第532話 やっぱり最後はこれだよ

 もはや、ローデンの兄弟は大勢に囲まれた生け贄状態だ。周囲からの視線には嘲りしかなく、彼等が期待したようなものはどこにもない。


 そんな状態だというのに、まだ神子を取り戻せると思っている辺り、笑えるを通り越して哀れだね。


 堕ちたローデンを再興するのに、神子の存在が不可欠だと思ってるんだろうけど、逆だよ逆。


 真摯にこれまでの自分達の行いを反省し、神様にごめんなさいってすれば、少しは異常気象も緩くなるだろうに。


『……神の怒りが深すぎて、その程度では緩まないかと』


 マジかー。


『神に、助命嘆願をしますか?』


 出来るの?


『あの国のやらかしの一番の被害者は神子ですから』


 そう言われると、簡単に許したくないような……


「ユーリカ! いるんだろう!? 姿を現せ!!」


 お? 名指しですよ? てか、久しぶりにその名前を呼んだね、ヘデック。トゥレアに出会って夢中になってた時は、「おい」だの「あれ」だのと言ってたのに。


「あいつ、エリスの名を知らんのか?」

「教えてないからね」

「そうか」


 カイドの機嫌がちょっと良くなった。そういや、本名を教えたのはじいちゃんとユゼおばあちゃんくらい?


 ジデジルはユゼおばあちゃんから聞いててもおかしくないね。でも、実際この名前を呼ぶのは、カイドだけだろうな。


 ユゼおばあちゃんはユーリカ呼びの方が慣れてる。ジデジルは神子だし、じいちゃんや他の人はサーリの方で呼ぶからね。


 広間の方では、まだヘデックが大声でユーリカの名前を呼んでいる。そろそろ、叔父さん陛下からお呼びがかかるかな?


「弟御には、こういった場での振る舞い方を一から躾けた方がいいな」

「く……」

「さて、話は変わるが、先日私の甥が結婚してね。いい機会だから、皆にも紹介しておこう」


 私達の結婚式、殆ど人を招かなかったからねー。急いで挙げたってのもあるけど、披露するのはこのタイミングで、って決めてたから。


「行こうか」

「はい」


 カイドにエスコートされて、広間に入る。ほっほっほ、ローデン兄弟のあほ面がよく見えるわー。


「さて、甥のカイドは見知っている者も多かろう。隣にいるのが、この度甥の妻となったエリス夫人だ」


 ここで一礼。嫌味なくらい、教皇庁風だ。ローデンでも、礼を執る時はこの形式をずっと使っていたからね。


 その事も、割とネチネチ意地悪王子が突いてきたっけ。思えば、あの頃から既にヘデックは意地悪王子の側に立つ事が多かった。


 なーんだ、最初から答えは出てたんじゃない。


「これは真におめでとうございます。して、夫君の方は以前、至尊の冠を戴いていた方とお見受けしますが、今のご身分をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「おお、これはうっかりしていた。甥は新設されたロータリア大公家を継ぐ。領地は旧ヴィンチザードだ」


 何ですとー!? ちょっと、聞いてないよ!?


 隣に立つカイドを見ると、こっちも聞いていなかったらしい。ただ、さすがは王族、こんな場所で驚いた顔は殆ど見せていない。


 ただ、口の端が引きつってるよ。叔父さん陛下、まさかこんな形でヴィンチザードを押しつけてくるとは。


「おお! では、新しい大公ご夫妻のこれからに幸い多き事を」


 これ言ってるの、確か近場の国の大使だよね? 叔父さん陛下と打ち合わせしていたな。


 あーやられたー。


「ふざけるな!」


 なんともお祝いムードになったところに、またしても水を差す叫び声。周囲からの冷たい視線に気づいてる? ヘデック。


「ユーリカ! お前は俺の妃なんだから、その男と結婚など、出来るはずないだろうが!!」

「まあ、ジデジルの話をちゃんと聞いてましたか? あなたとユーリカの婚姻は無効ですよ? それと、この先私をユーリカと呼ぶのはやめていただきます」

「何を言って――」

「あなた方が異世界から喚びだしたユーリカは、あなた方の心ない仕打ちに世を儚んで姿を消しました。今の私はユーリカではありません」


 嘘でーす。腹立てて国を出たけれど、世を儚んだ事は一度もありませーん。でも、そう言っておいた方が、周囲の同情を得られるって、領主様が。


 さすが腹黒ーズの考えた言葉、今まで以上にローデンの兄弟へ向けられる視線が冷たいよ。


「お、俺は――」

「ああ、そうそう。トゥレア夫人はお元気かしら? マヨロス伯爵から取り上げる程お気に召した方でしたものねえ。今頃、お国であなたのお帰りをお待ちなのではないかしら?」


 けっけっけ。ヘデックの顔色がまた悪くなったよー。事実しか言っていないのに、ヘデックが人でなしに聞こえる不思議。


 いや、十分人でなしな行動だったと思うけど。ただ、余所の国の王家でも、似たり寄ったりの事はあるっていうからねえ。


 でも、ここに集った人達にとっては、今の私の発言はヘデックを責める材料にしかならなかったらしい。


「得がたい妃をもらっておきながら……」

「あれでは教皇庁が怒るのも、無理もない」

「最初から、そのような器ではなかったのだろう」


 聞こえるか聞こえないかのギリギリの音量で話すので、ローデン兄弟にもしっかり聞こえている。


 それが原因か、とうとうヘデックが爆発した。


「うあああああああああああ!!」


 大声を張り上げて、殴りかかってくる。私の前に出るカイド。でも、ただの物理攻撃なんて、効果ないのにね。


「がは!」


 堅い壁を素手で殴ったようなものだもん。ヘデックの拳にダメージが入っただけ。


 でも、諸々込みで殴りかかってきた事は、絶対に許さん。


「ヘデック!! 私の恨み、思い知れ!」


 倒れた彼を魔法で釣り上げて、拳の周りに結界を張り、筋力アップさせて渾身のパンチをお見舞いする。


 綺麗に顔面の真ん中に入った拳で、ヘデックは広間の真ん中を吹っ飛んでいった。


「ふー。あー、すっきりした!」


 やっぱり、ティアラだけじゃ物足りなかったね。最後は拳だよ。広間がしんと静まりかえったけど、どうでもいいや。

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