明をしたりする場所でもあるのじゃ。……だから、異空間に行く前に、何か聞きたいことがあれば可能な限り答えるぞ。とりあえず、先ほど何か聞きたいといっておったな? それから聞こうか?」

 ――急な環境の変化で、ノゾムはさっきまで密かに警戒していた。しかし、高い身分のわりに、とても気さくなトラルの言葉を受けて、それは気付かないうちに薄れていた。


「あ、ああ。じゃあ遠慮なく。えっと、マクベリアさんは――」

「名前で――。トラルで構わんよ。お互い、敬語も不要でいこうではないか。……なにせ、パートナーじゃからな」

「じゃあ、トラル。――ひとまず聞きたかったのは、そのパートナーのこと。察するに、サポートしてくれるってことだと思うけど。……女王なのに良いのか?」

「問題無い。副王を……。いや、副女王か。ともかく、代理の王は立ててきたからのう。さっきもチラッと言ったが遅れたのは、そういうことじゃ。――だから、なんの心配はいらんぞ。……相性の良い相手が選ばれる。そこに身分などは関係ないということじゃ」

「なるほど。具体的なことは知らないけど、戦闘能力の向上とかに身分は関係ないってのは何だかしっくりくる」

「――うむ。さあ、次はなんじゃ? 『いろいろ』と言っておったろう?」

「えっと、次は……。見た目とかかな。なんていうか他の宇宙人は『個性的』なのに、トラルは――。トラベの方達は、というべきかな? チキウ人とそっくりだし、ニポン語だって、ぺらぺらだし……。なんていうか、そういう宇宙人ってたくさんいるの?」

「うむ、そうじゃな――。わらわの知る限りでは、半分くらいは、いわゆる『人間タイプ』じゃぞ? この星の一部の者は、チキウや人間の生まれる確率は奇跡的。だから、他の星に人間と似た生物が居る可能性は低いとか言っておるが……。実にナンセンスじゃ。その『短い物差し』で宇宙の何がわかろうか――。まあ、どう思うかは個人の自由じゃから、別に構わんがのう。――ただ、少なくとも、わらわ達はこうして存在する。しかも、ノゾム達とほぼ同じ人間としてな。……そもそも、人類というものはじゃな――。っと、これ以上は『抵触』するかもしれんので、やめておこう」

「抵触?」

「まあ、言ってはイケナイこともある。ということじゃ……。充分、推測出来ることじゃがのう――」

 トラルは、ぼそりと聞こえないように推測のくだりを呟いた。当然、ノゾムには聞こえていない。

「……そうなのか。しかし、俺は、別に否定派じゃないけど、半分ってのは驚いたな……。言語は? やっぱり覚えたってこと?」

「まあのう。おぬしらは『原初宇宙標準語』(げんしょうちゅうひょうじゅんご)をまだ、知らんじゃろ? 他の星の者が覚えるのは当然じゃ。そのレベルはともかくとしてな」

「あー。宇宙にも、そういうのあるんだな。これが話せれば世界と話せる的なやつ」

「まあ、そうじゃな。……とりあえず、そう思ってくれても良いかのう――」

 ノゾムは次に、特設サイトを見ていて疑問に感じたことを聞いてみた。


「あのさ、今回の件で作られた『特設サイト』がネットにあるんだけど――」

「うむ。知っておるぞ」

「お、そうなんだ? さすがに、いろいろ知ってる感じ?」

「むふふ。まあのう――。なんだかんだで、それなりに調べるからのう」

「――そっか。で、『星際法』のことが曖昧(あいまい)でさ。誰が決めて、いつ結んだのかの問いに、『古くから、あるもの』って回答なんだけど、これって実のところどうなの?」

「うむ。これはのう……。言っても良いが、信じないかも知れんのう」

「――いや、もはや大抵のことは受け入れられる気がするけど?」

「そうか? では、答えようかのう。『星』じゃ」

「ん?」

「だから、星じゃよ。『ブルーアイ』自身が決定し、締結したのじゃ。あ、ブルーアイというのは、おぬしらの言うチキウのことじゃ」

「……なん、だと? ――つまり、こういうことか? 星に意思があり、そういう宇宙的な決め事をした、と?」

「やはり、おぬしは理解力があるのう。その通りじゃ。ちなみに、『銀河安全保障条約』があったじゃろ? あれは総称じゃから、『トラベとブルーアイの安全保障条約』と正式には言う。あとは『トラブル安全保障条約』や『トラブル安保』とも言うのう――」

「――その略は、なんか微妙だな……。いや、そうじゃなくて! チキウが自分で決めたなんて言われてもだな」

「なんじゃ? 大抵のことは――。とか言ってなかったかのう?」

「う、……まあ、そうなんだけどさ。――うん。正直、驚いたっていうか。そうか……。チキウが、ね」

「ふむ。無理もないかのう――。むしろ、認めただけでも大したものじゃ」

「そう? まあ、完全に納得したかって聞かれると自信ないけど……。少なくとも、それが事実ということは信じるよ――」

「ほう? 信じる根拠を聞いても良いかのう?」

「根拠っていうかさ。単純にトラルがデタラメを言ってるとも思えないし、言うメリットもないってだけだよ」

「ふむ、なるほどのう――。(スケールの大きい話を聞いて混乱しているかと思いきや、なかなか冷静じゃな)ところで他に無ければ、ぼちぼち異空間へ行こうと思うのじゃが、どうかの?」

「あー、そうだな……。あと二つだけ、いいかな」

「もちろん、良いぞ。――ちなみに、異空間については向こうでも説明するし、説明されるからの」

「わかった。……えっと、ここもそうだけど、異空間への移動。『瞬間移動』について、聞きたいんだけど良いかな? 何気に当たり前のようにしてたけど、すごい不思議なんだよね、実際」

「うむ、じゃろうのう――。答えても良いが、『辞書を暗記するくらいの情報量』じゃが、平気かの?」

「え? マジで?」

「むふふ。冗談じゃ」

「なんだ。脅かすなよ――」

「……じゃが、専門家が本気で語るとそれくらいには、なるらしいぞ。まあ、わらわは、専門家ではないから、一般的に言われている説明で簡単にするがの」

「それは助かる」

「この瞬間移動と呼ばれている技術は、主に、『四次元』を介するのじゃ」

「え? 四次元?」

「うむ。それ以上の『高次元』もあるが、基本は四次元じゃ。四次元くらいはアニメとかでも、出てくるじゃろ?」

「そりゃ、思いつくのはあるけどさ――。(アニメとかも知ってるのか……)」

「――で、移動の流れじゃが……。移動する物体や生物は、一瞬で細かい粒子となって、分解される。そして、四次元を介して、転送。目的の場所につくと再構築されて、移動が完了する仕組みじゃ。これが、ほぼ一瞬で行われるのが、いわゆる瞬間移動じゃ」

「……それって、『テレポート』や『ワープ』も同じ感じ?」

「言い方や技術は、いろいろとあるらしいが……。基本的にはそうじゃな。少なくとも、わらわの住む銀河周辺では、そういった認識じゃ」

「へー、そうなんだ。……ていうか、いまさらだけどさ、トラル」

「なんじゃ?」

「こういうのって話しても大丈夫なの? ほら、よくあるだろ? その星のレベルが低いから話せないとかさ。さっきも、抵触とか言ってたし。本当は、何かしらの制限があるんじゃないのか?」

「まあ、平時であれば駄目じゃろうな。……じゃが、今は、そうではないからのう。ある程度の情報の共有は問題無いのじゃ」

「そっか、それなら良いんだけどさ」

「ふむ。――で、瞬間移動のことは分かったかの?」

「いや、分かったような、分からないような――。何か、『たとえ』とかない?」

「そうじゃな……」

 口元に手を当てて、数秒ほど考えるとトラルは答えた。

「では、『メールを送信して、受信する――』というのはどうじゃ?」

「……あー、うん。……送信しても手元には残るけど、なんとなくは――」

「ふむ。『手元に残らない』とすれば、あながち間違った説明でもない気がするが……。ならば『カットアンドペースト』はどうじゃ? 対象を切り取って、一時保存。そして、移動して、別のところに貼り付ける。――これなら意味的には近いはずじゃ」

 メールのときよりもスムーズに理解できたらしく、ノゾムは目を輝かせた

「なるほど。対象は、見た目には切り取られて消えるけど、一時的にデータ化されていて、指定した場所に移すことが出来る――。ってことか」

「どうかの? なんとなくでも理解出来たかのう?」

「うん。俺の中では、納得いったよ。ありがとう、トラル」

 ノゾムに、満面の笑みで応えられたトラルは、少し照れてしまった。

「――そ、それは良かったのじゃ」

 そう言うと、トラルは手に持っていた「棒のような物」のスイッチを入れて、上下に動かした。

「……で、最後の一つはなんじゃ?」

「いや、それはもう聞かなくていいや」

「ん? なぜじゃ?」

「まあ、あれだ……。聞きたいことの答えが分かったってこと」

 ノゾムは、トラルが顔の辺りで動かしている棒を指差した。

「ああ、これかの?」

「うん。……扇子だったのか」

「そうじゃ」

 スイッチの入った、棒の先端は、光り輝く扇子となっていた。広がった扇面は淡い緑色をしており、耳を澄ますと微(かす)かな重低音が聞こえた。

「(――これについては、うん。別にいいや……)」

 ノゾムは、映画やアニメとかで似たような物を見たことがある気がしたが、触れるのをやめた。


「なんじゃ? 『光る剣』とかが出るとでも思ったのかのう? やはり、男の子じゃな」

「……さ、異空間へ行こうか――」

「? うむ、行くとするかのう」

 物言いたげなノゾムの表情を一瞬、気にしながらもトラルは異空間へ行くことにした。



 ワンクッションではない「本来の異空間」へ飛ぶことを決め、トラルが最終的な確認をすると、二人は、違う部屋に瞬間移動した。

「――これまた、見事に一瞬だな。……で、ここは?」

「うむ。――ここが、ラトニの用意した異空間じゃ。……正確には、異空間の舞台である『戦争フィールド』の『初期拠点』じゃな。ここは、その中の個室で、ノゾムに割り当てられたものじゃよ」

「初期拠点……」

「『本陣』といった方が、分かりやすいかの?」

「いや、大丈夫。……しかし、個室が与えられるとは思わなかったな」

「各種設備に加えて、完全防音じゃぞ」

「へー。それは、すごいな。少し見ても良いか?」

「ここはもう、おぬしの部屋じゃ。好きなだけ見ると良いぞ」

 ノゾム達が来た部屋は、六畳くらいの広さで、ベッドがあり、トイレやシャワーなども備え付けられていた。清潔感のある、機能性を重視したビジネスホテルのようだったが、一点だけ部屋として必要な物が無かった。


「――あれ? そういえば、この部屋。……外へ出るドアとか窓とか無いんだけど?」

 ノゾムは、先ほどの異空間の待機室を思い出した。

「そうじゃ、完全なプライバシー保護のためじゃ」

「なるほど。完全防音も、うなずける――。って、違うだろ! 出られないだろう?」

「むふふ。まあ、そう焦るでない」

「いや、普通に焦るだろ、常識的に考え――。あ、そうか。……もしかして?」

「お? 気付いたかの?」

「ああ、瞬間移動を利用するのか?」

「正解じゃ。このパネルで行きたいところをタッチすると五秒後に、そこへ行くようになっておる。キャンセルは、その時間内なら可能じゃ」

 トラルは、壁に掛けられていた「薄いタッチパネル」を取るとノゾムに見せた。花の絵の「スクリーンセーバー」が解除され登録されている場所が現れた。単純に、絵画が飾れていると思っていたので、ノゾムはタッチパネルだとは気付かなかった。


「……へー。食堂に、娯楽室に――。(ん? 司令室? ……ああ、自陣の一番偉い人の部屋か)しかし、いろいろ、あるんだな。ほぼ、何でもある感じじゃないか。……でも、必要なのか? 娯楽施設とかって」

「戦時において、士気を高めるのに、慰安や娯楽は重要な要素じゃぞ? するかしないかは、個人の自由じゃがな」

「へー、その辺のことはよく分からないけど。そういうものなのか……」

「まあのう……。絶対とは言わんが、適度には必要じゃろうて。――そもそも、普通に暮らしていてもストレス解消とか、ガス抜きはするじゃろ?」

「まあ、そうだな。確かに――」

「ちなみに、娯楽とかにハマりすぎないように、なっておるらしいからの。――その辺は、心配せんでも良いぞ」

「へー、そうなんだ。……あ、『必要なのか』を聞いたのは、あくまで単純な疑問だから。別に、娯楽とか否定してないから大丈夫。――仮に、誰かが入り浸ったとしても文句なんて言わないよ」

「むろん、分かっておるぞ。――わらわも、あくまで説明しただけじゃ」

 お互い、他意はないことを打ち明けた。それは、もちろん本心からだった。

「――ところで、部屋に戻るには?」

「その場合は、『マイルーム』を押すのじゃ」

「間違って、誰かの部屋に行ったりしないのか?」

「さっきも言ったが、初期登録で割り当てられておるからのう。それはないのじゃ。皆、それぞれ部屋に戻れる仕組みじゃな」

「へー。じゃあ、個人的に部屋を尋ねるとかは無いわけか」

「いや、可能じゃぞ?」

「そうなのか?」

「うむ。ただし、お互いのPナンバーを教えることになるがのう」

「あー、そうなってるのか――」

「直接入力でも良いし、『マイリスト』として百人まで登録可能じゃから、相手の名前を選んで行くことも出来るのじゃ」

「百人……。個人的な交流は、そんなにしないと思うけど、少ないよりは――ってやつか」

「まあ、そんなとこじゃな。もちろん、相手の部屋へは許可無しには入れん。ブロックも設定しておけば可能じゃ。――ちなみに、わらわ達。サポート側にも部屋は割り当てられておるが『不可侵』となっておる」

「こちらからは、入れないってことか」

「そうじゃ。仮に、ノゾムが、わらわの部屋に行きたいと思っても駄目ということじゃ。その逆は可能じゃがな」

「トラルは、俺の部屋に来られるのか」

「うむ。今は、初期の説明だから特別じゃが……。基本的に許可を得たら入れるのじゃ。もし、ノゾムが、わらわを呼びたいときはタッチパネルの『パートナー』をタッチすると良いぞ。条件が合えば行くからの」

「条件?」

「一つは、相手の許可。これは共通じゃな。もう一つは、誰も居ないとき。……これが、もっとも大事でのう。サポートする宇宙人――。わらわ達は、パートナー以外と遭遇してはならんのじゃ……。チキウ人もトラベ人も関係ない。一切、誰ともじゃ」

「……それは、どういう理由だ?」

「主な理由は、公平さを保つためじゃな」

「公平さ?」

「そうじゃ。例えば、わらわのような、身分の高い者がサポートであると、身分の低い者が知ったらどうなる?」

「! あー、なるほど。確かに、畏まっちゃうか……」

「そういうことじゃ。仮に、わらわが不問にしても、自然とそういう部分は出てしまうからのう――」

「まあ……。そりゃ、そうかもな」

「サポート側の事情で、チキウ側に影響が出ては意味が無い。――当然、情報だけでも駄目じゃ。誰がサポートしているとか、教えても教えられてものう」

「万が一、そうなったら?」

「情報や正体がバレた瞬間。それを知った双方が、中立であるラトニの収容所に強制収容じゃ。戦争が終結するまでのう」

「収容所……。それは絶対に嫌だな」

「うむ。ひどい扱いを受けるわけではないが、わらわも絶対に嫌じゃ。――念を押すが、詰まるところ、これは『極秘』じゃ。バレたりバラしたりは絶対駄目じゃぞ」

「ああ、重々承知した」

 ノゾムの真剣な表情を見て、トラルは安心した。

「(――まあ、この者なら心配は無さそうじゃの。……出逢(であ)ってから間もないが、そんな気にさせてくれるから不思議じゃ)」

「? なに?」

「! な、なんでもないのじゃ」

 長い視線を感じたノゾムは、少し近寄り尋ねた。考え事をしていたトラルは、いつの間にか距離が縮まったことに気付いて、ハッとした。――少しだけ顔を赤らめると、そのまま収納スペースのあるところへ向かった。


「――ノゾム。今、何か、質問はあるかの?」

「うーん。そうだな……。(不可侵については、聞かない方が良いかな? パートナー以外が誤って入らないため。――って理由だとしたら少し物足りないんだけど……)いや、ひとまずは大丈夫」

「……では、ぼちぼち用意して『最高司令官』に挨拶に行くのじゃ。そこで、いろいろと聞くことになるじゃろう」

「味方陣営の総大将。ボスとの対面か、なんだか緊張するな。……ていうか、そういう人がいるとは正直、思ってなかったよ」

「説明されると思うが、ボスは敵側にも存在するからのう。こちら側も然(しか)りじゃ」

「へー、そうなんだ。(……まあ、考えてみれば統率する人とかが存在しない方が、おかしいか。決めた基準は知らないけど)」

「――さ、開けるから中に入っている物を『装備』するのじゃ」

 部屋を見て回ったとき、絵画がタッチパネルだったことには気付かなかったが、当然、収納スペースは気付いていた。――その時。開かないことも知っていたが、トラルから、後でと言われていたので、ノゾムは密かに気になっていた。

「お? これは――」


 中には、制服と装身具(アクセサリー)のリストバンド。そして、武器と防具が入っていた。制服は、黒を基調としたブレザーの上下セット。靴も黒色で統一感があった。

 ワイシャツや下着なども多数用意されており。制服も含めて、使い捨てて、毎回、新しいのを利用しても構わないのだという。無料のコインランドリーも一応、用意されているので「洗濯好き」の人は洗濯することも可能ということだった。



 ――制服は、原則として、司令室へ行くときと、拠点の外へ出る場合に着用することになっている。ただし、緊急時の場合は、その限りではない。

 指定された制服を着る全体的な理由には、イメージや意識の統一といったものがある。それ以外にも「礼儀」として着る場合や、この異空間での一番の理由としての「戦闘服」の意味がある。

 着やすく。伸縮性や肌触り、通気性などの、服の良いところは、もちろん。軽くて動きやすく丈夫な作りの制服は、それ自体が、ある程度の防具となる。――そのため拠点の外へ出る際は、着用が必須となる。


 ちなみに、顔や手などの肌が見えている部分もしっかりと保護されているので、多少のことなら傷はつかない。具体的には、全力で走って顔面でスライディングしても擦り傷が出来ないくらいには保護される。


 また、服の組み合わせによっては、防御性能などが上がる。収納スペースに設置されているタッチパネルの「お薦め衣装」を押すと、その人にとって最適な衣装がピックアップされ、手前に用意される。

 あくまで微力だが、防御力などが上がる理由は「気分の上昇」が関係している。着たときに、気に入るか、気に入らないかということだ。

 防御以外は、例えば「すばやさ」などの身体能力の向上がある。精神的な「やる気」が上がるものもある。――効能は様々に存在するが、あくまで少ししか上がらない。

 お薦めされた服は、潜在的な部分も参照しているため、用意された物を本人が認めなくても、着れば実際の性能は上がる。「この、お薦めはちょっと……」と逡巡(しゅんじゅん)しても、それは本心ではないということになる。

 制服以外の寝間着や普段着には、身体的な能力の向上よりも「リラックス」や「疲労回復」の効果が微量にある。もちろん、あくまで微量なので、それを着て休んだから完全回復するわけではない。


 ――この異空間での制服は、防具としての意味もあるので、基本的には、普段着として着ることを推奨している。……裏を返せば、いつ敵襲があっても良いように。ということを暗に示している。


 制服のデザインは、主に四つある。一つ目は、ノゾムが着用する制服。二十代前半までの男性が着るブレザーのタイプ。

 二つ目は、二十代後半からの男性が着るスーツのタイプ。ブレザーは学生っぽさがあるが、スーツの方はシンプルながらも洗練されており、落ち着いた大人の魅力を感じさせる仕上がりとなっている。

 三つ目は、二十代前半までの女性が着るブレザーのタイプ。スカートは基本、三種類。ミニ。レギュラー。ロング。が、用意されている。スラックスもあるが、基本的に防御力は落ちる。……ただし、それは人によるので一概に言えない。なぜなら、気分の上昇で、防御力がスカート並みか、それ以上になる場合があるからだ。

 スカートだと、戦闘時に気になる場合があるのでは? と思うが、「オーバーパンツ」や「見せパン」も用意されているため問題無い。

 もし、お薦め衣装で、それらが選択されなかったり、下着を着けないことを選ばれたりした場合……。判断は、完全な自己責任となっている。お薦めは、あくまでお薦めなので何の責も負わないことに、なっている――。

 四つ目は、二十代後半からの女性が着るスーツのタイプ。ブレザーのスカートは基本、「プリーツスカート」だが、こちらは「タイトスカート」を基本として、ショート。ミディアム。ロング。の三種類が用意されている。


 四つの制服は、拠点が「最適」と判断して割り当てている。必ずしも年齢や性別だけを基準としているわけではない。そのため、場合によっては男性の服が女性に支給されたり、女性の服が男性に支給されたりする。

 もちろん、支給された服以外も申請すれば支給されるので、異議があったり、要望があったりした場合は申請すれば良い。――ただし、相当な手間がかかるため、大抵は素直に従う。(申請の許可、最終決定は最高司令官にあるため、条件を整えても通らない場合もあるらしい)



「――ノゾム。リストバンドと武器は後にして、まずは着替えると良いぞ」

「あ、ああ。そうだな。(……お薦めは、いつかやってみるとして。基本で良いか)」

 収納スペースは思ったよりも広く、中には簡易的な試着室もあった。十数秒ほどで着替え終わるとトラルの前に姿を見せた。

「おお、似合っておるぞ」

「そ、そうかな。……なんか、学生のころを思い出すな。――しかし、驚いたのは、服の着やすさだよ。特にワイシャツ。ボタンは飾りでついてるだけで、実際は面ファスナーや磁石みたいにくっつくなんてさ、ビックリしたよ。しかも、押さえたときだけに。これ、慣れたら数秒で着替えられるかも」

「むふふ。気に入ったようじゃな。――では、次に、この『リストバンド』をして貰うのじゃが……。その、あれじゃ……」

「?」

「これをつけると、サポートする側とされる側の、個々の契約が正式に結ばれることになるのじゃが良いかのう?」

「あ、まだ正式では無かったんだ? パートナーの契約」

「厳密にはのう……。まあ、パートナーとしては成立しておったが。――なんというか、儀式というか形式というか……。ここで活動するための、いわゆる最終確認じゃ。『ハンコを押す』といったところかのう――」

「そっか。――別に、もうなってるものだと思っていたから問題無いよ」

「それは良かったのじゃ。……では、これに関してもう一つ。リストバンドをはめると、しばらく外せず、形が残るのじゃが平気かのう?」

「外せないし、痕が残るのか……。まあ、それくらいなら別に良いけど。――ちなみに、どれくらい?」

「期間はハッキリとは分からんが……。形は最終的には、手の、薄いしわくらいに目立たなくはなるのう――」

「そうか、わかった。承知したよ」

「承知したのう? では、渡そう――」

「(――ん? なんだ?)」

 トラルから渡されたリストバンドは、金属のような、シリコンのような感触をしていた。触ったことのない感覚に一瞬、ノゾムは驚いたが、すぐに違和感はなくなった。手首に、はめると、重さも感触も消えたかのようにフィットした。

「な、なんだコレ? 初めての感覚だ――。って、あれ?」

 リストバンドのフィット感は、体と同化するくらいのものだった。「つけていないのでは?」と思うくらいに、その存在を消していった。――というより、しばらくすると本当に消えた。

「え? 消えた? いや触ると、形がうっすらとある……。同化しているのか?」

「そうじゃ。しばらく外せないし、形が残ると説明したじゃろ? もう少し経てば、もっと目立たなくなるから安心するのじゃ」

「――うーん。確かに間違ってはいないが、体内に入るとは聞いてないぞ? ……副作用とかはないんだろうな?」

「大事なパートナーに、害のあるものを渡すことはせんよ。人畜無害じゃ」

「そうか。……なら、良いけどさ」

 真剣な表情で「大事な」と言われたノゾムは、それ以上のことを言うのは野暮(やぼ)だと判断した。

「……で、これの役割は? 察するに、契約の締結以外にも何か意味があるんだろう?」

「おお、その通りじゃ。――このリストバンドは、この異空間において、もっとも重要な装備品でのう……」

「やっぱり、そうなのか」

「うむ。――とりあえず、順番に行くかのう……。ノゾム、そこの武器と防具を手にするのじゃ」

 ノゾムは、収納スペースに入っている武器の「剣」と防具の「盾」を手に取った。映画やゲームなどでしか見たことのない装備は、そこそこの重さがあり、「おもちゃ」ではないことが即座に伝わった。

「これで良いか?」

「うむ。では、リストバンドをつけた辺り、手首に触って『起動』と言うのじゃ。もしくは連続で三回タップするのじゃ」

「えーと。それじゃあ、とりあえず……。――起動」

 リストバンドの形が残っている部分に向かって「起動」と言うと薄く光を放ち、手首を中心にしてA5判サイズのホログラムのモニターが現れた。

「おお? 画面が出た。(……A4のコピー用紙の半分くらいかな)――ん? 項目が、いくつかあるな」

「うむ。タッチできるから、その中の『そうび』を選ぶのじゃ」

「わかった。……えーと、『そうび』っと」

 そうびを選んだ瞬間、剣と盾は消えた。

「! な? 消えた?」

「正確には、文字通り『装備』したのじゃ。初期登録じゃな。拠点の外に出ると、リストバンドは自動起動するのじゃが、その際、武器なども自動で現れる。で、拠点に入ると、このように、しまわれる仕組みとなっておるわけじゃ」

「へー。――ところで、武器とかは共通?」

「いや、それぞれに合った武器などが選ばれるらしいのう。収納スペースを開けるまで、わらわも知らなかったが、ノゾムは標準の装備じゃ。――まあ、その……。あれじゃ……。決して、標準装備が悪いということでは……。うん、ないのじゃよ……。じゃから……」

「――察した……。皆まで言うな。トラル」

「う、うむ……」

 二人の間に、かつてないほどの重い空気がのしかかった……。



 ――それから数分後。トラルは思い切って重い空気を振り払うことにした。

「ノゾム……。もう少しだけ説明するが良いかのう?」

「……ん」

「えーと、あれじゃ。さっき言ったマイリストがあったじゃろ? あれは、そのリストバンドともリンクしておるからのう。つまり、部屋から登録したら、リストバンドへ。リストバンドから登録したら拠点の部屋へ。ということじゃ」

「そう、か……」

「(ふむ。なかなかに深刻かのう? ……じゃが、良かった――。『何の取り柄もない者が標準装備になる傾向がある』とか言わなくて。い、いや、別に、これはあくまで傾向であって、ノゾムがそうだと言っているわけでは無くてじゃな……。そ、それよりも、この状況をどう打破するかを考えるべきじゃ――。落ち着け、落ち着くのじゃ。……わらわは、ノゾムのパートナーじゃぞ? 士気の回復くらい出来なくてどうする?)」

 トラルが必死で考えていると、ノゾムの方から、微かな笑い声が聞こえてきた。

「くっくっく……」

「? (! こ、これは、自我が崩壊しかけてる的なやつ――?)」

「ははははは――」

「の、ノゾム?」

「……トラル。百面相過ぎ――」

「え?」

 頭の上にポンと手を乗せられて、トラルは一瞬、わけがわからなかったが、そのうちに顔を赤くして問い直した。

「わ、わらわ。そんなに変な顔をしておったかのう?」

「まあ、な」

「ひ、ひどいのう――」

「でもさ。見てて、なんか可愛かったよ」

「! (な、なな……)か、からかうのは、やめるのじゃ――」

「はは、悪い、悪い。……なあ、トラル」

「な、なんじゃ?」

 トラルを呼ぶ声のトーンが変わったことに気付いたが、まだ少し顔を赤くしていた。

「さっき、リストバンドから出た画面。ホログラムのモニターの項目を見てたんだけど。『パートナー登録』って?」

「あ、そうそう。それをしないと始まらないのじゃ……」

 トラルは冷静さを取り戻したのか、表情を引き締めた。それから、三回ほど深呼吸をすると、ノゾムの問いに答えた。

「――さっき、契約の締結以外にも役割があるのかと聞いておったじゃろ? この装備品の重要な役割は、まさに、この『パートナー登録』じゃ。この登録をして初めて、本当の意味でのサポートが成り立つのじゃ。基本的な戦闘能力の向上や『サポートアビリティ』(支援能力)が使えたりのう――」

「サポートアビリティ?」

「まあ、ここでは簡単にしておくかの。いわゆる特殊能力とか必殺技を出すってことじゃ。ただし、誰もが使えるわけではない。――使える人物は、その……。限られておる」

「そうか、標準装備になる、俺みたいな無能は使えないってことか――」

「い、いや……。そんなことは……」

「ははは、冗談だよ。別に使えなくても良いさ」

「……ノゾム。――まあ、それに関しては、現段階ではわからんのじゃ。パートナー登録をしてからでないとのう」

「そうか、それをやって――。ってことか」

「うむ、そうじゃ。……そして、この登録を済ませると、わらわ達。サポートする者は、割り当てられた部屋の『特殊な装置』に転送される。『サポート機能』を働かせるためにのう。部屋に入れない『不可侵』と言ったのは覚えておるかな? それは、そういう理由があるのじゃ。つまり、見せては駄目な機械があるから。ということじゃ」

「それが不可侵の理由だったのか――」

「今回は、初期登録じゃから転送されるがのう。――基本的には、拠点の外などの、特定の場所へ行ったときに、転送される仕組みじゃ。まあ、制限無しのサポート機能が必要になるところへ行くと、パートナーは自動的に転送されるということじゃな」

「へー。……ところで、転送と瞬間移動との違いは?」

「そこに来たか。ノゾムは好奇心旺盛じゃな。――正直、そこは専門家でも意見が割れるところじゃ。……しかし、わらわの認識では、さほど変わらん。言い方は、瞬間移動でも構わんじゃろうと個人的には思っておる。なにせ、瞬時に移動するという点では同義じゃからな。――じゃが、敢えて言うなら違いは一つ。瞬間移動は、任意の場所を選べるし、多少の誤差もある。それに対して、転送。瞬間転送とでも言うべきかの? ……とにかく、転送は指定された場所に『確実』に行くという点じゃな。――つまり、転送は良く言えば、寄り道しない優等生。悪く言えば、融通が利かない。といったところじゃな」

「な、なるほど。なんとなくは分かった。ありがとうトラル」

「むふふ。――あ、そうじゃ。パートナーが転送されなくても、拠点内部はサポート機能が使えるからの」

「そうなんだ?」

「うむ。内部で転送される場所は一部だけ。それ以外は転送されんのじゃ」

「へー」

「少し話しておくと――。サポート機能は、ホログラムモニターの項目の『サポート』を押せば利用可能じゃ。制限があり、項目は限られておるがのう。『ステータス』や『戦績』などを見たり、破損や紛失した装備品を登録し直したり。――と、いくつかあるので、後で試してみると良いぞ」

「サポート機能でサポート……か」

「混乱したかのう? えっと、つまりじゃな。『サポート機能』とは、全体のことを指しており。その中に含まれる機能を一部利用できるのが『サポート』じゃ。その『サポート』の中に『ステータス』や『そうび』などがあるのじゃ。……先ほど『そうび』出来たのは初期登録だからじゃ。本来の場所は『サポート』の中にある。まあ、その辺の詳細は追い追いに――」

「わかった」

「――では、パートナー登録をするかのう?」

「ああ、やろうか」

 ノゾムが承知してうなずくと、トラルは近寄ってホログラムモニターの「パートナー登録」の項目を触った。次いで、ノゾムにも触るように促し、二人が触ると、「登録の手順」が記載された画面になった。

「登録の手順――。なるほど、この一文を読んで自分の名前を言えば良いのか」

「うむ。筆記でも良いが、基本は、音声登録も兼ねて読み上げるのう。まあ、とにかく、この指示通りに進めば完了じゃ」

「わかった。それじゃ、読むか」

 ノゾムは、画面に書いてある、ちょっとした文章と名前を声に出した。文章はサポートを受けるに当たって、それを了承するという内容だった。

「次は、わらわじゃ」

 今度は、トラルがサポートをして協力する内容を読んで、自分の名を言った。

「次は――。『サポート相手の名前を呼んで下さい』か。……えーと。まずは、トラルが俺のフルネームを言うのか」

「うむ。では言うぞ。『ノゾム・タカミ』」

「……ん、次は俺か。えっと『トラル=マクベリア』」

 ――お互いの名前を言い終えると、画面には、「パートナー登録を完了します。登録を確定する場合は『確定』を二人で押して下さい」とあった。

 ノゾムとトラルは、しっかりと目を見つめて、うなずくと確定を押した。画面に「確定しました」と出た瞬間にトラルは消えた。

「! トラル? ――あ、そうか」

「――そうじゃ、転送されたのじゃ」

 ノゾムの脳内に、トラルの声が響き渡った。

「頭の中に声が聞こえる……。テレパシー?」

「いや、これは通信に近いのう。こうやって声だけを送ることが出来るのじゃ」

「声だけ? サポートしてくれるのは?」

「基本は、そうじゃ。戦闘能力などの向上は、この登録が終わった時点で、もう完了したからのう」

「じゃあ、強さの上限は決まってるってこと? なんていうかレベルアップはしないで、もう、MAXってことかな?」

「……んー。やはり、具体的に言っておくかのう――。この登録でサポートを得られると、最低限の能力は向上するのじゃ。能力は、いろんなものが、あるのじゃが……。基本的には、耐久力や身体能力が上がると思って良い。……バランス的には、普通の敵の攻撃を受けても即死しない程度じゃな」

「普通の……」

「あ、そうじゃな……。例えば、鉄砲で頭を撃たれたらどうなる?」

「それは、まあ、ほぼ即死だろうな」

「じゃろ? それが耐えられるくらいに強化されておる。ということじゃ」

「……それって、裏を返せば、普通の敵の一発はそれくらいの威力があるってことか」

「そうじゃ。敵側は、それくらいの強さ。……いや、それ以上の強さを持っておる。――それゆえのサポートじゃ」

「……そ、そうか」

「うむ。――ちなみに、今、言ったのは最低でもそれくらいは能力を高める。ということじゃからの? 人によっては、それより、すごい人も当然いるわけじゃ」

「あー、そういうことか」

「で、問いの答えじゃが。現状、上げられる分としては限界じゃ。ただし、それは頭打ちではない。――気分の上昇や、戦闘などの経験を積むことで、今より強くなることはあるからのう」

「ということは……」

「つまり、『俺達に限界はない! どんな敵も蹴散らしてやる――!』という感じじゃ」

「……間違ってはいないんだろうけど。なんか、『終了フラグ』っぽいな」

「むふふ。さすがに、それっぽくしすぎたかのう?」

「確信犯か――」

「じゃが、安心するのじゃノゾム。終了はせんよ。なにせ、わらわ達の戦いは、これから始まるのじゃからのう――」

「……トラル。それこそ、アレだぞ……」

「? なんじゃ?」

「いや、なんでもない」

「そうかの?」

「ところで、トラル。声でのサポートって具体的には何をするんだ?」

「そうじゃな……。それは拠点の外に出てからと思っておったが――」

「そっか、事前に聞いておく必要がないなら、別にいいや」

「うむ。では、そうしようかの。――あ、ノゾム」

「なに? 司令室か? 大丈夫、忘れてないよ」

「あ、まあ……。それもそうじゃが――。ひとつ、この機能について関連することを伝えておくがのう」

「ん?」

「わらわ達は、あくまでサポートじゃ。じゃから、リストバンドが自動起動をする場所。……制限無しのサポート機能が必要とされる場所じゃな。――そこへ行く際。パートナーが転送されることに対しての遠慮は無用じゃぞ? 声掛けや、許可も不要じゃ」

「……あー、そうか。私生活――。……でも、そうは言っても、何かしているときに転送したら嫌だよな? ……っていうか、どうなるんだ?」

「詳細は言えぬ。じゃが、わらわ達が何をしていようと気にする必要はない。それだけは、ハッキリと言っておくぞ? あれこれと気を遣う必要は皆無じゃ」

「――そうか。そこまで言うってことは、『何をしてる最中でも問題ない』ってことなんだろう。……わかった。一切、遠慮しない」

「理解が早くて助かるのじゃ。――あ、そうじゃ。司令室は『自動起動』する場所じゃからのう。行くなら、このままで良いぞ。まあ、『起動オフ』にして、試すのも良いが?」

「いや、とりあえず、このままでいいよ」

「了解したのじゃ。――あ、『ホログラムモニター』は、起動と同時に立ち上がっただけじゃから、個別に閉じることも最小化にして隠すことも可能じゃぞ? ……そうすれば、リストバンドが起動していても外見はスッキリじゃ」

「へー。……あ、本当だ。しかし、モニターを消して、何もないように見えるのに、起動してるのって不思議だな。外から戻ったときとか、リストバンドを起動オフにするの忘れてしまいそうだ」

「一応、自動起動した場所から部屋に戻ると、オフにするかどうかのお知らせが入るぞ。仮に、それに気付かなかったり、戻ったとたん、疲れて寝込んでしまったりしても、自動で起動オフになるから大丈夫じゃ」

「あー、そりゃそうか。……じゃないと、装置から解放されないものなサポート側は」

「まあ、そういうことじゃ。万が一、自動オフにならず、忘れたとしても、頭の中で騒ぎまくるがのう」

「……それは、ちょっと嫌だな」

「むふふ。冗談じゃ。……では、行くかの?」

「ああ。会いに行こう」


 ――ノゾムは、「絵画に戻っている」移動用の薄いタッチパネルに触ると、「司令室」を押した。受け答えをした人物が、本人か、受け付けなのかは分からなかったが、部屋に来ることを許可されたので五秒間待った。



「――来たか」

 瞬間移動したノゾムに、声をかけたのは、スキンヘッドで中性的な顔立ちの人物だった。声もハスキーな感じで、言われないと男性か女性かは分からなかった。身長は、一メートル六十五センチくらいと、わりと小柄だった。

 スーツは、男性のを着ていたが、それが逆に性別の判断を狂わせた。「男装の麗人」にも見えたからだ。

「(……男? 女? 少なくとも、受け答えした声と同じだな。本人だったのか)――あ、初めまして。『ノゾム・タカミ』です。よろしくお願いします」

「最高司令官の『ミコト・トオヤマ』だ。――以後、よろしくな。最高司令官というものの、他に司令官はいないがな。だから、別に司令とかでも構わない。……まあ、我々は、いわゆる軍人とは違うからな、程よく行こうじゃないか。ノゾム君」

「あ、はい。……トオヤマ司令」

 にこりと微笑まれて、ノゾムは少しだけ緊張がほぐれた。しかし、疑問が解決していないためか、表情は硬かった。


「――これから、この異空間について説明するが。その前に、ひとつ。私から、言っておくことがある」

 ノゾムは、一瞬で空気が変わったのを感じた。なにか、重要なことが語られるのかと密かに身構えていると、案の定ここに来てから一番知りたかったことが明かされた。

「……本当ですか?」

「本当だ。――前もって伝えたのは、それが、一番多く聞かれるからだ」

「承知しました……」

「では、少し長くなるかも知れないが始めよう……。基本的には、会議室に行って説明を受けて貰うのだが、君には、私が直接しよう。心して聞くように――」

「あ、はい。(ん? なんか気に入られでもしたのか? ……まあ、いいか)」

 ――トオヤマは、壁面の巨大なモニターをつけて、ときに映像などを交えながら説明をした。



 最初に話したのは、宇宙協定に則り、中立であるラトニの用意した、この異空間の舞台。「戦争フィールド」についてだった。


 この戦争フィールドには、敵と味方の両陣営に与えられる初期拠点の他に「七つの拠点」が存在する。この拠点は戦争の「勝利条件」にも大きく関係する重要なものだ。

 拠点は、両陣営の初期拠点がフィールドの中央端にあるのだが、その前方に一つ。そこから、右ななめと左ななめに一つずつ。そして両陣営の中央に一つある。その配置は敵陣から見た場合も同じになっている。

 最高司令官のトオヤマは、それを「サッカー場」で例えた。「初期拠点」はキーパーのいる「ゴール」で、「キックオフをするハーフウェーラインの中央」が「中心」なのだと。そして、その中心に拠点が一つあり。周りに、円を描くように六つの拠点があると、モニターに映した図解で説明した。

 さらに、時計を上から見た様子と重ねて、中心を「零時拠点(中央拠点)」とし、敵側から見た前方の拠点を「十二時拠点(A拠点)」とした。


 それから時計回りに――。


  「二時拠点(B拠点)」

  「四時拠点(C拠点)」

  「六時拠点(D拠点)」

  「八時拠点(E拠点)」

  「十時拠点(F拠点)」


 ……と、暫定的に名付けた。


 この七つの拠点は、どちらの所有でもなく、最初は中立状態で始まる。制圧をすると、制圧した側の居住空間が形成され機能する。初期拠点が十万人以上、収容出来るのに対し、七つの拠点は、その半分くらいの造りになっている。


 この戦争の勝利条件は、いくつかあるのだが、その中に「七つの拠点の制圧数」がある。――自陣の初期拠点を守りつつ、「全て」の拠点を制圧すれば勝利なのはもちろん。敵の初期拠点が落とせなくても、七つの拠点を「完全に」落とすと勝利として認められる。


 戦争の期間は「三年間」というタイムリミットが決められており、その時、「自陣に確定」した拠点の、多い方が勝利する。

 拠点が自陣として確定するのには条件がある。――まず、中立状態や敵から奪った拠点を自陣のものにする。具体的には、拠点制圧の証として旗を立てる。……旗といっても実際に揺らめく旗を物理的に立てるわけでは無く。「電子の旗」(フラグ)を立てれば良い。

 電子の旗は、拠点内部の中央に設置されている、「制圧ポイント」で一定時間、誰にも邪魔されずにボタンを押し続けると完了する。

 そうして、制圧完了した拠点を三ヶ月間守り続ければ、自陣として確定される。確定がされた後は、上書きは出来ないし、壊されても自陣として認められカウントされる。極端なことを言えば確定さえしてしまえば、放置しても問題無い。……ただ、居住空間としての利用や戦略的な利用を考えると、まず、ないだろう。


 拠点の制圧よりも優先される勝利条件も存在する。それは、相手側を全滅させることだ。例えば、トラベのサポートを受けたチキウ側が、敵であるビジタが用意した戦力を一体残らず倒すと、拠点の優劣に関係なく勝利が決まる。

