第531話 スタート
大広間はざわついている。そりゃそうか。招かれざる客が遠くから来てるんだから。
カーテンの裏からそっと覗いてみると、本当にいるよ。少し痩せたかな? 最後に見たのが、フィエーロ伯領の地下牢だったっけ。
あの時は、髭だらけ汚れだらけで、一瞬誰だかわからなかったわ。こうして見ていて、少しは懐かしく感じるかと思ったけど。
「ないなー」
「何がだ?」
「ううん、何でもない」
ヘデックは、私の中で終わった人なんだ。改めて、そう思うわ。
よし、これで心置きなく鉄拳制裁が出来るね!
「叔父上が出てからが、本番だ」
「了解」
私達の出番も、その後だ。くっくっく、首洗って待ってろや。
「だから、悪い顔になってるっての」
「おっと」
つい、獲物を前にしたら……ね。それにしても、凄い人だなあ。
そんな中で、中央の開けた場所に二人で立たされているローデンの兄弟。これ、いいさらし者だね。
「お、叔父上だ」
カイドの声に、王族専用の扉を見ると、確かに叔父さん陛下が入ってくる。
「皆の者、待たせたな」
のんびりした様子で言って、玉座に座る叔父さん陛下。
「さて、本日は遠い国より客人が来ていると聞いたが?」
「お初にお目にかかります。ローデン国第二王子ゼシテート、こちらは弟のヘデックにございます」
そっか。叔父さん陛下に会うのは、二人とも初めてなんだっけ。前回は、カイドが王として会ってたわ。
「早速ではありますが、我が国の神子がこちらの国に滞在しているとか。早急にお返しください」
誰があんたらの神子かあああああ! 危うく怒鳴りそうになったけど、カイドが押さえ込んでくれた。危ない危ない。
それにしても、直球過ぎでしょ! もう少しオブラートに包むとか、しないのかな。
『悪い事をしているとは、少しも思っていないでしょうから』
あー、当然の要求をしているまで、としか思ってないんだー……
ローデンって、南ラウェニアでも大きな国で、割とブイブイ言わせてた国だからね。
ナシアンがあれこれ動いたのは、そういうローデンが目障りだったからなんだろう。
まー、あの国はそうでなくとも、あれこれ裏工作が得意で大好きな国みたいだけど。
さて、ローデンのバカ二人に対する腹黒……失礼、叔父さん陛下の返答は。
「はて、これは異な事を。いつから神子様はローデンの所有物になったのかな?」
「そのような事実は、どこにもありません!」
叔父さん陛下の言葉に、声高らかに宣言したのはジデジル。その後ろには、ユゼおばあちゃんの姿も。
こういうのを打ち合わせていたんだ……ユゼおばあちゃんがジデジルの後ろなのは、現役を退いているからだね。
現在、近隣で一番地位の高い神職は総大主教の地位にいるジデジルだから。
いきなりのジデジルの宣言に、さすがの意地悪王子も一瞬怯んだ。でも、本当に一瞬だけだったみたい。
不敵な笑みを浮かべて話を続けた。
「所有物などと。そのような事は申しておりません。ですが、神子はここにいるヘデックの妃。夫が妻を迎えにきたところで、おかしな事はありますまい」
「ほう、神子様が、弟御の、妃」
叔父さん陛下が、目を眇めながら単語を区切って発言。おおう、圧が凄いよ圧が。
よく見たら、意地悪王子の足が震えてる。叔父さん陛下に気圧されてるね。それでも逃げ出さず、引きつっていても笑顔でその場に立ち続けているのは大したもんだ。
ヘデックの方は、顔色が悪くなってるよ。情けないなあ。再封印の旅の時は、もう少し頼もしく見えていたのに。
あれか、はったりだったのかな? でも、それならここでもはったりかませば良くない?
『彼は三男で、昔から兄二人に世話を焼かれる事に慣れているのでしょう』
それはつまり、意地悪王子がいるから、気を抜いているって事ですかねえ?
