第533話 いつまでも
広間での一件から数時間後。奥宮で皆揃ったところ。
あの後、私にぶん殴られて意識を失ったヘデックと、余波で気を失った意地悪王子の二人は、そのまま馬車に放り込まれてダガードを追い出されたそうな。
公衆の面前で大恥かいた二人は、ローデンに帰っても評判が落ちまくってから大変だろうねって話。それも含めて、ざまみろ。
「いや、本当に吹っ飛ばすとはねえ」
しみじみといった様子の叔父さん陛下。いや、最初から言わなかったっけ? 鉄拳制裁するって、伝えてあったと思うんだけど。
「気が晴れたかい? サーリ」
「はい! すっごく!」
にこやかな領主様に聞かれて、即答した。いや、ほんとうにすかっとしたよ。やっぱり、報復はしておくべきだね。
「いやあ、これで南は混乱が起こるでしょうなあ。愉快愉快」
「なら、今のうちに確保出来るものは全て確保しておこうか」
「そうしましょう。まったく、今まで散々南には煮え湯を飲まされましたからなあ」
腹黒ーズが、何か言ってる。怖い怖い。
「ところで叔父上、大公位とはどういう事ですか?」
「うん? だって、カイドは王位は嫌だって言ったから」
「王位と変わらないでしょうが!」
「そうだねえ。私の領地よりも広いからねえ。何せ元はそう大きくないとはいえ一国だから」
「叔父上ええええ」
「まあ、君の領地だから、好きに治めなさい。結果、領民に慕われるか嫌われるかは、君の腕次第だね」
「ぐぬ……」
これ、もう逃げられないのかなあ。
『そんな神子に朗報です』
何ですか? まさかヴィンチザードに温泉があるとか、言いませんよね?
『残念ながらありません。ですが、現在の旧ヴィンチザード、新ロータリア大公領は、内戦で多くの建物や橋が壊されています。手を入れて、好きに作り替えるチャンスです』
んん? どういう事?
『これまで各地で培ってきた、どけんさんとたてるくんのノウハウを生かし、領土を好きに回復させる事が出来ます。この際です。建物のデザインや街のイメージを統一し、美しい領地に生まれ変わらせてはいかがでしょう』
おお、それはちょっと心引かれる。今まで山の中でしか、建物とか作ってないもんね。
砦は修復しただけだし、一から作ったものは各別荘のみだわ。温泉はないけど、各街に公共浴場とか作ってもいいかも。
ダガードの隣なんだから、冬は寒いだろうし、街ごとに温水で暖房するシステムを作ってもいいなあ。
何か、夢が広がってきたよ。カイドはまだ叔父さん陛下と何やらいい合ってるけど、ちょっとおねだりしてみよっかな。
「ねえねえ、ヴィンチザード、好きに作り替えてもいい?」
「……やりたいのか?」
「うん!」
カイド、凄く深い溜息を吐いてます。ヤバかったかな? 対照的に、叔父さん陛下はどや顔なんだけど。
「やはり、愛しい妻の願いは聞き入れるべきではないかね? カイド」
「わかっていますよ! まったく……本当に、いいんだな?」
「やりたい!」
「わかった。叔父上、必要な手続きは――」
「もうまとめてあるよ。すぐに書類を持ってこさせよう。あとは君が署名するだけにしてあるから」
「手際のいい事で。やはり王位は叔父上が継いで正解でしたね」
「君……またその事を」
「本当の事でしょう? 叔父上の跡はミシアがしっかり継ぐでしょう」
名前の挙がったミシアは、ちょっと離れたところでニルと一緒にケーキを楽しんでる。こっちの話、聞こえてないな。
「……娘に継がせる気はないんだけどねえ」
「お婆さまは継がせる気満々ですよ」
「母上ええええ」
「ミシアが王位を継げば、ずっと手元に置けるじゃないですか」
「む……」
あ、カイドの言葉に、叔父さん陛下が興味を示した。可愛い娘は、ずっと手元にいてほしいんだね。
「ミシアが跡を継がないのなら、他国に嫁がせる事も――」
「それはだめだ。嫁がせるにしても、絶対に国内に」
思った以上に真剣なその様子に、以前聞いた叔父さん陛下のお姉さん達の事を思い出した。
他国に嫁いで国の力を増すかもしれないから、早い内に殺してしまえと暗殺されてしまった王女様達。まだ、十代の少女だったという。
それは、母であるジジ様は元より、弟である叔父さん陛下の心にも、大きな傷跡を残したんだ。
ちょっとその場の空気が重くなったけど、何でもない風にカイドが続ける。
「なら、やはりミシアが次期女王になるのが正解でしょう。王配は、好きに選べばいいのだから」