 さらに優先され、簡潔な条件の中に、敵陣の総大将を倒すというものがある。いわゆる「ラスボス」を倒せば勝利が決まるわけだが、もちろん、そう簡単にはいかない。

 チキウ側では、最高司令官が該当するのだが、当然強い。それは敵側も同じで、真正面から戦って勝つのは困難だろう。

 ――では、不意を突く「暗殺」はどうか? 実は、その辺のルールが細かく決まっていて、暗殺は無効になっている。味方の裏切りや、忍び込んでいた敵のスパイに殺されても敗戦にはならない。それどころか、暗殺を行った側はペナルティーを受ける。


 トオヤマは、モニターに暗殺に関する具体的な例を表示させた――。



  [ボスへの暗殺についての取り決め]


  チキウ側がビジタ側に暗殺された場合

   → チキウ側に拠点が一つ与えられる。


  ビジタ側がチキウ側に暗殺された場合

   → ビジタ側に拠点が一つ与えられる。


  チキウ側がチキウ側を暗殺した場合

   → 味方を危機に陥れる最悪の行為として

     行った者の罰則。

     拠点があれば、一つ没収。


  ビジタ側がビジタ側を暗殺した場合

   → チキウと同上


  仮に暗殺者が操られていたとしても、

  ペナルティーは変わらない。

  もし、殺された場合は

  速やかに代理を立てること。



 ――これを見たノゾムは、暗殺は選択肢として「無いな」と判断した。


 拠点制圧や、敵陣営の全滅の他に、勝利条件とは違うが、戦争が終結する内容がある。それは、「降伏」と、「講和」の成立だ。

 ……ただし、これは「そういう内容がある」というだけで、実際にはあり得ないだろう。なぜなら、降伏は、相手に降参すると戦争が終わるのだが、同時に「人類の未来が終わること」を意味するからだ。

 ビジタの目的は特設サイトにも、ある程度は書かれていたが、その大きな理由として、資源の独占があった。

 実際その通りで、水資源はもちろん。あらゆる資源を奪うのが目的で戦争に踏み切った。そのために人類が犠牲になることは何とも思わないだろう……。

 そして、講和。おそらく、争いを止めるように働きかけても、聞く耳を持たないはずだ。――なぜなら、話し合いで解決するなら、そもそも戦争になっていないからだ。


 特設サイトにも載っていない、その辺の事情をトオヤマはノゾムに話した。和解が成り立たない理由は、ビジタ側の切迫した現状にあるのだという。


 自分の星の資源が枯渇しそうなビジタは資源の豊富なチキウを狙う。本来なら侵略戦争をしてでも――。と思っていたが、ひとまずはやめた。

 それは、予想よりも多くの星々の者に注意や警告を受けたからだった。しかし、この戦争をチキウが受けないのなら全勢力で侵攻するとも宣言していた。

 ビジタは、いざとなれば自滅する覚悟でいた。仮に、他の星々に攻撃を受けてもチキウを滅ぼすことが出来るという算段は立っていたので、戦争を受けない場合は、いっそのこと破壊してしまおうと思っていた。

 ……手に入らないのであれば、道連れにと考えていたのだという。平和的な解決をするならチキウ規模の資源を渡す用意をしないと、相手は納得しないだろう――。

 それは、他の銀河に行けばあるのだろうが、ビジタは、そこへは辿(たど)り着けないレベルだった。……逆に言えば、他にないから、自分達が行ける範囲で近くにある資源のチキウを狙ったということだ――。


 ノゾムは、そんな相手に、もし、話し合いで解決するとしたら「どんな状況なら成り立つか」を考えたが思いつかなかった……。

 ビジタは、「この戦争に負ければ、しばらくは再戦しない」と誓ったらしい。と、トオヤマから聞くと、ひとまずは勝利して防ぐしかないとノゾムは思った。



 ――説明は続き、今度は、敵側の戦力情報がモニターに映し出された。



  [敵側 ビジタの戦力について]


  敵は、いわゆる人間タイプではない。

  知能はあるが、化け物系のエイリアン。


  タイプ1 チチュ (蜘蛛)

   蜘蛛そのものではない、節足動物。

   デカいのは、そのタイプのボスクラス。


  タイプ2 ジュウ (獣)

   四足歩行の獣 種類は様々。

   デカいのは、そのタイプのボスクラス。


  タイプ3 ミアシ (特殊)

   三足歩行の生物。

   戦争を仕掛けた宇宙人、ビジタのクローン体。

   (ミアシという名称は、チキウ側による命名)



 ――ビジタを「ミアシ」と名付けたのは、最高司令官のトオヤマだった。ビジタのままだと、総称との境が分かりにくくなるから――。とのことだった。

 そこで、身体的な特徴の三足歩行からとって、ミアシという呼称にした。


 ビジタの戦力のミアシは、「クローン体」で、本物そっくりに「コピー」されたものだ。似たような外見だが一体ずつ違うという。

 クローンなら、どんどんコピーして増援されるのか? と思うが、用意された数以上に増えることはない。その辺は、中立のラトニが見張っているので不可能。

 クローン体を活用した戦争は、それほど珍しいものではない。しかし、チキウは、その技術を活用するレベルに達していないため、この戦争に用いることは出来ない。……仮に、地上で普通にクローンをして、戦争に利用していたら、異空間へはクローンでの参加が認められたことだろう――。


 生身とクローンでは不満が出そうだが、こればかりは仕方が無い……。文化のベース、レベルが違うからだ。――だが、その穴埋めというべきサポートを受け、同等くらいに戦えるようになっただけでも救いなことも事実。

 本来なら、「なにも出来ずに終了」という未来もあり得たことを考えると、多少の差違は飲むしかない――。


 ――ビジタがクローンを使うのは、そういう技術があるからという理由だけではない。少数民族で、現在の全人口も約七千人と少ないからだ。戦争での減少を無くすため……。それが一番の理由だ。

 約七千人のうち、戦えるのは千人ほど。クローンのミアシは、その中から選出された者達だ。人口が少ないのは、資源が枯渇しそうなためと思い浮かぶが、それ以外にも好戦的な種族だからという理由がある。

 特に、ビジタの先代の王は、全盛期に生身による戦争をしていた。それにより、人口は大幅に減ってしまった……。クローン体が、使われ始めたのは、現在の王になってからなので、実は歴史的には浅い――。


 ビジタは、自分達よりも戦闘力は劣るが、チチュやジュウといった人工生命体も戦争に活用していた。

 そのスタイルは、先代からあるのだが、投入される数は今と逆転している。ちなみに、今回の戦争で用意した数は、星を武力で奪う際の平均的な戦力として設定したという――。


 この異空間の戦争での全戦力は「三万八千」これは「申告済み」で、これ以上は増やさないとも宣言している。申告は数だけでなく、クローン体や人工生命体を利用する星は、ある程度の情報を明かすことも義務づけられている――。

 また、義務に加えて、それらで参加する場合の規定が戦争フィールドにはある。それは、増援の不可に始まり、回復や蘇生(そせい)や修理などが出来ないことだ。

 具体的には、クローン体が傷つき倒れても、回復することや蘇生は認められていないし、しない。人工生命体が破損したり、完全に破壊されたり(人間側でいう完全な死)しても修理などは認められないし、しないということだ。


 あくまで、この異空間でのルールだが、敵側はダメージを与えたら、そのままなので、そこを上手く突けば勝利が近づくかも知れない。

 ……仮に、敵側がルールを破り、隠れて増援とかしたらどうなるか? 結論から言えば、それらの不正は不可能。中立のラトニによって完全にチェックされているからだ。



 ――戦力情報を義務として明かすのは、審判や管理をする中立のラトニへだけではない。戦う相手側へも公表することになっている。

 壁面のモニターは、敵の戦力の「うちわけ」を映し出した。表記には、若干チキウ側の表現が含まれていた……。



  チチュ 雑魚クラス     三万匹

  チチュ ボスクラス     四十匹

  ジュウ 雑魚クラス   七千五百匹

  ジュウ ボスクラス     十二匹

  ミアシ 一般兵クラス  四百四十体

  ミアシ 幹部クラス      七体

  ミアシ ボス (ラスボス)  一体



 ビジタ側のミアシのボスを「ラスボス」(ラストボス)と名付けたのは、トオヤマと思いきや、そのパートナーが提案したということだった。そのネーミングは分かりやすく、おおむね好評だった。

 ノゾムも心の中で、分かりやすくて良いなと思っていた――。ここに映された、チチュの雑魚クラスからラスボスまでの順番は、強さ順ということだった。

 個体によっては、それが崩れるかも知れないが、基本的にはボスが強く、チチュが弱いということだ。


 ちなみに、トラルとの会話にあった「普通の敵の一撃が鉄砲くらい」というものに該当する敵は、ミアシの一般兵クラスと、チチュやジュウのボスクラスだ。――ただし、雑魚クラスのチチュやジュウも、威力の高い攻撃をする場合があるので油断はできない……。



 ――敵の戦力の情報が消え、次に映し出されたのは「褒賞」という大きな文字と、その内容だった。……正直、ノゾムは褒賞があることに驚いた。それは、特設サイトには載っていなかったからだ。

 記載されなかった理由は、トオヤマから語られた――。


 戦いで、「一定の戦果」をあげると与えられる、様々な褒賞。いわゆる「論功行賞」が異空間にあると知った場合。

 それを目当てにした者が増えることを危惧したのだという……。普通に考えれば、戦争への参加者が増えるなら良いのでは? と思うところだが、焦点は、そこではなく。この褒賞を巡って地上で争いになる可能性を避けたのだという。


 ノゾムは、モニターの内容をよく見て、その言葉を理解した。そこには、魅力的な褒賞だけでなく、特別なもの――。「特別褒賞」のことが書かれていた。



  [褒賞、報酬について]


  「一年間」戦争に参加したものは

  その経過による報酬が与えられる。

  (最低限の金品報酬)

  加えて、異空間の戦争への

  「永久拒否権」(個人)も与えられて

  戦争を抜けることも出来る。

  (注)永久拒否権(個人)は褒賞です。

     必ずしも与えられるものでは

     ありません。

     条件は、教えられません。


  「二年間」戦争に参加したものは

  その経過による報酬が与えられる。

  (最低限の金品報酬)

  加えて、異空間の戦争への

  「永久拒否権」(世帯)も与えられて

  戦争を抜けることも出来る。

  (注)永久拒否権(世帯)は褒賞です。

     必ずしも与えられるものでは

     ありません。

     条件は、教えられません。


  「三年間」戦争に参加したものは

  その経過による報酬が与えられる。

  (最低限の金品報酬)

  さらに、より良い働きをしたと、

  認められたものは、特別な褒賞が

  与えられる。

  (サポート宇宙人達からの「特別褒賞」

   願い事を一つだけ叶えて貰える。

   ただし、実現可能な範囲)

  加えて、異空間の戦争への

  「永久拒否権」(星との戦争一回分)

  今度、星からの戦争が行われたとしても

  その戦争には参加しなくて済む。

  (注)永久拒否権(星との戦争一回分)は

     褒賞です。

     必ずしも与えられるものでは

     ありません。

     条件は、教えられません。



  [戦争に勝利した場合]


  戦争に勝利した場合は、

  「永久拒否権」(星との戦争一回分)と

  三年経過時と同等の金品報酬が

  参加者全員に与えられる。

  (特別褒賞は、功績による)



  [万が一 戦争に負けた場合]


  今回の戦争について言えば

  人権や自由の保障が与えられず、

  環境の変化により、住めなくなると

  予想――。

  滅亡の可能性が極めて高いと推測。


  その場合、

  先方からの申し出があった場合のみ、

  支援して貰った星への移住も可能。

  その際の手続きなどは一切不要。


  当然、過度な期待をしてはいけない。

  敗者への処断は、

  基本的に対戦相手が行う。

  ――あくまで、

  その抜け道としての可能性であり、

  決して、望んではいけない。



  [論功行賞について]


  褒賞や報酬は、

  年数の経過によるものだけではない。

  戦果、功績をあげると、

  それに応じた褒賞などが貰える。

  「特別褒賞」も用意されている。

  ただし、

  その道のりは険しい……。



 永久拒否権は、必ずしも与えられるわけではない。というのに対して、トオヤマから補足がされた。……少なくとも、自分に出来ることを一生懸命にやっていれば、大抵は与えられる。――ということらしい。

 逆に言えば、異空間に来て「何もしない」場合や、明らかにそうだと判断された場合は、本当に最低の報酬程度にしかならない、ということだ。


 ――この褒賞についてのことが、もしも地上の特設サイトに記載されていたら、それは、もめ事が起きるのは間違いなさそうだなとノゾムは納得していた。

 確かに、「権利さえ得れば、強制がかかっても戦争へ参加しなくても良い」や「制限があるとはいえ、願いが叶えて貰える」などと、書かれていたら他者を押しのけて、参加する人も出てくるだろう。

 ……事前に告知をしなかったのは、「最悪のケース」になることを心配したため。ミウトシティの人の命を奪ってでも参加する――。そんな不届き者が現れることを未然に防ぐためでもあった。


 褒賞についての話が終わる際――。「全ての人間がそうだとは言わないが、平時であろうと戦時であろうと、好条件を目の前にしたとき人は欲望に駆られるものだ」と、最高司令官のトオヤマが、遠い目をして語ったのが、ノゾムには印象的だった……。

 上手く言えないが、言葉に深みや重みがある。――と、そのように感じるのと同時に、改めて思い浮かんだことが一つ。


 ――そもそも、最高司令官になるほどの人物。「ミコト・トオヤマ」とは、いったい、何者なのか? ノゾムは、その辺が気になった。

 単純に、一番早く来たから選ばれただけなのか? あるいは、何かしらの理由があって選ばれたのか? など、あれこれ考えていると、トオヤマの口から衝撃とも言える事実が語られた――。



 ノゾムが驚き、一瞬、耳を疑った事実。――それは、この戦争フィールドにおける、「現在の状況」だった……。緊急放送で、ベア総理が告げていた「開戦準備期間」は、すでに終了しており、「戦争は始まっている」と聞いたからだ。


「――え? 本当に、始まっているんですか?」

「ああ、始まっている」

「そ、そんな。悠長な……」

 まだ開戦はしていないと思っていて、驚き慌てるノゾムとは対照的に、トオヤマは落ち着いていた。

「まあ、少し落ち着きたまえ。ノゾム君」

「いや、そう言われましても――」

「……まあ、初めてのことだしな。その気持ちは、わかる。――だが、状況を知れば少しは落ち着くだろう」

 トオヤマは、モニターに現在の拠点の状況と「勢力範囲」を示す、「勢力図」を映し、ノゾムに見せた。


「敵の数とか、どんな敵がいるのかは、さすがに分からないが……。これを見ることで、どの拠点が手つかずで、どの拠点が敵のものか、自分達のものなのかが分かる。今、見ているのは現在の状況で――。この青色に点灯しているのが、自陣の初期拠点。敵陣は赤色。そして、白色が拠点だ」

「……白色は、七つ。ということは……。まだ、拠点は中立の状態ということですか」

「その通り。――つまり、我々も敵側も拠点を制圧していないということだな」

「なるほど。それで、落ち着いていたのですか――。あれ?」

「おや? 敵側の初期拠点に近い、十二時拠点が赤く点滅しているな」

「十二時……。確か、A拠点ですよね。これは、どういうことですか?」

「色の点滅は、拠点が制圧されかけている、攻撃されているってことだな。ちなみに、青なら我々の側で、両陣営が同時に攻撃したり交戦したりしたら、黄色の点滅になるらしい」

「攻撃? 拠点へ攻撃というのは、どういうことですか?」

「あ、そうか――。それはまだ言ってなかったな。この中立の拠点は、平たく言うと『バリア』が張ってあって、それを壊しきらないと、中へ入れない仕組みになっているんだ」

「壁ってことですね」

「ああ。なかなかの耐久力らしく、すぐには入れないらしい。その辺の詳しいことは知らされていないが、相当量の攻撃を加えることにはなりそうだな。特に中央は、特別に堅牢(けんろう)とのことだ。――しかし、これがあることで、少なくとも一気に制圧されることはない」

「……敵はなぜ、一気に大量の部隊を動かして、こっちまで来ないんでしょうか?」

「それは向こう側が、『こちらの数を知らないから』と、『罠とか伏兵を警戒している』と、『意外と距離があるから、道中で野営するのはリスクが高いから』……かな。自陣の周りを固めて、徐々に進むのは、基本的な戦術とは思わないか? ノゾム君」

「……まあ、そうだとは思います。――というか、向こうは知らないんですね。こっちの戦力は」

「こちらは、生身だからな。相手に数とか知らせる必要はないんだ。『相手の戦力が分からない』というのも心理的に効いているのかもな」

「あ! 自陣側、前方の六時拠点が青く点滅を……」

「ああ、D拠点か。誰かアタックしてるみたいだな。――今後、どこかでバリアの耐久を削り合うこともあると思うので話しておこう」

「? あ、はい」

「このバリアを壊す行為がかぶったときは、よりダメージを与えた側に『優先権』が与えられる。拠点に先に入る権利だな。……例えば、相手にほとんど壊させてから、自分が入るというのは駄目ということだ」

「――なるほど。その辺は、上手く出来てるんですね」

「ただし、あくまで優先的に入れるというだけであって、その拠点を取り合う権利が無くなるわけではないがな」

「どれくらい、待つことに?」

「およそ、二分。――制圧完了をするための電子の旗、通称『フラグ』を立てるのに必要な時間は三分。拠点内部の中央に設置されている『制圧ポイント』へ走って十秒くらいだとしたら……。相手に先に入られたら、実質、一分くらいが勝負かもしれんな」

「邪魔すれば良いんですよね?」

「ああ、相当ガードを固めるとは思うがな」

「……仮に制圧されても、取り返せるなら必死にならなくても良いのでは?」

「敵の拠点になったとして、取り返す労力をいとわないなら、それでも構わないがな」

「え?」

「制圧完了した時点で、制圧できなかった側は瞬時に外へ排出されるからだ」

「……まさか。バリアが?」

「お? 察しが良いな? ノゾム君。――その通り。今度は敵側のバリアを破壊しないと入れないから、二度手間になるわけだ。当然、敵も出てきて妨害するだろうしな」

「バリアは回復するんですか?」

「する。――もちろん、かなり、ゆっくりとだが耐久力は回復する」

「具体的には、どれくらいの速度ですか?」

「与えたダメージにもよるだろうな。少なくとも、回復にかかる時間の最高は七日間と聞いている。――具体的、か。そうだな……。例えば、耐久力をゼロにして壊した後、何らかの理由で撤退して放置したら、バリアは七日間で完全回復ってことだな」

「あ、ありがとうございます」

 ノゾムは、本当に具体的に説明してくれたトオヤマに対して、律儀で、いい人だなと思った。

「――ノゾム君」

「あ、はい。何でしょう?」

「私からの説明は以上だが……。何か、聞いておきたいことはあるか?」

「そう、ですね……。現在の自陣の参加数を聞いてもよろしいですか?」

「今のところは、百数人ってところだな……。ガッカリしたか?」

「いえ、単純に聞いておきたかっただけです」

「そうか――。では、今後のことについて少し話しておこう」

「はい」

「端的に言うと、この後の君の行動は任せる。――各自それぞれの判断で動いて欲しい。緊急を要するとき以外は、基本的に、こちらから指示はしない」

「そうなんですか?」

「ああ、なぜなら我々は軍隊ではないからだ。それに、モニターを見ても分かるように、個々の動きを把握出来ないからな。正直、指示のしようが無いというところだ」

「まあ、そうかも……、しれませんね。――でも、指針を示すくらいはしても良いと思いますが?」

「もちろん、どうしたらいいか迷った人には答えるし、場合によっては、全体的な指針も出すだろう。そこは『ケースバイケース』にな。――ただ、勘違いしないで欲しいのは、私が言ったことが絶対ではないということだ」

「……」

「最高司令官に言われたから、絶対やる。というようになって欲しくないし、私もそうしたくない。――ここへ参加した人達は、おそらく個々に秘めた想いがあるはず。……仮に、私が命令しなくても自発的により良い行動をしてくれると信じている。だから、基本的には指示はしない。無理はするな。とだけは言っておくがな」

「なるほど。分かりました。……あの、トオヤマ司令――」

「なんだ?」

「……もし、個の自由判断で、戦況が圧倒的に不利になった場合はどうします?」

「まあ、そう思うよな。君の他にも、何人かにそう言われたよ。……もちろん、そうならないように気を配るつもりだが、万が一、そうなったときは私が全責任を負う。その不利になった戦況を振り払うと約束しよう」

「――分かりました。自分も自陣が不利にならないよう頑張ります。……いえ、この戦争を勝利に終わらせます。……生意気に大口たたいて、すみません。でも、トオヤマ司令には本心を伝えたくなったので、その……、気に障ったのなら謝ります」

「ノゾム君……。いや、その心意気、私は気に入ったよ。必ず、ニポンを。世界を救おうではないか――。我々の平和を取り戻す。そのために粉骨砕身しようではないか!」

「はい!」

「(『ノゾム・タカミ』か。――うん、他の『六人』と同じ……。この子なら、あるいは――。いや、それは分からんか……)」

「? なにか?」

「いや、なんでもない」

「そうですか? ――では、自分はこれで失礼します」

「ああ、ノゾム君」

「はい?」

「――私が、自ら説明した人物は君を入れて七人だ。――おそらく。君も……」

「? なんです?」

「いや、戦闘をしてからでないと分からないが……。間違いないと思う――」

 トオヤマは、何かを伝えようとしたが、確信を持てなかったのか、ぼそりと呟いた。

「あの、……トオヤマ司令?」

「――つまり、あれだ。ノゾム君。君は将来有望と言いたかったんだ」

「え? そ、そんなことは、ないと思いますが……。あ、ありがとうございます」

「ははは。呼び止めて、すまない。――本当に、無理はしないようにな」

「あ、はい。――大丈夫です。頑張ります。……それでは失礼します」



 ノゾムが最高司令官の部屋を出た後、トオヤマは、自分のサポート宇宙人と会話をしていた。

「――ミコトさん。あの子に何を『視(み)た』の? 六人と同じもの?」

「ああ、そうだな。……何というか、昔からそうなんだが――。直感ってやつだな。何か非凡さを感じるんだ。もちろん、当たり外れはあるが」

「あの子は、どっち?」

「正直、分からないな」

「そうなんだ」

「でも、何かやってくれそうな気はする。期待の青年だよ。彼は」

「……ミコトさん。ずいぶん買ってるね? ――ぼく、何だか妬(や)けちゃうな」

「ははは。そうか? ……しかし、アレだな。先陣を切って良いなら、そうするんだがな私も」

「う~ん。駄目では無いけど、良くもないよね。――ミコトさんが暗殺以外で、やられたら『即終了』だもんね。そういうのは、リスク高すぎでしょ……。ていうか、知ってて言ったでしょ?」

「まあ、な」

「気持ちは分かるけど。ひとまずは、様子を見るべきじゃないかな?」

「ああ、分かっている……」

 トオヤマは、口を真一文字に結び、目を閉じた――。



 最高司令官の部屋の、移動用の薄いタッチパネルから自分の部屋に戻ったノゾムは深呼吸した。

「――ふうー。……何だか、緊張した。ん? トラルとは違う声が聞こえる……。ああ、リストバンドの起動をオフにするかどうか、か。(……とりあえず、トイレに行ったら外に行くつもりだから、切らなくても――)うん。このままでいいや」

 起動をオフにしないことを決め、このままでいいと言った後。ノゾムは、自分の発言にハッとした。


「……なあ、トラル」

「なんじゃ?」

「見えてるのか?」

「なにがじゃ?」

「その、俺の見ているものとか」

「いや、見えておらんが?」

「そうか。じゃあ音は?」

「通信じゃからのう、聞こえておるよ。ただし、ノゾムとの会話がメインじゃから周りの音は、ほとんど入ってこないがのう」

「周りのどれくらいの音が聞こえるんだ?」

「うむ、そうじゃな……。例えるなら、電話じゃな。ノゾムがわらわと会話しているときに第三者が、わらわに向けて声を聞かせたいとき、結構大きめにしゃべる必要があるじゃろ? それぐらいな感じかのう」

「さっきのトオヤマ司令との会話は聞こえてた?」

「うっすらとはのう。内容のことは、わらわは把握しておるから心配せんでよいぞ?」

「そうか。(……司令との距離は、約一メートルだったかな……。声はハッキリと俺は聞こえた。それに対してトラルはうっすらと、か。……よほど大きい音とか、近くじゃないと他の音は聞こえないってことだな――)」

「――もちろん、それはあくまで基本設定じゃからのう。ノゾムが設定すれば、聞こえる範囲も広がるし、音声も、ある程度はクリアになる。――もし、見せたいものがあれば、『カメラ』に撮って送ってくれれば見せることも可能じゃよ」

「分かった。――しかし、なんでそんなに制限がかかるんだ?」

「あくまでサポートだからじゃよ。戦地では、アドバイスとか、そういうのは認められていないからのう。わらわも基本、外でのノゾムの行動に口出しはせんよ」

「自己判断ってことか――」

「そうじゃ。ノゾムや自陣が有利になることを始め――。例えば、相手が不利になるようなこと――。敵の弱点とか、ノゾムが気付いていない攻撃に対して、危険を知らせたりとかは駄目じゃ。……今、この拠点が狙い目とか、そういうことも一切禁止じゃ。――まあ、客観的な事実や情報なら伝えられるがのう。……もっと、『ドライな言い方』をすれば、『サポートはいない』ぐらいに思っていた方がよいぞ?」

「……なるほど。あくまで、『チキウ側の戦争』だからってことか」

「まあ、そういうことじゃな。……わらわ達が、いろいろ手助けしたくても、それは出来ないということじゃよ」

「そうか。ありがとう。――そりゃ、そうだよな。能力をアップしてくれただけでも、ありがたいのに、それ以上のことをして貰ったら都合良すぎだよな」

「――まあ、かといって聞くことを遠慮しなくてもよいのじゃぞ? 何かあったら聞いて貰って構わん。答えられれば答えるし、無理なら答えんからの」

「ああ、わかった――」

 トラルとの会話が、ひとまず終わり。ある程度の音くらいは気にしなくても良いことが分かるとノゾムはトイレに入った。


 ――用を足してから、少しして、ノゾムはトラルから話しかけられた。


「おお、そうじゃ。――もし、聞かれたくないこととか、トイレの音が気になる場合は、『ミュート』を押すと良いぞ? それにすれば、自然に移行して三分間は、わらわ達に何も聞こえぬように出来るからのう――。ただし、それにして悪巧みや密談などをするのは不可能じゃ。その辺は管理されておるからの?」

「(……先に言って欲しかったなぁ――)へー、そうなんだ。了解した」

「うむ。――まあ、別にその辺りは心配しておらんがのう」

「――はは、ありがとう。……よし、じゃあ外へ行こうかな」

 ノゾムは、移動用のタッチパネルの項目「外出」を押して部屋を出た。



 一瞬で拠点の外へ出たノゾムの目に映ったのは、広い平原だった。数キロ先には、木々が立ち並び林のように見える地帯があった。D拠点は見える範囲にあるのかと想像していたが、それは林の中にあるらしい――。

 左腕には盾があり、左の腰回りには、剣が鞘(さや)に収められた状態で出現していた。盾は、グリップがついていて、手でしっかり握ることが出来た。剣も同じく握る部分は滑り止めが効いており、手に馴染(なじ)んだ。

「思ったより、広そうだ――」

「そうじゃな。では、外へ出てからの説明をしようかの。――ここは、まだ自陣のバリアの中じゃからのう。仮に、敵が出ても慌てる必要はないぞ?」

「わかった」

「まずは、『ステータス』を見てみるのじゃ。ホログラムモニターを出して項目を選ぶか、リストバンド付近を五回叩くか、付近の手首を触って声で呼べば良いぞ」

「じゃあ……。音声で試してみるか。ん? 触ってもリストバンド感がない。見た目も、薄いしわ程度になってる。――これは、よく見ないとリストバンドをつけている証の形とは思わないな。完全に同化したのか……。なんか、外へ出たときは、逆に気になるな」

「では、外へ出たときにだけ、表示するように『各種設定』で設定すると良いぞ」

「え? 出来るのか?」

「正確には、『リストバンドをしているように見せるだけ』で、状態は完全に同化したままなんじゃがな。今後、各種設定を見て、いろいろと試してみるのも良いかものう」

「そうだな。……とりあえず、外では見えるようにする。その方が、しっくり来そうだ」

 ノゾムは各種設定で外へ出たときは、リストバンドをしているように設定した。


「よし、それじゃあ――。『ステータス』」

 擬似的に見えるようにしたリストバンドを触り、「ステータス」と言うと、ホログラムモニターにノゾムの状態をあらわす事柄の一覧が表示された。

 健康状態や精神状態、装備しているものなどが簡易的に見やすく示されていた中、見たことのある「横棒」が、真っ先にノゾムの興味を引いた。


「(……なんか、ゲームとかで見たことのあるものが画面左上にあるな――)トラル……。この『バー』というか、『ゲージ』は?」

「『ライフゲージ』じゃな」

「(……やっぱり)そうか。……あまり考えたくはないが、これが最後まで減って『0』になったら、俺は死ぬのか?」

「まあ、残念ながら……、そうなるのう」

「まるでゲームみたいだな。……いや、まあ、いまさらか――」

「……その捉えかたは否定せんよ。(……チキウ側からしてみれば、そう感じるのも無理はないからのう。……わらわ達からすると、その感覚は逆なんじゃがな。――そもそも、そういったクリエイティブな世界観は――。いや、その辺は、やめておこうかの)ノゾム。この異空間での『死』について話しておくがのう」

「ん? あ、ああ」

「ここでは、『死に二つの意味』があるのじゃ」

「え? 二つ?」

「そうじゃ。まず一つは、ノゾム自身がさっき言った。ライフゲージがなくなった場合。この死は……」

 トラルは、ライフゲージと死について説明した――。



 異空間の戦争フィールドで、ライフゲージが0になると、その者には死が訪れる……。この死は、「実際の寿命」の「一年分」が削られる。

 ライフゲージに数値はなく。とにかく、0になったら一年分が減る仕組みになっている。体力やダメージなどとも関連しているため、それらの変動によって状態は変わる。ただし、ある程度の増減はするが、「上限」が増えることはない。


 ライフゲージが無くなり、「死」と判断されると、制圧した近くの拠点か、初期拠点の「集中治療室」へ強制的に瞬間移動する。

 そこで、「再生治療」が施され「完全復活」する。……仮に、消滅させられるくらいの攻撃を受けても、瞬時に死亡と見なされて、少なくとも細胞のひとつくらいは転送されるようになっている。


 完全復活をして、再び出撃するまでには、必ず一日経過しなければならない。これは、約束事になっている。

 ……実のところ、細胞のひとかけらからでも、再生は一日もかからない。――そのため、表向きには「デスペナルティ」(死んだことへの処罰)とされている。おそらく、死を軽く見ないようにという意味があるのだろう。


 ――ライフゲージが0になり、引かれた一年分の寿命は、「命数」から引かれる。「テロメア」をベースに、いろいろと算出しているらしいが、ほぼ正確に命数は出せるらしい。

 ちなみに、命数も寿命も似た意味だが、ここでは「その人の最長寿命、完全に終わりが来る寿命」を命数としている。


 人間(ヒト)の体は、細胞分裂によって、新しい細胞を作り出している。しかし、その回数には制限がある。それがテロメアだ。

 テロメアというのは、細胞分裂をすると短くなっていくもので、一定の短さにまでなると細胞分裂をしなくなる。そうすると、細胞の老化(「細胞老化」)が始まってしまう。

 細胞老化は、人間(ヒト)の老化現象にも関連しているとされている。寿命との関係もあるため、テロメアの長さが長いほど長寿であり、短いと短命であると言われている。


 例えるとするなら、細胞分裂が「レコーダー」の「ダビング」(コピー)で、テロメアは「決められたダビング回数のこと」だ。さらに、老化細胞を当てはめるとするならば、「映像の劣化」そして、映像が見えなくなってしまう状態が「死」ということになる。

 もう一つ、イメージとして例えると「手持ち花火」がある。花火の「火薬部分」の長さが「命数」で、火花が勢いよく出ているときが「細胞分裂」(生命活動)そして、その勢いが弱まったときが「細胞老化」(老化現象)で、火が消えたときが「死」(寿命が尽きた)ということになる。


 テロメアと寿命の関係性は、必ずしも「イコール」ではない。例外もあるだろう。だが、おおよそとして、生命の終わりは、その位置づけにある。


 少なくとも、ラトニはテロメア以外の要素も算出に利用している。――しかし、寿命、命数を算出する方法や、その結果は明かされていない。絶対的な最高機密になっている。そのため、命数は審判や管理をする、中立のラトニしか知らない……。

 噂では、算出以外にも命数を伸ばす「延命の技術」もあるらしい。



 ――この戦争フィールドで、もし、明らかに「自らの意思で自決(自死)した場合」は、ライフゲージは機能しない。

 その場合は、命数を迎えたとして、完全な死と同等に扱われ「死亡が確定」する。敵を巻き込んでの「自爆」や「特攻」は、その時々の判断がなされるため一概には言えない。


 完全な死亡が確定すると、その通知は国に届く。戦争が終結するまでは、親族に報せることも公表もしない。データとして、ひとまず記録しておくだけになっている。遺体の返還も終結までされない。(終結後も、されるかは不明)

 具体的には、Pナンバー(パーソナルナンバー)に「Death」の文字が付いて、国の「英霊」として名が残るようになっている。

 このことは、限られた者しか知らない事実で、最高機密とされている――。



 ノゾムは、トラルから説明されたことを整理していた。もちろん、トラルは自分の説明できる範囲でしか教えていない。要点のみを伝えていた。


「……つまり、二つの死っていうのは。『ライフゲージが無くなり、寿命が一年分減る』のと、『寿命が尽きる方』命数を迎える完全な死がある。――ということか」

「そういうことじゃな」

「うーん、なるほど。――とりあえず、地上とは違うことと、死んだら即、人生終了ではない。というのは理解した」

「いや、ノゾム。……そうとは限らんのじゃぞ?」

「ん? なんで? ――あ、そうか。……余命が、それ未満ならってことか」

「そういうことじゃ。その人の命数は、誰にも分からん。戦闘での一回の死が、完全な死になる場合もあるということじゃ……」

「そうか、そうだな。……なんにせよ、死なないのが一番だな」

「その通りじゃ。……承知しているとは思うが、無理はするでないぞ? ノゾム」

「ああ、わかってる。――ありがとう。トラル」



 話が一段落すると、ノゾムは改めて周りを見た――。まずは、まっすぐ行ってD拠点を目指そうかなと考えていたとき、林の入り口付近から黒い影が現れた。

 よく見ると、それは小型のチチュだった。一匹だけ、偵察に来たらしい――。


「蜘蛛みたいな敵がいる。――かなり小さめだな。偵察か?」

「――小さいのであれば、可能性はあるのう」

「よし、やるか――。初バトルってやつだ」

「おお! なんだか勇ましいのう。ノゾム」

「……まあな。――どうせ、これから嫌って言うほど戦闘をするんだ。気合い入れていかないとな」

「うむ。なるほどのう」

「臆すると思った?」

「いや、別に思ってはおらぬよ? ただ、少し意外だったのう。なんとなくじゃが、攻めの姿勢を示すタイプではないと思っておったからの」

「そうか? まあ、俺も基本的にはそうかもな。――でも、初戦は大事だからさ。別に舐(な)めてかかるつもりは、ないけど。いきなりデカいのと戦うよりは良いと思ったんだ。しかも一匹だし。……できれば、ここで勝って、戦うことの自信をつけておきたい」

「なるほど。(今後のことも考えた上での意気込みじゃったか)油断するでないぞ?」

「わかってる!」


 ノゾムは、剣を握ると鞘から抜いて、そのままバリアの外に出た。チチュはノゾムに気付いたのか近寄ってきた。

 お互いに距離を取る――。ノゾムは盾のグリップと剣をしっかりと握った。

「(……よし! 行くぞ!)」


 ――最初に動いたのはノゾムだった。


 剣を振り上げ斬りつける。――しかし、その攻撃はあっさりとかわされた。……だが、かわされたことをどうこう思う前に、ノゾムは驚いていた。

 それは、拠点の外に出てからの自分の動きだった。普段の体の動きよりも数段、良い。ノゾムは、サポート宇宙人による「能力の向上」を肌で感じていた。……しかし、それはあくまで敵との戦闘バランスをとるためであり、圧倒的に強くなったわけではない――。


 標準の武器である剣で、何度か攻撃を繰り出すが、敵は、その都度かわしていた。

「(くっ! あ、当たらない――。こいつが異常に素早いのか、俺が駄目過ぎるのか……)う、うおおおおー!」

 剣を逆手に持ち替えて、敵の真上に思い切りジャンプをし、両手でしっかり握ると、そのまま急降下した。

 空中二メートルほどからの突き立てるような攻撃――。なかなか当たらない焦りからか、これならどうだと思いながら、渾身(こんしん)の力を込めて落下したノゾムだったが、深々と刺さった剣を見て、「しまった」と後悔した。

 このような大技は、トドメを刺すときか、ある程度、自信のある者がする技だからだ。仮に、瞬間にかわされても、力を押さえていれば良かったのだが……。ノゾムは、その焦りからか判断を誤った。

 能力向上のおかげで、剣が抜けないとまでは、いかなかったが、そこで大きな隙を作ってしまった。当然、敵もそれを見逃すほど甘くない……。チチュは、初めて攻撃に出た。それは、敵ながら実に見事な判断の攻撃だった――。

「(しまっ――)」


 ぶつかり合う音がした――。その、ぶつかった辺りに空気の揺れが起きたかのような、まるで小さな「衝撃波」が起きたかのような音がした……。



「(おお? これは――)」

 トラルは、部屋のサポート機能を働かせる、特殊な装置の中で、ノゾムの「戦闘行動」の情報が分かる「戦闘履歴」を表示していたのだが、それを見て驚いていた。



「な、なんとか防げたか――。危なかった……」

 ノゾムは、ギリギリではあったが、盾で敵の攻撃を防いでいた。防がれた敵は、なぜかフラフラとしていた。まるで、一定の攻撃を受けたかのようにダメージを負っていた。

「ん? 弱ってる? そうか、敵も勢い余ったってことか――。なんにせよ、これはチャンスだろ」

 ノゾムは剣を振り上げた。しかし、「窮鼠(きゅうそ)猫を噛む」とも言うべきか、捨て身の勢いでチチュは反撃してきた――。

「うお!」

 透かさず盾で防ぐと、また小気味の良い音が響いた。それと同時に敵は沈黙し、やがて消滅した。

「敵が消えた――。瞬間移動? いや、そんな感じじゃなかった……。勝った、のか?」

「お見事じゃったぞ! ノゾム」

「トラル――。そうか、勝ったのか。……よし、何はともあれ、初勝利だ! ……まあ、正直、相手が勝手に自滅してくれただけだけど」

「それは違うのう、ノゾム」

「え?」

「ノゾムは、ちゃんと攻撃しとったよ。……まあ、無意識だったかも知れんがのう」

「ん? いやいや、見てないから分からないかも知れないけどさ……。俺の攻撃は全然、かすりもしなかったんだぞ?」

「『ジャスガ』じゃ」

「え? なに?」

「聞いたことないかのう? 『ジャストガード』略して『ジャスガ』じゃ。『クリティカルヒット』に相当する『クリティカルジャストガード』略して『クリジャス』もあるのう」

「……んー。そういえば、聞いたことあるな。(クリジャスは初耳だけど……)要は、防いだだけじゃなくて反撃もしたってことだろ? そんなのでダメージ喰(く)らうのか?」

「もちろんじゃ」

「うーん。なんか、イマイチ納得出来ない。……敵が勢いよく衝突しただけにしか感じなかったぞ? まあ、良い音はしたけどな。あと、なんていうか空気の揺れというか、そういうのも感じた気がする」

「それが、ジャスガなんじゃがのう。夢中で分からなかったのかも知れんが、タイミングが難しくて、なかなか出ないのじゃぞ?」

「そうなのか……」

「うむ。(――ジャスガについて、ピンと来ていないかのう? 少し、説明しておくとするか)……例えばじゃ、ノゾム」

「ん?」

「鉄の壁に素手で思い切り殴ったらどうなる?」

「そりゃ、痛いだろ。――ていうか、普通、自然にブレーキかかるけど」

「では、そうとは知らずに殴ったとしたら?」

「間違いなく、拳がやられるな」

「じゃろ? もし、それに、二倍のダメージが加わるとしたらどうじゃ?」

「……まあ、かなり、ひどいことに――。ん? もしかして」

「そうじゃ、それがジャスガじゃよ。自分を守りつつ、相手の攻撃を倍返しするのじゃ。クリジャスなら、三倍じゃぞ?」

「そうか……。そう言われるとスゴイのが分かった気がする。……うん。そりゃ、結構なダメージを受けるよな」

「まあ、ジャスガをまともに喰らった場合じゃがな。敵の中にはガードしたり、微妙にかわしたり、するじゃろうが――。それでも、完全な回避は出来ないからのう。多少のダメージは受けるはずじゃ」

