第15話 2人だって成長する!!


 周囲が完全に闇に染まったときには、フロウェルは夢の中に旅立っていた。現在起きているのはムクロだけで、ポチ子は夕食時以外は寝ている状態だ。

 夕食の光景については、フロウェルだけがに半泣き状態だったのが印象的だと言っておく。


「2人とも、よく寝るな……」


 ムクロの言葉が、闇色に覆われて静かになっている森の中に響いた。時々、そよ風に揺られてカサカサ……っと木葉が擦れ合う音が聞こえる。

 時間的には深夜だろうか?

 見上げると夜空の真ん中に、の月が並んでいる。


『それは仕方なかろう』


 夜空を見上げているムクロに声がかかる。声の主は、ウェルデである。


「月が2つとか、赤と青の色だとかを見る度に、『ああ、異世界だな』って思うんだ」

『そうか……。お主の記憶からすれば、そう思うか』


 会話が途切れ、2人の間には静寂が訪れる。シンっとした空気の中ではあるが、お互いに気まずさ的なモノはないのが救いであろう。


「さっき話した"フロウェル"の事だが、オレの考えで間違いはなかったか?」


 ムクロがウェルデに確認しているのは、フロウェルの言っていた"太古の血ブラッド・オプ"と"隔世覚醒者オプ・ネフィス"という単語についてだ。

 ムクロはこの2つの単語を、自身と照らし合わせて考えていた。基本的に『楽天家×お気楽』で『軽い』ムクロではあるが、それは事に対してのみであり、異世界的な"ファンタジー要素"に関しては真剣に考えている。


 その割りに、自身の状況には無頓着であるのはどうしてなのだろうか?


『我にはハッキリと言い切れんが、その考えで間違いないであろう』

「そう考えると、辻褄が合うからね」


 ムクロの考えを簡潔に言うとこうなる。


 "太古の血ブラッド・オプ"=『固有能力保持者ユニークスキル・ホルダーの血統』


"隔世覚醒者オプ・ネフィス"=『固有能力ユニークスキルの発現者』


 この仮説は、ムクロが感じたモノを中心として立てている。大元はウェルデが語った「1万年前」の内容が加味されている。

 日本語を異世界で広め、ジャポほん語と言う"新・言語体制"を産み出さした元凶といえる男が、女性と結婚しないのは不思議であるからだ。


「フロウェルの祖先に"神代の異世界人"がいたのなら、"強力な能力ユニークスキル"が使えても不思議じゃないだろ?」

『なかなか考えているのだが、普段から生かせられぬか?』

「他の事はどうでもいいし、考えたくないし……」

『…………』


 土から作り出した器水が入っており、そこにはウェルデの顔が映っていた。前回の水溜まりの反省から、今回は器を作ったのだ。

 この世界の住人で、魔法でようなことはしない。ハッキリ言って魔力のムダ遣いであり、イメージの維持が何より面倒くさいからだ。

 器の水面に映るウェルデの表情には呆れが浮かんでいた。半眼でムクロを見つめている。


『(もう、好きにせい……)』

「明日くらいには、村に着くかな?」

『今日の進み具合からして──そうだな、2日くらいだと思うぞ』

「じゃあ、村の全容を見れたら儲けものかな?」


 のんびりとした時間の流れに、2人の声が響くだけであった。会話を聞いている不届き者は周囲には居らず、闇夜に輝く星がキラキラしている。


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 木々の隙まで動く、白い物体がある。それはムクロである。自分に降り注ぐ太陽の光に眩しさを覚え、目を覚ましたわけである。


「(ホネになっても眩しいって、何度経験しても不思議だよな)」


 立ち上がり、体を伸ばして凝りを解す。肉がない時点で不要だが、昔からの習慣はなかなか抜けないモノである。

 ゆっくりと腕を伸ばし、脚、背中をと動かして行く。肉体はないのだが、何となくホネが温まる感覚を感じていると、グ~ゴロロロロロ!! と静寂が支配していた森の中に響き渡った。


「ポチ子、起きたのか。飯を獲ってくるから、フロウェルを見ていろよ」

「きゅ~~ん!!」


 ポチ子は元気よく返事を返すのだが、時々食欲に負け、川の中に潜っているときがある。普段は2人だけの為、そこまで気にはしていなかったが、今はフロウェルが加わったのでそうはいかない。

 火が小さくなってきている焚き火に薪を加え、ムクロは森深くまで歩いて行く。近場には"ポチ子の胃袋を満たせる"大型のモンスターがいないからだ。


「そろそろ、ウシ(ホ~ンぎゅう)のホネも飽きてきたな……。うん、久々にイノシシも良いかもしれないな」


 ムクロの中に、人間だった頃の名残は残っているのだろうか?