「むう……ともかく、ミシアにはまだ結婚など早いのだから、もっと先の話だ」
今、ミシアって十……三? 四? 確かにちょっと早いか。
旧ヴィンチザード王国、現ロータリア大公領は、さすが元一国だけあってダガードのどの領よりも大きい。
まずは現地を詳しく調査してから、という事で、何故か護くんととーるくんを出して領土を調べる事に。街道やら川やらの詳しい位置も知りたいしね。
今はその結果待ち。旧ジテガン領の崖の上に建てた別荘は、邪魔が入らないからいいねえ。
元国王とはいえ、カイドがその大公領を治めるのに、国内外から文句は出なかったのかと思ったけど、これが何もなかったそうな。
「おそらく、エリスの存在が大きいんだろうよ」
「私?」
「下手に反対しようものなら、神子様に嫌われて国が滅びる、なんて噂が飛び交ってるそうだ」
えー? 何それー。さすがに嫌った程度で国を滅ぼしたりしないよ。てか、私が滅ぼした国なんて、ないんですけどー。
ナシアンは神罰で強制改心だし、ローデンも神罰で異常気象続行中。滅んではいないよ。ローデンの方は滅びかけかもしれないけど。
『ナシアンも、国の体を為していないという事で、既に教皇庁の傘下に下っています。あの国は、事実上大司教が治める教皇庁領の飛び地となりました』
マジで!? そんな事ってあるの?
『おそらく、今回が初めてでしょう。ナシアンを狙っていた国もあるようですが、あの国の変わり方を見て、手を引いたようです』
あー……国民全てが熱心な信仰心に溢れる人達ばかりだと、普通の為政者では扱いづらいんだろう。
司教なら、信仰を中心にうまく民衆を導けるのか。先に教皇庁に神罰が下ってて、良かったね。
別荘でのんびりしながらも、亜空間収納内ではどけんさんとたてるくんの量産を進めている。あと、護くんととーるくんも。
広い領地を手に入れたって事は、魔獣発生の場所もあるって事。人の手で狩れればいいけど、手に余る魔獣の場合、護くんととーるくんを投入する必要があるから。今のうちに、量産量産。
そろそろ、資材が乏しくなってきてるかな?
『問題ありません。各地に放っている護くんととーるくんが、資材も見繕って採掘、採取していますから』
とーるくんは、元から魔獣の素材を採取出来るように作ってあるけど、護くんにそんな機能、つけてたっけ?
『初期型から搭載しています。今までは、スイッチオフ状態だっただけです』
そっか。ならいいや。足りない素材は、積極的に採取、採掘してもらいましょう。
公開処刑状態だったローデンの兄弟の評判は、本当に地に落ちたらしい。北ラウェニアだけでなく、くびれや南ラウェニアでも悪い噂ばかり広がって、あの兄弟は人前に出られなくなっているという。
ついでに、ローデン自体の評判も落ちていく一方なんだとか。既に国民が難民状態になって周囲の国々に逃げ出しているのだとか。
でも、貴族連中は何故か国から出られず、大変な思いをしているんだって。神罰だからね。特に、神子をないがしろにした王侯貴族には厳しくなってるんだと思う。
『そのうち、ローデンという国が地図から消え去る事でしょう』
神罰、怖い。
ロータリア大公領は、今日も元気に建設ラッシュの真っ最中だ。領土の調査が終わってすぐ、各地の建設にどけんさんとたてるくんを派遣した。
家をなくした人達には、仮設住宅を建設して、しばらくしのいでもらっている。
旧ヴィンチザードの民衆に、この国はなくなり、ダガードの一地方となりました。新しい地方名はロータリア大公領です。
そう教えても、大した騒動は起きなかった。国の名前が変わっても、話す言葉や通貨、日々の暮らしは変わらないと保証したからかな。
ただ、各避難所で小さな騒動は起きている。特に、内戦前は貴族達に取り入って甘い汁を吸っていた人達が騒いだみたい。
避難所にも、護くんととーるくんを配備しているから、大きな騒ぎにはなってないけどね。
捕縛された人達には、強制労働を課している。本来ならどけんさんが全てやるところを、わざわざ捕縛した人達にやらせる訳だ。
そうして半年も過ぎる頃には、新生ロータリア大公領が出来上がった。冬の寒い日を想定して作った家屋は断熱に優れていて、住み心地も抜群だと評判らしい。
建材として、一番役に立ったのがなんと懐かしいスライム素材。断熱材としても使ったけど、何より土壁の素材に混ぜて使うと、硬さと耐久性がぐんと上がっていい建材になったんだ。意外な結果。