「なるほど。――ところで、なんで分かるんだ? ジャスガを出したとかって」

「ノゾムの『戦闘行動』は情報で分かるのじゃ、『戦闘履歴』でのう。――その、うちわけは、いろいろとあってのう。ジャスガは、そのうちのひとつじゃ」

「……あー、あれか。『何回、敵から逃げた』とか『ヘッドショット』をしたとか、『誰かをアシストした』とか、そういうやつか」

「うむ。まあ、そういうことじゃ。……そして今回、戦闘をして分かったことが一つあるのじゃ」

「ん? ああ、俺もなんとなくだけど、思ったことが一つある」

「そうかの?」

「でも、まあ、お先にどうぞ」

「わかったのじゃ。では、発表するぞ。前に話したサポートアビリティのことは覚えておるかのう?」

「ああ、使える人物は限られているって聞いて、俺が使えなくてもいいって言ったやつな。特殊能力とか必殺技が出せるってアレだろ?」

「そうじゃ。これは戦闘をしないと有無が分からなかったのじゃが――。その、あれじゃ。ノゾム。落ち着いて聞いて欲しいのじゃが……」

「そうか、察した。――使えないことが判明したっていうお知らせだろ? 気にするな、トラル。前も言ったが、そんなのに頼らなくても俺は……」

「あったのじゃ」

「ん?」

「ノゾムには、サポートアビリティがあったのじゃよ」

「ええ? ……おいおい。自分で言うのも何だけど、標準装備だろ? そんなことって、あるのか?」

「現に、あるしのう。可能性は誰にもあるということじゃな。なんにせよ。――ここは、喜ぶべきとこではないかのう?」

「ま、まあ。……なんだかんだ言ったけど、うん。素直に嬉しいな」

「むふふ。――良かったのう」

「ああ。……で、どんなやつが使えるんだ? 必殺技とか、特殊能力って言うくらいだから、どうせ条件があるんだろう?」

「察しが良いのう」

「まあ、なんていうか。単純に、そういうのが簡単に使えたら、おかしいよなって話さ」

「うむ。そうじゃな。――サポートアビリティは多種多様じゃから、中には条件の軽いのも存在するかも知れんがのう」

「そうなのか?」

「あくまで推測じゃよ。そうそう軽い条件は無いと思うがのう。――もし、あるとしたらサポートアビリティ自体が弱いとか、そんな感じになるのではないか?」

「あー、なるほどな。……えーっと。どこで見れば良いんだ?」

「ステータスで簡易的に見られるが、詳細を見たければ、項目の『サポートアビリティ』を選択するのじゃ」

「わかった」

 ノゾムは、周りに敵がいないことを確認すると、項目を選び、自分のサポートアビリティを見た。



  サポートアビリティ(支援能力)による能力


  [絶対的な攻撃無効フィールド]


  ノゾム・タカミ ♂ × トラル=マクベリア ♀


  ジャストガードや

  クリティカルジャストガードを計五十回すると、

  発動条件が整い、

  常時、使用可能な「発動ストック」として一回分、溜まる。

  溜まってからは溜まった分だけ、いつでも使えるが、

  連続使用は七秒間の「クールタイム」(CT)が必要。

   *(「CT」とは、要するに「使用不可」の時間です)


  発動条件が整ってから発動すると、

  息を止めている間だけ、

  「絶対的な攻撃無効フィールド」が展開される。


  条件に達するまでのカウントは、

   ジャストガード 一回

   クリティカルジャストガード 二回


  としてカウントされる。



「……へー、やけにピンポイントな詳細だな」

「うむ。――これは、組み合わせや、個々によって違うからじゃろうな」

「ん? ……もしかして。元々、存在する技とか能力が割り振られるわけじゃなくて……。どういうモノが発現するかは分からないってことか?」

「おお! その通りじゃ。サポートアビリティは、サポート宇宙人との相性や、発動する人物の性格によって変わるものじゃからのう。――おそらく、原型の設定はあると思うが、組み合わせによって、新たに生成されるといった方がよいかも知れん」

「なるほど。――自分で言うのもアレだし、まだ使ってないから分からないけどさ。攻撃無効とか強力過ぎじゃないのか? これから誰かと一緒に戦うことがある中で『チート』過ぎとか言われないか心配だ」

「そうかの? 別に、反則級な技とか能力ではないであろう? 心配無用じゃ。そもそも、サポートアビリティには大抵、何かしらの制限や条件や欠点などがあるからのう。そんなことは言われんじゃろうて」

「そうなのか?」

「うむ。……例えば、ノゾムの場合。一見、無敵の能力に見えるが、『呼吸した時点』で『即解除』になるじゃろ? もし、発動して長い攻撃が続いた場合は危機に陥る。仮に、ストックがあったとして、連続で使いたいと思っても、CTの七秒間はピンチじゃろ?」

「……そうか。使いどころを誤れば、危機的状況にもなりかねないのか――。うん。肺活量とかそんなに自信ないし、気をつけよう」

「溜まったら、一回試してみると良いかものう。――いや、すまん。結構、条件が大変じゃから試すのはもったいないのう。……まあ、呼吸がどれくらい持つかは把握しておくと良いかも知れん」

「そうだな。――でも、あれだな。サポートアビリティが溜まったかどうか、確認しないと駄目なのか……。溜まって、『すぐ使いたい!』ってときもあるかも知れないのに……」

「安心するのじゃノゾム。溜まったら、その時に伝えるからのう。どれくらいストックがあるかも、いつでも教えるぞ」

「お! それは助かる。……ちなみに、こういうのって、口に出さないと駄目なやつ?」

「サポートアビリティによるかものう。ノゾムのは、口にしなくても平気みたいじゃな」

「そうか。……長いから、言うとしたら大変と思ってたから良かった」

「――さあ、今度はノゾムの番じゃ。先ほど、何か思ったと言っておったじゃろ?」

「あ、ああ。そうだったな。――まだ、ハッキリとは分からないけど。俺さ……」

「……うむ」

 ノゾムの声のトーンが何やら真剣だったので、トラルは心して聞いた。


「俺、もしかしたら、剣よりも盾なのかも知れない。メインの武器――」

「んむ?」

 本来、「防具」であるはずの盾をメインの「武器」と言ったノゾムの言葉に、トラルは一瞬、混乱した。


「――ていうか、その可能性が高いんだ……。才能が無い。ってくらいに、剣での攻撃は当たらなかったのに、滅多(めった)に出ないというジャスガは出せた……」

「……」

「サポートアビリティも盾に関連する守りの内容だし――。たぶん、そうだと思う」

「ノゾム……。ふむ――。確かに、そうかも知れん。盾は、他にないからのう。しかし、仮に、ジャスガがたまに出せるとして――。守りに徹したり、相手の攻撃を待ったりするだけでは、厳しいのではないかの?」

「まあな。それが今後の課題だ。――とにかく、戦闘をこなして模索していくしかない。あ、一応、誤解の無いように言っておくけど……。別に、剣での攻撃を捨てたわけじゃないからな? どちらかというと――。うん。まあ、倒せれば、それでいいけどさ……」

「うむ。……ノゾムの言う通り、盾がメインの武器になるとしたら、攻撃方法もいろいろとあるかも知れんのう」

「ああ。その辺は俺も思いついたのがあるが……。それらも含めてやっていこうと思う」

「わかったのじゃ。――あ、そうじゃ。ノゾム」

「ん? なんだ?」

「敵が消えたとき、瞬間移動かと思ったじゃろ?」

「ああ、一瞬な。結局、徐々に消えたから、違うって思ったけどさ」

「拠点の外では、敵味方、どちらも瞬間移動は出来んからの。例外は、ライフゲージが無くなったときだけじゃ」

「なるほど、了解した。――じゃあ、そろそろ行くかな」

 モニターを閉じたノゾムは、予定通りD拠点に向かって歩き出した――。



 平原から林に入り、初期拠点の直線上にあるD拠点を目指す道中。ノゾムは初戦よりも少し大きいチチュと遭遇した――。最初の敵が子犬くらいとすると、今度は成犬くらいの大きさだった。

 剣での攻撃は嘘みたいに、当たらなかったが、防御するたびにジャスガが発動して、敵にダメージを与えた。結果、剣では「また」勝てなかったが、ひとつの収穫を得た。

 それは、なんとなく感覚がつかめたことだった。ノゾムは、何度か戦っていけば意識的に出せるようになるかも知れないと感じていた。


 それから、拠点の手前に辿り着くまでに、子犬くらいの敵と三匹ほど交戦したが、そのほとんどをジャスガとクリジャスで倒した。

 トラルは戦闘履歴を見て驚いていた。

「(……防御のほとんどが、ジャスガやクリジャスになっておる。成功率は九割ってところかのう? すごいことじゃ――。もしかしたら、いつかアレも出せるかもしれんのう)」



 林を抜けると平地があり、その真ん中には、「全拠点共通の形」の建物が建っていた。それは、「ドーム型の球場」のような形だった。……厳密には、上から見ると完全に円形で、天井も完全な半球の形をしている。


 ――初期拠点の半分くらいの大きさをしたD拠点。そこにノゾムは、ほぼ無傷で着いた。



「(……偵察じゃない敵と遭遇したのは、一匹だけだったな。――護衛ってところかな? この辺には、やっぱり本腰を入れて来てはいないみたいだ……)」

 辺りを見回すと敵の影はなかった。――しかし、拠点の向こう側から一瞬、黒いモノが見えた。

「(ん? 一瞬、黒いのが目に入ったぞ? 敵か?)」


 ノゾムは、拠点の周りの状況確認もかねて、慎重に進むことにした。――先ほど、黒いモノが見えた場所に近づくにつれ、刃と刃がぶつかり合うような音が聞こえてきた。

「(誰かが戦っているのか? あ、待てよ。中立のバリアを破壊しようとする音かも知れない。――うん。そういえば、司令室で見たとき、誰かアタックしてたものな……)」

 ノゾムは、最高司令官のトオヤマに見せて貰った勢力図を思い出していた。ただ、敵か味方かは現状は知らないので、気を引き締めて、黒いモノが見えた場所に向かった。


「――え?」

 その場所に着くと、ノゾムは目を疑った。そこには、二メートルほどの大きさのチチュ。「ボスクラス」がいたからだ。

 ボスクラスとしては小さい方だが、その後ろ姿は、なかなかの迫力があった。

「で、でかい――。(黒いモノの正体はこいつだったのか? ……いや、でもなんか違う気もする)」

 ノゾムは、敵のカラーである、黒い色のチチュを先ほど見たものだと一瞬思ったのだが、それは違うと考えていた……。

「(――っと、今は、そんなことは……。ん?)あれは?」

 ボスクラスのチチュが上の方に向かって攻撃するのを見て、ノゾムは黒いモノの正体が何だったのか分かった。


 空中に飛んだのは、「槍(やり)」を持った、長い黒髪の女性だった――。美しく舞う、その黒髪を見てノゾムは確信した。

「(さっき見えたのは、うん。間違いない。……どうする? 手助けするべきか? 邪魔にならないかな? えーい、迷ってる場合か。行くぞ!)」

 ノゾムは拠点のバリア沿いで戦っている女性のところに向かって走った。その間にも、女性とチチュとの攻防は続いていた――。


 チチュの脚と、女性の身長よりも長い槍がぶつかり合うと、甲高い音が鳴り響いた……。さすがに、ボスクラスともなると刃並みに硬いのかと、走りながらノゾムが思った瞬間。その脚は切り落とされてノゾムの方に飛んできた。

「うわ!」

 少し手前で落ちたが、思わず声が出てしまった。それに気付いたボスクラスのチチュとブレザータイプの制服を着た女性はノゾムを見た。

 ボスクラスのチチュが向きを完全に変えて、ノゾムに向かおうとすると、女性は空中で何やら呟き、槍をチチュに向けた。……その瞬間。


 チチュは、一瞬で凍り付いた――。


「な?」

 ノゾムは、その光景を見て驚いた。ボスクラスのチチュだけが、完全に凍り付いたからだった。慎重に近寄ると、辺りに冷気を感じたが、完全にチチュのみが凍っていた。

 しばらくして、チチュは切り落とされた脚と共に、徐々に消滅した――。その時、ノゾムは消滅したチチュの、すぐ側のバリアにも、わずかに冷気を感じた。

「(――バリアにも同時に攻撃していたのか?)あれ? あの女性は?」

 目の前の出来事に気を取られていたせいか、黒髪の女性を見失った。周囲を何度か見回したが誰もいない――。

「女性も消えた? ……まさか。相打ちとかか?」

 もしかしたら、相打ちか、敵を倒す代わりに自分もやられる技だったのかと、ノゾムが思ったとき、拠点の頂上で大きな物音がした。

「な?」

 ――その物音と共にバリアは破壊された。バリアは透明だが、攻撃をする毎(ごと)に全体が姿を現すようになっている……。

 その目に見えるバリアが消失していった。

「バリアが――。(あ……)」

 上を見ながら、バリアが消えたのを確認していると黒いモノが見えた。それは、空中から降りてきた黒髪の女性だった。

 女性はノゾムを一瞥(いちべつ)すると、拠点の中へと入っていった。若干、頬が赤く染まっていたような気がしたが、単純に戦闘で上気しただけかも知れないとノゾムは思った。


「(……まあ、気のせいか)」

 もしかしたら、「別の理由」かも知れないと思ったが、スラックスにしていない時点で、

それはないかと思い直した。

「――っと、それより拠点の制圧に行ったんだよな? 俺も手伝いに行こう」

 ノゾムは女性の後を追った――。



 中立状態の拠点内部は何もなく……。広い空間と、中央に設置されている制圧ポイントだけだった。

「(なにもない――。制圧する前は、こんな感じなのか……。敵の姿はないな)」

 ノゾムは内部に入ると、走るのをやめて、周りを警戒しながら中央に進んだ。


 ――制圧ポイントは、地面に描かれた円の中心に「三脚」のような台座があり、そこに制圧を完了させるために押し続けるボタンが置かれているという、とてもシンプルな造りだった。

 もし、敵側との取り合いになった場合。三分間のガードは、なかなか大変だろうなと、ノゾムはボタンを押し続けている女性を見ながら考えていた。



  ――チキウ側が拠点の制圧を完了させました



「お?」

 拠点の制圧が完了したアナウンスが内部に響き渡った。――その一秒後。内部は急激に、チキウ側に適した空間へと姿を変えた。まさに、あっという間の出来事だった。

「す、すごいな。これ。……あ、武器もいつの間にか、しまわれてる――」

 周りの急な変化に驚いていると、制圧ポイントから女性が出てきた。


「――まずは、一つ。……かしら?」

 円の外に出た女性は、ぽつりと呟いた。――そのまま、ノゾムの方に来ると足を止めた。

「……こんにちは」

「あ、ああ。こんにちは……」

 激しい戦いをしていたのとは真逆に、ゆったりとした口調と、小さい声で女性は挨拶してきた。



 近くに寄ってきた女性の身長は、一メートル六十センチ。つやのある、長いストレートな黒髪。少し眠そうな目で、無表情……。童顔で、女性というよりも少女の印象だった。



「……それじゃ、私は、これで」

「え? ちょ……」

 過ぎ去ろうとする少女に、ノゾムは慌てた。

「……なにか?」

「いや、なにかって言われても困るけど。仲間というか、こっちに来た人を見たのって、トオヤマ司令以外にいなかったし――。さっきの氷のこととか、そのお礼とか、拠点の制圧についてとか、いろいろとお互い話すこともあるのかなって思ったんだけど……」

「……お礼は、別に、いいのよ? ――話すこと……。私からは、無いわ……、ね」

「あ、そう? なら、無理にとは言わないけど……。(んー、まあ。こういう人もいるか。俺も、別に人付き合いが得意ってわけでもないしな)」

「……一応、聞かれたから、答えるけれど――。アレは、サポートアビリティ、よ」

「! やっぱり。君もそうなんだ」

「……あなたも、あるのね」

「まだ、使ってないけど」

「そう……。なら、仲間であり、ライバルになる、のかしら?」

「……仲間は、分かるけど。ライバルって?」

「強力な、技を持つ者は、それだけ、多くの敵を、倒せる……でしょ?」

「んー、まあ。そうなる……かな?」

「……私は、より多くの敵を、倒したいの。……拠点も、たくさん制圧する、つもりよ。だから、サポートアビリティを持つ者は、敵であり、仲間、なの」

「(ん? 今『敵』って聞こえた気がするけど……。気のせいだよな?)そう? なにか理由があるとか?」

「……それはね」

「それは?」

「……秘密よ」

「(秘密かよ!)……はは。まあ、いいけど」

「……一応、仲間だから。マイリストに、登録する、わ」

「あ、ああ。そう、わかった――。(人付き合いを避けたいのか、避けたくないのか……。よく分からんな)」

 ノゾムは、ホログラムモニターの項目からマイリストを選び、リストを登録する手順に従って少女と情報を交換した。

 ――手順としては、まず、お互いの情報(Pナンバーを含む情報)を送信状態にする。それからリストバンド側の手で相手に触ると、「情報を相手に渡して登録しますか?」と聞かれるので、それを承認すると登録は完了となる。


「『ノゾム・タカミ』二十歳――」

「『アイナ・クルミ』十八歳だったのか」

 登録がちゃんと出来たかを確認するのと同時に、マイリストから見られる、それぞれの情報をちらりと見て二人は呟いていた。


「……私より、年上、だったのね。あなたとか、言ってしまった、わ」

「いや、別に良いよ。歳が分からないときって、どう言うか迷うよな。遠目で見てたとき同年代かなって思ってたから、そんなに気にならなかったし……。俺のことは呼び捨てでも構わないよ」

「……そう? では、私のことは、アイナと呼んでね。ノゾム」

「わかったよ。アイナ」

「……それじゃ。失礼する、わ」

 ぺこりとお辞儀をすると、アイナの動きが止まった。

「……やっぱり、着替えようかしら? だいぶ、汚れたわ」

「激しい、戦いだったものな」

「……そう、ね。――じゃあ、ひとまず、部屋に行くわ」

「ああ、またな。……俺は、この辺の様子を見たら違うところへ行ってみるよ」

「……わかった、わ。またね」

「あ、ごめん。もう一つだけ」

「……なに、かしら?」

「えーと。理由は聞かないけど、この戦争を終わらせたいと思っているのは、アイナだけじゃないからさ。――だから、そんなに無理はするなよ?」

「……ありがとう。ノゾム。(あなたは、そうなのね。でも、私が戦う理由は、そんな、殊勝なことでは、ない、のよ)……じゃあ、行くわ」

「? あ、ああ。それじゃ」


 お礼を言った後に、妙な間があったのが少し気になったが、ノゾムは聞くのをやめた。アイナは振り向くこともなく、D拠点に新たに出来た、自分の部屋へと入っていった――。



 部屋に瞬間移動したアイナは、ベッドに倒れ込んだ……。リストバンドの起動をオフにすると、「特殊な装置」から解放されたアイナのサポート宇宙人が、許可を得て入ってきた。

「大丈夫ですか? アイナさん?」

「ええ……。『イスア』平気、よ――」

「そうですか? なら良いのですが」



 アイナのサポート宇宙人の名は「イスア=コオルド」男性で、年齢は二十五歳。アイナより年上だが、普段から誰に対しても敬語を使用していたので、そのように接していた。

 身長は、一メートル七十五センチと高く。アイナと同じ黒髪の長髪だった。目は細く、顔立ちは整っており、いわゆるイケメン。

 ……ただ、病弱で肌は色白だった。



「――早くもサポートアビリティを使いましたね? わたくし、少し心配ですよ」

「……仕方、なかった、のよ。……いえ、そうね。正直、功(こう)を焦った、かしら――」

 そう言いながら、アイナは自分のサポートアビリティを見た。



  サポートアビリティ(支援能力)による能力


  [絶対零度近くまで冷やし、沈黙]


  アイナ・クルミ ♀ × イスア=コオルド ♂


  狙った対象のみを

  「絶対零度近くまで冷やし、沈黙」させる。


  この技は、「常時、発動可能」だが、

  ライフゲージとは別の「命数」から、

  寿命が削られる。(約一ヶ月分)


  威力はトップクラス。

  拠点の制圧時、バリアを破壊するのにも有効。

  無傷のバリアに使用すれば、

  九割くらいのダメージを与えられる。



「……終わりまで、三年。……私は、たぶん。――そんなには」

「アイナさん……」

「……とにかく。――使いどころは……気をつけないと、ね」

「ええ、そうですね」

「……ライフゲージが、0になる可能性が、あるときは迷わない、けれど――」

「わたくしも、そう思いますが……。その辺の判断は、アイナさん次第ですね」

「……そう、ね。――さてと、着替える、わ。……ついでに、シャワーも、浴びようかしら……」

「では、わたくしは、これで」

「……あ、待って。イスア」

「はい?」

「その……。『黒』って、大人っぽい、の……かしら?」

「え? なんの黒ですか?」

 イスアに聞き返されて、アイナは顔を少し赤くした。我ながら恥ずかしい質問したと、なんで男性に聞いてしまったのかと後悔した。

「……な、なんでも、ない、わ」

「? そうですか? では――。あ……」

 イスアは質問の意味を理解したようで、去り際にアイナに答えた。

「アイナさん。――わたくしは、説明しましたよ? お薦め衣装は、あくまでお薦めだと。判断は、自己責任ですからね。それでは――」

「(……そう、よね。……でも、防御力を考えると――。うーん……)」

 アイナは悩みながらシャワーを浴び、着替えるとD拠点を後にした。ブレザーの制服の下は、前回と同じ、プリーツスカートのレギュラー。「新品は気分が上がる」と思いながら林を走っていると、敵と遭遇した。

 それは、偵察の小さいチチュだった。――アイナは、空中からの一撃でチチュを倒した。戦っているうちに、空中に飛んでからの戦いが自分には向いていると判断したため、多用するようになった。

 ふわりと舞う、プリーツスカート。今回の「お薦め」の衣装は、倒されたチチュだけに、お披露目(ひろめ)された――。



 アイナより先に、D拠点を離れたノゾムは「八時拠点」であるE拠点を目指して歩いていた。――その道中。林の中で、きれいな池を見つけたので少し休むことにした。

 敵への警戒を忘れてはおらず。見晴らしの良い場所を選び、岩に腰をかけると、ホログラムモニターを立ち上げて、アイナのサポートアビリティを見た。



  サポートアビリティ(支援能力)による能力


  [絶対零度近くまで冷やし、沈黙]


  アイナ・クルミ ♀ × イスア=コオルド ♂


  狙った対象のみを

  「絶対零度近くまで冷やし、沈黙」させる。


  この技は、「常時、発動可能」だが、

  ライフゲージとは別の「命数」から、

  寿命が削られる。(約一ヶ月分)


  威力はトップクラス。

  拠点の制圧時、バリアを破壊するのにも有効。

  無傷のバリアに使用すれば、

  九割くらいのダメージを与えられる。



 アイナ自身が見るときと同じ内容が表示されるが、本人以外が見ると、大事な部分には「モザイク」がかかり。分からないように、なっている――。

 実際に見られるのは、サポートアビリティ名と使用者だけだった。


「……ほとんど、モザイクだな。アイナの名前と技名だけしか分からない。まあ、当然か」

「何か気になることでも、あったのかのう?」

 誰もいないところで、休憩すると聞いていたトラルは、ノゾムの独り言に反応して、話しかけてきた。

「ああ。単純に、あれだけの技なら、どれだけ大変な条件なのかなって思っただけ」

「――ふむ。その辺は、この眠そうな目をしとる本人と、そのサポート以外、誰にも分からんのう。中立のラトニは別として」

 トラルもアイナの情報を見ていた。マイリストに登録した相手は、互いの顔や姿が分かるようになっている。情報はサポートにも共有されるので、いつでも見られる。

 顔や体などの情報は、登録時に取り込まれるが、あくまで外見のみ。その人の健康状態とかが分かるわけではない。


「……まあ、ある意味、個人的なことだもんな。(ここまで、隠すなら簡易的な表示にすれば良いような気もするけど。……ま、それは別にいいか)――ところで、この池の水。飲めるのかな?」

「基本的に、戦争フィールドにある水は飲むことが可能じゃ」

「へー、それじゃ飲も――。いや、待てよ? もし、敵が毒とか入れたら――」

「それはないのう」

「え? そうなのか?」

「うむ。戦争フィールドでは、毒やウイルスなどは禁止事項じゃ。――それは、ラトニによって管理されておる。一切無いと言っても良いじゃろう」

「そうなんだ。じゃあ飲もう――」

 ノゾムは池の水をすくって飲んだ。

「おお、適度に冷たくて、うまい。……でも、あれだな。元々、そういう属性だったり、そういう能力の敵だったりした場合はどうなるんだ?」

「ふむ。その場合の細かな判断は、ラトニがするじゃろうが……。なんらかの制限をしたり、対策をしたりするじゃろうな」

「……じゃあ。サポートアビリティが、その能力になったとしら?」

「毒系には、ならんはずじゃよ? この戦争フィールドの許容範囲で設定されてるらしいからの――。しかし、仮定で話すならば同様じゃ。もし、具体的に、毒やウイルスが許されるとしたら、考えられるのは三つ。一つは、解毒剤や中和剤などの回復薬の配布と常時携行。もう一つは、伝染しない、個に与える戦闘ダメージとして認可。そして最後は、毒などの完全無効化。というところかのう――」

「なるほど」

「うむ。……あくまで推測じゃがな」

「――よし、それじゃあ休憩は終わりにして進もうかな」

 岩から立ち上がり、歩き出そうとしたノゾムは、池を挟んだ対面に黒い影が現れたのを確認した。距離は少し離れているが、初めて見る四足歩行の獣タイプに緊張した。


 ノゾムの前に姿を現した獣「ジュウ」は、犬に近い姿の敵だった。敵側は全て黒色なので分かりやすいが、小さいながらも闇のように黒い姿は、見るものに不吉さと不気味さを与えた。

 ノゾムは右手で剣を抜き、左で盾を構えた――。敵はゆっくりと池の中に入って、こちらに近づいてきた。

「(……もう、外で飲むのは極力やめよう――)」

 と、考えた瞬間――。前方ではない方角。右手側から、急にもう一匹が現れて、ノゾムに襲いかかろうとした。

「危ない!」

 女の人の声が聞こえたのと同時に、ノゾムの右後ろから何かが飛んできた。その何かは、右から襲った、小型のジュウの目に当たり、相手を弱らせた。それは「矢」だった。

 前方の敵は、「おとり役」だったのだが、右側から来たジュウの攻撃が失敗すると一気に攻めてきた。……正直、右側は考え事をしていたのと、剣か盾かを迷ったため、対応出来なかったが、前方のジュウはクリジャス一発で消滅させた。ダメージの当たり所が完全に悪かったらしい。

 目に矢が当たったジュウは、その後も何本か矢を射られ、やがて消滅した。それは、矢自体の攻撃力が、あまりないことを同時に示していた……。


 敵が完全に消えると、矢を放った人物が林の中から姿を現した。


「ちょっと、あなた大丈夫? ――って、右手ケガしてるじゃない!」

「え? あ、本当だ」

「血――。結構出てるじゃないの……」

「そのわりには、あまり痛くない気が――」

「たぶん、一時的なものよ」

 右から攻めたジュウは、矢が当たるのと同時にノゾムの右手をひっかいていた。言われてみれば一瞬、痛みが走った気もするなと思っていると、女性は弓矢を取り出した。

「(え?)」

「動かないで」

 一瞬、射られるのかと戸惑ったが、女性は天に向けて構えた。何やら呟き、弓につがえた矢を放つと、矢は「光の矢」となり、飛んでいった。ある程度の高さまで行くと弾(はじ)けて、ノゾムの周辺に雨のように光の矢が降り注いだ。

「おお?」

 まるで、激しい「にわか雨」のように降った光の矢は「六秒間」でやんだ。ノゾムの右手は、最初に触れた光の矢で完治していた。


「見せて、うん。――完治したわね」

「あ、ああ。ありがとう――。すごいね。その技。いわゆる回復系があるとは思わなかったよ」

「あたしのサポートアビリティよ。――ま、まあ、ここから初期拠点まで遠いし、出血多量で死なれても、寝覚めが悪いしね」

「……はは。助かったよ。――しかし、こんな短時間に、二人も使える人と出会えるなんて思わなかった」

「あら? あたしが初めてでは、なかったのね?」

「まあ、ね」

「どこで会ったの? まだ、間に合うかしら?」

「え? どうして?」

「ほら、サポートアビリティって使える人あまりいないって聞いてるでしょ? だから、今後のことを考えれば持ってる人同士で、連絡できるようにするのは基本じゃない?」

「確かに……。でも、一人が良いって人もいるかもよ? (アイナとか。……まあ、俺も、どっちかといえば一人の方が気楽だな)」

「それでも良いのよ。――いざっていうときに連絡がつけば、別に、つるまなくてもね」

「なるほど。(そういう考えもあるのか……。せめて、サポートアビリティの人と出会ったら積極的になるべきかもな……)――じゃあ。マイリストの登録を」

「え? なんで、あなたと?」

「いや、持ってるから……」

「え? 出会ったって人の登録してるの? あ、でも駄目よ。あなた以外のリストは貰えないの。結局、本人同士でやらないとね。――あ、でも。顔と名前は、あなたがその人に許可を貰って公開すれば分かるわね……。いつか出会ったときに分かって良いかも?」

「……その、俺もあるんだ。一応……。まだ、使ってないけど」

「! そうだったの? あたしの勘違い? あ、でも。あなたの言い方も悪かったんだからね」

「え、そう? (そう、だったかな……?)」

「……ま、まあ。それは、いいわ。――っていうか、挨拶が遅れたわね。あたしは、サキ。『サキ・ノナガ』よ。この制服着てると、女子高生に見えるかも知れないけど、十九歳よ」

「俺は『ノゾム・タカミ』こう見えて、二十歳」

「えー? 絶対、年下だと思ったわ」

「……うん、わりと言われる。――少し前にも親戚に高校生みたい。……とか言われたし。ああ、それはともかく――。ノゾムでいいよ。さっき登録した年下の子にも、そう呼ばれてるし」

「そう? じゃあ、よろしくね。ノゾム。――あたしは、サキでいいわよ」

「ああ、よろしく。サキ」



 サキの身長は、一メートル六十五センチ。茶髪で長いツインテール。目は少々、つり目。きつそうな印象を与えるが根は優しい。制服を着ていなくても女子高生に見える。十九歳だが、外見は、まだまだ少女を思わせる顔立ち。

 制服はブレザーで、スカートはプリーツスカートのミニを着ている――。



「――よし、登録完了ね。……どれどれ。あ、本当に持ってるのね!」

「ああ。(あれ? 密かに疑ってた? ……まあ、いいか)――で、どうする? もう一人の知りたいって言ってたけど?」

「んー。やっぱり、やめておくわ。その子は」

「なんで?」

「これは、あくまであたしの体感だけど……。一人がいいって言う人って、『人づて』にされるのを嫌うのよね。その子も誰かを通すの嫌うタイプかも知れないし。直接会わないと登録の許可をしてくれないかも――」

「(あ、なんとなく分かる気がする。……いきなり『あなたの情報を誰々に教えるから』とか、『あなたのこと誰々に教えたよ』って言われるの、ちょっと嫌かも)」

「だいたいな感じは聞いたし。――まあ、そのうちに会えるでしょ」

「そうか、わかった」

「……じゃ、あたしは自陣になったというD拠点に行ってみるわね」

「うん。回復ありがとう。――それじゃ」

「ええ、また。――あ、戦闘中の考え事は、ほどほどにしなさいよね?」

「あ、ああ。そうするよ。(見抜かれた? いや、実際に反応は遅れたしな。サキの言う通りだ。もっと集中しないと……)」

 ノゾムとサキは手を振って、お互い違う方向へと歩みを進めた――。



 サキは、ノゾムと別れた後、六時拠点であるD拠点まで走った。話では、すぐ出立するらしいと聞いていたが、もしかしたら、まだ休憩をしていて拠点で会えるかもしれないと思ったからだ。

 そんな、わずかな希望を抱きながら、岩を飛び越え、木々の枝をかわし、多少の衣服の乱れも気にせず拠点に着くと、誰もいないような静けさだった。

「え? 誰もいない? (――あ、声がする。……食堂に数人、ね。でも、全員男性か。じゃ、違うわね。槍を使う、女の子って言ってたものね。……って拠点の中じゃ分からないし。そもそも部屋に入ってたら、分からないわよね)ふう、なんだか疲れたわ。(汗かいちゃったし……。シャワー浴びて、少し気分を入れ替えようかしら?)」


 初めて入る拠点でも、マイルームは自動で割り振られる。入った時点で完了するので、登録などは不要となっている。

 サキは、部屋に入ると首にかけていた「ロケットペンダント」を外した。するとそこへ、サポート宇宙人が入室の許可を求めてきた。断ると、いろいろと面倒なので時間を決めて入れることにした。


「サキお姉様ー!」

「――ちょ、離れなさいよ。『アビン』」



 いきなり抱きついてきた、サキのサポート宇宙人の名は「アビン=ユリエム」女性で、年齢は十八歳と年下。そのためか、サキのことを「サキお姉様」と呼んでいる。

 身長はサキと同じ、一メートル六十五センチ。ふんわりとパーマがかかった桃色の髪は、ほのかに甘い香りを漂わせた。

 大きく愛らしい瞳に、幼さを感じるが、胸の方は真逆の成長を示していた。



「(しかし、大きいわね……。この子は)……で、何か用?」

「アビンは、サキお姉様に会いたかっただけです」

「……帰りなさい」

「ひ、ひどいですわ」

「あたしは、これから『スイートタイム』に入るの。用がないなら出て行ってくれる?」

「そ、そんな。……アビンでは、サキお姉様の癒やしには、なれないと?」

「そうよ。見なさい――」

 そういうと、サキはロケットペンダントを開いて中に入っているモノを見せた。中には微笑を浮かべた、美少女の写真があった。

「ああ、もう――。なに? この可愛(かわい)さ。……天使でしょ。――天使クラスでしょ? ――いいえ、女神? 女神降臨かしら? あたしの妹を超える可愛い生き物は、もはや地上には存在しないわ!」

「うう――。た、確かに……可愛いですけれど」

「あー、癒やされる――。甘い物を食べるより、数百倍。……いえ、数千倍は、癒やされるわ……。あら? アビン。まだ、いたの?」

「ひ、ひどいですわ」

「約束の三分は経ったわよ?」

「そ、そんな……。サキお姉様の意地悪。――延長を希望しますわ」

「……帰りなさい」

「うわーん。――か、帰りますわー! ……ちらっ☆」

「『ちらっ☆』じゃない。――そんな、子犬が震えるような目で振り向いても、引き止めないわよ?」

「本当に帰りますわよ?」

「よろしい」

「帰ります、絶対に帰りますよ? 絶対にですよ?」

「時間稼ぎしないの」

「分かりましたわ。――それでは、ごきげんよう」

 アビンは、目にハンカチをあてて涙を拭いながら部屋に戻っていた――。



「(――もう、仕方ない子ね……。部屋に戻るたびに来て……。そんなにあたしと、いたいのかしら? まあ、いいわ。断るのも、なんだか可愛そうだし――)さてと……。んー、可愛い。何億万回、見ても飽きないわ。――こんな可愛い娘に戦争なんて絶対させないわ。……待っててね。あたしが、あなたを行かなくても良いように、してあげるからね――」


 サキは、スイートタイムをしばらく継続させた後、シャワーを浴びた。――それから、新品の制服に着替え、サポートアビリティを持つ人を探しに行こうと部屋を出た。

 しかし、拠点を出ようと思ったとき、一つの考えが浮かんだ。

「(もしかしたら、夕方や夜に戻ってくるかも知れないわね……)」


 ――戦争フィールドには、地上のように朝、昼、夕、夜と、疑似的な一日がある。天候もランダムで変わるが、基本的には晴天が多い。

 サキは、この拠点に着く前に、少し日が落ち始めたのを感じていた。そこで、考えを変えて、それらしき人を待つことにした。

「(今日だけではなくて、とりあえず、ここらを中心に活動しようかしら?)――そうね、そうしましょう。……腹が決まったら、なんだか、お腹がすいたわね」


 サキは食堂に行き、食品サンプルを見て、一目で惹かれた巨大なチョコパフェを迷うことなく頼んだ。「キング・ジャンボ・スーパー・チョコレートパフェ」この、四人前分のパフェをたった数分で、ぺろりと完食した。

「(――この異空間の食堂やるわね。初期拠点で食べた、お昼も美味しかったけど……。スイーツも、こんなに美味しいなんて。特にホイップクリームが絶妙だわ。適度な甘さに、滑らかな舌触り。――量も嬉しいわね。さすがに上段のような、ふんわり感は消えるけど、アイスやフレークでごまかさず、中段と下段にも大量投入とは恐れ入ったわ。……食堂の配慮も素晴らしいわね。甘みに飽きが来ないようにと、特別サービスの塩昆布を用意してくれたり、体が冷えないようにと温かいお茶を用意してくれたり……。もう、やみつきになりそう――)」

 サキは、しばらくの間、D拠点を本格的な活動拠点にすることを決定した――。



 ノゾムは、サキと別れた後。「八時拠点」E拠点を目指して歩いていたのだが、進むにつれて森のように、なっていったためか、方向感覚が狂っていた。

「そういえば、俺。わりと方向音痴だったわ……。いや、そうじゃない人も迷うかもな。マップで確認してみるか。……大まかにしか分からないけど」

 ノゾムは周囲の安全を確認すると、ホログラムモニターを立ち上げ、「マップ」を確認した。現在の自分の位置と初期拠点、制圧した拠点の位置が大まかに映し出された。

「へー、制圧完了するとマップにも表示されるのか。それは知らなかったな。ある意味、勢力図として使えるかも……。(勢力図か。まさか、初期拠点の司令室だけでしか見られないとは思わなかったな。状況を情報として聞くことは出来るけど――)初期拠点か……。今、どっちかっていうと、そっちに近いよな。一旦、戻るか。日も落ち始めて、夜になりそうだし。……D拠点は、ちょっと遠いからやめておこう」

 少し迷った後、ノゾムは初期拠点に戻ることにした。ホログラムモニターを切る前に、ふと、D拠点に行ったサキのサポートアビリティが気になったので情報を見てみた。



  サポートアビリティ(支援能力)による能力


  [癒やしの矢雨(やさめ)]


  サキ・ノナガ ♀ × アビン=ユリエム ♀


  攻撃アシスト(手助け)を計五十回すると、

  発動条件が整い、

  常時、使用可能な「発動ストック」として一回分、溜まる。

  溜まってからは溜まった分だけ、いつでも使えるが、

  連続使用は一分間の「クールタイム」(CT)が必要。

   *(「CT」とは、要するに「使用不可」の時間です)


  発動条件が整っている場合は、発動を宣言し、

  天に向かって矢を放つと発動が完了する。

  天に向けて矢を放たない場合は無効となる。

  ただし、何度でもやり直せる。


  放たれた矢は、光の矢となり空中で弾けて、

  雨のように降り注ぎ、体力や傷を回復させる。

  一定範囲に六秒間だけ、その無数の光の矢、

  「癒やしの矢雨(やさめ)」は降り続ける。

  光の矢は、体に当たると消滅する。(染み込む)


  条件に達するまでのカウントは、

   攻撃アシストをする毎に 一回

  としてカウントされる。


  攻撃アシストは、様々な種類があるので、

  ここでは、一例のみを挙げる――。


   誰かが襲われそうになったとき、

   その脅威を防ぐ攻撃をして命中。


  基本的には、「援護射撃」をすると、

  一回カウントされるという認識で良い。



「――あの、サポートアビリティ。『癒やしの矢雨(やさめ)』っていうのか。うん。なんだか、かっこいい響きだな。使用者は『サキ・ノナガ』で『♀』ね。――それ以外は、全部、モザイクか。……まあ、当事者だから、回復系ってことは分かってるけど」

 ノゾムは充分に周りを見回し、誰もいないことを確認済みだが、一応、小さい声で呟いていた。

 いつ、誰に聞かれるかは分からない。その辺のことは、慎重だった――。サキの情報を見終わったノゾムは、初期拠点へと移動した。



 森を抜け、初期拠点に着くころには、すっかりと日が暮れていた。真っ暗になる前に辿り着けたのは良かったなと、ノゾムは内心思っていた。

 暗くなれば、黒い色をした敵の方が有利になる。――と、そう思ったからだ。戦闘に慣れれば夜戦もいけるかも知れないが、今はまだ自信が無かったので遭遇しなくて幸運だったなと心の底から思った。


 拠点に入ると、食堂に寄った。少し腹に入れようかなと思ったからだ。いろいろな食品サンプルが目に入ったが、なんだか、たくさんありすぎて逆に迷ってしまった。……結局ノゾムは数ある「ご馳走(ちそう)」を選ばず、無料自動販売機でカップラーメンを買って、部屋で食べることにした。

「(うん。今日は、これでいいや……。それにしても見事な品ぞろえだな。無い食べ物なんて無いんじゃ? パンは常に焼きたてだし、スイーツとかも充実してるし。……ていうか、あのパフェはでかかったな。あんなの食べる人、いるのかな……。まあ、そりゃ。いるか)」


 部屋に戻り、シャワーを浴びて、カップラーメンを食べ終わると、トラルから連絡が入った。

「――ノゾム。今日は、これでお休みかのう?」

「ああ、なんだかすごく疲れたからな」

「……わかったのじゃ。――初日、お疲れ様だったのじゃ」

「うん、ありがとう。……なんか用だった?」

「い、いや。……よ、良いのじゃ。――では、またのう」

「? あ、ああ。それじゃ」

 何かを言いたげな感じもしたが、単純に、労(ねぎら)いの言葉をかけるために連絡してきただけかもと思い、ノゾムは、あまり深く考えなかった。

 移動用の薄いタッチパネルから、かかってきたトラルとの通話を切ると、部屋の明かりを落として眠りについた――。



 昨日、あまり食べなかったからか、胃袋が「食い足りない」と朝から、ノゾムに訴えていた。その「食い遅れ」を取り戻すかのように朝食はしっかりと食べた。

 「たまごかけご飯」で一杯。「イカの塩辛」をおかずに一杯。「ふりかけ」をかけて、一杯。――と、別に大食漢ではないが、炊きたてのご飯とおかずが美味しくて思わず食べてしまった。


 部屋に戻り、身支度を済ませると、初期拠点を離れてE拠点を目指した。――初期拠点の平原から始まり、E拠点に近づくと林が見え、さらに行くと林から森へと変化した。

 森の中に、E拠点はあるのかと思うくらいの距離を進むと、木々は、林くらいの密度となり、やがて平原となった。

 そして、その平原の真ん中にはE拠点が建っていた――。



「つ、着いた――。ん?」

 ノゾムは、拠点の周りで何かをしている、一人の少女らしき姿に気付いた。後ろ姿だが、ブレザータイプの制服でプリーツスカートのロングを着ていたので、少なくとも、背の小さい女性であることは間違いない。