 会話の節々から見ても、既にモンスター生を満喫している以外には思えない。


「いでっ!?」


 カァァァン! っと硬質な音と共に、ムクロの頭蓋骨が横に吹っ飛ばされた!

 頭蓋骨はそのまま10m先の木の幹に当たるまで空中を飛び、ホネと木がぶつかると「びょぃ~~ん」と当たった槍の柄が揺れ動いた。

 普通の人間なら即死だろう。そう、なら。


「おっ──どろいた!」


 当然のことながら、ムクロはピンピンしており、頭が飛んでいった先よりも飛んできた方向に注意が向かっていた。

 飛んできた方向には、ピンク色の物体が片手を突き出した状態で立っていた。ムクロは記憶の中から、そいつらの情報を引き出した。


「所謂、オークってヤツかな?」


 ムクロの周囲にいる数は、少なくても5匹はいるだろう。オークの強さは分からないが、小説に出てくるように『美味しい』のだろうか?

 勿論、ムクロの関心は肉ではなく、そのホネ……"豚骨"であるのは間違いない。


では5匹か。探したら、あと数匹は見付かりそうだな」


 オークをこれまで見なかったのは、棲息域縄張りが違うからである。強さとしては、ホ~ンぎゅうと互角くらいであるため、互いの領域を侵すことはほとんど無かった。

 実際のところ、ムクロのいる森全域はホ~ンぎゅうの縄張りであり、川を越えた反対側にしかオークはいないハズであった。

 今回の事態を引き起こした原因は……と言うと、暢気に飛ばされた頭を回収に向かっていた。

 本来であれば、あり得ない事態である。ただ、目の前にいるオークにはそこまでの知性は無かったのは不幸の始まりだったのかもしれない。逃げ出しても助かったかは、かなり微妙だが。


「豚骨って美味しいのかな?」


 元凶その1は、そんな事を考えている。当然ながら"元凶その2"は、夜営拠点でお腹を鳴らせて待っている。その隣で平然と寝ているフロウェルは、相当神経が太いらしい。

 そんな2人を待たせているムクロは、吹き飛んだ頭蓋骨を定位置にセットすると、思考を戦闘に切り替える。


「先ずは、練習中の"縮地モドキ"からだな」


 利き脚である右の足裏に魔力を集め始める。生身の生物が同じ事を行おうとしたら、『魔力を纏う➡魔力を集める』という2つの行程が必要になる。

 ムクロが1行程で準備できる理由は、普段から魔力を纏っているからである。もっとも、纏わないと『見えない、触れない、喋れない、聞こえない、動けない』の5重苦になってしまうのだが。

 魔力を纏う行為で、事も普段から纏う者がいない理由になる。ムクロの場合は、『無尽蔵といえる魔力量』のゴリ押しとも言える。


 まあ、『魔力効率の良いモンスターの中で、もっとの優れた』というのも極少ながら理由の一端ではあるのも事実だ。


「せい!!」


 ムクロの掛け声と共に、右のつま先が接触していた地面が爆発した。これは爆薬を仕掛けたとかではなく、『圧縮された魔力は解放時に』という法則から来ている。

 この世界の住人も【爆発ボム系】の魔術を使用する。各4属性毎に存在し、使い手は少ないながらもいる。使い手が少ない理由が『魔力の圧縮が難しい』点である。失敗すると、自分の体に大きな反動があるからだ。


「はっ!!」


 右手を〈Re:ボーン〉で硬くして、オークの顎を下から打ち上げた。縮地が未完成でも、その速度は50km近くは出ている。生身の生物では、不可能であろう。筋肉の断裂や、臓器に過負荷が加わるからだ。

 その点から考えると、ホネ以外を持っていないムクロには利点しかないように思えるが、これでもこの男は数十回は木に正面衝突してバラバラになっている。そんな経験を経て、ムクロは自身の体について深く知れたと言える。


「(先ずは、1匹──。他の動きは……)」


 ムクロが辿り着いた、は聞いてしまうと、あんまりにも呆気ない。もしくは、"風情がない"とも言えるだろう。


「(残り4匹には)」


 このセリフこそが、ムクロが辿り着いた真実の1つである。


『ホネに眼孔はあるが、眼球はない!』


 簡単に言うとそういうことになる。リバーサイデリアにモンスターとして転生して以降、ずっと"魔力感知"を使用して周囲を見ていたのだが、それでもが抜けきらなかったのがになった原因である。

 しかし、この数日で魔力感知に慣れてきたムクロは360度の視界を持ち、その細部に至っても認識出来るまでに成長しいている。

 まあ、ウェルデに言わせると「まだまだ……」と言いそうだが。


「〈Re:ボーン〉・フィスト!!」


 オークを殴り飛ばした手と反対の手を別のオークに向けて構え、キーワードを口にする。


 言葉と共に、握り締めた拳が音と共に飛び出した!!