おかげで、一時期どこの組合でもスライム素材を高値で取引するようになり、乱獲が行われたって。
でも、元々増えやすい魔獣なので、絶滅まではいかなかったらしいよ。良かった。
街の中央には広場、そして地下には大型のボイラー。ボイラーでは街で出るゴミを焼却し、その熱でお湯を沸かして各家庭に送るようにしてある。
冬場は、そのお湯で暖房するようにもした。薪代の節約になるし、いつでもたっぷりのお湯が使えるという事で、喜ばれてるって。
大規模農園を作り、職を失った人達を中心に雇った。果樹園も作り、またサトウカエデも植えて、メープルシロップ作りにも着手。
ゆたかくんに任せれば簡単だけど、これも雇用の創設だからね。出来た果実やシロップは、ダガード国内だけでなく、近隣諸国にも販売している。
大公領の領都は、以前の王都とは違う場所に作った。ちょっとダガードよりの、山裾だ。
何もない場所だったので、一から何もかもを好きなように作った。カイドと二人であーでもない、こーでもないと言いながら組み上げていったのは、楽しかったなあ。
その領都の大公家の城、その奥には、人口湖のほとりに古めかしい砦が建っている。
そこには珍しい真っ白なグリフォンと、黒い天馬、それに青みがかったグリフォンがいる。
結局、三匹は砦と一緒に私の側にいる事になった。
「サーリを放っておけないから」
「離れると僕が寂しい」
「マクリア、ミシアの側にいたい。でも、いられない。だから、代わりにサーリの側にいる」
なんとも可愛い事を言う三匹だ。でも、親離れの時期を越えても側にいてくるのは、とても嬉しい。
ユゼおばあちゃんは、やっぱりジジ様達とウィカラビアの街に住む事になった。じいちゃんも、一緒に。
あの街には専属で空飛ぶボートを三艘配備させているので、いつでも好きな時にロータリアに来てくれるよう伝えてある。
ジデジルは、デンセットの大聖堂の大司教となった。そして、新しい聖地となったモーシャスティンの王都クイは、教皇庁領の預かりとなり、司教領となった。大聖堂は、残念ながら建てない事になったって。
その代わり、司教館が建てられて、巡礼地の一つとなったそうだ。デンセットの大聖堂と合わせて、一緒に巡礼していく人が多いらしい。
私は、カイドと一緒にロータリア大公領の領都「ユーリカ」を本拠地にして過ごしている。
「何でこの名前にするのよもう」
「そりゃ、神子の名前として通っているからだろう? エリスはもうユーリカと名乗る事はないし、名前を残す意味でも、いい名付けだと思うぞ」
カイドにそう言われては、何も言い返せない。
ユーリカでは、領内整備と共に政治もちゃんと行っている。一地方領地ではあるものの、大公位って割と自由に出来る部分が多いそう。
大変かなとも思ったけど、そこは優秀な部下が増えているので、大分投げられる仕事があるので助かってるんだって。
一度、カイドと二人で魔大陸にも行った。驚きの光景に、彼は言葉もなかったみたい。
「ここに、邪神がいたのか……信じられないな……」
そうだね。邪神を浄化した時は、こんな綺麗な場所じゃなかったけど。
実は、この大陸に来るのはこれが最後。ここは、人が入れない閉鎖空間になるらしい。
まだしばらく、人の手で荒らさせたくないというのが、神様の意向だそうだよ。
果実、どうしようかね? と思っていたら、なんと砦の温室に移植が可能になったそうな。
これに一番喜んだのは、ドラゴンズと神馬。私も入れないとなると、もう果実が手に入らなくなるところだったからねー。
この世界に来て数年。最初は泣いてばかりだったけど、邪神を完全浄化して、王子と結婚して、浮気されて国を飛び出して。
行き着いた国でフォックさんやローメニカさんに出会って、領主様に出会って砦を手に入れた。じいちゃんも来て、カイド達とも出会って。
ほんの数年のうちに、色々あったなあ。でも、今は幸せだって思えるから、いいや。
この世界はまだまだ広くて、行っていない場所もたくさんある。検索先生曰く、温泉が湧く山もまだたくさんあるらしい。
だから、時間を見つけては、二人であちこち行っている。温泉を開発して、魔獣を狩って、まだ見ぬ料理を食べ歩く。
きっと、私達はこの先もこうやっていくんだろうね。
「さあ、行きましょうか!」
砦の神子様 斎木リコ @schmalbaum
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