 その人物は、地面に「杖(つえ)らしき物」をあてて、祈るような姿勢をしていた。

「……いったい、な――」

 そこまで言いかけると、ノゾムは一気にその人物に向かって走り出した。走りながら、剣を抜き、盾をぐっと握りしめる――。

 その人物は、よほど集中していたのか、後ろから物凄い勢いで来たノゾムに気付いていなかった……。


「――うおおっ!」

 辺りに、小気味よい音と、空気の振動が伝わる――。

「きゃあ」

 その人物は、地面にへたり込んでしまった。右側の林から現れ、襲いかかってきた小型のジュウにノゾムはジャスガを間一髪で決めた。

「(……ま、間に合った)――大丈夫?」

「は、はい……」

 か細い声で返事をした少女は、杖を使って立ち上がろうとした。しかし、突然のことに震えてしまったのか、上手く立てずによろけてしまった。

「おっと――。平気? 無理しないでいいから――」

「! は、はい……」

 優しく支えられ、笑顔を向けられた少女は、うっすらと頬を染めた……。


 ノゾムは、ジャスガで弾かれ、少し離れた場所でふらついている敵にトドメを刺した。消滅を確認すると少女のところへ戻った。

「あ、あの……。ありがとうございました」

 少女は、か細く可愛らしい声でノゾムに感謝をすると、深々とお辞儀をした。

「あ、そんな、気にしないで――。でも、まあ……。何に集中していたかは知らないけど、周りは気にした方がいいかも。……正直、気にしてても、急に来るときあるから」

「は、はい。すみません……」

 頭を上げた少女は、申し訳なさそうに、少しうつむいた。

「べ、別に、謝らなくても良いけど――。用心に越したことはないよ」

「は、はい。そうですね。――あ、申し遅れました。ボクの名前は『リン・ナシノ』と言います。十八歳です。どうぞ、お見知りおきを――」

 姿勢を正して、柔らかな口調で自己紹介をすると、軽くお辞儀した。

「(十八か。年下だろうとは思ってたけど、当たってたな)――俺は、『ノゾム・タカミ』よろしく。(ん? 『ボク』? ……ああ、いわゆる『ボクっ娘』ね)」

「……あの、もしかして同い年ですか?」

「あ、ごめん。一応、二十歳」

「……あ、それは失礼しました。ボクは、その……。お、お若いですね」

「いやいや、あんまり離れてないから」



 リンの身長は、一メートル五十五センチ。栗(くり)色のショートボブ。目は少し垂れ目。その優しい目は、控えめで穏やかな印象を与えた。

 全体的な雰囲気は慎(つつ)ましく。初対面でも老若男女問わず、護ってあげたくなる衝動に駆られる人物だった――。



「えーと。リンで良いかな?」

「はい。タカミさん。そうお呼びください」

「ノゾムでいいよ」

「で、では……。ノゾムさん」

「呼び捨てでも良いけど――」

「い、いえ。そんな、とんでもない」

「そう? まあ、いいけど。(……っていうか、それが普通か)――で、結局のところ、何をしてたの?」

「はい。『トラップ』を仕掛けていたんです」

「トラップ? 罠ってことだよな……。見たところ、普通の地面に見えるけど?」

「あ、あの。まだ途中だったんです」

「あー、そういうことね」

「はい。この辺りは、まだ敵があまりいないと聞いていたものですから……」

「確かに、そうなのかも知れないけど。油断は出来ないよな――」

「ノゾムさんの言う通りです……。この近辺は、いないものだと勝手に思い込んでしまいました……」

「――道中、遭遇しなかったのか?」

「はい、全然」

「! ……そ、そうか。それなら油断してもおかしくない――。(ここに来るまで、俺は数匹とやり合ったけどな……。隠れステータスに『幸運』とかあるのかな?)」

「ノゾムさん?」

「あ、ああ。すまない。――えっと、どれくらい設置するつもり?」

「はい。このE拠点の周りに、まんべんなく、やるつもりです」

「そうか。じゃあ手伝うよ」

「ほ、本当ですか?」

「ああ」

「嬉しい! 願っても無いことです。助かります」

「ははは――。気にしなくて良いよ。密かに、トラップの設置も見てみたいと思ってたからさ」

「わかりました。――では、さっそく取りかかりますね」



 ――リンは、自身の武器である「杖」を地面にあてると、片手で祈るような姿勢をとり、目を閉じた。全神経を集中し、力を込めて杖を握る――。すると、杖に触れている地面が、ぼんやりと光り始めた。

 さらに、そこから念じるように力を込めると、「魔法陣」のような「幾何学模様」を光はハッキリと描き始めた。

 そして、描き終わるのと同時に、一瞬だけ大きく輝くとその円陣は徐々に薄くなっていった。


「! おー。なんか、きれいだ」

「ふう……。しばらくすると完全に見えなくなります。これを敵が踏むと『足止め』になります。一応、無抵抗なら一時間。抜け出そうとすれば、その度合いにもよると思いますが、数分間くらいは出来るかと――」

「足止めか」

「はい。一応、罠にかかっている間は、体力を削ります。抜け出そうとすれば、さらに。ただし、一時間で自然消滅してしまいますし、削るのは微々たるものですが……」

「なるほど。攻撃というよりは、『間接的なアシスト』ってところかな? 足止めした敵なら勝率も上がるだろうし――。この薄い光のときはバレないの?」

「敵には設置中の光も、設置後の薄い光も見えないみたいです」

「そっか。……ていうか、疲れた?」

「い、いえ。平気です。……確かに疲れますが、一時的なものです。何十個も設置すれば、さすがに持たないと思いますが」

「短距離走。いや、『ダッシュ』(全力疾走)みたいな感じか。何本もやったら、完全にバテちゃう的な」

「あ! そうです。それに近いかも知れません」

「じゃあ、小休止しながら、やるといいよ」

「は、はい。ありがとうございます」

 二人は引き続き、拠点の周りにトラップを設置していった――。


 トラップ一個の直径は二メートル。それを設置するまでに、かかる時間はリンの状態にもよるが、平均で三十秒くらいだった。

 幸いにも、最初の地点から一周するまでに、敵は一切現れなかった――。



「はあはあ……。さ、さすがにもう駄目です――。疲れ、ました……」

「お疲れさん。――しかし、考えてみれば報われないな杖って。なにも、ヒットしないで消えたら悲しいものがあるだろうに」

「……ボクを含めて、装備が杖になった方は、それしかありませんから。攻撃力が低いですし――。直接攻撃をする方の苦労や危険性を考えたら、トラップが消えてしまうくらい、どうと言うことはありませんよ」

「そうか――。しかし、最初の設置のときは驚いたな。きれいに、かっこよく光り輝いていたから、一瞬、サポートアビリティかと思ったよ。もっとこう……。地味な、落とし穴的なものが出来ると思ってたからさ」

「ふふふ――。杖以外の装備の方は、そう思うかも知れませんね」

「ああ。ほぼ、間違いなくな」


 リンは、本当に限界が来たようで、しばらく肩で息をしていた。休み休みだったとはいえ、疲労はだいぶ溜まってしまったらしい。

「(……さっきまでは、これくらいで呼吸が整ってたのに――。本当に限界みたいだな)なあ、リン」

「は、はい?」

「とりあえず、大休止しなよ。――大丈夫、ちゃんと見張ってるから」

「あ、はい――。そ、それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」

 リンは拠点の中立のバリアを背にすると、へたり込んだ――。ノゾムは、リンの呼吸が整う間、警戒しながら黙って待つことにした。


 静かな時間が流れた――。木々から吹いてくる爽やかな風が、紅潮したリンの頬を優しく撫でて冷ました。しかし、せっかく冷めた頬を赤くして、リンはノゾムに話しかけた。

「――あ、あの。……ノゾムさん。……そ、その、ですね」

「ん?」

 リンは、なにやらモジモジしていた。ノゾムは「アレ」かと察した。「生理現象」的なやつが来てしまったのかと。――だが、その予想は外れた。


 そもそも、喉の渇きや空腹は制御できないが、制服を着ていると、「その手の生理現象」は抑えられるようになっている。

 抑えるというのは、単純に我慢をさせているという意味ではない。――そのため、基本的には健康に影響しないのだが、制服を着ていて「我慢できそうにない」と思ったときは、本当の限界なので素直にトイレに行く方が良い――。



「そ、その……。ま、マイリストに登録をしてもよろしいですか? ボク。近接タイプの方を優先的に登録したいと思ったんです。……その、今後のためにも」

「――あ、ああ。良いよ。(……サポートアビリティの人と出会ったら積極的に登録しようと思ってたけど――。こういう戦闘タイプじゃない人を登録して、連携するのも悪くないよな。……リンを手伝わなかったら、こんな考えにならなかったかもな。うん、もっと広い視野を持つように心がけよう――)」

「ほ、本当ですか? う、嬉しいです!」

「ははは――。じゃあ登録しようか?」

「はい!」

 二人は、マイリストの登録を済ませた――。



「――あ、ありがとうございます。み、見てもよろしいでしょうか?」

「もちろん。(じゃあ、俺もリンのを見――)」

「あ、ノゾムさんもサポートアビリティあったんですね? ボクもありますよ。トラップとは違う、全然関係ないものですけど」

「へー、そうなんだ――。え? 持ってたの?」

「? はい。……えっと、なにか?」

「そ、そうか。――い、いや。良いんだ。(これは予想外……。思わぬところで、出会えたな。……うん。本当、なにがあるか分からないものだな)」

 ノゾムは、リンのサポートアビリティを見た。



  サポートアビリティ(支援能力)による能力


  [完全なる鼓舞]


  リン・ナシノ ♂ × サピオ=レイーボ ♂


  間接アシスト(手助け)を計百回すると、

  発動条件が整い、

  常時、使用可能な「発動ストック」として一回分、溜まる。

  溜まってからは溜まった分だけ、いつでも使えるが、

  連続使用は一時間の「クールタイム」(CT)が必要。

   *(「CT」とは、要するに「使用不可」の時間です)


  発動条件が整ってから発動すると、

  一定範囲内の味方のやる気や気力を強制的に上げる。

  単純に士気などが高揚するだけでなく、

  防御力や攻撃力も少しだけ上がる。

  「完全なる鼓舞」の効果は発動してから三分間。

  その範囲にいる者は、

  仮に、絶望しているくらいに、

  気分が落ち込んでいても上がる。


  条件に達するまでのカウントは、

   自身が設置したトラップに敵がかかった 一回

   トラップにかかった敵を誰かが攻撃した 一回

   *(一人につき一回のカウントです。

     その人が、同じ敵に何回攻撃しても一回分です)

   トラップにかかった敵を誰かが倒した 二回

  としてカウントされる。



「これが、リンのサポートアビリティか。(名前から察するに気分上昇ってとこかな?)確かに、トラップ系ではなさそうだ。使ったことある?」

「い、いえ。……まだです」

「そうか。実は、俺もまだなんだ」

「そうでしたか」

「ああ」


 ノゾムは少しだけ沈黙した。なにか、看過することのできない内容があった気がすると思い、もう一度情報を見た。

「……」

「? ……。(ノゾムさん。なにやら真剣な表情――)」

「――あれ、おかしいな?」

「どうかしましたか?」

「いや、リンの情報さ。『♂』になってるけど。『♀』の間違いだよな。これってどこで訂正できるんだろ? 一時的な不具合で、自動的に修正されれば、それで構わないけど」

「あ、あの……」

「ん? リンの方は正常? やっぱり俺のだけか……」

「そ、その。……間違っていません」

「え?」

「ボク、その……。男ですから」

「あ、そうなの? 俺はてっきり不具合かと……。え、本当に?」

「は、はい。紛らわしくてすみません。――でも、この制服しかなくて。……一応、初日に申請もしたんですけど、最高司令官が許可してくれないみたいで、駄目でした……」

「(『ボクっ娘』じゃなくて、『男の娘』だったのか……)――い、いや。別に謝らなくても良いけどさ。しかし、なんでトオヤマ司令は許可しないんだろうな?」

「それは、分かりません……」

「……もし、本当に嫌なら――」

「あ、いえ……。その、嫌かと聞かれれば、正直、嫌ではありません。……えっと、その。普段も女性の服とか着ていますので――。申請をしたのは、戦地だからです。それなりの服が良いかなと思ったもので……」

「――そうか。(トオヤマ司令は、そこまで把握してる……のか?)……うん。まあ、別に良いんじゃない? リンが良いならさ。可愛いし、似合ってるし。無理に男性服にしなくても」

「え? (――か、可愛いって言われた? ……あ、服のことかも? で、でも……)」

 リンの顔は、一気に真っ赤になった――。

「俺、そういうのに偏見とかないから。……うん。むしろ肯定的な方かな」

「そ、そうなんですか……」

「――ああ。俺、男子校だったんだけど。付き合ってる人、いたからな」

「え? ノゾムさん。付き合ってる方が……」

「あ、ごめん。言い方が悪かった……。俺の高校で、そういう人もいたってこと。普通に、女性の格好をしたり、男同士で付き合ってたり――」

「そ、そうでしたか」

「だからってわけじゃ、ないけど。……結局、当人が良ければ周りの意見なんて関係ないと思うんだよ。――まあ、今の時代。あれこれ難癖をつける人の方が少ないと思うけど」

「そ、そうですね。――昔はひどかったと祖母から聞いたことがあります」

「へー、お婆(ばあ)さんからね」

「はい」

「(『おばあちゃん子』だったのかな?)――まあ、とにかく良いと思うよ。そもそも、その制服になったってことは、ラトニか拠点が『最適』って判断したわけだし」

「そ、そう言われてみれば……。そんな説明を受けた気がします……」

「いわば、宇宙公認だろ? 変える必要ないさ」

「ノゾムさん――。は、はい。……ありがとうございます」

「――さてと。リンは、これからどうする?」

「あ、えっと……。今日は、拠点付近にトラップを設置することしか考えてませんでした。ノゾムさんのおかげで目標達成したので、正直どうしようかなと思ってました」

「じゃあ、付き合ってくれ」

「え? (ええー?)そ、そんな……。き、急に言われましても……。その――」

「駄目か……。いや、それならいいんだ」

「あ、いえ。その……。ボクでよろしければ……。はい」

「お? 本当? 助かる。一人でも多い方が良いからさ」

「……え?」

「ん? ああ、このE拠点を制圧するのに人が多い方が良いってこと。――よし、まずはバリア破壊だな。……あ、まだ疲れているなら休んでていいから」

「(ノ、ノゾムさん……。そんな、思わせぶりな――。ううん。ボクが勝手に勘違いしただけか……)あ、いえ。大丈夫です。そろそろ……」

 杖を使って立ち上がろうとしたとき、リンはバランスを崩して倒れそうになった。

「おっと。ははは、まだ無理っぽいな。――いいよ、もう少し休んでなよ」

「は、はい……。すみません」

 ノゾムの胸の辺りに倒れ込み、優しく支えられたリンは力が抜けたように、その場に座り込んでしまった。


 結局、日が暮れるまで、リンは立ち上がることは出来なかった。――しかし、休んでばかりではなく、座ったまま杖で攻撃もしていた。それは、わずかでも削った方が良いからというノゾムの言葉を受けてのことだった。

 二人がバリアの破壊をしている最中に敵がトラップにかかったのは三回。ノゾムは途中、リンの指示を受けて、これを撃破した。リン曰(いわ)く。敵が、どこにかかったのかが分かるのだという――。


 攻撃を始めて一時間経過したころ、設置したトラップは完全に無くなってしまったが、破壊するための削り作業の人員は増えていた。

 サポートアビリティを持たない人達だが、十人ほどの攻撃は心強かった。だが、その日は結局、破壊にまで至らなかった。十人以上で数時間の攻撃――。それでもバリアは破壊されない。

 ノゾムは、ふと、アイナのサポートアビリティを思い出し、その威力を思い知った……。しかし、「アイナが拠点のバリア破壊をやれば簡単なのに」とは思わなかった。それは、発動に相当な条件か、リスクがあるのかも知れないと考えていたからだ。


 ――あと少しすると、夕方になるというところで、皆は「D拠点」に戻ることにした。そこが、この「E拠点」からは近いからだ。……昨日、「初期拠点」の方が近かったのはノゾムが迷ったせいで、本来はD拠点が一番近い。

 帰り際、「交代制にして、バリア破壊をしよう」という案も出たが、まだ人数が少ないため、その案は見送られた……。夜のリスクが高いのは、経験しなくても容易に想像出来たからだ。

 今は、まだ無理という結果を受けて、提案した人は少しガッカリしていたが、「リスクをリスクと思わないくらいに経験を積むか、環境が整えば、今後はバリア破壊のフォーマットになり得る」というノゾムの言葉を受けて、持ち直した。


 E拠点のバリア破壊は、ノゾムとリンの継続目標となった。二人は、拠点へ暗くなる前に戻れるギリギリまで粘って、皆が引き揚げた後も攻撃をしていた……。

「ふう……。なかなかの堅牢さだな。よし、俺達もD拠点に行こうか」

「は、はい。ノゾムさん」

「立てるか?」

「す、すみません。何度か立とうとしてたんですけど、上手く力が入らなくて……」

「そうか……」

「もう、完全な限界まで設置するのはやめます……」

「それが良いかもな。……よし、背中におぶされ」

 ノゾムは、自分の背中をリンに向けた。

「え?」

「いや、それしかないだろう? それとも『お姫様抱っこ』の方がいいか?」

「(! お姫様抱っこ? 一度はされてみたいアレですかー?)――で、では、お……」

「はは、冗談だ。……運ぶ手段としてはアリだけど、敵が来たら不利すぎるだろ?」

「……お、おぶさらせて、いただきます」

 リンは動揺しつつ、残念な気持ちを抱えながらノゾムの背中におぶさった。だが、この背中へのおんぶは最初、失敗した……。上手く力が入らないというのもあったが、一番の失敗理由は、ノゾムにあった。


 ノゾムは剣の鞘に乗って貰おうと考えていた。――だが、実際は上手く行かず、リンのプリーツスカートをめくり上げてしまうだけとなった。

 スカートがめくれて、おしりが露(あら)わになってしまったのは不可抗力なので、リンは静かに恥ずかしさに耐えていた。

 ノゾムは結局、鞘はやめて普通におぶさることにした――。

「……な、なんか、ごめん。――最初から普通にやれば良かった」

「い、いえ。お、お気になさらず……。あ、あの、重くありませんか?」

「いや全然。――じゃ、行こうか」

「は、はい。よろしくお願いします」

 リンに重いかどうかを聞かれたが、本当に軽かった。体の感触も柔らかく、高校時代にクラスメートを背負ったときとは、全く違うことに驚いていた。

「(リン。――本当に女の子じゃないの? 男の体には到底思えない……。まあ、女の人をおぶったことも無いけどさ……)」


 ――道中。リンを背負っているので、出来れば敵に会いたくないと願っていたノゾムの願いが叶ったのか、それとも、リンの幸運があったからなのかは不明だが、二人は無事にD拠点に着いた。

 リンは、数歩くらいなら杖を使って歩けるくらいになっていた。お礼をすると、部屋に入っていった。ノゾムも明日に備えることにした――。



 部屋に入ったリンは、サポート宇宙人から入室したいと言われたので許可した。心配になって尋ねてきたようだ。

「リン殿。だいぶ、お疲れのご様子……。大丈夫でございますか?」

「ええ、『サピオ』さん。……まあ。――正直、疲れましたけど」



 リンのサポート宇宙人の名は「サピオ=レイーボ」男性で、年齢は四十五歳。身長は、一メートル七十センチ。やせ形で白髪。長い髪を後ろで一括(くく)りにしている。黒いシルクハットと夜会服を着用し、右目に、はめ込みの片眼鏡をつけていた。

 外見は、いわゆる紳士。そして、その中身も「紳士」だった。



「左様でございますか……。よろしければ、『アロマティー』をお入れ致しましょうか?」

「あ、いえ。お構いなく。今日は、汗を流したら休みますので……」

「これは、差し出がましいことを……。では、ワタクシは、これで――」

「あ、はい。すみません……。ありがとうございました。サピオさん」

 サピオは片手を胸に当ててお辞儀をすると部屋に戻った。リンは、シャワーを浴びると、収納スペースに設置されているタッチパネルの「お薦め衣装」を押した。

 ピックアップされた下着や衣装を見て、リンは顔を赤らめた。

「(……こ、これはムリ。……こんなに透けてるのなんて着られないよ。――あ、でも。疲労回復の効果か……。うーん)」

 手前に用意された、お薦めの衣装はホワイトカラーで統一された、透けるレースの下着やネグリジェだった。


 リンは、それ以外の服などを用意して、しばらく悩んだ。……やがて、決断して服を着ると、部屋を暗くしてベッドに潜り込んだ――。



 ノゾムの部屋には、トラルが訪れていた。今日も疲れていたが、すぐに休まず、部屋に入れた理由は二つ。

 一つは、昨日、トラルから連絡があったときには、深く考えなかったのだが、本当は用があったのではないかと思ったこと。

 もう一つは、トラルに聞きたいことが、あったからだった。


「お疲れ様なのじゃ。ノゾム」

「ああ、お疲れ様。……なあ、トラル。昨日さ、もしかして、なにか用だった?」

「あ、いや。……用というか、その……。あれじゃ。なんというか……。(む、むう……。改めて問われると、なんだか恥ずかしいのう。『会って、コミュニケーションを図りたかった』と言うだけなのにのう……)」

 トラルは、少し顔を赤らめて、うつむいてしまった。

「……あー、えーと。別に無理に答えなくてもいいけど――」

「う、うむ――」

「――じゃあ、それとは違うことを聞いてもいい?」

「う、うむ、良いぞ」

「これは、深い意味じゃなくて、純粋に聞きたいんだけどさ……。なんで、チキウに協力してくれたの? えっと、トラブル安保だっけ? そういう『約束事』だからって言われてしまえば、それまでなんだけど――」

「! ……そうか、そうじゃな。その辺は、特設サイトに載っておらんしな。――確かに、どういう『動機』があるのかは、気になって当然じゃよな」

「まあ、極秘とかだったら別にいいけど」

「いや、構わんよ? いくつかの理由があるのじゃが……」

「そうなの? まあ、問題無い範囲でいいよ」

「うむ。そうじゃな……。さっき、ノゾムが言った『約束事だから』というのも、理由の一つとして合っておる。何かあったら手助けするという、古くからの約束を継続していたわけじゃしな――。それ以外に挙げるとすれば、一つは、わらわの『個人的な理由』じゃな」

「個人的――」

「そうじゃ。……このチキウには、美しい場所や建物などの『名所』が、たくさんあるじゃろ?」

「……うん。まあ、テレビやネットで見る程度には知ってるよ」

「ふむ。――自然現象で駄目になるのは仕方ないとして……。そういうのが、誰かの手で汚くなったり無くなったりしたら、どう思うかの?」

「仮に、興味が無くても――。嫌な気分というか、残念な気分にはなるだろうな」

「そうじゃろ? それと同じことじゃ。――わらわは、この星が好きでな。特に名所とか景観がのう。まあ、世界の名所巡りをする人の宇宙人版ってところじゃな。いろんな星を巡ったが、今のところ、この星が一番じゃ」

「名所マニア……。名所オタクって、とこか」

「むふふ。そうじゃな、そんなところじゃ。……ゆえに、名所を――。いや、環境を破壊してしまうであろうビジタを認めるわけには、いかんのじゃ」

「トラル――」

「……できれば、この星が、『死の星』になってしまう可能性を食い止めたいのじゃ。直接の手出しが出来ぬゆえ、そこはノゾムや、チキウ側の頑張り次第じゃが……。これは、本心じゃよ?」

「――ああ、疑ってなんていないよ。……万が一。いや億が一。嘘や偽りだったとしても、この星のためにそう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう、トラル」

「い、いや。べ、別に……。気にすることはない。利は、わらわ達にもあるのじゃからな」

「そうか――。ん? 『達』って言った? なぜに複数形?」

「(むう……。しまった、つい――。どうするかのう? まだ早い気もするが……。うむ、そうじゃな――。いずれは、話すことになるのじゃから、やはり話しておこうかのう……。ごまかしても仕方ないしの)」

「トラル?」

「――うむ。『わらわ達』と言ったのは、いくつかの理由の一つに関係することじゃ……。いや、むしろ、これがメインの協力理由じゃ」

 今まで見たことのない、真摯な態度のトラルを見て、ノゾムは確認した。

「え? ――察するに、よほど重要そうだけど話して良いのか?」

「良いのじゃ。……遅かれ早かれじゃからな」

「そうなのか」

「うむ。では、話すとするかのう……。まずは、そうじゃな――。ノゾムは、疑問に思わなかったかのう?」

「え? なにが?」

「戦争参加の条件じゃよ」

「あー、確かに思った。なぜ『無職』なのか。なぜ『特定の地域』からなのか。とかな。普通に考えれば、訓練された人を戦地に送る方が理に適(かな)ってるのにって。でも、その辺の説明は一応されたから、とりあえず納得してたんだけど?」

「わらわ達、トラベ側の理由は『戦闘能力の向上や相性の良い相手が選出の基準』だったじゃろ? これは表向きのものじゃ」

「え? 表向き? でも実際――」

「うむ。表向きではあるが、真実でもあるということじゃ。つまり、もう一つの理由が隠されておってのう――」

「もう一つの理由……」

「――それは『相性』じゃ」

「相性? 別の意味合いを持つ相性ってこと?」

「うむ。『遺伝子的に』相性の良い相手。……それが含まれるのじゃ。――というよりは、それが、本来の意味と言っても良いじゃろう」

「うーん。なんとなくは分かった……」

「う、うむ。……ややこしいかのう? つまり、トラベと『遺伝子的に相性の良い相手』をチキウでサーチした結果。ニポンのミウトシティに該当者が多かったからベースにした。ということじゃよ。――これが、そもそもの基準なのじゃ。……先ほどのノゾムの疑問。なぜ『特定の地域』なのか。の答えにもなったじゃろ?」

「あ、ああ――」

「――さらに言えば、Pナンバーを打ち込んで、特設サイトから狭間に飛んだじゃろ? 待機室と言った、あの空間じゃ。あそこで、『個別』に相性の良い相手を精密に選出したということじゃ」

「……そういえば、あのとき、相性の良い相手が身分に関係なくパートナーになるって言ってたな――」

「そうじゃ。……一応、間違ったことは言っておらんじゃろ?」

「まあ、そうだな。……要するに、『遺伝子レベルで相性の良い相手をマッチング』したってこと?」

「おお! その通りじゃ」

「――それは、『無職』を条件にしたのと関係あるのか?」

「むろんじゃ。わらわ達、トラベと遺伝子的に合うのは、『遺伝子的に駄目なチキウ人』だからのう。……つまり、サーチ結果で、該当した人物の職業を見ると無職が多かったということじゃ。だから、その条件にすれば、より効率よくマッチング出来ると判断したのじゃよ。――誤解の無いように言っておくが、あくまで遺伝子的にじゃぞ? イコールで、駄目人間とか、無能ということではないぞ?」

「……うーん。そうなのか? その辺のことはよく分かんないけど……。馬鹿にしてないなら別にいいよ」

「もちろんじゃ。――むしろ、わらわ達にとっては、最高のパートナーになり得るのじゃからな」

「……少なくとも参加条件の疑問は、俺の中では晴れたけどさ。――結局、協力する理由。メインの理由って、どういうこと? 遺伝子的に相性の良い相手とマッチングしたことが隠された理由って言われても――。(ん? 待てよ? 『パートナー』って、そういうことなのか?)」

「むう。わからんかのう……。(察しの良いノゾムなら分かるかと思ったのじゃが……)」

「いや、察した――」

「おお?」

「……あの時、待機室で遅れたのは、まさか自分の相手が、こんなに早く現れるとは思ってなかった。――って、とこだろ?」

「そ、その通りじゃ――。正直、わらわとマッチングした者がいると報告があったときは、驚いたぞ」

「やっぱり、そういうこと。……だよな」

「う、うむ。――そうじゃ。パートナーじゃぞ? いわゆる、『人生パートナー』である『運命の相手』が選出されたら誰だって、平常心ではいられないじゃろう?」

「う、うん。……まあ、そうかも知れないけどさ。まだ引っかかるところが、あるんだよ」

「? なんじゃ?」

「なんで、そういう相手を自分の星でマッチングしないのかってこと。……いや、待てよ。そこまで言うってことは。――もしかして、トラベには現在、男性がいないのか?」

「いや、おるよ?」

「おるんかい」

「うむ。――実は、そこがメインの理由と関係する『肝』の部分なのじゃ。……ちなみに、自分の星でのマッチングはせんよ? これは、他星と自星との間で使用するものじゃからのう。加えて、平時には使用せん」

「そうなのか……」

「うむ。……で、肝の部分じゃがな――」



 トラルは、チキウとトラベとの今回のマッチングについて話した――。肝となる部分は、なかなか深刻な話だった。

 トラベでは最近、「ウイルス」により、男性全員が「生殖機能が失われる病気」にかかったのだという。発生源は不明だが、空気感染で一気に広まったらしい。解決の道は、現在も全く見通しが立っていないとのことだ。


 その病気は人畜無害で、トラベの男性以外は一切伝染しない。その者の唾液や体液などに触れても、それ以外の者は、なんの問題も無い。――また、病気にかかっている者も、健康上の問題は一切無い。ただ、限定的にトラベの女性との間に子どもが完全に作れなくなっただけだ。

 生殖機能が失われる病気は、厳密には、自分の星の相手にのみ完全に起きる病気。――極めて限定的な現象ということだ。


 トラベは、最悪の場合を想定して、他の星と自分の星とで、種を残すために最適な相手「新たな交配相手をサーチ」していた。

 いろいろな星を調べている中――。ある日、チキウがヒットした。トラルは、自分の好きな星が、交配相手にピッタリと知らされ、一瞬だけ驚いた。……しかし、考えてみれば自分達と同じ人間タイプで、ほぼ似ているので、その報告はすぐに得心した。

 報告の中には、遺伝子的に駄目な人間ほど、トラベ側と相性が良く。「種が安定して保存される可能性が高い」とあった。――それは、チキウの男性とトラベの女性との間では、何の問題も無く、子どもが出来るということだった。

 ――ただし、あまりに似ているためか、チキウの女性とトラベの男性との間では、子どもが出来る可能性は低いかも知れないとも言われた……。


 完全に出来ない現状よりは、良い。と判断して、さらなる指示を出そうとしたところ、今回の戦争の報告を受けた。

 当然、トラルは、どの星よりも早く協力を申し出た。――それが、協力理由の一番の核となった。



「――そうだったのか。それは、なんていうか……」

「いや、気にせんでも良いぞ? 正直、ウイルスに関しては、お手上げじゃがのう……。こうして相手が見つかっただけでも幸運じゃからのう」

「じゃあ……。パートナーは、必ず男女ペアになるのか?」

「いや、そこは能力の向上や相性で決まるのう。……必ずしも交配相手として決まるわけではないのじゃ。――運命の相手や人生パートナーと言ったと思うが、なにもそれは異性限定というわけでは、ないからのう」

「そうなのか。……強制力は無いんだな」

「うむ。最終的に、どうするかは当人次第じゃ。――あくまで、マッチングはマッチングじゃよ。わらわは、別に強制しとらんからのう。もちろん、組んだ以上はサポートするし、して貰うがのう。……その辺のことは、自由意志ってやつじゃ」

「なるほどな」

「うむ」

「……」

「……」


 二人の間に、妙な沈黙が訪れた……。

「え、えーと。……もしかして。昨日とか、今日アプローチしてきたのって――」

「い、いや……。わ、わらわは別に――。その……。あ、あれじゃ。会って、コミュニケーションを図りたかっただけじゃ」

「そうなのか」

「そ、そうじゃよ? お互いの『親密度』というか、『絆(きずな)』が深まって、心の距離が縮まれば、相性がもっと良くなるじゃろ? すなわち、それは能力の向上にも繋がるのじゃ。初期値の能力は下がることは無くても、上げることは出来るからのう――」

「それが本当なら、ありがたい。生存率が上がるしな」

「そ、そういうことじゃ――」

「……」

「……」


 またしても、微妙な沈黙が訪れた――。

「……ときに、ノゾム」

「ん? なんだ?」

「そ、その、あれじゃ……。おぬしは経験豊富なのかのう?」

「え? 何の話だ?」

 聞き返されたトラルは少し顔を赤らめた……。

「えっと……、つ、つまりじゃな……。わらわよりも二歳年上じゃし……。そ、その……。人生経験が豊富なのかという意味で聞いておるのじゃが――」

「……」

「な、なぜに沈黙するのじゃ? 質問の意図は理解したであろう?」

「まあ、聞きたいことは理解したけどさ……。なんていうか……。そういうのは、うん。『言わぬが花』ってやつかな――」

「――むう。……もしかして、ノゾムは『○モ』なのかのう?」

「なんでだよ」

「むう……。沈黙して答えぬし、それにリンという男の娘に、良い感じに接しておったからのう――。男子校で、肯定派とも言っておったし……。ボイスオンリーとはいえ、いろんな意味でドキドキしておったのじゃぞ? ――あ、一応、言っておくが、わらわは否定しておらぬよ? ただ、『ホ○』なのかを確認したいだけじゃ」

「(直球だな、しかし――)……んー、そうだな。……確かに、リンは可愛いな。もし、本気で迫られたら、どうなるかは俺も分からん」

「むう……。否定も肯定もせぬのじゃな」

「ああ、今のところはな。……人間の感情なんて、どう動くか分からないからな」

「う、うむ。まあ、それなら、それでも良いのじゃが……。そ、それで――。け、経験の方はどうなのじゃ?」

「……」

「なぜに、沈黙するのじゃ?」

「それも、言わぬが花……」

「むう、言いにくいということは『DT』(童○)なのかのう?」

「ディ、ディディディディ……『DT』(○貞)ちゃうわ!」

「(……図星じゃったか)」

「そ、そういう、直球な質問をするな。……じゃあ、お返しだ。――トラルは、どうなんだよ? 『SJ』(処○)なのか?」

「エ、エエエエ……SJ(○女)ちゃうわ」

「(……図星か)」

 お互いに、精神的なダメージを受けたのか、呼吸が乱れていた――。


「むう……。わかった、認めよう。どうやら、お互い『未経験』のようじゃな――。純潔を守って生きてきたのじゃ、恥ずべきことはないじゃろう?」

「……ああ、同感だ。むしろ、俺達は崇(あが)められても、おかしくない――」

「むふふ、そうじゃな。――わらわ達は悪く無い。……だいたい、『済ませた』者どもは、なぜ、あんなにも上から目線なのじゃ?」

「同感だ。あいつら、急に、ワンランク上がったみたいな態度とりやがって――」

 トラルとノゾムは、下を向いて握り拳を振るわせていた――。過去に、よほど嫌なことがあったのだろう……。

 結局、その怒りの炎が消えるまでに、数分の時間を要することとなった……。



「(ふう……。しかし、あれじゃな。やはり、ノゾムとは不思議と気が合う。側にいると何だか、ずっと一緒に過ごしたい気持ちに――。も、もしかして、これが夫婦になりたくなる気持ちというやつかのう? な、ならば……)ノ、ノゾム……」

「ん?」

「……わ、わらわと、その……。『本当の意味でのパートナー』にならぬか?」

「なん、だと……?」

「そ、その……。つ、つまり、じゃな……。た、ただのパートナーだけではなくて……。よ、夜も共に過ごす的なパートナーに――」

「ああ、そういう意味のパートナーね。――だが、断る」

「――な? なん、じゃと……?」

 トラルは、断られる理由が分からなかった。わけが分からない状態に一瞬にしてなってしまった。


「な、なぜじゃ? り、理由を聞かせるのじゃ」

 理由を聞かれたノゾムは、一息つくと答えた。

「――俺は、初めての相手は、最初で最後。……つまり、結婚して生涯を共に暮らす人と決めている。自分で決めたルールの『お互い初めて同士』という条件はクリアしているが、そういうことは結婚をしてからでないと。……もし、それを破ったら、俺は俺を許せない」

「! (……むう。『YOU。夫婦になりたきゃ、既成事実を作っちゃいなよ。断る男なんていないぜ!』という、雑誌の言葉に踊らされたかのう……)――目から鱗(うろこ)が落ちた気分じゃ。――素晴らしすぎる理由じゃな」


「――そうか?」

 そう言いつつも、褒められたノゾムは少しだけ、誇らしげな表情をしていた。


「――な、ならば、問題無い。わ、わらわと結婚すれば良いのじゃからな」

「ああ、それなら問題無い。……ん?」

「おお、合意に達したのう――」

「いや、待て待て。そんなにあっさりと決めて良いことではないだろう?」

「そうかの?」

「そうだろう」

「むう……。わらわの星では、お互いが合意した時点で結婚と見なされるのじゃがのう」

「いやいや、この星には、この星のルールが……」

「まあ、当然そうなるかのう……。そもそも、ここは中立の空間じゃ。どちらを尊重するべきかと言われれば、少し困るのう」

「そ、そうだろ? ――この件は、保留だ。保留!」

「……ノゾムは、わらわとの結婚が嫌なのかのう?」

 トラルが顔を近づけて、静かに柔らかく尋ねてきた。ノゾムは憂いを帯びた顔を見てドキッとした。初対面のときから、うっすらと可愛いとは思っていたが、近くで見ると、やはりそれは間違いなかったからだ。

「い、嫌なことはない」

 トラルの表情がパッと明るくなった。

「良かったのじゃ。……では、合意じゃな」

「だから、それは待ってくれって」

「むう……。やはり駄目かの? ……ま、まあ良い。要は、ノゾムの星の言い分も取り入れろということじゃな?」

「ま、まあ。そうなるかな? なんていうか、最低でも親に知らせるとか、公的に報告をしないと……」

「ふむ。ノゾムがそういうのなら仕方ないのう。とりあえず今日のところは間を取って、婚約という形で良いかの?」

「婚約? ……あ、ああ。そうだな。(今すぐ、どうこうするよりは良いか……。お互い考える時間も出来るし……。形だけでも、そういうことにしておけば、大きな不満には、ならないだろうしな――)えっと。あれだ。とにかく結婚とか、そういう話は戦いが終わってからで、いいんじゃないのか?」

「この戦い。この戦争が終わったら結婚を考えるということじゃな?」

「そ、そうだな。――あ」

 ノゾムは、何かに気付いて意気消沈した。

「? どうしたのじゃ?」

「――いや。これ、完全に『死亡フラグ』だわ……」



 結婚を迫られたノゾムだったが、とりあえず、トラルが提案した婚約という形にして、その場は収めた。

 ――それは、今後のことを考えた結果でもあった。相手の言い分を完全に無視するのは、後々、なにかしらの火種になりかねないからだ。……もちろん、トラルの性格からすると、その辺のことを「ごねる」ことはしないだろうとは思ったが、念のために完全に断ることはやめておいた。

 ――ただ、それは「本音と建前」どちらかと言われれば「建前」の方だった。ノゾムは、トラルのことを正直、気に入っているからだ。「一緒にいると、なんとなく和む」これは、口にしないが、密かに実感していることだった――。


 ――この日を境に、結婚やそれらに関係することが本気で話されることは無かった。


 その後のトラルとノゾムの部屋でのやりとりは、戦争が終わってから話し合おうという、ノゾムの言葉が固く守られることになる――。



 翌朝――。D拠点からE拠点に来たノゾム達は、昨日に引き続きバリアの破壊に取りかかった。周りに敵はおらず、昼ぐらいまでは邪魔されることなく、破壊活動に専念できた。昼が過ぎたころには、敵も数匹ほど現れたが偵察程度。しかも、トラップにかかったので、全員で一気に片付けた。

 そのころになると、サポートアビリティを持たない人の人数も倍くらいになり、これならバリア破壊は楽勝だろうと考えていたが、夕方くらいになっても壊れないバリアに、その考えの甘さを思い知らされた。

 今日、この拠点を制圧するつもりで来たのだが、それは叶わず。皆、暗くなる前に再びD拠点に戻ることにした。


 その日、また最後まで一緒にいたのは、ノゾムとリンだった。もちろん、昨日の反省を生かし、限界は超えなかった。

 ――帰り道。リンは、話の流れで、自分の参加理由をノゾムに話した。現在、五十七歳の祖母と二人で暮らしていて、祖母を参加させないように、自分が来たのだという……。それ以上のことは言わなかったが、ノゾムは、人それぞれに理由があるのだと改めて思い、気を引き締めた。



 ――翌日、E拠点に皆が着き。破壊を始めようとしたとき。林から物凄い速さで一匹のジュウがバリアに攻撃した。隙を突かれた、たったの一撃。それでバリアは消失した。

 そのジュウを倒した後、みんなは顔を合わせて笑った。「一撃だったのか」と。バリアの耐久力、破壊の進捗度は分からないので、そこは笑うしか無かった。

 周りに、他の敵がいないのはもちろん。仮にいても、優先に入れたのはノゾム達だったので悠々と全員で拠点の中に入っていった。制圧ポイントのボタンを誰が押すかで揉めると思いきや、満場一致でノゾムとリンが選ばれた。


 拠点の制圧は、実は、かなりの功績になる。それは、知らされなくても考えれば分かることだった。――だが、そこにいる者達の中には、功を焦る者はいなかった。皆、二人の頑張りを認めていたからだった。

 ノゾムはリンに譲ったが、かたくなに拒んだので、二人で押すことにした。制圧が完了するまでの三分間――。ノゾムとリンは、周りからの「とても温かい言葉」により、顔を赤くしていた。



 E拠点の制圧が完了すると、驚きの声の後に、大きな歓声が上がった。歓声が止むと、今度は、食堂で祝宴を開こうと言う者と、気を引き締めるべきだと言う者と、大きく意見が分かれた。それ以外の様々な意見も出始めたが、この二大勢力を収束する必要があると当事者を含めて全員が思った。

 そこで、制圧を完了させたノゾムに采配が任された――。突然、二大勢力から話を振られて少し困惑していたが、しばらく考えると、どうするべきかを全員に伝えた。

 両方の意見は、どちらも悪くない考えだったので、ノゾムは、どちらかを否定するのをやめてこのように言った。


「――せっかくですから、全員で乾杯だけして、あとは来る者は拒まず、去る者は追わずの自由参加。自由行動にすれば良いのではないでしょうか? 時間は、平均的な宴会時間の二時間まで。乾杯だけなら、一分もかかりませんし……。それで、どうでしょう?」


 ……祝宴は、士気や絆が高まるかも知れないが、過度に耽(ふけ)るのはよろしくない。逆に、祝宴を自粛して慎重に行動するのは一見すると良いが、張り詰め過ぎなのもよろしくない。その両方の意見と、少数の意見である「その他」(各自の自由意志)を上手く取り入れた采配に、誰もが納得した。

