第5話 苦悶

「…………」


この世界は平和だ。


草原は爽やかな風で波打つ緑の海となり、僕はその上で大の字で寝ていた。


僕が知っていたあの無機質な世界と同じように、ここでもゆったりと雲は流れていく。


……どうか「何を言っているんだこいつは」などと思わないでほしい。


こうでもしないと、きっと僕はこのありえないことの連続による疲労で心が壊れてしまう。


――…ん?いや……


「…別に壊れてもいいか」


思えば僕自身、既にこの十七年の人生に未練などないのだ。壊れるなら壊れるのもありだろう。


「よっと……」


吹っ切れてしまうと途端に頭は明晰になり、立ち上がった僕は先ほどとは違う、何処かはっきりとした視界で改めて風景を見渡した。


やはりこんな場所に見覚えはない。


だが流石にずっとこの訳のわからない草原が続くわけもあるまい。


「…歩いてみるか?いや、何もなかったらどうするんだ」


一瞬僕は悩んだが、すぐに答えは出た。


「…その時はその時さ」


ぶっきらぼうにそう呟くと、僕は宛もなく足を進め始めた。


 ………♤……♡……♧……♢………


「…で、何これ」


唐突だが歩いてから数時間経ったと思ってほしい。


あれから宛もなく歩いていた僕は、自分でも気付かないうちにリスに囲まれていた。


リスと言ってもここまで非現実な中でリアルなリスが出てくるわけもなく、見た目こそシマリスなそのリスは、なんと僕の膝ほどの大きさがあった。


少し毛色は赤毛に近いが随分とかわいらしく、動物たちを擬人化させた有名な某児童書に登場してきそうだ。


しかし児童書では動物たちは随分平和な日々を送っていた記憶があるのだが……


「まぁ明らかな敵意だよなこれは」


僕を囲うリスたちは「ググググ…」というアヒルにも似た鳴き声を放ちながら、尾を揺らし、毛を逆立て、ファインティングポーズをとっている。


大きくなっただけで可愛さは変わらない筈なのに、敵と思われているというのはなかなか悲しいものだ。


…言うほど悲しくは思っていないが。


「縄張りにでも入っちゃった感じ?」


ゲームとかでもお決まりだし、恐らくそういったところだろう。


そしてこういう場合、大体は戦闘となるのだが……


「これを使え…と?」


言いながら取り出した黒い銃を、僕は再び目の前に持ってきた。


ゲームセンターで扱ったものとは――まぁ当然だが――重さも精巧さも違う。


というかゲームセンターのほうが偽物だからこんな表現もおかしいか。


「いやまずこれ本物なの?」


考えてみるとまだ発砲をしたことがなかった。


あの時は実弾らしきものを確認しただけだったし、その実弾もだいぶ変わった物であるのはあの虹色の光沢で判る。


――あの時何故試し撃ちをしなかったんだ!!あああああもう!!!


そう頭の中で数時間前の僕に向かって毒づく間にも、リスはジリジリと僕に向かってくる。


――大体可愛すぎるんだよお前ら…


半ば八つ当たり気味にリス達を睨みつけながら、僕はとりあえず一番寄ってきている一匹に狙いを定めた。


虫は躊躇も慈悲もなく殺せるタイプの人間だが、ここまで大きい生き物はゲームでしか殺したことがない。


「でもまぁ、ガンゲーの要領でやりゃいいんでしょ?」


そう言って軽く引き金を引いた。……つもりだった。


――重っ?!!


そう、想像以上に引き金が重い。


そして勢いを奪われた僕は、初めて引き金を引くことに戸惑いを覚えた。


――いや、そんなものを覚える以前に、頭から血の気が引く感覚を覚えた。


――嘘だろう…


絶望した刹那、目の前で白い光が走り去っていった。

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僕らの空想郷 六香 @orange

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