【〈Re:ボーン〉・フィスト

 ムクロを構成する細胞、【細胞多核化マノシス】をある一定の密度まで凝縮し、硬度、重さの両立を目指したモノである。

 その威力は大砲には至らないが、マナの爆発による発射を組み込んでいるので、相応の威力はある。


 ゴギャ!!


 ムクロの放った拳がオークの顔を正面からて、その分厚い頭蓋骨を陥没させる。砕かれたホネは、脳ミソの防御力を簡単に貫き、深刻なダメージを与える。

 その痛みが消えるときには、望まぬ死に導かれている。恨みを忘れて、平穏な死後があらんことを願う。


「〈Re:ボーン〉・指コツ!!」


 ピストルの形にした指の先を、オークのに合わせる。勿論このとき、指の先からの見える視界から標準を合わせている。

 先ほどのフィストと同じ様に、指の第一関節で小さな魔力の爆発が起こる。直径十数ミリ、全長は二十ミリ前後の指先のホネが時速120km近い速度で射ち出された!!

 速度に関しては"要・研究"と言うところだが、その小さなホネは細胞多核化マノシスとなったムクロのホネ10kgを超圧縮したモノになるので、見た目からでは予想しがたい威力を発揮する!


「ブギュァァァァァ!!!!」


 射ち出すとほぼ同時に、オークの横っ腹には大穴が空いた!

 その大きさは、くらいはあるだろう。空くと同時に空洞部分からは間欠泉の如く、大量の血が噴き出していた!


「もう一丁!!」


 掛け声と共に、人差し指の先に現れたホネを射ち出した。ちなみにぶっ飛ばした手に関しても復活しており、最初に殴り飛ばしたオークをぶら下げている。

 森の中で過ごしていた数日間で、随分と""したものである。


 無くなった部位ホネに関しては、今までに吸収してきたホネを回してきている。此処まで来ると、固有ユニークモンスターとしての面目躍如では無いのだろうか?


 戦闘とは言い難い『蹂躙』という名の暴力は、1分もかからずに終わっている。オークを倒し終わったムクロは、さらに3本の腕を夜営地点に歩いていく。

 道中にムクロが考えていたことは、『この世界に"ショウガ"はあるのか?』という、食い意地のはった事であった。


 この男、自分が食事の必要ないホネだってことを忘れていないか?


「村に着いたら聞いてみるか」


 ムクロの脳内は、久々に食べ物のことで一杯になった。ここ数日の食事事情は、ホネ、ホネ、ホネ……という偏食であった。もっとも、肉体の無いムクロには、"栄養失調"とかは起こらない。

 唯一、深刻なダメージを受けそうなのが『カルシウム不足』くらいしか思い付かない。それについても、ポチ子が食べた生物のホネを吸収している以上、問題はない。


「しょうゆ……みそ……白ご飯」


 ムクロの呟きに答えられるものはいなかった。上手くいけばそういった発酵食品に出会うかもしれないが、伝わったのが神話と言われるくらい過去である。

 本人のやる気次第では、再現は可能であろう。──もっとも、この男の料理は豪快かつ、大胆である。所謂、【男料理】と呼ばれる部類である時点で不可能であろう。

 過去に食べた料理を思い出しながらも、その歩みが止まることはない。夜営地点に戻ったが、フロウェルはまだ寝ている。チラリと太陽の高さを見ると、真上の半分くらい……おそらく、9時だろう。

 見張りを任せていたポチ子に声を掛ける。


「ポチ子~! 朝飯だぞ!」

「きゅきゅきゅん!!」


 千切れんばかりに尻尾をブンブンと振り回しながら、4匹のオークに駆け出して行くポチ子に微笑ましい笑みを浮かべている時点で、親バカならぬ"飼い主バカ"になりかけているムクロである。

 残りの1匹は、水魔術で産み出した水を血管内に流し込み、強引に"血抜き"を行う。いくら料理の得意ではない(苦手とは言わない)ムクロでも、『肉が不味くなる原因は、血液である』事くらいは読んだ小説から知っている。