 ――このスタイルは、拠点で祝宴などが行われる際の基本スタイルとして定着した。



 それから数時間後。乾杯だけ済ませたノゾムとリンは「四時拠点」である「C拠点」へと向かっていた。

 リンと一緒に行動していたからか、その道中、敵との遭遇は無かった。遠くに見かけることはあっても、なぜか敵側が、なにもしないうちに去って行った……。


 日が暮れ始めるころに、林を抜けてC拠点に着くと、数名の人々がバリアの破壊活動をしていた。ノゾムとリンも、その攻撃に加わることにした。

 しばらく攻撃していると、辺りはだんだん、薄暗くなり始めていた……。ここから近いD拠点へ、完全に暗くなるまでに戻るギリギリの頃合いだとノゾムは思っていた。

 しかし、誰もやめようとする気配を見せなかった。――むしろ、息を切らしながらも、その攻撃を激しくしていた……。

 不思議に思ったノゾムは、隣で攻撃している人に話を聞いた。


 ――すると、この拠点への攻撃は今日で三日目。交代制は取っていないが、そろそろ壊れるのではないかと思って、スパートをかけているらしい。

 しかも今日は、全員が「完全に暗くなるまでやる」と決めて、ここに来ているのだという。


 ノゾムは、話を聞いてどうするべきかを考えた。自分達だけが、このまま帰るのも何だか気が引ける。――かといって夜は、危険度が増す。……しかし、その一方で、そろそろ今後の夜戦を想定して、暗闇に体や目を慣らすのも悪くは無い。――と、攻撃をしながら、あれこれ考えていた。すると、そこへリンが側に寄ってきた。

 ノゾムは、自分だけなら、このまま継続しても良いがリンのことを思うと、やはり残るわけにはいかないと判断して、帰る旨を伝えようとした。

 しかし、リンからはノゾムとは逆の意見が伝えられた。


「――え?」

「ボク達も、このまま続けましょう?」

「いいのか? ……まあ、E拠点は二~三日で落とせたし、あと一歩で壊れたのを目の当たりにしたら、ここの拠点も――。って、気持ちは分かるけど……」

「それもありますが……。暗くなるのは、やはり不安です。でも、皆さんは引かないみたいなので……。それなら、少しでも早く終わらせるために協力したいと思ったんです」

「そうか――。よし、リンがいいなら。そうするか」

「あ、ありがとうございます。ノゾムさん」

「い、いや。俺は別に……」

 満面の笑みを向けられて、ノゾムは思わず照れてしまった。


「では、さっそくいきますね……」

「え?」


「『完全なる鼓舞』――発動」


 リンは軽く目を閉じると、サポートアビリティを発動させた。地面の広い範囲が、一斉に黄金色に光り輝いた――。それと同時に、その範囲内。拠点の周りで攻撃している全ての人に、その効果は現れた。


「おお?」

「な、なんだ? この光は――」

「なんかしらんが、みなぎってきたー!」

「うおー! やれる! いくらでも、やれるぞー!」


 拠点の周りからは、高揚する声が次々と聞こえてきた。――士気の高揚。やる気や気力、防御力と攻撃力も上がった人々は、一気にバリアに攻撃していった。

 発動者のリン以外は、全てテンションが上がっていた。もちろん、ノゾムも例外なく上がっていた。


「うおおおー!」

 ノゾムは、普段よりも勢いよくバリアに向かって攻撃をしていた。

「(す、すごい。――今なら、なんでもやれる気がするぞ!)」

 ――しばらく、夢中で攻撃を繰り返していたノゾムだったが、ふと、横を見るとリンが目を閉じていることに気付いた……。

 それを見たノゾムは、攻撃しながら周りを見回した。――敵がいないことを確認すると、また攻撃を続けたが、発動中に無防備になるリンを気にかけるようにした。



 三日間の攻撃と、高揚した全員の、激しい攻撃はサポートアビリティの効果が切れる、三分間と同時くらいに実を結んだ――。

 中立のバリアが消失すると、拠点の周りで歓声が上がった。そして、最初から攻撃していた人々は、サポートアビリティの余韻に任せて、そのまま一気に制圧を完了させた。

 四時拠点であるC拠点は、暗くなる前にチキウ側のものとなった――。


 この拠点でも、「祝宴をしよう――」という者が現れるかも知れないと、少し身構えたノゾムだったが、全員疲れたらしく。それぞれが部屋に行き体を休めた。

 今までの疲労が蓄積していたとも考えられるが、リンの「完全なる鼓舞」は体力を回復させるわけではないので、張り切った三分間で疲れた可能性もある。


「……リン、溜まってたんだな」

「あ、はい。昨日の帰る少し前に。――本当は朝一に、E拠点で使おうと思ってたんですけど……。その必要もなくなったので、使うなら今かなって思いました。……初めてでしたけど、良い結果になって、ほっとしてます」

「あ、うん。いつ使うかは、その人の判断次第だけどさ。……一つだけ、いいかな?」

「は、はい。なんでしょう?」

「発動中、目を閉じてるみたいだけど……。あれは?」

「ボクも終わった後に気付きました。――そうなるみたいです」

「やっぱりそうか。そうなると、今後は使いどころに気をつけた方がいいかもな」

「はい。そうですね。……この能力、ボクに作用しませんし、――無防備ですものね」

「ああ。その都度、誰かにフォローして貰うといい」

「あ、は、はい――。(誰か、か……)」

「ん? どうかした?」

「あ、い、いえ。……なんでも、ないです。(――でも、そうだよね……)」

「――まあ、俺といるときは頼ってくれてもいいけどな。状況次第だけど」

「! は、はい。ありがとうございます。(ノ、ノゾムさん……)」

 リンは、ノゾムからのフォローを喜んだのと同時に、一瞬でも、おこがましい考えが浮かんだことを猛省した……。



 ――翌日。しばらく、C拠点を中心に活動することを決めていたノゾムとリンは、周辺を巡回していた。

 最高司令官が表現した「ハーフウェーライン」敵側と味方側を半分に分ける、いわば、境界線。そこの「零時拠点」である「中央拠点」へ行くのは、まだやめておいた。


 それは今朝、その近辺を偵察して戻ってきた人の情報を受けての判断だった――。その人の話によれば、敵は数え切れないくらいにいるらしい。「中央拠点」を制圧して、そこに陣取るつもりではないかという見解だった。

 大きい敵は見かけなかったが、数がすごいので、もし、中央を攻めるつもりなら対策や作戦を練った方が良いとのことだった。

 味方陣営の話なので、偽の情報ということは、あり得ない。仮に、情報に多少の誤差や誇大などがあったとしても、おおよそは事実だろう。

 ――もちろん、状況は刻々と変化する……。ノゾムは、その報告を受けてから、ずっと考えていた。


 ……急(せ)いては事を仕損ずる。後手に回るのも後々きつい。打開策が見つからない。自分の知りうる戦力をざっと思い浮かべても、多数の敵に対応出来るか分からない……。せめて、自分のサポートアビリティが、多数向きの技や能力だったらなと考えていると、リンに声をかけられた。

 気が付くと足が中央に向かっていたらしい。――まだ「十分の一」しか来ていないのに、ノゾム達は林の中で複数の敵と遭遇した。さすがに敵が陣取ろうとしているだけあって、中央への最短ルート付近は警戒が厳しかったようだ。

 ノゾムは、この先からは「リンの幸運」も通用しないかも知れないと思ったが、これだけの敵に突然襲われなかっただけでも、やはりラッキーだなと思い直した。


 チチュとジュウ。偵察くらいのレベルと護衛くらいの敵の数は三十匹ほど。戦いに少しだけ慣れてきていたとはいえ、この規模の対多数は初めてだった。

 幸いにも、敵はまだ仕掛けてこない……。ノゾムはゆっくりと後ずさりしながら距離を取っていった――。それは、仮にリンが戦闘タイプの装備の持ち主だったとしても、二人ではキツイと判断したからだった。

 対多数の経験を踏んでいれば、選択は変わったかも知れない。しかし、勝てたとしても、相応のダメージは覚悟しないといけない。もし、次から次へと数が増えたら……。数だけじゃなく、ボスクラスが来たら、かなりマズいことになるとノゾムは考えていた。


 見通しの良い前方に並ぶ敵は、徐々に数を増しているようにも見えた。そして、雑魚クラスの、群れの中をかき分けてチチュとジュウのボスクラスが二匹現れた。ノゾムの嫌な予感は的中した。

「(……あの二匹が、この部隊の司令塔ってとこか? 襲ってこなかったのは、自分達が前面に出るまで、待たせていたのか? どの程度の知能があるかは、知らないけど――)」

「ノ、ノゾムさん……」

 斜め後ろにいるリンが若干、震えているような声を出した。

「(――これも経験か。……よし。)リン、逃げろ」

「え?」

「ここで、俺が『おとり』に……。いや、食い止めるから――」

「そ、そんな。出来ません」

「(まあ、そうなるか……)――まあ、あれだ。正確には拠点に戻って、このことを連絡して欲しいんだ。敵は、この辺まで入り込んでいるから警戒しろってな」

「い、嫌です。……ノゾムさん、一緒にいきましょう? 一気に攻められたら持たないですよ? ……このまま二人でゆっくり動いていけば、たぶん、いけると思いますし――」

「……リン。(さて、どうするか――)」


 ノゾムは、現状をどのようにすれば好転できるかを考えた。リンの言う通りにしても、一気にかけだしても、敵は、いずれ一斉に来るだろう――。それなら腹を決めて、ここで踏ん張った方が精神的には前向きに対処出来るのではないか……。

 そのように考えていると、ボスクラスの二匹が最前列に来た。どちらもD拠点でアイナが戦ったときよりは小さいが、それなりの迫力があった。ノゾムはボスクラスを見るのは、それ以来だった。

「(ボスクラス二匹に、その他、大勢か……。ふう。そうだな……。いずれ、もっとたくさんの敵とやり合うんだ。それなら、ここで――)」

 ノゾムが腹を決めた、その時――。チチュのボスクラスが単身、突撃してきた。

「リン! 前線には出るなよ!」

「は、はい!」

 ノゾムは一気に走り出して、ボスクラスの攻撃を受けた。リンも距離を取り、安全圏に身を潜めた。トラップを仕掛けようかと一瞬、考えたが、それで自分が攻撃されては意味が無いと思い、ひとまず様子を見た。


 走り込んだ勢いとクリジャスの発生で、ボスクラスのチチュは弾き飛ばされて地に背中を着けた。数匹が、その下敷きとなり消滅した。

 ノゾムは一瞬、「いけるかも」と考えたが、すぐさまボスクラスのジュウが襲いかかってきた。もちろん油断はしていない。すぐに対応して、ジャスガを与えた――。

「(――そう簡単にはいかない、か)」

 雑魚クラスも、ときおりノゾム目掛けて攻撃してきたが、ことごとく弾き返した。それらを繰り返すうちに、直接の相手だけではなく広範囲にジャスガやクリジャスがヒットすることを発見した。

「(お? ダメージは少ないかも知れないけど……。同時に攻めてきたやつ。付近の敵にも効いてるみたいだ――。何事も経験だな。少しだけ希望が見えた気がするぞ――)」

 しかし、敵の数は増す一方で、ノゾムはだんだんと不利になってきた。



「(ダ、ダメージは、まだ喰らってないけど――。さ、さすがに疲れ始めたぞ……)」

 休む間もなく、激しい攻防が十分ほど続くと、ノゾムに疲労の色が見え始めた。情報としてサポートアビリティが溜まったと報告は受けたが、今は使いどころではない。

「(こういうときに使えるサポートアビリティが良かったなぁ……。って愚痴ってる場合じゃないか……。くっ! まだ増えるのか? 体力が持たないかも――。せめて、サキの回復があれば何とかなったかも知れないけど……)」

 敵の数は、ダメージを受けた敵を含めて五十匹ほどに増えていた。消滅させたのはボスクラスのチチュ一匹と雑魚クラスの二十匹ほどだったが、後から増えるので、減っている気がしなかった。唯一の救いは、ボスクラスが増えなかったことだった。



 攻防は、さらに続き二十分経過した――。


「はあはあ――」

 絶え間なく来る攻撃に、ノゾムの息が切れ始めた。

「(まだ、限界では無いけど――。少しでいいから、休みたい……)」

 敵側は、ノゾムの広範囲攻撃を恐れてか、一斉に襲いかからずに一匹ずつ来るようになっていた。

「(いやらしい攻撃だな――。学習するのか? いや、これくらいは自然の動物とかでも覚えるか……。逆に言えば、知能はその程度ってことになるな――)」

 ジュウのボスクラスは、チチュのボスクラスがやられてから静観していたのだが、息が切れたのを見計らっていたのか突然、襲ってきた。ノゾムはそれを防いだが、ジャスガは発生しなかった。致命傷ではないが、初のダメージを喰らってしまった。

「ぐっ!」

 剣を地面に刺し、膝を突くのは耐えたが、ここでのダメージは二つの意味で痛かった。直接的な痛みはもちろん。弱っている姿はあまり見せたくなかったからだ。

「はあはあ……。(――ボスクラスは、少しだけ頭が良い感じか? いや、これくらいもアレか……。ん?)」

 ノゾムは、後ろから風が吹いたことに気付いた。熱くなった体を適度に冷やしてくれる風を心地よいと感じた、その時。事態は急変した――。


 風の強さが、勢いを増していると思ったのと同時に、ノゾムの横をすごいスピードで通り過ぎるものがあった。

「え?」

 後ろからやって来た、その竜巻は、敵を次々に消滅させていった――。ノゾムは最初、小型の竜巻と思った。……だが、よく見ると自然の竜巻ではない姿がそこにはあった。


 ――それは、竜巻というより高速回転する「独楽(こま)」のようでもあった。あまりに早すぎて、その実態はハッキリとはしなかったが、少なくとも自然の竜巻ではないと、ノゾムは確信した。

 激しく風を巻き起こし、まるで意思があるかのように動く、その独楽は、一分もしないうちに敵をほぼ殲滅(せんめつ)させた――。

 最後に、ボスクラスのジュウがやられると、周辺に敵影は見えなくなった。それを確認したかのように独楽は、やがて速度を落とした。


 速度を落としていく過程で見えたのは、「大剣」を両手でしっかりと握り、それを振り回す勢いで横回転する人の姿だった。

 完全に回転が止まると、その人物は目が回って、よろけるそぶりも見せず、ノゾムの前にやって来た。



 近寄ってきた男性の身長は、一メートル八十八センチとノゾムより高く。黒髪の短髪。制服は、二十代後半からの男性が着るスーツのタイプ。筋肉質で服の上からもレスラーのような体格であることが分かった。



「初めまして、オレは『オボロ・テンノウジ』二十五歳。よろしく」

「あ、『ノゾム・タカミ』二十歳です。正直、助かりました。ありがとうございました」

「ハッハッハッ――。なあに、気にするな。困ったときは、なんとやらだ」

「は、はい」

「――というわけで。次は、オレを助けてくれ」

「え?」

「実は、今の技はサポートアビリティだったんだがな。……終了して一分後、完全な睡眠状態になるんだ。強制的に十分間な。――悪いが、オレが寝ている間、頼んだぞ?」

「あ、はい。とにかく十分間、守ればいいんですね?」

「ああ……」

 ――オボロは、まるで催眠術にかかったかのように、一瞬で眠ってしまった。倒れそうになったところをノゾムは慌てて支えた。――そこへリンが泣きながら駆け寄ってきた。

「ノゾムさん! 大丈夫ですか? ボク、なにも出来なくて……。すみません」

「リン……。謝る必要はないぞ? 戦闘向きじゃないんだからさ」

「で、でも……」

「気にするな。その気持ちだけで嬉しいよ。――っていうかさ。むしろ悪いのは俺だよ。考え事していたとはいえ、うかつだった……。ごめん」

「ノ、ノゾムさん……」

「――リン、一つ約束してくれないか?」

「は、はい?」

「今後、戦闘時に、なにも出来なくても自分を責めないこと。――戦闘タイプじゃない装備の人が戦わなくても、誰も文句言わないよ。……どっちかって言うと、敵に見つからないでくれって、前衛は祈りながら戦ってるはずだからさ。……あ、別に、戦うのが駄目ととか禁止って意味じゃないから――」

「……はい。分かりました。――ありがとうございます」

 涙を拭きながら理解を示したリンを見て、ノゾムは、にこりとした。

「――さて、リン。この人を運ぶの手伝ってくれないか?」

「あ、はい」

 二人は、オボロを林の中へと運んだ。――とりあえず、先ほどまでリンが隠れていた場所まで来ると、オボロを地面に降ろして岩場に寄りかからせた。

 ノゾムから、あと数分くらいで目覚めるらしいと聞いていたが、リンは、オボロの周りにトラップを設置した。



 ――眠りについてから、きっかり十分。オボロは目を覚ました……。


「おお、良く守ってくれた。感謝するぜ。ノゾム」

「あ、いえ。気にしないでください。オボロさん」

「ん? そちらさんは?」

「あ、は、初めまして、テンノウジさん。『リン・ナシノ』です。十八歳です――。よろしくお願いします」

「おう、よろしくな。名前とかは、ノゾムに聞いたっぽいな」

「あ、はい」

「そうか、そうか。……で、ここは。ああ、さっきの近辺か。ハッハッハッ――。まあ、そりゃそうか。重かったろう? 悪かったな」

「あ、いえ」

「――で、これからどうするんだ? お前さん達」

「はい。とりあえずC拠点に戻ります」

「賢明だな。だいぶ疲れたろう――」

「自業自得ですから……」

「(ほほう? 本当の理由は知らんが……。自分の過ちを素直に認めるのか――。迷ったとか、偵察とか、言い訳なんていくらでも出来るのにな……。そういう正直で、まっすぐなタイプ嫌いじゃないぜ)――ふうん。そうか。まあ、理由は別に聞かんよ。それより、オレはノゾムのことが気に入ったぜ。背中に、おぶさりな。拠点まで運んでやるよ」

「あ、ありがとうございます。でも――」

「ハッハッハッ――。遠慮するな。……あ、その前にマイリスト登録しようぜ」

「あ、それは、こちらからもお願いしようと思ってました」

「そうなのか? わかった。(ノゾムもオレを気に入ったか?)」



 オボロとノゾムがマイリスト登録を終えると、ノゾムからの勧めで、オボロはリンとも登録をした。

 そして、お互いの情報をしばらく確認していた――。



  サポートアビリティ(支援能力)による能力


  [荒れ狂う暴風]


  オボロ・テンノウジ ♂ × エンス=シアルセ ♂


  通常攻撃を計百回すると、

  発動条件が整い、

  常時、使用可能な「発動ストック」として一回分、溜まる。

  溜まってからは溜まった分だけ、いつでも使えるが、

  連続使用は十分間の「クールタイム」(CT)が必要。

   *(「CT」とは、要するに「使用不可」の時間です)

   *(使用した一分後に、特殊CTの強制睡眠となります)


  発動条件が整っている場合は、発動を宣言し、

  大剣を振り回して、自身を独楽のようにして三回転すると、

  発動が完了する。

  三回転未満で、やめた場合は無効となる。

  ただし、何度でもやり直せる。


  発動すると、高速回転しながら敵を攻撃できる。

  暴風のような圧倒的破壊力で、

  雑魚クラスの敵なら跡形もなく消し去る。

  「荒れ狂う暴風」は、コントロールが可能で、

  ターゲットを絞って、その場にとどまって攻撃したり、

  突進して、多くの敵を攻撃したりもできる。

  発動後は、自分が「限界」と思うまで回れる。

   *(実際、目は回りませんが、相応の感覚が押し寄せます)


  条件に達するまでのカウントは、

   大剣による通常攻撃 一回

   大剣による拠点バリアへの通常攻撃 一回

  としてカウントされる。



「(荒れ狂う暴風か、確かにすごかったものな……)オボロさんのサポートアビリティの名前。かっこいいですね。まさに、その通りって感じでしたよ」

「ハッハッハッ――。そうか? 『荒れ狂う』と、いいながら制御可能だがな」

「え? そうなんですか?」

「ああ、そうだよ。見てたら分かることだけどな」

「た、確かに。言われてみれば、そうだったかも知れませんね……」

「――しかし、お前さん達も持っていたとはな……。(それにしても、この子が男だったのは正直、驚いたな……。言われなきゃ、全然わからんレベルだぞ? 今まで見た、男の娘の中で断トツだ。――というか、もう女の子だろ? この子)」

 オボロは、リンを見て、容姿や仕草や声や言葉遣いのクオリティの高さに驚いていた。全くの自然体。演じている要素や意図的な部分が皆無。完全なる女子――。

「(ふうむ。世の中、広いな――)」

「あ、あの、テンノウジさん? ……なにか?」

「おお、悪い。正直、驚いてな。――気を悪くせんでくれ。ナシノ」

「あ、はい」

「ところで、単刀直入に聞くが、二人は付き合ってるのか?」

「え? ボ、ボクとノ、ノゾムさんですか?」

「他に誰がいる?」

「ちょっ、オボロさん?」

「いや、こんなところで二人きりだろ? 普通に考えれば自然に浮かばないか?」

「いやいや、そんなオボロさん」

「そ、そうですよ。――ボ、ボクと、その……。つ、付き合ってるだなんて……」

「じゃあ、二人は現状、付き合ってないんだな?」

 その問いに、二人は首を縦に振った。

「そうか、そうか。ちょっと確認したかっただけだ。悪かったな。(ふうむ。それなら遠慮はいらないよな……)よし、拠点に戻るか――」

「え? ちょ、オボロさん?」

「いいから、いいから。オレ、まだ体力、余ってるからさ。遠慮するなよ、ノゾム」

 オボロは、ノゾムをひょいと担ぐと、そのままC拠点に向かった――。



 C拠点に着いた、三人はそれぞれ部屋に入った。ノゾムとリンはすぐに休んだ。部屋に入る間際、オボロにマッサージしてやろうかと言われたが、ノゾムは丁重に断った――。



「――アニキ、お疲れさんでございやす」

「おう、お疲れ。『エンス』」

 しわがれた声で尋ねてきたのは、オボロのパートナーだった。



 オボロのサポート宇宙人の名は「エンス=シアルセ」男性で、年齢は二十四歳とオボロより一つ年下。身長は、一メートル八十センチと高い。黒髪の角刈り。上半身は常に裸で、褐色の肌をさらしている。かなり、マッチョな体型をしている――。



「アニキ、今日はどうしやす? あっしで良ければ、いつでもマッサージいたしやすぜ」

「ああ、頼もうか。今日も一発やったしな」

 オボロは、服を脱ぐとタオルを巻いてベッドにうつぶせになった。

「気をつけてくだせえよ? アレを三発やったら、さすがのアニキも翌日、足腰立たなくなりやすからねぇ……。承知してるとは思いやすが――」

「分かってる。あの時は、初めてで興奮してハイになってたんだ。――もう、あんな無茶しねえよ。……使いどころは、もちろん。一日の基本は、二発にしとくさ……。回転も、一分にな」

「へへへ……。差し出がましかったですかねぇ? 失礼しやした」

「ハッハッハッ――。別に構わんよ。……アッー、いいね。……そこ、そこ気持ちいいぞ――。上手くなったなエンス」

「へへへ……。アニキに体で教わってから、あっしも日夜研究してやす。――まだまだ、ですがねぇ」

「ハッハッハッ――。そうか、そうか。研究の成果が出てるじゃないか。大したもんだ」

「なんだか、てれやすねぇ――。……よっと」

「おお? 緩急つけて、一気にぐっと深くしたか――。高度なテクニック使うじゃないの」

「へへへ……。ねえ、アニキ――」

「なんだ?」

「あの、『かわいい子』密かに狙ってやせんか? アニキ、ああいう子もタイプとか言ってやしたよね?」

「ハッハッハッ――。バレたか。ああ、狙ってるよ。問題か?」

「いえ、滅相も無い。ただの好奇心でございやす」

「まあ、ちょっと焦りすぎたかな」

「マッサージのことですかい? 単純に休みたかっただけじゃ、ありやせんかね?」

「いや、やはりオレが早計だったよ。……そりゃ、初日で部屋に入れるわきゃないわな」

「アニキ……」

「まあ。ゆっくり、やることにするよ」

「へへへ……。陰ながら、応援いたしやす」


 マッサージは、その後、一時間ほど続いた――。



 翌日――。多少の疲れは残っていたが、ノゾムは一人で、C拠点の付近を巡回していた。普段なら、周辺を一周するだけで数匹くらいは敵を見かけるのだが、この日は一匹もいなかった。

 昨日、C拠点から中央拠点への最短ルートで交戦があったことを受けて、刺激された敵が「攻撃」してくるかと思っていたが、その様子もない。

 少し退いて「守備」を固めることにしたのかも知れないとも考えたのだが、なんとなく、しっくりと来ない……。

 ――妙な静けさが、ノゾムを不安にさせた。しかし、結局、何事も無く。平穏な一日となった。


 次の日も、周辺は静かだった。ノゾムはもちろん、リンとオボロ。C拠点にいる人々からも、嫌な予感がするという声が、ちらほらと上がっていた。「嵐の前の静けさ」そんな言葉がピッタリと当てはまるかのようだった……。



 最短ルートでの交戦があってから三日目。昼間も静まり返っていたため、「この近辺は、しばらく敵側にマークされなくなったのでは?」という声が上がり、ここを活動拠点にしていた人達は違うところへと散っていった。

 ノゾムは、その可能性もあるかも知れないと思ったが、なぜか消えない不安があったので他へ動くのをやめた。


 ――そして、その夜。


 ここ数日の不安や、嫌な予感は的中した……。ノゾム達のいるC拠点は、暗くなるのと同時に、多数の敵の襲撃を受けることになった――。


 夜の襲撃。「夜襲」を受けたのは、もちろん。味方陣営の制圧した拠点が襲撃を受けたのは初めてのことだった。

 中央拠点からC拠点までの最短ルートから来たであろう敵は、最前列に数百匹のチチュやジュウ。真ん中と後列に、ボスクラスのチチュとジュウが数匹。……そして、最後尾に「見慣れない姿の敵」が一体。という編制だった。

 最初に、拠点のバリアを攻撃し始めたのは、雑魚クラスのチチュやジュウ達だった。



 ――制圧した拠点は、バリアに一定のダメージを受けると一分間、警報が鳴るようになっている。詳細は明かされていないが、現状のバリア耐久から一割か二割ほど減ったときに鳴るとされている。逆にいえば、一定のダメージに満たない場合は鳴らない。

 警報が鳴ったときに外へ出ると、バリアのダメージが多かったところに出る。基本的に普段は、敵の初期拠点側を「北」とすると、北に向かって、まっすぐ出るのだが、その場合には、そのように変化する。……もちろん、任意の方向に出ることも出来るが、だいたいは、初期の場所。北側から出ていく。


 拠点から、外に出る方法は二つある。一つは、タッチパネルから「外出」を選ぶ方法。そして、もう一つは、「イメージとしての外へのドア」いわゆる「玄関」にタッチする方法だ。――そのドアは、拠点内部の北側にあるので、そこに触れると外へ瞬時に出ることができる。


 ちなみに、拠点に「入り口」は無い――。それは、手や肌で「二秒間」触れ続けたところが入り口となるからだ。布一枚でも隔てると駄目だが、どこからでも、そのように触れたら拠点の中に一瞬で入れる。

 外から拠点に入ると、玄関的な役割の「イメージとしての外へのドア」の前に、必ず現れるようになっている。それは、中立状態の拠点や、敵側の拠点に、バリアを破壊して入ったときも同じ。――ただし、その場合は二秒間ではなく、触れた瞬間に入れる。

 ……要するに、二秒間が必要なのは、「制圧が完了した自拠点へ入るときのみ」ということだ。



  ――ビー! ビー!



「――なに、この音?」

「え? 警報?」

「て、敵なの?」


 様々な声を上げ、拠点にいる者は、急いで支度すると外に出た――。拠点の明かりは、その周辺を照らす程度で特別明るくない。

 バリア越しに見た、敵の数に全員が驚愕(きょうがく)した。光が届かないところでも、うっすらと、うごめいているのが分かったからだ。

 ただ、冷静に見てみると、バリアに近い敵は動いていなかった……。

「あれ? 止まってる?」

 そう誰かが言ったとき、風が巻き起こった。その風はバリアをすり抜け、止まっている敵や、その周辺の敵を一気に消滅させた。

「おお?」

「すげえ!」

 しばし、歓声が沸き上がった。――およそ、一分。その小さな竜巻は敵陣の中で暴れると、拠点のバリア内に戻り、速度を落として、やがて独楽のように止まった。


「――よし、上手くいったな! ナシノ! ひとまず頼んだぞ。ノゾム!」

「はい! オボロさん。――リン、敵がまたトラップにハマったら今度はアレを頼む」

「はい。ノゾムさん」

「皆さん! 敵が近づいた後で、地面が光ったら攻撃を始めてください」

 オボロの攻撃で、雑魚クラスの敵は半分以上に減った。それでも、チチュとジュウは、ひるまずに攻めてきた――。

 しかし、その勢いはバリアの手前で止まった。チチュやジュウの動きが止まると、今度は地面が黄金色に光り輝いた。

「今です、皆さん! さあ、やりましょう!」

 リンのサポートアビリティで高揚した人々は、ノゾムの言葉を受けて、一斉にバリアの外に出た。


「うおおお!」

「消えろー!」

「なめんなよー!」

「この程度の数で、落とせると思うなよー!」


 皆、様々な言葉を吐きながらハイテンションに攻撃をした――。拠点のバリアがリンを守ってくれるので、ノゾムも一緒に外へ出て攻撃していた。

 拠点にいた二十名ほどの一斉攻撃。効果が切れる三分間で、雑魚クラスの敵をほぼ消滅させた。……もちろん、正確な数は誰も数えていないが、オボロが消滅させたのも含めると、雑魚クラスは数百匹から、残り五十匹くらいにまで数を減らした。

 効果が切れた全員は、またバリアの中に戻った。


「少年、やるな!」

「次はどうするの? なにか、あるんでしょ?」

「なんでもやるぜ?」


 ノゾムは、采配を受けた人々から、次の指示を仰がれた。

「えっと、その前に……。自分みたいな若輩者が急に指示を出したことをお詫びします。緊急時ということで、ご容赦ください」

 頭を下げると、全員が好意的にノゾムを受け入れた。

「――とりあえず。先ほどの方が戻られたら、もう一度だけ、あの攻撃をして貰います。その後は、すみません。なにもありません。……でも、全力で戦って倒すつもりです」

「了解したぞ、少年」

「謝らなくてもいいのよ? 安心して、私達だって個別に自己責任でやれるわ。むしろ、ここまで策を考えてくれて、ありがとうね」

「おお、そうだぜ。基本は、個々の判断ってやつだぜ」

「皆さん――」


 雑魚クラスのチチュとジュウは、さすがに少し警戒したのか、バリア付近まで一気に近寄らなくなった。

「リン。どれくらいでトラップは消える? 確か、薄暗くなる手前に仕込んだよな?」

「あ、はい。たぶん、あと十分くらいでしょうか……」

「そうか」

 ノゾムは、限界を超えないようにしているリンに、これ以上の設置は頼まなかった。周りを見ても、杖の装備は他にいなかったのでトラップは、とりあえず打ち止めと判断した。加えて、サポートアビリティも一回使うと、しばらくは使えないと聞いていたので、敵にバリア破壊されないで済むように勝利したいと考えていた――。

 オボロが来るまでは、敵も数匹トラップにかかる程度だった。ノゾムは、それを倒していたが、真ん中から、後列に移ったチチュとジュウのボスクラスと、元々、後列にいたのが近寄ってきたのに気付いた。

 ……最後尾の敵は、指示を出しているのか静観しているのかは不明だが、まだ姿を見せなかった。

 二メートルの大きさのボスクラスが六匹。ノゾムは、急に襲いかかってきた、一匹のジュウの攻撃をジャスガで「巧く」対処すると、オボロが来たのでバリアに入った。


「『荒れ狂う暴風』――発動」


 オボロは、サポートアビリティを発動させてボスクラスを攻撃した。まずは、ノゾムを襲ってジャスガでトラップの範囲に落とされた一匹のジュウを消滅させた。残り、五匹のチチュは範囲外にいたので、全てを消滅させることは出来なかった。

 結局、その後に消滅させたのは、残りの雑魚クラス全部とボスクラス二匹。残りの三匹はダメージを与えたが倒しきれなかった。

「わりい――。残しちまった」

「いえ、ありがとうございました。オボロさん」

「ノゾム、油断するなよ。敵は、まだ、いるかも知れん――」

「はい。援軍とかも考えられますからね……。気を抜けません」

「ああ、それなら良いんだ。……じゃあ、ひとまず休んでくる――」


 オボロが拠点に入った後、トラップは完全に消えたとリンから知らされた。周りの人々は、それぞれ気合いを入れて、バリアの外に出てボスクラスと戦い始めた。

 ノゾムも、その戦いに参戦した。


 ボスクラスとの交戦は、十分以上続いた……。途中、睡眠から目覚めたオボロも参戦したが、サポートアビリティは使用しなかった。それは、明日の襲撃を考えてのことだった。もちろん、来るか来ないかは分からないが、無茶をしないことにした。



 ボスクラスが徐々に消滅していき、その残りが一匹になったころ――。林を抜けて、C拠点に着いた者がいた。

「……?」

 反対方向から聞こえてくる戦闘音に気が付くと、その者は足を止めた。



 その人物の身長は、一メートル六十五センチ。軽くウェーブがかかった、薄い桃色の髪。制服は、二十代後半からの女性が着るスーツで、タイトスカートのロングだった。可愛いというよりは美人。少し濃いめの化粧は、わりと年季が入っているようだった――。



「あら? ……誰か、戦闘しているのかしら?」

 高すぎず、低すぎずの地声で、そのように独りごちると、警戒しながらノゾム達のいる方へと向かった。



「――よし、これで終(しま)いか?」

 大剣での通常攻撃で、最後のボスクラスを消滅させるとオボロは辺りを見回した。

「……だと、良いんですけどね。――オボロさん! 危ない!」

 ノゾムは、オボロの背後からきた攻撃を防いだ。

「――すまん。……やはり敵はまだ、いやがったか――。ん? 見ない顔がやって来たぞ。ノゾムは?」

「初めて見ました――。三足歩行……。確か『ミアシ』でしたよね……」


 オボロを背後から尻尾で攻撃したのは、ビジタのクローン体の「ミアシ」だった。映像でミアシは知っていたが、実際に見るのは初めてだった。

 拠点の光が届く範囲にまで来ると、ミアシは、獣のような咆哮(ほうこう)をあげた――。



 ミアシは基本的に、こちらの言葉を話せない。緊急放送のときに「片言」で話したのは、いわゆるラスボスで、幹部は話せないか、せいぜい一言くらいまで。一般兵になると、全くチキウ側の言語を話すことは出来ない。

 また、大きさでもクラスの違いが出ている。――ラスボスが三メートルと一番大きく。幹部が二メートル。一般兵は一メートル五十センチと一目で分かる。

 ノゾム達の前に現れたのは、一般兵のサイズだったが、その見た目は、映像で見るよりも不気味だった――。



「――耳障りな声で叫びやがって……。威嚇のつもりか? それとも攻撃を防がれたのが気にくわなかったのか? ……どっちにしろ、オレの嫌いな音を出したお前は許さんがな。(ふうん。馬みたいな下半身だが、前足は一本か。なるほど。ミアシとは、よく言ったもんだ……。さっきの攻撃は、尻尾か、たてがみのような触手。――ってところか)」

 オボロが考えていると、ミアシは隙を見つけたのか、文句を言われたことに腹を立てたのか、長い尻尾で攻撃してきた。

 大剣で、それを弾いたオボロは攻撃を開始した。

「なんだ? ムカついたのか? 『隙アリ』と思ったのなら、それは『わざと』だぜ?」

 オボロの攻撃は激しさを増したが、ミアシは尻尾と触手で耐えていた。ダメージは与えているが、大きなダメージにはならなかった。

 要因は、相手の強さというよりも、サポートアビリティを二回使用したことにあった。加えて、ボスクラスとの戦闘。オボロの疲労は、かなりのものだった。


「(……さすがに、オレもキツくなってきたぞ。――みんなも頑張っているが……)」

 メインで攻撃しているのは、オボロだったが、合間に他の者の攻撃やフォローが入っていた。戦闘タイプの装備をしている者達は、ミアシに臆すること無く立ち向かっていたが、一分も満たないうちにノゾムを除く全員がバリアの中に待避した。


「(――まだ、一分も経っていないが、前線はノゾムだけになったか。……さてと、どうするか? ……どうやら、こいつで最後みたいだし――。ラスト一発やるべきか? ……いや、もう敵がいないなんて、そんな保証はないか――)」

 オボロは、ミアシの攻撃をほぼ自分で受けていた。不意を突くようなノゾムへの攻撃にも対応し、守るように戦っていた。

「(――こいつ! ノゾムを狙うな! いや、不意を突かれるオレが悪いか……。疲労で反応が落ちているな……)ノゾムには、指一本……。(あ、腕はないか)尻尾も触手も触れさせんぞ!」

「オボロさん――。(いや、出来れば俺もミアシとやりたいんですけど……。今後のために。さっきの一撃はジャスガにならなかったし――)」

「――テンノウジさん。(……今のって、『大切な人』に言いたい、言われたい言葉のやつじゃ? ……言い間違いとか、かな?)」

 バリアの中で、そのセリフを聞いたリンは少し動揺していた――。



「(……あら? やっぱり戦闘中? なんだか、やばそうな雰囲気かしら?)」

 警戒しながらやって来た人物は、周りの状況や、オボロが押されているのを見て参戦を決意した。

 ――装備している武器、「細身の剣」の「レイピア」と「マン・ゴーシュ」をミアシに向けて構えると、一呼吸置いて呟いた。


「『無数の刺突(しとつ)』――発動」


 瞬間――。その人物は、物凄い速さでミアシに突進した。オボロとノゾムは、横側から来る人影に気付かなかった。なにかが近づいたことに気付いたのは、ミアシがその人物の方へと顔を向けたときだった。

 ミアシが気配を感じて、顔を向けたのと同時くらいに、その人物の猛攻撃は始まった。――右手に持つ、レイピアでの激しすぎる攻撃は、最低でも一秒間に十五回以上。繰り返し相手を突き刺す、その一撃の威力は全て高威力だった。

 敵も最初は、顔の周りにある、たてがみのような触手と尻尾で応戦したが、数発くらいしか手を出せなかった――。それは、攻撃を攻撃で封じられて、隙を突いたと思っても、左手に持つ短剣のマン・ゴーシュで受け流されたからだ。


 結局、振り向いてから応戦できたのは二秒ほど。それからは、なにも出来ずに攻撃を喰らい続け、二秒後にミアシは消滅した。

 オボロ達の与えたダメージが、多少あったかも知れないが、合計四秒でミアシの一般兵は消えて、辺りは静けさを取り戻した。


 ――静寂は、数分間続いた。それは、誰もが警戒を解かずにいたからだった。ノゾムとオボロと、その人物も黙って周りの音に耳を澄ませていた。

 暗闇に目も慣れて、少し先まで見えるようになっていたが、なにかが動く気配はなかった……。


 ミアシを消滅させてから五分経過したころ――。ノゾム達、三人は目を合わせて、軽くうなずくと、バリアの中にいる人々に向けて高く腕を突き上げた。

 三人の笑顔を見た人々は、歓声を上げた。静寂は破られ、一転して拠点付近は賑やかになった――。C拠点の防衛は、見事に成功した。



 しばらく歓声が続いた後、人々は疲れた体を休めるために拠点に入っていった。三人もひとまずバリアに入り、一人残っていたリンと合流した。

「皆さん、お疲れ様です」

「リン。お疲れ」

「おう、ナシノ。お疲れさん」

「お疲れ様。――やだ、超可愛いじゃないの、この子。……あら? 待ってたってことは、どっちかの彼女さんかしら?」

「え? あ、えっと……。そ、その――」

 リンは、突然の言葉に言いよどんでしまった。

「……あ、ごめんなさいね。アタシったら、いきなり過ぎたわね――。アタシは、シュウ。『シュウ・マス』よ。三十三歳。――この中では、年齢一番上になるのかしら? 分からないから自己紹介してちょうだい?」


 ――シュウに言われた三人は、自己紹介をした。


「あら、やだ。サポートアビリティ、みんな持ってるの? こんなに早く出会えるとは、思ってなかったわ。まあ、それはともかく。マイリスト登録しましょ? 今後のために。(個人的にも全員、興味あるけど)」


 シュウの提案で、マイリストに登録しあうと、それぞれの情報を見ることにした。



  サポートアビリティ(支援能力)による能力


  [無数の刺突(しとつ)]


  シュウ・マス ♂ × リアナ=ポクロン ♀


  通常攻撃と受け流しをそれぞれ計五十回すると、

  発動条件が整い、

  常時、使用可能な「発動ストック」として一回分、溜まる。

  溜まってからは溜まった分だけ、いつでも使える。


  発動条件が整っている場合は、発動を宣言し、

  攻撃する標的を定めると、発動が完了する。

  自分の中で、標的を定めない限り、

  発動は待機状態となる。

  キャンセルは出来るが、発動一回分は失う。


  発動すると、標的へと瞬時に突進して猛攻撃を加える。

  レイピアによる素早い連続攻撃は、無数のようにも見え、

  一撃の威力と貫通力は高い。

  雑魚クラスの敵なら、一秒くらいで消滅させる。

  「無数の刺突(しとつ)」は、標的を倒した後なら、

  ターゲットを変更することが可能。

  逆にいえば、倒し終わるか、

  制限時間の十五秒間が経つまで、変更出来ない。

  一日に片腕三回までなら、連続使用が可能。

  左右、合わせて六回まで最大で出せるが、

  三回目の使用後は、武器を振るう力が無くなる。

   *(復活に、半日かかります)


  条件に達するまでのカウントは、

   レイピアによる通常攻撃 一回

   レイピアによる拠点バリアへの通常攻撃 一回

   マン・ゴーシュでの受け流し 一回

  としてカウントされる。



「――あら、やだ。リンちゃん。男だったの~?」

「は、はい。そうなんです」

「信じられないわ。……言われなかったら、全然、分からないもの」

「――ボクもマスさんが、男性とは思いませんでした。美人なので女性かと……」

「や~ね。アタシは化粧でごまかしているだけよ? でも、ありがと」

「化粧ねえ……。オレには、そんなに濃くないようにも見えるけど? シュウさん。実は、すっぴんでもいけるんじゃ?」

「なによ? オボロちゃん。おだてても、なにも出ないわよ? もう、お世辞が、うまいわね」

「いえ、シュウさん。本心ですよ。本当に分からなかったですから」

「そうなの? ノゾムちゃん。……みんな、いい人ね~。仮に、社交辞令だとしてもアタシ嬉しいわ。――敵も来ないみたいだし。今から、みんなで飲む? ……なんてね。冗談よ、冗談。今日は休みましょ? うん。その方が良いわ」

