第16話 ポチ子の昇格


 意外な場面でポチ子の成長を感じたムクロではあるが、対峙しているモンスターを見て呟いた。


「ゴブリンか?」

「はイ。間違いなク、ゴブリンでス」


 そう、ムクロの目の前にいるのは、緑色の肌をした胸の高さくらいの人型のモンスターであった。

 おでこの辺りから5cmくらいの長さで1本の角が生えている。顔には、上顎からではなく、下顎から天に向かうように2本の牙が出ている。

 体型は日本妖怪"餓鬼ガキ"のようにお腹が出てはいないが、出ベソなのかおへその辺りが浮き出ている。お腹が割れていて、意外にも筋肉質な体をしている。


「助けないのですカ?」


 フロウェルはそう問いかけるが、ムクロは助けが必要には思えなかった。ゴブリンのステータスは分からないが、ポチ子が負けているとは思えない大きな理由がある。生まれて数日で、野生のイノシシを狩るくらいは行っているのだ。(主に食欲に負けて)

 それに、ウェルデから教わっている範囲では、コボルトとゴブリンはくらいの強さである。ムクロが安心して見ている理由が、『野生のイノシシが、ゴブリン少し強いこと』であり、1人だけで倒しているからだ。


「フロウェルは知らないだろうが、ポチ子は弱くないぞ?」

「そんなことを言われてモ、信じられませン」

「(ま~、普段のポチ子を見ているだけじゃ、納得は出来ないか……)」


 ムクロは頭を掻きながらフロウェルを見る。彼に眼球があったら、明後日の方向に流れているだろう。

 ポチ子がムクロにじゃれつくご飯を求める姿しか見ていない彼女が、そう判断してしまうのは理解できる。ポチ子が狩りを行うのは、日が昇る前の早朝である。そして、今日に限って言うと、フロウェルの護衛として残していたし、彼女自身が目覚めたのは周囲が明るくなって(正確には、食事が出来て)からだ。

 そういった事情が重なり、先ほどのフロウェルの言葉に繋がったわけである。

 実際、体の大きさはフロウェルより頭1つ分低いポチ子だが、彼女より強いのは確実である。ムクロはフロウェルから""を感じとることはないからだ。

 リバーサイデリアに来てから、ムクロも少なからず戦っているので、相手が強いか弱いかはで感じとることが出きる。

 もし現状、彼女が演技をしていたとしたらである。このが男が能天気なのは生前からだが、それでも30年は生きてきた経験時間がある。そこから導き出した答えはこんなものだ。


『フロウェルに、人を騙すことは出来ないだろう。むしろ、騙されそうだ!』


 本人がこれを聞いたら、怒るだろうか? ほっぺたをプクゥっと膨らませて拗ねるかの、どちらかであろう。

 もしかしたら──似たような判断を、両親もしているのではないか? とすら思ってしまう。

 ただ相手がムクロである時点で、最悪のケース(騙されていた場合)を考えることなく「まあ、いいか……」で済まされてしまっている、ある種の不幸。


「きゅん! きゅん! きゅん!」


 掛け声(鳴き声?)と共に2回、3回と攻撃が繰り返されて行く。ムクロたちが最初に見たときは、3回に1回しか当たらなかった石は、見守っている最中に半々で当たるまでに上達していた。

 しかも投げた石の幾つかは、目や急所にクリティカルヒットしている。昔のクセで、ムクロは「おうぅっ!!」っと唸り、内股になった。しかし、ムクロには""は!!


「(ポチ子よ……。もう少し、なんだ。もう少しは、投げる場所を考えてくれ!!)」


 股間を両手で押さえて丸くなるゴブリンを見て、心の中でムクロは訴えた。

 そんな心の声がポチ子に届くことはなく、石を投げる速度は徐々に上がる。慣れが重なることにより、命中率もどんどん上がるし、連続してに当たるようにもなってきた。

 これは下手な拷問より、拷問である!!


「ゴ……ゴブっ…………」


 や、やめてくれ!!とばかりに伸ばされた片手に小石が当たり、軽く弾かれる。力なくペタンっと地面に着いた手を見て、ムクロは自然界の厳しい現実を見た気がした。

 当然、小説に出てくるように、ゴブリンは人族の女性にとっては"害悪"以外の何者でもない。当然、捕まれば死ぬまで、ゴブリンを産み続ける事になるからだ。


「きゅきゅ~~ん!!!!」


 ムクロがな感傷に浸っているとき、ポチ子は石を持ったまま右手を上げて、勝鬨かちどきを上げていた。

 そんな立ち姿をしたポチ子を、光が包み込んだ。そして、ムクロが以前聞いた声が聞こえてきた。


【経験値の獲得を確認しました。規定値に達しましたので、"格"が上昇します】


 その声を聞いたムクロは、自身の味わった痛みを思い出し、ポチ子の様子を見る。痛そうな様子はない。それよりも純白の体毛が、先程までよりも輝いているように見えたムクロである。

 しばらくの間、ポチ子の毛並みを見続けていたムクロは、思い出したかのようにステータスの確認に移った。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 ポチ子(配下)


 コボルト族


 メス


 0才(生後1ヶ月)


 職業:手を使い始めました:格1


 MP 55(+30)


 ちから 5(+1)+6➡11


 みのまもり 5(+1)+6➡11


 すばやさ 8(+2)+6➡14


 かしこさ 7(+2)+6➡13


 ボーナスポイントBP 9


 【固有能力ユニークスキル


 特殊個体


 食事は正義!!