『気を抜いているというか、地が出ているのではないでしょうか』
て事は、私は奴のはったりに欺されて結婚までしたって事かー。つくづく、男を見る目がなかったね……
おかしい、私の方がダメージ受けてるよ。
その後も主に叔父さん陛下と意地悪王子の実のないやり取りが続き、段々意地悪王子が焦れてきてるのが見えた。
こういうところで辛抱出来ないのが、腹黒ーズより若い証拠なのかね。
「いい加減にしていただきたい! この国に神子がいるのは、わかっているんだ! こちらには教皇庁が出した婚姻証明書がある! 誰にも文句など、言える訳がない!」
あーあ。とうとうあれを出しちゃった。ジデジル、笑わないの。意地悪王子が機嫌損ねちゃったじゃん。
てかあの証明書、まだ持ってたんだ。
「ほう?」
「これが証拠! さあ! 弟の妃である神子を、返してもらおう!!」
決まった! と思ってるんだろうけど、叔父さん陛下が怯んでないのを、おかしく感じようよ。
「これはまた。その婚姻証明書は、魔法契約になっているもので、相違ないな?」
「もちろん。王族の婚姻なのだから、当然です」
「では、証明書の力も、知っているはず」
「え? ええ、それは……」
意地悪王子がトーンダウン。ヘデックの方も、顔色が悪くなってきてる。一度試したんだよね? 私を呼び戻せるかどうか。
それで、出来なかったから焦ってるんだ。
「てか、それをこちらが知らないとでも、思ってるのかな」
「思ってるんだろ」
思わず呟いた言葉に、カイドが律儀に返す。そっか、やっぱりダガードの事を見下してるんだね。知ってるはずないって。
叔父さん陛下は、広間を見渡して声を張り上げた。
「では、今この場でその証明書を使ってもらおう! そうすれば、神子様は君達の元に呼び出されるはず。そうですな? 総大主教猊下」
「はい。その証明書が本物であれば」
ジデジルのダメ押し。意地悪王子も、強気の仮面が剥がれて怯んでる怯んでる。
ざ ま あ。
「さあ、どうしたね? 遠慮はいらない。弟御の妃を連れ帰るのだろう?」
「く! そ、そちらが何か、仕組んでいるに違いない! 証明書の能力は、教皇庁由来のもの! 総大主教がそちらについているのだから、何か妨害を――」
「聞き捨てなりませんね。我々が妨害? 一体、何の為に?」
おおっと、ジデジルが激怒しております。普段怒る事ってあまりないんだけど、神や神子を貶すような事に関しては、沸点低いんだよね。
『今回はユゼとジデジル個人に対する言葉ですから見逃されましたが、これが神や神子本人への暴言でしたら、即刻神罰対象となります』
国丸ごとで罰を受けてる最中なのに、そこに個人への罰まで追加されるのかー。やっぱり強制改心?
『どうでしょう? ローデンの者は神が嫌っているので、別の神罰が下る可能性があります』
嫌われてるんだ……だから国への神罰が、長く続くものなのかね。ナシアンは国民総強制改心だったもんなー。
さて、ローデンの二人が窮地に追い込まれているので、ここらでさらに追撃をしたいところ。完膚なきまでに叩き潰すって、決めてるからね。
私達の登場のタイミングは叔父さん陛下に一任してるけど、出てから何をするかは、カイドにしか言っていない。
やるつもりの事を言ったら、笑われたけどね。でも、悔いのないようにやってこいって言ってくれた。
なので、力の限りやってやろうと思います!
広間の方では、ジデジルによる意地悪王子への追撃が続いていた。
「何を持って教皇庁が妨害をすると? ああ、あなた方が得がたい神子様を妃に迎えたにも関わらず、国総出で神子様をないがしろにしたからとお思いですか? そうですねえ、確かに腹に据えかねる事ではありますが、その件に関しましては、既に貴国には神罰が下っていますから、我々が手を下すまでもない事です」
「な、何を――」
「心当たりがないとでも? では、神子様が貴国を飛び出した直接の原因は何だったか、もうお忘れになったと? 以前、第二王子お一人でダガードにいらした際に、懇切丁寧に説明したと思いましたが、お忘れになったのですね? ではもう一度――」
「わ、忘れてなどいない! あんな地獄はもうごめんだ!!」
……ジデジル、前回意地悪王子に何を言ったの? あんなに怯えるなんて。
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