 シュウの提案を受けて、皆それぞれに部屋に行き体を休めた――。



「……ねえ、シュウ。飲まないの?」

「『リアナ』――あなたねぇ。人の部屋に来たのと同時に飲み始めるのやめなさい?」

「えー? いいじゃない。減るもんじゃないし~」

「減るわよ……」



 シュウのサポート宇宙人の名は「リアナ=ポクロン」女性で、年齢は三十五歳。シュウより年上なのだが、同年代くらいなので敬称とかは無しの方向に決まった。

 身長は、一メートル六十五センチで、シュウと同じ。黒色の長い髪はワンレングス。左目は髪の毛で隠れていた。

 体のラインの出る服を好み。ミニのワンピースを着用することが多い。豊満な肉体は、動くたびに毎回、沈黙のアピールをしていた――。



「……ちょっと、リアナ。その服で、あぐらをかくのやめなさい?」

「え~? なんで? 『お酒』を飲むときは、この姿勢が正式なんでしょ?」

「別に決まってないわよ……。足を閉じなさい。はしたない」

「は~い。(……じゃあ、こっちの座り方の方が良いかな?)……ていうかぁ~。シュウ。もしかして、ワタシに『こ・う・ふ・ん』した?」

「『こうふん』はしてないけど、『しふん』はしてるわね。――さあ、バカ言ってないで、そろそろ帰ってちょうだい? お風呂入って、もう休むから」

「じゃあ、ワタシも入る~」

「死にたいの?」

「ええー? そんなに怒らなくても……」

「違うわよ。……そういう意味じゃ無くて。アルコールを摂取してから入ると死ぬ可能性があって危険って意味よ」

「え? そうなのー?」

「もちろん、状況とかによるけどね。――アタシは基本的に、お薦めしないわ」

「軽くシャワーでも駄目なの~?」

「――まあ、その程度ならね。……でも、あくまで状況次第よ? 足がふらつくとか、上手く立てないとか……。とにかく、酔いが回ってたらシャワーだって――」

「じゃあ、たぶん。ワタシは大丈夫……」

 そう言って、立ち上がろうとすると、上手く立てず。やっと立ち上がったと思ったら、ゆっくりと歩くことしか出来なかった。

「どこが、大丈夫なのよ?」

「ち、違うの……。これは酔ってるわけじゃないのよ~?」

「酔ってる人ほど、そう言うのよ……」

「――こ、これは。きちんと座ってたら、なっただけなのよ~? なんていうか、こう、ビリビリっとしてるのよー」

「(あー、そういえば。あぐらを注意してから正座してたわね……)」

「んー! くっ……」

「(……リアナ。そんな声、出されたら我慢できなくなるわ……。――アタシにだって、一応、欲求はあるのよ?)」

 シュウは、リアナにそっと近づいた。

「リアナ、あなた。いい声、出すのね――。もっと聞かせてちょうだい?」

「え? シュウ? や、駄目。……そこは、そこだけは触っちゃダメ~!」

「うふふ」

「あっ! くっ――。やめて、もう本当に……。あっー!」

 シュウは、リアナのしびれた足を嬉しそうに何度も突っついた――。


 やがて、しびれが収まると、リアナは早々に退散していった。

「――やってしまったわ。……でも、どうしてかしらね? どうして、しびれた足を見ると触りたくなるのかしら? 永遠のテーマだわ……」

 そのように呟くと、シュウは服を脱いで風呂に入った。その後、バスローブに着替えて三十分ほど、くつろぐとベッドに入った。

 先ほどのスキンシップを思い出したのか、シュウはとても満足そうな笑顔を浮かべて眠りについた――。



 翌日。C拠点の人々は、朝から緊張していた……。昨夜のような、規模の大きい襲撃が、また来るかも知れないと思っていたからだ。

 実際。中には、あまり寝ていない人もいた。しかし、そんな思いとは真逆にC拠点は、しばらく敵の攻撃を受けなかった。

 ――だが、これをきっかけとしてか、状況は変わり始めていた。それは、毎日では無いが各拠点で襲撃を受けるようになったからだ。


 敵は、多かったり少なかったりと、組み合わせや数は様々だが、主に雑魚クラスのチチュとジュウの編制が多かった。

 襲撃の回数なども決まっておらず、連続で来るときもあれば、一回で来なくなるときもあった。昼間よりも、やはり夜襲が多かった。

 さすがに、初期拠点には来なかったが、D拠点は一回だけ受けそうになった。しかし、道中で、それを撃退すると敵は来なくなった。おそらく様子見だったのだろう。


 初めての襲撃を防いで以降――。チキウ側とビジタ側は、どこかしらで戦うような状況になっていた……。



 ――拠点を巡る攻防が始まってから、七日目の朝。C拠点を活動拠点にしていたノゾムは、シュウと中央拠点の少し手前まで来ていた。


 ちなみに、C拠点は初防衛から三日間は、攻撃がなく平和だった。次に襲撃があったのは、四日目で、それを防ぐと今日まで平和だった。

 その平和な時間を使って、ノゾムは中央拠点への最短ルートの勢力を伸ばすことにした。いざ、拠点へ攻める際に出来るだけスムーズに進めるようにするための、地盤固め……。いわば「縄張り」を広げる行為だ。

 縄張りが有効かも知れないというのは、きっかけとなったであろう交戦の後に、敵があまり現れなかったという情報を受けてのことだった。……加えて、実際に防衛を済ませると一定期間、ほとんど寄ってこないというのも可能性としてあり得ると踏んだからだ。

 聞いた話では、連続で攻め込まれたというところも、あるらしいが、おそらく敵を逃して増援されたか、元々、用意されていたのだろうとノゾムは判断した。


 ――中央拠点への最短ルートの縄張りを徐々に拡大しようと踏み切ったのは、拠点が、まだ中立状態だからだった。一度は、諦めたが、今は可能性が見え始めている。もちろん、まだ攻めないし、不安要素もある。

 それは、敵があれだけの数を揃(そろ)えていながら、制圧をしていないことだった――。確かに、中央拠点のバリアは、特別に堅牢と聞いている。しかし、本当にそれだけなのだろうかとノゾムを始め、何人かは疑問を抱いていた。……だが、どんな理由があるにしても、中央拠点は押さえておきたい場所だったので開始した。

 これは、C拠点を活動拠点にしている人々の総意でもあった。


 ――現在の縄張り範囲は、八割ほど。オボロやシュウやリン。そしてたくさんの人々の協力を得て、ここまで来られたのは言うまでも無い。


 中央拠点に近づくほど、敵の種類や数は、増えていったが、初襲撃ほどの数とは遭遇しなかった。初防衛はキツかったが、全員にとって良い経験となっていた。

 最近、ノゾムもミアシの一般兵とやり合った。最初は上手くジャスガにならなかったが、二回目以降はジャスガを成功させた。この時は、二体のミアシとの戦いだったが、一人で勝利して消滅させた。

 初遭遇のときに「出来れば戦いたかった」と思ったから、率先して戦ったわけではなく。単純に、戦闘タイプがあまりおらず、いても手が回らなかったから、一人でやっただけだった。……ともあれ、経験できたのはノゾムにとって良い結果となった。



 今日は、中央拠点の手前。九割くらいまで最短ルートの縄張りを広げようとしていた。八割付近に敵がいないことを確認して、進もうとしたとき。九割付近の林の方から咆哮が聞こえてきた。

 近づくと、見通しの良い場所でミアシの一般兵が十体ほど池に入っていた。周りには、雑魚クラスのチチュとジュウが、それぞれ五十匹ほどいた。

 雑魚クラスの敵は全員、池の外にいた。先ほどの咆哮は、もしかしたら「入るな」と命じたのかも知れない。――と思えるくらい、きれいに池を取り囲んでいた。


「――ノゾムちゃん。どうする? やっちゃう? なんか休憩中っぽいけど」

「そう、ですね……。休憩っぽく見えますね。――ていうか、こういう光景を見たことが無いから、ちょっと迷いますね――。シュウさんはあります?」

「アタシもないけど……。戦争だしね――。油断した相手が悪い気もするわね」

「まあ、そうですよね――」

 そう言いつつも、二人は攻撃に転じようとはしなかった……。警戒というよりも、なんとなく気が引けたからだった。

 そのまま、しばらく林の陰で見ているとミアシは池の水を飲み干そうとしていた。二人は顔を合わせて、「水が、かれたら行こう」とうなずいた。別に、不意打ちは駄目というルールはないのだが、二人はそのようにした。


 もう少しで、飲み終わりそうだなと二人が思ったとき。空から、なにかが無数に飛んできた――。

「?」

「!」

 それは、なにかの攻撃だった――。まず、池の周りの雑魚クラスが、ほとんど消滅した。十秒間で、およそ百匹を倒した攻撃は、ミアシの頭上にも降り注ぐかのように続いていた。しかし、雑魚とは違い、しばらくはその攻撃を耐えていた。


 ――だが、攻撃が始まってから、三十秒経過すると、耐えていたミアシは全て消滅した。


 様子を見ていたノゾムとシュウが、林の陰から出ると、一人の人物が木から飛び降りて、残りわずかとなった池に着地した。



 ノゾム達の前に現れた人物の身長は、一メートル七十七センチとノゾムと同じ。薄い青色の長髪。制服は、二十代前半までの男性が着るブレザーのタイプ。目はつり目で、冷たい印象を与えたが、美形なためか、「クールなイケメン」として成り立っていた。



「ん?」

「やだ、超イケメンじゃないの~。おはよう」

「初めまして。――今の攻撃は、もしかして?」

 ほぼ、水たまりになった池の側に、二人は近寄って、その人物に話しかけた。

「……どうも」

 左右に持っていた、二本の刀を鞘に収めると、お辞儀をした。愛想が無いというよりは、寡黙なタイプなのかなとノゾムは思った。二人は自己紹介を済ませマイリスト登録をお願いした。

「……おれは『レツ・オオミ』二十歳。……じゃあ、マイリスト登録。やろうか」

 お互いの登録を済ませると、ひとまず、それぞれの情報を見ていた。



  サポートアビリティ(支援能力)による能力


  [降り注ぐ斬撃]


  レツ・オオミ ♂ × ミイハ=モドコナ ♀


  通常攻撃を右と左で計百五十回ずつすると、

  発動条件が整い、

  常時、使用可能な「発動ストック」として一回分、溜まる。

  溜まってからは溜まった分だけ、いつでも使える。


  発動条件が整っている場合は、発動を宣言し、

  攻撃する標的を定めると、発動が完了する。

  標的を選ぶ時間は三秒まで、

  それを過ぎると攻撃に移行する。

  キャンセルは出来るが、発動一回分は失う。

  三秒の間なら、標的は自由に選べる。

  標的を捕捉する方法は、精密捕捉と全体捕捉がある。

   精密捕捉は具体的に狙えるが、その分、標的数が減る。

   全体捕捉は全体的に狙えるが、その分、精密さが無い。

  攻撃中、追加で標的は選べない。

  また、標的以外の敵に攻撃は絶対に当たらない。

  当たってるように見えても、その場合は無効になる。

   *(味方は標的になりません)

   *(仮に、当たっても攻撃は完全に無効です)


  発動すると、両手に持った刀で、

  狙った相手に無数の斬撃を飛ばすことが出来る。

  斬撃は半月形をした光のエネルギーで、目に見える。

  自動追尾するので目標を定めればどこへ飛ばしても、

  そこに飛んでいき攻撃する。

  ひとつの斬撃の威力は通常攻撃より少し下がるが、

  その分、手数が増えるので

  攻撃を集中させればトータルとしては強い。

  「降り注ぐ斬撃」は、一回の発動で十秒間続く。

  連続使用可能だが、一日に、四回が限界。

  四回目の使用後は、武器を振るう力が無くなる。

   *(復活に、半日かかります)

   *(発動は、必ず両手で行います。片手は無効)


  条件に達するまでのカウントは、

   刀(右手)による通常攻撃 一回

   刀(左手)による通常攻撃 一回

   刀(右手)による拠点バリアへの通常攻撃 一回

   刀(左手)による拠点バリアへの通常攻撃 一回

  としてカウントされる。



「降り注ぐ斬撃か――。確かに、見ていて気持ちいいくらいの連続攻撃だったよ。レツ君の技」

「――レツでいい。ノゾムとは『ため』だろ?」

「あ、そう? じゃあ、レツって呼ぶよ」

「ああ」

「レツちゃんは、どの拠点から来たのかしら?」

「(ちゃん……。まあ、いいか)初期拠点からですよ。マスさん」

「へー、そうなの。――新人、ではないわよね?」

「転々としてますから……」

「あ、なるほどね」

「それより、二人は?」

 ノゾムとシュウは、いきさつを話した。



「……なるほど。縄張りか――。ん? さっき、敵が休憩していると言ったかノゾム?」

「え? あー、正確にはしているように見えた。だな」

「おれは、逆に『好機』と判断したんだが……。中央拠点を落とそうとしているわりには甘くないか?」

「うん。――その辺は、俺も思うところはある」

「……アタシも」

「まあ、別に責めてるわけじゃないですよ。マスさん。……分かってるなら、いいんです。――じゃ、おれはC拠点に行きます」

「あら、もう行っちゃうの?」

「元々、中央の偵察のつもりで来たので……。それじゃ」

「分かった。またな、レツ」

「ああ、またな。ノゾム」


 レツは、話を聞いたとき、しばらくC拠点を活動拠点にすると二人に話していた。強力なサポートアビリティを持つ人物に出会えて良かったと、ノゾムは内心思っていた。

「(……最初は、寡黙系かと思ったけど、意外とそうでもないかも知れないな)」

「ノゾムちゃん」

「あ、はい。なんですか?」

「これから、どうする? もう少し広げちゃう?」

「そうですね。焦るわけじゃないですけど……。もう少し行きましょう」

「わかったわ」

 二人は、縄張りをもう少し広げることにした――。



 C拠点に着いて、部屋に入ったレツは早めに休むことを決めた。しかし、その前にレツのサポート宇宙人が許可を取って尋ねてきた。



「レツ様。お疲れ様です」

「ああ、『ミイハ』お疲れ」



 レツのサポート宇宙人の名は「ミイハ=モドコナ」女性で、年齢は十八歳。レツより、二歳年下。身長は、一メートル六十センチ。黒色の髪は「おさげ」にして、両肩に垂らしている。黒縁の眼鏡をかけた、いわゆる「メガネっ娘」

 体型は平均的で、素朴さのある可愛らしい少女だった――。



「ねえねえ、レツ様。ノゾムさんって可愛いですね」

「……可愛い?」

「可愛いですよ? あたくしよりも年上ですけど。可愛いものは、可愛いんです」

「まあ、別にいいけど……」

「あの可愛さ。――絶対に、ノゾムさんが『受け』ですよ。――ええ。そこは譲れません。……いや、待ってください。一見、レツ様が『攻め』のように見えますが、『受け』に転じたら? モフォー! 妄想が暴走モードに突入しそうです――。あっー! こ、これは、たまらんですたい――。『レツ様×ノゾムさん』の『薄い本』はよ! ……というわけで、帰って、制作に取りかかりまする――。失礼しました――」

「……覚醒するなよ」


 ミイハが帰った後。レツは、胸の内ポケットから薄いメモ帳を取り出すと、ラミネートされた写真を手に取って眺めた。

「――まあ、世界一、可愛いのは、お前だけどな。……本当に、この笑顔には見てるだけで癒やされるよ。……待ってろよ。こんな戦争。おれが終わらしてやるからな。だから、戻ったら『きょうだい』水入らずで、どこかへ行こうな」

 弟の写真をしばらく見て癒やされた後。レツは、汗を流して早めに休んだ――。



 C拠点を活動拠点にして、中央拠点を制圧しようとする人々の集まりは、日が経つにつれて増えていた。――それは、他の拠点から中央拠点へ行く最短ルートに、それなりの敵がいて、思うように進めないからだった。

 まだ制圧されていない拠点。中央拠点への突破口となり得る場所に、少しずつ人が集まるのは、自然な流れといえる。


 レツが加わってから三日後――。C拠点と中央拠点との最短ルートの縄張りは、完全にチキウ側のものとなった。……そう判断したのは、中央拠点のすぐ手前まで、敵の姿を見かけなくなったからだ。

 もちろん、道中、確実に敵が出ないという保証はない。これは、ある一定の期間だけ、あまり寄ってこなくなる程度のものだからだ。……突然、敵に襲われるというケースは、充分に起こりうる。

 しかし、通常よりも格段に進みやすくなったのは間違いなく。油断できないとはいえ、地盤は固まったといえるだろう。



 ――その翌日。朝早くから、ノゾムを始め、C拠点の人々は中央拠点を制圧するために出発した。その数、およそ百人。拠点に残ったのは防衛目的の二十人ほどだった。

 戦争への参加者は、日に日に増えているようだが、それでもまだ五百人を超えていない。非戦闘員を引けば、戦える人は半分以下になる。――そう考えると百人規模での編制は、なかなかのスケールだった。


 C拠点から離れて、勇ましく行進すると思いきや……。皆、足音をあまり立てず、静かに最短ルートを進んだ……。

 これは道中、気付かれないようにして余計な戦闘を避けるためでもあるが、もう一つは、中央拠点の周りにいる敵に、行進がバレないようにするためだった。――それは、出来れば「奇襲」をかけたいと考えていたからだ。


 これは、最近判明したことだが、敵は、朝と夜のパフォーマンスが違う。結論から言うと、敵は「夜型」で、朝から夕方までは同じ敵でも性能がわずかに落ちるということだ。


 このことは、個人的に感じてた人もいたのだが、気のせいかも知れないと片付けていた。その理由は、人工生命体に、そういう「バイオリズム」的なものが組み込まれているとは思わなかったからだ。

 しかし、個人の体感だけでなく。他の人も同様に感じていたことと、縄張りや動物的な本能みたいな部分があることを受けて。「いわゆる、ロボットとは違うみたいだから、あり得るだろう」と判断された。

 そして、その情報が広がって、最近の共通の認識となった――。敵が夜型というのは、最近では、夜襲が多いのも裏付けの鍵となった。

 ミアシは正直、夜型かどうかは半々くらいなのだが……。少なくとも、チチュとジュウは朝が弱いのは間違いないだろうという結論に達した。



 最短ルートの道中、敵に会わず、中央拠点の手前にやって来ると百人は行進を止めた。ひとまず、拠点の周りの様子を見るためだった。

 ざっと見ただけでも数千匹以上は、いそうだった。雑魚クラスのチチュが地面にずらりと動かずに待機している……。その姿は、まるで黒いカーペットが敷かれているかのようだった。ジュウは地面に伏せて、眠っているようにも見えた。

 一斉に攻撃しているか、交代で次々にバリアを攻撃していると考えていたのだが、早朝は一匹も攻撃していなかった。

 このことも、中央が、いまだに落ちていない理由の一つになりそうだった……。現時点では、ミアシの姿は確認出来なかった。


「……ノゾムちゃん、あれって寝てるのかしらね?」

「どうでしょうね。――でも、どっちにしても、やりますよ。シュウさん」

「ええ、分かっているわ。向こうが夜襲なら、こっちは朝。『朝襲』(ちょうしゅう)よ」

「(……ん? そんな言葉あったけ? まあ、いいか)では、最初から全力で行きましょうか。――皆さん、準備は良いですか?」

 ノゾムの確認に皆、黙ってうなずいた。



 ――全員が指示を受ける姿勢を見せたのは、今回の中央拠点の制圧に向けて、話し合った結果だった。ノゾムが策を練り、指揮をすることに決まっていたからだ。

 もちろん、最初は断ったのだが、初防衛の腕を買われて頼まれた。どうしても断り切れなかったので、一つだけ条件を出した。

 それは、最初の策が終わった後は、各自の判断で臨機応変に動いて欲しいというものだった。指揮をするのは最初だけで、制圧が完了する最後まではしないと明言した。皆は、それでもいいから、やってくれと賛同した。

 賛同者の中には、E拠点から来ていた人もいた。祝宴での、もめ事を収めた彼なら、悪いようにはしないだろうと、密かに思っていた。



 敵の初期拠点側を北とすると、C拠点から最短ルートを通って出た中央拠点は、東南にあたる。

 ――ノゾムはまず、リンのサポートアビリティを依頼した。「完全なる鼓舞」が発動され、テンションが上がるが、皆、必死で我慢した。次にオボロが「荒れ狂う暴風」を発動してから飛び出して、東南から東北の方角へ切り込んだ。

 リンの能力は、他のサポートアビリティとも相性がよく。能力の向上が上乗せされた。よって、オボロの攻撃は普段よりも激しかった。しかも、テンションなどが上がっているためか持続時間も少し長めだった。

 この相乗効果は、二人で組んだときに発見したらしい。二つのサポートアビリティが重なっても効果が無効にならないことを二人から聞いていたノゾムは、最初に消滅させられるだけ消滅させようと考えていた。


 オボロが飛び出したのと同時に、レツも飛び出していた――。中央拠点の頂上。バリアの上に立つと、自分達が来た反対側の敵、全てに標的を定めた。北から西にかけて、物凄い勢いで斬撃を飛ばして、次々と敵を消滅させていった。

 ただ、全てと言っても、全体捕捉だったので取りこぼしはあった……。そこでレツは、それらを攻撃するために限界手前の三回まで「降り注ぐ斬撃」を使用した。

 それでも残る敵や、移動してきた敵は通常攻撃をすることにした。


 オボロがある程度、消滅させてから、シュウが「無数の刺突(しとつ)」を発動させて、東南から南の方へと向かって攻撃を開始した。普段よりも速く。威力を増した攻撃は、触れただけで雑魚クラスが消滅しているようにも見えた。シュウも限界までやらずに、左右二回ずつで出すと通常攻撃に切り換えた。

 サポートアビリティを終了させたシュウが、両手を上げて武器を重ねると、ノゾムが声を上げた。

「合図です――!」

 約百人の人々が抑えていた感情の高ぶりは、一気に爆発した――。シュウの後に続いて、東南から南に向かって声を上げながら、なだれ込んだ。

 ノゾムはリンの護衛とオボロが帰ってくるのを待つ役割があるので単身、待機した。


 一分半経過すると、オボロは戻ってきて睡眠に入った。あと一回だけ無理なく使用できるが、その判断は任せていた。

 リンのサポートアビリティが終わると、オボロの休んでいるところにトラップの設置を依頼した――。「完全なる鼓舞」のクールタイムは一時間くらいと体感で知っていたが、次の指示は出さなかった。それは、状況次第で良いと考えていたからだ。

 オボロは目を覚ますと、東北に残した敵を倒すために単身、向かった。サポートアビリティは増援のことを考えて、今はやめておいた。


 オボロが前線に出た後――。二人は、まっすぐ中央拠点のバリア付近に行き、トラップの設置を開始した。リンが設置している間、ノゾムは護衛に徹した。


 トラップの設置場所は、東南を中心にすると、あらかじめ決めていた。これは、少しでも安全に、バリアを攻撃するスペースを作るためだった。

 加えて、もう一つの理由がノゾムにはあった。――それは、ちょっとした休憩スペースとしての利用だった。誰もが、いずれ疲労するときが来る。その時に休める場所があると助かるからだ。

 トラップの設置について、この二つを述べた際。「休む場合の安全は一切確約しないので、自己責任でお願いします」ともノゾムは伝えておいた。


 ある程度の設置が完了すると、敵を倒しにノゾムは南側へと行き、シュウと合流した。ノゾムが来ると、人々はトラップの方へ行きバリアへの攻撃を開始した。

 ただ、それは全ての人ではなかった。――基本的には、バリアへの攻撃を依頼しているが、その辺は自由なので、そのまま継続して敵と戦っても構わないとしていた。

 つまり、そこから先の行動は各自の判断。臨機応変とした。


 ――ここまでが、ノゾムの策だった。



 通常攻撃になってから、一時間。オボロとレツは合流して、東北側の敵を残りわずかにまで減らした。ノゾムとシュウは西南側の敵を二十人くらいの人と一緒に減らしていった。敵側の数は数千匹から、数百匹になっていた。

 現在は、西南側に敵が多い。増援の気配は、今のところなかった――。


 西南で戦っている最中、ノゾムは一つだけ気になることがあった。それは、ボスクラスが一匹もいないことだった。

 反対側や見えない場所にいたかは、レツやオボロに聞かないと分からないが、少なくても攻め込んだ東南から現在の場所の西南にかけてはいなかった。

 中央は、そんなに重要視していないのかとも思ったが、その二時間後。最初にいた敵を全て片付けたころに増援がやってくると、そうでもないかと思い直した。



 十二時方向、北側からやって来た敵の増援は、雑魚クラスのチチュとジュウのみの編制だった。数は、それぞれ最初の半分くらい。チチュは二千匹。ジュウは五百匹だった。

 バリアへ攻撃している人以外は、北側で増援に備えていた。

「(増援が来るのは当然想定してたけど――。『また』雑魚クラスだけっぽいな……)」

 西南を倒し終えて、北側でオボロ達と合流した際に聞いた話では、敵は雑魚クラスのみで、ボスクラスやミアシはいなかったという。――ノゾムは、続けて考えを巡らせた。

「(……なにか、意味があるのか? 単純に、こちらを消耗させるだけか?)」


「――ノゾム。オレが先陣を切る。また、しばらく頼んだぞ」

「わかりました。オボロさん。じゃあ、リンに連絡して、また一気にやりましょうか?」

「そうだな、やれるときにやっておくか」

「はい」

 ノゾムは、リストバンドのホログラムモニターを操作すると、それに向かってリンに話しかけた。――それは、マイリストに登録した者同士の通話機能だった。



 ちなみに、この通話機能は普段使用しないのが、チキウ側の基本ルールになっていた。本当に必要なときにだけ使用する。――そうしないと、いざというときに連絡がつかない可能性があるからだ。

 具体的には、サイレントや通話拒否の設定。それをしない、させないために、そのようなルールを作ったということだ。



「――リン。今、大丈夫か? やってくれるか?」

「――はい。了解しました。ノゾムさん」

「ありがとう、それじゃ。――オボロさん。リン、いけるそうです」

「オーケー」

 その通話終了後――。すぐに地面が光り出した。皆のテンションが一気に上がった。

「よーし! 行くぞ! 取りこぼしは、みんなに任せた!」

「おお!」

「まかせとけ!」

 皆の頼もしい声を確認すると、オボロは、まっすぐ敵陣に切り込んだ。ノゾム以外の全ての人がそれに続いて突撃した。


 一分半後に戻ってきたオボロをノゾムは護衛した。オボロは、最初のときと同じ頑張りを見せて、敵の数を半分以上減らした。

 それから、十分後――。オボロはノゾムと一緒に前線に出た。シュウとレツは、やはり限界を超えないことにした。半日も役立たずになるのは、極力避けたいと常々考えていたからだ。

 そして、二時間後。全ての敵を倒し終えると、人々は疲労の色を見せた。もし、次に同じくらいの数が来たら撤退は確実だった。

 しかし、増援の気配は全くなかった――。


「(まだ来るか? 来ないなら、このままバリアを……。いや、油断は出来ないな……。俺も含めて、みんな疲れてるし、今日は早めに引くべきか? ……うん。別に、一日で落とせるとは思ってないしな……。時間的にも、そろそろ頃合いだし)――皆さん。基本、個々の判断で、暗くなる前に撤退ということでしたが……。今日は、もう撤た……」

 そろそろ、夕方になるし、初戦の疲れもあるだろうからと、ノゾムが早めの撤退を提案しようとしたとき――。北側から、なにかが来たらしく。皆の視線がそこに向けられた。

 それを見たノゾムは、話を中断して振り返った。

「な?」


 ――敵は、一体だけだった。しかし、見た瞬間。まだ少し距離があるのに、背筋が寒くなった。

 敵はミアシ。そのサイズは二メートル。七体しかいない「幹部クラスのミアシ」がそこまで来ていた。


「(なんだ、このプレッシャーは? ミアシの一般兵なんか、比じゃないぞ? やばい、こいつ、かなりヤバイかも――)」

 少しずつ近づいてくる幹部のミアシに、同様の印象を受けていたようで、皆の動きが止まっていた……。

 ミアシは、一定の距離を取ると動きを止めた。すると、なにやら集中する仕草を見せた。たてがみのような触手が徐々に青白く光っていく……。一般兵のミアシとの戦いでは見たことの無い動作だった。色は青から黄色へ、そして赤へと変わった。

 卵の形をした黒い顔から、白いものが見えた。――それは、言葉を発するときに開いた口だった。幹部は、話せないか、話せても一言くらいなのだが、このミアシは話せたようで一言、呟いた。


「キ、エロ……」

「!」

 それと同時に、赤く発光した触手が無数に飛んできて、ノゾム達を襲った。



 ――この攻撃は触手一本が、ミアシ一般兵やボスクラスの一撃以上だった。まともに喰らえば、人によっては二~三発でやられるだろう。

 赤く発光した触手は、およそ七センチ。硬質化されて、トカゲの尻尾のように切り離されて射出される。触手は根元から高速で再生していくが体力を激しく消耗するので一定時間しかやらない。

 射出された触手は、物に当たると火花のように一瞬きらめいて、粉々に砕け散る。幹部以上が出せる攻撃なので、一般兵は出せない。

 必殺技や特殊な技に見えるかも知れないが、敵側の攻撃は全て、元々、その個体が持っているものなので、クローン体を改良しているなどの不正は一切無い。



 触手での攻撃中、黒い顔の、口の部分が何度か白く見える……。それは、笑っているようにも見えた。自分の攻撃が、チキウの人々にヒットしてるのが嬉しいのか、発光した触手が弾けて一瞬、光を放つのが好きなのかは分からないが、何度か白い口を見せていた。

 少し疲れたのか、様子を見るためか、三十秒ほど攻撃すると、ミアシは射出を緩めた。すると、そこにはじっと耐えている人物の姿が目に入った。

 ミアシ自身の感覚としては、何人かのチキウ人は倒したつもりだったのだが、全員が生きていた。――よく見ると、その耐えている人物や他の者達の、ほんの少し手前で触手は消えていた。

 不思議に思ったミアシは射出角度を変えて、上から全体に降らすように攻撃をしたが、それも防がれてしまった。

 さらに、よく見ると人々の全身からは、湯気のようなもの。薄く虹色に輝く光が見えた。いわゆる、「オーラ」状のものに触れた瞬間、攻撃はかき消されていた。



 ――あらゆる方向から、攻撃を防いでいたのは、「絶対的な攻撃無効フィールド」ノゾムのサポートアビリティだった。

 これをノゾムは、触手が射出されたのと同時に発動させていた。


 この能力は、息を止めている間だけ一定範囲に攻撃無効の場を作り出す――。範囲は、ノゾムが空気を吸い込んだ量で決まる。大量に空気を吸い込めば範囲が広く、少ないと範囲は狭い。

 現在のノゾムの最大範囲は、拠点の外周くらい。最小範囲は、直径十五メートルくらいだった。この最小は、通常呼吸で止めて、発動した場合を目安としている。

 ノゾムが息を止められる時間は、最大で約一分。……ただし、これは精神的にも体力的にも余裕のあるときに計ったものなので、吸い込んだ量や、その時々の状態によって大幅に変動する。

 このサポートアビリティは発動したノゾムだけ、どれくらいの範囲が有効になったかが分かる。それは、薄い虹色に輝く半球で包まれ、展開された場所が分かるからだ。

 半球は範囲を示すだけのものなので、攻撃は無効にならない。そこに入っている人々が無効になるということだ。



「(『絶対的な攻撃無効フィールド』を発動させたのはいいけど。――この攻撃、まだ続くのか? ……そろそろ、やばい)」

 発動してから四十秒が経過していた。思い切り吸い込めたわけではないので、持っても、あと十秒くらいだった。

 しかし、敵の攻撃は止みそうもなかった……。皆は、ミアシのプレッシャーと、見たことの無い攻撃と、疲労と、自身や周りの人に起きている現象に驚いているのか、その場に立ち尽くしていた。

 サポートアビリティの名前から、ある程度の想像をしていたオボロ達も、その場で手をこまねいていた。――それは、誰かが下手に動いたら、この状態が解除されるのではないかと考えたからだった。

 もちろん、実際は自由に動けるし、範囲内であれば、むしろ攻撃のチャンスなのだが、初めてだったので様子を見てしまった。

 ノゾムも実践で使うのは初めてだったので、うっかりしていたが、問題の無い範囲で能力を伝えておくべきだったと後悔した。


「(この能力、守ることばかりに気を取られてたけど……。攻撃チャンスにもなるよな。失敗した……。ぐっ、やばい息が――)」

 ミアシの攻撃は、勢いは最初より落ちたものの続いていた――。

「(んー! 駄目だ! 限界……)――っはぁ……」

 ノゾムは呼吸をした。それと同時に薄い虹色の光は消えた……。ミアシは一瞬、攻撃を止めた。――だが、なにも無いと判断すると攻撃を再開した。

「よけて!」

 ノゾムの声に反応した人々は、回避や防御をした。しかし、間に合わず、人々は攻撃を喰らい始めた。ダメージを受けた人々の声が辺りに響いた……。


 次の発動まで、七秒間のクールタイムが必要だった。だが、このような連続攻撃を受けている最中では、呼吸を整える暇も無い。仮に発動しても、すぐに終わるだろう。

 ノゾムは、防御しながら考えていた。

「(……どうする? じきに発動できるけど――)」

 そのように思った瞬間。上から、なにかが降ってきた。

「これは――」

 一瞬、上から攻撃を受けたのかと思ったが違った。――それは、触れた瞬間に消滅すると、体の傷や疲労を消していった。


「サキ!」

「ノゾム。――とりあえず。そいつ、なんとかしなさいよね?」

「ああ! 皆さん! さっきのやるんで、総攻撃してください」

 サキのサポートアビリティ「癒やしの矢雨(やさめ)」の光の矢を受けて、回復した人々が全員承知した。……ただ、致命傷を負った人々は、まだ動けなかった。回復の方が、少し上回っていたとはいえ、攻撃は続いており、ダメージを受けていたからだ。

 差し引きで、回復は徐々にしている程度にしかならなかった。それでも、ライフゲージ、ギリギリで持ちこたえられた。

 サキが来なかったら、何人かはやられていただろう……。


「(――発動)」


 ノゾムは、思い切り息を吸い込んでサポートアビリティを発動させた。先ほどの状態になると、動ける全員が一斉にミアシを攻撃した――。


 多勢に無勢。しかも、無敵状態。さすがの幹部クラスも、ノゾムの限界を待たずに消滅した。

 ノゾムは、呼吸をしてサポートアビリティを解除した。皆は、ノゾムと側にいたサキに駆け寄った。

「二人ともありがとう――」

「二人の力が無ければ。かなり、やられていたかも知れない」

「助かった」

 次々と感謝を伝えられた、二人は照れてしまった。

「べ、べつに。あたしは、元々、ノゾムに言われて回復しに来ただけだし……。まあ、こんな状況になってるとは思わなかったけど――。と、とにかく。助かったみたいで、良かったわ――」

「本当、ナイスタイミングだったよ、サキ。夕方頃に来てくれって言っておいて良かった。俺も、まさか幹部クラスが来るとは思わなかったけど……」

「ノゾムどうするの? 今日は終了?」

「その方が良いとは思うけど、あくまで個々の判断で――」

「そう? どっちにしても、あたしも明日から一緒に行動するわよ? C拠点の付近は、偵察の姿すら見えなかったからね」

「うん、わかった。そういう状況なら……。こっちに加わって貰った方が良いかも。サキがいると、すごい助かるし」

「な、なによ? おだてても、なにも無いわよ?」

「いや、事実を言ったまでだよ」

「そ、そう? まあいいわ。……まだ、重傷の人がいるみたいだから、もう一回やるわね」

 サキは、照れ隠しをするようにノゾムの側を離れた。

「ノゾムちゃん。あなたのサポートアビリティ。すごいわね。……察するに、条件とか大変そうだけど」

「ははは……。ご想像にお任せしますよ、シュウさん」

「ノゾム。助かった。――だが、欲を言えば、おれは前もって知っておきたかった。一回目の発動を無駄にさせてしまったな……」

「レツ……。ああ、その辺は俺も思うところがある――」

「そうか、別に責めているわけじゃ無い。……気にするな」

「多くの人が助かった。礼を言うぞ、ノゾム。ところで、制限時間というか――。サポートアビリティの効果が切れそうなとき、なにか合図を決めておいた方が良いんじゃないか?」

「ええ、オボロさん。それは、さっき考えました。……今度から、切れそうなときは盾と剣を合わせて音を出します。あとは両手でバツマークも終わりの合図にしますね」

「了解した。ちなみに、何秒前だ?」

「変動するかも知れませんが……。残り五秒以内のときで、どうですか?」

「そうだな。それくらいあれば、皆も充分に距離を取れるだろう――。まあ最悪、報せることが出来なくても気にするな」

「はい。オボロさん」

「(終了は、両手でバツマークか……。ノゾムもアレをやるのかな? だとしたら、おれと趣味が合いそうだ。――いや、そうとは限らないか……)」

「――ノゾムちゃんは、これからどうするの? 敵の気配は無さそうだけど、予定通り、暗くなる手前までバリア攻撃する?」

「そうですね……。さっきは、早めの撤退を提案しようと思ったんですけど。もう少しだけ様子見しながら、バリアを攻撃します」

「わかったわ」

「あ!」

「な、なに? ノゾムちゃん……」

「東南で、バリアを攻撃してる人達やリンが無事か見てきます。――いや、大丈夫なのは、ある程度分かってるんですけど。念のため」

「(……ある程度は、分かる? ノゾムちゃんの能力と関係しているのかしら?)そう、いってらっしゃい」

「はい」

 ノゾムは急いで、リン達のいる東南へ向かった。ノゾムが走って行ったのを見たサキがシュウに話しかけた。

「――シュウさん。ノゾムは、どこへ行ったの?」

「リンちゃん達のいる東南よ。サキちゃん」

「ふーん。リンのとこね。――なら、あたしに聞けば良かったのに。そこから来たんだから……」

「まあ、実際に確認したいときも、あるんじゃない?」

「そういうものかしら?」

「そういうものよ。(若いって良いわね……)」

「――まあ、いいわ。……ちなみに、全員無事よ」

「そう、それは良かったわ」



 東南に来たノゾムは、リンとバリアを攻撃している人達の無事を確認すると、胸を撫で下ろした。

 ノゾムが発動した二度目のサポートアビリティは、範囲が広く。この辺で、効果を得た人がいるのは分かっていた。――しかし、それは大まかにしか分からない。具体的な人数や、人物が誰なのかまではハッキリしなかった。

 ……そのため、こうして確認出来て、ほっとしたというわけだ。


 ノゾムは、北側で起きたことのあらましを皆に話した――。リン達も薄い虹色の光とか、いろいろ気にはしていたらしい。――それでも、自分達に出来ることをしよう。ということに決まって、ここでバリアの攻撃に専念していたのだという。


 東南の人達との話が終わるころには、もう夕方になり始めていた。――すると、北側から人々がやって来て、今日は、これで引き揚げるとノゾム達に告げた。

 それを受けて、東南の人々も帰る意思を示したので、全員でC拠点に帰ることにした。



 ――それから五日間は、敵があまり来なかった。そのため、ほとんどの時間をバリアの破壊活動に費やした。

 来なくなった理由は、幹部クラスを倒したことによる、縄張りの効果が強く発揮されたからだと考えた。


 その翌日――。幹部クラスのミアシを倒してから、六日目。最初に中央拠点を攻めたときと同じような編制で、雑魚クラスのチチュとジュウがいた。数は、チチュが四千匹で、ジュウが千匹だった。

 ここ最近、中央拠点を攻める人の数は増えていた。現在は、およそ百五十人が平均して攻撃に参加している。

 敵への対処は、最初のやり方を基本にしていた――。つまり、初めから全力攻撃をするということだった。今回は、チキウ側の数が増えていたのと、一度、大規模な戦闘を経験していたこともあってか、敵側を完全に消滅させたのは一時間半くらいで済んだ。

 数分後にやって来た、最初の半分くらいの増援、チチュ二千匹と、ジュウ五百匹を全て消滅させたのは一時間くらいだった。


 前回のパターンと酷似していたので、もしかしたら、幹部のミアシが来るかも知れないと気を引き締めていたが、今回は来なかった――。

 そして、それから三日間は、また敵が来なかった。縄張りの効果は、高確率で期待できると誰もが確信した。



 ――そして、その翌日。幹部のミアシを消滅させてから十日目。中央拠点に、敵はいなかった……。パターン的に、雑魚クラスがいるものだと思っていたのだが、嘘みたいに辺りは静かだった。

 罠や伏兵が潜んでいるのかと警戒したが、それらも確認出来なかった……。一応、油断はせずにバリアを攻撃していると、その一時間後。ついに、バリアは破壊され、消失した。

 二百人ほどの人々から、どっと歓声が沸く。しかし、その喜びは束の間だった……。


「は、入れない――」

「ばかな?」

「敵の方が優先なのか?」

「あれだけ、攻撃したのに! 嘘でしょ?」


 人々から、様々な声が上がった。……そんな少しの混乱に乗じて、林の方から素早く出てきた何者かが、上の方から拠点に入っていった。

 ――人々は、どこから敵が来ても大丈夫なように、中央拠点の周りを取り囲むようにしていた。しかし、北側から、ガサっという音がして振り向いたときには遅かった……。

 敵は狙っていたかのように跳躍して、空から易々(やすやす)と侵入した――。確認出来た敵影は、三体。目撃者によると、おそらくミアシということだった。

 落胆、怒り、焦燥――。あらゆる感情が渦巻く中で、追い打ちをかけるかのように、北側から敵が押し寄せてきた。

 それは、雑魚クラスのチチュ千匹とジュウ千匹。そして、ミアシ一般兵が五十体の編制だった。


「敵襲ー!」


 拠点から少し離れた場所で、様子を見ていた数人の誰かが大声で叫んだ――。その報せに皆が北側に集まった。ノゾム達。サポートアビリティを持つ者達は、敵影の情報を聞いた時点で、すでに来ていた。

 ――拠点のバリアへの攻撃がかぶった場合は、より多く耐久を減らした側が優先される。その「優先権」は約二分。

 皆は、敵襲の報告を受けて、どうするか迷っていた……。それまでは、全員で突撃するつもりだったのだが、外の敵を倒すため、二手に分けるべきか、それとも当初の予定通り、制圧を優先させるべきかの判断を迫られた。