 狩りをした地点から此処までの間も、その樽っぱらに空いたからダクダクと、垂れ流し状態で来ている。本来、猟師や冒険者はそんなことはしない。垂れ流した"血の臭い"がモンスターや、獣を引き寄せるからである。

 しかし、ムクロはを利用して天然の罠としている。こんなことをするようになった一番の理由が、『ポチ子のお腹を満たす為』である事から、彼の苦労の一端が分かるであろう。


「血抜き完了。何処が一番、美味しいかな?」


 刃物のように鋭い切れ味に変化させた右手で、最初に頭部を切り離し、四肢を切り落としていく。頭部に関しては、ポチ子の方に放り投げると、「がふがふ……」と聞こえてきた。食事中のポチ子は、動物のように狂暴になる。

 切り落とした四肢を見ると脂身はほとんどなく、太い腕は筋肉の塊であると考えられる。しかしながらムクロは、「あ。これ、旨そうじゃないや……」という認識しかなく、またもポチ子の方に放り投げた。腹を切り開いた際に出た内臓も同様に与える。


「見た感じだと、横っ腹から背中にかけてが『肉、脂身の状態が良い』ように感じるな。

 残りの部分は、ポチ子行きで良いな」


 ムクロが切り出した肉塊は大きく、数kgはありそうだ。現在のムクロを悩ませている原因は、朝食の準備が出来るまで寝ていた。

 ポチ子には負けるが、フロウェルも容姿からは想像が出来ないくらい大食らいである。切り出した肉の塊は『1割がムクロの分』であり、残りの9割はフロウェルが食べるのである。

 食べる量はポチ子の1割よりかなり少ないが、それでも一般的な量(地球基準)から考えると多い。焼き上がったと同時に、フロウェルが目を覚ましたのは食欲の力だろうか?


「オーク肉を食べるのハ、久しぶりでス」

「(240gの量を『ぺろり』と食べる時点で、普通じゃないよな??)」

「欲を言うなラ、塩くらいは欲しいでス」

「(コショウは高そうだが、塩なら簡単に買えそうだな)」


 地球の中世時代でも、コショウは大変高価なモノであった。それに、小説にも『コショウで儲ける』的な話が出ていたからだ。ムクロ自身も、フロウェルの言葉から「コショウはあるが、価格が高い」と認識している。

 もっとも、コショウの売買で儲ける気はない。現時点では、購入した荷物の保存方法や、移動手段などが分かっていないからである。武器として使用しているのはであり、嵩張ったり、重量が問題になることはほとんどない。

 実際、ムクロの重量はリバーサイデリアでのである。本人も「おかしいな?」と思いながらも、生来からのお気楽さ故に「まあ、いいか」で済ませている。


「それは『岩塩』って事だよな?」

「はイ。私の国で使っていたのハ、岩塩だと聞いたことがありまス」

「この辺に"海"はあるのか?」

「これから向かう国ハ、貿易がメインの収入らしいでス」


 ムクロはフロウェルの話を聞いてから、海産物を食べたくて仕方がないかった。重度の禁断症状とかではない。日本人だった証であろう。

 そんな事を思いながらも、『海に飛び込んで、海産物を漁るか……。呼吸は不要だし』と考えている。本当に最近のムクロの"人外化"は結構な速度である。

 本人の"お気楽さ"が、本来ならブレーキの役割を果たすを弱めているのではないだろうか?


「ムクロさン。ポチ子ちゃんハ、何処ですカ?」


 フロウェルの言葉を聞いて、オークを食事として出してから、ポチ子の姿を見ていないのを思い出す。オークを山のように積み重ねた場所にオークの影はなく、綺麗に光っているホネだけであった。

 いつも通りの光景を見てムクロは、『あいつ、装備品まで喰ったのか?』と無体なことを思っている。装備に関しては、ムクロもポチ子も必要ない。

 ムクロはホネを変形・変質させることによりとするし、ポチ子は単純にからだ。ちなみに、防具の方も毛皮1枚を羽織るくらいの体力しかない。


「たぶん……獲物を狩っているんじゃないか?」


 ムクロがそう言っていると、藪の向こう側から「きゅん! きゅん!」と鳴き声が聞こえてきた。コンコンと硬い何かが、木の幹にぶつかる音が混じっているのにムクロは気付いた。

 藪から身を乗り出して確認すると、そこには両手に小石を持ち、構えているポチ子がいた。手を振り回して小石を投げているのだが、今までしたことのない行動の為、見当違いの方向に飛んで行く。

 しかしながら、その姿を見たムクロには"ホロリ"ときた。ただ、ホネであるこの男には流す涙はない。

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