 【能力スキル


 じゃれる LV6


 幸運  LV5


 投石 LV1


 大食らい LV8


 食欲神の加護 LVーー


 狩猟神の加護 LVーー


 スキルポイントSP 9


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 ステータスを見た瞬間、ムクロは目をこす──擦ろうとして、眼球が無いことを思い出した。それくらい、テンパっていたムクロである。

 実際問題、ユニークモンスターとウェルデに言われたムクロでさえ、【○○神の加護】という破格と思えるスキルは持っていない。

 もっとも、加護というスキルにはが無いので、これ以上強力にはならないようではあるが……。


「(それにしても、職業の『手を使い始めました』って、どっちが先なんだ?)」


 ムクロの疑問は正に、『鶏が先か、卵が先か』の話である。職業についての不必要なことを考えたとき、ムクロはある事実に気付いた。


「("手に物を持てる"と解釈しても、問題ないのかな?)」


 ムクロからしても、ポチ子が武器を装備出来るようになるのは願ったりである。現状、ポチ子のステータスは、しか発揮されていない!

 攻撃手段にしても、噛み付き、引っ掻くがメインであった。


「(でも……ポチ子に、護衛はムリかな~)」


 食欲魔犬であるポチ子に、「狩りをするな!」とは言えないし、それを言うなら食事を与え続けないといけないからだ。いくらポチ子のステータスが高くても、食事中はかなり無防備である。

 もっとも、ポチ子の食事をと、付け加えなくてはいけないが……。


「さっきの雄叫びを上げたとキ、ポチ子ちゃんの体が光らなかったですカ?」

「(ぽけっとしているくせに、そういったことは敏感なんだな)」


 ムクロの感想も酷いのだが、ポチ子が昇格した発光は刹那のモノであったのだが、結構眩しい輝きであったのは事実である。逆に、気付かないと思ったムクロの方が変だ。

 何処までが常識か分からないので、ムクロは「気のせいだろ?」と言って、しらを切った。純粋な性格のフロウェルは、簡単に騙された。


「(モンスターをテイムする人族がいるってのは聞いたけど、"昇格"や"進化"が常識なのか聞いてないな)」


 知らなくても困らない部分なので、フロウェルに問われるまで気にしていなかったのである。最新の情報を手に入れるなら、これから向かう先にある【冒険者ギルド】で聞いた方がだろうと勝手に納得するムクロであった。

 その考えは間違ってはいない。基本的に情報の重要性を理解しているのは、【冒険者ギルド】【商人ギルド】そして、【王公貴族】である。一般人には、そこまで重要視されていないのが事実である。精々が、"何処の店の品が安いか"ぐらいである。


「ポチ子~! 出発するぞ~!」


 倒したゴブリンは放置されたまま、ウサギらしいモノを食べていたポチ子は、ムクロの声で2人の存在に気付いたのか振り向いた。

 当然の事ながら、ポチ子の口の回りは獲物から出た血でベトベトである。純白の体毛に付いた血が、薄い赤色に光の加減で見える。

 口の回りを拭き、準備を整えたムクロたち3人は出発した。今日の目標は、村の見える位置まで近付くことにある。ムクロは可能なら、村の中で寝たいと思っている。


「(オレの今の姿からしたら、ベッドよりもの方が的にもピッタリかもしれんな)」


 自分の事ながら、自虐的とも言えるセリフである。確かに、絵面としてはであるのは間違いない。

 3人の歩みはフロウェルが加わったことにより、それほど早くはない。休憩も多く取らなくてはいけないので、非常にゆっくりとしている。

 500年近く生きるフロウェルと、昇格で延命されやすいポチ子、寿命どころか、"死ぬ"のかさえ不明なムクロ。この3人には、時間的な危機感はとも言える。


「村にハ、人力車はあるのでしょうカ?」

「無いだろうね。人力車じゃなく、ならあるだろうけど」

「荷馬車ですカ?」


 フロウェルの表情から見た感じだと、荷馬車を知らないようだ。この世界で王公貴族が好む移動手段は、"吊り籠"と呼ばれるモノである。これはよく時代劇で、役人とかが乗っている。その辺の事情に関して、世間知らずなのは、ムクロの方である。

 あと好まれるのは、人力車である。引く人員を持てるというのは、意外なことに、馬を移動に使うという考え方は、一般的とは言い難いモノであった。


「(しかし……何故、人力車なんだ??)」


 その辺の事実を知らないムクロには、フロウェルとの認識のギャップを感じている。リバーサイデリアで"馬"と呼ばれるのは、の異名で呼ばれる【ジェノサイトホース】しかいないからだ。

 こいつは動物ではなく、モンスター枠なので、自身より弱い者の言葉を聞くことはない。その上、こいつは格下には遠慮なく噛みつく為、手がつけられないのだ。もちろん、強い奴には簡単に頭を垂れる。

 モンスターとしての格は、ムクロの2楷位は上になるので大変強い。勝てるのは一人前の冒険者以上となる。


「もしかして……馬はいないのか?」

「『馬』ですカ? 私の知っている馬ハ、【ジェノサイトホース】だけでス」

「(殺戮馬……何だろう? 危険な香りしかしない──)」

「顔だけデ、ポチ子ちゃんくらいはあるそうでス」

「結構デカくないか?」

「そうですネ」


 フロウェルの反応は淡白であるが、ポチ子の身長は90cm近くある。そうなると、体高は3~4mはありそうだ。いや、それ以上に大きい可能性がある。

 元からほとんど変化のないムクロの表情だが、今回は眼孔が少し大きくなっている! かなり驚いているようだ!!


「……………………欲しいな、それ」

「はイ??」

「きゅきゅ、きゅ~ん」


 斜め方向にズレたムクロのセリフに唖然とするフロウェルと、やれやれと言わんばかりの仕種をするポチ子。2人の表情は違えど、心情は同じであるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アイル・ビー・ボ~ン 四宮 皇季 @Ouki13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