「(どうする? どれがベストだ?)」

 ノゾムは、もちろん。皆が頭を悩ませていた。――中央拠点に、敵が入ってから三十秒。チキウ側が、あと一分半ほどで入れるころ、「もうじき来るぞー」と叫ぶような声が聞こえた。

「――ノゾム。なにか良い手はないの? このままだと、なにも上手く行かないわよ?」

「サキ……。そうだな、やってみるしかないよな。――皆さん、聞いてください。どういう結果になるかは分かりませんが……」

 ノゾムは、指示を出した。これまでの手腕を認めている人々は、ノゾムの言葉に耳を傾けた


「まず――。北側には、こういうときに備えてトラップが設置してあります。そこに敵がかかったら、リンにサポートアビリティを発動してもらいます」

 ノゾムは、リンとアイコンタクトを取った。

「そうしたら、全員で攻撃してください。――その時、数人は、無防備になるリンを護衛してください。お願いします。……トラップを上手く活用すれば、雑魚クラスは、いけると思います」

 ノゾムは、サキを見た。

「サキは、全体を見て必要になったら、頼む」

「わかったわ」

「――シュウさんとオボロさんは、拠点に入り、制圧ポイント付近の敵をお願いします。……幹部クラスかも知れないので、気をつけてください」

「任せとけ」

「了解よ。ノゾムちゃん」

「――レツは、入ったらすぐにボタンを押し続けている敵を排除。可能なら倒してくれ」

「ああ、任せろ」

「たぶん。一分もない――。俺もフォローする」

 レツは、力強くうなずいた。

「……皆さん。ミアシとは、主に足止めのつもりで交戦してください。――そろそろ時間ですね。無理はしないでください。では!」

 ――ちょうど一分半が経ち、ノゾム達は拠点に入っていった。外の人々は、敵が来ると、ノゾムからの策を実行に移した。



 拠点に入ると、敵は目撃通り三体いた。真ん中の制圧ポイントに一体。その手前の左右に一体ずつミアシがいた。

 制圧ポイントで、ボタンを押しているのは一般兵だったが、手前の二体は、幹部クラスだった……。


 拠点に入ったシュウ、オボロ、レツも指示通りに動いた。――まず、レツはボタンを押している敵。ミアシの一般兵をサポートアビリティ「降り注ぐ斬撃」で攻撃した。

 シュウは、オボロと左右に分かれて、左にいる幹部クラスのミアシにサポートアビリティ「無数の刺突(しとつ)」で突進した。

 向かって右の敵は、オボロが相手した。その際、サポートアビリティは使用しなかった。それは一分で倒せなかった場合、周りに迷惑がかかると考えたからだ。

 豪快に見えて、その実、使いどころは考えている――。オボロは、少なくとも今は使うべきではないと判断した。

 ノゾムは、レツを攻撃されないように気を配りながら、オボロをフォローした。



 レツは「降り注ぐ斬撃」を三回まで使用した。それでもミアシの一般兵は耐えていた。一般兵といえど個体差はある。拠点の制圧に連れてくるほどなので、おそらく防御力か、体力が優れているのを幹部は連れてきたのだろう……。

 普段なら、すでに倒せているミアシの一般兵に対して、レツは判断した。

「――ノゾム。悪いが、あいつを倒したら、おれは外へ行く」

「わかった!」

 レツは自身の限界。四回目を発動させた。言葉通り、ミアシの一般兵を消滅させると、力のあまり入らない手で武器を収めた。

 ノゾムは少し近寄り、声をかけた。

「平気か? 詳しくは聞かないけど――」

「ああ。……目に見える状態のことは、聞いても良いと思うぞ?」

「まあ、そうかも知れないけどさ。一応な」

 レツは、両手をプラプラとさせて、力が入らない仕草をした。

「ご覧の通り。しばらく駄目ってやつだ。――幹部を相手にするのは無理だが、外の雑魚くらいなら、おれも役に立つ。蹴りとかでな」

「……そうか、無茶はするなよ」

「ああ――」

 レツは、少し無念そうに外に出て行った。



 ――シュウは、どうするか迷っていた。「無数の刺突(しとつ)」をすでに合計五回発動していたからだった。残すは右手の一回のみ。……それをすれば、武器を振るう力がなくなる。

「(あと一回ね……。使って倒せるかは分からないけど。でも、もったいぶっても仕方ないし)」

 レツが去って、自分も去ったら、オボロとノゾムに負担がかかる。――と思いながらも、シュウは決断した。

「ノゾムちゃん。オボロちゃん。アタシも退場するけど、許してね」

 それを聞いたノゾムは、シュウの近くに来た。

「シュウさん――」

「ごめんね。ノゾムちゃん。でも、やられる前にやっておいた方がいいと思ったの。この後、任せていいかしら」

「わかりました――。なんとかやってみます」

「ありがとう」

 シュウは一日の限界。最後の一回を発動した。幹部クラスの敵は倒せなかったが、動きは完全に鈍っていた。

「予想はしてたけど、倒せなかったわね……」

「シュウさん」

「アタシ、限界を超えるとしばらく駄目なのよ……。足は動くから、このまま外に行くわ」

「はい」

「とりあえず。雑魚でも蹴り飛ばしておくわね」

「無理をなさらずに――」

 シュウが外に行くまで、ノゾムは護衛した。



「(ノゾムと二人になったか――。これは、ますますサポートアビリティの使用どころが難しくなってきたな)」

 ノゾムはシュウを守り切った後、オボロの側に来た。

「オボロさん。ひとまず替わってください」

「ん?」

「左の――。シュウさんが相手してたやつが弱ってるんで、あっちをお願いします」

「そうか、わかった。――だが、一人で大丈夫か?」

「まあ、そういうケースも今後、出てくると思うので――」

「(愚問だったかな……)承知した」

 オボロは交代して、弱っている幹部への攻撃に移った。



 ノゾムは、幹部クラスとやるのは初めてだったが、一度見ていたこともあってか物怖(お)じはしなかった。

「(プレッシャーは確かにある。……でも、最初ほどじゃない)行くぞ!」

 相変わらず、剣での攻撃は当たらなかったが、それを上手く利用して攻撃を誘い、ジャスガを決める方法を身につけていた。

 ジャスガの精度も上がっていたが、そこは幹部クラスといったところか、まともなダメージをあまり受けてはくれなかった。


 ――何度か攻防をしているうちに、クリジャスが決まった。

「(よし! 入った!)」

 会心のクリジャスが決まったと思ったが、相手は頭を振って、気絶しそうなのをこらえた。

「(……今のを耐えるのか。さすが幹部。――もっと、精度を上げて頭とか狙ったところへピンポイントでダメージを与えたい。急所とか弱点とか……。ん? そういえば弱点とかって、あるのかな?)」

 あまり考えていなかった敵の弱点。基本は頭だと思い込んでいたが、他にあるのかも知れないとノゾムは思った。

「(試してみるか――)」

 そこからのジャスガは、あらゆる場所を狙って出すようにしてみた。方角は、もちろん。ダメージを送るイメージもやってみた。

 ――この方法は、普通に出すより難易度が増すのだが、集中して挑戦した。思うように、いかないことの方が多かったが、なんとなくコツをつかみ始めていた。

「(難しい――。狙うのがこんなに難しいとは……。でも、だんだん分かってきた気がする)」

 ジャスガを体のあらゆる場所へやっているときに、一つだけ確実に避けようとしている部分があった。

「(ミアシの弱点。……おそらく。尻尾の付け根だな? よし、集中――)」

 ノゾムは、攻撃を付け根へ送るイメージで狙って返した。それが見事に決まると、初めてミアシはふらついた。

「(よし! 決まった! ……攻撃に使っている部位が、同時に弱点を抱えているとは思わなかったけど。ほぼ、間違いないだろう――)」

 ふらつきが治まった敵と何度かやり合ったが、それ以降は、なかなか決まらなかった。

「(まあ、分かっても……。そう簡単には、やらせてくれないよな。――でも、良い収穫になった)」


 そのころ、オボロは左の敵を通常攻撃のみで消滅させた。シュウが、だいぶ弱らせたおかげで、なんとか倒すことに成功した。

「はあはあ――」

 オボロは、かなり疲労していた。大剣がこんなに重く感じたのは、サポートアビリティを限界の三回まで使用した以来だった。

「(……筋肉が笑ってやがる。これなら三発やっちまった方が良かったか? いや、それは出来なかったし、やるべきじゃない――)」

 立ち尽くしているオボロを見て、ノゾムは声をかけた。

「大丈夫ですか?」

「ああ、問題無い。……と、言いたいところだが。――ふがいない。しばらくは、動けそうも無い」

「わかりました。では、休んでいてください。そっちへは攻撃させないようにしますから」

「すまんな。(守るつもりが、守られてしまったか――。ノゾム。無理をするなよ)」

 ノゾムは、強くジャスガを決めると拠点の壁際に敵を弾き飛ばした。ダメージは、あまり与えられないが、距離を取りたいときに使う手だった。


 壁際での攻防を続けること五分――。ノゾムのクリジャスが弱点に決まり幹部クラスのミアシは消滅した。

 最初の幹部クラスでの教訓を生かし、相手に強力な技を出させないようにしたのは正解だった。「構える隙を与えない」これを皆、意識して行動していた。その分、疲労も激しかったが、その思惑は成功した。

「はあはあ……。や、やった……」

 ノゾムは、その場に膝をついた。オボロもまだ動けなかったが、ノゾムと目が合うと笑顔を見せて健闘をたたえる仕草をした。


 しかし、そのすぐ後――。拠点の出入り口、いわゆる玄関から新たな敵が現れた。気配を感じた二人が振り向くと、そこには幹部のミアシが一体いた。

「嘘だろ?」

 オボロが呟いたのと同時に、ミアシはジャンプしてオボロに襲いかかった――。

「オボロさん!」

 ノゾムの叫びが辺りに響く――。その瞬間。ミアシの幹部は、空中で動きを止めた。正確には、オボロの手前で固まって落ちた。

「え?」

「な?」

 幹部クラスのミアシは、完全に凍っていた――。


「……危なかった、わね」

「――アイナ!」

「……助かったぜ、アイナ。――今のは、さすがにやばかった」

 玄関で、その技を発動させた人物は、アイナだった。

「――お久しぶり、ね。……二人とも」

 アイナは、オボロの近くに寄って挨拶した。少し離れたノゾムにも、ぺこりとお辞儀をした。


 幹部クラスのミアシは、アイナのサポートアビリティ「絶対零度近くまで冷やし、沈黙」によって凍ってたいたが、消滅していなかった。

「……さすがは、幹部クラスね。……消えない、わ。……ほっといても、そのうち消えるかもだけど。――トドメよ」

 そのように呟くと、凍ったミアシを槍で粉々に砕いた。幹部クラスのミアシは、完全に消滅した。


「――アイナ。外は、どうなってる? 外は。(敵が侵入したってことは……)」

 オボロは、アイナに外の様子を聞いた。這(は)うようにして二人の側に来ていたノゾムも、気になってオボロに続いた。

「ま、まさか。全滅……」

「……外は、全滅したわ」

「! そ、そんな――」

「嘘だろ……」

「――じき、皆、来るわよ……」

「ん?」

「ん?」

 二人同時に、混乱した……。一瞬、アイナの言葉を理解できなかったからだ。しかし、それから十数秒後。中に人が入ってくると本当の意味を理解した。


 全滅したのは敵側だった。――聞くと。アイナが加勢して、ほとんど、やっつけたのだという。

 敵の残りが、わずかになったとき。不意に侵入されたのを見て、アイナは単身、拠点に入ったとのことだった。


「なるほど――。そういうことだったのか」

「……そういうことよ、ノゾム。――で、お願いが、あるのだけど、いいかしら?」

「なに?」

「……制圧ポイントのボタン。――私に、やらせて?」

「え」

 周りは、ざわついた――。確かに、アイナには救われたが、今までの苦労と比較すると多少の不満を感じる人が多かったからだ。

 皆は、「誰が押すか?」という場面になったら、指揮をしたノゾムだと心に決めていた。


「アイナちゃんには、確かに救われたけれど……」

「そうよ、助かったけど。アイナの要求は――。ねえ?」

「おれは、アイナでも誰でもいい」

「ボ、ボクは、その――。アイナさん、よりは……。その……」

「……」

 サポートアビリティを持つ面々も、アイナとは面識があったようだが、どちらかといえば反対を示す感じに言葉を濁らせた。オボロは、助けられたばかりだったので黙っていた。


「いいよ」


 皆が、さらにざわついた。サキが思わず反論した。

「――ちょっと、いいの? ノゾム。……皆、口に出さないから言うけど。こういう場面が来たら、あなたが押すべきと思ってるのよ?」

「サキ……」

 ノゾムが周りを見回すと、皆が黙って、うなずいていた。

「皆さん……」

「駄目、かしら……」

「いや、いいよ。――アイナが押してくれ。……今回もそうだけど、アイナには借りがあるからな」

「ノゾム……」

「サキ。それに皆さん。――お願いします。アイナが押すの賛成してください……。もし、俺に押す権利があるのなら、それを譲るのを許してください」

 ノゾムは、深く頭を下げた。

「べ、別に――。あなたが本当に良いなら、それで誰も文句言わないわよ――。確認よ、確認。アイナが押すことを絶対に反対って言ってるわけじゃないのよ」

 その言葉に皆も、うなずいた――。アイナが駄目というわけではなく、優先順位としてはノゾムだったので、その本人が譲るのであれば、一切の不満も文句もないということだ。

「……ノゾム。そして、皆さん。――ありがとう」

 アイナは深く。そして、長く頭を下げた。――だが、すでに責める気持ちや不満を抱く者はいなかった。



  ――チキウ側が拠点の制圧を完了させました



 アイナが制圧ポイントのボタンを押し続けて三分後――。中央拠点は、チキウ側のものとなった。大きな歓声が、とても長く続いた。



 ――同時刻。初期拠点の司令室で、勢力図を見ていた最高司令官トオヤマは、誰かと親しそうに話していた。

「ミコトさん。見て、中央拠点がチキウ側になったよ?」

「ああ、『キルス』――ついに中央が落ちたな。予想よりも早かったよな」

「中央を手に入れるのは、たぶん大変だったろうなー」

「かもな――」



 キルスと呼ばれた人物は、最高司令官であるミコトのサポート宇宙人だった。名は「キルス=インセス」男性で十八歳。身長は一メートル五十五センチと低め。薄紫色の髪で、ベリーショート。童顔で美少年だった。



「これは案外、早くに戦争が終了するかもしれんな。私の出番はなさそうだ――」

 トオヤマは、自分のサポートアビリティを見た。



  サポートアビリティ(支援能力)による能力


  [水面に咲く花]


  ミコト・トオヤマ ♂ × キルス=インセス ♂


  一定範囲に水面を出現させ、

  そこに咲く花のように、動けなくする。

  水面は幻覚。

  幻覚にかかった敵は、その間、

  「水面に咲く花」のように、

  なにもできない。

  完全な無抵抗状態になる。


  この技は、「常時、発動可能」で、

  制限時間なし。

  ただし、発動一回で

  一年分「老化」する。(寿命や命数とは違う)

  それから、一分毎に一年分老化する。



「……ミコトさんの出番は無い方が良いんじゃないの? まあ、それはともかくとして。いろんな意味で『むごい』技だよね」

「ああ、そうだな」

「身動き封じて、一方的にフルボッコでしょ? 無慈悲で、ある意味、最強じゃない?」

「――そっちか。……んー。どちらかといえば、発動して一年分、さらに一分毎に一年分も老化する方が残酷と思うがな……」

「まあ、リスキーな技だよね」

「ああ、そうだな。出来れば使いたくないよ。一日だって年齢を重ねたくないのに。老化とかあり得ない……」

「大丈夫。ミコトさんは、きれいだよ。とても、四……。えーと、その……。年齢より若く見えるから。うん」

「キルス……。今、なにを言いかけた?」

「な、なんでも……。なんでもないよ……。あ! 見て、ミコトさん。それどころじゃないよ?」

「ごまかそうとしても……。ん?」

 キルスに言われて、勢力図を見ると初期拠点が「赤く点滅」していた。――それは、敵の攻撃を受けていることを意味していた。

「来客か――」

「ミコトさんが、出番なさそうとか言うからじゃないの?」

「私のせいなのか? ……おそらくは、中央拠点に集中してるから、こちらが手薄になったと思って攻めてきたのだろう――。まあ、事実だし。戦略としては、そんなに悪くないな」

「……どうするの?」

「決まっている。このタイミングで来たことを後悔させてやるさ。ちょうどスッキリしたい気分だったからな……」

「そ、そう――」



 初期拠点を襲ったのは、幹部クラスのミアシ三体だった。少数精鋭のためか、他に敵はいなかった。

 初期拠点から外へ出たトオヤマは、速攻でサポートアビリティ「水面に咲く花」を発動させた――。


 一瞬で、辺り一面が幻覚で作られた水面になると、そこにいる敵は、完全に動かなくなった。

 トオヤマは、手に持った武器の「棍棒(こんぼう)」で、動きが止まった幹部クラスのミアシを次々と攻撃した。一分も満たないうちに、三体の幹部クラス全て消滅させると、サポートアビリティを解除して拠点に戻った。

 敵側の幹部クラスは、全部で七体だったが、これで一体もいなくなった――。



 この情報を全員が知ったのは、翌日以降だった。そして、それから約二ヶ月が経とうとしていた――。


 その間、敵のビジタ側とチキウ側は、一進一退の攻防を見せた。戦いの激戦地は、中央拠点だったが、それ以外の拠点も攻め込んだり、攻め込まれたりしていた。

 しかし、どちらも決定打にはならず、制圧した拠点の変動は無かった……。


 敵側は、初期拠点と「十二時拠点」(A拠点)と「二時拠点」(B拠点)と「十時拠点」(F拠点)の四つの拠点。

 チキウ側は、初期拠点と「零時拠点」(中央拠点)と「四時拠点」(C拠点)と「六時拠点」(D拠点)と「八時拠点」(E拠点)の五つの拠点。――と、中央を制圧した分、チキウ側が一つリードしていた。


 幹部クラスが消えて、スムーズに行けると考えていたチキウ側だったが、そう甘くもなかった。

 ハーフウェーライン。敵側と味方側を半分に分ける、いわば境界線の向こう側は、これまでの強さにプラスして、なにか一つに特化した敵が多かったからだ。

 中央拠点を制圧するときに、ボタンを押し続けたミアシの一般兵のように、防御力が高いものや、体力のあるものや、攻撃力が高いものや、素早いものなど……。

 その辺は、さすがに敵も考えていたらしく。ワンランク上を控えさせていた――。もし、ミスがあったとするなら幹部七体、全員を失ったことだろう……。



 ――戦争が始まってから約三ヶ月。地上の最高機密データを扱う部署の管理者と職員が、戦争フィールドから送られてきたデータを見て話をしていた。

「……また、英霊が一人増えましたよ」

「ああ……。最近、多いな」

 二人は話をやめて、黙祷(もくとう)した――。


「……面識はないですけど、誰かが確実に死亡しているのは事実なんですね」

「ああ。戦争だからな……」

「それを実感として湧いている人は、どれくらいでしょうね? ……生活は、確かに苦しくなったかも知れませんが。皆、それなりに……。普通に暮らしてますよ? 世界も支援や協力をするとか言ってはいますけど。実際どうなのか……。まだ、疑っている人もいるみたいですしね」

「直接の戦地にならない限りは、普段の生活や環境を維持するのも大事ではあるがな……。戦争が終わったときのことを考えれば――」

「まあ、そうかも知れませんけどね。なんか釈然としないんですよ……。どこか、他人事みたいに扱われている感じがして。他国の人間がそうなら、まだしも、自国の人間がそういう感じで生活しているのが、ちょっと……」

「この世界で起きた、他国のニュースを見ている感じなのかもな。『どこかで戦争しているらしいけど、自分には関係ない』みたいな感覚なんだろう――」

「まさに、そんな感じなんですよ。この間もネットの書き込みで……」

「でも、一部だろ? そういうのはさ。――ほとんどの人は、真摯に受け止めて生活していると思うよ」

「そう、ですかね……」

「きっとそうさ。……それに、そうだと信じたいじゃないか。……じゃないと、報われないだろう? 自国だけじゃない。いわば、この星。人類を救おうとしているのにさ――」

「ええ。――そうですね」

 二人は、新たに送られてきたデータを見ると黙祷した――。



 ――ノゾムが戦争フィールドに来てから、約三ヶ月が経とうとしている今。中央拠点では、あることに対しての意見を出し合っている最中だった。

 それは、拠点の制圧を巡ってのことだった。


 制圧が「確定」する期間は三ヶ月。その期限が迫ったとき、敵に大きな動きがあったことを受けての議論となった。

 そのきっかけとなる情報は、自陣側のC拠点とE拠点に、「総力の半分ずつと思われる敵が接近している」というものだった。

 最短ルートは当然見張っていたのだが、敵は遠回りで向かっていたらしく。虚(きょ)を突かれる形となった。


 ――しかし、逆に言えば、敵側のA拠点とB拠点とF拠点は、「もぬけの殻」ということでもあった。

 そのため、主な意見は「二つの拠点を守る」と、「空いた拠点を攻める」と「守りながら攻める」の三つに分かれた。

 言い争いというよりは、作戦会議や「評定」(ひょうじょう)に近かった。


「C拠点とE拠点どちらも、今から行けば防衛には間に合う」

「なんとか、確定まで耐えて貰って、我々は敵の拠点を三つ落とすべきだ」

「防衛に向かうのと、敵の拠点攻めの二手に分かれれば良いんじゃないの?」

「今いる人数では、CとEは正直キツいはず――。持たないだろう……」

「じゃあ。最悪、二つは諦めて、新たに三つ取れば良いだろう? 敵も近々で、三つ確定するとしたら、妨害するべきだろ? 確か同じくらいに制圧してたと思ったけど?」

「敵の拠点……。どうせ伏兵とか、いるよね?」

「それは、いるだろう」

「バリアは、向こうも、こちらも削りあっているから、そんなに時間はかからないはず。攻めるか、守るか、難しいな」

「各拠点。平均で三百人はいるんだろ? ギリギリ防げないか?」

「厳しいかもな。総力の半々だし。……特化型じゃない敵のときだったらイケたかも知れないけど。最低でも、倍は欲しいところだろう――」

「中央は、今、千人くらい? ちょっと集まりすぎたのかな?」

「いや、そんなことはなかったろう。こんなことに、ならなければな」


 あらゆる意見が飛び交い。それぞれの意見に、一理あるようだった。

「(……さて、どうするか?)」

 全員が考える中、ノゾムも様々なパターンを考えていた。

「(現在の敵の数。初期拠点から仕入れたトラルの情報によると――)」



  チチュ 雑魚クラス      千匹

  チチュ ボスクラス      十匹

  ジュウ 雑魚クラス     千百匹

  ジュウ ボスクラス      四匹

  ミアシ 一般兵クラス    二百体

  ミアシ 幹部クラス      0体

  ミアシ ボス (ラスボス)  一体



「(伏兵や、数匹、数体の誤差は考えないとして――。これの半々がC拠点とE拠点に、向かっているのか……。なんだろう? なにか、しっくり来ない――)」

「ノゾム……。ノゾムったら!」

「(……あ、そうか!)――ん? なに? サキ」

「皆が、ノゾムの意見、聞きたがってるわよ?」

「え?」

 考え事をしていて、サキに言われるまで気付かなかったが、辺りは嘘のように静まり返っていた。


 ――このころになると、ある程度の団体と、そのリーダーが自然に出来ていた。皆と言ったのは、リーダー格の人達のことで、その十数名とノゾム達が方針を決めるために食堂で話し合っていた。

 全員に共通していることは、ノゾムの意見を優先にして動くということだった。ノゾム自身は認めていないのだが、いわゆる「指揮官」は、真のリーダーは、ノゾムと決めていたからだ。

 中央拠点を制圧してからは、サポートアビリティを持つ面々も、そのように考え、基本ノゾムの側にいるようにした。


 皆の視線が集まる――。

「(そうだな……。そんなに迷ってもいられないか――)えっと……。自陣側のC拠点とE拠点に、総力の半分ずつと思われる敵が接近している件についてですが――。敵の本当の狙いは『D拠点』と思われます」

「?」

「!」

 一瞬、皆がざわついた。なぜ、D拠点なのかと……。しかし、冷静になった一部のリーダー格はうなずいた。

「なるほど……。そういえば、D拠点の方が数日だけ、早かったんでしたっけ? そこを狙うと?」

「ええ、おそらく。……これは、あくまで推測ですが――。遠回りした敵はCとEを攻撃するでしょう。でもそれは、『おとり』です。攻撃している『どさくさ』に紛れて、ほとんどを移動させ、Dを狙うと思われます」

「な、なるほど。大抵は、目の前の敵に集中しますからね――。では、どうします?」

「優先順位としては、Dの増援ですね。確定までの死守です。……えっと、あと何日でしたっけ? 正確な日にちって、初期拠点じゃないと分からないんですよね。確か、三日以内だった気がするのですが――」

「……明日よ、ノゾム」

「お、そうだっけ? アイナ」

「……ええ、私とノゾムが出会って、三ヶ月になる日、よ。……間違いないわ。『二人の制圧記念日』にも、なるのかしら?」

 アイナの発言に、「一部の人」が心の中で色めき立った――。

「ははは――。俺は助けられただけで、なにもしてないけどな。……まあ、それはいいか。そうか、明日だったか――。(と、すると……)」


「……あの。では、増援はD拠点のみですか?」

「あ、いえ。――まず。D拠点へ約千人、向かってください」

「ほぼ、全員ですか……」

「はい。……そして、D拠点に着いたら三百人ずつC拠点とE拠点に移動してください。さっき言ったことが外れた場合のことを考えて、その数でお願いします。そうすれば、数日は耐えられると思いますので」

「はい」

「――で、狙いがDだったら、おとりを片付けて、またD拠点へ戻ってください。逆に、Dが狙いでなかった場合は、Dから応援に行ってください。……ただ、一応、防衛の人数は残してください」

「わかりました」

「初期拠点からも増援を頼みますので、D拠点は、C拠点とE拠点に三百人ずつ分散させても、最初の三百人と中央からの増援四百人と初期拠点の百人で、八百人くらいになると思います。初期拠点は確か、常時、百人くらいはいますから――」

「……中央拠点は、よろしいのですか? ほぼ、いなくなりますが――」

「ええ。ここは、バリアがほとんどダメージを受けてませんので、仮に襲われても数日は耐えられます。幹部クラスもいませんし。――この敵、全てが中央拠点を攻撃しても、三日は大丈夫でしょう」

「そうなんですか、中央拠点のバリアが特別というのは、本当だったんですね」

 その言葉に、当時、苦労した人達はうなずいた。


「――えっと。ここからは、サポートアビリティを持つ皆さんへのお願いです」

 六人が、一斉に真剣なまなざしでノゾムを見た。

「まず、オボロさん。――オボロさんには、D拠点に行った後で、三百人の方々とE拠点に向かって貰います。E拠点防衛の協力と、おとりだけになったら掃討して、またD拠点に戻ってください。――もし、敵の狙いが違ったら、そのままE拠点を守ってください」

「承知した」

「次に、レツ。――レツには、オボロさんと同様のことをC拠点でやって貰いたい。要は、D拠点に行って……。ほぼ、同じこと言うけど、詳しく聞く?」

「いや、大丈夫だ。――その後、三百人とCに行って防衛して、おとりを掃討して、Dに行くか、そのまま残ればいいんだろ?」

「うん。その通り。よろしくな」

「任せろ」

「……で、次はリンとサキ。――二人には、D拠点をメインに活動して貰いたい。判断は個々に任せる」

「は、はい……」

「わかったわ」

「もし、D拠点が敵の狙いじゃなかった場合は、レツやオボロさんと連絡を取り合って、敵が多い方か、不利な方へ二人で向かって欲しい。必ずペアで行動してくれ」

「ええ、そうするわ。リンを護衛すれば良いんでしょ?」

「サキさん――」

「うん。……まあ、それもあるけど。一番は、二人のサポートアビリティが上手く回ると、戦況を有利にしたり、被害を最小限に抑えられたりするから――」

「! そういうことね……。理解したわ。(生存率を上げるためってことね)」

「……えっと。そして、シュウさん。――シュウさんには、手薄となったF拠点を攻めて貰います。ただし、無理はしないでください」

「任せてちょうだい。……落としても良いのよね?」

「理想はそうですけど――。伏兵とかは、いると思いますので気をつけてください」

「了解よ」

「――で、アイナ。――アイナには、A拠点を攻めて貰う」

「……落とせなくても、――良いの、かしら?」

「いや、落としてくれ」

「……暴君、現る……。ね」

「誰が、暴君か……。そんなに難しいことじゃないだろう? ここ最近は、A拠点を一番に攻撃してたんだから。バリアは一番減ってるはずだぞ?」

「……まあ、そう言われれば、そうだけど――」

「――A拠点は、確か、D拠点と同じころだったはず。……制圧が確定される前に、必ず落として欲しいんだ。……アイナの戦闘力と、そのセンスなら、サポートアビリティを使用しなくても、いけるはずだ」

「ノゾム……。(そこまで、考えてくれてたの? ――でも、大丈夫よ。……その件は、クリア、したの――。あなたのおかげ、よ)」

「まあ。どうしても、というなら――」

「……やる、わ。――サポートアビリティだって、いくらでも、使うわ」

「悪い。追い込んじゃったみたいだな。ちょっと考える……」

「……違うのよ? 平気、なの……」

「ん? 平気?」

「……ええ、『やけ』になったわけじゃ、なくて……。本当に平気、なの――」

「そうなのか?」

「……そう、なのよ」

「じゃ、良いんだな?」

「……任せて」

 アイナの目に、嘘がないと判断したノゾムは、その言葉を信じることにした。

「よし、それじゃ。頼んだぞ――」

 アイナは、こくりとうなずいた。


「……最後に。これは、自分ですが――。B拠点を攻めます。もちろん、制圧するつもりで行きます。――もし、制圧したら、敵が取り戻そうとしないかを確認した後で、皆さんと合流します。万が一、制圧が無理そうな場合は、その時の状況で動きます。シュウさんとアイナもそんな感じで――」

 ノゾムが二人を見ると、承知したとうなずいて見せた。


「――と、こんな感じですが、どうですか? なにか問題などあれば、仰ってください」

 全員が、それぞれ見合わせると、その方向で行こうと決まった。ノゾムを始め、全員が、さっそく行動に移した――。



 ――数時間後。ノゾムの予想通りの動きを敵側は見せていた。遠回りに近づいた、敵の部隊はC拠点とE拠点に、ある程度のおとりを残し、D拠点に押し寄せた。

 激戦地は、D拠点となり、それぞれのおとりを片付けた人々は、そこへ集結した。敵側の拠点へ攻めた三人以外が合流するまで、大規模な戦闘は、ほぼ拮抗(きっこう)する形を見せた。


 ――ノゾム。シュウ。アイナの三人が、それぞれ相手したのはボスクラスのチチュ一匹とジュウ一匹ずつだった。それぞれ、伏兵というよりも守護者のように待ち構えており、三メートル以上の大きさがあった。

 三人は、まだこんな「隠し球」があったのかと一瞬驚いたが、アイナは、一瞬で二匹を凍らせて沈黙。シュウもサポートアビリティで消滅させた。ノゾムも精度の高いクリジャスを急所に何回か決めて消滅させた。

 このころのノゾムはピンポイントで急所を狙えるようになっていた。百パーセントではないが、ジャスガは、ほぼ繰り出せるようになっていた。

 しかし同時に、なにかの「違和感」を覚えていた……。

「(? まただ……。最近、ジャスガとかを決める瞬間に、なにか変な感覚になるときがある――。なにかが起きそうな予感というか。なんというか……。言葉に出来ない感覚がたまに来る――。なんだろう? これ)」

 ノゾムは、今度トラルに聞いてみようと思いながらバリアを攻撃して破壊した。シュウとアイナも、それぞれバリアを破壊して中に入り、制圧させた。



 バリア破壊後の敵の拠点は、中立のときのように変化する。広い空間と制圧ポイントが、真ん中にあるという状態になるだけだ。

 その時、敵が中にいれば、そこで戦闘になるだろう――。しかし、本当に、ほとんどをチキウ側に向けていたらしく、敵はいなかった。

 ちなみに、拠点で生活するのは基本的にミアシだけで、それ以外は、ほぼ野外にいる。



「よし、制圧完了だ――。(二人は、どうしてるかな?)」

 ノゾムは、外に出るとホログラムモニターを立ち上げてマップを見た。自分の位置と、制圧が完了した拠点が大まかに映し出された。

「な?」

 マップを見て、目を疑った……。


「嘘だろ……。もう、アイナとシュウさん。制圧、終わってるし――。いやあ、やっぱりすごいな。攻撃タイプのサポートアビリティを持つ人は……。ていうか――。これで、七つの拠点制圧完了じゃないか。――あとは、守るだけだな」

 ノゾムは、しばらく様子を見たが、敵の気配はなかったので激戦地のD拠点へ向かった。シュウとアイナは、すでにそこへ向かっていた――。



 ――三人が激戦地となっているD拠点にやってくると、拮抗していたバランスは変わり、チキウ側が少しだけ有利になった。……しかし、夜になると敵側の勢いは増して、今度は不利になった。

 そんな攻防が、翌日まで続いた……。この大規模な戦闘が終わるきっかけとなったのは、D拠点が制圧確定されてからだった。敵側は、確定していない拠点のC拠点とE拠点に、再び部隊を分けて移動しようとしていたのだが、それが裏目に出た。


 ノゾムは、「敵の動きが変わり、二つに分断しようとしている」という報告を受けると、そこを突いた。分断の中心部分を攻撃された敵は、そこから崩れ始めた。何度か立て直そうとしたが、間に合わず。敵側は、その二日後に全て消滅した。

 大規模な戦いは、チキウ側の勝利となった――。



 ――後日。C拠点とE拠点も制圧が確定した。これでチキウ側は、三つの拠点を完全に自陣側のものにしたことになる。

 次に早い中央拠点が確定されれば、拠点数は四つ。残り三つを取り戻されても敵側より上なので三年経てば勝利する。……また、どこも敵側のものにならなければ、約三ヶ月後に七つの拠点全てが確定するので、それでチキウ側が勝利となる。

 最低でも、あとどれか一つを確定させるのが、チキウ側にとって重要な事柄だった。


 このC拠点とE拠点が確定された日。人々は、勝利を間近にして歓喜していた。中央拠点を中心に、各拠点で祝宴が行われた。

 ノゾムは、乾杯だけ済ませると一人早々に部屋へ戻った。しばらくすると、トラルが許可を得て入ってきた。


「? ノゾム。なにやら浮かぬ顔をしておるのう?」

「……まあ、な。――なんか、素直に喜べないんだよな。このまま、終わるとは思えないし。総大将……。ラスボスがいるだろ?」

「ふむ。そうじゃな……」

「祝宴は、別に構わないんだけどさ。俺は、ちょっと……な」

「ノゾムは真面目じゃのう――。まあ、良いのではないか? そういう気分の乗らない人も実際おるみたいじゃし」

「……そうだな。――とにかく。戦争は、まだ終わっていない。最後のラスボスがどう出るか考えないと」

「考え事をするなら、わらわは邪魔かのう?」

「いや、来たばかりじゃないか。まだ、いいよ」

 トラルは、嬉しそうに微笑んだ。

「な、なんじゃ? 今日は、やけに優しいではないか?」

「そうか? そんなに変わらないと思うけど……」

「いつもなら、あの流れの場合……。引き止めないじゃろ?」

「そうだったか?」

「そうだったのじゃ」

「そうか、それは悪いことをしたな――。たぶん、考えに集中すると周りが見えなくなる傾向があるから、そういうときだったのかも……」

「ま、まあ。別に、それは良いのじゃ」

「……なあ、トラル」

「――な、なんじゃ?」

 真剣な、まなざしを向けられてトラルは少し頬を赤くした。

「(こ、これは――? アレかのう? アレなのかのう? 目、目を閉じる的な場面なのでは? しまったのじゃ……。タイミングを逃した可能性が――。いや、待つのじゃ……。そうと決まったわけでは……)」


「一つ、聞いて良いか?」

「! ……う、うむ。よ、良いぞ?」

「?」

「(ふう。良かったのじゃ――。目を閉じないが正解だったのじゃ……。ナイス判断じゃ。わらわ――)」

「……えっと、最近気になることがあってさ」

「ふむ。……なにかのう?」

「戦闘でジャスガとかを決めるとき、上手く言えないんだけど……。違和感っていうか、そういう変な感覚になる瞬間があるんだ」

「……変な感覚とな?」

「ああ。なんていうかな。――なにかが起きそうな予感というか。うーん。やっぱり上手く言えないな」

「(――もしや。アレかの? アレが出かかっているのかのう? 突然出るものだと思っておったが、そういう前触れは一応あるということかの? わらわも存在として知ってるだけじゃから、正直、分からん――)」

「ははは……。感覚のこと言われても、さすがに分かんないよな」

「――いや、心当たりは一つあるのじゃ」

「え?」

「それは、おそらく。『デスジャストガード』略して、『デスガ』じゃな。別名。『フリーズ』とも呼ばれる、激レア技じゃ。それと、なにか関係がありそうじゃ……」

「(また、聞き慣れない言葉が……。まあ、いいか。――フリーズは分かるけど)激レア、ね」

「うむ。具体的には、どういうときに出るのじゃ? その感覚は?」

「ジャスガやクリジャスを意図的に、やろうとする瞬間――。かな?」

「(! 意図的のときじゃと? 自力で発現できる技なのかのう? まあ、その辺のことは詳しくないから否定はできぬが……。でも、そうじゃな。――それゆえの『前兆』なのかも知れん)……ふむ」

「でもさ、結局出る技は、ジャスガとクリジャスだけど?」

「うむ……。わらわも、その辺のことは、よく分からんのじゃ」

「そうか」

「そもそも、本来は『運』というか、低い確率で出る技じゃからな。滅多に出るものではないから激レアなのじゃ。その証拠に、その技はサポートアビリティの条件に達するまでのカウントに入っておらんからのう……。空欄になっておるじゃろ?」

「……あ、本当だ。気付かなかった――」

「ついでに、説明すると。この技は、周りが止まって見えるくらいの状態にまで、精神が研ぎ澄まされてジャスガを放てるのじゃ。――その究極ともいえる状態で放つ、ジャスガの威力は『即死クラス』じゃ」

「なるほど。それで、『デス』と『フリーズ』か……」

「そういうことじゃ」

「――まあ、とりあえず。なにかの病気とか、そういうマイナスなことじゃないって分かっただけでも良かったよ。ありがとなトラル」

「う、うむ。ノゾムの気が晴れたのなら幸いじゃ」

「ああ。なんかスッキリしたよ。(……不思議だな。トラルといると落ち着くし、癒やされる。相性……か)」


「……」

「……?」


「どうかしたかの? まだ、なにか聞きたいことでも?」

「! ――あ、いや。なんでもない……」

「?」

 じっと見つめられたトラルは、不思議に思ってノゾムに話しかけた。その話しかけられたことによって、見とれていたことに気付いたノゾムは少し慌てた――。

 それを、ごまかすためではないが、ノゾムは一つの決断をすることにした。


「……うん。よし、決めたぞ!」

「な、なにをじゃ?」

「明日、今後のことを皆で話すんだけど……。ラスボスを倒しに行くと提案してみる」

「――先ほど黙っていたのは、それを考えていたのじゃな?」

「あ、ああ……。まあな。(言えない――。話しかけられるまで、自然に見とれてたなんて絶対に言えない)」

「――まあ。わらわは、そういう件には基本ノータッチじゃが。これだけは言えるのう」

「ん?」

「無理はするでないぞ? ノゾム」

「ああ、分かってる」



 翌日――。ノゾムは、サポートアビリティの面々とリーダー格と、今後について話し合っていた。

 出された意見は、「確定まで守る」が、圧倒的に多かった。


「――中央拠点を死守しましょう。一ヶ月くらいでしたっけ? そこまで守れば、あとは取られても三年で勝利ですし」

「ここまで来ると、三年間は長いな……」

「七つの拠点を確定に持ち込めば勝利なんだから、それまで四つの拠点を守れば良いじゃない?」

「それが最短の勝利だな。約三ヶ月で済むし」

「残りはラスボスだけとはいえ、油断できないでしょう? ABFは、最悪捨てるくらいの気持ちで、中央拠点に総力を結集するべきでは?」

「ああ。油断は、するつもりはないが……。三つを捨てるってのもな――」

「ラスボスってさ。想像するに、強いんでしょ? 最高司令官と、どっちが強いのかな?」

「分かんないけど、同じか……。それ以上じゃない?」

「……とすると、幹部クラスを数体。楽に倒せるレベルよね? 最高司令官に戦って貰うってのはどうなの? で、フォローする的な――」

「いやいや、それは駄目だろう。最高司令官がやられたら、それで即、負けなんだから。フォローをするにしたって、それは危険すぎるよ」

「そっか……」

「戦わなくても。七つの拠点と初期拠点を制圧すれば良いんだよね? 隙を見て、誰かが制圧ポイントのボタンを押し続ければ……」

「いや、真ん中で構えると思うよ? 足下にしてさ――」

「そ、そうか……。幹部クラスでも、そうできそうだもんな――。隙なんて無いか……」


 ――皆の意見を黙って聞いていたノゾムは考えていた。

「(うーん。やはり『倒そう』と言う人は、いない感じか……。どうするか――)」

「……ゾム。――ノゾムったら!」

「ん? ああ、ごめん。サキ」

「別にいいけど――。あなたは、どう思ってるの?」

 周りを見ると、視線がノゾムに集中していた。

「えっと――。(うん。……やっぱり、そうするか)そうですね、なんていうか……」

「(? ノゾムにしては、歯切れが悪いわね? まだ考え中だったかしら? でも、皆、聞きたがってたし……)」

 サキがそのように考えていると、ノゾムはハッキリとした声で皆に伝えた。


「ラスボスを倒したいと考えています」


 その発言に、全員がざわついた。それは、誰もが一応、考えたが口にしなかった言葉だったからだ。


「な、なにか策とかが、あるのですか?」

 リーダー格側から問われると、ノゾムは明確に答えた。

「いえ、ありません」

「……そう、ですか」

「ただ、理由はあります。確かに、防衛も悪くない手段です。ですが、中央拠点の死守に全員集合したとして、初期拠点の最高司令官が襲われたらと考えると不安はあります」

「初期拠点……。正直、そこは抜けてました」

「ラスボスだけになった今。初期拠点への奇襲は充分あり得ます。今は、まだ動きを見せていないようですが……。動き出したら、『どこへ行ったか』把握するのは困難かも知れません」

「た、確かに……。全ての性能が高いとしたら……。例えば、夜に紛れて素早く動かれたら厄介ですね」

「ええ。――では、守るべき拠点に分散させれば良いかと言えば、それはそれで不安があります。A拠点とB拠点とF拠点を捨てて、中央拠点と初期拠点の半々で守れば――と考えても、厳しいかもしれません」

「チキウ側は、およそ二千。……ラスボスが一騎当千としたら、半々にしても守り切れないということですね?」

「そうです。……それくらいの強さがあると考えても、良いと思います。別に、確証はありませんが――。最高司令官が、数体の幹部クラスを楽に倒したという情報から察するに、それくらい考えても考えすぎではないでしょう……」

「では、どうすれば? 防衛の人数が足りないではありませんか?」

「――敵の初期拠点へ総攻撃します」

「え? いやいや、待ってください。それだと中央拠点どころか、初期拠点も守れないじゃないですか――」

「ラスボスを敵側の初期拠点から、一歩も出さないようにすれば良いのです」

「! 攻めであり、守りになる……。『攻撃は最大の防御』ということですな?」

「はい。……策と言うほどのものでは、ありませんが――。具体的な行動としては、まず。二千人で敵側の初期拠点を攻撃します。バリアへの攻撃ですが、これは同時に、包囲する意味もあります。……もし、出てきたら逃がさないように交戦します。――そのまま出てこなかったらバリア破壊後に中で戦います。……出来れば、中に閉じ込めておきたいですね」

「……」

「バリア破壊後に中で戦うのは千人を目安とします。外側は、万が一、敵が逃げたときの見張り役や、後発隊として待機して貰います。……ただし、これはあくまで、一つのプランです」

「他にプラン……。計画があるのですか?」

「えっと。厳密には計画というか、提案とかに近いかも知れませんね――」

「提案……ですか」

「ええ。――バリア破壊後に入るのは、『ラスボスと戦うことを決意した人だけ』でも良いと考えています。……残りは、逃さないように見張っているだけでも構いません。その場合は約三ヶ月。見張って貰いますが……」

「……なんと、任意にするのですか?」

「はい」

「正直に言いますが……。それだと、少人数くらいだと予想されますよ?」

「構いません。相手は回復しませんから、仮に少しのダメージしか与えられないとしても、『いつかは』倒せる日が来ますので――」

「な、なるほど……。では、いっそのこと。二千人で入って攻撃しては?」

「……入ったとたん、なにか強力な技などで、一気にやられる可能性を考えると、それは得策ではありませんね」

「た、確かに……。では、逆に包囲だけして約三ヶ月待てば良いのでは?」

「それだと、バリアが回復しますし、ラスボスが強引に外へ出る可能性が高くなります。先ほども言いましたが、やはり、閉じ込めておきたいので……。虚を突くのが成功するとしたら、最初だけでしょう――。さすがのバリアも、二千人で攻撃すれば数分くらいで済むでしょうし」

「そう、ですか――」

「……ラスボスを倒したいというのは、本心です。それが実際に、叶うかどうかは別としますが――。一刻も早く『戦争を終わらせたい』という気持ちは、皆さんと同じだと勝手に思っています。……たからといって焦っているわけでは、ありません。――ただ、最短の勝利ということで考えれば、それは敵側の全滅だと考えています。少しずつ与えたとしても、制圧確定の約三ヶ月よりは、早く決着するのではないかと思っています。……ラスボスを倒せなかったとしても、足止めで、拠点が確定するまで踏ん張れば良いのですから、どこに来るかと不安を抱えながら過ごすよりは良いと思います」

「……なるほど。ちなみに、集結するとしたら直接ですか?」

「いえ、ひとまずはA拠点ですね。一番近いですし。……敵の初期拠点へ直接集まるのは、好ましくありません。少ない数で行って、勘づかれて逃げられたら意味がありませんから。今、自陣側の確定した拠点と初期拠点には、ほとんど人はいないと思うので、中央拠点にはしません」

「なるほど、物見(ものみ)の人間以外はA拠点にですね――」

「はい」


「……」

「……」

 全ての人が、一斉に黙り込んだ。だが、最終的にノゾムの意見に賛成した。


「――現状、その案が一番良いと判断しました。――やりましょう!」

「正直、ラスボスとはやりたくないけど、目を離さないっていうのは賛成だわ」

「確かに、どこに来るかドキドキするよりは見張っているべきよね」

「倍くらいの人数がいれば、防衛もアリだけど。――今は最善だと思う」

「――今、各拠点の人達に連絡した。……昼過ぎには、A拠点に集結出来そうだ」

「我々はいつ、向かいますか?」


「皆さん――。では、問題がなければ、十分後くらいに行きましょうか」

「了解です」

 皆は、それぞれ席を立ち、十分後に拠点の外に集合することにした。ノゾムも一旦、部屋に行こうかなと思っているとサキに話しかけられた。


「ノゾム。あなたも思い切ったこと言うのね」

「サキ――。そうかな?」

「そうよ。ラスボスを相手にしないように、やり過ごすって普通は考えるじゃない?」

「そうかもな――。俺も最初は迷ったけどさ」

「でも、話を聞いてたら……。確かに、ノゾムの言う通りかもって思ったわ」

「そう?」

「ええ。――ねえ。もし、誰も案に誰も乗らなかった場合は、どうするつもりだったの?」

「一人で、行ったと思うよ」

「え?」

「何回でも、何日かかってもね」

「でも、少数で叩いて逃げられたら――。って……」

「うん。それは、皆で叩くことを前提としていたから。――そうじゃない場合。例えば、全員が中央拠点に集中していたとするだろ?」

「ええ」

「その場合ってさ。結局、物見……。偵察の人しかいないわけだから、初期拠点を攻撃しようがしまいが、敵は出ようと思えば出てくるだろ?」

「……あー。確かに、そうね。刺激したからとか、関係ないわね」

「そういうこと。……それなら数発でもいいから、攻撃を入れてやるって感じ――。まあ、結果的に皆が一丸となってやることが決まったから、それが一番だと個人的には思ってるけど」

「ノゾム――。(そこまで、考えていたのね……。でも、あなたが一人で行こうとしても、何人かは一緒に行ったと思うわよ? あたしも含めてね)」

「……サキ。他に、なにかある?」

「いえ。ないわ」

「じゃあ、外でな」

「ええ」



 十分後――。約千人は中央拠点を離れて、A拠点に向かった。初期拠点。C拠点。D拠点。E拠点からは十数人ずつが向かった。B拠点とF拠点からは、約三百人ずつがA拠点に移動した。

 ほぼ、全員がA拠点に移動し終えたのは昼頃だった。約二千の部隊は敵の初期拠点へと向かって行進した。



 ――やがて到着すると、二千人もの人々は、すぐに行動した。どのように行動するかは事前にリーダー格から聞いていたらしい。

 敵の初期拠点をぐるりと囲むと、一斉にバリアへの攻撃を開始した。ノゾムの予想通り、さすがのバリアも三分ほどで破壊され、消失した。

 ……ひとまず、ラスボスが出てくる気配はなかった。ノゾムは一応、最終の確認をした。


「聞いていると思いますが、入る方は任意でお願いします! ……では、突入します!」

 ノゾムが先陣を切ると、サポートアビリティの面々と、三百人ほどの人々が拠点内部に入っていった。


 ――大方の予想通り、ラスボスは初期拠点の真ん中にある、制圧ポイントのボタンの上で待ち構えていた。三メートルのミアシは、遠目から見ても迫力があった。

 入ってすぐ、ラスボスの触手が赤く発光していたことに気付いたノゾムは、サポートアビリティを発動させた。

 薄い虹色に輝く半球で、人々が包まれた瞬間。無数の触手が飛んできて攻撃した。自分の少し手前で、弾けて消えていく攻撃を不思議そうに見ていたのは数人。残りは「無敵」と知っていたようで、ラスボスに向かって攻撃を始めた。

 あらかじめ、入った瞬間の攻撃があると想定していたノゾムは、ベストな状態で吸うことが出来た。そのため、ラスボスまでの範囲を展開できた。


 この無敵時間を利用して、最初から全力で攻撃した――。先陣は、シュウがサポートアビリティ「無数の刺突(しとつ)」で突進した。

 ここへ来る道中。長期戦を考えていると聞いていた面々は、出せるときに出し切ることを決めていた。特にシュウとレツは、ライフゲージをなくしたら一日待つが、技の限界を超えただけなら半日で済むため、最初から飛ばしていた。


 シュウが正面から技を出すと、レツはノゾムから聞いていたミアシの弱点。尻尾の「付け根」に集中してサポートアビリティ「降り注ぐ斬撃」を発動していた。ピンポイントで狙っていたので、まるでビームみたいに繋がっているようにも見えた。


 オボロは右側面をサポートアビリティ「荒れ狂う暴風」で攻撃していた。睡眠の件は、外にいる人々に頼むことにしていた。

 限界まで使うと、翌日駄目になるのだが、長期戦とノゾムに言われていたので、今回は使えるだけ使うことに決めた。


 アイナは、頭と尻尾を狙い、サポートアビリティ「絶対零度近くまで冷やし、沈黙」を発動した。

 ――この技は、とても強力だが「命数」から一ヶ月の寿命が引かれる技なので、持って一年から二年と「余命宣告」を受けていたアイナは最初、使いどころに気を遣っていた。

 しかし、功績や戦果をあげて「特別褒賞」で、サポート宇宙人達に願いを叶えてもらったアイナは、必要なときに迷わず発動することが出来た。

 ――最近、いくらでも使用して良いとノゾムに言ったのは事実だった。ちなみに、一番大きかった功績は中央拠点の制圧だったので、譲ってくれたノゾムに、ものすごく感謝している。



 この時の、アイナの願いは「延命治療」だった。先天性の遺伝子の病で、特別にどこかが悪いということは無く。薬も飲まず、普通に生活できるのだが、二十歳になるか、ならないかくらいで突然に死が訪れるというものだった。

 ……小さいころから、覚悟していたことだったが、せめて少しでも長く生きたいと思い、それを願った。

 結果――。可能な範囲なので願いが叶ったわけだが、いわゆる地上世界での「それ」とは違った……。アイナは単純に、ある程度引き延ばして貰えるとイメージしていたのだが、余命宣告の原因の治療と寿命……。「命数」が上乗せされたからだ。

 ――というのも、サポート宇宙人。トラベ星での、「延命治療」は原因となるモノの治療と延命がセットだからだった。


 願いが叶えられた後。命数がどれくらい増えたかは、さすがに秘密だったが、最低でも余命宣告以上には生きられるだろうと「曖昧」に告げられた。

 もし、「病の治療」だけを頼んでも、結果としてアイナは、長く生きられた。それは、アイナの病は、本来長く生きられるのに、それを邪魔されて生きられない。というものだったからだ。

 ――仮に、アイナが八十歳まで生きられたとする。本来なら八十歳まで生きられるのに、遺伝子の勘違いで二十歳のところでストップがかかり、それ以上は生きられないと判断されていた。――ということだ。

 例えるなら、八十センチの長さのホースに水を流して、そこまで水を送ろうとしてたのに、二十センチのところで誰かに踏まれて、水がそれ以上送れなくなる。といった感じだ。つまり、その誰か(病。勘違いしている遺伝子情報)をどかせば、八十センチまで水は送られるということだ――。


 想像以上の恩恵を受け、アイナは素直に喜んだが、トラベ星の平均寿命は百五十歳。最高だと三百歳まで生きられる。

 アイナの命数が果たして、どれだけ増えたのかは、この異空間で治療を施したものにしか分からない……。



 ――ラスボスに向かって、サポートアビリティを発動している者達の威力は、リンのサポートアビリティ「完全なる鼓舞」で上昇していた。

 無防備になるリンをサキは、しっかりと護衛していた。


 約三百人の部隊は、左側面を攻撃していた。――それぞれの攻撃が始まり、ノゾムが息を止めてから一分。ノゾムは、盾と剣を鳴らして合図した。

 それに気付いた人々は、ラスボスから距離を取った。オボロも一分経ったので、そのままの流れで外に出た。限界まで使用したレツは、すでに外に出ていた。

 シュウは、使い切るつもりだったので、その場で発動し続けた。アイナも攻撃は続けていた。ラスボスは、触手を飛ばすのをやめていた。


 ノゾムは、息を吸って呼吸を整えた。アイナとシュウが、まだ攻撃しているのを見ると七秒後、すぐに発動した。……大きく吸えて、範囲が広く出来たのは良いが、整え方が甘かったので一分は持たないと予想した。

 実際、その通りで四十五秒くらいしか持たなかった。この間に、使い果たしたシュウは外へ出た。

 ノゾムは、リンのサポートアビリティがまだあるので、三回目の発動をした。今度は、クールタイム以上の時間を取り、呼吸を整えたので、一分以上の発動ができた。


「(……そろそろ、リンのが終わるころか。……頑張ってくれてるけど。数秒でもヤバイかもな――)」


 サポートアビリティが終わると、リンは外に出た。一時間は使用できないからだった。そして、ノゾムが呼吸を整えている間。――予想は当たってしまった。三百人の内の一人が尻尾で攻撃をまともに喰らったからだった。

 急所は避けたようだが、それでも致命傷を負った……。


 サキは、サポートアビリティ「癒やしの矢雨(やさめ)」で、攻撃を喰らった人達を癒やした。たったの一撃で、致命傷を負った人は回復後、外へ逃げ出した。

 それを目の当たりにした人達も、外へ逃げるためにノゾムのいる「玄関」付近に走ってきた。――そのフォローのために、ノゾムはサポートアビリティを発動させた。

 ノゾムのサポートアビリティ「絶対的な攻撃無効フィールド」が切れる前に、残ったのは、サキとアイナとノゾムだけとなった。

「(やはり、千人は欲しかったか……。まあ、みんなのおかげで、やられた人がいなくて良かった――。今度からは、入ってくれないかもな……)」



 ――アイナは、攻撃しながらも首を傾(かし)げていた。ラスボスに少なくとも七回はサポートアビリティを当てている。それなのに、敵が凍らない。正確には、一瞬だけ凍るのだが、すぐに復活してしまう――。

「(……なにこれ? 効いてないの、かしら? そんなの、聞いてない、わよ……)」

 試しに、連続で発動させてみた。しかし、一回のときよりは長く凍るものの、ラスボスは動き出してしまった……。

「(……不死身なの、かしら? いえ、それは、ないわね――)」



 これは、ミアシのラスボスだけが持つ特徴だった。「角皮」(かくひ)が、他のミアシとは違い、特殊な皮で形成されていたからだった。

 体全体が、その特殊な皮で覆われているため、過酷な環境にもラスボスは耐えられる。もちろん、一定期間までだが、七日から十日は高温や極低温の地でも生きていける。

 ラスボス――。ビジタの王は、十数年に一度、数個の卵を産む。生命を生み出す、唯一の存在。それゆえの特徴だった。

 能力を引き継ぐのは、常に一体のみ。自身の死期が近いと判断したときや、死ぬ瞬間に産む卵が次期王として成長する。その速度は、わずか一時間。他のミアシが一日で成長するのと比べるとかなりの早さだ。


 この戦争フィールドでは、やられても卵は産まない。ラトニに管理されているわけでは無く。単純に、クローン体にそこまでの機能がついていないだけだった。

 王は、唯一無二ということだろう……。


 アイナのサポートアビリティ「絶対零度近くまで冷やし、沈黙」が効かないのは、体の表面が、一種の「乾眠」(かんみん)に似た作用をしているからだ。

 厳密には、乾眠とは違うのだが、角皮……。いわゆる、「キューティクル」が特殊で、そういう作用をして保護しているということだ。


 ――ただ、ノゾムのサポートアビリティみたいに完全に無効にしているわけではなく。ある程度のダメージは受けている。

 例えるなら、これは高温や極低温に耐えられる「鎧(よろい)」を身につけている。と、いうことだからだ。……それでも、鎧の性能は高く。普段の一割もダメージは与えられなかった。サポートアビリティを使用するより、アイナが通常攻撃を数回、たたき込んだ方がマシな程度にしか、なっていなかった――。



「(あまり、効かないのなら……。これ以上、使うのは無駄、ね……)」

 十二回ほど使った後で、そのように判断するとアイナは通常攻撃に切り換えた。それを見ていたノゾムは、アイナのサポートアビリティが有効で無いことを察した。

「(理由は分からないけど――。どうやら、あまり効いてないみたいだな。……ラスボスは、『だて』じゃないってやつか……)」

 それから盾と剣を合わせて音を出すと、ノゾムは息をした。


「っはぁ……。はあはあ――」

「ノゾム、大丈夫?」

「ま、まあな……。(ほぼ連続でやるのは、なかなか、くるな……)サキ――」

「なに?」

「俺も前線に行く。――いつでも、外へ退避できるようにな」

「ええ、分かってるわ」


 ノゾムは、ラスボスのところへ向かっていった――。アイナは、空中に飛び跳ねながら、尻尾の付け根を集中的に攻撃していた。

 ラスボスの正面に来ると、ノゾムは改めて、その迫力を感じた。

「(さすがにデカいな……。プレッシャーもある。――でも、そんなの関係ない!)行くぞ!」

 ラスボスは、後方のアイナを尻尾で攻撃し、前方のノゾムを触手で攻撃した。触手は飛ばさずに、数本を束ねて、腕のような形にしていた。尻尾よりは遅いが、その分、威力があった。

 ノゾムは、攻撃をジャスガで返した。ラスボスの動きが、一瞬だけ止まった。しかし、すぐに右、左と触手の拳でパンチを繰り出した。

 一発だけ、防御にしかならなかったが、あとはジャスガやクリジャスとなって敵側に返した。ラスボスは二本の腕をやめて、触手を集めて一本の巨大な腕のようにした。

 顔の口の辺りが、小さく白くなった。それは、「これならどうだ」と言わんばかりに、「にやり」と笑っているようにも見えた。

 大きく振りかぶって出されたパンチは、太い丸太が飛んできたようでもあった。だが、大きくした分スピードが落ちる。

 ノゾムは、その飛んできた「丸太」をクリジャスで狙って、尻尾の付け根にダメージを送った。この威力で返せば結構なダメージが与えられると思ったとき、ラスボスは、触手で作った、巨大な腕の根元を切り離した――。

「な?」


 巨大な腕は、初期拠点の後方の壁に、物凄い速さで飛んでいき、ぶつかって砕け散った。拠点は「中立状態」のときは一切、傷つかない。それは、制圧ポイントにあるボタンなども同様なので、砕け散ったのは触手のみということになる。


 ラスボスが、白い口を見せて笑ったのは、巨大な腕を作って誇らしげにしたからでは無く。最初から、これを狙っていたようだ。

 触手を大多数、失ったので、自身にも被害があったのだが、ノゾムに、「その攻撃は、効かない」と見せつけるには充分だった。

 ラスボスも、実はギリギリのタイミングで成功したので、次は出来ないと考えていた。しかし、たった一回のハッタリではあったが、驚くノゾムを見て、精神的に優位に立てたと満足した。

「(……そんなことも出来るのか? この結果を想像して笑ってたのか? ……なかなか、やるな――)」

 ラスボスは、ケタケタと笑うように、白い口を何度か見せていたが、しばらくすると、ぴたりとやめた。


「(……じゃあ、普通にジャスガとかで、全体にダメージを与えるか――。いや、もっと集中して、切り離す前とかに送ればいいか……)」

 へこませたと思った相手の目が、死んでいないと判断したラスボスは、ノゾムのことを厄介な相手だと認識した。


 ――ノゾムの攻撃の合間を縫って、アイナやサキは攻撃をしていた。サキの援護射撃を受けて、尻尾の攻撃が減ると、アイナは思い切った攻撃が出せるようになった。

 空中に高く飛び、槍を振る勢いで自身を回転させ落下すると、尻尾の付け根を打点として槍を振り下ろした。

 さすがに痛かったのか、ラスボスはアイナの方を向いた。そこへ透かさずノゾムが斬りかかると、ラスボスは慌てて振り返り、触手で剣を弾くようにした。

 しかし、剣はフェイントなので、盾によるクリジャスをまともに喰らう羽目になった。付け根へと送られたダメージは、アイナの攻撃と相まって、ラスボスを苦しめた。


 三人の、息の合ったコンビネーションに、ラスボスはダメージと共に怒りを少しずつ、蓄積させていた。

 そして、数分後――。拠点に入ってきたオボロからの「荒れ狂う暴風」を喰らったときに、その怒りは爆発した……。ラスボスの咆哮が、初期拠点の内部に響き渡る。オボロは、この咆哮が苦手なのだが我慢して続けた。

 ノゾムは、フォローのためにサポートアビリティを少し離れた場所で発動させていたのだが、これが切れたときに、ラスボスの反撃が来るのは間違いないと予想した。


 咆哮が気になったせいか、一分も持たずに、オボロはサポートアビリティを終了させた。苦手な人にとっては、ある意味、音による攻撃にもなり得る。

 結局、三十秒ほどで悔しそうに外へ出て行った――。


 怒りの咆哮は、まだ続いていた。さすがに、攻撃が無効になっていることを理解しているはずなのだが、尻尾をムチのようにして、繰り返しノゾムを攻撃していた。

「(く……。やばいな……)」

 アイナやサキは、尻尾の付け根を集中的に攻撃したが、二人には見向きもしなかった。そろそろ息が持たないノゾムだったが、合図が送れない……。このままだと、息を吸う瞬間にかなりのダメージを喰らう可能性がある――。

「(どうする? 致命傷だけは避け――。……げ、限界……)……っはあ――」

 ノゾムは、息をしたのと同時に防御態勢をしっかりと取った。盾を前面に出して、頭と心臓をガードした。

 その直後――。


 鈍い音がした……。耳に残るような嫌な音が、ノゾムの脳を揺さぶった。

「……う、嘘だ、ろ?」

 ノゾムは防御態勢を崩して、膝を突いた……。


 嫌な音は、「二回」聞こえた。一つは自分の後ろの方。もう一つは自分の前の方だった。ノゾムは、ラスボスの後方――。自分から見て前方を見て呟いていた。

「ア、アイナ……」

 後方の壁際で、アイナが倒れていた。そして、後ろを振り向くと、玄関付近でサキが倒れていた。

「サ……、サキ――」

 アイナは、尻尾での不意打ちを喰らい、壁に叩(たた)きつけられて全身を強打。サキは、長い棒状にした触手を飛ばされて腹部にダメージを喰らっていた。

 ノゾムを含めた三人とも、サポートアビリティの切れたノゾムに攻撃が来ると思っていたので不意を突かれる形となった。

 その際、二人はサポートアビリティを使用してフォローするつもりだったのだが、敵の方が早く、間に合わなかった……。


 ラスボスは「にやつく」ように、白い口を見せていた。最初は確かに、怒りに任せた攻撃だったのだが、途中からそう思わせて虚を突くことを思いつき、成功したからだった。


 ――サキに動きがあったので、ノゾムはサポートアビリティを発動させて近寄った。


「……ノゾム。ごめんなさい。……上手く力が、入らないわ。回復出来るのに、出来ないって、最低ね。……致命傷は、避けたけど……。今日は、もう――」

 ノゾムは首を振り、うなずきで答えた。サキは体の向きを変えると、玄関に触れて外へ出た。――外に出た後は、A拠点に数人で運ばれた。ライフゲージはギリギリだったが死には至らなかった。

 手に力が入れば、サポートアビリティを使用するつもりだったのだが、無理そうだったので拠点に運んで貰った。



 サキが拠点から出た後。ノゾムは再び、サポートアビリティを使用して、アイナに近寄った。近寄ると、呼吸を整えて、もう一度発動した。

「――ん、ん」

 アイナに動きがあった。

「……ノ、ノゾム。無事、ね。……良かった、わ。――手強(てごわ)い。……相手、ね」

 ノゾムは、じっとアイナの目を見た。

「……悪い、けど……。ここまで、よ……。また、明日ね。ノゾ、ム……」

 そう言って、ニコリと微笑むとアイナは消滅した――。



 ノゾムは、激しく床を叩くと、サポートアビリティを解除した。ラスボスは、笑うように白い口を見せていた。ノゾムはゆっくりと立ち上がり、少しずつ近づいた。

「もしかして、笑ってるのか? それ?」



「……ダト、シタラ?」



「! そうか……。少し、話せるんだっけか。なんで、今まで話さなかったんだ?」

「ヒツヨウ、ガ……、ナカッタ、カラ、ダ」

「なぜ? 拳で語るタイプってことか?」

「ザコ、ドモニ、ハナス、クチヲ、モチアワセテ、ハ、イナイ。ダガ、オマエハ、チガウ」

「……なにが?」

「ナカナカ、ノ、センシ、ト、ミタ、カラ、ダ」

「そんなことは、ないけどな」

「イヤ、ナカマ、ガ、ヤラレテモ、スグニ、レイセイ、ニナル、トコロ、トカ。ナカナカ、ノ、モノダ」

「冷静? いや、それは違うな。――チキウ側の消滅を見たのは、別に初めてじゃない。翌日に、本当に復活してきたのは驚いた。でもな――。『またな』と言って戻ってこなかった人もいる……。皆、死を覚悟して来ている……。戦争だからな。だからといって冷静でいられるわけがない! 死ぬんだよ、戦争をすれば! ……だから、終わらせる」

「――カツ、ツモリ、カ?」



「……だと、したら?」



「! キエ、ロ」

「あんたがな!」


 ノゾムは、盾を持つ手に力を込めていたのだが、さらに強く握りしめた――。ラスボスは、触手の腕を作り攻撃してきた。――だが、それはカムフラージュで本命は、背後からの尻尾攻撃だった。

 それに気付いたノゾムは、触手の攻撃をジャスガで巧く返し、その反動で自身を飛ばして回避した。――その時、ただ回避するだけでなく。壁際に自分を飛ばすくらいの勢いで返した。

 物凄い早さで壁にぶつかる瞬間――。ノゾムは壁に向かってジャスガをし、今度は、敵側に向かって突進した。

 ラスボスは、回避するとさらに威力が増す。と瞬時に考え、ガードした。「攻撃する」という選択肢は、浮かばなかった。

 それは、勢いに乗った状態で返されたら相当なダメージが来ると無意識に判断したからだった。そう直感したのは、ノゾムが剣ではなく。盾で突進してきたからだった。


 ラスボスは、ガードして正解と思った。壁を利用して二倍、三倍と威力が増していったら大変なことになると、受けたダメージから推測した。


 ――ノゾムが、この技を使ったのは二つの意味がある。それは、単純に攻撃でダメージを与える意味。そして、もうひとつは相手の攻撃を誘う意味だった。

 ジャスガは、基本的に当たった瞬間や攻撃を受けてからの発動になる。つまり、相手が、なにもしてこなければ、有効なダメージが与えられない……。止まっている敵や、壁などに出しても、回避や距離を取るための移動手段にしかならず、ダメージは、ほぼない。

 そこで、「こういう攻撃も出来る」と相手に見せつけることで、停滞させずに、攻撃を常に誘うことにしたのだった。

 ――その思惑は、上手く作用して、「攻撃をしなければ、相手は、大したことが出来ないのではないか?」という考えをラスボスに捨てさせることに成功した。



 ――それから、数分間の激しい攻防が続いた。ノゾムは、この間、かなりの集中を見せていた。ラスボスからの攻撃を全てクリジャスで返すと、尻尾の付け根を確実に狙って、ダメージを与えた。

 ラスボスは、ダメージを分散させようとしたが、間に合わず、ほとんど喰らっていた。ノゾムは、ダメージはそれほどないが、疲労の色が見えていた。……だが、それはラスボスも同じだった。

 弱点を的確に狙われ、すでに半分以上の体力を削られており、気が付けば息が上がっていた。それでも攻撃はやめなかった――。



「うおおお」

 ノゾムは、気迫をこめて迫った。一瞬、気圧(けお)されたラスボスは来るなと言わんばかりに攻撃を繰り出した――。

 しかし、攻撃は返され、また一つクリジャスが決まった。

「……グ、オオオ」

 弱点に、まともにダメージを喰らうと、初めてふらついた。気絶寸前にまで追い込まれたラスボスは一旦、攻撃をやめた。……正確には、ふらついてると思わせて、準備をしていた。

「(ふらついた? よし、今だ!)」

 ノゾムは、少し離れて飛び上がり地面に落下した。ぶつかる瞬間、床に向かってジャスガを巧く決めると壁際に飛んだ。そして、壁にジャスガをすると、ラスボスに猛スピードで突進した。


 ――その間。ラスボスの大きな卵の形をした黒い顔。その口の辺りは白くなっていた。まるで、その攻撃を待っていたと言わんばかりだった。


 ジャスガの反動を生かして、飛んでいる道中――。ノゾムは、ラスボスの姿を見て驚いていた。

 ラスボスは後ろ足で立ち、前足での攻撃態勢を取っていたからだった……。ノゾムは、ヤバイと直感した――。おそらく。「奥の手」最大の攻撃力と瞬時に判断した。

 しかし、猛スピードなので、避けられない。――ノゾムは、初めて死を覚悟した。ラスボスの前足が容赦なく当たる……。



「(終わった……)」

 ノゾムは、当たった瞬間。目を閉じて、そう思った――。



「(……あれ? なんだ?)」

 なにか、違和感を覚えて目を開けた。見ると、ラスボスの足が盾に当たったところで止まっていた。

「(え? ……止まって、いるのか? いや、わずかだけど。動いているな……)」

 ノゾムは、一瞬考えた――。

「(――あ! もしかして、これが『フリーズ』か? ……うん。――っていうか、そうだろうな。……なるほど、止まっているかのようだな。確かに。……これなら、ダメージを集中させて、超ピンポイントで弱点に送れる――)」



 ――ノゾムの予想通り、ラスボスの前足での攻撃は「奥の手」だった。後ろ足で立ち、前足を自身の胴体にぐっと引き寄せて、一気に解き放つ蹴りは、最大の攻撃力だった。

 しかし、その最大の攻撃が盾に当たったとき、ラスボスは一瞬「しまった」と思った。それは、「返し」が来ると思ったからだった。――だが、その衝撃は来なかったので、防御したと判断した。

 ラスボスは、ただの防御なら、充分に倒せると、地上に落ちたノゾムを見て安心した。


 その瞬間――。感じたことのない痛みが、尻尾の付け根に走った。

「グ? オオオ……」

 やがて、その痛みは全身へと周りラスボスは虫の息となった。――地上に落ちて、倒したと思ったノゾムが起き上がると、理由は分からないが、やられたと判断した。

「……マ、ケタ、カ」

 そう呟くと、笑うように白い口を見せて消滅した。



「勝った……、のか?」

 消滅の瞬間、笑ったように見えた敵を思い出すと、もしかして復活するのではないかと、一瞬考えてしまった。

「はは……。そんなわけないか――」

 そのように独りごちると、脳内に声が響いた。



「『ノゾム・タカミ』ビジタのボスの撃破と同時に、全滅をさせた者に告ぐ――」

「(……トラル、ではないな。管理者……。ラトニか?)――はい」

「七日以内に、『勝利宣言』をして、この戦争フィールドでの戦いが終了したことを皆に報せよ――」

「はい。……えっと、どうやれば?」

「ホログラムモニターの新たな項目。『勝利宣言』を押すと、この空間内に、そのことが放送される。……それ以降は、我らラトニに任せよ――」

「(やっぱり、ラトニだった)はい。承知しました。……七日過ぎたら、どうなります?」

「その場合は、自動で宣言される。心配は不要――」

「了解しました」

「では、さらばだ――」



「(ふう、驚いた。――そういえば、その辺のことは詳しく知らなかったものな……)」

 ノゾムは制圧ポイントに近寄った。

「……駄目押し、しておくか」

 そう呟くと、制圧を完了させるボタンを押し続けた。チキウ側の勝利は決まっているのだが、どうせなら完全勝利にしようと考えた。

 制圧ポイントのボタンを押している間、自分のサポートアビリティを見ると、空欄のところは「デスジャストガード」となっていた。

 それを見たノゾムは、やはり、そうだったかと一人うなずいていた。



  ――チキウ側が拠点の制圧を完了させました



「よし、勝利宣言を……」



「『ノゾム・タカミ』この戦争フィールドの最後の拠点を制圧した者に告ぐ――」

「(あ、そうか――。確定してなくても、全部制圧した時点で勝利だったっけ……)はい」

「七日以内に、『勝利宣言』をして、この戦争フィールドでの戦いが終了したことを皆に報せよ――」

「はい。……なんか、すみません」

「……問題無い。……では、さらばだ――」



 再び話しかけられたラトニに、ノゾムは心から謝った――。

「……さて、勝利――。いや……。今は、やめておこう……」

 ノゾムは、ホログラムモニターを閉じた。それと同時くらいに、自陣のものになった拠点に皆が入ってきた。

 ノゾムが勝利したこと。チキウ側が勝利したことを皆が一斉に喜んだ――。ノゾムも笑顔を見せたが、心からは笑っていなかった。



 ――翌日。A拠点に、ノゾムやサポートアビリティの面々は来ていた。

「お? ちょうど、二人来た――」

「……あら? なぜ、かしら――?」

「みんな? どうしたの?」

 アイナとサキが、不思議そうに五人を見つめた。ノゾムは、二人に戦いが終わったことを教えた。


「――え? 終わったの?」

「……そう、だったの、ね」

「ああ。――あとは、この『勝利宣言』を押せば、俺達の戦いは本当に終わる」

「へー。そうなの? ……素朴な疑問なんだけど。――なぜ、押さなかったの?」

「……不思議、ね?」

「二人を待っていたんだ」

「え?」

「ノゾム……」

「――二人が回復してからにしようと思ったんだ。……それにほら、この『勝利宣言』の項目、デカいだろ? みんなで押そうと思ってさ――」

「そうだったの……」

「……なるほど、ね」

「さあ、やろう――」



 ノゾムがホログラムモニターを差し出すと、七人は一斉に「勝利宣言」の項目を押した。すると最終確認のため、宣言を確定させるかどうかを問われた。

 みんなは、ノゾムを見た。


「――よし、これで戦争終了だ!」


 ノゾムは、勝利宣言を確定させた――。



 戦争フィールド全体に、戦争は、チキウ側の勝利で終了したことがアナウンスされた。およそ三分。その放送は続いた。

 予定された期限の「三年」を待たずして、約三ヶ月以上の戦いで、この戦争は終わった――。



 戦争フィールドから、自分達の住む地上世界へ人々が戻ると、その異空間はラトニの手によって消滅した。ラトニは異空間を自在に創る事が出来たため、一つの異空間に固執する必要が無かったからだ。


 戦争に敗れたビジタは、宣言通り「しばらく再戦はしない」と誓ってチキウを諦めた。ノゾムは、その「しばらく」が気になっていた。

 そこで、地上に戻る前に「特別褒賞」の願いを「一つ」した。それは、異空間で居住可能なフィールドを創り、「ビジタが生活出来るようにして欲しい」というものだった。

 トラベも異空間を創る技術がある。ただし、それはラトニに到底及ばない。特別褒賞はラトニも多少絡むので、相談すると、ラトニから条件が出された。

 それは、一定期間のみの仮宿(かりやど)としての利用だった。新たな星の変わりとしては駄目だが、三百年ほどなら、居住を許可しても良いというものだった。

 ――ビジタが、その話に乗れば、それでも良いということを受けて、ノゾムは、司令室で最高司令官とラトニとトラルとビジタの王とで話し合いをした。トラルは、ボイスオンリーでの参加だった。

 その提案を聞いて、ビジタは白い口を見せた。そこから発せられた言葉は、深い感謝の言葉だった。「アリガ、タイ」そう一言、伝えると、深々と頭を下げた。

 そうして、「しばらく再戦しない」は、「もう、チキウとは再戦しない」に変わった。これは、正式な宣言として取り扱われた――。



 ――戦争を終えて、異空間から、それぞれの人がそれぞれの帰る場所へと戻った。ベア総理の「戦争は終結しました」という全世界放送を受けて、世界は戦争終了という言葉であふれていた。

 ニポンの消費税も通常に戻り、三十パーセントになった。税金を上げられていた嗜好品の酒も下がった。しかし、タバコは下がらなかった。

 それは、吸う人が減り、食堂や公共施設での喫煙が減って快適だという声が高まったからだった。近日、喫煙者の不満を緩和するために少し下げるが、全ての食堂や公共施設での喫煙を一切禁止することを発表した。



 海外での変化も出てきていた。――飛行機や船などの交通機関は、密かにニポンに来る人を規制していたのだが、それを解除したためだ。

 規制していた主な理由は、混乱に乗じて危険な人物や危険な組織が入ってこないように、するためだった。

 ノゾムの両親が戻れなかったのは、最初はただの混乱だったが、数時間後にそのように規制されていたからだった。

 ニポン人なのに、戻らせて貰えなかったのは、ニポン人なら入国出来るということを逆手に取られるのを防ぐためだった。……例えば、人に害のある遅効性のウイルスなどを宿らせて、それをばらまかせたり、小型爆弾を体内に埋め込んだりといった。――いわゆる「人間爆弾」を防ぐ目的でもあった。

 未遂に終わったが、実際に拉致されそうになった人もいる。「結局、恐ろしいのは人間だ」と、その人は極秘インタビューに答えたという……。



 ネットの世界でも変化は起きていた。戦争終結が信じられない者や、そもそも戦争を信じていなかった者……。そういった声は、少なかったのだが、「終結した」と発表があると、その声は加速した。


「戦争終結。早かったな。みんな踊らされすぎだろw」

「政府は国民をだましてたの? 許さない、絶対に許さない、絶対にだ!」

「現実と虚構の区別がつかなくなったニポン。糸冬」

「まてよ、そいつらを選んだのは他でもない、おれたちだろ?」

「なに言ってんだ? 組織票に決まってるだろうが、これだからキッズは……」

「サーセンwww」

「おまいら、細菌おとなしいと思ったら、また祭りしてやがるのか――」

「細菌→最近だろ? さwいwきwんw」

「おい、ちょっと屋上いこうか、おまいら。――ふざけすぎだ」

「本当にやってたのかよ? ――ていうか、今度戦争になったら上の人間が行けよ。俺は行かねえからな!」

「オマエに赤紙が行かないことを祈るよw」

「ちょw古代人発見w」

「pmymco4mfmyoqmem!o」

「意味不明だわ~。キレないで、くださいよw」

「フヒヒ、サーセンwww」

「あー、平和だな。今日もw」



 ――世界は、思ったよりも自分勝手だった。命がけで人類を救った人々のことを本気で思った人は何人いたのだろう……。もちろん、一部の人々の言葉なので、これが全てというわけではない。本心から喜んでくれている人もいれば、涙を流してくれた人もいる。


 異空間という特殊な場所でなければ、世界は一丸となれたのだろうか……。それは誰にも分からない。

 チキウに住む人々が、本当に平和を愛して行動する日は訪れるのか……。それは誰にも分からない。

 ――ただ、救いなのは、深い闇がある一方で、前向きに生きようとしている人の方が、圧倒的に多いということだ。


 今日も、誰かが笑顔を見せて――。今日も、誰かが愛を囁く――。世界には、暖かな日差しのような時間や人が確かに存在する。

 新たに生まれる、未来の希望を祝福する人達が、確かに存在する。


 それらの光のような存在がある限り、人類は、きっと輝き続けるのだろう――。



 ――ラトニの用意した異空間での戦争を終えて「戦争フィールド」から、約三ヶ月ぶりに戻ってきたノゾムは、部屋に置いてあったケータイを机の上の充電器スタンドから外すと手に取った。

「うわ……。メールとか電話とか、すごいことになってるな……。父さんと母さんの二人だけからだけど――」

 そのように呟いたときに、電話が来た。

「うお! 焦った――。母さんからか……。久しぶりだな……。っていうかタイミング良すぎだな。実は監視カメラとかついてたりして? そんなわけないか――」

 ノゾムは通話ボタンを押した。


「あ! 繋がった? ――ノゾム?」

「うん。久しぶり――」

「良かったわ……。無事で……」

「母さん……」

 母親のミユナは、声にならなかったらしく。しばらくすると、「スピーカーモード」にして父親のカケルに替わった。

「ノゾム……。本当に無事で――」

「父さん――」

 カケルも、しばらく声を詰まらせていたが、少しずつ話し出した。

「……ケガとか、無かったのか?」

「うん。まあね。――ケガはないよ」

「そうか。……それは、なによりだ」

「心配かけたね――」

「いいんだ。無事ならそれで――」

「そうよ、それにつきるわ――」

「父さん、母さん……。ありがとう……」

 二人の思いが電話越しに伝わってきたため、ノゾムもぐっときた。

「……そういえばさ。こっちに戻って来ているものだと思ってたんだけど――」

「あ、ああ――。どういうわけか知らないが、帰国は許可されなかったんだ」

「ひどい話よね? 自分の国に帰ったら駄目なんて……。でも、総理の放送が流れてからは許可が通るようになったの」

「そうなんだ」

「――というわけで、今は空港にいるんだ」

「そうなのよ。……明日の昼くらいには、帰れると思うわ」

「そっか」

「予定通り。勝利の酒を三人で飲もうな。ノゾム」

「いいえ。そんな暇は与えませんよ? もう頭の中ではメニューが決まってますから」

「えー、良いじゃないか。食べながら飲めば」

「お酒の分、料理が入らないから駄目です。……ていうか禁酒中でしょ?」

「ははは――」

「ノゾムも笑ってないで、なんとか言ってくれ」

「えっと……。それじゃ、遠慮なく。――三人で酒を飲むって話なんだけどさ」

「ん? ん……」

「無しの方向で――」

「嘘だろ?」

「ほら、見なさい。料理をいっぱい食べたいのよ。ね、ノゾム?」

「あ、いや。正確に言うとさ……。三人じゃなくて……。その、増えてもいいかな?」


「ん?」

「え?」


「えっと、つまり。紹介したい人がいるんだ――」


 ――ノゾムは、隣を見た。


 両親との会話中。ノゾムの左手を右手で握っていた一メートル四十五センチの人物は、見つめられて照れたのか、左手で持った扇子で顔を隠した。



 その扇子からは、微かな重低音が聞こえていた――。

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